宇宙は本の箱

     宇宙は本の箱

おじさんがいた海に近かった町での思い出




夜も遅くにドアをノックする人があった。
あけるとおじさんが立っていた。
何も聞かないで一分だけ目を閉じていてくれないかとおじさんは言った。
なんだろうと思ったけど、
目を閉じると、おじさんはものすごくやさしく私を抱いた。
そして、ごめんよ、ありがとうと言って部屋を出ていった。

次の日、表に出るとおじさんがいて、
僕は君の事が大嫌いだったんだぜ と 言った。
知ってました と 私が言った。
まいっちゃった、君、いいこなんだ。
君と三日いたら、ほれっちまうね、ごめんよ と 言った。
一時間でほれられた事もありますけど・・と、
クスって笑いながら私が言った。

ある日の夜、雨が降りだしてきて、道ででくわした。
おいしいどて焼きの店があってさ、酒飲むくらいが僕の趣味、
一回くらい一緒に飲んでくれる?
飲みますよって笑って言うと、煙草の匂いが雨にとけて良い香りがした。
いい香りって言うと、
君、きれいなんだ、と言った。
とんでもない、私、しつこいから、うっかり追っかけたらえらい目にあいますよ、
と、私達は笑いながら縄のれんをくぐった。

おじさんと一緒に仕事をすると、
仕事なんかいいから遊ぼう!なんていって海辺に行き、居酒屋に行った。
そんなある日、社長から電話があって、今近くにいて、
とても大切な話があるから今夜私の泊まってるホテルに来てくれと言う。
指定された時間に出かけると、おじさんも来ていて、
二人で待てど暮らせど社長は来ない、電話もない。
いくらなんでももう午前一時だ、帰ろうって言ったけど、
ホテルはどこも全部鍵がかかっていて出られない。

おじさん、僕らのホテルと比べてごらん、
こんな豪華な部屋、僕らが泊まりましょうよ、
実は彼が気をきかしたつもりなんだ、男の純情が分からない奴だからね。
社長と親友のおじさんは苦々しそうに言った。
おじさんはその夜、僕は君を抱ける、
僕はそんな事をしちゃいけない、おじさんはそんな事はしない、
だけど抱きたい、だけどそれはいけない、
なんて一人でぶつぶつぶつぶつ言っていたから、
べつにどうでもいいんじゃないですか。一緒に寝ます?
それはいけなよーってそんな夜があった。
君は彼氏にあいたくはならないの?
あいたい!死にそうなくらいあいたい!
おじさんは長い間社長を恨んでいた。

恨みついでに、それからは社長との因縁を少し話してくれて、
そして言った。
「金が出来たらね、金が出来たらそのうちしてやるよ」って彼はいつも言うんだ。
金が出来たら誰だってしてやれるさ。金がないのに無理してやってさ、
そういうのを男って言うんだぜ、ね、そうじゃない?」
「そうですね」
「僕なんか、金ないけど、彼に言われてこうして動いてあげてるでしょ、
家族いるのよ、子供も高校生だ。でも、友達だから、そう思わないか?」

金がなくても、して上げたい時に、何かをしてこその生!
その事がみな分からないのだ。
私がおごったり、何かをしようとしたら、
それはあなたが金もあるし、ゆとりもあるし、将来の心配もないから
出来る事で、僕は、私は、まだまだ金もないしさ・・と皆言うけれど、
「今出来ないものは一生出来ない者」という言葉があるように、
そういう者は自分を逃げで生きてるとは思わず、一生何も出来ない者で終わるのだと
私はその事を知っている。

会社をやめて独立した時、おじさんが訪ねてきて言った。
「困った時を僕を思い出しておくれ、と言っても君は来ないか・・」

私は実際、多くの者に惚れられて生きてはきたが、
それは一体なに?っていつも思う。
それは、私が女の子だからっていうのが心の片隅にある惚れ方。
だから、私はそういう時、女じゃなくなりたいっていつも思った。
私が女の子じゃなかったら、惚れたはれたは、男同士の、
あるいは人間同士の固い絆になっていったと思う。
私は自分ではそうは思わなかったけど、
どうしたって女の子だったから、
こうして年とった今だってやっぱり男性の目には女だから、
それは意味のない事だ。
彼らはなぜ自分が男性だという意識を放てないか。
それはそんなに難しい事なのか。

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