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迷鳥物語
演出・渡邊 八房
語り・猿木土真通
作曲・半澤 伸枝
闇。語り部にスポットライトが当たる。
静寂。大きなタメの後、朗読がはじまる。
(全編を通して、静かなトーンで語られる)
「(自己紹介のように)これなるは帝の寵を受け、一頃は“都にこの摂政あり”と呼ばれた鷹野太郎座吉宗でございます。生まれし頃より三十年と余年、都の外へ一歩も出ず何不自由なく暮らしていたものの、政敵・黒川権叉衛門の策にはまり、あわれ京の都を追われ、こうして見たことも聞いたこともない土地を彷徨い歩いている次第でございます。
思えばもうどれだけの時が流れたのでしょうか。都での華やかな生活が、何日か前のようでも、また何年も前のことのようにも思われます。
このあてのない旅は、一歩足を進めるごとに、大きな不安となって私の身の上にのしかかって参ります。しかし一歩でも遠く都を離れなければ、権叉衛門の手のものが追ってこないとも限りません。
しかし焦って走ったとて、つまづいて転んだとて、手を差し伸べてくれる者などおりません。もはやこのような僻地に私を知る者などおらず、私は上等な着物やいくつもの宝石が何の役にも立たないことをを知りました。
なるほど確かに宿屋では、それはいいお金となり、ご馳走に変わりましたが、こんな人里離れた山奥では何の意味もありません。
宿での仮寝の夢も重なり、まるで今のこの時まで夢を見ているような気持ちでさえあります。しかしこの身に起こっていることが夢であるならば、たとえそれが悪夢であったとしても耐えてみせましょう。すべてが一夜の夢であるならば。
後生だからこの現実(うつつ)を、一夜の夢としておくれ。」
語り部の声に余韻を残しつつも、序曲が入る。
曲が終わった後に、語り部による、演奏者と語り部の紹介。
「らせん堂設立記念・民話語りの会第一回公演「迷鳥物語」にお越し戴き、ありがとうございました。今回の舞台は、作家・渡邊八房が書き下ろした創作民話をもとに作曲家・半澤伸枝が曲を書き、そしてまたその曲に合わせて物語を再構成するという、非常に手間のかかる作業から生まれました。
どうしてそのような手間のかかることが必要だったかと言うと、いろいろな人の手を経由することによって完成されていった民話の再現だということです。なるほど、民話は一人の手によるものではありません。何代にも語り継がれ、様々な形を経て今の形があるのです。
さてこの物語には、昔話につきものの、お化けや妖怪が出てくる訳でも、勧善懲悪がテーマとされる訳でもありません。
人が人を幸せにするという難しさを解いているような、そんな物語です。
まぁ、民話は、もともと近親者による口承伝統です。懐かしの実家に戻った
つもりでのんびり聞いて下さい。
作・演出、渡邊八房。作曲・演奏、半澤伸枝。語り、猿木土真通。迷鳥物語。それでははじまります。」
その後、少しの間をおいて、また語りがはじまる、
「やれやれ、ようやく山道を抜けたと、足を速めてみれば、こんな小さな沼に辿り着くとは…やはり鷹野太郎座の命運も尽きたというものか。
見たところ、人の気配はおろか動物の気配もない。随分と鬱蒼とした沼だ。ここが世の果てならば、次にどのような夢を見せてくれるというのか。
生憎とわたしの目は、悲しみにめしいてしまった。耳と口は怯えのために塞がれ、手には雨粒がだけが残された。足はもう痛みすら覚えてはいない。
それでも、まだわたしは何処かへ行こうとしている。哀れな。この後に及んでも、まだわたしは何かを求めて止まないのか。京の都にて、わたしは贅の限りを尽くしてきた。大きな住まいを持ち、美味しいものを食べ、上等な着物に身を包んでいた。帝の寵を受け、わたしには手に入らないものなど何もないはずだった。そのわたしが今さら何を求めるというのだ…。
