全133件 (133件中 1-50件目)

先週末から 今年もいよいよ本格的に雪が降りました。庭一面真っ白です。 雪、やっぱり明るい気分で喜べない。 子供のころは寒さ冷たさ関係なくね、大喜びで弟と外へ飛び出して、自然に集まる近所の友達と雪まみれで遊んだっけ。 そんな事を考えてたら急に自分がどこにも戻れないような、 あてもなくさすらう一人ぼっちの旅人のような気がしてきて、 ポツン、としてしまった。 玄関先にて佇み庭の雪景色を和服で眺める私は、『は~これがいよいよ中年の哀愁ってヤツなんか~』なんて人事みたいに思ってて。 涙がポロリ。 そしたらバン!!!と玄関の扉が開き弾丸のごとく飛び出してきた我が息子たち。 帽子、長靴、スキーウェア、完全防備。 マジ元気やな、コイツら・・ ほんでなぜか 気付いたら、 私もスキーウェア着とるし・・・ 中年女の哀愁はどこへやら。 夕方まで雪合戦と雪だるま&かまくら作りに勤しみましたとさ。
2008/02/18
コメント(2)
昨日とうとう雪が降った。 今年も景色が白く染まる時。 あたしはちゃんとしてられる?
2007/11/22
コメント(2)
庭に柿の木があって、毎年甘くてたくさんの実をつけてた。ボスと子供、みんなでもいではズボンでゴシゴシ・・服の袖でゴシゴシ・・皮ごとペロリ してたもんです。 今年は初めて実がつかず・・ ココロがどんよりしています。 初めてなんです、実が成らないの。 去年のアメシロの影響だとか柿の木の周期だとかみんな優しく原因を追究してくれてます。 みんな、私が柿を食べたかったからガッカリしてるんじゃないって事、ちゃんと知ってるんだ。ありがたい。 ありがとう。 秋の風はそろそろ本格的に冷たくなってそれでも私は夕暮れ時、ウッドデッキに腰を下ろし柿の木とポプラの木と空と雲を毎日眺めます。 雨の日でも軒下に出てやはり見つめます。 季節の風の匂いを感じたり雲の流れを追ったり空と雲のコントラストに驚いたり葉と葉の擦れる音に耳を傾けたり雉の親子の会話を盗み聞きしたりね。 ボスと私そんな事をして毎日暮らしてた。 いつも手を握ってホッペにキスをして肩にもたれかかってね。 そんな時間がとっても好きだった。 贅沢で温かい時間だった。 私が今でも毎日庭に出るのはきっとまだあの時間を懐かしんでるのかもしれないし小さくてもどこかにあの時間を探してしまっているのかもしれない。 柿の木が実をつけなかった今年の秋。私の傍らからボスが消えたようにわたしの思い出の写真からまた一つ大事なパーツが消えた気がしてまたポツンとしてしまう自分がいます。 毎年私の写真から大事なパーツが一つずつ消えたとしたら最後には何が残るんだろう。 空? 雲? 風? それとも私? 『ママ~風邪ひくからもう中、入らんと~』 いつも子供たちが優しく現実に引き戻してくれる。 鳥になれたら、なんて考えてた私は風になれたら、なんて考えてた私は可愛い声に目覚めさせられ、人間の母親に戻ってやっぱり笑っている、今日も明日も。 やっぱりありがとうしかない。 カラスがお家へ帰る時間には私もお家に帰ります。
2007/10/16
コメント(1)
幸せだった思い出はなんでこんなにも辛いんだろう。 失った時間をなんとか戻したくてボスを失って数日、あたしの頭は考えた。 あの頃のままでいよう。ボスといたあの頃のままの あたしの優しさであたしの明るさであたしの強さであたしの馬鹿さであたしの余裕であの頃と変わらない笑顔でいようと。 そしたらボスといたあの頃と同じようにきっと緩やかで穏かで温かな時間がまた戻って来るって信じてた。だからそう決めて生きて来たんだった。 でも時間は戻らない。当たり前。 なんでこんなにも簡単な事に気がつかなかったんだろう。 ボスはもう戻らない。2人の時間も戻らない。 そしてボスを失っても変わらず笑顔で生き続けられるほど、あたしは強くなかった。 最近病院で健康状態が良くないと診断され、あたしは時間の有限を再び感じた。 人は死ぬ。誰でも絶対に。 あたしは何のために意地を張ってココロの糸を張り詰めて無理に笑ってきたんだろう。無理に許してきたんだろう。 無理に我慢してきたんだろう。 もっと泣けば良かった。 もっと叫べば良かった。 もっと縋りついてもっと罵ってもっと狂ってもっと悔やめば良かった。 時間の流れの中で当たり前にして来て良かったことをあたしは何一つ消化していない。 今さらになってココロの糸が一本一本ほつれ出し切れ始める。 もっと人間でいて良かったんだ。 もっと人間でいれば良かった。 幸せな思い出がよぎるたび、ココロの糸がまたプツッと切れる。 視界が歪むたびあたしは笑えなくなる。 あたしのココロとカラダ、 もっと強くなれ。
2007/09/26
コメント(2)
何故かほぼ飲んだくれの一週間。寝ても醒めても所在のない胸騒ぎと強烈な孤独感にさいなまれ、浴びるように飲み続けていました。 最近の私にはちょっと見られなかった事。 日曜に子供と打ちっぱなし行って久々に外食してお布団の上でみんなでふざけあいながらマッタリ~ゴロゴロ~なんてしててハッと気づいたこと。 私子供たちと過ごす時間、最近激減してた~って事。 仕事にばっかりかまけててなんだかちゃんと時間を共有してなかった。 ふと見れば彼、彼女たちの体は私の中のあの子たちよりグンと大きくなってる。 長女の目線は私と変わらない高さにある。指は白く細くしなやかに伸び艶をたたえた髪をかき上げる。鼻にはポツポツとにきびのような赤みがあり、私のジーパンを穿いている。 (太さは違うのでベルトでかなり締め上げていますが) 長男は足をくらべっこすると私より数ミリ指がはみ出しているしTシャツから伸びたよく日に焼けた腕は労働者のような筋肉が得意げに隆々と表れている。いつしか髭になるだろう口回りの産毛は幾分、濃く太く増えたようだ。 私が仕事にかまけてあの子たちと時間を共有出来なかった。 反省・・・ でもそうしているうちにもあの子たちの成長は止まらない。 体だけじゃなく心も成長しまたそれぞれのコミュニティーも成長し増幅している。 あの子たちにも気付かぬうちに自分達のワールドが存在し始めている。 その中で私が占める割合はきっと日増しに減っていくんだろうな。 そんな寂しさを無意識に感じていたのかもしれなかった。 もうすぐ誕生日。私の33年目の人生が少しでも子供たちと長く時間を共有出来ればいいなと願っています。
2007/06/26
コメント(2)
ボス・・ 会いたいよ。 庭に咲いてたマーガレット。 ボスに見せたくて、 みんなで摘んだよ。 見える? アナタ、ドコニイル?
2007/06/08
コメント(0)
5月15日。 おめでとう、あなた。 あなたが生きていればね、 もういくつになってしまったと、 苦笑いしながら真夜中に二人でワイングラスでも傾けているんでしょうか。 あなたのお誕生日に初めて私がチーズケーキを作った時。 私よりとっても長生きしているはずのあなたが 『こんなに心のこもったお祝い初めてや』 と、薄ら涙を浮かべ、言いました。 私は大きかったあなたが 急に 臆病で、小さな小さな少年に思えて、 嬉しさと寂しさと切なさとで胸がつぶれてしまいそうになり、あなたを包み込むように抱きしめながら、 この先あなたを微力な私の全力で守っていこうと思ったものです。 あたふたとつまらない日常に追われ私は今年、あなたのお誕生日に心を全て傾ける事が出来ませんでした。 ごめんね。 だけれども、あなたを微塵も忘れたわけではないし、 むしろさらに私の中にあなたは色濃く根付いて、残っています。 それは涙を流したり 形式的にお供えをしたりという事ではなく、 私の 考え方や生き方に、いつの間にかあなたは浸透していて、 私の眼、 私の耳、 私の唇、 私の鼻、 私の肌で 感じるもの全てが あなたを通して感じているし、 私の心は いつの間にやら あなたのように 純粋に信念を持ったようです。 それはあなたのように 孤独で辛く長い道のりの始まりなのかもしれないけれど、 私はそれをやめようとはこれっぽっちも思わないし、 この感覚を私のものとできたことを光栄だと思い、あなたとの辛い別れを踏まえてでも、 それでもやっぱりあなたと出会い、あなたと時間を過ごし、あなたに愛された事、 今でも感謝しています。 ありがとう、ボス。 生まれてくれて、 本当にありがとう。 そして おめでとう。 あなたへ続くために 私は 何度でも起き上がり、 這い上がり、 あなたが信じたように 人間を信じ、自分を信じ、可能性を信じ、希望を信じて 生きてみます。 だから、 何処かで見ていて下さい。 私の道が 孤独で長く果てしない道が、 いつか必ず、 あなたの元へたどり着くまで・・・ そしていつか抱きしめてください。 よく来たね、って。
2007/05/16
コメント(2)

ここ一ヶ月近くは、一日一日がバタバタとめまぐるしくてブログ更新も儘ならず、色んな方々にご心配いただきました。ありがとうございます。 4月はスタッフのお誕生日やらもう一店舗出店の準備やら開店後の雑務やらその間に久しぶりの高熱と胃痙攣。あっという間に連休がやってきたと思ったら、例年のごとく無駄に広い庭の草刈り&花たちの植え替えやお世話。 気付いたら今日はもう 5月7日!! いつから5月になってたの・・・? でも忙しいほうが私には向いてるのかもしれない。 ただ走ってる時の方が何にも考えなくていいから。 今は中年太り真っ盛りになった私も昔はそこそこ走るの早かったんです。だから運動会が大好きだった。とは言え、走るのが好きだったかと言われると???なんです。スタート前の大か小かは分からないけどトイレに駆け込みたいようなあのなんとも言えない、緊張感は今思い出しても心地よいものではないです。 でもスタートのピストルの『バン』って音を耳にした瞬間から私の足、体全部が力いっぱい動き出してた。 そう、まるで今の私のように。 むやみに何も考えない。必要以上のことは考えられない。 ただ走るだけ。 考えない代わりにめいいっぱい感じてた。 競争相手のスピード、位置、それに風や匂い日差し。 体で感じて体で反応してただけの私。 見てるのは真っ直ぐ目の前にピンと張られたゴールのテープだけ。 ただひたすらに前だけを見て走っていたものです。 テープを切ってから初めて、一斉に歓声が耳に流れ込んで来て、その時にやっと『あー終わったんだ』と気付いたものでした。 今の私はきっとそうして走り続けて感じて生きる事が合ってるのかもしれない。 今日から連休明けのお仕事が始まります。 若葉の5月のスタートのピストルの音を胸に聞きながら心新たに始動です。
2007/05/07
コメント(1)

