☆はる☆の楽天日記☆

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2011.06.06
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カテゴリ: 【光合成日記】
2005年3月15日

涅槃スタイルでしばし休憩。
ふと思う、そしてペンは走る。



それにしても、仏陀。釈迦はすごい人だね。
仏教という宗教は、釈迦の教えを都合よく歪めてしまったけれど、
私は釈迦大好き!

ところで、仏陀という名称は、
釈迦だけがそう呼ばれるものではないんよ。知っていた?
それは、覚醒度合いを表現しているもので、


最終的に覚醒をした人のことを仏陀と呼ぶの。
だから、かなり強引にいってしまえば、イエスも仏陀。
仏陀であるということは、スピリットの状態なのね。

で、仏教、キリスト教、ユダヤ教、イスラム教、
そのほかいろんな宗教がつくられて何千年もたつわけだけど
その中から何人の人が仏陀スピリットに目覚めたかというと
きっと数えられる程度なんだよね。
ね、これっておかしくないかい?

なぜ、釈迦は仏陀になりえたか?
なぜ、弟子たちは仏陀になりえなかったか?

その違いを知ることで、より仏陀に近づくことができる。

今さら同じことをするのはバカらしくない?

弟子たちの犯した過ちを学んで独自のスタイルで生きた方がいい。
経典をいくら読み込んでも、修行をしても、マントラを唱えても
きっとそれだけじゃ仏陀にはなれない。

釈迦、イエスと、そのほか大勢の違い。


その他大勢の人は、その道に追随してゆく。
その違いは、とてつもなく大きい。


今、私たちにできることは、
既成のすべての宗教を越えて、縛りから抜けて、
自分だけのオリジナルな生き方を確立することだ。

内なる声、外なる声、それらに耳を傾ける。
違うと思ったら、その都度自分自身と話してみる。

自分の生を、己の信じるままに生きること。
誰かの真似ではなく、真のオリジナルとして。

すべての人が仏陀になれるわけではないだろう
それでも、可能性はすべての人にある。

なぜなら、
仏陀とは、花だから。

すべての人には、仏陀として花開くための種がある。

多くの人は、それに気づかず生を終え、
種は芽吹くことなく次の肉体に宿る。

でも、気づけば、その種に安らぎの闇を与えることができる。
種は闇の中で新しい生命として芽を出す。
そして、ボディの中に射し込む光に照らされ、
葉を開き、闇に根を張る。

人はその偉大な肉体の中に、光と闇を内包している。
闇は忌むべきものではない。
闇は大いなる安らぎだ。
闇がなければ、生命は生まれることができない。

闇がなければ、休息することすらできない。
休息することができなければ、
光に照らされても伸びゆくことができない。

24時間光を当てられつづけて狂わされて
早く花を咲かせる電照菊でさえ、
大地の中、闇の安らぎに包まれて根を張っている。


大切なことは闇の使い方を知ること。
大切なことは光の使い方を知ること。

闇と光に使われてはいけない。

闇だけにフォーカスしても、
光だけにフォーカスしても、
本質には至れない。

バランスを知ることが大切なのだ。
そして、次に光と闇を、自分自身の中で和合すること。
人は闇と光とを自在に操ることで進化を遂げる。

それが、種を育むことでもある。
栄養を与え、大きく葉を広げ、茎を伸ばし、
幹となり、根を張り巡らせる。
その木に与えられる光と闇のバランスがうまくとれつづければ
木は大きく健やかに育ちゆく。


時至れば、つぼみがつき、やがて花ひらく。

祝祭の時。
その花は、まわりにいるすべての存在が目覚めるための
可能性のエナジーとなる。

仏陀とは花だ。
そして、その種はすべての人が既に持っている。

種を芽吹かせるか、そのまま眠りにつかせるか、
その選択はいつも自分自身が握っている。

多くの花が開くとき、地球はやわらかな喜びに満ちた、
奇跡の惑星となる。

私はその時を待っている。
心待ちにしながら、風と遊んでいる。

私は菩薩でありたい。
仏陀を目指すのではなく。
人々が仏陀になるために、
多くの種が芽吹くのを手助けする百姓でありつづけたい。


風と太陽と水に感謝を。






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Last updated  2011.06.06 20:02:56
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