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先日、真珠法師さんのブログで「みんなが幸せになる ホ・オポノポノ」を知り、早速購入して読んでみました。レビューの評判通りの満足な内容で、私にもホ・オポノポノについてよく理解することができました今は毎日ほぼ一日中自分自身をクリーニングしています。いかに自分の蓄積された記憶によって周りの人間を操作して閉じ込めていたのかを、思い知らされる毎日です。私は以前より場所を作るのが目標で、その場所では「すべての存在がその存在本来の姿で、キラキラと輝いて存在している」のですが、その為にはそこを創造しようとしている私自身が他の存在に一切の干渉をしない、つまり自分のいかなる思い込みや記憶によって他の存在すべてを操作しないということで、場所作りににはホ・オポノポノによって自分をクリーニングすることが不可欠だったのだと気がつきました。知り合いのチャネルのできる方から、場所のための土地が見えると先日言われました。ゆるやかな傾斜のある土地だそうです。私が今朝場所をイメージした時に見えた土地も、山の裾野のゆるやかな傾斜のある土地でした。きっと、もう場所は用意されているのだと思います。あとは私自身が自分をもっとクリーニングしていくことかなと思います。
2008年11月20日
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最近、久しぶりに想念観察を本腰入れて実践しています。いつの間にか自分だと勘違いして、一体化していた想念の多いこと多いこと。これじゃあいくらやっても現実が変わらなくて当然だな~~><;今目の前に現れている現実は、過去の想いの投影。だから目の前で起こっているどんな現象にも、対処しなくて良い。大事なのは今、この瞬間にも次々と生み出されている想いに気が付いていること。目の前の現象を見て、苦痛を感じて自分を責めたり、他の何かを責める必要はない。ただそれは、過去の想いが形となって現れ、あとは消えていくだけだから・・・。そこに感情を感じたとしても、ただそれを体験したかっただけ。体験に良い体験も悪い体験も無い。良い、悪いとただエゴが過去の体験を元にして判断しているだけ。だから、それすら幻・・・。私達は毎瞬毎瞬、常に新しい今にいる。目の前の起こってしまった現実に常に対処を続けるから、時間が同じように続いていると錯覚してしまうだけ。過去には対処しなくいい、ほっておけばいい。大切なのは、今生み出され続けている想いに気が付いていること。その想いが次のその瞬間を形作っているのだから・・・。 本当は時間はつながっていない。自分の想いがそれを作っている。私達は本当はもっと自由だ。ただそのことに気が付いていないだけ。人は自分ではどうすることもできないのが人生だという。本当は自分達が自由にデザインできるのが人生だ。想いが常に現象を生み出している。私達はそのことに対して非常に無知なだけだ。自分で現実を生み出す力が誰にでも同じようにあるのに、知らないだけだ。一日のうちの数分だけでも、自分の想念を意識して観察してみたら、いかに自分がその力を放棄して過ごしているのか分かると思う。目の前の現実を常に力によって変えようとしているのが、今の私達だ。まず、どのような想いがこの現実を生み出したのかを理解しなければ、いつまでもそのサイクルは続いていく。どんなに辛くて観れない想いも、これはエゴで自分ではない!と決めて観察してみると、急に力がなくなり消えてしまう。次にそれが現れた時には前よりも気にならなくなっている。エゴは私達の本質ではないのだから、どんな想いが出てきたとしても、自分を決して責める必要はない。どんな自分が現れても、それもみな過去の幻影であり、エゴは決して私達の本質ではないのだから・・・。
2008年11月08日
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想念観察ってご存知の方いらっしゃいますか?要はシンプルに想い(想念)を観て一切の価値判断をいれずに流し続けるということなのですが、実は私はその想念観察をかれこれもう15年ほど続けています。先日たまたま知人から津留晃一さん(故人)のHPを教えてもらい、のぞいてみたらなんと津留さんも想念観察を実践しておられた方で、びっくりしました。想念観察を知らない方も、現在実践している方も、津留さんのHPのレポートを読まれると、きっと心に響くものがあるのではないかと思います。ちなみに私は15年かかっても越えることができなかった、想念観察の壁を越えることができそうな予感です。地球で人として生きながら、ここまで気づかれていた津留さんはスゴイ!と心から思います。そして、レポートを残していただけた事に感謝をしたいと思います。http://www1.ttcn.ne.jp/~turu/
2008年10月30日
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青いビンに入った焼酎を買って、昨日からブルーソーラーウォーターを飲み始めました私は波動の高いものに触れると、何故か涙が出るのですが、ブルーソーラーウォーターをはじめて飲んだ時に涙が出ました。 ただの水道水なのに、ビンに入れて太陽に30分~1時間当てるだけで、ビックリするほど味もエネルギーも変わります。一日2リットル飲むと良いそうですので、これから毎日飲んでいこうと思います^-^ちなみに、うちではご飯を炊く時や、味噌汁を作る時にも使ってみました。ペットにも良いそうで、うちの3匹のニャンズ達にも飲ませてみたところ、万年鼻水のニャンコ2匹の鼻水が若干止まってきたように感じます。このまま続けて症状がだいぶ解消されたらいいなあと思います。 最近MIXIのレムリアのコミュニティーで、青い石のことが話題になっているのですが、ブルーソーラーウォーターも青ですし、レムリアやアトランティスと何か関係があるのかもしれませんね
2008年10月17日
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今日体温を久しぶりに測ってみたら、なんと36.5度ありました実は私は過去に、あらゆるダイエットを試しすぎた為か、平熱が35.4度、下手すると35度までいかない事もありました。冬になると足が冷えて、かかとががさがさになるしでなかなか大変でした。10年ぶりくらいに平熱が、子どものころと同じくらいの36.5度に戻ってとてもうれしいです体温が上がったせいか、血行も良くなったみたいで肩こりや首のこりも改善されてきました。わ~~い砂糖抜きの効果はあなどれません・・・。
2008年10月12日
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砂糖断ち生活6日目です。現在の状況を報告します砂糖断ちをする前には、いつも地肌がかゆくてフケが出やすかったのが、ピタリと止まりました。あとはシミが薄くなってきたみたいです。2日ほど前までは、砂糖断ちの排毒作用のためか、若干頭痛や貧血の症状が出ていましたが、今は平気になりました。私は子ども2人を自宅で出産したのですが、出血が割と多く、2人目出産後には体調の戻りもあまり早くはありませんでした。どうやらその症状の原因も、砂糖にあったようです。砂糖断ちをして自宅出産した場合は、出血がとても少ないそうです。それを知り、無知だったとはいえショックでした再来年にもう1人出産する予定ですので、今から砂糖断ちして今度こそは出血の少ないお産がしたいと思います
2008年10月11日
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最近ずっと出来る時には「ありがとう」を、声に出して言うか心の中で唱えています。私は10年数年前に「ありがとうございます」を唱え続けるのは良いと聞き、それから出来る時には「ありがとうございます」を心の中で唱えるようにしてきました。ここ数年雑誌等でも「ありがとう」は取り上げられるようになりましたが、私の中では「ありがとうございます」の方が「ありがとう」よりもスゴイと、相変わらず「ありがとうございます」を唱え続けていました。