チャー坊さんの日記から



モノクロ



駅前の果物屋さんで働いています。
 といっても、無給ですが・・・。
 おばさんが病気で、深夜だけお店をまかされています。
 閉じてしまうわけにはいかない、大切なお店です。

   …………………………………………………

 夜が更けて、駅前の灯りが全部消える頃、
 駅前広場の角で、このお店だけが、ポツンと灯りをつけて、
 終電を待っています。

 お店の前には、安物のテーブルと椅子。

 テーブルの上にはお皿を置いて、
 お皿の上には葡萄を一房置いて、
 終電を待っています。

 葡萄の横にはアルミの灰皿とFMラジオ。
 ラジオからは知らない曲が流れています。

 だれも果物は買わないけれど、
 心地よい時間が、ゆっくりと流れています。


 顔なじみの会社員が、急ぎ足をゆるめて声をかけます。
 ただいま。
 おつかれさん。

 ラーメン屋のEさんは、葡萄を4つ食べて、
 かわりに週刊誌を置いて帰ります。

 こわい商売のUさんは、
 こわい顔の奥からとても優しい顔を取り出して、
 ただ、すわって帰ります。
 ときどき、葡萄をひとつだけ食べて、
 「ありがとう」と言いながら、
 かわりに一万円札を置いて帰ります。

 個人タクシーのFさんも、ひとつしか葡萄を食べません。
 ときどき、お客さんを連れてきて、
 そのときだけ、果物が売れます。

 毎晩遅いEちゃんは、
 自販機の缶コーヒー持参で椅子にすわります。
 15分だけいつものラジオ番組を聞いてから、
 安心した様子で帰って行きます。

 ホステスのKちゃんは、
 たばこを1本吸って、葡萄を2つ食べて帰ります。
 おやすみなさい。
 気をつけておかえり。


 夜が更けて、駅前の灯りが全部消える頃、
 駅前広場の角で、このお店だけが、ポツンと灯りをつけて、
 終電を待っています。





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