宇宙は本の箱

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恋愛小説-ある十年の物語 天神祭


あんな人混の中に毎年行っていたのは・・・
それでも今となれば行ったことがあって良かった。
それは、駅に階段があることさえかったるくて、飛ぶように駆け上っていた時代だ。
そんな後ろ姿を見て、本当に羽がはえているな~と言われた子供扱いの頃。
今となればなんと懐かしいことか。

宵宮。陸渡御。船渡御。

4年前は天神祭の日、
近くの神社での小さな祭りで倒れて小一時間も休息室で寝かせてもらったから、
今頃あんな身動きとれない祭りに行ったら、息も絶え絶えで帰ってくるかもしれない。
私は騒がしいのはなんだってあまり好きではない。
けれど、想い出は瞼の裏にいつまでも焼きついていて、色褪せるということがない。



「俺な、この間お見合いしたんや・・・」
「結婚したいような人やった?」
「俺、断ったんや」
「普通あんまり男の人の方から断らないでしょ?」
「親と同居するんイヤや言うたから、それ聞いた時その場で断ったんや」
「お母さん好きやもんね」
「おお。俺が惚れた娘やあるまいし、おかんを置いてまでその娘選ぶか?」
「うん!」

川べりの、たった5段位しかない階段をようやく昇り終えて振りかえり背伸びした。
「見えるか?」
「見えた」
そこでようやく上の方だけ船の姿を見ることが出来た。
「しんちゃんも見えた?」
今度は私が聞いた。
「俺な、ほんまは目だいぶ悪いから見えへんねん」
「ほんと?」
「おお、そんで乱視もあるから眼鏡やらコンタクトもちょっと難しいねん」
「知らなかったー。じゃー、私の顔もよく分からないくらい?」
「おお、そやけど俺絵描くやろ、ちょっと見えたら大体正確に分かるンや、しんどい時もあるけどな~」
「でも、将来独立したら困るでしょ?そうやー、私はものすごく目がいいから、
年いったらしんちゃんの目になってあげる!」

人混みの中でしんちゃんが急に立ち止まってこっちをじっと見た。
それで、馬鹿なこと言ってしまった自分に気がついて・・・ドジ。
それで私は横を向いて、こんな人混みはもううんざりだと言って、
しんちゃんには「さよなら!」って言って、どんどんどんどん一人で歩いて帰ってしまった。
まーったく誰のせいでお見合いなんかしたって思ってんだ、バーカ!

私はまだ16歳だったと思う。




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