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どうしても例のマッサージサロンがあきらめきれず、往生際悪く、本日の夕方の予約に変更していただきました。夕方なら、なんとか用事も済んでいるだろうと見込んでのことです。まず、母と待ち合わせ。翌日は結婚パーティーのため、今晩から会場近くのホテルに泊まることになっていて、今日はものすごい荷物を持って出かけることになるとわかっていました。そのため、この日はあえて何も予定を入れていませんでした。今回、日本にはパーティー前1週間、新婚旅行後2日しか滞在しないので、ほとんど母と一緒に過ごす時間がありません。母も諸事情により、毎日朝から晩までゆっくり私たちと過ごすことが出来ません。本当は、水曜日に母と待ち合わせをしていたのですが、私がノロウィルスに倒れてしまったので、ドタキャンしてしまったのです。そのため、今日お昼ごはんだけでも一緒に食べようと約束しました。例によって彼はぎりぎりの時間になってからようやく支度を始めましたが、なんとか予定通りの電車に乗れる時間に駅に到着しました。が、何か様子がおかしい…。駅のアナウンスに耳を凝らすと、なんと電車が運休していると言うではないですか!昨晩と同じ、M駅とO駅の間で今朝火災があり、その影響で電車が運休、もしくは30分以上遅れて運転しているとのこと。はああああ。これが結婚パーティ当日だったらと思うと、ぞっとしますね。結局、大幅に遅れて待ち合わせ場所に到着。母に二次会で着る洋服を一緒に選んでもらう予定だったのに、その時間もなくなりました。一緒に昼食を食べた後、母は急いで叔父の家(平日は毎日通っている)に出かけていきました…。そして、大荷物を何とかしようと、先にホテルにチェックインすることにしました。ホテルには18時頃にチェックインと伝えてあったのですが、電話をして聞いたら、今から行ってもかまわないとのこと。最寄り駅まで電車で行き、タクシーを使うことにしました。さすがはタクシー、ものの2~3分で着き、しかも想像よりずっと良さそうなホテルだったので、嬉々としながらチェックインカウンターへ。すると、受付の女性が「お客様の予約は浜松町で承っております。こちらは汐留です」と言うではないですか!!このぶつけようの無い怒りをどうしてくれよう???受付の彼女に罪はないし、タクシーの運転手はとっくにいなくなってしまっている。仕方なく、ホテルの玄関からまた別のタクシーに乗ると言う間抜けさ。さっきの運転手が所属するタクシー会社に苦情を言いたいけれど、ほっとしたあまり名前を確認し忘れました。タクシー代がもったいない!と思いつつ、ようやく着いた目的地。私が予約した方のホテルはやけに分かりにくい場所にあり、しかも同じチェーンなのに、非常にしょぼかった…。「さっきのホテルは007の映画に出てくるようなホテルだったのにね…」という彼のコメントにカッチ~ンと来た私。これがきっかけで、チェックインしたばかりの部屋で彼と喧嘩に。あ~あ、もう結婚パーティーなんてやりたくないよ!!なんとか仲直りし、涙目でホテルを出て、一緒にマッサージサロンの最寄り駅へ。私がマッサージを受けている間、彼は近辺をぶらぶら探索することになりました。2時間半のコースを受けることになっていたので、2時間半後に駅の入口で待ち合わせすることにしました。これがまた間違いのもとだったのですが…。マッサージはと~っても気持ちよかったです。私が胃腸を悪くしていると言うことで、サービスでストーンをおなかに置いてくださいました。これで身も心もリフレッシュ、明日はすっきりお客様をお迎えできるわ~と思いきや、担当の方に「ものすご~くストレスが貯まってます」と指摘されました…。私の場合、交感神経が高ぶったままで、寝ている間でもちっとも休まっていないそうなんです。このまま行くと、自律神経の病気になると言われてしまいました。確かに、日本へ発つ前に悩み事や心配事とかが沢山あって、さらに旅行の準備やパーティーの準備で、自分でもかなりストレスを感じていましたが、体を触っただけで分かるほどとは、ちょっとショックでした。ハネムーンでは元からのんびりだらだらするつもりでいましたが、これは気合を入れて(?)だらだらしなければと決意を新たにしました。外へ出ると、もうすっかり暗くなっています。待ち合わせ場所に急いだのですが、彼の姿はありません。近くにあったコンビニを除くと、時計の針は既に8時を大幅に回っていました。いつまで待っても私が来ないので、あきらめてどこかへ行ってしまったの?!彼は日本語が出来ないし、自分がどこにいるかもろくに分かっていないはず…。パニックになりつつも、連絡をとる手段が無いため、何も出来ません。心配しながらしばらく待っていると、彼が現れました。生き別れにならなくて(大げさ?)よかった…。が、彼はなんと鼻をずるずるしています。私が寒い中長く待たせてしまったせいか、すっかり風邪をひいているのです!!明日がパーティー本番だと言うのに!!!!!なんだか、私たち、やっぱり呪われている?
2006年03月31日
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私が日本に帰国する時に寝泊りするのは、いわゆる『実家』です。この実家と言うのが、結構片田舎にあります。私が12歳の時、父方の祖父母が住んでいた家を取り壊し、私の両親がそこに家を新築して、祖父母と一緒に住むことにしたのです。それ以来、長い年月が経っていますが、このあたりは当時とほとんど変わりません。まだ畑も残っているし、父もちょっとした外出の時は玄関に鍵などかけません。のどかで静かなのは言いのですが、困るのは交通手段。最寄の駅まで、徒歩で20~30分かかるのです。実家の方角にはバスも通ってないし、もちろん地下鉄なんてものもありません。駅から家まではタクシーを使うか、歩くしかないのです。そして、JRの他に私鉄も何も通っていないということも付け加えておきます。これが何を意味するかと言いますと、JRに何かあった場合、交通手段が絶たれてしまうということ。都内で遅くまで飲んでいた時などは、家に帰るのが面倒になったりしますが、それ以外は普段、それほど不便は感じません。が、今日、私達は呪われていました…。私が1日寝込んでしまったため、パーティーまでのスケジュールはかなりタイト。この日は朝から司会の人と打ち合わせがありました。が、いきなり電車が遅れます…。終点近くの駅の踏み切りに自転車が挟まっているとのことで、しばらく電車がとまりました。が、安全確認のために多少時間がかかっただけらしく、幸い5~10分程度の遅れで済みました。ところがこの日の帰り。家で夕食を食べると言って出てきたので、それなりの時間に帰宅しなければなりません。が、なるべく沢山の用事を済ませようとしているうちに、少し遅くなってしまいました。そこで、面倒だけれど乗り換えの回数を増やし、電車に乗っている時間を短縮することに。最近はあまり降りていなかったA駅に降りると、ラッキーなことに通勤快速が入ってきました。これは普通電車なら9つ目である我が家の最寄り駅が、なんと3つ目になるという優れものです。喜び勇んで乗り込み、「これで大分時間が稼げた♪」とほくそえんでいました。が、次がうちの最寄り駅というO駅で、電車が止まってしまったのです。なんと、O駅と次のM駅との間で貨物列車の車輌故障があり、大分前にO駅を出た貨物列車がまだM駅に到着していないと言うのです。どうせすぐ着くんだし、と座れなくても全然苦にならなかったのですが、O駅で電車が立ち往生している間、足も段々疲れてきました。本当ならとっくに家に着いている時間になっても、まだO駅を発車する気配すらありません。結局、40分近くも足止めされてしまいました。でも、恐ろしいことに、これで電車難は終わりではなかったのです…。ところで、以前の私の会社の同僚で、千葉出身の男の子がいました。彼はご両親が千葉に住んでいるにもかかわらず、一時帰国のたびに都内のホテルに泊まっていました。「なんて贅沢で親不孝なの!」と思っていましたが、今なら彼の気持ちがよ~く分かります。高い電車賃を払って、長い時間をかけて家まで帰るの、面倒だよね。しかも、電車が止まった日には、ほんとイライラするし。遅ればせながら、彼の賢明さに気づいた私でした。
2006年03月30日
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日本滞在中に、もう1つ私がとっても楽しみにしていた事があります。それは、以前から本で何度か読んで、「いつか一度行ってみたい!!」と恋焦がれていたサロンに行く事。サロンと言っても、マッサージサロンでございます。ドイツに居る間にしっかりメールで連絡をし、予約を入れました。ここでマッサージを受けると、生まれ変わったようにすっきりするとか。これは是非「疲労パーティー」前にマッサージを受けて、長旅の疲れ等をバッチリ癒してもらい、ゲストの皆さんをすっきりお迎えしようと思ったわけです。ところが!!なんと予約を入れた前の日の夕方から、急にむかむか吐き気が起こり始めました。その日は予定を繰り上げて、早めに家に帰ったものの、帰宅直後から嘔吐が始まり、明け方まで続きました。その後、お腹も下り始め、一睡も出来ずじまい。夜中に救急車をよぼうかと真剣に思ったくらい、ひどかったのです。マッサージの予約は午後からなので、もしかしたら午後には復活するかもという淡い期待を抱いて、朝一番で近所の医者に診てもらいました。すると、診断はウィルス性の胃腸風邪とのこと…。今日は絶食して、2日は安静にするようにとのお達しでした。仕方なくマッサージは諦め、点滴をしてもらって帰宅し、1日中おとなしく家で寝ていました。電話をかけてきた旧友曰く、それはまず間違いなく「ノロウィルス」であるとのこと。なんでも、とってもつよ~いウィルスで、子供やお年寄りが感染すると、入院となることも珍しくないとか。大人の場合、それほどひどくなることはないのだそうですが、抵抗力が弱っている場合、こじらせてしまう事もあるのだそうです。どうやら私は疲れが溜まっていたようで、帰国早々どこかからウィルスを貰ってきてしまったようです。もうすぐパーティーだと言うのに、最悪です。ところで、帰国以来、皆さんのブログへほとんどお邪魔できておりません。ご無沙汰しておりますが、どうかお許しを!ドイツへ戻ったら、順次ゆっくり読ませていただきます。また、コメントをいただいていながら、お返事も滞っていて、本当にごめんなさい。お返事を書きたい気持ちはすごくあるのですが、毎日忙しく、なかなか時間が作れません。どうか「ひらめは不義理なヤツだ!!」な~んて思わないで下さいね。
