それでもなお平穏な日々

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Apr 6, 2005
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カテゴリ: 軍事
 まだ私が若く、考えも今よりも浅かった頃の話だ。3曹からの選抜試験で運良く幹部自衛官の候補生として合格した私は九州にいた。
陸上自衛隊幹部候補生学校、九州久留米にあるこの学校では、防衛大を卒業したものと陸曹から候補生になった者はは約6ヶ月、一般大学を卒業した者は約10ヶ月、自衛隊幹部としての基礎的な知識・教養を学ぶ。(一般大学出身の期間が長いのは自衛隊をまったく知らないため、立ち居振る舞いの基礎から学ぶためだ)

 一日の日課は8時間、しかし朝は六時に起きて乾布摩擦の後に数キロの駆け足、夜は強制的に3時間の自習時間のあと、おおむね12時くらいまではそれぞれが明日の教科の準備時間として半ば自主的に、半ば強制的に勉強をする。今思えばよく半年も持ったものだと思う。

 そこでの教育科目には戦時国際法、軍事英語、各種装備の取り扱い、戦史、国際情勢などのほかに、自衛隊幹部として最も重要かつ必須の「戦術」という科目があった。

 初めて行われた戦術の授業中に教官から質問があった。教官は地図を示しながら話した。
「戦力はほぼ互角、ただし機甲戦力(戦車)は増援が到着すれば我が、砲迫火力(いわゆる大砲である)は敵がやや優勢である。敵は現在のところ攻撃準備をしており、我の増援戦車部隊は現在こちらに向け移動中で、攻撃開始予想時間の数時間前には到着する。」
教場の床には大きな地図が張ってあり、そこに赤に塗られた(つまり敵だ)様々な兵科のシンボルマークが配置に応じて置かれていた。
「地形的に戦車部隊が戦闘準備ができる地積を有するのは、A、B、Cの3地区だがそれぞれに利点欠点がある。」
 手に持った指示棒で一人の学生を指すと教官は言った。「述べよ」

「Bは広さは十分で、敵の火力は長距離砲以外は射程外、かつ隠掩蔽良好な森林が存在し我の企図の秘匿が容易です。しかし周辺の道路状況等が悪く急激な戦闘の推移に即応が難しいです。」
更に指示棒が別の学生を指した。
「Cは道路網は良好かつ遠距離で敵火力のほとんどが射程外です。ただ地積的には必要最小限というべき程度で、夜が明けてからの敵航空攻撃の際に十分な防御態勢が取れないと考えます。また遠距離なため機甲戦力の発揮に時間を要し、その時機を制限します」
「よろしい、君たちの言うことはそれぞれに一理ある。では今3人が述べた見解に個人それぞれの意見を加味して最適な集結地を選定せよ。今から休憩に入るので休憩後全員が発表だ。その時に質疑応答もあるので理論武装しておけ。」

10分の休憩のあと教官は言った。
「Aに集結するものは教場東側、Bは北、Cは西に椅子と必要な資料を持って移動せよ」三十名ほどの学生がそれぞれ椅子を持って移動を開始する。
ほどなく3つの適地の意見の割れ方が判明した。
A3、B15、C12。私はAだった。
その分布を見て教官は面白そうに笑った。「A組はずいぶん分が悪いな、相当な理論武装をしていないと論破されるぞ?」
 ほどなく論議が始まった。敵火力からの戦力の防護を優先するもの、航空攻撃の危険性を重視するもの、戦力の投入のしやすさから考えるもの、それぞれのバランスを取るもの・・・様々な意見が続出した。そして私の番が来た。
「自分がAを推す理由は、戦力発揮の容易さ、地積と隠掩蔽の良好さのバランス・・・」(ここまでは他の二人と同じだった。先に意見を述べていた二人はB,C組からの反論に答えきることができず、数分で沈黙していた。)

「なぜそれがプラスに?」何をアホなことを言い出すのかという顔で一人が質問した。
「我有利の要素が戦車であることは敵も承知している。その有利の要素をわざわざ前線に配置し敵に見せ付ける事で、我が方に更に戦力があるのではないかと敵を欺瞞することができる。」
「しかしこちらの企図を戦車が発見されることで察知される危険性が」
「狭い作戦地域であるから遅かれ早かれ発見はされる。それよりも前線を戦車が走り回ることで敵にプレッシャーを与え士気をくじくことが出来る。」
「しかし敵火力の集中で貴重な戦力をすり減らしては意味が無い」

「敵がそれに乗ってこなければ?」
「戦車がそこから攻撃に移ればいいだけだ。道路状況・距離的に最も戦力発揮に優れているのはAである。」
「よし、そこまで。次のもの意見を」教官が質疑応答をさえぎり、私の出番は終わった。

