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Oct 6, 2007
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 その日、席に着く葉月に元気が無かった。
悩みでもあるのだろうか。窓の外を見つめる葉月は、何時もと変わり無いようで何かが違って見えてしまう。
葉月は普段から冷静で、率先して騒いだり馬鹿な事を言うタイプでは無い。
彼女は必要な時に必要な事を確信めいた口調で喋り、周囲が慌てていようが落ち着いていて、例え根も葉もない中傷を受けたとしてもニッコリと微笑んでその悪意ごと包み込んでしまうような、独特でマイペースで柔らかい人間なのだ。
だから、葉月に元気が無い、と言っても、分からない人間の方が圧倒的に多いだろう。
 付き合いが深く無いと分からない、それくらい微妙な表れ方なのだ。
それは自分が深い付き合いの親友で有ると言っている様なものだが、クルミには己がそうで有るという自信があった。
しかし、本人に対して単刀直入に元気が無い事を指摘するのは如何なものか。
葉月はそういった無礼ともとれる質問に対しても、怒るどころか全く気にもしないだろう。だが、そういう問題では無い。彼女がどうとかではなく、クルミ自身が葉月に対してそうする事が嫌なのだ。

だから、どのようにして間接的に元気が無い理由を聞くか思案している最中なのだ。
必要な時に必要な事を喋る彼女の事だ。時期がくれば話してくれそうな気もする。だが、悩んでいる彼女を見るのはとても心苦しい。
そうやってクルミが煩悶していると。
「クルミちゃんは、何か、悩みでもあるのかしら?」
 悩みを聞きたい本人に、逆に、そう聞かれてしまった。しかも単刀直入だ。
 クルミは変な顔をしてしまった。
「ふふ、嫌な質問だったかしら? だとしたら、ごめんなさいね。でも、悩んでいるクルミちゃんがとても可愛らしかったから」
 どうやら、完全に顔に出ていてしまったらしい。
可愛い、と言われた事と相まって、顔が赤くなる。
「な、悩みなんてないよっ」
少し気が動転して、声が大きくなってしまう。完全な照れ隠しだった。

「ふふ、ごめんなさいね」
 そして、葉月は再び窓の外へと眼を向ける。
しばしの沈黙。
とは言っても、今は昼休み。昼食を終了させた生徒達はお喋りに耽り、決して教室が静かというわけでは無い。
二人の間にだけ訪れた静かな時間。この沈黙を、クルミは嫌なものと思わなかった。葉月の作り出す沈黙の雰囲気は、それだけで完璧な一つの世界を思わせるのだ。それが、クルミにはとても心地良い。

「ねえ、クルミちゃん。例えばね、自分には扱いきれない、とても大きな力を持った人が居たとするわね」
「へ? う、うん」
「そしてその力で、その人はとても多くの人を救えるの。でも、力を使えば自分が危険にさらされるかもしれない。いえ、危険じゃ無い場合もあるのよ。むしろそっちの方が多いかも。でもね、その人はとても迷っているの。力を使って人を助ける事が、本当に正しいのかどうか。自分の力で、その人の人生に影響を与える事が、本当に正しい事か分かっていないのよ。ねえ、クルミちゃんはどう思うかしら?」
 言うと、葉月はクルミと視線をあわせてきた。思いのほか真剣な眼で、クルミは少し驚いた。
「え……えーと…………」
 どうしよう。
突然そんな話を振られても良く分からない。というか、何故そんな話をするのか。
その困惑を見て取ったのか、葉月はクスリと笑った。
「ごめんなさい。良く分からない事を言ってしまったわね。忘れてちょうだい」
「…………うん」
 再び窓の外に視線を移した葉月の横顔を見て、クルミは思う。
きっと、先ほどの問いの中に、葉月が悩んでいる理由があるのだと。
言っている事が抽象的でよく理解できはしなかったが、たぶんそうなのだ。
彼女が何時か話してくれることを願い、クルミはそれ以上何も言わなかった。


