『とんとこひ・セクスアリテ』

December 6, 2008
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手書きハート書 名 『天の涯に生くるとも』

 出版社 発行所=新潮社
 著 者 金素雲
 印刷年月 1983年5月20日




---新興寺(シンフンサ)の寺めし

 食膳が運ばれてくるのを待ちながら、・・・私は窓の外で遊ぶ幼い子供たちをじっと見ていた。ようやく学校に上ったか上らないくらいの小さな子が、三、四人---日本語で歌を歌いながら毬つきをしていた。
「サイジョウサンワ キリフカシ、







 私は庭におり、唄を歌っていた子供の一人に聞いてみた。
「サイジョウサンてなんだね?」
 幼い少女の答は、やはり私が考えていた通りだった。
「西城さんという人の名前じゃないの」
 その一言が私の幼い頃の記憶を甦らせた。
「モモタラ ウマレタ モモカロウ--- ---」



 幼い頃、私は意味もわからずに支離滅裂に、桃太郎の歌を、このように「タ」と「カ」を入れ替えて歌った。西城山は・・・
 予期しないあるきっかけが一人の人間の人生行路を決める、という話がよくある。 歪んだ情緒生活の中で「片輪」に育つわが郷土の子供たちに私を結び付けたきっかけは〈新興寺の寺めし〉これだった。




 一九三三年春のことだ。 父祖の言葉、母親の言葉で書けず、意味もわからぬ他人の言葉で歌わねばならない子供たち---、政治的にはたとえ彼らの支配下にあったとて、天が与えた童心の純粋さがこのように踏みにじられねばならぬものなのか?



 その年の一月に出た岩波文庫 『朝鮮童謡選』  の冒頭に、・・・目頭を濡らしながら・・・ わが祖国、わが郷土を愛しながらも、「愛する」と一言口に出せなかった頃---、抑圧された激情、身にしみた懐かしさ が・・・延々十二ページに及ぶこのような序文を、私は岩波文庫のはしがきに付した。



 まめに本でも出して一歩ずつ地盤を固めて行くこと、それが、言わば誰にも考えられる進路だ。しかし、私は私自身の名声とか立身出世は念頭になかった。誰が負わせた任務というのではないが、一人が腐ることで、 私の郷土の童心にひとつかみの肥しになるならと ---、それが「私」という存在をより有意義に使う道だと考えた。






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Last updated  December 9, 2008 12:21:30 PM
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