おや、向こう岸に鳥の姿が見える。それもこんな山奥でたった一羽ばかり。なんとまぁ悲し気な面相だ。仲間からはぐれたか、身寄りをなくしてしまったのか…。どちらにしても一人と一羽、お互い天涯孤独な者同士、ここに足をとめるのもまた運命と思うべきなのか。
あぁ、確かにわたしは天涯孤独であったかも知れない。今思えば、京の都でもわたしは独りだった。もちろんわたしの周りに沢山の家来や使用人たちに囲まれていた。しかし、今こうしてみて、何故わたしは一人でここにいるのか。一緒に逃れるべき妻や恋人もおらず、また心の奥底から労苦を共にすると言ってくれる家臣もいなかった。結局、華やかな生活も、すべてがわたしの夢の一部でしかなかったのだろうか。
だとしたら、今わたしの求めるべきことは決まった。
たった一刻でいい。わたしは家族が欲しい。このまま独りで朽ちていくには余りにも口惜しすぎる。
(語りかけるように)聞け!山の精よ、この沼の主よ。周囲に潜むもののけたちよ。わたしに望みを叶えたまえ。その為ならば、例えこの身をささげることすら厭うまい。
(間)
(つぶやき)されど天に見放されたこのわたしの声など、ましてやこの深い泥底まで届くはずもなく、わたしの願いは、再びその沼の中へとかき消えていくことだろう。
短い曲(時間経過を感じさせるもの)
(語りかけるように)おや何か物音がしたかと思えば…。娘さん。あなたはここで何をされているのですか? 刺し子を生業としているこぎんと申されますか。この沼の水草がいい染料になるので摘みに参ったと。こんな山奥までとても大変なお仕事です。
ところで、あれに見えるずいぶんと変わった鳥は、なんと言う名前でしょうか。漆黒の体躯に長い尾。しかしそこから伸びる白い首筋と、まるで毛唐のような金色の毛が、都鳥をしてもかなわぬ程の気高さを感じるのですが。蓮角…と申されますか。先日の大風に飛ばされ、こんな山奥に辿り着いた、と。なるほどあの物悲しき瞳には、遠き故郷を想い馳せる憂いが潜んでいるのですね。
さて随分と暗くなってまいりましたね。何処か軒を貸してもらえる場所はないものでしょうか。いくら暖かくなってきたとは言え、野宿するにはまだまだ寒すぎる。おや、一晩軒を貸してくれるというのですか。なんて心優しい娘だろう。このような場所で、予期せぬ幸いを得ました。まさに地獄に仏とはこのことです。」
次の曲が静かに入る。そしてまた静かに終わる。
「それから一年の歳月が流れました。そのままこぎんの家で暮らすようになったわたしは、こぎんの仕事を手伝いながら生活するようになりました。はじめはうまくいかなかった糸の紡ぎも、いまではなかなかの腕前です。
ある夏の日、わたしが庭先で糸を紡いでいると、そこに一匹の年老いた犬が現れました。その犬は、くわえていた古びた刀をその場に落とすと、タメ息をついて言いました。」
「儂は、いまでこそ犬のなりをしているが、前世は武川忠助という武士でな。その昔お前に仕えていた者だ。今を去ること100年前。お前さんの前世であり、この一帯を治めていた勅手河原芳國は、名君と呼ばれていた武将であった。しかし家臣の謀反によって、お家がお取り壊しになってからというもの、田畑は荒れ、今に至るは、この集落一帯はこんな荒れ果てた土地となってしまったと言う訳だ。
それ、この話が嘘ではない証拠として、この刀をお前に預けよう。それが芳國殿が今際の際に、儂に授けた名刀・義久だ。百年もの長き間にかなり見栄えはしなくなったが、お前にはその秘めた輝きが判るはずだ。」
「おぉこれぞまさしく名刀。長き年月の封印に錆びてはいるものの、その誉れはこの手に伝わってくる。かつてこのような名刀は、京の都ですら手に入れることはできなかったであろう。素晴らしや義久。」
「この刀を鍛え直し、もとの美しい姿に仕上がった時、お前は、この義久の持ち主として相応しい者として、再びこの地を治めることができるであろう。」
短い曲(時間経過を感じさせるもの)
「こぎん、なぜそのような浮かない顔をする。刀は人を映す鏡。斬るも斬られるも、すべては人の意思。しかし、それだけではない。この刀には、人の結束を促す力がある。一目でも見れば、きっとそれが判るであろうに、何故この刀を見ようとしない。
京の都を離れ、わたしは自分の生きていた年月がただ無駄になっていたものだと思っていた。しかしそうではない。すべてはこの刀との邂逅の為にあったのだ。わたしは、この刀を鍛え、見事この村を再び豊かにしてみせる。
こぎんがそこまでこの刀を忌み嫌うのならば致し方ない。私は私の考え方ですべてを成し遂げてみせよう。私の信じる力とは、すべてを幸せにするものであり、滅びる為のものではない。
そして見事天下をとった暁には、お前を妻に迎えることを約束しよう。」
(間)
次の日から「義久」を鍛えなおす為に、奔走する日々がはじまりました。
そしてこぎんは、きたるべき嫁入りの為に、自分で花嫁衣装を仕立て、その裾に刺し子を始めるようになりました。
幸せな数ヶ月がすぎ、秋になりました。
わたしは、何度も義久を鍛え直し、こぎんもまた刺し子の図案を思い浮かべては、働きに精を出しているようでした。
それはとても幸せな日々でした。
しかし冬が来て、わたしは、なかなか義久を仕上げることができないことにいら立ちを感じておりました。そして名匠を求めては遠出して家に戻らぬ日が何日も続き、戻ってきても、また翌朝には出ていくと言う日々が続きました。こぎんのつくったご馳走にもあまり手をつけず、寝床に入っても、うわ言を言うようになりました。そして真夜中に.起きだしては義久を眺めて心を静めたこともありました。
こぎんは、しかしそんなわたしの隣で、刺し子を一針一針丁寧に刺していました。
わたしへの想いが、その一針一針に込められていることは、痛い程判っています。しかしその思いが、同時に枷となって重くのしかかっているように感じられます。だからわたしもまた、幸せを手に入れる為にも、すべてに優先して義久を鍛え直すことが先決問題だと思いました。
(間)
そして春が来て、二人の間には会話すらなくなっておりました。
お互いがお互いの幸せを求めていることは、間違いありません。
こぎんは、相変わらずわたしに尽くしてくれました。そしてわたしもその思いを信じ、それに報いようと懸命に努力を続けました。
しかし、お互いがお互いを思い、幸せに向おうと懸命にすればする程、二人の間に大きな壁ができていっていることもまた一つの事実でもありました。わたしはとうとうその重圧に耐えきれず、一ヶ月もだまって家を出てしまいました。
大きな亀裂をイメージした曲。
一ヶ月ぶりに家に戻ったわたしは、縁側で倒れているこぎんを見つけました。慌ててこぎんを抱き起こすと、こぎんは別にわたしが帰ってきたことに驚きもせず、やりかけの刺し子をはじめようとしました。
「こぎん…おい、こぎん。聞こえているか。」
こぎんは手を休めずに、はいはいと、合の手をうつばかりで針を休めたりはしません。
「そなたの苦悩、そなたの悲しみ。よく分かった。いままですまなかった。
しかし私も今この時を逃す訳にも行かぬ。一刻も早くこの苦悩を抜け出す為には、やはりいままで以上にすべてを速めるしかないのか。」
そうして何日もこぎんは心を閉ざしたまま、延々と花嫁衣装に刺し子を刺し続けています。わたしは、そんなこぎんをただ見守っているしかできません。