2006年03月29日
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記念撮影の本番です。またまた電車を乗り継いで、はるばるやってきました。私のヘアメイク開始が12時半から、撮影が14時開始という事なので、メイクの前にランチを食べておきたかったのですが、現地に着いたのが12時10分。ちゃんと食事をする時間が有りませんでした。今日も平日ですが、スタジオにはカップルが何組も来ていました。早速ヘアスタイリングから開始したのですが、しばらくするとメイクさんもやってきて、二人がかりで同時に仕上げていきます。髪の毛をアップにすため、かなり引っ張ったりするので、頭がぐらぐら動くんですが、メイクさんはそれにも動じずにお仕事をしています。さすがプロですねえ。あっという間に別人の出来上がりです。完成して、髪につけるお花を選んでいる時に、彼がやってきました。彼は撮影開始の30分前に来るように言われていたのです。が、男性はヘアメイクは一切無し、なのですね。髪の毛くらいちょっといじるのかと思っていました。(でも、うちのダーリンの場合、あまりりいじる所がないのですが)お着物の都合により、洋装から開始です。彼のサイズにあうスーツが1着しかなかったのですが、その1着がぴったり合っていてとっても素敵。白いスーツなので、黒を来たがっていた彼は始めとっても嫌がっていましたが、着てみたらなかなかシックではないですか~。ちょうど、唯一持ってきていた自前のシャツが薄い桜色だったので、白いスーツとシルバーのタイに良く合っています。思わず惚れ直しちゃいました。私は水泳かボディビルディングをやっていたのかと聞かれるほど、上半身がとっても見事な体系で、肩幅がすごく広いのです。ドレスのサイズは良かったのですが、ファスナーが上まで上がりませんでした。仕方なく、カムフラージュをした状態で、背中が写らないように撮影していただきました…。洋装の撮影が終わり、本日のメインイベントの和装です。たまたまいらした着付けの一番偉い先生が、私のダーリンが外国人なので、「帰国してご両親に見せるのに、日本風の方が良いでしょう?」と言って、特別に日本の古いかんざしを出してきてくださいました。そのかんざしは普段は一切使っておらず、お弟子さんたちは指を触れることもかなわないのだとか。かんざし一式が入っている箱には、「触らないで!!」などと書いた紙がしっかり張ってありました…。本来は、和装も洋装も洋髪で撮らなければいけないプランなのに、このお心遣いにはすっかり感動しました。彼も、初めての羽織袴がかなり気に入った様子で、ご満悦です。多分結構似合うだろうと思ってはいましたが、想像以上に似合っています。スーツよりも似合っているかもというくらい。すっかり「ラスト・サムライ」になりきった彼は、「侍の刀はないのかなあ」なんて言っています。「そんなのあるわけないでしょ」と返した私ですが、しばらくすると着付けの先生が「この間注文して届いたばかりの、本物そっくりの刀があるんですよ。もし良かったら、お出ししましょうか?」なんて言ってくださるではないですか!これには彼も大喜び!!普通に婚礼写真を撮った後、彼一人のワンマンショーとなりました。刀に手をかけて、抜きかけているポーズで何枚か撮影。その後、刀を腰に差し、立っているポーズで何枚か撮影。映画のオーディション会場に紛れ込んだようで、楽しかったです。本当に皆さんに親切にしていただいて、とっても良い記念になりました。彼も結果的にはとても楽しんだようだし、一安心。ポストカードにしてもらって、皆に送ろうなんて言っています。喜んでもらえてよかったけど、ダーリン、写真代は別料金なのよ…。焼き増し代金がとっても高くつくのがちょっぴり怖い私でした。
2006年03月28日
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今回の帰国は、結婚お披露目パーティーがメインです。が、それ以外にも実はひそかに〈?〉いくつか計画を立てていました。その1つが、和装での結婚記念写真撮影!です。私達はドイツでウェディングドレスとスーツで結婚式をしました。プロの写真屋さんに、写真もちゃんと撮っていただきました。が、今回日本に来るので、和装の写真も残そうということになったのです。やはり私は日本人なので一度婚礼着物も着てみたかったし、彼もせっかく日本人と結婚したのだから、一度着物を着てみるのも良いのではないかと。そこで、インターネットで予約をしておいたフォトスタジオに電車を乗り継いで行ってきました。私がそこに決めた理由は、ひとえに安かったから〈笑)。お値段がお手ごろなので、かなり流行っていると見え、ひっきりなしに人がやってきます。しかも、平日は1着のお値段で2着撮影してもらえるのです。私達も始めは和装だけの予定でしたが、無料で洋装も撮ってもらえるというので、お願いすることにしました。今日は和・洋両方の衣装を選び、洋装だけ試着をさせてもらいました。衣装選びは難航するだろうと思っていましたが、案外とすぐに決まりました。彼も私も、サイズのために選択肢がほとんど無かったんです…。彼は、一番大きなサイズがあるのがそれだけと言う事で、和装は自動的に黒い羽織に決定。そして、私の方も、和装も洋装も洋髪で撮影と言う事で、選択肢が3つしかありませんでした。一番気に入ったのは黒い着物でしたが、彼も黒い羽織なので、あまり結婚式の写真らしくならないような気がします。そこで、普段はめったに着ないピンクの桜柄の羽織を選びました。洋装は2~3点試着出来ると言われました。が、彼の方は大きいサイズがあるものが3点しかなく、そのうちの2点を試着する事に。私の方も、サイズが合うものが2点しかなく、自動的にそれで決定。日本のお嬢様方は皆さんスマートなんですねえ…。試着の結果、彼には黒羽織の一番大きいサイズも小さすぎることが判明。また、洋装の2点も、袖が短すぎました。そこで、最初はまったく選択肢になかった、別の羽織と白いスーツを着ることになりました。そこで、私も彼が黒羽織を着ないことになったので、最初に気に入った黒い着物に変更してもらいました。こんなに面倒だったとは思っていないようで、彼はちょっと気分を害した様子。が、私は試着しているうちに、楽しくなってきてしまいました~。ちょっとした変身気分と言うか、普段しないような格好をするのって、結構楽しいですよね。明日の本番が楽しみ♪です。
2006年03月27日
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私の高校時代の先輩が、何年か前に劇団を立ち上げました。もちろん、アマチュアの劇団なんですが、公演もちゃんと年に何度か行い、精力的に活動されているようです。先輩自身は、主催者と言うだけではなく、脚本も書くわ、自分も舞台に立つわというご活躍。以前から一度お芝居を観てみたいと思っていましたが、年に1度日本に帰るか帰らないかの私。私の一時帰国中に公演があればいいのですが、そう都合良くはいきません。今まで、一度も機会がありませんでした。今回は、ちょうど今日、昼と夕方の2回公演があるというので、夕方の公演にお邪魔する事にしました。日本語が判らない彼にはちょっとかわいそうですが、先輩には内緒で「いびきをかかなければ、居眠りしてもいいから」と言っておきました。入場も無料の、アマチュアの公演です。行く前は正直、それほど期待はしていませんでした。が、実際に見てみて驚きました。良く、素人のお芝居を見ていると、観ている方が恥ずかしくなったりしますが、そんなことはほとんど全くありませんでした。皆さん滑舌も良く、声もきちんと通ります。何より、芝居に対する情熱が感じられ、とても好感が持てました。時々、目がウルウルしてしまった私。主役の男性は、私も面識のある人だったのですが、普段とは打って変わったりりしさ!!「私、結婚を早まったかしら?」と思うくらいの格好良さでした。役自体の格好良さもあったのでしょうが〈ごめんね〉、好きなことに精一杯打ち込んでいる姿がやはり格好いいのでしょうね~。やっぱり、何かに夢中になっている人って、とっても素敵です!
2006年03月26日
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無事に日本に帰ってきました!今回は、14ヶ月ぶり。戻ってきてすぐは、周りの全てが日本語ということがちょっと不思議な感じ。ほっとするような、何となく落ち着かないような。桜はまだこのあたりではほとんど咲いていません。でも、車の窓を開けて走れるくらいの、気持ちのいい陽気です。陽も照っているし、心も何だか軽くなります。出発前に色々あって、もしかしたら無事に出発できないのではとも思いましたが、ちゃんと日本に帰って来られました。旦那さんは出発の前夜は完徹でしたけど…。でも、そのお陰で飛行機の中でよく眠れたみたいだし、結果オーライです。結婚してから初めての帰国なので、「これが俗に言う里帰りと言うものなのね」という新たな感慨もありました。ちょっと照れくさいけど、家族に会えるのはやはり嬉しいです。やはり最低でも1年に1度は帰りたいものですね。早速、晩御飯にお寿司を食べに行ってきました~♪家から車で10分足らずのところにある、回転寿司屋さんです。ここはおいしくて値段も手ごろなので、よく行きます。彼はまだ行った事がなく、私の話を聞いてからというもの、ずっと行きたがっていました。それを聞いていた父が、帰国当日に早速連れて行ってくれたのです。久し振りにお寿司をお腹いっぱい食べて、大満足!!彼も存分に堪能したようですが、「もうドイツのお寿司が食べられないよ~」と複雑な表情でした。彼のこと、内心ではちょっと心配していたのですが、今のところ元気そうです。多分、本当はご両親のことをすごく気にしていると思いますが、表向きは普通に振舞ってくれています。食欲もあるようだし〈笑)、ひとまずは安心しました。パーティーまでいよいよあと1週間。最後の追い込み、頑張ります!
2006年03月26日
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前日の晩、ご両親の家に寄ったのですが、結果的には何も新しい事は判りませんでした。義母は金曜日の朝、病院に行くことになっていて、そのときに詳しい入院の日取りや、治療方法などの説明があると言う事でした。私達が立ち寄った時、義母は留守で、病気のことを聞いてから初めて義父とゆっくり話をしたのですが、義父によれば癌は2.5cm四方の大きさで、第2ステージと言う事でした。まだ詳しい検査の結果は出ていないという話だったのに、どうやって知ったのかは知りませんが。おしゃべりしながらしばらく待っていると、義母が帰ってきました。今度は義父抜きで、義母と3人で話をすると、義母の方はかなり悲観的な様子でした。彼女いわく、癌は悪性で〈<悪性でない癌ってあるのですか?〉、左乳房を全摘出するのだと言います。二人ともが本当のことを言っているのだとしたら、私はかなり望みはあると思いました。私の記憶では、第2ステージはまだ初期と言える段階のはずですし、乳房摘出も、より安全な方法を取ったからと考えたからです。確かに女性は幾つになっても女性ですから、もう子供を生む予定が無いとはいえ、子宮とか乳房を摘出するのはかなりのショックだと思います。でも、それでも、そうする事で義母が長生きできる可能性が高まるなら、それは良い事だと私は考えます。いずれにしても、詳しい検査結果は聞くことが出来なかったので、まだ不安には変わりないのですが、どうやら手術をすることは確実のようです。義母がおそれていた最悪の事態(=癌があちこちに転移してしまっていて、手術をしてもらえない)は免れたようです。それでも、義母は涙ぐみながらこれからのことを色々話し、葬儀の手配の話までしていました。そんな義母を心から気の毒に思いながらも、正直ちょっとだけ腹が立ったのも事実です。医者に悲観的なことを言われたわけでもないのに、息子に葬儀の話をするなんてと思ったので…。でも、癌を宣告されたら誰だってショックだし、取り乱すのは当たり前ですよね。これからはどんな愚痴でも、泣き言でも黙って聞いてあげなくては…と決心を新たにしました。
2006年03月24日
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日曜日から数日が経ち、ほぼ普通の日常が戻ってきました。旦那さんも私も大分落ち着き、表向きは以前のように過ごしています。思い悩んでいても事態が変わるわけでもないし、一時帰国&ハネムーンにも行くことにしました。毎日毎日、暗い話ばかり書くのは自分も嫌だし、読んでくれる方々にとっても不快だろうなと思ったので、しばらくお休み宣言しましたが、早々に復活です。大変お騒がせしました。今、この時期に感じたこと・考えたことを多少は残しておこうと思い、実は日記は引き続き書いていたのです。その日記は非公開日記としてここに保存しておこうと思ったのですが、本編の記事抜きでは登録できないのですね。なので、本編の方にこれから随時アップして行こうと思います。こういう時期だからこそ、私にとってはブログを続けることが大事なのだと気づきました。というのも、文章にすることで大分自分の考えを整理することが出来るし、自分の正直な気持ちを吐き出せる場がやはり必要なのです。さらに、皆さんからの真摯なコメントやアドバイスが、私にとってはとても大切なのです。改めまして、今後もどうぞよろしくお願いいたします!明日はいよいよ日本に向けて出発です。仕事を早めに切り上げて、王子をペンションに預け、最後の買い物をして、それから荷造りをして、と忙しい1日になりそうです。今日の晩は、検査結果を聞きに、彼のご両親の家に顔を出すつもりです。結果を知るのは怖いですが、きっと良い結果だと信じています。
2006年03月23日
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昼休み、久しぶりに彼が電話をくれたようです。彼の携帯は会社から支給されているものなので、まじめな彼はめったに私用電話をしません。携帯に着信履歴があったので、こちらから折り返しかけました。すると、彼がいつになく優しく、「昨夜のことは本当にごめん。謝るよ」って言ってきてくれたのです。「そんなに心配しているとわかっていたら、もっと早く帰宅していた」とも。まさに、『雨降って地固まる』ですね。こんなことを書くと不謹慎かもしれませんが、彼のお母さんの病気が分かってから、二人の絆がより強くなったような気がします。お互い相手をより思いやれるようになったというか…。今回のことは本当にショックで、大事件だったけれど、結婚したばかりなのにしょっちゅうけんかをしていた私たちには必要な試練だったのかもしれません。とにかく、今週の木曜日に検査の結果が出るようで、義母はその結果によって、金曜日か来週の月曜日に入院するそうです。つまり、私達が日本にいる間に手術となるのは確実だと思います。こんな状態では、新婚旅行を存分に楽しめないので、私はキャンセルしようと言ったのですが、彼の方がどうしても行きたいと言うのです。それに、お披露目パーティーは私たち二人だけのことではなく、40人もの人に関わることですので、今からキャンセルと言うわけにもいきません。正直、パーティーと言う気分ではないですが、どうせキャンセルできないなら、来てくださる人たちと楽しい時間を過ごしたいと思います。それは、ハネムーンも同様です。せっかくの機会なので、嫌なことは考えないようにして、のんびりして来たいと思っています。彼も、どうせ自分に何も出来ないなら、ご両親からちょっと距離を置いて、不安を忘れたいと考えているようです。でも、ご両親はいつも頼りにしている長男がこんな時に側にいなくてさぞかし不安だろうし、それを考えると、こちらも申し訳なくて胃が痛くなるのです。けれど、考えようによっては、今ドイツを離れるのは、私たちにとっては良いことなのかもしれません。勝手なことを言うようですが、このままでは私は胃に穴が開きそうだし、彼も落ち着いて仕事ができないと思うので…。それに、私は正直、手術そのものよりもその後の治療(放射線治療?)が始まってからの方が大変だろうと思っています。本などで読む限り、副作用などがかなりきついようですので…。その頃には私たちもドイツに戻っているはずなので、出来る限りのお手伝い・サポートをするつもりです。そんなわけで、今回は一時帰国の準備もまだ全然出来ておらず、お土産もろくに用意できていない状態です。家族や友人には本当に申し訳ないのですが、今回は私たちの顔を見せられることが大事だと思うようにします。日本はもう、桜が咲いているかな?
2006年03月22日
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今日はバカンス前、最後の練習です。今度の日曜日に本番があり、この2~3ヶ月ずっと、それに向けて大曲(この楽団にとって)を練習してきました。ずっと練習には参加していたので、肝心の本番で演奏できないのは残念だけど、この本番のことを知る前に有給を申請してしまっていたので、仕方ありません。練習後、メンバーのみんなが口々に「楽しんできてね」「気をつけて」等と言ってくれ、嬉しかったです。が、今日戻ってくるはずだったこの楽団のリーダーはお休み。先日手術を受けたのですが、医師に11月まで楽器を吹いてはいけないと言われたそうです。音楽中心の生活をしている彼なので、つらいだろうな…。バカンス前の最後の練習なので、本当は彼にも顔を出して欲しかったのだけど、彼は親友と会う約束をしてしまいました。彼らはそれぞれ、お互いを多分この世で一番信頼していると思われる、理想の友人関係なのです。彼も、親友に色々相談したいことがあるのだろうと思ったので、今回は快く送り出すことにしました。私は練習後、帰宅してからパーティーのBGM用CDを作り始めました。予定の曲数の半分ほどでCDが一杯になってしまい、CDを一枚焼いたところでやめにしました。その後、先に寝ていたのですが、夜中にふと彼がまだいないことに気づきました。本来なら、彼の体に当たるはずの場所に足を伸ばしたのに、障害物がなかったので目が覚めたのです。枕元においてある携帯で時間を確かめると、もう2時過ぎ。普段なら、親友と会って遅くなっても、12~1時くらいには帰宅します。その後は心配でたまらなくて胃が痛くなり、眠れなくなってしまいました。彼の携帯は家においてあるので、親友の携帯にかけてみたのですが、電源を切っているようでつながりません。3時まで待っても帰ってこないので、非常識な時間と知りながら、思い切って親友の家に電話してしまいました。すると親友が出て、「今帰宅途中だから、心配しなくていいよ」って言ってくれました。この言葉を聞いた時は本当にほっとしました。それにしても、このところ様子がおかしかったので、何かあったのではないかと気が気ではありませんでした。彼が帰ってきてから、思わず泣いて訴えると、彼はびっくりしていました。もうぐっすり眠っていると思っていたようです。結果的には何事もなくて良かったのですが、この出来事でまたすっかり胃を痛めつけてしまいました…。
2006年03月21日
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私のご報告を読んでくださり、さらに真摯なコメントをお寄せくださり、ありがとうございました。皆さんの優しさ、身にしみております。本当に感謝しています。ただ、相変わらず胃がかなり重苦しい状態が続いていて、体調があまり良くありません。あまり暗い話ばかり続けるのもなんですので、少しだけブログをお休みしようかなって思っています。でも、皆さんのブログには引き続きお邪魔させていただくつもりです。楽しいお話を読ませていただき、気晴らしをしたいと思っていますので、よろしくお願いいたします。
2006年03月20日
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ご両親の家に行ってきました。義母は、乳癌だそうです。話を聞くと、まだ詳しい検査結果は分からないので、どれくらい深刻なのかは分かりません。他の箇所に転移しているかどうか等は、全てこれから調べるのだそうです。こちらでは、35歳以上の女性は半年に1度は婦人科検診を受けるし、義母はもう60を超えているので、癌が広がるのはそれほど早くないだろうし、まだ初期の段階ではと私は思っています。多分、手術をすれば、かなりの確率で長く生きられるのではないかと…。初期であることを願っているし、初期の癌はそれほど怖い病気じゃないと私は考えています。でも、本人は『もう手術は出来ない』と医者に宣告されると言う最悪の事態を考えているようです。それで今回のスライドショー開催となったわけですね。もちろん、多大な期待を抱くのも良くないし、ありとあらゆる可能性を考えなければいけないのでしょうが…。動揺する気持ちはすごくよく分かりますが、なぜ私たちを3日間じらしたのかは不明です。いずれにしても、私達がドイツを離れている間に手術をすることになるのは確実のようです。私たちも、ご両親二人ともが心配だし、そんな時期に旅行に出かける罪悪感もあるし、非常につらいです。木曜日の晩の電話以降、ずっと胃が重苦しかったんですが、昨日ピークになりました。バカンスに行く前に胃に穴が開きそうです…。
2006年03月19日
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やることが沢山あるので、朝から精力的に動こうと目覚ましをかけておいたのですが、今朝も頭痛。いったん起きて、頭痛薬を飲んでから、もう一度横になりました。1時間ほど寝たら痛みは大分治まっていたので、起床。いきなり出遅れてしまいました。まず洗濯を始め、それから溜まっていた食器洗い。そうこうしているうちに、すぐにお昼。14時からエステ(と言うのだろうか?)を予約してあったので、出かけることに。彼とはエステが終わる頃に落ち合って、車でショッピングに行くことにしました。エステ前の時間も無駄にできないと、ひたすらお土産を探します。が、すぐに時間切れ。買えたのは、先輩からリクエストされた紅茶のみ。エステは昨年の結婚式前に何度かお世話になったところです。今回も一応、お披露目パーティーの前に行っておこうかなと予約を入れておきました。顔のマッサージがとっても気持ちよくて、少し気持ちも上向きになりました。エステの最中に携帯が鳴っていたので、終わってから留守電のメッセージを聴いてみると、彼からでした。かなり落ち込んだ声で、今日は家にいたいという内容でした。早速こちらからかけなおしてみると、第一声が「ビールを飲みすぎて車は運転できない」と言うもの。これには私もむっと来てしまいました。日本に発つ前、ショッピングができるのは今日しかなく、今日はお土産を買う日、と前から決めてあったのです。そして、出かける前にも、私のエステが終わる頃に待ち合わせと言う約束をしてあったのです。それなのに、なぜ運転できなくなるまでビールを飲んでしまうのか…。彼いわく、不安で飲まずにはいられず、いつの間にか結構の量を飲んでしまったのだそうです。彼は普段でもストレスや不安を抱えると、アルコールやタバコの量がてきめんに増えるので、今日もきっとそうだったのでしょう。でも、そんなことをしても何の解決にもなりません。気持ちはよくわかるけど、実際にとった行動は許せない、そんな感じです。電話をしているうちに、自分の口調がどんどんきつくなっていくのが分かりますが、もう止められません。「悠長にお土産なんて買ってられるか」と思う彼の気持ちは理性では分かるのですが。「やっぱり彼もショックが大きかったんだな」という悲しい気持ちと、「昨日はあんなに冷静だったのに」とちょっぴりがっかりする気持ちが複雑に混ざり合い、それを隠そうとますますきついことを言ってしまう私。でも、もし自分が同じ立場に立たされたら、どう反応するだろうと考えると、やはり彼はかなり落ち着いています。私だったら、もっともっと取り乱して、泣いてばかりいるに違いないのです。ちょっと冷静になればそれが良く分かるのですが、約束を守ってもらえなかったショックで、電話ではついきついことを言ってしまいました。本当に未熟者の私です。帰宅すると、彼は家のあちこちを掃除していました。掃除に没頭して、なんとか両親のことを考えまいとしているようです。掃除をしながらも、相変わらずビールをあおっています。彼の様子を見ていると、さらに不安が募って仕方ありません。今日の時点でこんな風に振舞う彼を見ていると、明日、両親から重大発表があったら、いったいどうなってしまうのかと…。ご両親のことももちろん心配ですが、彼のことが本当に心配です。
2006年03月18日
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今日は彼のお誕生日です。本人は5時半に起きて、私がろくにお祝いも言えないうちに、私より早く仕事に出かけていきました。私はと言えば、また頭痛で目が覚めました。今日はかなりずきずきしていて、また偏頭痛へ移行しそうな感じ…。やはり同僚から風邪を移されかけているのか、それとも心因的なものなのか、よくわかりません。会社に着いてすぐ頭痛薬を飲み、頑張って仕事しました。夕方帰宅して、すぐにベッドへ。目が覚めたら、6時半を回っていました。2時間ほど眠っていたことになります。誕生日だと言うのに、主役は一向に帰ってきません。携帯にメールを送ったら、しばらくして電話がかかってきました。8時ごろに家に着くから、すぐに食事へ行こうとのこと。その15分後くらいに、彼のお父さんから電話がかかってきました。彼はまだ帰っていないと言うと、またしばらくしてからかけなおすと言って切れました。そのうち彼が帰ってきたので、出かける前にご両親に電話をするように言いました。私たちが食事に言っている間にご両親が何度も電話をかけてしまわないように。彼はまた1時間近く話し込んでいました。「日曜日にどんな話をしたいのか、大まかな内容だけでも教えてほしい」と訴えているようでした。「二人のうちのどちらかが重病で余命がいくばくもないのではとか、離婚することに決めたのかとか、悪いことばかり考えてしまって、落ち着かない」と言っているのも聞こえました。今日、彼は大事なプレゼンがあったはずですが、やはりいつも通りというわけにはいかなかったようです。昨夜の電話の後、不安でいっぱいで、ふと気がつくとそのことばかり考えていたそうです。私ももちろん、昨日の電話の後からずっと、胃の辺りがきりきりしています。彼があまりにも切実に訴えたので、どういう話なのかは教えてもらえたようです。レストランへ向かう車の中で、私にも話してくれました。彼が病気と言ったとき、「その予想は遠くない」と言われたそうです。つまり、多分、彼の予感が当たってしまったということ。どちらかというと、私の方が取り乱してしまって、彼は落ち着いていたようだけど、本当はショックと不安で押しつぶれそうなはず。「(両親に何かあったとしても)人生はこれからも続くんだから」と言って、普通に食事をして、ハネムーンもキャンセルはしないと言うけれど…。夜、眠れないんじゃないかと思って、ベッドで本を読みながら見ていたけど、さすがに早起きが2日続いたので疲れていたらしく、すぐに寝入ったので、一安心。せっかくのお誕生日、結婚して初めてのお誕生日なのに、なんだか変な1日になってしまいました。彼の側にいること以外に何もできない自分が歯がゆいです。
2006年03月17日
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普段、めったに連絡がない彼の妹さんから電話がかかってきました。彼女から電話が来るのは、年に1度、彼の誕生日くらいです。彼が長々と話していたので、私はてっきり、彼のお母さんか親友と話しているのかと思っていました。妹さんいわく、今日お母さん(義母)の様子がおかしかったとのこと。そして、お父さんから今度の日曜日に私たちと真剣な話がしたいと言われたそうです。妹さんの彼氏は抜きで、妹さんとうちの彼と私とだけで話がしたいと。私たちもしばらく忙しく、ご両親とは2ヶ月近く会っていませんでした。そこで、彼が月曜日に仕事の帰りに実家に寄り、様子を見てきたばかりでした。その時のご両親はごくごく普通で、何もおかしい所などなかったと彼は言います。その後、なんだか良く分からないもやもやを抱えたまま、私達は食事を始めましたが、しばらくしたらまた電話。再度、彼の妹さんからです。どうも彼女は大分取り乱しているみたいです。彼がよくよく話を聞いてみると、お母さんは今日、医者に行ってきたはずだと言うのです。そして、急に態度がおかしくなったことから、もしかしたら深刻な病気なのではと考え、それで心配しているようです。彼の妹さんとご両親の関係は、ちょっと複雑です。妹さんはかなり『わが道を行く』タイプで、しかも一人では生きていけないタイプのようです。彼女は昔、ご両親や兄(私の旦那ですね)の反対を押し切って、結婚しました。結婚式に家族も呼ばず、誰も知らないうちに結婚したのです。それ以来、彼女は両親と縁を切っていたのです。初めての子供が生まれた時も、全く知らせなかったそうです。が、やはり親の助けなしに子供を育てるのは大変だったようで、しばらくしてから急に子供を連れて現れたのだとか。ご両親も孫はかわいいので、それまでのことは水に流し、妹さんを受け入れました。ところが、その後にまた大きなトラブルが起こります。妹さん夫婦は、二人目の子供が出来たとわかった時、当時まだ生きていたおばあさん(義母の母)をだますようにして、おばあさんの住んでいたアパートを勝手に譲り受けてしまったのです。本来なら、次の世代である義母とその妹が相続するはずだったのに、この二人の事前承諾も何もなく、勝手に話を進めてしまったのです。お母さんはこのことを今でも『妹に顔向けが出来ない』と嘆いています。しかも、妹さんは二人目の子供の出産直後に離婚するのです。離婚する時は、当然財産分割を行います。二人はおばあさんから譲り受けたアパートをまたしても勝手に売り、そのお金を二等分したのでした。このことは当然、ご両親の怒りを買い、それ以来関係がギクシャクしていると言うわけです。特に、義母と妹さんは、色々な面で意見が食い違い、特に妹さんの娘をめぐってはたびたび衝突しているようです。衝突と言っても、お母さんはあまり妹さんに直接はっきりと意見を言いません。「あの子はああいう子だから」もうあきらめている節があります。そして、私達が常に愚痴を聞かされるという訳です。妹さんはなかなか強情で、何か気に入らないことがあると両親と縁を切り、またしばらくすると現れると言うことを繰り返しているのです。そういう私たちも、決して親孝行とは言えません。すぐ近くに住んでいながら、会いに行くこともあまりありません。決して避けているわけではなく、平日は仕事、週末は家事に追われていて、自分達のことで精一杯だからです。けれど、何かあれば向こうから電話がかかってくるし、その時はいつも喜んでお手伝いをしたりしていたつもりです。けれど、放っておけば彼はまったく電話すらしません。そういう時、私は「ご両親は元気にしてらっしゃるの?たまには電話をしたら?」といつも言っています。たまには私が自分から電話をすればいいのでしょうが、やはり義理の両親と言うことで、進んで電話をする気にはなれないのが本音なのです。多分、ご両親はちょっと気分を害されているのだと思います。妹さんは全く言うことを聞かず、勝手なことばかりして、都合の良い時にご両親を利用するばかり。兄の方は、近くに住んでいるくせに、ちっとも立ち寄らないし、ご機嫌伺いの電話もしない、と。それで、ちょっと懲らしめるつもりで、理由は一切言わずに「日曜日に真剣な話があるから」と思わせぶりなことを言っているのではないかと思うのです。少しは両親の心配をしなさい、と言う意味合いで。ところが、彼は最悪の事態を考えているようです。金曜日は彼の誕生日、土曜日は妹さんの誕生日なのです。日曜日はうちにご両親を招待して、一緒にお茶をするつもりでした。が、ご両親は日曜日の午後、自宅で私たち3人だけと話をしたいというのです。その間、妹さんの子供は、叔母さんが迎えに来て、映画館に連れて行くからと。お母さんは、まず1時間ほど自分の話を聞いて欲しいと言っています。その後で私たちに言いたいことなどがあれば、それを聞くそうです。それからみんなで仲良く(?)お茶をして、その後はみんなで昔のスライドを見て、一緒にワインでも飲みましょうと言っています。このプランがどうも引っかかるようです。彼いわく、まるで余命が2~3週間と宣告された人がすることではないかと。しかも、子供の誕生日であり、私達がバカンスに立つ直前です。なぜ、このタイミングでなければならないのかと誰でも思いますよね?彼は、お母さんが重病なのではないかと心配してます。私は、考えすぎだと言いました。きっと私たちの態度について腹に据えかねて、それでこの機会にちゃんと話をすることにしたんだと思う、と。ご両親はかなり前から、一度妹さんとちゃんと話をしたいと言っておられたのです。なので、多分そういう方面の話だと思っているのですが…そういう私自身も不安が拭いきれません。どうか、悪い知らせではありませんように!!