とにかく!!!!!!!!!!!! 先週はあっという間の一週間でした。 (日記をあまりにも更新しなかった為、ご心配のメール、メッセージをくれた方、本当にすいません。今ここでお詫び&言い訳させて下さい。) 月曜。 不死身のあたくしが数年ぶりに40℃近い高熱を出しまして。 病院大ッ嫌いのあたくしがそれでも仕方なく午前中に鄙びた開業医を訪れたのは、ウチのお店のメインキャストのカワイコちゃんのお誕生日が明日に迫っていたからで。 点滴&投薬でなんとか凌いだ月曜日。 火曜。 いよいよカワイコちゃんのお誕生日。熱は下がらずでしたがなんてったってあたくしが超可愛がってるカワイコちゃんのメインイベント。 お客様にも気持ちよく帰っていただかなくてはならないんです。 飲む。しゃべる。スタッフをまわす。伝票チェック。 んで、また飲む。帰ったら39.2℃。あ~熱いと思った♪ 幻覚を見ながらそうして過ぎた火曜日。 水曜。 少々お誕生日の流れのある一日。 喉が痛い、けど笑顔 前の週、カワイコちゃんと約束したの、いつも笑顔でいようねって。 だから笑顔で過ごした水曜日。 木曜。 もう一店舗のオープン日!! あーあんなに楽しみにしてたのにこの日は自分の浅はかさを知りました。 過信してた、自分の健康と体力。笑顔で終えたけれどね、マジ、昇天寸前・・・きっと頭から湯気上がってたし。 金曜。 もう一店舗へお客様&一番の親友夫婦&元ダンナさん(なんで?)&スタッフたちと向かい朝まで・・・ 踊れや歌えやの大騒ぎ。 あたくし、 正直 『もう死ぬかも』 って思いました。 そんなマラカスナイトの金曜日。 土曜日。 ヒマ~ ヒマ~~ ヒマ~~~ で、ついに胃が久しぶりにぶっ壊れました。 飲めないどころかもう一店舗へアフターも行けず マグマのように噴火の瞬間を今か今かとてぐすね引いている胃液さん、時に、狂ったように激しくラテン系のダンスをする胃袋さんと格闘しながら帰宅した土曜日。 そ~んな一週間でしたので、なかなか更新&ご連絡できず皆様にご心配かけすいませんでした。 取り急ぎ今日はご報告まで。 詳しい近況はまた一つ一つ愚痴りに参りますので とりあえず、あたしは元気です。 ~p.s.~ ブドウ糖、ありがとう。結局飲まなかったけど、前日の私の状態を見て、心配してすぐ届けてくれた気持ちがとっても嬉しかったです。 その優しさが自分を辛くさせる時も多いんだろうけど、私はそんなあなただから、やっぱり素敵なんだ、と、思ったよ。 本当にありがとう。
2007/04/24
コメント(4)
あなたに無性に会いたくなる夜があります。 あなたがいなくなって コレだけ月日が経ってしまってあなたに関係ない、色んなことに毎日悩むようになった私は 少しずつあなたから離れて生活をしている気になってたけど やっぱり少しも離れていないのだと思います。 月が綺麗な夜 一緒に光を浴びたいし 桜が綺麗な夜 一緒に花びらを拾って歩きたいし 子どもの寝息が愛おしい夜 子どもらの頬をやさしく撫でて 微笑み合いたい。 そう思うと全ての夜があなたといる気になるのです。 いつかあなたに会えるのかな・・? いつかどこかで。 会えたらいいな。 会えるかな。 私はやっぱり幸せなのかもしれない。 もうあなたのぬくもりは感じることはないけれど。 あなたに無性に会いたくなる夜があります。 誰にもあなたの代わりは出来ないから、私は誰にも甘えないで、 月の光を浴びて桜の花びらを纏った気になって子どもらの布団にもぐりこみあなたの思い出と共に あなたの思い出に甘えて 眠ります。 おやすみなさい。
2007/04/09
コメント(6)

今日、出勤する前の車の中。 とっても月が綺麗な夜でした。 4月の花冷えのせいか夜になると空気が澄んで、星の瞬きまではっきり見えて。 ふと、ボスの事を思いました。 出勤途中には必ず、踏み切り越しにボスが居た病院が見えます。 踏切が開くのを待ちながら、 『この道を何度通っただろう・・』 本当にふと、思い出して気付けば視界が涙でぼやけて危うく事故りそうになりました。 車中聞いていたCD(お客さんがランダムに落としてくれたもの)から流れていた曲がふと止まりました。 ♪背中に温かな鼓動を・・ ここで曲は何故か不思議なことに止まってしまいました。 なんだか涙が滝のように流れて私は声を上げて車中で泣きました。何もかもが張り裂けそうでした。ハンドルに顔を突っ伏して今思えばよく運転できたな、と不思議なくらい。 その時、歌が再び始まりました。 感じてた 『背中に温かな鼓動を 感じてた』 歌詞通り、背中に感じてしまいました。温かなものを。 私のすぐ後ろに息づいている何かを。 本当に温かいものを。 今日も頑張ったね今日も頑張るよ 人に優しくしようね温かにいようね 前向いているからね心配しないでね 私はアクセルをふかし涙を流しながら涙を拭いながら、をくり返し、そうして少しずつ、涙の後を残さないように お店へ向かいました。 夜の街。 私のもう一つの一日の始まり。 月が本当に綺麗な夜でした。
2007/04/03
コメント(3)

私の大親友がこのブログのタイトルを作ってくれました。 春ですから少々イメチェン 私の想いにピッタリです。 ありがとね
2007/04/03
コメント(1)

今日は私の大切な人の、大切な人のお誕生日でした。 分かりにくいかな? まぁ、 私の大切なお友達が一番幸せを願っているお友達のお誕生日だったわけで。 (これ以上分かりやすい説明は私の脳ミソでは出来かねます。) 私のお友達は会えないお友達のために毎年お誕生日を祝います。 それは儀式ではなくて、会えないお友達がこの世に生を受けてくれたことへの感謝なのかもしれないし、会えないお友達へのエール。 『生まれてきてくれてありがとう』 『生きててくれてありがとう』 『これからも頑張って』 『そばにいてお祝いできなくてごめんね』 彼女にはそんな気持ちしかないんです。 彼女はお友達のお誕生日を傍でお祝いできない自分を責めているかもしれない。 でも、こんな純粋で一途なお祝いって無い!と私は思います。 決して責めて欲しくないです。 不器用な彼女だからこそ、何気ない一日を過ごしているフリをしながらも、今日一日、ハッピーバースデイを心が叫んでたはずです。 そんな彼女を横目で見ながら私は言葉一つかけられませんでした。 これまた不器用な自分を只今反省中です。 彼女のお友達、幸せになってね。 それに、今日、心のうちをひた隠しにして一日を過ごした私の妹へ。 胸張っていいよ。あなた、充分頑張って毎日生きてるから。 少しずつでも前に進んでるから。 責めないで隠さないで堂々と生きていいからね。 二人へ 心から happy birthday!!!
2007/04/02
コメント(1)

今日は子ども達とホント~に久しぶりにアップルパイを作りました。 見た目は・・・ですけどお味のほうはなかなか 夕食後に頂きました♪ ボスにもお裾分けしました 味わってくれたかな? でも、アップルパイってカロリー凄そう・・・ 砂糖もバターもメッチャ使ったもんね・・・ おまけに二つも食べちゃったもんね・・・ 体重計さん、 しばらくはあなたとお会いすることないでしょうね・・・
2007/04/02
コメント(2)

今までたくさんの恋をして色んな結びつきがあって色んな別れがあったけれど 出会いも 過ごした時間の重さも 別れの痛みも あなたとの全てが 私の人生で 最上級。 なんで あたしを置いて 逝っちゃったのかな・・? あたしはあなたが全てだったのにな。 あなたといたから『生きててよかった』と初めて思った。 いつもなにかに意味を探してたあたしは 自然と意味を求めなくなって ただただこの寝顔がずっとそばにあればいいと 時間が止まってしまえばいいと 寝ているあなたの頬を起こさないように そっと撫でながら そればっかりを考えてた。 しがらみが多すぎる あなたとあたしの間だけには 意味がいらなかった。 ただ そばにいれるだけで 本当に それだけで 幸せだったのにな。 でも 時間は止まらなくて 時間は流れてて。 なんで 神様は あなたを連れてっちゃったんだろね。
2007/03/31
コメント(2)

