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米屋の倉庫の屋根裏部屋に、男の子アビは父さん母さんと住んでいました。
倉庫には収穫したばかりの米俵がぎっしり積まれています。アビは、その上に寝そべって、天窓を見るのが好きでした。夏の入道雲、秋の青い空、アビがうれしい時は空もうれしそうにしています。どんより灰色の空、アビの気持ちがふさいでいるときは、空の色がアビの気持ちをあらわしていました。
米屋のあるじの息子ケボにいちゃんが配達のトラックを倉庫に入れにやってきました。
「ケボにいちゃん、神さまってどんな顔?」
「神さまがどんな顔をしているかだって?ハッハッハッハッハ。見えないものに興味はないよ。こっちは稼ぐのに忙しいんだよ」
おかず 屋の老女バッパの店に、揚げたてコロッケを買いに行きました。
「バッパ、神さまってどんな顔?」
「何だって?いま、金銀財宝の黄金色がパァーッと思い浮かんだよ。わっはははは!」
ある日、担任の女先生が家庭訪問に来られました。屋根裏のアビの家に入るには、はしごを上らなければなりませんが、女先生のスカートは裾がすぼまっているので、上ることができませんでした。それでも女先生はちっとも嫌な顔ひとつせず、ほほえんでいました。
「先生、神さまは自分に似せて人を造ったというけれど、神さまってどんな顔ですか?」
「今はまだ、私にもわかりません。けれど、求めていけばきっと答はみつかると思います」
アビは大きくなって旅にでました。誰か神さまのことを知っている人がいないか、薬の行商をしながら、一軒一軒たずね歩きました。ほうぼう歩きましたが、誰も見たことがあるという人がいませんでした。
通りにでると、モスクの外で敷物をしいて大きなお辞儀をしている白い服の男ばかりが十人いました。ちょうど礼拝が終わって、帰り支度を始めたので、男達に声をかけました。
「神さまはどんなお顔ですか?」
「アッラーのことかい?髭をはやしているのかいないのか、彫りが深いのか平たいのか、正直、見たことがないので何とも言えないよ」
他の男達もみんな、首を横に振りました。
さらに歩くと隣の街で、壁に向かって唱え事をしている、黒い服を着て頭に小さな箱を乗せている男ばかりが十人いました。ラビの服装の方が現れたので、即座に尋ねました。
「神さまはどんなお顔ですか?」
「肌が白いのか黒いのか、目が青いのか黒いのか。さあて?かえって誰にもわからないということが幸いしているのかもしれません」
さらに次の街に入ると、教会で結婚式をしていました。ちょうど誓いの儀式を終えて群衆の喝采を浴びているところです。少しすると、礼拝堂から司祭が出て来られたので、すかさず駆け寄って尋ねました。
「神さまはどんなお顔ですか?」
「なんと、賢い質問をする若者よ。この道八十六年、夢にでもお目にかかったことはありません。ただ、目には見えなくとも感じることはできるのです。目に見えないというのは、実は大変いいことなのではないだろうか」
放浪の歳月が流れ、ある一日の終わりにチチキトクの知らせが届きました。
紅葉が終わった十一月、雨の晩秋、ガッポの森を通って、父さんのいる病院に急ぎます。木々たちは枝葉をシズシズ揺らし、だいじょうぶよ、しっかり気をつよくもつのよ、とアビを励ましました。
父さんは目を覚ますことなく、間もなく死にました。
母さんが、父さんの写真を一枚くれました。アビは肌身離さず、それを持ち歩きました。
朝は、父さんおはようございますと、父さんの顔を見つめてから行商にでかけました。
昼は、父さんいただきますと、父さんの顔を見ながら昼めしを食べました。
夜は、父さんお休みなさいと、父さんの顔に語り掛け、少しばかり話をしてから、写真を枕元において眠りにつきました。来る日も来る日も、そのように過ごしました。
行商帰りの夜空に一番星がきらりと光っていました。
「父さんはすっかりお星さまになったんですね」
すると、その一番星の光が父さんの笑顔に見えました。
父さん、父さんの顔を思い浮かべると、愛情がいっぱいにわいてくるよ。体の底から力が湧き出してくるようだ。
神さま、神さまの顔がわかれば、もっと神様に情がわくのに…。ねえ、神さま、うちの父さんは神さまじゃないけれど、神さまが誰にも見えないというなら、ぼくの神さまの顔に、父さんの顔を重ねてみてもいいですか?
そのとき、雲に隠れたお月さまがサァーっと姿をあらわし、こうこうと光り輝きました。
二〇一六年五月二十二日(日)
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