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山さんの刑事部屋
かたどれ!かのん先輩
来栖 夏音(くりす かのん)(一七)
女性。高校三年生。
参天 透子(さんてん とうこ)(一六)
女性。高校二年生。
袰田 秀視(ほろた ひでみ)(二八)
男性。数学教師。
胡屋(ごや)(三一)女性。体育教師。
柘榴(ざくろ)(一六)女性。高校二年生。
棗(なつめ)(一八)女性。高校三年生。
●高校・プール・昼
プールサイドで大の字になる少女。
濡れた黒髪、しなやかな長身。
クラインブルーに染まったスク水姿。
来栖夏音。
プールサイドで三角座りする少女。
目隠れボブ、トランジスタグラマー。
スク水の上からジャージを羽織って。
参天透子。
透子、青く汚れた掌を見て溜息。
夏音、ブルーな顔で豪快に笑い出す。
透子「何が可笑しいんですか。先輩は前から
ずーっとおかしいけど」
夏音「失敬、どうしてこうも上手く事が運ば
ないのかと思ってね」
透子「見てくださいよ、この惨状」
プールサイドに転がったバケツ。
そこからこぼれたクラインブルー。
青い人型のついた巨大模造紙。
夏音「いやあ青いねえ。青春だなあ」
水面に映る夏空にタイトル。
●同・美術室・午後(以下回想)
窓際の椅子に夏音。
制服の上からスモックを被って。
単眼鏡で三階下の中庭を観察中。
パタパタと機嫌よく泳ぐ脚。
イーゼルの前に透子。
ジャージに制服のスカート。
三号キャンバスに筆を走らせる。
『タリスマン』の模写中。
夏音の脚パタが止まる。
単眼鏡を覗いたまま立ち上がる。
落ちそうなくらい窓から乗り出して。
透子「ちょ、夏音先輩、危ないって」
透子、気づいて中腰。
飛び降りようとして思い止まる夏音。
一転、廊下へ駆け出す。
透子「どこ行くんですかー」
夏音「アポロが逃げてしまう・・・」
遠ざかる夏音の足音。
透子、残された単眼鏡を覗く。
ふざけ合う男子、ダンス練する女子。
園芸部の水やり、物陰の告白。
その中にチラリと猫背の白衣。
袰田秀視の後ろ姿。
中庭から校舎に入ろうとする瞬間。
●同・承前
キャンバスに足す青に悩む透子。
ドタドタと戻ってくる夏音。
透子の肩を後ろからワシッと掴む。
透子「わっ」
夏音「教えてくれ、透子」
透子「え? えっ?」
透子の体を無理に向き直らせて。
夏音「あのアポロは誰だ」
透子「アポロ?」
夏音「いま中庭にいた先生だ」
透子の脳裏によぎる白衣。
透子「えっと・・・袰田先生?なら見ました
けど・・・」
夏音「袰田? 知らんな」
透子「ほら、数学の江越先生の・・・」
夏音「ああ、あのハレンチ教師の後釜か」
透子「せんぱいっ」
夏音のでかい声に透子あたふた。
そんな様子を歯牙にもかけずに。
夏音「だったら二年の担当だな。お誂え向き
とはこのことだ」
前髪から覗く透子の瞳を見すえて。
夏音「是非とも紹介してくれ」
透子「ちょ、ちょっと待ってください」
何とか夏音の手から逃れる。
透子「何考えてるんですか。また問題にでも
なったら・・・あ、でもあの先生、相当な
カタブツらしいから心配ないか・・・」
夏音「おい、何か勘違いしてるだろ」
透子「へ?」
●同・廊下・午後
透子を従えて闊歩する夏音。
汚れたスモック姿に誰もが振り返る。
透子「袰田先生が? まさかー」
夏音「お前の目は節穴か。髪切った方がいい
と思うぞ」
透子「ちゃんと見えてますよ失礼な」
夏音「じゃあ理解できるはずだ」
透子「できません、イミフです」
夏音「どうして? あんなに美しいのに」
*****
職員室の前。
窓から堂々と覗き込む夏音。
慌てて頭を押さえつける透子。
夏音「よく見えないじゃないか」
透子「ただでさえ目立つんですから・・・」
夏音「お、いたいた」
透子「あ、胡屋センと目合っちゃった」
二人、尻を突き出して滑稽なポーズ。
●同・職員室・午後
不審げに窓を見やる胡屋。