今日、お店にまたTがやってきた。 かなり酔っていたようだ。 酔った勢いなのだろうか、また、私に同じ話を蒸し返す。 『ボスの息子たちと上手に付き合う必要はない』と。『家賃払ってまで、今の家に住む必要はない』と。 そして『女のお前が意地とカンパで生きる必要はない』と。 前回のように『一番の裏切り者のあなたにそんなこと言われたくない』などと私は腹立たしい思いをすることはなかったが、反面、無性に悲しくなった。 もちろん営業時間帯であったから涙を流したり、悲壮感を湛えた面持ちで対応することはなく満面の笑みで対応したが、やはり、無性に悲しかった。 時は動いている。そう感じてしまった。 あんなに身なりに気を使い、見栄を張ってでも格好をつけていたT。 今日目の前に居たのは、白髪交じりのボサボサな髪型に作業服。目の下には深い隈を作っていたただの四十半ばを過ぎた中年男。 哀れだ、と思った。 この男もこの男の家族も哀れで仕方なかった。 人を裏切ってでも自分の人生を守った男の末路が目の前に、ただ、あった。 誰のためでもなく、あざ笑うわけでもなく、ただ私は『悲しい』と思った。 人間の一生とはなんなのだろう。 人間の人生とはなんなのだろう。 一回きりの人生の中で本当に守らなければならないものは実は非常に微々たるものなのかもしれない。 そんな微々たるものをそれぞれが死守している。 それがその何気ない一生懸命さが私には愛おしく素晴らしく思える。 私にも少なくとも死守するものがある。 それは他人にとったら取るに足らないものなのかもしれない。 でも私には、私が生きて行くには、どうしても必要なものたち。 私の生きる糧。 私の家族。 見栄も言い訳も綺麗ごとも絶対に踏み込ませない私の自信。 私の プライド。 今流ではない私の生き方。 意地とカンパで守る私の強がりなのかもしれないが。 そこには誰の価値観も必要ない、 私の生き方が 存在する。 Tを許せた私。 それは、哀れむ想い以外の何者でもない。 自分が生きてるんじゃない、生かされているんだということに、Tが早く気付いてくれることを願って止まない。 そして私は死守すべきもののためまた、自分のために『意地とカンパ』で生き続けていこうと思った。 真実一路。 私の人生のテーマ。
2007/03/29
コメント(4)
21日。友人と陶板浴の帰りにボスのお墓参りをした。 まだ誰も訪れた気配は無く、私はいつもより奮発して買ったたくさんの花たちを墓前に供え、蝋燭と線香に火を灯し静かに手を合わせた。 ボスは花が好きだったから仏花だけではなくカサブランカやカーネーションなどを織り交ぜ色とりどり鮮やかに飾った。 友人が『ボス、こいつ頑張っとるよ』と、呟くように墓に語りかけた。 瞬間、風が吹いて花たちを揺らした。 私はいつもより少し、力強い足取りで墓を後にした。 ボス、見ててね。私、負けないから。
2007/03/23
コメント(5)

お客様の接客を続けながらも心の中では奥のボックスが気になって仕方がなかった。 『今さら何をしに来たのだろう』 火照るような心の熱を感じた私は、営業中である事もあり冷静さを取り戻そう必死だった。 『何も言うまい』 そう思った。今さら恨み節を言ったところでどうにもならないのは分かっていた。それをしたところでボスの無念が晴れるわけでもないし、私の心のわだかまりが解けるわけでもない。ましてやTという人間が悔い改めさめざめと涙するだろうはずもない。たとえそうされてもまた、何も変わらないのは同じだった。 今さら私がTに何を話しても訴えても誰にとっても何の意味ももたない事を自分自身に言い聞かせ火照がおさまったのを見計らい私はTたちが陣取る奥のボックスへとゆっくり足を運んだ。 『いらっしゃいませ』 私は言った。Tは悪びれずに『おう、元気にしとったか?』と言った。 私は言葉なく笑顔のみで答えた。席に着き私は早々にまた事務的に自分のグラスの用意をした。 まだ一言も発していなかった。何を話していいか分からなかったのが一番だったがあえて居心地の悪い沈黙を作るためでもあった。 無言の抵抗とでもいうのか、私は私の思いをそういう形でTに示していたのかもしれない。私らしくない行為だと思うが今さら何をどう弁解されても受け入れるつもりはないという小さなアピールのつもりだった。 Tは程なく自分の身の上話を始めた。 ボスを裏切り飛んだ自分のこれまでの身の上。 あの後、どんな風に自分が生きてきてどんな思いで暮らしてきたか。私は極力相槌だけで応えるよう心がけた。Tの生き方を批判や否定をする言葉を一言でも私が発したら 私が負け、そう思った。 今まで心に押し込めてきた想いが一気に噴出す事は明らかだったからだ。私はそんな無意味で惨めな事をこの店内で味わいたくはなかった。否定はしない、でも決して肯定もしない、というスタンスでいるべきだと思ったのだ。 Tはそんな私の思いに気付くはずもなく、さらに自分の身の上を身振り手振り、ヘタなジョークを盛り込み口角泡を飛ばし続けた。 もしかしたらさして反応のない私の対応を理解か同情を得られたのだと勘違いしていたのかもしれなかった。Tはそれぐらい楽天的な男なのだ。 気付けば営業時間も終わりに近づいていた。 私にはどの話も理解など出来ない話ばかりだった。 自分がどれだけ辛かったか今もその状況は続いており、それでも頑張って生きている、と言った、ともすれば美談にでもなりうるような話であった。 私は疲れた。ほとんど相槌を打つだけだったが心が疲れた。 自分の努力ばかりを美しく話すばかりで感謝、あるいは謝罪の言葉が一つもない。 こんな身勝手で子どもじみたつまらない男をボスが信じて加勢していたのかと思い 脱力していた。 車の手配をし車を待っている間、Tは連れの男と金銭の話をしていた。 私はどうでもよくなって内心、放心のまま言葉を脳に留めないよう耳から耳へ受け流していた。 『早く家へ帰りたい』そればかりを考えていた。 すると一つの台詞が麻痺した脳を刺激した。 『死んだ人間になんか返さんのが普通やろ』『あの世まで金持って行けんやろ』 クールダウンしてどれだけも経ったはずの心が急速に熱くなった。身体が小刻みに震えているように感じた。 あえて私は小馬鹿にしたように鼻で笑った。 『そんなもん?』 私は言った。Tは私に向かい直し私だけに語りかけて来た。 『なんか変か?』 私は呆れたように『それは違うんじゃない?』と精一杯の作り笑顔で言った。 Tは待ってましたとばかりに食って掛かって来た。Tの持論が延々と続いた。 私にはTの持論は余りにも自己中心的なもので何一つ受け入れられなかった。悔しさも悲しさも感じなくなっていた。 疲れた一日。 事情を知るお店のスタッフが帰り際私を気遣ってくれたのがせめてもの救いだった。 帰りの車中、運転手の語りかけを適当に聞き流しながら窓の外をボーっと眺めていた。 山なりになったバイパスの上に来た時、深夜にも関わらず家々に灯る小さな明かりが目に入った。 彼にも家族が居ることを思い出す。Tはある事情で二つの家族を抱えている。私はその一つの家族と交流があり、その奥さんや子どもさんの笑顔がリアルに浮かんだ。 ボスは死んだ。Tは生きている。Tの家族も生きている。そして私も私の家族も今、生きている。 心にポっと灯った炎は大きく燃え上がる事はなく、静かに消えた気がした。 ベッドに入ると程なく私は眠りに落ちた。 疲れた一日。
2007/03/22
コメント(2)

今年の一月の終わりから、生前のボスの取り巻きたちが各々店へ顔を出した。 『変だな』 と思っていたが、時期を考えると当然と言えば当然なのかもしれない。 ボスの一周忌が済み、それぞれが区切りをつけたかったのかもしれなかった。 それぞれの思惑、後ろめたさ、そして言い訳。 それらをもう吐き出してもいい時期だと思ってでもいたのだろうか。 家族ではないが人間関係や事情をあらまし知っていて、尚且つ、他に口外する恐れのない人間。事を荒立てずに話を黙って聞き、思いを吐き出せる人間。 そんな相手を求めた時、私が当てはまったのか。 私は彼らにとって一番都合が良かったのだろう。 一月の終わり、最初に来たのは、ボスを裏切り逃げたはずでまさかこの店に現れるはずもない、またボスとの思い出があるここへ顔を出せるはずもないTだった。 当たり前のような顔で私をポンっとたたき『おう!』と笑顔で片手を挙げたTは 勝手知ったる我が家の如く、奥のボックスへ陣取った。 彼の顔やその横柄な振る舞いを見て、 他のボックスで接客していた私は、瞬間、身も心も凍りついた。 しかし反面、心の中に小さく静かな炎がポッと音を立てて点いたような気がした。
2007/03/09
コメント(4)

いつもと違う明るさに違和感を覚えながら目覚めると、窓の外には雪が積もっていた。三月だというのにいきなりまとまった前日からの積雪。 違和感のあった眩しさは窓の外から降り注がれた雪の反射光。 空は鉛色に染まる北国の冬が思いのほか暗くないのはこの雪の反射光のためなんだろう。 何日かぶりに目覚めの涙。 ベッドの上でただただ、呆けている私になる。 今年は雪が極端に少なかった。世間では色々弊害があったようで結構騒がれていたが、私の内心はそんな騒ぎはどこ吹く風、相当にホッとしていた。 私は一年前から雪が嫌いになった。 雪の光景が嫌いになった。 『雪は真っ白で』 『全部を綺麗に覆ってくれるから』 『好き』 とあなたと話してた頃が遠い昔に見た夢のように思える。 今の私にとって、この白さは悲しみの象徴でしかない。 覆い隠すどころか、私の中の脆い深部を、えぐられ掻き出されているような気分になる。 残酷な白さだ、と思った。 窓の外の季節はずれの雪たちは、 相当に眩しく、 私の目には痛かった。 その眩しさが 目に痛すぎて 涙の止めようがなかった。
2007/03/08
コメント(3)

先週久々に河豚を堪能してまいりました 日本酒が進むこと進むこと とりあえず久々のフグちゃんの感動を忘れないようにup まずはテッピコリコリ感がたまらない そして テッサ 白子焼きとから揚げ 幸せなひと時でした ちなみに・・・人間の欲が食に偏ってくるのは年をとってる証だそうです。 最近の私、 まずいなぁ・・・
2007/03/05
コメント(9)