2006年03月16日
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春になりそうでまだ冬がしぶとく頑張っているドイツですが、今、私の職場では風邪がはやっています。今日は同じ部署の同僚が二人お休みしています。そのうち一人は、本来なら今日休暇から職場復帰するはずたった人。ドイツへ帰ってきて、あまりの気温差に風邪を引いてしまったのでしょうか?私の向かいの席の人も激しく咳き込んでいて、明日は欠勤しそうな雰囲気です。なんだか、私の周りの人が次々ダウンしているような。月曜日に休んだ私がみんなに風邪をうつしたと思われていそう…。私の頭痛は風邪が原因ではなかったのよ~と心の中で言い訳しています。私ももうすぐ日本に発つので、風邪などひいていられません。今週末は最後の追い込み(?)で、かなり忙しくなる予定。特に土曜日は、ショッピングに行く最後のチャンスなので、買い物に追われそうです。メインはやはり、みんなへのお土産。お土産とかプレゼントを買うのって、楽しいですよね。あげる相手のことを考えながら、「こういうのが好きそう!」って選んで、実際にあげて気に入ってもらえた時の喜びと言ったら…。私はプレゼントはされるのも好きだけど、するのも大好きです。今回はほとんどの友達にはお披露目パーティーで会うことになるので、その時に渡すプチギフトのみになると思います。が、家族や親戚はお土産を楽しみにしているだろうし、パーティーの幹事や司会などを頼んだ人たちにもお礼を兼ねてお土産を買わなければ…。さらに昨日、甥が4月から小学生になることを知らされ、入学祝も必要となりました。お財布には痛いけれど、やっぱり楽しい贈り物選び。そういえば、明後日は彼の誕生日もありました~。バレンタインデーに何もあげなかったので、ちょっとだけ奮発してみました。レストランのクーポンブックと、長袖シャツ、それと新しいお財布です。喜んでくれるかな?
2006年03月15日
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ついにあれが来てしまいました!!私が帰宅すると、PCを抱えた彼が「悪い知らせがある」と告げました。このブログを以前から読んでくださっている方は、覚えていらっしゃるかも知れません。1ヶ月以上前に、お出かけをした帰り、スピード違反の取り締まりに遭ってしまったことを・・・(詳しくはこちら)。スピード違反のお知らせは、大体1ヶ月くらい経つと郵送されてきます。5週間以上経っても何も音沙汰がなかったので、これはもしかしたら計測がうまくいかなかったのかも?と思っていたところでした。彼は運転中、おしゃべりに夢中になると、極端にのろのろ運転になるか、逆にスピードを出し過ぎる傾向があります。自分がどんな運転をしているか、まったく気づかないようなのです。話をしている相手を頻繁に見るし、身振り手振りを交えるし、同乗者としては怖くてたまりません。たいていは話しているうちにアクセルを踏むことがおろそかになり、次第にのろのろ運転になるのですが、この日はたまたまアクセルを踏み込み過ぎてしまっていました。彼は、「もしかしたら計測器の誤差を引かれてぎりぎりセーフでは?」と最後の望みをかけていたようですが、私は正直それは無理だと思っていました。80km制限の道路でぴかっと光った直後に見たら、速度計はほぼ120を指していたからです。ドイツでは、31km以上オーバーから免停になります。いくら誤差を引いても、40kmオーバーが30kmオーバーになるわけないですよね…。さらに運の悪いことに、彼はそこを市街地の外だと思っていました。が、そこはまだ市街地の中だったのです。確かに見晴らしのいい広い道路で、高速道路の一部かと思うほどなのですが、空港が近いせいか、速度制限は80kmなのです。彼は客先に出向いていって仕事をする技術者なので、車がないと仕事になりません。毎日車を運転している技術者の中には、当然免停になる人もいます。その場合、有給をとったり、本社でホットライン(電話係ですね)をしたりして、何とか免停の期間をやり過ごします。ところが、彼の場合、来週から3週間のバカンスが控えているのです。なんというタイミングの悪さ!!私は免停の期間を自分で多少融通させてもらえるなら、今回のバカンス中に免停になるように出来るのではないかと思っていました。もし丸々3週間が無理だとしても、後半だけでもカバーできれば、それだけでも大分ましだろうと。でも、彼はそれはもう無理だと言います。今回来た通知は、彼が速度違反をしたと言う事実を告げるためのもので、どういう罰則になるかは、彼が申し立てをしてから決定されます。いくら彼が急いで申し立てをしたところで、バカンスに発つ前に決定が下されることはほぼありえないようです。ドイツのお役所仕事ですから、少なくとも2~3週間はかかるのでしょう。つまり、判決はバカンス明けまで持越しです。そして、もし罰金だけでは済まず、本当に免停になってしまったら、彼はバカンス後にさらに有給をとらざるを得ない可能性大です。となると、まだ2006年は先が長いのに、彼は今年分の有給を使い切ってしまうことになるのです…。おまけに、バカンスの間は何もかも忘れて、のんびり楽しもうねと言っていたのに、これでは思い切り楽しめないではないですか?!彼はどこかに抜け穴があるのではないかと、一生懸命PCであちこちのサイトを調べていたのでした。私が帰宅した後もずっとPCとにらめっこしていましたが、結果は思わしくない様子。本当についていないと言うか、実は自業自得と言うか…。こんな風に市(政府?)に少なくないお金を落とすのは悔しいけれど、お金(罰金)で解決できるならば解決してあげて欲しい私でした。4月でもう今年の有給が全てなくなってしまうなんて、あまりにもかわいそうですもんね。
2006年03月14日
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偏頭痛で会社を欠勤。プレーヤー全員からお見舞金をもらい、振り出しに戻る。
2006年03月13日
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今日は朝から青空が広がっています。家の中にいると、日が射していてとても暖かく感じますが、外に出るとまだまだ寒いドイツです。昨日買った新聞を読みながら一人で朝食を食べていると、「手作り作品のフリーマーケット」の文字。今週末3日間、近郊の町で行われているようで、今日が最終日。最近、フリマもご無沙汰だし、ガーデン関係のフリーマーケットのようでしたので、彼のお母さんも誘ってみたらどうかな?と思い立ちました。が、金曜日の夜仕事関係の飲み会で遅くまで飲んでいた旦那さんは、まだお疲れのようです。お昼近くに起きてきて、私の提案を聞いても乗り気ではない様子。仕方なく、お出かけはあきらめました。そこで、そんな時のために(?)材料を買い揃えておいた、肉まんを作ってみることにしました~♪昨日買出しに行ったスーパーには豚のひき肉が置いてなかったので、仕方なく合挽きを買ってきました。それだけがちょっと不安でしたが、とにかく作ってみることに。ちょっと時間はかかるけれど、作り方自体は簡単で、すぐにできました。手順の中では餡を包むのが一番難しく、最初はてこずりましたが、そのうち慣れてきました。早速、試食で~す。彼もおいしい、おいしいと喜んで食べてくれました。作る前に彼に「今日はこれを作るからね」と肉まんの写真を見せたのですが、これは何?と聞かれました。とっさにドイツ語訳が思いつかず、「あなたが横浜で買い食いしたものと同じものだ」と言ったのですが、全くわからなかった様子。実際に食べてみれば思い出すだろうと思い、食べている時に再度「横浜でこれと同じの食べたでしょ?」と言っても、全然思い出せないようでしたが…。肉まんプロジェクトは一応成功に終わりました。合挽きを使ったのも、結果的に特に問題はなかったです。豚ばら肉を多めにしたのが良かったのかもしれません。私の採点では、100点満点で85点くらいかな?レシピを教えてくださった方々、ありがとうございました!
2006年03月12日
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昨日はかなり気温が高めだったので、内心「このまま春になるかな?」と思っていたのですが…甘かった!今朝はまたしても朝から雪が降っていました。ドイツの冬は、さすがにしぶといです。雪の振る中、美容院に行ってきました。なんと、私の担当の方が急遽一時帰国されたそうで、代理の方が担当です。1週間前に呼び出され、東京から来たばかりという、金髪(?)の若い男性…。普段、なかなか知り合う機会がないタイプですね。でも、あまり無駄話もせず、仕事に集中している様子が高感度大でした。カットするのが好きでたまらないという感じで、次回のイメチェンの案まで出してくれました。私の本当の担当の方は2~3ヶ月戻ってこないそうなので、次回もこの彼にお世話になることになりそうです。次回は彼のアドバイスどおりにイメチェンしてみようと思っています♪++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今晩は、定期会員になっているコンサートホールで演奏会でした。雪は降っているし、気温はマイナスだし、家でぬくぬくしていたい気持ちを振り切って、出かけてきました。やっぱり重い腰を上げて出かけてよかった!!演奏はJames Conlon指揮のロッテルダム・フィル。曲目はショスタコービッチの交響曲第15番と、チャイコフスキーの交響曲第5番。「Russian Night」ですね。珍しいショスタコービッチの15番を生で聴けたのが、一番の収穫でした。これは彼の最後の交響曲で、彼自身や他の人が作った色々な曲のフレーズが隠されているのです。途中、「ウィリアムテル序曲」の有名なフレーズが出てきたときは、聴衆がくすくす忍び笑いをしていました。久しぶりのフルオーケストラの演奏。いや、いつもフルオーケストラではあるんですが、パーカッションもずらーっと並び、金管奏者も勢ぞろい、というのは意外と少ないんですよね。フルオーケストラの音の波に身をゆだねるのは、やっぱり気持ちがいい!!です。と言っても、今晩一番気持ちよかったのは、多分Bass Tb奏者でしょう。1曲目も2曲目もわりと出番が多く、バリバリ鳴らしまくっていました。そういえば、Tpのトップもかなり気持ち良さそうでしたね。ところで、今日は寒かったので、私はセーターにパンツというかなり普段着っぽい格好で出かけてしまいました。電車で行くので、やはり防寒対策をしないと、ホームで待っている間とか寒さが身にしみますから…。が、会場に着いてから、後悔しました。聴衆の大多数がしっかりおしゃれをしてきているんです。こんな天気でも、お出かけはお出かけ。ちゃんとTPOにあったおしゃれをしない人(私です)は恥をかくわけですね。というか、車でいり口まで乗り付けられないような貧乏人は、最初から場違いって噂も…。まあ、私の他にもフリースにジーンズとか、その手の服装の人もいましたけど。今度は絶対におしゃれして来よう!とひそかに誓ったのでした。
2006年03月11日
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今日はようやく金曜日。長い長い1週間でした。大好きな金曜日の朝なのに、出社したくないと思うのは久しぶり。今日は会社で、昼休みに労働組合主催の総会が開かれました。毎年この時期に行われ、労働組合から去年1年間の活動内容の報告や、経営者から業績の報告があります。どうやらそれが憂鬱の種だったようです。今日の総会には出ないと一旦決めたら、すっきりしました。これは私のほんのささやかな抵抗。もう私を必要としない会社の業績には興味がありません、という意思表示のつもりです。みんなが総会の場所へ向かう時間、私は一人で昼食を取りに外へ行きました。食事を終えて戻ろうとした時、ちょうど社長と人事部長が昼食に来たところに出くわしました。さすがにちょっと気まずかったけれど、堂々と挨拶だけしてすれ違いました。+++++++++++++++++++++++++++++++++++それよりも、今はお披露目パーティーとハネムーン!!出発まで後わずかと迫ってきたというのに、まだビデオができていないことが頭痛の種でした。私たちの入籍・挙式・披露宴の模様をゲストにご紹介するビデオです。このビデオ作成の担当は、実は彼でした。が、いつまでたっても取り掛かる気配がありません。お決まりのPowerPointで作ってもらおうと思ったのですが、「PowerPointはあまり詳しくないし…」とうだうだしています。さすがに私も痺れを切らし、これは何とかしなくちゃとあせり始めました。この際、お金を払ってでもプロに頼んでしまった方が良いかもと思い、あちこち検索しました。ところが、それなりのお値段は覚悟していましたが、もう準備期間が足りないところがほとんど。「1週間でできます」と言うところもありましたが、そういうビデオはさすがにそれなりのもの。お金を払ってこれくらいの仕上がりだったら、自分で作った方が良さそうです。そこで、私は彼を当てにせず、自分で作ることにしました。使用する写真を選び、バックグラウンド・ミュージックを選び…楽しいです。元々、私はこういう作業が大好きなのです。自分たちの結婚式のフォトアルバムも、両親用と自分たち用、2種類を全部一人で作ったくらい。二晩かけて、一応ビデオを完成させました!!使ったのは、Photo Story 3という無料でダウンロードできるもの。無料の割にはなかなかの優れものです。あまり凝ったことはできませんが、「これで無料?」とびっくりすること請け合い。かなりお勧めですよ!