袰田、窓に背を向けた自席に。
テープで修理した眼鏡、よれた白衣。
伸びた襟足、もう青い髭。
ナンプレの超難問に夢中。
窓の外に見え隠れする夏音と透子。
●同・廊下・午後
教職員トイレの前。
白衣で手を拭きながら出てくる袰田。
その前に立ちふさがる夏音、と透子。
袰田「だ、誰ですか君は」
夏音「神高のカミーユ・クローデルだ」
透子「あ、美術部の来栖と参天でーす」
透子、すかさず手指しフォロー。
袰田「君は確か二年の・・・」
透子「課題、ちょっとだけ猶予くださーい」
夏音「そんなことより!」
やにわに袰田の二の腕を掴む。
唇に浮かぶ意味深な笑み。
夏音「ほう、こんな感じか」
袰田「な、何するんですかっ」
不自然なまでにうろたえる袰田。
強引に腕を振りほどこうとするが。
ますますエスカレートするお触り。
腕から肩、胸へ。
袰田「ひっ」(怯え)
透子「先輩、落ち着いて」
羽交い絞めにして袰田から引き離す。
夏音「胸を張っていいぞ、先生」
ますます縮こまる袰田の巻き肩。
夏音、羽交い絞めのまま熱弁。
夏音「あなたは美しい。さしずめミュロンが
作ったディスコボロス、いやそれ以上だ」
廊下の左右で生徒たちのヒソヒソ。
透子、夏音に耳打ち。
透子「まずいですよ。変な噂が・・・」
夏音「あなたの全てを私に見せてくれ!」
夏音の無駄にいい声が響き渡る。
●同・校庭・午後
校庭を早足で横切る袰田。
ぴったりと追尾する夏音。
離されまいと必死の透子。
夏音、巻尺を鞭のように持って。
夏音「そんなにモデルが嫌か」
袰田「誰も作るなとは言ってません。肖像権
を主張するつもりは毛頭ありませんから。
勝手にすればいい」
夏音「じゃあ測るくらいいいだろ」
袰田「直接測らなくても目測でどうにかなる
でしょ」
夏音「ならないから頼んでるんだ」
袰田「美術部は目測もできないんですか」
夏音「ああできないね。触れないものは測れ
ないし作れない」
袰田「そんなの甘えですよ」
校庭をさまよう三人の足跡。
校庭をさまよう袰田の視線。
袰田「15メートル」
校庭の隅のプラタナスを指して。
袰田「210センチ」
卒業制作のトーテムポール。
袰田「80センチ」
目の前の朝礼台。
屈み込んで規格を見る夏音。
夏音「ほお、これはお見事」
少し図に乗る袰田。
袰田「1.2、27、150」
ダンゴムシ、野良猫の尻尾、百葉箱。
袰田「92センチ」
袰田の視線は透子のジャージへ。
一瞬凍りつく一同。
袰田「や、あの、これはつい流れで・・・」
袰田アセアセ。
透子、顔を真っ赤にして胸を隠す。
夏音「流石は数学教師。数字のことならお手
のものというわけか」
スモックを脱ぎ捨てる夏音。
夏音「よかろう、私のことも存分に目測して
くれたまえ」
袰田「・・・・・・」
夏音「あっ」
白衣を翻して逃げ出す袰田。
●同・美術室・朝
キャンバスに向かう透子。
傍らには広げた画集。
今度の模写は『雨、蒸気、速度』。
芯棒を前にして油粘土をこねる夏音。
目的もなくただひたすこねている。
夏音「・・・ダメだ」
透子「何が?」(上の空)
夏音「戻って来ない」
透子「誰が?」(上の空)
夏音「アポロに決まってるだろ」
透子「貼り紙でもします?」(上の空)
夏音「何の?」
透子「何のって・・・あれ?」
首を傾げる透子、夏音苦笑い。
夏音「そっちは順調そうで何よりだ」
透子「はい、あとはウサギだけです」
夏音「すさまじいペースだな」
透子「急がないと間に合わないから」
積み上げた画集の山に視線。
てっぺんには一個のカボス。
透子「全部描かなきゃ」
ウサギを小さく描き足し始める。
夏音「オリジナルは描かないのか」
透子「自分の好きな絵を自分の手で再現する
のが最高に気持ちいいんです」
夏音「そうか・・・フフ」
透子「あ、邪道って思ってる」
夏音「いや」
透子「何か引っかかるなあ・・・」
夏音「お前もなかなかの変態だなと思って」
透子「ひどっ。先輩こそ」
夏音「褒めてるんだよ」