「こぎんよ…愛する妻よ。また夜が去り、朝がきた。お前の花嫁衣装は日に日に仕上がっていくというのに、私の心は晴れず、まるであの沼に深く沈んだまま、陽も射さず、闇の中で朽ちていくようだ。名刀・義久の輝きをもってしても、この想いが晴れることはないだろう。
-どうした?こぎん。おぉそうか。もう糸がなくなったか。また新しい糸を染めなければ。ではどうすればよい。-沼にて草を採ってくればいいのか。よし。では、わたしも一緒に摘みに行こう。
そうだ。わたしは間違っていた。先の幸せばかりに気を取られ、今このひとときの幸せに気づいてはいなかった。わたしにはお前がいる。それだけで充分ではなかったか。お前一人幸せにできないで、何の為の幸せか。
わたしは、あの老犬にこの刀を返すことにしよう。
なに、少しばかりで戻ってくる。それまでの間に出かける用意をして、待っているがよい。」
(間)
それから半刻ばかりしてわたしが家に戻ると、もうそこにこぎんの姿はありませんでした。
わたしは慌てて大声でその名を呼びました。しかし何処をどのように探しても、こぎんの姿はみつかりません。
付近も探し、途方にくれたその時、わたしの脳裏にあの沼の光景が浮かびました。
わたしは家を飛びだし、こぎんの姿を追って沼へと急ぎました。
しかし無慈悲な山道は、いくら走っても、わたしをそこへと誘いません。
木や草さえも、わたしの行く手を阻んでいるようです。
短い、焦燥感のある音楽
ようやく治兵衛沼に辿り着いた時には、もう辺りは薄暗く、重く沈んだ沼だけが、わたしの目の前に横たわっておりました。
わたしは、何度もこぎんの名を呼んだのですが、その声ですら闇の中へと吸い込まれていきました。
静寂がわたしを包みました。
それでもわたしは、声が枯れてしまう迄、何度もこぎんの名前を呼び続けました。
闇の中、何かの気配を感じて目を凝らすと、沼の対岸に、蓮角が佇んでおりました。
「おぉ、蓮角よ。異国の鳥よ。わたしのこぎんは一体何処に行ったのか教えてくれまいか。」
けれども蓮角は何も語りません。ただ物憂気な目で、ジッとわたしを見つめています。
不意にわたしは、すべてを理解しました。そして沼の泥を一掬いすると、その中にこぎんの姿を求めました。
しかしもうそこにはこぎんはおりません。
わたしは声を振り絞って叫びました。
「権叉衛門!わたしはここだ!早くここに来てわたしを殺めるがいい。こぎんのいない世界はなんて無意味で価値がないんだ。すべてはもう色褪せた。今、この瞬間、わたしは無を感じる。もはやわたしはこぎんを痛みと悲しみでしか思い出すことができない。早くわたしの存在を消してしまうがいい。山の精よ、沼の主よ、もののけたちよ。この世界から逃れるためならば、わたしの魂は喜んでお前達のもとへ召されるだろう。さぁ、早く。」
冷たい沼の水が、わたしの身体を凍てつかせましたが、それすら深い悲しみ
の前には何にも感じられません。わたしは、わたしの存在が消えていくことを必死に願いました。
(間)
それからどれだけの時が流れたのでしょうか。
空が白みはじめると、沼はその白を吸い取って、美しく輝きました。周辺の草や木も、それぞれ誇らし気に青々とした葉を天に伸ばしています。
耳をすませば、虫の羽音や、動物たちが小枝を折って歩く音、鳥たちの鳴き声が聞こえてくることでしょう。
この沼の中にだって、魚や虫たちが沢山暮らしているのです。
蓮角がその美しい羽を広げ、ニ三度羽ばたいたかと思うと、空へと飛び立っていきました。どこへ行こうとしているのでしょうか。ひょっとしたら、当の蓮角ですら判らないのかも知れません。しかし蓮角は沼の上を何度か旋回し、そして南を目指して飛んでいきました。
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