主人が「ありがとう」を1万回、2万回、5万回と唱えるのを見て、自分も試しに「ありがとう」を唱え続けるようになって、「ありがとう」と「ありがとうございます」の違いについて気が付いてきました。 「ありがとうございます」は、上(神や高次の存在)と繋がる言葉。「ありがとう」は日常いつも身近で自分を支えてくれている存在と繋がりを感じる言葉。「ありがとうございます」=縦との繋がりを感じる言葉。「ありがとう」=横との繋がりを感じる言葉。と、以上のように感じました。日常的に「ありがとう」を言い続けても、ふとある時に大きな無限の繋がりを感じた瞬間に「ありがとうございます」と手を合せている自分がいます。「ありがとうございます」を唱え続けていた時の自分は、高次の存在との繋がりは常に感じていましたが、この世界との繋がりはイマイチ理解していなかったように思います。「トイレ掃除」を始めたり、「ありがとう」をはじめてからの自分は、やっと縦だけでなく横の繋がりも出来始め、まあるく円のように自分の意識が広がりだしたみたいです。
2008年10月10日
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2日前に急に10数年前、当時の知人よりもらったマクロビの本を読みたくなり、突然「砂糖断ち」を始めてしまいました私はここ10年ほど、玄米、野菜、卵、乳製品、魚を食べる食生活を続けています。はじめたきっかけは、小学生の頃から常にひどい貧血に悩まされ続けていたためでした。一年ほど玄米菜食を続け、すっかり貧血は解消されました。それ以後ずっと続けています。それから2年半ほど前には、主人に借りた「リビング・オン・ライト」(ジャスムヒーン著)を読み、半年ほど食べない生活を試していましたが(21日プログラムはやらずに、自己流で食べない生活を始めてしまいました;)長女を妊娠したため、また玄米生活に戻りました。玄米食といっても、実は私はお菓子や菓子パンが好きで、白砂糖じゃなければ良いだろうと、自分で、きび砂糖や黒砂糖や蜂蜜などを使って、パンを焼いたりお菓子を作ったりして食べていました。あとは、たまにチョコを食べたり・・・ここまでくると、どこが自然食派なんだ?!って感じですがとにかく何となく(私はいつも何となくで事を始めることが多いです;)、本を見て「砂糖断ち」を始めてしまいました。2日たっての感想は、なんか体がすっきりとしている感じがします。あとは、いつもよりも肌の調子が良いです^-^♪今まで、玄米を食べてお肉は食べないでいましたが、正直肌も荒れたり、なんか急に眠くなったり、頭や体が重かったりなどがあり???でしたが、どうやら砂糖のせいだったようです。ただの無知だったのかもしれませんが、私にとっては目からウロコな発見です昨日は、ケチャップとみりんを少々摂取してしまいましたが、ネットで検索したところみりんもケチャップも砂糖を含んでいるのでアウトなようです。羅漢果糖やオリゴ糖を少々なら体内に吸収されないのでOKだそうです。でも、なんだかそこまでして甘味を求めるのも面倒なので、しばらくきっぱりと「砂糖断ち」を続けてみたいと思います。ちょうど家の砂糖も無くなったので丁度良い機会かも♪問題は小4の長男・・・彼は大の甘党なのです長男は学校で給食を食べているし、全くの「砂糖断ち」はもちろん無理ですので、とりあえずおやつをしょっぱい系に切り替えてみます(今までは、ガムやチョコやキャンディーが主)。長男は野菜嫌いで、甘党。そのせいか家の中でただ1人風邪を引きやすい・・・。玄米は納豆や、ふりかけがあれば喜んで食べますが、とにかく野菜が嫌いで小さくみじん切りにして分からなくしてはじめて食べてくれます。でもお肉が小さい頃から嫌いで、ハンバーグか鳥のから揚げしか食べられず、逆に魚好きなのでその辺はまあ、OKなのですが。体調のことを考えると、なるべく一緒に「砂糖断ち」をしたほうがよさそうです。とはいえ、無理強いは出来ませんので、まずは私が楽しんで続けてみたいと思います^^急に砂糖を断つと頭痛がしたりなどもあるようですが、幸い私はそんなに今まで大量に摂取してこなかったためか、特に困った症状も出ず元気ですので、割とラクにつづけらるかもしれません♪我が家では今年の春から、少しずつ家の中の不用品や、大量にあったスピ系の本などを整理し(現在残っている本は、フラワーオブライフと22を越えていけなど数冊です)、最近は「ありがとう」や「トイレ掃除」などを始め家の中をピカピカに掃除しています。次は自分の肉体の浄化の番なのかもしれません。とりあえずこれから、今日のおやつに本で見かけた野菜チップを作ってみようと思います
2008年10月08日
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「ありがとう」と「トイレ掃除」を始めてから、本当に日々変わっていく自分を実感しています。私はスピリチュアルに出会ってから、10数年が経つのですがいまだに結構、愚痴や文句が多くて、自分でも嫌になることが結構あります・・・。でも、結局愚痴も文句も感謝の不足でしかなかったのです。しかも、過去に過ぎてきたことに対しての感謝がなかったからでした。今朝そう気が付いたので、過去に出会ったもの、人、場所や出来事など、思い出すのが可能なものに対して、「ありがとう」と、ホ・オポノポノの「ありがとう」「ごめんなさい」「どうぞ許してください」「愛しています」を始めました。すると、胸の辺りにあったこわばりのような感覚が少しずつですが、変化しているように感じます。そして今ではすっかり忘れていた出来事の記憶もよみがえり、その時に感じた感情までも一緒に溢れてきて、苦しいけどその想いを感謝や、謝罪や、愛していると抱きしめることで、「やっと、気が付いてくれた・・・」というような喜びがあふれてきます。インナーチャイルドというのでしょうか、自分の中のそういう存在が涙を流してとても喜んでいる感じです。もちろん目の前に見える現実には今の自分の内面も、ものすごく強くかかわっているけど、でも、過去の忘れ去られていた自分も実は強く関係していた。なんだか上手く言えませんが、そんな感じです。愚痴や文句が多いのは、それだけ嫌なもの嫌なことが多いということ。それは過去のある出来事を通して、そのように認識されて自分の価値観としていつの間にか、定着していただけなのでした。しかも、その時その場所で出会ってきた人たちのせいではなく、自分がその出来事を、嫌いと判断して決定しただけでした。私は今まで、外側のせいにして生きていました。本当にみんなに心から「ごめんなさい」と「ありがとう」そして「愛しています」・・・です。
2008年09月22日
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昨日トイレ掃除を素手でしてから、急に今まで見ないふりをしてきていた、洗濯機置き場の床や換気扇にも急に目が行くようになり、一年ぶりくらいで掃除をしてしまいました今まで赤ちゃんがいて忙しいからと避けていた、換気扇・・・なんと、ここも素手でバシバシと掃除をしてしまいましたまさにありえないの一言。素手に台所用の石鹸をグリグリとこすりつけ、その手で換気扇をこすったら、とても簡単に汚れが落ちて、その後ふきんでサッと拭いたら、10分足らずでピカピカになってしまいました。横で一部始終を見ていた主人も、そんな私を見てビックリしていました実は昨日の朝から、「ありがとう」を口に出して言い始めました。それまでも「ありがとうございます」を心の中で唱えるのを、ずっと続けてきました。最近よく見かける「ありがとう連呼」は正直、もう知っているからいいや。くらいの気持で特に気にも留めていませんでした。でも、先日地元の図書館でたまたま小林正観さんの「そ・わ・か の法則」を借りて読んでみたら、結構面白いそしてなんと、今までどんなに「ありがとう」の良さを伝えても、全く聞く耳を持たなかった主人が突然「ありがとう」を唱え始めました主人は最初に2万5千回、心の中で「ありがとう」を唱えました。そして、これは実際に口にして言ったほうが効果があるのではないか?と今度は声に出して、2万5千回唱えだしました。そして、私にも「絶対声に出した方が良いから!」と言い、え~~?と思いながらも私も声に出して唱え始めました。唱えた結果・・・が昨日から始めた「素手でトイレ掃除」です。なんと昨日あれから買い物に行き、そのお店の自分が入ったトイレまで、やってきました「素手でトイレ掃除」・・・。「ありがとう」を声に出して言うのと、「素手でトイレ掃除」・・・。この2つでビックリするくらい、私は変わり始めました。まず「素手でトイレ掃除」をすることによって、今まで汚いと思っていたことが幻であったと気が付きました。あとは便器の奥に手を入れる時に、自分のエゴがよく見えます。「汚い~、わ~やめておけ!などなど・・・」まさに修行みたいな感じです・・・。「う~ん、こんな想いが出るようじゃ、私はまだまだだな~。」とか思いながら、手をズブリ!(笑)掃除中にも「ありがとう」をぶつぶつと口にしながら掃除をしていると、だんだん汚れにも感謝の気持がわいてきて、「汚れがここに存在してくれてありがとう」となってきます。素手で直接、物達に触れてきれいにしていると、道具という媒体が間に入らないためか、物の想いのようなものが自分に直接伝わってきます。だから自然と「ありがとう」「ありがとう、みんなありがとう」となってきます。あと、「ありがとう」を何度も口にしていると、今までの自分の驕り高ぶりがすごくよく見えてきます。自分はもう知っている、気が付いている・・・そんなものが、穴があったら入りたいと思うくらいに出てきます。本当に「ありがとう」も「素手でトイレ掃除」もスゴイ!!!今までは「素手でトイレ掃除」は、ただの現世利益のためにみんなやってるんだ。と勝手に思っていました。ごめんなさいm(_ _)m実際はとんでもなく奥の深い行為でした。むしろ現世利益の思いだけでは出来ないかもしれません。私も続けてみようと思います。今までどうしても、届かなかった自分の内面の深い部分に入ってきたような、そんな感じです。「ありがとう」も「素手でトイレ掃除」も、一度はみなさん実際に試してみると、人生が本当に変わると思います
2008年09月19日
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ちまたで話題になっている「素手でトイレ掃除」今朝はじめてやってみました以前から話を聞き、興味シンシンだったけど、なかなか素手!!でする勇気が持てず、とりあえず普通にブラシを使って掃除をしていたのですが、主人の「自分だったら、素手で出来るよ」の一言に、一応主婦としてのプライドからか(?!)「ぬわに~~!負けるわけにはいかん!!」と、とうとう挑戦してみることになりました。なんでも、便器の置くにもズボッと手を入れたり、便器のふちの裏側も爪で汚れをこすってきれいにするらしい・・・。正直「無理~~~!」って感じです。とりあえず、便器のふちの裏側がどの位汚れているか、手鏡でチェック。「ワオッ!むちゃくちゃ汚れているや~ん」しかし、女が決めた以上はやるしかない!!と早速雑巾を、床用と便器用のを2枚用意していざトイレへGO!!今回は初めてなので、石鹸と重曹を振りかけて早速手を奥まで入れてみましたあららら不思議!!手を入れてみた瞬間に、さっきまでのドキドキはどこへやら・・・。とたんに気持も落ち着き、トイレ掃除が楽しくなってしまいました。便器のふちの裏側も、ゴシゴシコシコシと指と爪できれいにこすり、便器の周りと床と壁を雑巾で拭き、約10分ほどで無事終了。気分もスッキリ爽快になりましたただ、重曹と石鹸のせいで、手は荒れてしまいました(悲しい・・・涙)やってみての感想は思っていたよりもずっと、楽しかった!!ですいつもの道具を使う掃除よりも、汚さを感じませんでした。そして、なんとトイレ掃除が好きになってしまいました。いや~なんでも、やってみることは大切だな~と思った出来事でした
2008年09月18日