夏音の手の中で粘土がちぎれる。
夏音「あーやっぱりダメだ。何もかも消えて
しまった」
心配そうに夏音を見る透子。
夏音「気にするな。キャンバスに戻れ」
粘土まみれの手でシッシッ。
透子「でも・・・」
夏音「ウサギが描けたら」
透子「?」
夏音「手を貸してくれないか」
●同・体育館・昼
透子、ひとり待ち人。
フロアの真ん中で心もとなく佇む。
美術室での会話がプレイバック。
*****
透子「えー、ムリですよそんなのー」
夏音「なに、案ずることはないさ。アポロを
一定時間釘づけにするだけでいいんだ」
透子「また簡単に言って・・・」
夏音「簡単だよ、こっちには餌がある」
何か差し出す夏音。
細かい文字がびっしり書かれた紙片。
透子、一瞥しただけでめまい。
夏音「大丈夫、理解しなくていいから」
画集の上のカボスを手にとる透子。
鼻に当てて深呼吸。
夏音「ああ、そう使うのか」
透子「めっちゃ落ち着くんです」
*****
扉の開く音で引き戻される透子。
恐る恐る覗き込んでいる袰田。
透子「あっ先生、こっちこっち」
警戒して足を踏み入れようとしない。
透子「やだもう、私しかいませんよお」
透子、精一杯の媚び。
体育館をくまなく見回す袰田。
片隅に五段積みの跳び箱があるだけ。
袰田、ようやく近づいてくる。
袰田「質問なら職員室でも・・・」
透子「誰かに聞かれるとアレなので」
ピタリと止まる足。
袰田「そういうお話だったら・・・」
くるり回れ右。
透子「あー、待って待って。数学、数学の話
ですって」
袰田「数学?」(振り返らずに)
透子「私、もしかしたらすっごい未解決問題
見つけちゃったかも」
瞬時に距離を詰める袰田。
袰田「ミレニアム問題レベルですか!?」
透子「(わ、近い・・・)あっはい」
袰田「君が?」
前髪を貫き通すような鋭い眼光。
透子「そ、そう。お風呂入ってたら何か急に
降りてきて。あ、ここに書いてきました」
ジャージのポケットから紙片。
袰田、ひったくるように。
袰田「・・・・・・これはすごいぞ」
白衣のポケットからメモ帳と鉛筆。
四つん這いになって猛烈に演算開始。
透子、跳び箱をチラッ。
じりじりと動き出す跳び箱。
集中しすぎて異変に気づかない袰田。
袰田「●△※〒◇@#↓$~」
透子「(なんか詠唱始まったー)」
跳び箱、袰田の周囲を回り始める、
中から微かな連続シャッター音。
跳び箱「いいぞ、すごくいい、これだこれ」
透子「(こっちもなんかしゃべってる・・・)
透子「あぶ・・・」
ぶつかりそうになる透子。
顔を上げる袰田、止まる跳び箱。
ほぼ一周した位置で沈黙。
袰田「えっと・・・交点さん?」
透子「参天です」(ニッコリ)
袰田「これ、エルデシュ=シュトラウス予想
のバリエーションに過ぎないのでは?」
透子「えるで・・・しゅ?」
透子、冷汗ダラダラ。
●同・美術室・午後
机の上に広げられた膨大な写真。
あらゆる角度からの袰田の演算姿。
夏音の澄み渡った眼差し。
クロッキー帳にコンテを走らせて。
邪魔しないように覗き込む透子。
あやふやな線と影が紙を埋めている。
透子「・・・まだ掴めません?」
止まる筆先、夏音嘆息。
夏音「歯がゆいな」
汚れた手をじっと見つめる。
夏音「指の間からこぼれ落ちてしまう」
透子「これなんか良くないですか」
一枚の写真を手に取って。
透子「ほら、お尻のここのラインとか、髪の
乱れ方とか」
夏音「ただの残像だ。躍動していない」
透子「うーん・・・」
一休さんのように考え込む。
透子「あ」(パソコンのポップアップ音)
●同・コンピュータ室・午後
夏音と透子、一台のモニタの前。
一人用のブースに身を寄せ合って。
画面上で回り続ける青い円。
夏音「いつまで待たせるんだ」
透子「所詮、授業用スペックですもん」
夏音「そんなにしょぼいのか」
透子「うちのギガントだったらこんなの一瞬
なのに・・・」
透子、イライラして無駄クリック。
夏音「おっ」
透子「キター」