私のライフワークの一つとして、『休日は必ず子どもたちと過ごす』というものがあります。些細な事のように思われるかも知れませんが、私にとってはとっても大事で、かけがえのない必要な時間です。こういう商売をしていると休日でもお客様からのお誘いも少なくはありませんが、私はこの休日を誰にも譲る気はありません学校も休み。仕事も休み。休日は母と子どもに少々甘えさせてもらい、昼前までは回復の時間をもらってます。(ただお布団でゴロゴロしてるだけなんですが、この何も考えないでいい、拘束されない究極にだらしない時間がなんとも心地よいんです) 一週間の疲れをベッドの中でまどろみながら癒していると『そろそろかな?』といった感じで子ども達が泥のようになった私の周りをウロウロし始めます。私はその気配に薄々気付きながらも寝たフリ・・・(←ダメな大人)しばらくすると さらにガヤガヤ。それでも頑なに寝たフリ・・・(←超ダメ人間)しばらくまどろむと今度は口に何かを押し込まれまた目覚めます。犯人は分かってるんです。最近、相手のお口に食べ物を入れてあげると、相手が大喜びをして『ハイ!ありがとぉお利口だね~!』と自分の頭をナデナデしてもらえることを覚えたアイツ。 はい、うちのJr.ですね・・甘いモノが苦手な私の口に娘が焼いたクッキーを押し込んできます。 いえ、と言うよりねじ込んで来ます やけくそで寝ながら食べる私。 口のまわりは粉だらけ。口の中はクッキーに水分を摂られ砂漠化。『あ・ありが・・と』ナデナデ (←完璧に寝てます・・)耐え切れず 頭まで布団にもぐりこむ私をさらに騒音が襲います。 走り回る地響き! Jr.の泣き声!! 子ども達のケンカの声! ふざけてじゃれあう馬鹿笑い! 母の怒鳴り声! ・・・ごめんなさい。分かったよ・・起きればいいんだよね?寝たフリなんて汚いマネしたママが悪いよね?起きます、起きます、えぇ!起きますとも!起きればこの騒音から開放されるんだよね? だってあんた達、 ソレ、わざとやっとるやんね? 疲れてるママに『起きて~!あそぼ~!!』と言って起こすのは優しい彼たちにはできない様で。でも、内心は裏腹なんでしょうね この小さな(?)抵抗に耐え切れず、日曜の私はこうして目覚め、平日より少々遅めの一日が始まります 母は毎回起きた私を確認すると、今だ!といったかんじで、『じゃ(解放)』と。逃げ出すように出かけます。 日曜はまずは皆でランチを作ります。長男はJr.を面倒見、私と長女で台所に立ちます。 昨日は『グラタン風スープスパ』を作りました。 焼きあがった頃にふと気付くと、リビングにいたはずの長男とJr.がいません。見ると、二人は中庭にいました。そして庭のウッドデッキには、テーブルといす、おまけにビーチチェアーまでがセッティング。『ママ出来た?今日はいい天気だから外で食べん?』と。その提案に一同賛成し、春にしては暑すぎる日差しを浴びながらのランチ 他愛もない話やくだらないジョークに何故か皆自然と笑みがこぼれます。 食べながら私は、この庭のセット、その力仕事を頼まれるでなく自分で率先して一人でやった長男を想像しました。 包丁使いを当たり前にこなし、調理しながら洗い場にも気を配る先ほどの長女を思い出しました。 Jr.に優しく気を配りながら食事を摂る息子と娘を、急に逞しく感じました。 こんなに頼りない私の子どもたちが少しずつ逞しい大人になっていっている。 喜びはいつもこんなに近くにあるものなのかもしれないと改めて感じました。 ここ最近、人が集まっての休日が多かったので、こうして家族水入らずのマッタリした時間の大事さを再確認しました。 その後・・・ お腹も膨れて『もう一眠りするかな・・』と思っていた私に『じゃママ、そろそろ約束通りバドミントンしよっか!』と長男。 『へっ!?』 ・・・ そうだったね、約束したよね。確かにママ、約束しましたよね、 日曜は、 暗くなるまで バドミントンする!って・・・ はい、只今かなりの筋肉痛ですでもいい休日でしたよ!頑張りましたよ!張り切る子どもが満面の笑みでまだまだ遊んでパワーだされたら・・・やっぱりママ、勝てませんもの。筋肉痛なんて、 へ、へっちゃらさ・・ ハハッ・・・・・ いつまでこうして遊んであげられるかな?早く大人になって欲しかったり、ずっと子どもでいて欲しかったり。ママはわがままだね。
2007/03/05
コメント(6)

今日は久々によく飲んだ~ってかただの酔っ払い?(いえいえ、まだまだこんなもんじゃ済みませんね、いつもなら) 最近暇な日が続いて正直だったけど、だからと言ってへこたれるわけにはいかないの、ママは。やるしかない!!! 幸い私がご連絡して会いたかったお客さまたちがおいでくださり、ハッピーなお酒を頂きました。 皆様お忙しい中、おいでくださって、私はホント、幸せ者です そして、只今帰宅・・・子どもたちのママとしたら失格ですな、完璧に ゴメンネ、子ども達。ちょっとお風邪もひいてるのに、そんな時に限って傍にいてあげられないママを許して。 心の中ではいつも申し訳ない思いでいっぱいなんよ、ホント。 日曜はまたこの前みたいにずっと一緒に遊ぼうね。 今度は何しよか?晴れたらいいね!たくさんじゃれよう!!!!! もう一日ガマンしておりこうさんにしとってな! ママやってずっとあんたらのそばにおりたい。 なんでも全部、ママがしてやりたい。 でもごめんな。 寂しい思いたくさんさせるけど、ママが、今、ふんばらんとあかんのやから、今はママしかふんばれんのやから許してや。 いつもごめん。
2007/02/24
コメント(4)

庭でJr.と遊んでいたら曇り空の切れ間から、ゆっくり光が射した。 それはなんだかとっても眩しくて温かくて神々しくて。 それまでボール遊びではしゃいでた賑やかさは何処へやら。 どれだけも二人で静かに一心に空を眺めていました。
2007/02/21
コメント(1)

子等翔ける 雪の庭の端 芽吹く春
2007/02/20
コメント(1)

今日はJr.とドライブがてらにボスのお墓参りに行って来ました。 実は昨日も陶板浴帰りに寄ったんだけど、今日が月命日なもので、連日行って参ったのです。 外気温10℃。春みたいにポカポカ陽気で行き帰りの二人のドライブはとっても気持ちが良かったです。 亡くなってから一年はお墓参りへは一度も行きませんでした。というか、行けませんでした。 私はつまりは愛人で、にも関わらず子どもまで儲けてしまった立場の人間で。 お墓って親族、あるいは家族の神聖な場所であるような気がして、私のような不埒な者が立ち入り参ることは身内の方々、あるいはご先祖の方々にとってはとても不謹慎な事に思えたのです。 本人が亡くなってから、私やJr.の存在のせいで彼の周りの世界を騒然とさせたくなかったんです。 ところが息子さんたちは私に『ママ、そんなん言わんと参って来てやってよ。本人が喜ぶから』と、再三再四、私には嬉しい申し出をしてくれていたのです。 にもかかわらず、そうして許可をもらっても、私にはやっぱり行く勇気がありませんでした。 死んだことを認める。 今思えば、前記の理由以上にそれが一番怖かったのかもしれませんね。 一年経ってこうしてドライブがてらにJr.を連れてお墓参りに行けるようになったってことが、なんだか不思議だったし、私の前進の証なのかもしれないとなんとなく感じました。 お墓に縋って泣く私を心の何処かで自分自身想像していましたが・・・ そんなことはありませんでした。 一度目も二度目も三度目の今日も、 私はJr.をおぶりながら 墓掃除に没頭してました 磨いて 磨いて 磨きまくり♪ ただひたすらに掃除のおばさんと化して汗を流してます 顔に似合わず(?怒られちゃうかな?)、綺麗好きなボスでしたから もうすぐ春。 子ども達にとってもみなさんにとっても想い出多き素晴らしき季節になることを願っています。 ボス、綺麗になったでしょ?さっぱり春を迎えられるでしょ?またすぐにお掃除しに行くからね。日々成長するJr.とボスが好きだった花たちをたくさん持って・・・
2007/02/20
コメント(1)

昨日は友人の勧めで母とボスJr.と三人で【陶板浴】なるものを経験してきました。 何でも地元の住宅メーカーさんが抗酸化住宅(?)を推奨してまして、その良さを体感してもらおうと無料で特設ルームを設けてらっしゃるようなのです。 無料! と聞いたら私が動かないわけにはいきません 友人がしてくれる抗酸化のあれやこれやの細かい説明なんかはほどほどにしか聞かず、【身体に良い】のフレーズだけにひっかかり、『予約入れて!』と。 教えられた場所へ行ってみると、そこは普通の民家兼事務所。普通といっても地元の中でも田舎よりなその場所にしてはそうとう洒落た建物で、あとから知ったんですがやはりその建物自体が抗酸化をフルに使った住宅だということでした。 陶板浴の体感ルームはその建物とは別で敷地内の隣に建てられた小さな部屋でした。 私達はそこに案内され着替えた後陶板浴を体験ました。 みなさんにイメージが伝わるかどうか分かりませんが、4畳ほどの小さな部屋で柔らかい光でディスプレイされ入った瞬間から癒しの空間だなと思いました。陶板浴の効果を発揮する陶板とは珪藻土に抗酸化溶液を練りこんだものでそれが床の一部にタイルのように敷き詰められているのです。活性水素水を飲んだ後、 その上に寝ると活性水素が作用して活性酸素を対外へ出すんだそうです。 私はサウナも大好きでよく通うんですが、通常のサウナよりも全然楽でした。眠くなってしまったくらいです。 それなのに汗は結構出るんですね。身体の芯からゆっくり温まる感じで本当にみんなでリラックス出来ました ちなみに岩盤浴と似ていますが抗酸化なのでカビや雑菌の繁殖を阻み、目に見えないレベルでもかなり清潔で安全なんだそうです。 行く前は友人の説明をいい加減に聞いていたもので、気分転換になればいいや!位に思ってた私ですが行って体感しそこで色んなお勉強をさせていただくと、これは広めたほうがいいんじゃないか、と強く思いました。 気持ちいい、だけでも充分やる価値はあるんですが、なんといってもいろんな病気に効果が認められているということが、私にはとっても重要な気がしたのです。 鉄が錆びるともろくなる。それと同じで人間の体も酸化するともろくなるんです。 人間だけが特別なわけじゃないですから。自然の摂理、自分の身体の原理に立ち返る必要があるのかもしれません。 飲酒、喫煙、バンザイの私が言うのもなんだか説得力がないいんですが病気で苦しんでいる方にはダメもとで経験して欲しいものであると思いました。 実際、そこの体感ルームへ通ってらっしゃる方たちはことごとく病気が改善されているらしいんです。 というより、体質が改善されているんでしょうね。 ガンすら治った方がいるくらいなんですから。 ・・・・・ガン。私がもう少し早く、せめて一年半前にこの陶板浴を知っていたら・・・ ボスは治った・・・? そんな想いが頭をかすめました。過去に対する【もし】は私はほとんど考えませんが、こと、ボスのこととなるとどうしてもね~ どうにもならない事を知りながら、それでも今はやはり【もし・・・】になってしまいますし、 十年、二十年昔じゃなく、たかが一年か二年早く得たかったその情報を得られなかったタイミングの悪さに悔しさのような苛立ちと理不尽さを感じました。 でも時間が経つにつれ、そのタイミングに対しても漠然と、『これが自然の摂理なんだ』と変に納得した帰り道でした。 大自然の流れに抗ってみても私は所詮、ちっぽけな人間ですから。
2007/02/20
コメント(0)
![]()
ここではあんまり触れていませんが、 結構、趣味が多い私です。そして2007年。今年からまた一つ趣味が増えました。楽器を始めたんです 二胡ってモノ。知ってます?弦楽器です。知らない方も多いのかもしれないなぁ・・・名の通り二本の弦とバイオリンでお馴染みの弓で音を奏でます。女子十二楽坊(←字、合ってる?)にも奏者いるんですけどね。 (日本に胡弓という二胡に似た楽器がありますが、全くの別物なようです。) 数ある私の好きな曲や歌に結構アクセントで使われていたりして前々から気になっていたんです。 悲しげな、儚げな哀愁を感じる音色に無意識のうちにいつも心を揺さぶられていたのかもしれません。 今、始めて一ヶ月くらいが経ちます。 が!! 心に思い描いていた音色には程遠いんです・・・ なんとも心地悪い雑音。響きが脳ミソに伝わると脳ミソが不規則にかつ、不愉快に揺れるのを感じます 黒板を爪で引っかいた音!まさしくアレです あるいは、ドラえもんに出てくるしずかちゃんのバイオリンの音色とでも言いましょうか・・・ とにかくまだ人様にお聞かせできるレベルではないですね うまく弾けないせいだけではなくきっと 不協和音のせいもあるんでしょうか。なんだか無性にイライラするし、指先は荒れるし何度も諦めようと思ったんです。(←早っっ!!・・・極度の飽き性です私、はい) でもね、たまに!(本当にたまにですが・・・) 良~~~~~~~い音が出るんですね あの音を出せると自己満足やっぱりやめられなくなっちゃうんです。 (その瞬間は、まるでプロ奏者ばりにかなり悦に入った表情してるはずです) 今はまだまだですがたくさん練習していつかお世話になったみんなに感謝の思いを込めて、お聞かせ出来る日が来たらいいなって思ってます。 ・・・いつになることやら
2007/02/18
コメント(1)