2006年03月10日
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セールス部門の大先輩が会社を去っていきました。彼女が今月辞めることは知っていたのですが、月末近くまではいるものだと思っていました。「今日が最後の出勤日なので、食べ物・飲み物を用意してきました。ご自由にどうぞ」というメールが来て、初めて明日からいなくなることを知りました。20年もこの会社に勤めていた、大ベテランの彼女。セールス部長の向かいの席で、アシスタント業務をしていました。私の直接の上司とかではありませんでしたが、頼りにしていました。もちろん、彼女は解雇されたわけではありません。去年の秋、セールス部門には新しい女性が入りました。彼女は受注確認書や請求書等を発行する、いわば事務職担当です。ここのセクションは常に仕事が山積みなので、新しい人を雇うのもまだ納得がいきました。さらに、今年の1月に新しい男性がアシスタントとして入りました。その男性の座席を作るため、私達は大規模な席替えを強いられました。なぜ立て続けにセールスに新しい人材を取るのか、不思議に思っていました。うわさによると、ベテランの彼女は新入りの男性と揉めて、それが原因で辞めることにしたそうです。うらやましいことに彼女は経済的には恵まれていて、お金のために働く必要はないのだそうです。それならば、こんな会社はさっさと辞めて、無用のストレスとおさらばしたいと言うわけです。みんなにお別れを言うときの彼女、とても晴れ晴れした笑顔でした。私はこんな笑顔で会社を去っていけるかしら…。勤続年数は彼女とは比べ物にはならないけれど、私も一応しばらく籍を置いた会社です。せめて、お世話になった同僚達には笑顔でお礼を言いたいとは思っています。それにしても、ドイツ人は食べ物を振舞うのが好きです。特にお誕生日には、同僚のために何かを用意する習慣です。自分でケーキを焼いて持ってくる人、朝パン屋によって、菓子パンやブレーツェルを山のように買って来る人もいれば、仕出しのサンドイッチを注文する人もいます。前の会社では一度、誕生日が近い同僚と二人で、みんなの分の朝食を用意してくれた人もいましたっけ。今週は火曜日にお誕生日の人がいて、サンドイッチが振舞われたばかりです。そして、今日で辞める彼女も、サンドイッチとミートボール、さらにケーキとジュースとキッチン一杯に用意してくれました。おかげで、お昼休みも外へ行かず、ブログを読みながら食事を取れたと言うわけです。私も自分の誕生日や入籍・挙式した時などにケーキ等を買ってきて振舞いましたが、さて今回はどうしたものでしょう。辞めさせられる場合でも、今までお世話になったお礼として、大盤振る舞いするべきなんでしょうか・・・?それとも、ひっそりといなくなった方がいいのかな?
2006年03月09日
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1日1日をどうにかやり過ごしています。朝、なんとか家を出て、長い通勤時間をやり過ごすことが出来れば、会社にいる間はそれほど苦痛ではありません。やるべきことはちゃんとあるので…。ただ、会社を去ることが正式に決まってから、他の人の言動が気に障るようになって来ました。以前私に仕事を頼んできたのに、最近は露骨に無視をする人、それとは逆に、やけに優しくなった人…。仕事云々より、周り人々のそういう態度の変化の方が「きつい」です。今日は1つどうしても納得いかないことがあり、夕食時に彼に話をしました。客観的に、事実のみを説明したつもりです。が、彼には私の主観がかなり入っているように聞こえたようです。彼に不当な批判を受けた(と感じた)私は、当然言い返します。が、彼は何度も同じことを聞いたり、さらに神経を逆なでしてきます。そのうち、我慢できなくなった私は大声を出してしまい…。せっかくの夕食の途中で、喧嘩になってしまいました。これが私が一番恐れていたことなのです。毎日の生活の中で、どこかで嫌な目に遭えば、私は「今日あった出来事」として彼にそれを説明します。別に「かわいそうに、よしよし」と慰めて欲しいからではなく、普通の世間話のつもりです。が、私がそういう話をするたびに、彼は私を批判するのです。必ずと言っていいほど、「外国人だから差別されていると思い込んでいる」とか言い出します。失業の時も同じような批判が繰り返されます。私がちょっと落ち込んでいると、「また自己憐憫が始まった」とか言うのです。勤めていた会社から急に解雇を告げられたら、落ち込むのは普通ではないですか?「自分のどこが悪かったんだろう」と多少自信をなくすのは普通ではないですか?こちらは悔しさや落胆、怒り、悲しみなどが入り混じった気持ちを隠し、何とか普通に振舞おうとしているのです。何かのきっかけでちょっと感情が高ぶって、涙をこぼしたからと言って、「自己憐憫だ」という批判を受け入れなければならないのでしょうか?たとえば今の私がたまたま胃腸の具合が悪くなり、彼に「胃が痛い」等と言おうものなら、「本当にストレスに弱いんだから」などとまた批判が始まるのです。これでは、怖くて彼には本音を話せません。けれど、自宅でも本音を話せず、自分のパートナーの前でも明るく、幸せな振りを続けなければならない毎日って、何なんでしょう?私は自分の抱えている悩みや、ちょっとした愚痴を一体誰に話せばいいんでしょう?彼は挙句の果てに、「いつだって自分が『世界で一番かわいそうな人間、不当に扱われてばかりの無力な日本人』だと思っているんだから」と、暴言まで吐きます。これは彼の発言の中で、私がもっとも嫌いなものなのです。彼にしたり顔でこう言われると、本当に切れてしまいます。彼と知り合ってから、職を失うことになったのも、これで2度目です。前回の失業期間は、私にとっては本当につらい日々でした。が、その期間を私と共に過ごさなければならなかった彼にとっても、不快な日々だったとは思います。そのことで彼に責められても、言い返すことは出来ません。彼は多分、私を応援してくれているつもりなのでしょう。なるべく私の悪いところを見つけて、沢山批判をして、その部分を直させて、より良い仕事が見つかるように自分がサポートしなければ…というつもりなのだと思います。もしかしたら、私にやる気を出させるべく、わざと怒らせているのかもしれません。でも、彼なりの応援の仕方や、彼の過大な期待が私にとっては重荷になるということがわからないようです。職を失うということは、ただでさえ恥ずかしさが付きまとうものです。会社が倒産したとか、大規模なリストラをしたわけではない場合は余計です。私も今回の会社からの解雇宣言を非常に恥じて、親や友達にもまだ話せないでいます。さらに、今回は不動産を買うことに決めた直後の出来事なので、私は彼に対し罪悪感を持っています。だからこそ、今の契約が切れる前に必ず新しい仕事を見つけなければ!と決意しているのですが…。その前に、二人の関係が壊れてしまうんじゃないかと、今とっても不安です。
2006年03月08日
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一度無期限の契約書を提示され、その後で覆された時点で、私はこれは間接的な解雇通告ではないかと受け取りました。それ以来、最悪の事態を考えるようにしてきました。そのためか、実際に上司から契約が延長されないことを告げられた時は、結構冷静でした。他の研修生達のように、契約が切れる直前までじらされることなく、前もって分かったのは良かったとすら思っていました。が、やはりあとになって色々な感情がじわじわと押し寄せて来ました。悔しさやむなしさ、怒りなどなど。そして、気づきました。これから4ヶ月、この会社に通うのがいかに難しいかと言うことに。通勤時間片道1時間というのは、ドイツでは異常に長いといえるでしょう。仕事にやりがいを感じている時ですら、長く感じる時間です。それがモチベーションがなくなってしまったら…どんなに苦痛に感じるか、想像に難くないと思います。もうすぐ休暇なので、それまでは何とか休暇を楽しみに頑張れると思いますが、その後を考えると本当に憂鬱です。今までに異常に毎朝の葛藤が激しくなることでしょう。今日、1つだけ嬉しかったこと。高校卒業以来会っていなかった後輩に会えることになりました。彼と同い年の二次会幹事が彼に連絡を取ってくれ、私のパーティーのことを話したところ、二次会に来てくれることになったのです。1ヶ月くらい前に注文して、ずっと待っていたハネムーンの行き先のガイドブックもやっと届きました。ガイドブックを広げている間は、向こうへ行ったら何をしよう、何を食べようと楽しい想像が膨らみます。とりあえずはお披露目パーティーとその後のハネムーンを楽しみに、頑張ります。
2006年03月07日
