はた坊のブログ   家庭菜園を始めて21年目に(菜園に専念に)なりました

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2014.06.26
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カテゴリ: キュウリ
  • C:\fakepath\きゅうり.JPG





昨年のきゅうり

まずは 苗から
04月27日 苗を6本かってきた  畑に植え付けをしておいた
05月06日 2本が枯れそう 追加で2本の苗をかっておいた
05月12日 すこし 元気がなさそう どうかな ???
05月18日 追加で 予備で また2本のきゅうりを追加して 植えておいた
06月02日 ちいさい実がついていたので 収穫しておいた 
06月06日 ちいさい実がまた ついていたので 再度の収穫をしておいた
07月20日 18回目の収穫をした 6本



05月06日 庭で種まきをしておいた 16pots
05月12日 発芽はまだ 遅いなあ 
05月17日 発芽している
05月18日 畑に移動  g-22の畑に植え付けた
06月02日 10本くらいはのこっている みずやりをしておいた
06月06日 また みずやりをしておいた
06月09日 またまた みずやりをしておく これで なんとか成長するかな
06月12日 まあまあ 育ちつつある みずやりをやっておく
06月18日 はやくも小さいが実がつきだしている
06月23日 写真をとってきた  まあまあ 大きくなってきている
06月30日 ふしなり 初の収穫をした ごろごろ 実がつきだした  10本なり

08月25日 ふしなり 17回目の収穫は  02本


きゅうり 第二弾の種まき
種まきした分のが 早くも実がつきだした
早すぎるので 時差のきゅうりの種まきの第二弾をしよう
06月23日 第二弾の種まきをしておいた m-20の畑に

06月30日 発芽した苗をg-10の畑のうねに移動した
06月30日 m-20のきゅうりも 発芽してきている
07月13日 g-10のきゅうり かなり大きくなってきている 無事だ
07月17日 m-20/g-10の苗 それなりに育ちつつある 蔓もどんどん伸びてきている


hcの苗 これは 6月2日から収穫 7月20日で おしまいに 合計77本
ふしなり 第一弾にもどんどん実がつきだした 6月30日から8月12日までで 合計98本
ふしなり 第二弾の苗 無事に生育中  8月04日から収穫  合計31本


8月になっている    そろそろ 収穫も少なくなりつつある




今年のきゅうり

04月13日 hcで6本のきゅうりの苗をかってきた
04月20日 畑に移動した  追加がもう1本の苗をうえておいた
05月25日 初の実がついていたので 小さいが収穫をしておいた
05月25日 支柱を追加して 高くしておいた これでokだなあ
06月01日 4本のきゅうりの収穫をしておいた
06月05日 追加の収穫をした たくさんできている
06月08日 日曜にも 収穫をしておいた
06月11日 5回目の収穫をした

第一弾の種まき
04月20日 庭できゅうりの種まきもしておいた
05月03日 発芽したので 畑に移動した  m-06の畑に植え付け
05月25日 すこし生育してきているが まだまだだなあ
06月01日 すこし大きくなってきている そろそろ蔓も伸びてきそう
06月15日 かなり蔓が伸びてきている 3-4本はある

第二弾の種まき
05月11日 庭て種まきをしておいた
05月18日 発芽している
05月24日 畑に植え付けた  m-08の畑に植え付け
06月01日 まだ小さいまま
06月15日 無事なり まだ蔓はのびていない 5-6本はある

まずは 7本のなえのきゅうりは 生育中  支柱をつけておいた
種まきのは 2つの時差をつけて m-06とm-08で 植え付けている これは全部で10本くらいある

きゅうりは 今年も 苗の分と 種からの分 2groupで たくさんある
来週から どんどん 収穫をしていこう

06月15日 6回目の収穫をした かなり本数も増えてきている
06月18日 7回目の収穫をした どんどん収穫している
06月21日 8回目の収穫をした  じゃんじゃん収穫しよう



東日本大震災 3月11日発生
6月26日は既に3年と4か月と15日後となった   阪神大震災は、1月17日で発生から20年
どちらも想定外ということで 既成概念の見直しが必要 武田さんのコメントを参考にしている


武田さんのブログ


新時代へ備える(2) 西太平洋のアメリカ

「sinjidai02shori1342.mp3」をダウンロード
さて、アメリカはワシントンから大陸を横断してサンフランシスコに進出し、さらにハワイ王国を侵略して太平洋の中心を制するようになります. それでもアメリカはまだ飽き足らずに、アラスカをロシアから購入し、スペインと戦ってフィリピンを侵略しました。このスペインとの戦いで、アメリカは2つの大きなねつ造と裏切りをします。

一つはフィリピン争奪戦の前にアメリカとスペインの間で起こったキューバの独立戦争では、アメリカの新聞が「スペイン警察がアメリカ夫人を裸にしている」といく完全なねつ造記事を出して、敵愾心をあおり、平行してアメリカ海軍はフィリピンのスペイン軍との戦いを準備するという作戦に出ます.

軍の方は、ちょうど、インディアンとの戦いが終わり、陸軍兵士が大幅に余ったため、軍は新しい戦争を望んでいたとされている時期でしたし、新聞は販売部数を増やそうとしていた時期にあたります. このようにマスコミと政府が連帯して国民をだまし、戦争や現在の地球温暖化などに進むことはままあったことです。

はたして翌年の1898年にはハバナ湾に停泊していた戦艦メイン号が突如、大爆発して乗員266人が死亡しました.この事件は少数のスペイン船員のサボりが原因としてアメリカ世論が沸騰し「リメンバー・メイン号」という恨みを返そう!の合い言葉になったのです.