放課後になっても、葉月の憂鬱は回復の兆しを見せなかった。
だから、クルミは何時もより明るく振舞った。少しでも元気を出してほしかったから。
昨日の夕食がとても美味しかった事。昨日見た二時間ドラマがとても面白かった事。昨日お風呂に入ったときに、一度体を洗ったことを忘れて、二度も洗ってしまった事、など。
駄目だ、これじゃあ何時もと変わりない。
葉月の方も、その会話に対して何時もの様に笑ったり、相槌を打ったりしていた。だが、クルミが望んだ成果を上げられる事は無かった。
これは不味い。何とか葉月さんに元気を出させてあげなければ。
必死に話題を探すクルミ。
しかし、そうそう面白い話題など思いつかない。思いつこうとするほど、必死になるほど、それから遠ざかってしまう。
そして、そうした思考など全く関係なく、視界にチラリと入ったものの事が、つい口から出てしまった。
信号待ちのために止まっている二人であるが、横断した先にあるスーパーマーケット。そこに、それは有った。
「あ、ねえ葉月さん。何であのガシャポンの機械はあそこに置いてるのかな?」
 言った後、自分は何を言っているんだと思う。
スーパーマーケットの入り口付近に置いてあるガシャポンの機械。確かに、何故あんな所に設置してあるのかをクルミは気になっていたが、葉月を元気付ける答えとは程遠い気がした。
だが、そのクルミの言葉は彼女が思っているより遥かに効果的だった。
 呆気に取られたようにこちらを見てくる葉月に、クルミは少し動揺した。
「ど、どうしたの? 葉月さん」
「…………すごいわ、クルミちゃん」
「へ?」
「確かに、どうしてあんな所に機械を設置しているのかしら。他の所では駄目なのかしら。あそこで無いと駄目な理由が、もしかしたらあるのかも」
 言葉に熱気を帯びている葉月は、とても感心した眼差しでクルミを見た。そして、クルミの両肩に手を置いた。
「そんな事に気付くなんて、貴方は本当に凄いわ」
「そ、そんな凄いなんて。えっと……、ただ、前から気になってただけだし」
「人が当たり前だと思っている事に疑問を覚える事は、とても凄い事なのよ」
 葉月はクルミの両肩から手を放し、深く溜め息をついた。
「本当に、クルミちゃんには色々な事を教えられるわね」
「私が葉月さんに? そんな、逆だよ! 私の方こそ色々教えてもらってるし、憧れてるし…………」
 最後の方は小さくて聞こえなかったかもしれない。聞こえていたらとても気恥ずかしいが。
だが、本当の事だ。クルミは葉月にとても世話になっているし、彼女の完璧さに憧れていた。
 恥ずかしさで顔を赤くして否定するクルミに、葉月はとても暖かな表情を作った。
そこでクルミは安堵した。何だかよく分からないが、少しでも元気が出たのは良いことだ。
信号が変わり、道路を渡ろうと、クルミが学生鞄を持った手を後ろに振り上げたその時。
何かが鞄に引っかかった。
その引っかかりの原因を知るために、後ろを振り向く。
そこには一人の男子生徒が居て、どうやら彼の鞄に付いていたストラップか何かが、クルミの鞄の変な所に引っかかってしまったらしい。
男子生徒は困惑の表情を浮かべていた。制服に刺繍されている校章の刺繍色からするに、どうやら一年生。一つ年下だ。
「す、すいません」
 男子生徒が謝りながらそのストラップを力に任せて引っぱる。
その瞬間、クルミは見た。彼の鞄のボタンが、一つ外れている事に。そして、ストラップは鞄の開け口の僅か横に、穴を開けて付けていて。
「あ、駄目!」
 言った瞬間、彼の鞄が大きく開かれ、その中身が盛大に散らばった。
「ああ…………」
 男子生徒が慌てて拾い集める。
クルミと葉月も、もちろん協力した。原因の一端はクルミにあるのだから、当然の事だ。
 拾う過程で、彼の教科書に名前が書かれていた。
平岡健太郎。それが彼の名前らしい。
 拾い集める事、数十秒。
信号は再び赤となっていた。
「あ、すいません。有難うございます」
「いや、良いよ。こっちこそ、ごめんなさい」
 慌てて礼を述べる男子生徒にこちらも少し慌てて謝罪する。
妙な雰囲気だった。クルミはこういう微妙な雰囲気が苦手だ。
その空気を破ったのは、葉月の冷静な声だった。すでに、先ほどの熱気を帯びた様子は無くなっている。
「このロザリオは、どうしたの? 元々、貴方の物だったのかしら」
「あ、まだ有りましたか。すいません。そのロザリオはえーと…………」
 男子生徒はどう説明したら良いものか、迷っているらしい。何か複雑な事情でもあるのだろうか?
「まあ、貰ったんです。昨日」
「………………何処で、誰に?」
「ええと、外人の女の人ですけど……家の近くの公園で」
 何故そんな事を聞くのかと、訝しげな様子の男子生徒だったが、素直に答えた。
「そう…………悪かったわね」
 葉月はロザリオを返して、行きましょう、とクルミに言ってきた。見ると、信号はすでに青になっていた。すぐ渡らなければ、また赤になってしまう。
 葉月に付いて、慌てて信号を渡るクルミ。
「あのロザリオがどうしたの、葉月さん? 確かに、ロザリオなんて持ってる人、珍しいけど」
「確かに珍しいわね。あんなロザリオは」
 まるで、あのロザリオそのものが希少な物の様な言い方をする。
「でも、もっと珍しいのは彼自身ね。あの年齢で、可能性が完全に固定されている。凄い事だわ」
「それって…………どういう事?」
 良く分からない、というクルミに対して、葉月は何時もの通り、微笑を作った。
「ふふ、どういう事だと思う?」
 意地悪げに言ってくる葉月。だが、その微笑を見せられると、クルミは文句の言葉が出なくなってしまうのだった。


