ひきこもり(?)の「ちょっと一言もの申す」

ひきこもり(?)の「ちょっと一言もの申す」

信頼


裏切りを恐れない信頼ほど堅く、脆い物はない









1行!!(笑)


これはねぇ・・・うん(謎)


信頼に対して裏切りというものがあります


これは切っても切れない関係にありまして、片方が強ければそれだけもう片方も強くなるんですね、周知の事ですが。


まぁ信頼が大きければ裏切られたときの受ける物も大きいという説明がわかりやすいかと・・・でも裏切ったときに相手が受けたショックの大きさに気付いて初めて相手の信頼の大きさに気付くとかいう 安っぽい 話もありますね


と、とにかく・・・相手を強く信じすぎると痛い目にあうこともあることがわかってるから信頼関係を成り立たせるのは難しいんですねぇ


自分が絶対に裏切られないと信じ切るのは難しい事です


それがもし出来たなら


自分は何があっても相手を信じるんだと強く強く、裏切られることを恐れず想うことが出来たら


それは外からのどんな力にも耐えうる頑強な鎧になります


しかし


外からの力に強くなればなるほど内側からの力には弱くなるのです


それがたとえ直接的な裏切り行為でなくても


少しでも不安や迷いを感じた時点で信頼はどんどん崩壊していきます


こういう意味で、強い信頼は堅さと脆さの二面性を持ってるわけです


外はパリッと、中はとろっと、 具はコリっと


すいません・・・どっかのたこ焼きに・・・・・(笑)


でもね、裏切られることは絶対にないと信じて信じて、自分の中での裏切りの数値が仮に0になったとします


するとその時点で信頼もなくなってしまうのです


ちょっとわかりにくいですかね


裏切りがないと信頼がない


言い換えて


信頼がないと裏切りがない


にすると少しわかりやすいかと想います


最初から信頼していないなら裏切られることはありません


だから信頼がないと裏切りはないし


ということはもちろん


裏切りがないと信頼はないわけです


それでも納得いかないなら・・・


裏切られるという行為、それを相手はしないだろうと思うこと


これこそが信頼なわけです


自分を危険な状態、裏切られたら危ない状況に追い込んでまで相手のことを信じる


それが信頼なんです


相手が絶対にそうするとわかっている、相手がそうする以外の道を持たない(つまり裏切ることの出来ない)状況ならば、自分が相手がその行為をすると思ったところでそれは信頼ではありません


裏切られることがないとはじめからわかっているならそれはただの確信です


裏切られることがないと思っているなら、実際はどうかわからないが少なくとも自分が思っているなら、それが信頼なのです


だからどんなに強く信じても裏切りに対する恐怖は消えることはありません


大切なのは恐怖を感じたときに、信頼が崩壊する前により強い信頼でその穴を埋めることではないでしょうか


どれほど強く信じても決して恐怖が消えることがないということは、逆にどれだけ強く信じても、もっともっと、限りなくその想いを深くしていけるということでもあるのです




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