一周忌が終わってから初めてボスのお墓参りに行って来た。 それからほぼ毎日のようにボスの夢を見る。 目が覚めると私の顔は涙で濡れている。 なんで今さら夢に現れるのか? 私にはその原理は分からないけど、 ただ寂しい。 寂しい想いが私の心全体に広がって、目覚めてからしばらくは空を眺めて放心状態になる。 夢を見るようになってから、あなたにそばにいて欲しいとただそれだけを願うような日々が続いている。 世の中や私の周りを取り巻く、煩わしいしがらみの一切合財を無にしてでも、あなたに触れて会話したいと願う日々。 そして私は考える。 あなたは幸せだったの? 私はあなたを幸せにしてあげられたの? あなたは最期、何を思ったの・・・? 答えのない問いに私はどんどん不安に落ちる。 毎日を何気に過ごす中でも 私の心は凍ったままなのかもしれないと思う。私はあの日からまだ一歩も進んでいないのかもしれないと思う。 自分を励ましながら、現実は少しづつ進んできたように思うけれど、 反面、もしかしたら あの日から、私の中の心の時計は止まったままなのかもしれない。
2007/02/16
コメント(8)

一年前の今日、私はこのブログを始めたようです。 気付けばもう一年。早いです。 最近、本当に月日の流れの速さには驚くばかりです。早すぎて驚く暇もそうそうないんですが。 最近サボってましたがその間にもまたまた色んなことが立て続けにあったんです。が、それはまた追々綴ることとして(実は今は思い出しながら書き綴る気力がないんです=めんどくさがりな怠け者期間)、 今日は支えてくださった皆様にお礼を述べるに留めます。 ココで出会った全ての方たちに感謝しています。 ボスが亡くなって気持ちの整理もつかない時に朦朧としながら何故か導かれるように始めたんでした。 当時パソコンは部屋のオブジェと化していました。 どんな風に扱っていったら良いのか、右も左も分からなかった私がこうしてパソコンを窓口として、皆さんと交流出来たこと、 そして色んな心のやり取りが出来たこと嬉しく思ってます。 こんなお子ちゃまのようなつたない文章力で、UP⇔DOWNの激しい、しかも更新も気まぐれな私のブログによくぞ!今までお付き合いくださいました。 ホント、ありがとうございます♪ 二年目もさらにバージョンアップして!(はっ???)書き綴って行きますので私とボスと子ども達をどうぞ今まで同様、温かい目で見守ってやって下さい。 ~special thanks~ ☆ニンニン☆ANGELA☆ゴリやん★ ☆夢恋人☆星 儚音☆8888855555 ☆マィマィ0402
2007/02/06
コメント(3)

ボスの命日に母が『ちょっと、庭へ出て』と言う。 私は澱んだ心で回想にふけっていたかったので正直、うっとおしく感じていた。 それでも心のどこかに彼が置いていった前向きさと好奇心が残っており、私は彼の子を抱き何事かと庭へと出た。 一月だというのに雪も降らず庭は春を思わせる眩しく柔らかい日差しに溢れていた。 大きく深呼吸をしてみた。 日差しは温かくても 冬の匂いが体中に巡った。 こうして、彼の好きだった庭に出て外の空気をゆっくり吸いながら散歩したのは久しぶりだった。 最後にこうして歩いたのはいつの事だったか思い出せなかった。 遠くで母が手招きをしている。 温かいとはいえ冬のため、乾いた色に染められた庭だったが、笑顔で手招きする母の傍には鮮やかな紅色がちりばめられた一本の木があった。 それはそこに生えていたのも忘れていたくらいの小さな木でちりばめられた鮮やかなものたちは椿の花だった。 萌える命の色だと思った。 母の片手にははさみが握られている。 私と彼の子に『お父さんにみせてあげようね』と語りかけ、一番鮮やかに咲いていた冬椿を一輪切った。 ・・・・・・ 思えば不思議なことだった。この家に引越してきてから椿など見たことがなかったからだ。 何度草刈りをしたことだろう?庭のことは季節を問わず隅々熟知していたはずなのに。 今まではこの椿の木は花を咲かせるどころか生えていることすらもアピールしたことなど一度もなかったのだ。 椿がどんなサイクルで花を咲かせるのか、私は知らないのでもしかしたら今年がそのサイクルなのかも知れないとも思ったが、それでもこの日の私にとっては、なんとなく特別なことが起こったように感じた。 切り落とした一輪の椿を子どもに持たせて夕暮れの庭を散歩した。 気付けば、さっきまでの憂鬱なまどろみは何処かへ消えていた。・・・・・・・ 母に感謝。子どもに感謝。奇跡に感謝。そして、自然に感謝して、 私は想像になかったくらい、 優しく温かで穏かな一月の命日を過ごせた。 ありがとう。
2007/01/24
コメント(2)

私は『すぐにゆっくり眠れるようになるから』と、言った。 励ますつもりで何気に口をついて出た言葉だったが、言い終わった途端、急に怖くなって震えた。 何か、とんでもない事を言ってしまったような、そんな気がしていた。 幸い、そんな私の言葉はボスの耳には届いていないようだった。ボスは朦朧とする意識の中でじっと窓の外だけを見ていた。 言葉が届かなかった安心感の反面、彼にはもう私の言葉全てが届かないのかもしれないと感じていた。 二人の沈黙は外側だけではなくきっと内側もそうなんだ、と思った。 語りかけは私からの一方通行だった。 彼が見つめる窓の先に何が見えているのか、もはや私には検討もつかなかった。 長い沈黙を破ったのはボスだった。 『部屋、来るか・・?』 私はいつも通り断わった。毎日病院へは行っていたが、病室へ行ったことはなかった。私のような立場の人間が、病室へ立ち入るのはやはり気が引けたのだ。 どんなに心配でずっと付き添いたくても、それは叶わないことを承知していたし、何よりご家族との空間である病室へ出向くのは余りにも節操がないと思っていたので、どんなにしつこくボスから病室へ誘われても私はそれまで頑なに断わり続けてきた。 そんな私の思いを察してか、ボスもその頃は私を病室へは誘わなくなっていた。 それなのに、急にそして執拗にボスは私を病室へ誘った。 私は帰ろうかと思った。まだまだ傍にいたかったが、ゆっくり休ませてあげることが先決だと思った。 『でも・・そろそろ帰らんと。お店もあるし』 と口実をつけ言った。それでもボスは 『まだいいやろ・・それに少し横になりたい。まだ帰らんでもいい時間やろ?』 と言った。私はなぜか彼の語気の強さに負け、再入院後初めて病室へ入ることを決めた。 ボスが望んでいる ただそれだけの理由だった。 そのことを今でも私は後悔している。 病室に入るとそこは想像以上にご家族の匂いがした。 彩りが病室とは思えないほど華やかで温かかった。 ベッド上には寝やすいようにたくさんのクッションや毛布があった。 枕もとのテーブルにはお花や差し入れ、私の息子と同じ年に生まれたお孫さんの写真の数々が飾られていた。 窓際にもお花やお見舞い品の数々。 私はしばらく立ち尽くしていた。 ボスに椅子を勧められてもなんだか座るのさえも申し訳ないような気になっていた。 脈打つ頭がどんどん熱を帯びていくのが分かった。 私の知らないボスがいるように思った。 ベッドに横になったボスは手を握っててくれと私にせがんだ。 でも・・ 私には出来なかった。 なぜか無性に寂しさが襲ってきた。懇願するように手をこちらへ差し出すボス。 私はボスが癌になってから初めて彼の前で涙を流した。 不思議そうにそして不安そうに、力なく私を見つめるボスに 涙ながらにそれでも作り笑いを精一杯しながら 『ごめん、やっぱり帰るわ』 と言って席を立った。 『なんでよ、おってくれよ』 と彼らしくない気弱な台詞を背中に聞きながら、私は振り返ることも出来ずに、 病室を後にした。 これがボスとの 最後の別れ。 私が死ぬまでに ずっと後悔し続ける 取り返しのつかない一日。 この翌日早朝に ボスは逝った。
2007/01/23
コメント(1)

去年の今頃、私はボスと最後に会い、最後の会話をしている。 いつものように病院の談話室で。 一面に広がる大きな窓際に沿うように作られたバーのカウンターのような席に二人で並んで座っていた。 いつものようにボスの好きなものや身体に良いもの抗がん性があるといわれるものをたくさんたくさん持って行ったが、ボスは相変わらずほとんどを口にしなかった。口にしたのは私が作った特製ジュースだけ。 再発が認められ、2005年の11月末から 放射線治療の為再入院をしていた。 『さっさと治して早よ家帰って来るわ』 ボスは明るくいつものように出て行ったが放射線治療はボスにとって想像以上の副作用をもたらしていた。 12月の半ば頃になると、それは顕著に現れ倦怠感、嘔吐、胸の焼けるような痛み、そして何より思考が錯乱するようになっていた。 だから、食欲は全く無く、また無理矢理口にしても痛みと吐き気で嘔吐してしまうような毎日だった。 口に出来るものは消化が良く、固形ではないものでつまりは流動食のようなものばかりだった。 ボスは見る見る痩せていった。 それでも栄養をつけさせなければと私はミキサーで毎日ジュースを作り病院まで届けていたのだった。 ジュースを飲み終えたボスに私はいつものようにマッサージを始めた。 左肺を摘出したためボスの背中の左には、肩からわき腹にかけて大きな弓状の傷があった。 私はそこを温めるように撫でながら少しづつエリアを広げ、身体全体をマッサージしていくのだった。 痩せた首筋はただの老人のようだった。ほんのひと時前はあんなに逞しい首筋だったのに・・・私は彼の首筋やその首筋にしがみついた記憶を思い、無性に悲しくなった。それでも、形が変わってもやはり私にはとっても愛おしく、乾いた肌に潤いが戻るようにと抱きしめたい気持ちを抑えながら首のマッサージへ移った。 ボスが首筋を掻いた。 その指は爪が伸びていた。 『爪、伸びとるね。切ろうか』 『ああ・・』 ナースセンターから爪切りを借り、切り始めた。あんなにいつも清潔に爪を短くしていたのにこんなに長くなるまで誰も気付かないの? 私は相当にイラついた。 私がもっと堂々とボスの看病を出来る立場なら、こんなこと絶対にさせやしないのに。 なんだか私の大事な人が粗末にされてる感じがして許せない気持ちになっていた。 一本一本ボスの指を握り締めながら ボス、大丈夫、私がいるから。 絶対に生かせてみせるから。 守ってみせるから。 と思った。 マッサージや爪きりが終わり、私はまた再びボスの横に座った。椅子と椅子の距離を感じ、自分の椅子を出来るだけボスの方へ近づけた。 二人で窓の外を眺めていた。 窓の下には行き来する人々とその真ん中にイルミネーションされた何本かの木が見えた。 『あの光、あんまり好きじゃない・・』 ボスは言った。 イルミネーションのことだった。 『そう?なんで?』 と聞くと、ボスは 『なんか・・冷たくない?』 と言った。イルミネーションは青色発光ダイオードのみで飾られ私はそう言われればなるほどと思った。綺麗ではあるけれど懐かしさや温かさは感じられない。 ボスの身体や記憶に染み付いたイルミネーションはきっと温かく楽しい想い出がつまっているのだろうと思った。 気付けば私は窓の外ではなく ぼーっと外を眺めるボスの横顔をじっとみていた。 この頃はもうボスの体力も気力も限界だったのだろう。 あんなに私と楽しそうにはなしていたボスの口数は極度に減っていた。また頭の中は常に寝ても醒めても朦朧としていたようだった。 この人は今、何を考えているんだろう。 横顔を見ながら 見えない、届かないボスの心の奥の闇に思いをめぐらせていると 『いつになったらゆっくり眠れるんかな』 ボスが言った。 胸がつまった。
2007/01/19
コメント(1)

星屑を地上にまいたこの街のどこかに想い出も悲しみさえも今は眠っている この広い地球の上で暮らしてる人たち誰も皆帰るところを持っているはず 人は幻の夢を追いかけて生きているだけならば儚なすぎる 何故に私は生まれて来たの 何故に心が寂しがるの 銀色の翼を広げまだ知らぬ国へといつの日か旅立つならば傍に愛する人 時が過ぎ時代が変わり若き日を振り向き心だけが帰るところはきっとこの街 人は幻の過去を懐かしみ代えがたい優しさに気付くけれど 何処へ私は辿りつくの 何処へ心を連れて行くの 何故に私は生まれて来たの 何故に心が寂しがるの 二人で旅行する時、いつも車の中はカラオケ三昧。色んな曲をかけては、二人で声が枯れるまで順番に、そしてデュエットで、歌い続けた。遠出でも、そんな二人の空間が楽しくて、目的地まではあっという間。 そんな頃に車の中で私が歌ってた一曲。 『いい曲やね』 確かボスはそう言った。 私は何気なく聞き流した。 でも内心、すごく好きな曲だと思っていた。だから、自分が素敵だなって思う感覚を、同じものを対象にして同じ時間に同じ空間で彼と二人で共感、共有できたことをとっても嬉しく思った。 ボスが亡くなってからあまり聞いていなかったこの一曲を最近、何気に車の中で聞いていたらワッと涙が溢れ出した。 想い出が甦るというより、当時の空気感が身体にまとわりつく感覚。 それは懐かしくもあり、切なくもあり、心を揺さぶられ動揺はするが、反対に心地の良い感覚もあった。 そして悲しみに支配されているちっぽけな自分に気付いても感じた温かさから離れたくなくて泣きながらも聞くことをやめられなかった。 ボスを傍に感じた初めての経験。 明後日、この一年を振り返らなければならない日、 ボスの笑顔を思い出せる私でいられますように。
2007/01/18
コメント(0)

来週の土曜、ちょうど一週間後はボスの一周忌。 私はちゃんとしてられる?ちゃんとしなくちゃ! いつまでも悲しみの季節にぶら下がっているわけにはいかないから。 そんな強がりなたてまえを傘に私は毎日を生きてきたし今日も過ごす。 ・・・・・ でもココには本当の私がいる。 ココでだけは涙に明け暮れ迷ってばかりの未練と執着ばかりの情けない裸の私になる。 そうしてココで嫌気がさすほど自分の弱さとめい一杯向き合うからこそ、私は守るものたちに普段と変わりない笑顔を向けられる。 それはただの強がりなのかもしれないけれど今はそれが私の精一杯。 悲しみや涙をあちこちに分散させて周りの人間にまで迷惑はかけたくないから。 だからココは私の大事な場所。 私が私であるための大切な場所。
2007/01/13
コメント(3)

お正月休みはノロウィルスによってつぶされてしまったので、この連休に遅まきながら、仲間内を呼んで自宅で宴会をしました。甘エビ、イカ、しめ鯖。サーモンマリネ、生ハム、かに汁、鱒のすし。ジュンサイ、数の子、いくらに、海鼠腸(このわた)。金子に、かぶら寿司、白えびの昆布〆。最後に特製ふんわり鳥団子の水炊き&雑炊。 そして、ビール⇒焼酎⇒日本酒(合間にワイン)も思う存分 かなり賑やかに盛り上がり、やっとお正月を迎えた気分を味わえました。(遅っ!) 子ども達も相当楽しんだようで良かったです。 (お陰で三学期は初日から遅刻寸前でしたけど) お客さんを迎える準備をしていたら、ふと、火鉢を出そうと思いつきました。 この家で初めて冬を迎えるころ、ボスと買った火鉢。 『これからのお正月はこの火鉢を毎年二人で囲んでおいしいモンでもつまみながら、ゆっくり静かに晩酌したら良くないか~?』 と照れながらボスが提案し、私も即賛成して購入したもの。 結局、二人で使うことは出来なかったけれど、今回思いつきで引っ張り出してみると味わいと風情が本当に心地よく、また皆も絶賛で、こんな素敵な遺品を残してくれた彼にありがとう、と言いました。 皆さんが帰り、後片付けを終えて火鉢の前に座り、燗をしながら静かに、一人でお酒を飲みました。 なんとなく座布団をもう一枚、向かいに置いて、猪口も置いてみました。 急に寂しくなり、涙がぽろぽろ出ましたが、声を上げて泣く事はありませんでした。横には子どもたちが寝ています。2007年はもう誰にも心配はかけたくないんです。 笑顔を絶やさず生きて行くのが今年の目標。 私は炭火から、鉄瓶を上げたり降ろしたり冷える指先を炭火にかかげたりしながら、静かだけれど炎より熱く、強く、ムラなく燃える炭火をじっと見つめていました。 今年は大事な人に、悲しいことが起こらないように。それだけを祈りながら。 もうすぐ彼が亡くなってから一年が経ちます。
2007/01/10
コメント(0)

2007年のお正月、皆さんは良い時間を過ごせましたでしょうか? 私はというと・・・経験したことがないくらい、なんとも面白くないお正月。せっかくの5連休中、ずっとお布団の中とトイレの往復。 そうです・・・とうとうやられましたノロのヤツに!! 年末から我が家では続々と感染者が増えてはいたのですが私だけなぜか嘘のように元気。 感染力は強いけれど、意外と発症してからの症状は人それぞれだと聞いていたので、何事もなくやり過ごせると思っていたのが甘かった。よりにもよって なんで正月?! ・・・私も、普通の人間でしたね。
2007/01/09
コメント(2)

あけましておめでとうございます。昨年中はこんなつたないブログにもかかわらず、本当にたくさんの方々から励ましやご心配のメールやお言葉を頂き心から感謝感謝の一年でした。ありがとうございました。これからもこんな小さな私ですが、何かのご縁で関わってくださる皆様のお心に応えられるように前向きにブログを書き綴っていきたいな~と思っておりますので、一つ、寛大に見守って頂けたら幸いです。 皆様にとって笑顔の多い一年になりますように・・・☆
2007/01/07
コメント(1)

『色々と・・・すいませんでした』 不意に口をついて出た言葉がこれだった。 言ってしまってから、なんとも惨めで情けない言葉なんだ、と思った。二人の思いや生活した時間に愛着があればこそ、絶対に言いたくない言葉だったが、この時の私にはどんなに時間を与えられてもこの程度の言葉しか思いつかなかったように思う。奥様の立場になってだけ考えていたが、逆の立場の私に、適切な言葉が分かろうはずもなかった。 何故か、私の目からは危うく涙が落ちそうになったが、その時、いいタイミングでお客様からの電話が鳴り一度、スムーズに席を離れることが出来た。 私は店内に響き渡るかのように、嫌味なくらいの大きな声で明るく、電話の対応をした。 それは、(申し訳ないが)正直に言うと、電話を下さったお客様に対しての感謝の思いからではなく、惨めな自分と、今にもこぼれそうな涙を絶対に誰にも気付かれたくなかったのと、感情に負けてしまいそうな私がいたので、今日のこの特別な日に、自分がやらなければならない事をしっかり割り切り、記憶に甦らせるためだった。 私はそのお客様の予約の電話に救われ、いつもと変わらぬように席に戻った。 私がいないしばしの間、三人さんは勤め先の話をしていたようだったが、私が席に戻ると、また店内の喧騒とはかけ離れた静けさがその席だけを支配した。・・・・・ 私は『一人』を感じた。・・・・・ 若かりし頃に胸の奥にいつもあった感情を思い出した。 いいことなんて一つもない。 誰も助けてはくれない。 だったら一人で生きてやる、 何があっても。 何をしてでも。 もう誰も頼らない。 誰も信じない。 何度も生きる事をやめてしまいたいと思ったし恥ずかしい話、実践したこともあったが私は生きる事をやめるわけにはいかなかった。 当時、大変に困っている母親を置いてましてや、更なる悲しみの中に投げ出すことは出来なかったし、なにより、私には後に幼い子供たちが出来た。大事でか弱くて愛すべき私の家族。すべての責任を放棄してまで一人で楽になる道を選ぶわけにはいかなかった。 私はなんとしてでも生きなければならなかった。 実際、一人で生きる感覚は慣れればそう悪いものではなかった。一人で生きる、と言っても表面的に何かが大幅に変わるわけではなく、要は自身の心の割り切り方だけだった。人とも適当に時間を過ごすし、時事ネタも普通に興味を示す。そして普通に笑う。 ただ違うのは、本心を語らず、表さないそして、人と深く関わらないことだけだった。 その術を修得したお陰で、過去の私は生きる事が少しは楽になったのだ。 そんな日々に慣れ数年過ごした頃、私はボスに出会ってしまった。 『なんでも一人で頑張り過ぎないで。身体大丈夫ですか?あなたも、たかが人間お母さんのため、子供のため、に頑張るあなたが好きですけど。頑張らないあなたも見てみたいです。きっと、もっと素敵なはず。追伸余り悩まないで。大丈夫。ボスがついているから』 出会った頃にもらったメール。 私は、つたないこのメールに心が震えたのを今でも忘れない。恋愛感情には程遠かったかもしれないが、私はこの頃から、ボスに気持ちをゆだねていたのかもしれない。 諦めていた、というか求めてはいけないと思っていた部分まで、私を温かく満たしてくれたボス。求めてもいい。ゆだねてもいい。寄りかかったり甘えたりも決して悪いことじゃない。 だってそれは 『お互い様』なんだから。 だから安心していい。いつもそばにいるから。 いつもそばにいて欲しいから。 いつもそう言って私を抱きしめた、ボスの優しい満面の笑みが脳裏に浮かび、私はそのボスの面影に『ウソツキ』と心の中で呟いた。
2006/12/19
コメント(3)

身体中の血という血が逆流しているようだった。身体が急に冷えたようにも、逆に熱を持ったようにも感じた。 私の思考は停止しかかっていたが、それでも、何とか普通を装って席へと案内したように思う。この商売をやってて良かったと思う。もし私がこの商売に携わっていなかったら、私はあそこまで冷静を装い、尚且つ、それまでと変わらない笑顔で対応出来たか分からない。 席の準備を終え、私は必要最低限の挨拶をした。『今日は、こんな場所までようこそおいで下さりました』私が深々と頭を下げ、謝意を表すと、奥様は今日、勤め先の忘年会があったこと、お連れさんは勤め先の後輩であること、そして息子さんには止められたが自分の意思で(酔いも手伝って)私の顔を見に来たこと、を口早に述べた。 私はグラスに気を配りながら相槌を打った。 『いっぺん、顔見たかったんよ』 私はどう反応していいか分からず 『そうですか』 と、わけの分からないことを言ってしまった。相変わらず、自分の身体が冷えたようにも熱を持ったようにも感じた。 奥様は続けた。 『あんたが若くていい女で良かったわ。私は昔からもてる男やないと嫌やったから』 私をじっと見据えた。少し怪訝な表情になったように見えた。 『いい男やったやろ?』 私はまたもやなんと答えて良いか分からず、無表情で 『はい』 とだけ答えた。 この返答が奥様の気持ちを刺激してしまったのだろうか。そこからはあからさまに、二人の思い出話や昔の彼女の話、私と付き合って、ボスが帰って来なくなってからの自分思いに終始した。 私は平静を装い、奥様の話を神妙な面持ちで聞くお連れさんたちと同化するように、でも視線は誰とも合わさないよう、顔を少々俯け、節目がちに視線をテーブル上へやり、気配を最大限に殺して相槌だけを打った。身体の温度は上がり下がりを続けていた。私の不要な発言は避けなければと思った。私とボスの思いや生活、ましてや私の意見を聞きにいらしたわけではない。どう考えても、常識的に責められるべきなのは私だ。ボスがいない今、奥様の思いのたけをぶつける相手は私しかいない。奥様の立場を考えればやり場のない思いは私に向けられて当然なのだ。 甘んじて受けようと思った。 しばらくすると、お連れさんの一人が涙ぐんで『わたしやったら、耐えられんわ!』と言い、お絞りで涙を拭った。空気が一瞬凍りつき、止まった。店内の賑わいが別の世界のようだった。が、私にはどうすることも出来なかった。 店内の状況を無意識に見渡そうと顔をあげた。気付くと三人の視線が私に向いていた。刺さるようだったが、甘んじて受けなければならない。ボスのためにも、奥様のためにも、ボスが残した私の子供のためにも、それは避けては通れない、私の大事な『仕事』なのだと思った。 全ては私が受けよう。ただそれだけを考えていた。
2006/12/17
コメント(1)

二日間のパーティーを終えいよいよパーティーの最終日。私は緊張していた。この日が本当のリニューアル当日。ボスの肺がんとの過酷な闘病生活の裏側で二人で再び、未来に夢を馳せたのがちょうど一年前のこの日。 あの頃私は、たくさんの夢をボスに与えて、痛みや吐き気、倦怠感せいで生きる自信をなくしかけていたボスに生きる事に執着することを思い出して欲しかった。 今なら、かなりのエゴでしかないと思うが、ボスとの子供を産むと決めたことも、商売をしたのも、その先に素晴らしい未来があることを信じて夢見て だからこそ、生きる事を諦めて欲しくなかったのだと思う。 最後まで生きる喜びを忘れずにいて欲しかっただけ。 一年前の私はその事だけに執着して生きていたと言っても過言ではないかもしれない。 頭の中で数々の出来事がフラッシュバックする。 私はこの日、目覚めてから時折、目眩に襲われた。 目眩が起こる都度、私は夢とも現実ともつかないような・・・この一年が長い夢だったような気にさえなった。 しかしやはりこの日も私には変わらない現実が待っていた。パーティーの料理や衣装の準備。それらを終えてふと見回すと、私の周りには、オープン時間を控えて私と同じように気を引き締めて私を気遣うスタッフ達がいた。 彼女達には決して私と同じような、込み入った感情はないのかもしれないが、それでも私と同じように緊張感を漂わせていた。 これが現実だった。 今の私の傍にはボスはいない。が、少なくとも私やお店に愛着を感じこの一年、一緒に作りあげてきた彼女達がいる。 どこか、別ればかりに気をとられていたのかもしれない。 ちゃんと素敵な出会いもあったじゃないか。私は今一度店内を見回し、店内の細々した痛みの数々や高揚する彼女達の顔を改めて自分の歴史の一部として、現実の一年として、受け止められそうだと感じていた。 『出会いがあれば別れがある。別れがあれば出会いがある。』 『一回きりの人生、自分を信じてなんでも挑戦すればいい。俺と違ってまだまだ若いママなら、きっと何でも出来るさ。』 ボスから貰った数々の言葉が久々に心の中にこだました。 私の中に、小さな勇気が芽生えた気がした。 オープン時間。程なくお客様はいらっしゃり、連日の二日間のようにバタバタしながらも無難な一日で幸せな気持ちのまま終わるだろうと思って数時間を過ごしたころ、メールが鳴った。 ボスの次男さんからだった。 『ママ、携帯番号おしえて』 ?・・・ 彼はたまにお店へ顔を出してくれてはいたがそれほど親しい付き合いではなかったので携帯の番号までは教えていなかった。 今日に限って、いきなり番号を聞かれ、私は戸惑い 『なんで?』 と返信した。 程なくして彼から 『いいから早く!緊急!!!』 との返信。 私は胸騒ぎを覚えた。というより、ここ数日の不安定な心の原因、みたいなものが、すぐそこまで迫っているような直感を感じ、さっき芽生えた小さな自信は身を隠し、ただ、見えない影に慄いた。 しかし、小さい店ながらもママである私は、私用の連絡を重視することも出来ず、ただ事ではない雰囲気を察知しながらも業務に追われて返信を忘れていた。 そろそろ返信しなければ・・・ と思った矢先、中年の女性三人連れのお客様がいらした。どの顔も見覚えがないように思った。 私はおもむろに近づき『いらっしゃいませ、こちらへどうぞ』と、奥のボックスへご案内しようとした。いつも通り、そつなく対応したつもりだったが、先頭を切って入っていらした、年長と思われる女性が立ち止まった。 そして私を上から下へ、下から上へ、舐めるように見た。 そして、しばらくの沈黙の後、『○○ ○○(私のフルネーム)?』と尋ねて来た。 私はその当たり前の質問に刹那、答えられずにいた。 嫌な予感が的中した、と、これまた根拠のない不安が忘れていたこの数日間のざわつきを呼び起こした。 『●●(苗字)』 と彼女は一言言った。 ●●。 それはボスの苗字。 瞬間、私は記憶をさかのぼり・・・ 思い出した。 ボスのお葬式。誰にも迷惑かけず、誰にも気付かれずに、そっと見送ろうと会場の一番隅で気配を殺しながら、絶対に涙を流さないと決めて、始終、手を合わせた一月のあの日。 お葬式も終わりかけた最後に、会場の前で家紋入りの喪服姿で堂々と参列者に、涙ながらに言葉を発していた彼女。 そう、ボスの奥様だった。 ・・・マタアシタ
2006/12/14
コメント(1)

