内房くんのひとりごと

内房くんのひとりごと

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

Profile

hide12_13

hide12_13

Calendar

Favorite Blog

なかちゃん@那覇の… なかちゃん@那覇さん
ぱんだの喘息日記 ぱんだMさん
おきらく キッド1180さん

Comments

海のくまさん@ チン型取られちゃったw <small> <a href="http://onaona.mogmog…
開放感@ 最近の大学生は凄いんですね。。 竿も玉もア○ルも全部隅々まで見られてガ…
地蔵@ 驚きのショックプライスw コウちゃんがこないだ教えてくれたやつ、…
しおん@ ヤホヤホぉ★ こっちゎ今2人なんだけどぉ アッチの話…
ダル伊藤@ ズ ル ム ケ自慢の奴涙目w 包.茎の方がピストンしてる時に、皮がこ…
旋風脚@ いそぎ中継す!!!! <small> <a href="http://kuruma.koreik…
ゆるマン@ Оバックktkr!!! 最近ハマってんだけどОバックはいてもら…
2004.08.24
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
死んだ男の残したものは

他には何も残さなかった
墓石ひとつ残さなかった

死んだ女の残したものは
しおれた花とひとりの子ども
他には何も残さなかった
着もの一枚残さなかった

死んだ子どもの残したものは

他には何も残さなかった
思い出ひとつ残さなかった

死んだ兵士の残したものは
こわれた銃とゆがんだ地球
他には何も残せなかった
平和ひとつ残せなかった

死んだかれらの残したものは
生きてるわたし生きてるあなた
他には誰も残っていない
他には誰も残っていない

死んだ歴史の残したものは

他には何も残っていない
他には何も残っていない

(谷川俊太郎作詞、武満徹作曲)
*この曲は、1965年のベトナム戦争反戦集会のために作られた歌。僕の長いだけの合唱経験の中で、大好きな歌の一つである。僕にとっては、この曲は最後の「輝く今日とまた来る明日」という希望への祈りの歌である。(普通の解釈と違うのかもしれないけど)

死んだ人、死んだわけではないけれど、その場所を去って行く人が、残された人たちのために何を残していくのか。この歌で、残していくのは「希望」であることを、僕は強く信じている。


吉原知子というバレーボールプレーヤーがいる。去年、彼女は主将として、7年ぶりに全日本に戻ってきた。日立に入社後、レギュラー獲得前のアキレス腱断裂、日立からの解雇、
イタリアで試合に出られない経験、そしてイタリアでの移籍後の成功、度重なる実業団の廃部・・・。

まさしく波乱万丈とも言える、バレー人生。彼女のバレーに対する姿勢はイタリアでの経験が培った、と言われている。僕が彼女を見るようになった時、彼女はコートの上でいつも、闘志をみなぎらせてプレイするようになった。どんな時でも勝負をあきらめないこと、常に「一番」でなければならないとひたむきに努力する姿、試合相手に対する気迫、クイックやブロックを決めたときの笑顔、チームメイトへの叱咤激励・・・。その一つ一つに僕は惹かれていった。

彼女が全日本の主将になった後、去年のワールドカップで見た全日本は、今までの全日本とは違っていた。試合でもいいところまではいくのに、競り合いになると必ず負けていた、今までの日本は、そこにはなかった。彼女がメンバーに植え付けた、高い意識づけ、目標設定が、チームを「世界で勝つため」のチームにしたのだ。

彼女が全日本のキャプテンに就任して1年半が経過した、今日。今までのアテネ五輪の試合は、吉原選手が作り上げてきた全日本のチームが、波にさらわれる砂のように、無残に崩されてしまう過程なのか、そう不安に思わざるを得ないような、気持ちのないプレーの連続(のように僕には見えた)だった。

ところが、今日の中国戦。試合には負けたものの、今日の試合は今までの五輪の試合とは違う、いやOQTの試合と比べても、それ以上の出来の試合だった。今日の試合のアウトプットは、今までのアテネの結果の中で、選手たちがもがきにもがいて、悩みぬいた上で出した結果なのだろう。

この試合で、おそらく吉原選手は現役を引退することになると思う。吉原選手が残したものは何か。全日本に、北京につながるバレーが見えたという希望、吉原選手が常日頃見せつづけた、試合での勝利への意識、熱意が根付いたこと・・・

でも僕はそれだけではないと思う。

日立からの、正当とは思えない解雇、結果を出しているにもかかわらず年齢だけで全日本に選ばれないという事実、リーグ優勝したのに企業の都合でのバレー部の休部・・・そうした自分のせいではないことばかりに彼女のバレー人生は振り回され続けた。それでも彼女は、自分を痛めつけてでも、頑張ることを止めなかった。例え、結果が出ないかもしれなくても、愚直な方法でも、自分が正しいと信じたことをやりぬくこと、その尊さ、大切さ。吉原知子が僕たちに残したものは、それだと僕は思う。

本心を言うと、まだまだ現役でいてほしいのだけど、彼女の場合、やるならとことん頑張りぬく以外のプレーはないだろう。もう身体も十分に使い果たしたと思うので、いったんは頑張ることを止めて、これからのことをゆっくり考えてほしいと思う。

*結局、アテネ五輪の全日本のベストスコアラーは吉原選手だった。結局、この人は単なる「精神的支柱」ではなかったのだ。本当に素晴らしいアスリートだと思う。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2004.08.24 22:20:01
コメント(1) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


今日の試合は  
 8年前のアトランタの最終予選のことを思い出しながら見ていました。あの縦のBクイックを見て、彼女がやってきたことは間違いでなかったこと、そして、彼女の闘う姿勢は、若い選手達に受け継がれていくであろうことを確信して、目頭が熱くなりました。彼女のファンになって、本当によかった。今はただただ、「ありがとう」というほかありません。 (2004.08.24 22:46:36)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: