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【TPP】:『農協の逆襲』すくむ菅政権
協議開始を決めた菅政権は、政局への思惑も絡み与党内が割れている。開国か鎖国か。グローバル資本主義に生きるのか、特異な国に閉じこもるのか。
「日本の農業を殺す気か」──。
11月10日、全国農業協同組合中央会(全中)が東京・日比谷で開催したTPP反対の緊急全国集会には、全国森林組合連合会など他の第1次産業生産者団体や消費者団体も加わった。
3000人にもふくれ上がった参加者は、国会議事堂をぐるりと囲み気勢を上げた。
全中はじつのところ、後手に回っていた。10月1日、菅直人首相が念願のTPPへの参加検討を表明した。
事前に入念な反対運動を起こしておくはずの彼らが、農協組合長や職員約1000人が結集する「全国代表者集会」を開いたのは10月19日であり、しかも、そこではTPP交渉参加に反対する特別議決が行われたものの、主要議題はあくまで米価だった。
60キログラム当たり2000円以上下落し(2010年産新米の9月の平均卸売価格)、過去最安値となった米価対策のために、政府に過剰米買い入れ要請を行うべきだとの議論が先行した。「TPPは将来の危機、米価下落は目前の危機」(ある組合員)だからだ。
21日、山田正彦前農林水産相ほか与党民主党の議員約120人がTPP反対の狼煙を上げたのと時を同じくして、全中は危機感を漲らせて精力的に議員詣でを始める。
件の反対集会に出席したある地方選出の議員は、「TPPの必要性はわかるが、農家を無視できるほど、選挙に強くない」と打ち明ける。来春の統一地方選挙を前に、「壊滅寸前だった農協がゾンビのように蘇りつつある」(官邸筋)──。
11月13~14日のアジア太平洋経済協力会議(APEC。横浜市開催)を控えた6日、政府は閣議決定でTPPについて、「関係国との協議を開始する」と明記したものの、参加の判断は先送りした。
TPPは関税撤廃を柱とする自由貿易協定(FTA)を多国間で同時に結ぶもので、米国やシンガポールなど9ヵ国はすでに交渉を開始している。
日本の場合、コメの778%(1キログラム当たり341円)をはじめとして農作物輸入には高い関税がかけられている。TPPに加われば10年間で原則撤廃しなければならない。
「そうなったら日本の農業が壊滅する」と農家・農業団体は口を揃え、農水省は農業生産額が4兆円減少する(うちコメについては1兆 9800億円)と試算してみせた。
一方、経済団体をはじめとする推進派は、韓国が対欧州連合(EU)、対米国のFTAを11年7月に発効、対中国とも本格交渉に乗り出す可能性を受けて、このままでは自動車、電機など製造業の輸出競争力が奪われると危機感を示した。
かねて農業問題が足かせとなってきた「2国間の経済連携協定(EPA)の遅れをTPPで一気に取り返せる」と、経済産業省の言葉にも力が入る。
仮に日本が参加を見送り、韓国が中国ともFTAを締結すれば、競争力の優劣が拡大、その結果日本のGDPは10兆円程度減少すると警鐘を鳴らした。
農業問題に絞られがちな視点を引き戻し、俯瞰して結論すれば、人口減少が深刻な日本にとって、成長著しいアジアとの貿易インフラとなるTPPは、経済競争力を取り戻すための必要絶対条件だ。
その多国間連携は、人民元やレアアース(希土類)問題が象徴する、中国の独善的な政策を抑制する有力な外交政策にもなりうる。
もっともTPPは万能薬ではなく、日本の製造業の競争優位を担保するものではない。たとえば、液晶テレビなど主力家電製品における日韓逆転は、FTA発効前ながらすでに起こっている。
円高・ウォン安要因だけでは説明できず、技術開発や市場開拓といった企業努力によるところが大きい。
一方で、TPP参加が“農業の死”に直結するわけでもない。旧秩序の破壊を、既得権者は抵抗するが改革者は歓迎する。
実際、近隣農家から土地を借り、大規模化を進める就農者には、「自由化は輸出市場開拓の好機と受け止められている」(三菱商事幹部)のだ。
また、生産者の利害に目を奪われがちなわれわれが見過ごしてはならないのは、消費者に選択の多様性が生まれる利点だ。
「たとえば海外滞在で、良質なカリフォルニア米に満足した消費者は多く、日本でも同様に安い価格で手に入れたいと望む声もある」(同)。
民主党政権は、農家から農協を通じてコメを政府が高値で買い上げる自民党が築いたシステムを、事実上、戸別所得補償制度にすげ替えた。
これは農家の赤字を補填するもので、主食用米ならば10アール当たり1万5000円が生産者に直接支給される。
減反にさえ参加していれば、零細兼業農家にも支給される。つまり、中間業者の農協を中抜きした農家への直接給付への切り替えである。
米価によって手数料収入が左右される農協にとって、それは大打撃だった。農家の農協離れは深刻で、組合員数は年々減少傾向にある。
民主党は集票マシンとして期待するどころか、「全中は敵対団体に指定され、政府首脳との面会もままならなかった。
たとえば鳩山内閣で農水相を務めた赤松広隆氏と全中首脳の面会がかなったのは、就任から半年たった今年3月に入ってからだった。しかも6月の交代まで、わずか2回だけだった」と、全中幹部は認める。
政権与党に見捨てられかけた農協は、勢力維持の苦肉の策として、貯金や保険商品の勧誘を通じた准組合員の増殖に躍起になった。
農業に従事しなくても、その地域に居住し、組合費を納めれば准組合員として認められる。実際、准組合員数は増加傾向にあり、07年度は454万人に達し、組合員数の489万人に迫る勢いだ。
そこに、降ってわいたようにTPP論議が持ち上がった。全中にとって、これは危機ではなく好機だった。
「TPPの破壊力をあえて声高にあおり立てることで、農協離れを起こした農家を再度囲い込もうとしている」(官邸筋)というのだ。この逆襲に、支持率が急低下する民主党政権が疑心暗鬼になり始めた ──。
じつは戸別補償制度は、自由貿易論者である小沢一郎氏が民主党幹事長時代に公言していた政策であり、市場開放を前提としていた。
戸別補償制度の意義は、不透明な価格維持制度による消費者負担から、透明性の高い財政負担に切り替えることだ。
だから、TPPによる自由化で農家の損失が拡大した場合は、その補償額を増額することによって対応できる制度なのである。
しかし、民主党政権が自由化を放棄すれば、この制度は農業世帯数163万戸、なかでも約60%を占める零細兼業農家票を狙った単なる“バラマキ” であるとの誹りを免れまい。
減反による生産調整を上回るスピードでコメの需要は減少しており、米価の下げは止まらず、戸別補償制度はそれを補填しなければならない。今年度5600億円の予算が付けられたが、財源枯渇が懸念される。
与野党の区別なく、政局への思惑も絡みTPP参加、不参加で議員は真っ二つに割れた。象徴的だったのは、茨城県選出の日立製作所労組出身で、先の代表選では小沢氏を支持した大畠章宏経産相である。
大畠経産相は、支持母体である労組の要請を顧みず、TPP参加反対に回った。本来開国派であるはずの小沢グループは、反政府に回った。
開国か鎖国か──。この判断は、農業に対してだけではない。資本、人材、あらゆる観点で今後、日本がグローバル資本主義のなかで生きてゆくのか、国を閉じつつ特異性を増していくのか。「国のかたちを決める」最後の選択である。
《週刊ダイヤモンド》
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