ブルーライトに輝く二人の表情。
が、歓喜は瞬く間に消え失せる。
画面に表示された袰田の3Dモデル。
妙にのっぺりした四つん這い姿。
無言でマウスを操作する透子。
ぐりんぐりん動く間抜けな立体像。
二人、感情をなくした顔。
夏音「ますます遠ざかったぞ」
透子「ゆるキャラって考えたら悪くないけど
・・・いや、ないな」
絶妙にムカつく顔面アップ。
夏音「慣れると何か愛おしくなってきた」
透子「せんぱい趣味わるーい」
ブースでキャッキャ。
背後で咳払いする巡回の先生。
●同・図書室・夕
茜に染まった閲覧机に夏音。
西洋彫刻の図録を真剣に紐解く。
ミケランジェロの頁で止まる指。
『ダヴィデ=アポロ』の写真。
何かを語りかけるような像の眼差し。
夏音「本質だ・・・本質を捉えなければ」
*****
書架に図録を戻す夏音。
次なるヒントを探し求めて。
踏み台に乗って上段に手を伸ばす。
マイブリッジ写真集を抜こうとして。
隣のイヴ・クライン画集が落下。
開いた頁を見て変わる夏音の表情。
脳内で鳴り響く交響曲『単音‐沈黙』。
●同・職員室・夕
美術室の鍵をラックに戻す透子。
チラッと袰田の席を見る。
無人の机に開かれた詰め将棋雑誌。
透子「失礼しました」
胡屋「参天、ちょっといい?」
出て行こうとする透子を呼び止める。
●同・生徒指導室・夕
ソファで胡屋と向き合う透子。
あからさまに委縮している。
透子の前に紙パックのフルーツオレ。
胡屋「他の子にはヒミツな」
言いながらカフェオレを一口。
透子、膝の上で紙パックをモジモジ。
透子「あの・・・」
胡屋「いいよ、そんな硬くなんなくても」
透子「・・・・・・」(ストローに口)
透子の惑う視線、窓辺の花瓶へ。
可憐に咲く薄紫のアガパンサス。
透子「きれいなお花ですね」(棒読み)
胡屋「園芸部が定期的に換えてくれるんだ」
緩んだ胡屋の表情がすぐ締まる。
胡屋「参天さ」
透子「はい」
胡屋「やめたげてくれないかな」
透子「え」
胡屋「来栖とつるんで袰田くんイジるの」
ストローからフルーツオレが溢れる。
●同・廊下・夕
糖蜜色の光に満ちた廊下。
とぼとぼと歩いてくる透子。
反対側から駆けてくる足音。
青い画集を胸に抱いた夏音。
珍しく息を弾ませ頬を紅潮させて。
透子にぶつかる寸前でブレーキ。
夏音「(息を整えながら)わかったぞ!」
透子「・・・・・・」
夏音「『人体測定』だ! 私としたことがなぜ
今まで思いつかなかった・・・透子?」
透子のしおらしい様子に気づく。
●同・屋上・夕
遮るもののない広い空。
鴇色から瑠璃色へのグラデーション。
金網から校庭を見下ろす夏音と透子。
まだうっすらと残る迷走の跡。
夏音「それで得心が行った」
透子「え」
夏音「彼が後任にうってつけだった理由さ」
透子「だから心配、って胡屋センが」
夏音「えらく気にかけてるんだな」
透子「大学の後輩だからでしょ」
夏音「それ以上に思えるが」
金網から離れて歩き出す夏音。
その背中を見送る透子。
透子「先輩」
夏音、高架水槽の梯子を上り始める。
夏音「気が咎めるか」
透子「そういう事情って知ってたら・・・」
夏音「お前は優しいな」
透子「先輩だって」
夏音「言いたいことは分かるさ。芸術のため
なら人の心を傷つけてもいいなんて理屈は
通用しない」
透子、ほっとした表情。
高架水槽のてっぺんに立つ夏音。
残照が黒髪を鮮やかに縁どる。
夏音「だが作戦は続行する」
透子「え・・・」
一転して絶望顔の透子。
透子「だって先輩、いま・・・」
夏音「それとこれとは話が別だ」
透子「・・・・・・」
夏音「私に一般論が通用すると思うか」
透子「・・・ムチャクチャだ」
夏音「嫌ならいつでも手を引いていいぞ」
透子「・・・・・・」
夏音「この好機を逃したら、ニ度とアポロは
現れないかもしれない」
透子「・・・・・・」
夏音「来栖夏音・魂の傑作が幻になっていい
はずがない」
透子「・・・・・・」
夏音「お前は見たくないのか」