リニューアル一周年パーティーに際しここで知り合った皆様からご心配や励ましのメールやメッセージを数多く頂き本当に嬉しく思っています そんな皆様の優しく温かいお気持ちに感謝しながら、時間は経ってしまいましたが少々気持ちは落ち着いたので今日は当日の出来事を書きたいと思います。 上手く伝えられるか分かりませんが・・・
2006/12/14
コメント(0)

昔からの知り合いに頼まれて妹みたいなお店の子と♂50/♀50のコンパに参加。 私はこの年で実はコンパってモンは初体験なのです・・・ なんとな~く食べたりなんとな~く飲んだりなんとな~く話したり・・・ そしてこの時間。 プライベートのお酒は酔いが早い! なんだか変な酔い方。 ってワケで! 今日はもう寝ます~
2006/12/10
コメント(1)

パーティーも先週で終わりヒマな一日。こんな日こそ早めに帰ってゆっくり充電しましょ、と家に着き、着替えなんとなく通り過ぎた母の枕元。 ・・・ 思わず立ち止まってしまった。 なんて年をとったんだ、この人・・・ 私は枕元に膝をついて座り無意識に母の髪を撫でた。 薄暗い部屋にボンヤリ浮かび上がるその母の寝顔は、私がいつも心でイメージする母の面影とは程遠くまるで・・・ 老婆だった。 撫でた髪はまるで乾ききった藁のようにパサパサとし艶はなく根元から半ばにかけては白みがかり、目の辺りは深く窪み自慢だった長い睫毛もくっきりとした二重の筋も陰で黒く塗りつぶされている。 私は急に切なくなった。 そしてどれだけの間も髪を撫で続けていた。 『なにっ?!気持ちワルッ!!』 と怪訝な顔をして母が飛び起きるまで。
2006/12/07
コメント(6)

あなたは今頃一人で悪夢の中を彷徨っているんでしょう。 そして、泣いているんでしょう。 そばにいてあげられなくてごめんなさい。 先日、あなたのお子さんの悲しい話を聞いて私は気の利いた言葉を何も言ってあげられなかった。 あなたは『生きるって辛いね、運命って過酷だね』と言った。 『うん・・』 私は言葉に詰まってしまった。 死 生 この数年私は嫌と言うほどこれらを身近に感じて来たはずなのに確固たる答えらしきものなど一つも持ってないことに気付く。 今まさにお子さんを失いかけている友に かける言葉一つも持っていない自分の その不甲斐なさ情けなさを感じた時 私の中で何かがはじけた様な気がした。自分が乗り越えた気になって意気揚々と生きて来たことがただの強がりだったと・・・うな垂れた。 そして私は酔いに身を任せてしまった。 今の世の中には色んな選択肢がある。 相手が嫌になれば相手を変える。住む家が気に喰わなければ引越しをする。仕事が嫌になれば職場を変える。 各ジャンルでリセットが簡単に出来る今のこの世は苦労や挫折を楽に回避出来るように見える。 そんな時代に私も友もそぐわない生き方をしているのかもしれない。 それはやはり『運命』という言葉でしか片付けられない。 その後をどう生きて行くかが大事だ、と人は言う。私もそう思う。 でもそう思えるのには時間が必要だ。 図太い私ですら本当は闇の中なんだから、愛情深いあなたのこと、きっともっと長い闇を彷徨うのでしょう。 それを思うと胸が張り裂けてしまいそうになるのです。 でも例えあなたが誰かに責められてもあなたが自分自身を責め続けても 何があっても 私は永遠にあなたの味方だよ。あなたの嫌な部分も知ってる。でも、これだけは変わらない。ずっと味方だよ。 お互いに色んな運命の中でたくさん辛かったけど負けないように沈まないように逃げないで必死に生きて来たあなた。そしてこんなワガママなわたしを事あるたびに『人間らしいじゃん、好きだよあたしは』と笑ってくれるあなたが、わたしの友であることはかけがえのない誇りです。 あなたの幸せと安らぎを今本当に強く心から願っています。
2006/12/06
コメント(0)

明日が怖い 視界が歪む 酔ってるせいだね。
2006/12/02
コメント(1)

ありがとう今日泣かないでいられたのは二人のお陰 いつもいつもこんな頼りないアタシに『それでも好きよ☆』って笑顔をくれる そんな二人に今日は心から感謝 アタシがこうして夢を見て生きられるのは 二人の小悪魔的な天使に巡り会えたからなのかもしれない 明日も頑張れる気がするのは 不器用な二人の天使のお陰 ありがとう 本当にありがとう
2006/12/01
コメント(1)

胸がざわめくワケが分からない。無性にボスに会いたくなってた。明日からリニューアル一周年のパーティーが始まる。そのための緊張なのか。でも前回のパーティーやバースディにはこんな胸のざわつきはなかった。 ナゼ・・・? どうしても早く家に帰りたかった。帰って私が無意識にしたことは・・・ 二人で過ごした二階の部屋へボスの好きだった日本酒とグラス二つを持って行って乾杯。 ボスの好きだった煙草に火を点け私の煙草にも火を点け二人で蛍火。 写真を並べて 眺める。 涙が出る。 止まらない。 目が腫れちゃう。 どうしよう。 ・・・ドウシタノ、アタシ?
2006/11/29
コメント(1)

昨日、お昼過ぎ、友人SからSお子さんRが肺炎で入院したと電話を貰いました。この季節はとくに子供にとっては脅威でうちの子供もまだ幼かったころ、何度か入院しているので胸が痛みました。幼い子供の入院と言うのは大人の入院と違って非常にやっかいで、ほぼ24時間、親もしくは身内の人間がそばにいてやらなくてはなりません。子供が一人ならまだいいですが、Sにはもう一人、下に手のかかる年のお子さんがいるのでそういった複数のお子さんをもつ親にすれば、入院する子供以外の子供の段取りもしなければならないのです。 入院がいきなり決まり、そういった段取りで頭が一杯な上に 病院側のあまりの対応の悪さにSはそうとう苛立っていたようでした。 医療関係者の方には申し上げにくいんですが、私が病院嫌いなのも今までそういった対応の悪さを何度も目の当たりにしてきたせいであって・・・ 決して 注射が怖かったり! 薬が嫌いだったり! の、せいではありますん! 病院ってなんなんでしょうね。よく考えたら、素性も知らない人間性も知らないましてや身内でもない人間に無防備に身体を委ねてあちこちいじくられて色んなモン投与されて。こんな不安なことってないと思うんです。 信頼? 何を根拠に信頼したらいいんでしょ? 肩書き? 経歴? 偉いセンセは時間がないじゃん。 現に、Sの子供も先週同じ病院に行った時はまぁそれは偉そうなセンセに診てもらったのに聴診器もあててもらえなかったらしいんですから。『肺炎とかじゃないですよね?』なんて、大センセを前に、おこがましいと思いながらも子供のために勇気を振り絞ってSは聞いたのに、その可能性は完全否定されたらしいですよ。 で、今回再診したら『はい、肺炎です、入院です』と。 なんかおかしくね? いやね、完全にセンセ方を否定したり信じなかったりって訳じゃないんです。もしかしたら前回は本当にまだ肺炎にはなっていなかったのかもしれませんしね。でも、せめてね、 聴診器当ててよ、センセ。 本人メッチャ咳しとんねん! この患者があなたのお子さんでも聴診器を当てなかったんですか?この患者があなたのお子さんでも肺炎の可能性を完全否定したんですか? ボスの時もそうだったんです。術後、何度も検査をお願いしたのに検査はしてもらえなくて。身内でもない私が差し出がましい事は承知でしゃしゃり出て検査を申し出てから数ヵ月後、やっと検査してもらったら、再発。かなり大きくなってます、おかしいですねって。 ナンダヨ、ソレ・・・? センセ、あんたは偉くないんだ。あんたは神様じゃないんだ。 病気になったのも死んだりするのもあんたのせいじゃないからさ、治ったとか治らなかったじゃないんだ。 職人としてさ せめて、誠意を見せてくれよ (きっと技術と知識と誠意を尽くし寝食をも忘れて診察、治療に励むお医者さんもいるんでしょう。あくまでも、私が出逢って来たセンセに対しての想いです。) Sのお子さんが一日も早く苦しい思いから開放されることを願ってやみません。
2006/11/28
コメント(1)

来週、お店のリニューアル一周年記念のイベントがあります。 めまぐるしく毎日が過ぎていたあの頃から早いもので一年が経とうとしているんですね。 そう思うと、妙に感傷的になってしまいます。 あれからの一年、何にも考えず、いえ、何にも考えないように、ただ、がむしゃら、だったような気がします。(いまだにがむしゃらですけどね。) それ故にこの一年、一連の出来事が、一瞬の夢だったような錯覚にさえ陥るのです。 特にこんなに澄んで爽やかな秋晴れに一人で窓の外を眺めていると、私は幾つでもなくてまだ、悲しみも穢れも知らない私でいるような気分になり、 このまま柔らかい日差しの中でゆっくりと溶けてしまいたいと思うのです。 そんな幻想の中にいるのはいつもほんの刹那で、Jr.の泣き声が私を現実へ呼び戻します。 『ああ・・』 私は喜びのため息をついてJr.の待つ階下へ向かうのです。 思えば弱い私が悲しみや苦しみ、迷いや孤独の中にいても人を愛し自然を慈しむことをまだ続けて来られたのは やはり素晴らしい出会いがあったからだと思うのです。 出会いは現実です。 悲しく虚しい別れがあってもまた必ず、かけがえのない出会いがありました。 今までもきっとそうだったんでしょうが今現在の私はそうして出会った人や自然に救われていると強く感じるのです。 大自然が季節を問わず、実ったり、香ったり、芽吹いたり、散ったり、去ったりで私に語りかけ、包んでくれることもお客様とのほんのひと時の会話もスタッフの明るいジョークや思いやりも母の柔軟な(いい加減?)助言も友人の当たり障りのない気遣いもこのブログで知り合った方たちの温かい言葉もそして、子供達がいつも健康で傍にいて泣いたり笑ったりしてることも 今の私には全てがありがたくて全てが愛おしくて全てが必要なんですね。 夢と現実の狭間で苦しい時もあります。 でもそんな素敵な出会いたちの全てが私に『現実でも幸せに生きましょう』と手を引くのです。 そんな今までの出会いに心から感謝し、これからの出会いに夢を膨らませながらの素敵な記念パーティーにしたいものです。
2006/11/25
コメント(2)
全133件 (133件中 1-50件目)