「全員意見を発表したようだな。それでは今までの討議を元に再度自らの支持する集結地の場所に移動。」
ガタリと音がして、私の両隣の二人が椅子を持って移動し、A組に残っているのは私一人になった。
(まぁひねくれた意見だしな)そう思った瞬間、一人が椅子を持って私の隣にそれをおろした。戦車乗りであることを常々誇りにしていたD候補生だった。
「いやね、戦車を釣り餌ってのは気分よくないけどさ、打って打たれてこそ戦車だよ。奥に引っ込んで待つのは性に合わん」かれはボソッと呟いた。

「よし、意見がまとまったようだな。A2、B16、C12か。AとBでは人間の移動があったな」教場に一回り視線をめぐらすと教官は続けた。
「多数決ならB、そうなるところだが」少し間を置いて教官は更に続けた。
「この問題には・・・いや戦術というものには正解が無いのだ。」当然正解が示されると思っていた仲間達にかすかなざわめきが走った。
「特定の状況において勝利した条件は、必ずしも他の状況に適用はできない。わかるか?」数人がうなずいた。
「考えられる状況は千差万別だ。戦略的な総戦力の多寡、国際世論の動向、彼我の指揮官の性格、あるいは兵士個人の士気の高さまで、戦局を左右する要素は無数に存在する。」
「その中でその場において勝つための最適な術を「考える方法」を習得する、それが戦術という科目の目的である。当たり前に考えることは考え、かつ人の考えないような利点欠点まで、つまり裏の裏まで思考の範囲に入れることが重要なのだ。」


 その日の授業はそれで終わった。


 卒業も間近に控えたある日、教官たちを招いて祝賀パーティーが開かれた。仲間達と酒を飲み交わすのに疲れた私が壁際で一服しているときに戦術の教官が通りかかった。
 教官は私の顔を見るとグラスを片手に歩み寄ってきた。半分ほどあいていたグラスにすかさずビールをつぐと笑いながら教官が言った。
「XX、お前最初の時間で戦車を囮にするって言ってたよな。」実はその教官も戦車乗りだったことは後から聞いていた。
「いや、結局最後は二人でしたから・・・」不意に真顔に戻って教官は続けた。
「数の考え方が違うよ。A組のお前はたった一人で最大多数派から一人を自分の側にしたんだ。B組は15人で2人、Cに至っては12人で0だ。」
「いや、まぁそうですが」
「ものの考え方を学べと俺は言った。だが実際には知識がどうしても先行する。そして知識を持ってるものは知識に依存し固まってしまうことが往々にしてある。」
「・・・」
「知識はもちろん重要さ。だがもっと重要なのは知識を活用する「思考力」なんだ。詰め込んで覚えるだけならコンピュータのほうが上だろう?」
「・・・」
「知識と記憶に裏づけされた思考力、これが知恵なんだ。それが人間の価値になる、人生の価値になるんだと俺は思う。」教官はグラスのビールで少しのどを湿らせて続けた。
「知恵のあるものの言葉には説得力が自然に生じるのさ。そんな人間にはなかなかなれないのも事実だがな。」グラスに残ったビールに視線を落とした教官は、ほんの少し笑ったようだった。厳しかった教官の笑い顔らしきものを見たのはそれが最初だった。
「俺ももうすぐ定年だよ。大して出世できなかったが最後に教官をやらせてもらえたのは面白い経験だった。」
教官はそう言うと、くるりと私に背を向けて次のテーブルへと歩み去っていった。


 すでに昔の話である。


そしてそれから十数年がたった。
ここにはいまだに知恵を求めてあがく自分がいる。道はまだまだ遠い。







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Last updated  Apr 7, 2005 01:02:41 AM
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Re:思ヒ出話【2】(04/06)  
nak1  さん
>知識と記憶に裏づけされた思考力、これが知恵なんだ。それが人間の価値になる


とってもいい話ですね。40年近く前、私も自衛隊の学校の受験をしたことがありまして自衛隊にはかねがね大変興味を持っていました。 (Apr 7, 2005 06:22:16 AM)

ご来訪ありがとうございます  
Cpt.hige  さん
>nak1さん

 わざわざおいで戴き恐縮です。
私の乏しい記憶を拙い文章力で書いたこのブログに、
過分なお言葉ありがとうございます。

まだまだ人生半ばの若輩者ですが、思うところを少しでも伝えられたら、
そう思っております。
今後ともよろしくお願いします。 (Apr 7, 2005 05:41:42 PM)

再読ですがいいはなしですねー  
牟田口連夜  さん
>この問題には・・・いや戦術というものには正解が無いのだ。

なればこそ人(特に軍隊は)は戦訓、
過去の勝利をしつこく研究するワケですよね。

>ものの考え方を学べと俺は言った。だが実際には知識がどうしても先行する。そして知識を持ってるものは知識に依存し固まってしまうことが往々にしてある。

以前も言及されてますが、破格というものが格を前提としていること、しかし人は格に安住してしまうもの。これも難しいですね。 (Nov 6, 2005 10:44:26 PM)

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