俯いて唇を噛む透子。
超然と見下ろし続ける夏音。
●同・プール・昼
さざ波の立つ水面。
ニョキッと顔を出す潜望鏡。
(潜望鏡の視点)
白飛びしそうなプールサイド。
見渡す限り人影はない。
よく見ると。
更衣室の庇の上に透子。
スク水+ジャージ上着。
傍らにバケツと丸めた模造紙。
(透子の視点)
プールとプールサイドを見下ろして。
揺らめく水中にぼんやり見える影。
スク水姿の夏音。
(水中)
ゴーグル越しに潜望鏡を覗く夏音。
口にはシュノーケル。
忍者のように静かに獲物を待つ。
更衣室での会話がプレイバック。
*****
こそこそとスク水に着替える透子。
対照的に堂々とした夏音の着替え。
透子「なんで私まで・・・」
夏音「制服が濡れたら気持ち悪いだろ」
透子「濡れるの先輩だけですよね」
夏音「不測の事態に備えてだ」
透子「ずっと見学で通してきた意味・・・」
ぶつくさ言いながら肩紐パチン。
すかさずジャージ着用。
ファスナーを上まできっちり締めて。
夏音「勿体ない、綺麗なのに」
透子「欲しけりゃあげますけど」
夏音「遠慮するよ。私には分不相応だ」
透子、スレンダーな夏音をチラ見。
自分のからだを見下ろして溜息。
透子「・・・本当に来るんですか」
夏音「来るさ、顧問なんだろ」
透子「ただのお飾りですけどね。江越先生の
穴埋めの」
夏音「お飾りでも練習には必要だからな」
透子「部員は?」
夏音「休みの連絡を流しておいた。今ごろは
イ●ンモールかラ●ンドワンかな」
透子「こわ・・・」
夏音「もう一度おさらいするぞ」
*****
庇の上の透子。
透子「合図があったら、バケツ・紙・先輩、
バケツ・紙・先輩・・・」
口の中で何度もつぶやく透子。
脳内シミュレーション。
*****
降り注ぐ青い瀑布。
舞い降りる巨大模造紙。
夏音、プールから躍り出る。
模造紙に覆われてもがく人体。
抱きしめるように押さえつける夏音。
*****
更衣室の扉が開く音。
バケツを支える透子の手が緊張。
(水中)
シュノーケルから漏れる泡。
目を見張る夏音。
(潜望鏡の視点)
更衣室から出てくる袰田。
上下つんつるてんのジャージ姿。
夏音「(くそっ、何で水着じゃないんだ!)」
袰田の頭上でスタンバる透子の姿。
夏音、渋々何かから手を離す。
(透子の視点)
水面に浮上するラバーダック。
透子「(きたっ!)」
庇の縁で傾くバケツ。
(潜望鏡の視点)
突然踵を返す袰田。
更衣室の中へ戻っていく。
夏音「!?」
急浮上する潜望鏡。
プールサイドに飛び上がる夏音。
夏音「待てっ、中止だ中・・・」
両手を振り回して透子へ駆け寄る。
遅かりし来栖夏音。
頭上から容赦なく降ってくる青。
見事にクラインブルーガールの完成。
遅れてバケツがゴトン。
茫然自失の夏音に模造紙ひらひら。
(透子の視点)
恐る恐る目を開く透子。
乗り出してプールサイドを見下ろす。
紙に覆われてもがいている人体。
バレン役の夏音の姿はどこにも。
透子「先輩?」
夏音「ここここ!」(モゴモゴ)
バインダーを手に戻ってくる袰田。
目の前の光景に理解が追いつかない。
思わず背後を見上げる袰田。
庇の上の透子と目が合う。
●同・廊下・午後(現在に戻る)
生徒指導室の前。
所在なげに待つ透子。
何となく掲示板に視線。
部活関係のポスターがずらり。
漫画・イラスト研の途中入部者募集。
園芸部『花壇を大切に』のお願い。
囲碁将棋部主催校内大会のお知らせ。
指導室の扉が開く。
まだ髪の濡れた夏音が出てくる。
夏音、室内へ礼儀正しく一礼。
歩み寄る透子。
二人目が合うが言葉は交わさず。
透子、入れ替わりで指導室へ。
●同・廊下・夜
懐中電灯の光が闇に閃く。
へっぴり腰で見回っているのは袰田。
美術室からの異音に竦む足。
●同・美術室・夜
彫像やキャンバスを舐める光。
掃除用具入れにロックオン。
内側から必死の打撃音と叫び。
透子(声)「誰か、誰か助けてください!
ここから出して!」
慌てて駆け寄る袰田。
傍の机に懐中電灯を置いて。
用具入れの扉にかかる袰田の手。
一瞬引っかかった後、開く扉。
内部は凝り固まった闇。
袰田「頂点さん?」
闇の中から袰田の手首を掴む手。
あっという間に引きずり込まれる。
魔物の口のように閉じる扉。
(用具入れの中)
狂ったように扉を叩く袰田。
光がスリットから漏れている。
外に残してきた懐中電灯だ。
遮られるように明滅する光。
用具入れの前に誰かいる。
袰田「やめてください、何でこんな・・・」
スリットから何かが流し込まれる。
型取り用の液体シリコンである。
袰田「助けて・・・たす・・・」
みるみる嵩を増すシリコン。
袰田の口、鼻、目を越えて。
たちまち用具入れの中を埋め尽くす。
突如、乱れてフリーズする映像。
透子(声)「いい加減にしろー」
●同・午後
窓辺で行儀悪く脚を伸ばす夏音。
左手薬指の爪に残った青を気にして。
夏音「いくら狂っているからってそこまでは
しないさ・・・」
イーゼルの前に透子。
キャンバスには『思春期』の下絵。
木炭で浮かび上がる少女の淡い肢体。
透子「・・・肉体ってそんなに重要?」
夏音、応えない。
生徒指導室での会話プレイバック。
*****
胡屋の隣、落ち着きのない袰田。
二人の前で深く頭を下げる透子。
胡屋「袰田先生?」
袰田「あ、はい、分かってもらえれば僕は」
胡屋「参天、もういいよ」
頭を上げた透子、袰田と目が合う。
目を逸らす袰田。
透子「先生」
袰田「・・・僕?」
透子「一つだけお聞ききしていいですか」
袰田「・・・何でしょう」
透子「先生って隠れマッチョなんですか」
飲もうとした茶を吹く胡屋。
袰田ポカン。
透子「あ、聞き方悪かったですね。学生時代
スポーツか何かは」
袰田「まさか。卒業まで文化系一本ですよ。
それにBMI値16ですし」
*****
木炭を置いて立ち上がる透子。
窓辺の夏音に歩み寄る。
透子「思い出してください」
不思議そうに透子を見上げる夏音。
透子「ここから先生を初めて見た日のこと」
夏音の視線、窓の外の中庭へ。
現在の光景に重なる過去の映像。
透子「先生はどこにいましたか」
夏音「・・・花壇の傍」
透子「何して?」
夏音「屈み込んで何やら手を・・・」
二重写しになる袰田の後ろ姿。
透子「行きましょう」
夏音の腕を引っ張る透子。
夏音「おい、藪から棒に何だ」
透子「いいから」
問答無用で部室から連れ出す。
窓の外。
花壇に水やりをする園芸部女子。
●同・中庭・午後
水を浴びて喜んでいるような日日草。
釣られて微笑む園芸部女子・柘榴。
柘榴「喉乾いてたんだ? おいしい?」
背後の気配に振り返る。
佇んでいる透子と夏音。
柘榴「トンコちゃん」
透子「おっすおっす。調子どう?」
柘榴「弱ってる子、間引いたら復活したよ。
ちょっと心痛んだけど」
透子「世の習い、残酷だけどしょうがない」
柘榴「えっと・・・」
夏音を見て困惑顔。
透子「美術部の夏音せんぱい」
柘榴「あー噂の・・・」
言いかけて口を押さえる。
夏音、透子をギロリ。
透子「な、何も変なことは話してませんよ。
ねっ、ザッキー」
柘榴うんうん。
夏音、ふと気づいて腰を落とす。
花壇の隣に並んだ陶器製プランター。
夏音「斬新なデザインだな。まるでガレだ」
ブーゲンビリアの鉢全体に網目模様。
透子「ほんとだ、ヒビみたい」
柘榴「ヒビだよそれ」
触ろうとした指を引っ込める透子。
柘榴「大丈夫、ちゃんとくっついてるから」
夏音「完全に割れたのか」
柘榴「はい、男子のイナズマシュートで」
二人の隣に屈む柘榴。
柘榴「でも袰田先生が直してくれたんです。
難易度マックスのパズル状態だったのに、
さらっと十分くらいで」
夏音「あの時だ・・・」
夏音の脳内に生まれるイメージ。
接着剤片手に無双する袰田の姿。
難問を与えられた数学者の佇まい。
柘榴「いい先生ですよね。ちょっととっつき
にくいけど」
透子「女の子が死ぬほど苦手なんだって」
柘榴「えーそれは残念」
複雑に変化する夏音の表情。
それを横目で見ている透子。
●同・廊下・午後
とある教室の扉をノックする透子。