 再びの信号待ち。
この信号を渡ると、クルミは右側、葉月は左側の道へ進み、分かれる事になる。
この二人は学校から程近い場所に自宅がある。クルミは両親、妹の居る一戸建て住宅。葉月は高級マンションに一人暮らし、という差は有ったが。
 葉月には再び憂鬱が戻っている様で、その隠れた表情は晴れない。
今日、それを解消させてあげる事が出来なかったのは残念だが、明日は何とかしてみたい。クルミはそう考えていた。
 信号が青になり、横断している最中。
クルミが何気なく視線を横に移動させると。
「あ!」
 横断歩道から数メートル程離れたその場所を突然、一匹の黒猫が飛び出した。
その先からは車。
黒猫は飛び出した後、車を見たまま動かない。
つまり、このままでは、黒猫は引かれて死んでしまう。
そう思った瞬間に、クルミの体は動いていた。黒猫に向かって一直線、走り出す。
「クルミちゃん!」
 葉月の声が後ろから聞こえてくるが、もう止まれなかった。
近づく黒猫。そして、それより遥かな速度で迫る車。
黒猫に手を伸ばすクルミ。
聞こえるブレーキ音。
そして次の瞬間。
クルミは目を閉じた。
しかし、覚悟した衝撃は来なかった。
ゆっくり眼を開けると、ほとんどギリギリで車は止まっていた。信号を視認して減速していたためだろう。そうでなければ確実に衝突していた。
その事実を認識して、クルミの体から冷や汗が出る。
 そのままへたり込んでしまったクルミを尻目に、葉月は運転手に謝罪し、それが終わるとクルミを立たせて歩道へと戻った。黒猫はあっという間に逃げてしまった。
「どうして、あんな危ない事をしたの?」
 葉月が厳しい口調で、泣きそうな顔で、言う。
クルミはまだ呆然としていたが、何とか頭に浮かんだ言葉を葉月に伝えていた。
「助けられるなら、助けたいと思って…………体が勝手に」
 その言葉を聞いて、葉月はハッとしたような表情を作った。

翌日、クルミが見た葉月の顔に、悩みは浮かんでいなかった。



文字数がほんとギリギリです。
半角一万字ギリギリです。
最後、書き足りないです。実力不足です。





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Last updated  Oct 6, 2007 01:59:09 AM
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