インディアンとの戦いでは「リメンバー・アラモ砦」、スペインとの戦いでは「リメンバー・メイン号」、そして日本と戦うときには「リメンバー・パールハーバー」とまったく同じ手法が出てくるのがアメリカの戦争の特徴です.

ともかく、フィリピン沖海戦でアメリカが勝利を収めると、陸戦になり、フィリピン独立軍とアメリカ軍が協力して1万人程度のスペイン軍を追い出しました.さらに戦闘前には「フィリピン独立に力を貸す」というアメリカのウソが通り、フィリピン人は多くの犠牲者を出し、その結果は、支配者がスペインからアメリカに変わっただけになったのです.

Photo
よく日本国内で「日本軍は戦争で悪いことをした」と言う人が多いのですが、戦争とはウソにまみれたものです。日常生活の道徳は戦争では通じません。もともと相手を多く殺した方が勝ちというものですから、普通の道徳は通じないのです.

メイン号事件もおそらくは謀略で、フィリピン独立部隊をだましたのも、戦争の典型的な方法の一つです。 悪いことを比較するのも問題ですが、このような歴史的事実を知らずに、日本軍だけが聖人君子であれというのはやや無理な注文でと思うことがしばしばあります. 戦争をすると言うことを決めるときが問題で、戦争になってしまったら、ひどいことが行われるのです.

ついにアメリカは、太平洋のほとんど、ハワイ、フィリピン、サイパン、グアム、アラスカに侵略して、「西に行く」という要求を満足したのです。ちょうど、今から120年ほど前のことで、日本は、アメリカが広い太平洋を渡ってきて日本をおそうという危険には気がついていませんでした。

当面の敵、清(支那)との日清戦争、ロシアとの日露戦争で、やっと欧米列強の植民地になるのを防ぎ、有色人種ではほぼ唯一の「完全な独立国」になったころです。まさにちょうどその頃、アメリカはカリフォルニアを出航して、中央部でハワイ、南でグアム、フィリピン、そして北太平洋でアラスカと侵略して、いよいよ日本と中国に襲いかかるところでした。

アメリカはまず中国に入ります.1930年代にはそれまでイギリスや日本が中心となっていた中国との関係はアメリカが第一となり、対中投資のトップに躍り出ます.中国に対するアメリカの投資が増えると、鉄道などの保有も進み、必然的にそこに利権が生じます。それまで中国の利権は中央部がイギリス、南部がフランス、山東省がドイツ、そして北はロシア(ソ連)が得ていたのですが、日本のような有色人種がそこに入り込んだので、白人は「中国からの日本追いだし」にかかります.

それが第2次上海事変になり、ドイツが軍事顧問団、チェコが機関銃、そして空軍パイロットをロシアが分担し、兵力が10分の1ぐらいだった日本駐屯隊を攻めたのです. 満州国の建設と国際連盟の脱退も同じことでしたが、白人は「白人以外の有色人種の支配を許さない」という考え方を持っていましたが、それをそのまま踏襲したのが戦後の日本人(主として知識階級)だったのですから奇妙ですね.

西へ西へと進みたいアメリカと、断固として抵抗した日本、その間に戦争が起こることは時間の問題でした. 紛争は次第にエスカレートし、アメリカの巧みな戦略に日本は少しずつ巻き込まれていきます.この時、ソ連のコミンテルンという共産党の全世界組織(全世界の共産革命の指導組織)がかなりの役割を果たします.

日本軍のハワイ奇襲の直接的原因を作った「ハルノート」の作成者「ハリー・デクスター・ホワイト」(リトアニア出身)もコミンテルンのスパイだったことがわかっていますし、ルーズベルト大統領は何とかして日本から戦争を仕掛けさせ、「リメンバー***」で日本を壊滅させようとしていました。そのための外側からの圧力が「くず鉄の輸出禁止」と、決定的なことが「原油の禁輸」でした。

原油を輸入できないとなると、日本は7ヶ月で、車も航空機も戦艦も動かなくなるので、明治以来獲得してきた大陸の利権は一度に失います. 戦争が終わった後、「相手国に対する決定的な経済制裁は宣戦布告と同じ」と言われるようになります。ともあれ、作戦は成功して、日本は真珠湾攻撃を行い、計画通り「リメンバー・パールハーバー」と言うことになったのです.

日本を占領したアメリカは、さらに朝鮮戦争、ベトナム戦争とアジア大陸に進出します.ベトナム戦争の時には、トンキン湾でアメリカ海軍が襲撃されたという話をでっち上げ、「リメンバー・トンキンベイ」ということになります。今ではこの事件はアメリカの自作自演だったことがわかっています.

さらに、アメリカの西進は続き、9.11をきっかけとしてアフガニスタン、さらにイラクへと侵攻します.この時も「リメンバー・9.11」であり、また「大量破壊兵器がある」という謀略を立て、フセイン大統領を悪者にして国際世論を味方につけてイラクに攻め入ります.

アメリカの西進侵略には常に、「陰謀とリメンバー」がついているのですが、それにアメリカ人は良心の呵責を感いません。それほど西進の希望が強く、それは「神がアメリカ人に与えた任務である」と強く信じてきたからです。「どうせ、人間は神のことはわらかない。だから言っても無駄だからウソをついて憎しみをかき立て、一気につぶしてしまえ」ということです。

(平成26年6月21日)武田邦彦

ふむふむ

はた坊





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最終更新日  2014.06.26 02:47:00
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