ややあって開く扉。
ひょこっと顔を覗かせるギャル・棗。
●同・美術室・夕
考え事をしながら入ってくる夏音。
イーゼルに蹴つまづきそうになる。
落ちかけたキャンバスを支えて。
周囲に放置された油絵の道具。
夏音「始末が悪いな・・・」
夏音、キャンバスをまじまじ眺める。
ほぼ完成した『カーニバルの夜』。
満月の部分に何かが貼られている。
月の形に折った手紙。
剥がして広げてみる夏音。
夏音「道場破りでもする気か?」
●同・柔道場・夕
戸惑いながら引き戸を開ける夏音。
横の壁に凭れていた棗と目が合う。
棗「遅いじゃん、来栖夏音」
夏音「君は・・・」
棗「囲碁将棋部部長の保志棗。開けっ放しは
電気代食うよ。さー入った入った」
夏音の腕を引っ張って中へ。
*****
内扉を引いて開ける棗。
背後の夏音の目に飛び込む光景。
畳の中央に設えられた対局スペース。
周囲を取り囲むように見物の人垣。
人垣をかき分け夏音を案内する棗。
将棋盤を挟んで対局しているのは。
白衣の袰田と制服の透子だ。
盤を見据えてピクリとも動かない。
夏音「これは一体・・・」(響く声)
観戦中の生徒たちから一斉にシーッ。
棗「ホロセンの長考中。後輩クンが羽生先生
みたいなえっぐい一手打ってさー。もしか
したらこのまま決まっちゃうかもねー」
夏音「いやだから何なんだ、この状況は」
棗「決勝戦だよ、ウチ主催の大会の」
夏音「決勝? 透子が?」
棗「いやーおったまげたよ。いきなり部室に
乗り込んできたかと思ったら、ホロセンと
戦いたいから将棋教えろって」
夏音「・・・・・・」
棗「ホロセン、ダントツ優勝候補なんだぜ。
ナニ言ってんだコイツ、絶対ムリだろって
思ったけど、いざ教え始めたら上達するの
なんの」
夏音「・・・・・・」
棗「しかも過去の名勝負の棋譜、片っ端から
完コピしちゃってさー。どこにいたんだよ
こんな逸材って、思わず勧誘してたわ」
夏音「・・・ダメだそれは」
その時、袰田の手が駒に伸びる。
棗「マ? こっから打開する?」
慌てて棋譜ノートを開く棗。
棗「そうそう、後輩クンから伝言」
夏音「?」
棗「自分じゃなくホロセンを見てて、って」
声なき詠唱を唱える袰田。
乾いた音を立てて打たれる香車。
逆に透子の喉元を狙う。
透子、すかさず反撃。
ギャラリーの顔色が変わる指し手。
棗「そうきたかー、竜王戦のアレじゃん」
ノートを走る鉛筆が止まらない。
盤面を走査するような袰田の目。
唇から溢れ出す数式が見えるようだ。
(夏音の視点)
空気の流れが変わる。
袰田の白衣の裾が熱風で揺らめく。
曇った眼鏡の奥で輝く瞳。
寝ぐせのついた髪がさらに逆立って。
袰田の背後で形を取り始めた靄。
夏音「・・・貸してくれ!」
棗「!?」
奪い取られる棋譜ノートと鉛筆。
最後の頁にデッサンを始める夏音。
*****
袰田の打った金が盤を焦がす。
次第に守りに入る透子。
名人級の穴熊が構築されてゆく。
囲いを一枚一枚丁寧に剥がす袰田。
情け容赦ない理詰めの凌辱。
加速する夏音のデッサン。
一頁で終わるはずもなく。
次々と埋まってゆく新しい頁。
もはや判別不可能の線の連なり。
袰田に集中している夏音の視界。
その片隅で透子の背後にも靄が。
*****
逃げられない王将、静かなる王手。
呼吸を忘れたギャラリーから吐息。
夏音の両手がだらんと下がる。
盤上に手を伸ばす透子。
透子「ありがとうございました。完敗です」
戸惑う袰田、やがて出される手。
がっちりと交わされる握手。
袰田「美しい対局でした」
満場、拍手の嵐。
汗だくでぐったり座り込む夏音。
ふと描き潰したノートに気づく。
夏音「すまなかった、せっかくの記録が」
棗「気にすんなし。副部長も取ってっから」
記録席でサムズアップする男子。
透子「せんぱい」
割れる人垣、夏音を見下ろす透子。
前髪の間から覗く潤んだ瞳。
夏音「・・・やめないよな?」
透子「もー最初にかける言葉がそれですか。
やめませんよ。ちゃんと断ったし」
棗「ウチをフるなんて大したタマだよ」
棗、シクシク泣きまね。
夏音「・・・ジャージは?」
透子「だーかーらー・・・脱いできました。
