~プロローグ~




はじめに・・・。(解説)




    「こんなちっぽけなホテルにもコンシェルジュっているんだ・・・。」

    「西山様、何なりとお申し付け下さいませ。」


  穏やかな笑顔で近づいてきた初老の男性の名札に目を向ける。

    「支配人・・・さん?」
    「はい。 西山様、申し訳ございませんが、コンシェルジュは只今席を外しております。
     お急ぎでしたら、私がお伺いいたしますが・・・。」
    「あ、いえ、別になにもないんですけど・・・。
     あの・・・。」
    「はい・・・?」
    「コンシェルジュって、“NO”って言わないって、本当ですか?」
    「・・・さようでございます。」
    「・・・なんでも聞いてくれるんですか?」
    「お客さまのご要望をかなえるのが仕事ですから・・・。」
    「・・・。」
    「彼にできることでしたら、何なりと・・・。」
    「・・・えっ?」

  うやうやしくお辞儀をして、支配人は微笑みをたたえたままドアのほうへ目配せをした。

    「・・・・・雪だるま・・・?」

  一番に目に飛び込んできたのは、30センチほどの高さの雪だるまだった。
  その雪だるまを乗せた銀のトレイを両手に持った青年が、近づいてくる。

    「当ホテルのコンシェルジュでございます・・・。」

  想像していたのは、支配人と変わらない年齢の男性だった。
  しかし、目の前に現れたのは、どう見ても20代の青年。
  コートの肩と、茶色がかった髪に雪がわずかに残っている。
  細身だが、均整の取れた長身にややあどけなさも垣間見える穏やかな表情。

    「西山様、お待たせいたしまして申し訳ございません・・・。」

  すっと自然に胸にしみこんでくるような、その表情と同じ穏やかな声。
  それほど目を見張るような外見ではなくても、
  誰もが好感を持つような、不思議な雰囲気を持った青年だった。

    「え? あ、・・・なんでもない・・・です。」

    「それは大変失礼いたしました・・・。 
     では、どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ・・・。」

  若いのに、流れるように自然な敬語を使えることに、また違和感を覚える。


  頭を下げて、デスクに雪だるまのトレイを置くと、
  彼はロングコートを脱いで、フックに吊るした。

  フロントの制服とは違う、洒落たデザインのロングジャケットのスーツが
  スタイルの良さを更に際立たせていた。

    「失礼いたします・・・。」

  雪だるまのトレイを再び手にして、彼は深紅の絨毯張りの階段へと向かった。

  無意識に見送り、我に返ると支配人が笑顔で立っていた。

    「・・・雪だるまって・・・?」

  思わず支配人に向かってつぶやく。

    「お客様のご要望でございます・・・。」
    「雪だるまが・・・?」
    「はい・・・。」
    「それは・・・。」
    「西山様、申し訳ございませんが、これ以上は・・・。」
    「・・・あ、そうですよね・・・。」

  コンシェルジュが入ってきたドアの外は、もう夜のとばりが下りてきていた。
  白い雪が綿帽子のように絶え間なく降っている。

  ヨーロッパの、深い森の奥にあるホテルに来ているような錯覚に陥る、
  暖炉を中心としたこじんまりとしたロビー。

  初めて訪れたのに懐かしさを感じる、落ち着いた木の色。

  慌しさを微塵も感じさせない、柔らかな身のこなしのスタッフ。

  都会から遠く離れた、山々に囲まれた静かな湖のほとりに、
  ひっそりと佇んでいるアンティーク風のホテルは
  訪れる人の数以上の、いくつもの想いを見守っては、送り出していた・・・。


つづく。

                                          22,Aug.2009


© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: