ひきこもりテツのページ

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2016/09/22
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カテゴリ: 鉄分補給


バリバリのテツとして過ごされた方も多いと思います。
その世代の一人として、たいした写真ではありませんが紙焼写真のネガからのデジタル化
してあったものを、ほとんど「自分用に」貼っていこうと思います。

今回は、東京へ向け上ってくるブルトレ群です。

一部の参考写真を除き、1978年の撮影です。
EF66が、まだ本来の用途であった高速貨物専用で、P型同様の、思わせぶりな特急塗装
を纏っているものの、後年ブルトレ牽引に抜擢されるなどとは、夢にも思わなかった時代で
す。


EF66 35(現在は京都鉄道博物館に収蔵)                                                      1975,2  笠岡

麻の通勤ラッシュの時間帯を避け、その前後の2群に分かれて上京してきます。
(時刻は東京駅着のもので撮影地点の通過時刻ではありません)

まずは、トップバッター「紀伊・いなば」
あれっ・・・・? 写真がありません

「早起きは3枚の得」といわれる 撮りテツの世界 にいたにもかかわらず、ヘッドマーク
もない特急なんて・・・という言い訳で、東海道では一度も撮影したことがありません。

6:25 2004レ 紀伊・いなば            写真は「紀伊」 1977,8  新鹿

唯一、紀勢本線で撮影した 14系付属編成(6両)での単独運転になった「紀伊」の写真
で代用。腕木信号機とブルトレの組み合わせが今となっては「奇異」です。
1975年3月改正で、「あさかぜ」3往復中、14系で運転されていた1往復(上り2号、下
り3号)の廃止と入れ替わりに、銀河と併結されていた急行「紀伊」を格上げして誕生。
出雲を補完する「いなば」(基本編成)との併結で、東京口の寝台特急としては初の併結
列車になりました。


  7:00   2002レ  出雲                       1978,7 大森      

2番手は「出雲」。1972年3月改正で「さくら」、「みずほ」の14系化に伴い、「瀬戸」と
ともに急行から格上げされました。1975年に24系25型化、さらに1978年には東海道では
最後まで20系でがんばっていた伝統の博多「あさかぜ」の25型化によって不足する食堂車を
現有両数でまわすために付属編成に移したあとの撮影です。
南シナ受け持ちの 24系25型の編成では唯一、付属編成が2両少なく、写真のように付属
編成に回ったオシ24が4両目に見えます。このときはまだ白帯だったので目立ちます。。

次いで、早朝のお楽しみ 浜松のゴハチ牽引の荷レです。 

荷34レ  EF58 60(浜)                      1978,7 大森 

1973年に予備機指定を解除されたのちも、ぶどう色塗装と側面のステン帯などのお召機として
の風格は保っていました。この年の 翌年 愛知県植樹祭  では久しぶりに予備機指定を受け、
最後の花道を飾ったそうです。

3番手は、瀬戸。当然のことながら、当時は宇野行で、宇高連絡船を介しての四国入りでした。
すでにこの時期では、食堂車は営業していません

7:25 16レ 瀬戸                          1978,7 大森


7:30   14 レ   あさかぜ1号                     1978,7 大森
4番バッターは、銀帯が並ぶ下関あさかぜです。1977年25型化されましたが、オロネ(個室)
がないハネのみの編成でした。

いよいよ通勤ラッシュに入り、上りブルトレの東上は、ここで2時間ほど途切れます。とはい
え、今と違って鉄路の王者「寝台特急」の面目躍如で、東京への到着時刻が00、30分・・・
とメリハリのある時刻になっているのが多いです。
このインターバルを利用して、撮影地を移動した御仁はさぞ多かったと思いますが、
ひきこもりテツ も定石通り、少しだけ西(戸塚ー保土ヶ谷間)に移動します。

定期 銀河です。寝台特急が、新幹線の延伸に伴い徐々に縮減されはじめつつ、また24系
の増備が進む中で、20系の急行転用の嚆矢(1976年)となった列車です。

9:36  104レ 銀河  EF58 54(宮)               1978,7  保土ヶ谷
牽引は元大窓機の54号。更新改造で小窓&白Hゴム化されています。


9:34(品川止まり)6102レ 銀河51  EF58 143         1978,7  保土ヶ谷 

定期銀河の続行で来た、銀河51号です。端正な顔立ちの原型小窓機です。
客車特急で 51号というと、しおじ、つばさ など、季節特急(列車番号でいう
6000番台)という14系座席車の本来用途として、まさに独壇場だった感があります。
14系座席車といえば、つい先日まで、500番台化された仲間が「はまなす」として長らく
活躍していました。

ここで、ついでといってはなんですが、ひきこもりテツ として最初で最後の撮影となった
旧客編成時代の 銀河 を紹介します。

104レ 銀河 EF58 45(宮)                                                              1975,1 大井町


特徴的な鋳鋼製の先台車を履いた45号機に続くは、元特急用のスハフ43(0番台)と、
スハ44いう、戦後の東海道を颯爽と駆け抜けた由緒正しい車両たちです、広角レンズを使いフ
ァインダー一杯に来るまで我慢して撮った、当時まだ中学生だった ひきこもりテツ の、数
少ないお気に入り写真です。

この頃、Ftb(のちにF-1)に、35、50、135ミリのレンズしかもっていなかったので
すが、なぜかゴハチには広角を使うことが多かったようで、東海道を疾駆するイメージを
本能的に求めていたのかもしれません。

(次回に続きます)











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Last updated  2017/12/01 12:53:59 PM
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