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ここ数ヶ月、恐れていたことが現実になってしまいました。今の仕事の契約が、延長されないことを告げられたのです。元々、この会社で働くことになったのは、偶然によるものでした。日本の代理店から営業の人が研修に来ることになったものの、その方はドイツ語はおろか、英語もほとんど出来なかったのです。そのため、会社側は急いで通訳を見つける必要がありました。その年、私は失業中でした。その1ヶ月ほど前、私は家からかなり遠い派遣・紹介会社で面接を受けていました。そして、今の会社が通訳者の人材の問い合わせをした会社の中に、たまたまその派遣会社があったのでした。つまり、元々会社が探していたのは、1週間の研修の間の通訳でした。が、私は失業中だったため、労働許可証がありませんでした。しかし、外国人は派遣社員として働くことが出来ません。言い換えれば、派遣の仕事では、労働許可証が下りないのです。そこで、今勤めている会社と派遣会社とで話し合い、派遣として働くのではなく、今の会社が私を直接雇うということで話がまとまりました。会社側から提示された給料は、正直びっくりするような小額でした。が、それプラス交通費実費を出すと言います。それならば何とか納得のいく額になるということで、引き受けることにしました。交通費が出なければ、この仕事を引き受けることはなかったでしょう。こうして働き始めた私の最初の契約は、1ヶ月。研修と、そのあとに主なマテリアルの和訳をするという約束でした。が、やることが沢山あり、1ヶ月ではとても終わりそうもありません。その後、契約は3ヶ月近く延長されました。契約を延長するに当たっては、もう一度条件について話し合いをしました。交通費支給と言う条件があったからこそ、会社提示の額で納得したのに、実際に初めてのお給料を支給される段になってみたら、話が違っていたのです。始めに交通費を支給すると言ったのは、日本から研修を受けに来た人を送り迎えした分のみ、などと言い出したのです。さらに、会社が提示した新たな手取額は、私の失業保険よりも少ない額でした。つまり、何もしないで家にいるだけで毎月もらえるお金より、毎日会社に通って1日8時間働いてもらえる額が少ないのです。これではモチベーションも上がりません。家から会社までは片道65kmですから、その手取りからガソリン代や車の維持費を引くいたら、わざわざ遠くに通うメリットが全くないと思われました。そのことを話し、交通費の一部を会社から援助してもらうと言う条件で、契約を更新しました。それから私は、正式に日本担当としてその会社で勤めることになりました。新しい契約は、さらに1年に延びました。初めての日本出張も経験し、仕事にやりがいも感じていました。ただ、給与等の条件にはあまり満足していませんでしたが、これも正式に期限なしの契約となれば、改善されるものと思っていました。1年の契約を交わした時、次に契約が延長されれば、それが最後になると言われたのです。つまり、今度契約が延長されれば、この会社に無期限で勤める権利が生じるわけです。ドイツでは、この数年、失業率の高さが問題になっています。通常、6ヶ月の試用期間が終わると、正社員として採用されます。が、それと同時に無期雇用の権利がもらえるわけではなく、最近はまず1年や2年の期限付き契約をすることが多いようです。うちの会社も、ドイツ人とはまず2年契約を交わしているようでした。昨年の秋、最後の1年の契約が切れる3ヶ月半ほど前に、上司に打診をしました。こちらでは、もし契約が切れて失業する場合は、契約期間満了の3ヶ月前に失業者として登録をしなければならないからです。さらに、もしも契約が延長されないのであれば、新しい仕事を探し始めなければなりません。そのためにも、会社から色々な書類を貰う必要があります。ちょうど結婚式のために2週間を有給を取る直前でした。直属の上司と、社長が立て続けに私のデスクに来て、口頭で契約が無期限のものになることを告げられました。社長には「君がまた期限付きの契約だったとは知らなかったよ。君の働きには非常に満足しているし、喜んで無期限の契約書を出すよ」と言われました。その時、母親がもうドイツ入りしていたので、このニュースを伝えることが出来ました。母もとても喜んでくれ、その日の晩は、母と彼と3人でプロセッコで乾杯しました。私も「これでとりあえずまた失業する心配はなくなった」と胸をなでおろしました。その1ヵ月後、新しい契約書を提示されました。約束どおり、無期限になっています。が、「契約を無期限に変更します。それ以外の条件は今までの契約書通りとします」としか明記されていないのです。私は、無期限の契約書を交わす前には、当然また給与や待遇についての話し合いがもたれるものと思っていました。たとえば、私が始めにもらった契約書では、肩書きが「マーケティング部の臨時雇い」とあり、それはもう正しくありません。さらに、今までの給与額で一生務め続ける気はありませんでした。まだ契約社員だからこの額なのであって、正社員になればもう少し上げてもらえると、それを励みに働いてきたのです。そこで、「このままではサインできません」と断り、その理由を説明しました。それから1ヶ月近く、何の音沙汰もありませんでした。やっと新しい契約書を目にすることが出来たのは、契約が切れる少し前のことでした。そこには、「半年間契約を延長する」とありました。なんと、1度は無期限の契約書を提示しておきながら、それを引っ込めたのでした。もちろん、上司は理由を説明しましたが、とても納得のいく説明ではありませんでした。それから色々と考えて思い当たったのは、会社側は私が産休を取ることを恐れているのでは、という可能性でした。私は「結婚したらすぐに子供が欲しい」とも「必ず子供が欲しい」とも何も言った覚えはないのですが、女性の同僚達は常に「子供は急いだ方がいい」とか色々と言い続けていたのです。私は笑って聞き流していたのですが、式の後しばらくすると、「妊娠した?」とあからさまに聞いてくる人もいました。正直、思い当たる理由はそれくらいしかなく、私がこのまま妊娠しなければ、もしかしたら次の契約更新でまた無期限の契約がもらえるのでは、とちょっとだけ考えていました。ところが、そのわずかな希望も今日断ち切られたわけです。このまま新しい仕事が見つけられなければ、数ヵ月後にはまた失業者です。前回と少しだけ違うことは、有効な労働許可証があるということでしょうか。それでも、ドイツの状況が厳しいものであることには変わりありません。私の、そして彼の精神状態のためにも、早く新しい仕事を見つけなければ…。「春になったら何か新しい習い事でも始めようかな」と思っていたのが、「春になったら就職活動をしなければ」に変わってしまいました。1日も早く、良縁にめぐり合えますように!!
2006年03月06日
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喉が渇いたので、ベッドから出てキッチンへ水を取りに行きました。キッチンのラジオの時計を見ると、時刻は明け方4時30分。水のボトルを取ってきて、ベッドに戻ろうとしてふと見ると、彼が私のベッドに寝ています。さっきまで私が寝ていたのは、彼のベッド。ちょっと不思議に思いつつも、また眠ることにしました。その後、何度も目が覚めては水を飲んだりトイレに行ったりを繰り返しました。明らかに飲みすぎですが、意識ははっきりしています。で、気づいたこと。例の「メインテーマ」から朝4時半までの記憶が全くない!!のです。どうやって帰ってきたのかも、全く覚えていません…(汗)。靴とか服とかは床に転がっているけれど、お財布や携帯の入ったポシェットが見当たりません。考えるとぞっとするので、ひたすら何も考えずに眠るようにしていました。そのうち、お昼近くなって、彼が起きだしました。彼から色々話を聞かされるうちに、真っ青になる私…。友達の家を辞去する時にすでにへろへろで、すぐにへたり込む私をWさんが抱えて、彼が靴をはかせてくれたとか・・・(恥)。おまけに、私達がいつもと反対の場所に寝ているため、王子がどこで寝るべきが困っていたそうです。私と寝る時のように枕元に来たらしいのですが、散々旦那の匂いを嗅ぎまくった後、あきらめたようにベッドから降りて言ったとか…。結局、朝見たら私たち二人が寝ている脚の間に丸くなっていました。そんなに大迷惑をかけたんですね、私。本当に本当にごめんなさい、ダーリン(と王子)。そして、こんな私に愛想を尽かさないでいてくれて、感謝します。こういう時は二ノ宮知子氏の「平成酔っ払い研究所」を読むに限ります。世の中にはまだ上がいる、おバカなのは自分だけじゃない!と思わせてくれます。非常に後ろ向きで、むなしい慰めではありますが…。でも、今日の私は、活字を見るのも嫌で、ひたすらベッドでうだうだしていました。今日は本当はこの楽天ではやっている(?)肉まんを作ろうと張り切っていました。が、体調が悪く、ほとんど1日中ベッドにいた私。肉まんどころではありませんでした…。今度の週末こそ、絶対作ってみたいと思います。そして、絶対ジューシーな肉まんを堪能してやる~!!