この道場クソ暑いんですもん」
汗で透けた制服シャツを見下ろして。
透子「ま、誰も盤上しか見てないし」
夏音「・・・・・・」
透子「先輩だってびちゃびちゃじゃん」
夏音「・・・・・・」
透子「・・・・・・」
無言で見つめ合う二人。
どちらかが触れる必要もない。
成果はお互いの瞳の中にあった。
●同・校門・朝
麗々しく飾りつけられたゲート。
『第88回神高祭』の文字。
次々と校門に吸い込まれる来場者。
スピーカーから浮き立った声と音楽。
●同・廊下・午前
美術室前。
『美術部大展覧会』の達筆な墨書。
扉の前でアンブッシュする夏音。
近づく生徒に挙動不審なアプローチ。
おかげでなかなか寄りつかない客。
●同・美術室・午前
案内係の椅子に透子、暇そうに欠伸。
入ってくる柘榴、立ち上がる透子。
透子「なんだザッキーか」
柘榴「ひどっ。せっかく来てあげたのに」
透子「ごめんごめん、ゆっくり見てって」
壁際に並べられた見事な模写の数々。
『受胎告知』の前に立つ柘榴。
柘榴「これ全部トンコちゃん?」
透子「うん、そうだけど」
照れくさそうに鼻を掻く。
柘榴「すごいよ。大画伯じゃん」
絵が途切れると塑像の展示。
透子「そこからは夏音せんぱいコーナーね。
一年の時の作品から順番に並べてる」
柘榴「これ、胡屋センじゃない?」
最初期作の胸像を指して。
二人でじっくりと鑑定。
透子「・・・そうかも」
タイトルを見て微笑む透子。
『恩師』。
透子「なーんだ、モデル第一号じゃん」
柘榴「で、例の作品はこの奥?」
透子「そ。あ、誰か来たから戻るね」
柘榴と別れて入口へ。
今しも入場する袰田。
透子を見て少し慌てるが。
すぐに柔らかい表情に。
袰田「お邪魔じゃないですか」
透子「どうぞ、ごゆっくり」
●同・夕
傾いた陽が作品たちを優しく彩る。
展示スペースの一番奥。
メイン作品と向かい合う夏音と透子。
透子「これ、モデルの必要ありました?」
夏音「意地悪だな、透子は」
透子「嘘ですウソ。ちゃーんと解ってます」
夏音「ほんと意地悪だ」
肘で夏音を突く透子、突き返す夏音。
二人の前には巨大な石膏像。
人の形を留めていないフォルム。
流線型がダイナミックに絡み合って。
まるで熱風を可視化したかのよう。
透子「題名は?」
空白になっているタイトルカード。
夏音「・・・(ぼそぼそ)」
透子「えっ? 聞こえなーい」
夏音「・・・『情熱』だ」
言って目を逸らす夏音。
夏音「・・・笑っていいぞ」
透子「・・・・・・」
夏音、透子をチラ見。
透子の頬が濡れている。
夏音「ば、ばかっ、泣いていいとは・・・」
透子「な、泣いてませんよ。テカってるだけ
ですー」
透子、頬をゴシゴシ。
夏音、緊張が解けたように。
夏音「うむ、創作意欲がまた湧いてきた」
透子「先輩はもう引退じゃないですか」
夏音「学祭済んだら引退なんて誰が決めた。
私は永久に美術部だぞ」
透子「はいはい。次は誰をモデルに?」
夏音、熟考。
夏音「そうだな・・・」
ビシッと透子を指さして。
夏音「次はお前だっ」
透子「怪談じゃないんだから」
夏音「お前をかたどらせろ」
透子「やだ。てか、こんな普通の塊みたいな
人間、作ってて楽しくないでしょ」
夏音「お前はアルテミスだ」
透子「えっ」
夏音「あの時見えたんだ、はっきりと」
透子「・・・・・・」
夏音「頼む、透子」
透子、熟考。
前髪の隙間できらめく瞳。
透子「じゃあ私も先輩を描くから」
夏音「模写至上主義に背いてか」
首を横に振る透子。
透子「好きな作品を自分の手で再現するのが
最高、って言いましたよね」
夏音「なるほどそうか、もはやこの私自身が
芸術そのものだと言いたいんだな」
夏音、ダヴィデのようにポージング。
透子、ニヤニヤ。
夏音「なんだ、そのモナリザのコピーエラー
みたいな笑いは」
透子「ご想像にお任せしまーす」
わちゃわちゃ賑やかな二人の世界。
*****
展示の一角にセザンヌの静物画。
こっそりと描き足されたカボス。
エンディング曲『セザンヌ美術館』。
了
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