2006年03月05日
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お友達のWさんがデュッセルドルフに引っ越してきました。Wさんと最後に会ったのは去年の忘年会。早速、「新年会」兼「歓迎会」兼「ひな祭り」をすることにしました。お店はWさんのリクエストで韓国レストラン。メンバーは3人でしたが、その中の誰も1日朝からまともな食事をしていなかったので、思う存分頼みました。まず、ユッケジャンにユッケ、ちぢみの前菜。それから、カルビや牛タンなどの焼肉を食べました。私以外の2人は、その後石焼ビビンバまで平らげていました。みんなおなかいっぱい、大満足!その後、Wさんの新居を見せていただくことに。以前のアパートは1度しか上がったことがありませんでした。Wさんは掃除嫌いで、散らかし上手らしいのです。とても人をあげられる状態ではないと、ずっと中に入れてもらったことがなかったのです。が、一時お掃除に人を雇っていたことがあり、その人が来ていた時期に1度だけ中に入らせてもらったのです。今回は、引っ越したばかりで、まだ散らかしていないという事で、アパートを見せてもらえることになりました。本人いわく「これがあとどれくらい続くか見もの」らしいですが。もちろん、私たちがお客様第一号です♪彼のCDコレクションを見せてもらったら、その中に同じようなCDが沢山ありました。が、よく見ると、81とか83とか、数字が違うんです。それは、その年にヒットした曲ばかりを集めた2枚組のCDだったのです。タイトルリストを見ると、懐かしいものばかり!自分が学生だった頃にはやった色々な曲名を見ているうちに、楽しかったことを色々思い出しました。Wさんと「懐かしいね!」と盛り上がっているうちに、お酒もどんどん進み…。結果、少々飲み過ぎてしまいました。一緒に薬師丸ひろ子の「メインテーマ」を歌ったところまでは覚えているんですが、その後の記憶がありませ~ん!!うれしくて、ちょっとはしゃぎすぎてしまったようです。ああ、恥ずかしい…。久しぶりに会う友達と懐かしい曲には注意!です。
2006年03月04日
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事の始まりは、国際結婚サークルのYさんからのメールでした。私たちのサークルには、メンバー全員にメールが届くメーリングリスト用のアドレスがあります。そのアドレス宛に今朝、メールが届いたのです。読んでみると、そのメールはメンバーの一人であるAさんに宛てたメールでした。どうやら、Yさんはうっかり個人的なメールをメーリングリストのアドレスで送信してしまったよう。内容は、出産祝いのプレゼントのお礼と、今週末うちに遊びに来ませんか?というお誘いでした。そして、別のメンバーのMさんにも遊びに来るように声をかけるつもりと書いてありました。それを見た瞬間、私はかなりショックを受け、同時に寂しさを感じました。私は始めのうち、サークルのメンバーにお祝い事などがあった場合、みんなで話し合ってプレゼントをしたりするのだろうなと思っていました。が、サークル内で初めてメンバーが入籍したとき、特に誰も何も言い出しませんでした。よくよく考えてみたら、サークルの性質上、常にメンバーが籍を入れたり、式を挙げたり、妊娠したり、出産したりしています。そのたびにお祝いをするのはやっぱり大変だから、お互い様ということで何もしない方が良いのかもしれないと、一人納得していました。実際、私たちが入籍した時も特に何もありませんでしたし、挙式・披露宴の時も同じです。私たちも、披露宴にサークルのメンバーを招待するならば全員招待するべきだろうと思っていましたので、メンバーの誰も招待しませんでした。こじんまりした披露宴だったので、沢山人をよべるスペースがなかったのです。先月、Yさんは出産後、メンバーの中でも仲の良い私たちに「赤ちゃんが生まれました」と写真つきのメールを送ってくれました。彼女とは特に気も合うし、正直個人的にお祝いをあげたいなと思いました。でも、他のメンバーに抜け駆けしたとか変に思われるのも嫌だったので、カードだけ送ることにしました。カードくらいなら波風も立たないだろうし、かといって育児で忙しくてインターネットもできないだろうから、電子カードではすぐに見てもらえないかもしれないし、と考えたのです。もちろん、Yさんから特にお礼の言葉を期待していたわけではありません。生まれたばかりの赤ちゃんを抱えて、メールや電話なんてしている暇がないのは良くわかっています。ただお祝いの気持ちを伝えたかったので、カードを送ったのです。が、今朝Yさんが間違って送信したメールには、Aさんからのプレゼントのお礼が書いてあったのです。それを見て、考えたことが2つ。Aさんはいつもみんなにお祝いを上げたりしていたの?もしくは、他の人もメンバーに何かあったら、個人的にお祝いをあげていたの?ということ。それと、Yさんは私のカードに対しては何も言ってくれなかったのに、プレゼントにはお礼を言っている。やはりカードだけでは気持ちが伝わらなかったの?ということ。そういうと、今月のオフ会は金曜日の午後早い時間に開催されます。サークルには働いているメンバーがいるにもかかわらず、です。それを見たとき、はっきり言って良い気持ちはしませんでした。初めから来られない人がわかっている曜日・時間帯にするということに抵抗を感じたのです。幹事から指定された日程にたまたま用事があって出席できないというのとはわけが違います。幹事に意見をしようかと思いましたが、働いているメンバーは実際、少数派です。近頃、サークル内には専業主婦で、小さな子供がいるメンバーが増えているのです。そういうメンバーにとっては、平日の昼間の方が集まりやすいのでしょう。さらに、他の働いているメンバーの反応を見ても、特に何も違和感を感じていないようなのです。それならば、私一人が騒いで、そのために日時を変えることになるのも気が引けます。被害妄想が入っているかもしれないとわかっています。でも、どうしてもショックだったので、疑心暗鬼になってしまうのです。自分がサークル内で仲間はずれになっているような気がしてきてしまって、今日はかなり落ち込んでいます。
2006年03月03日
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今回のサッカーワールドカップは、ドイツで開催されます。このところ、当地ではワールドカップ熱が上がってきました。オリンピックが終わったからかと思っていましたが、開催まであと100日を切ったんだそうです。皆さん、今日から99日後にワールドカップ開催ですよ~。チケット争奪戦も第4次発売が終わって、一段落したようですね。今回のFIFAの不手際には色々言いたいこともありますが、ひとまずそれは置いておいて。今、あちこちで「抽選でワールドカップのチケットが当たる!」とキャンペーンをやっています。それはそれは色々な種類のお店・チェーンで行われています。さらに、おそらくは世界中の色々な国でも同じように行われているのですよね。一体、企業向けのチケットって、どれくらい用意されているのでしょうか?しかも、私の周りではそういうチケットを手に入れたと人を見たことも聞いたこともありません。本当に当たっている人、いるんでしょうか???そういう私も、キャンペーンに最後の望みをかけています。私が利用しているガソリンスタンドのチェーンが、ご多分に漏れずキャンペーン中だからです。私は長距離車通勤者なので、4日に一度はガソリンを満タンにします。そうすると、1度に数枚カードがもらえるのです。このカードには、1枚に付き1着サッカーのユニフォームが書かれていて、その背番号が揃えば、チケットが2枚もらえる、もしくはトレーナーのユニフォームが出たら、それだけで当たりというもの。と言っても、背番号すべてを揃えなければならないわけではなく、カードを貼る台紙には既に何着かユニフォームが印刷されていて、実際に必要なのは5着だけなのです。初めてこのカードを手に入れた日、私は4枚貰いました。これがなんと、4枚とも違う数字で、あと最後の1枚、「背番号1」だけ手に入れれば、もうチケットがもらえるという状態だったのです!!「私ってもしかしてすごい強運の持ち主?」と一人で盛り上がりました。ガソリンスタンドはしょっちゅう利用するので、あと1枚を揃えるのはそれほど難しくないと思われました。が、その後何度も給油しましたが、貰うカードはいつも同じ数字ばかり!!私が利用するスタンドにはこの4種類の数字のカードしかないのかと思うくらい。どうやら、背番号1とトレーナーのユニフォームは超プレミアのようです。それはそうですよね。ドイツで何万軒とあるだろうガソリンスタンドの中から、1000人しか当たらないんですから…。でも、まだあきらめ切れない私なのでした。チケットと言えば、あるところにはあるのですよね。日本企業には、「VIP席で観覧するためのチケットを買いませんか?」というお知らせがまわってくるそうです。あの、ガラス張りの部屋で、シャンパンなど飲みながら試合を楽しむやつです。要は、とっても大事な得意先の接待用ですね。何十万とするらしいですが、結構売れるみたいです。それから、こんなこともありました。デュッセルドルフには、当然日本人クラブのようなものがあるのですが、ワールドカップ前にある日本対ドイツの練習試合のチケットをなぜかここが販売(配布だったかも)したそうなのです。しかも、販売は平日の朝10時からとか、そんな時間でした。結構朝早くから行列が出来ていたらしいですが、販売開始前から並んでいた人の中にも、チケットを手に入れられなかった人がかなりいたとか。このチケット、購入する際に枚数制限も何もなかったそうなんです。つまり、会社によっては、代表者を一人送り込んで、その会社で欲しい人全員の分のチケットを買ってきてもらうということが出来たんです。なんと、一人で50枚注文した人もいたんですって!一人が買える枚数を制限するとか、代表者(代理人)が買えるのは自分の家族の分だけとか、何かしらの制限をするべきだったのでは、と思います。今回、ドイツで開催されることになりましたが、私のところには日本にいる友人・知人から「チケットを取って欲しい」とか「ワールドカップを見に行くから泊めて欲しい」というようなお願いは一切ありませんでした。人によっては、何年も会っていない遠い親戚からチケットをとってと頼まれたり、結構大変なようです。キャンペーンのチケットは当たらないけど、そういう意味では、私はラッキーと言えるのかしら…。
2006年03月02日
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今日もドイツは朝から雪が降っていました。夜中から降っていたのか、既に少し積もってます。これで雪は4日連続・・・。一体春はどこへ???この頃ちょっと落ち込み気味で、お見苦しいブログを書いていた私ですが、今日は少し気分が上向きになりました。きっかけは、自分でも笑ってしまうくらい、本当に些細な出来事。出勤途中、信号待ちをしていたら、対向車線からおんなじ車が走ってきました。色も全く同じ、VWニュービートルです。私が気づくか気づかないかのうちにドライバーがまずパッシングで合図をし、その後本当に嬉しそうに手を振ってくれたんです。ドイツへ引っ越してきてから、「カエル仲間」が挨拶をしてくれたのは初めてじゃないかな?本当にそれだけで、ふさぎこんでいた気分がぱあっと明るくなったのでした。まだまだ完全復活ではないですが、大分マシになってきました。色々励ましくださり、アドバイスをしてくださった皆さん、ありがとうございました!+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++いよいよ一時帰国の日も近づいてきました。つまり、結婚お披露目パーティーの日ももうすぐということ。この頃はその関係で、日本から色々なメールがたくさん来ます。元々、このパーティーはドイツでの結婚式・披露宴に来ることが出来なかった日本の友人達のために計画したものです。が、1年に1度しか日本に帰らない私、毎回会える人は本当に限られています。今回のパーティーを開くにあたっても、何年も会っていない人に招待状を送るのは失礼だと思い、遠慮していました。が、準備を進めるうちに、会いたい人がたくさん出てきました。ありがたいことに、二次会だけでも呼んで欲しいと言っている人がいるという話も伝わってきました。当初、二次会は一次会に来てくださった人の中で、行ける人だけで当日に適当なところへ行けばいいと思っていたのですが、そうも言っていられなくなってきました。結局、こういう機会でもなければみんなに会えないし、この際同窓会だと思って来てもらえればと思い、二次会にはなるべく沢山の知り合いに声を書けることにしました。それで、出席が分かっている友達にも「会いたい人(声をかけて欲しい人)がいたら知らせて」とメールを送りました。それが友達から友達へと伝わるうちに、「よびたい人を誰でもよんでもいいんだって?」と変化していました…。でも、何かきっかけがなければ、なかなか会えない人たちばかり。普通に「飲み会やろう!」と言ったとしたら、仕事やら家族サービスを理由に断る人が多いのでは・・・。きっと、二次会に来てくれる人達も、懐かしい顔を見つけて喜んでくれると思っています。私自身も、高校卒業以来会っていない人や、別の友人の披露宴依頼会っていない人など、お久しぶりの人がた~くさんいます。みんながどんな30代になっているか楽しみ!です。
2006年03月01日
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