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生きるって本当はすごく単純で簡単なのです。難しくしているのは、想い・・・いわゆる精神体や想念と呼ばれているものです。精神体や想念が整理されていないことによって、本来は繋がっている物から分断されていると感じてしまうのです。精神体や想念は、そこにそれがあることに気がつく(観る)ことによって、だんだん整理がされていきます。私達のそもそもの苦悩の始まりは、精神体や想いを自分だと勘違いすることから始まります。精神体や想念を自分だと思い込むので、私達は悪い想いは良くする為に、矯正したり消し去ろうと努力しようとします。でも、悲しいことにそれだと逆に精神体や想念を強化してしまいます。単純に、そこにその想いがあることに気がついて、認めてバイバイしてしまえば良いのです♪精神体も想念も、ただの現象に対する反応にすぎません。ただそれだけです。いつも同じ反応をして(正しくはその反応しかないと思い込んでいるのですが)、それに従った行動をするから同じことが起こるだけです。そこに気がついていくと、同じように連続しているかのように見える時間も、崩壊していきます。時間の概念さえ、自分が作り出した幻にすぎないのです。その仕組みに気がつき始めると、自分が自分自身の現実のマスターであると気がついていきます。そしてだんだん自分と本来繋がっていた、高次の次元との間にあったベールが薄くなり、それまでは交流することが出来なかった存在たちとの交流がはじまっていきます。おぼろげだったビジョンも、はっきりと意味のあるものとなって見えるようになっていきます。精神体や想念が整理されることによって、意識もどんどん拡大していきます。意識の拡大に伴って、ハートはどんどん広がり、目に見えるもの全てが自分だった!と気がついていきます。日々何度も覚醒が起こるようになります。世界がキラキラと輝きで溢れていたと気がついていきます。天と地と自分が繋がるのを感じ、そしてそれから、ハートの中心の中にゼロポイントを見つけ、そこにスターゲートが実際に存在するのを発見します。自分の外の世界と、内側にある宇宙は繋がっていたと気がつきます。ちょうどインフィニティーを縦と横に2つ重ねた、四つ葉のクローバーのように、全ては自分のハートの中心にあるゼロポイントを軸にして循環している・・・。自分の見える世界はハートの中心の宇宙から、反転して見ているのだと気がついていきます(ここは、あくまでも私の気づきなので、他の人とは違うかもしれませんが・・・)内も外もなく全ては自分である・・・。そこには永遠に循環し続ける宇宙の営みが、ただ存在している。・・・そんな感じでしょうか・・・。私はすべてによって生かされ、そして私はすべてを生かしている・・・。そこにはただ喜びと、静寂と、愛が存在するのみです。まずは、想いが自分ではなかったと知ることから全ては始まります。
2008年09月14日
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ホ・オポノポノの4つの言葉「ありがとう」「ごめんなさい」「どうぞ許してください」「愛しています」を言い始めて今日で5日目になります。自分が今まで自分をいかに愛してこなかったのかに気がつかせられます。まず最初は自分に「愛しています」がなかなか、というか、全然言えなかった・・・。そういえば私はずっと、「自分は最後でいい」と常に後回しでした。「自分はいいから」が口癖、思い癖だった。子どもの頃から、みんなの笑顔が自分の幸せ。なんかずっと、自分は幸せになってはいけないような気がしていました。何故だろう?だから、前回の結婚(私はバツイチ再婚)は自分を苦しめるような相手と環境を、無意識に選んでいました。今の主人と一緒に生きていこうと決める時には、明らかに幸せになるであろうことが分かるのに、なんだか自分には眩し過ぎる道に見えて、なかなか一歩が踏み出せませんでした。今は選んで良かった、幸せだな~と日々過ごしています・・・。「自分には幸せになる資格がない」「幸せになってはいけない」という思い。物心付いた頃からあったように感じます。たぶん過去世とも関係があるのでしょう。私はアトランティスの最期に、大きな悲しみと絶望を背負ったようですので・・・。でも、自分のその思いがある限り、この世界にも本当の幸せは訪れないのですね。ホ・オポノポノで私はこのことを知りました。今まではたとえ最後の1人になったとしても、自分はみんなの後に行こうなどと考えていましたが(←今思えばアル意味傲慢;)、自分が幸せにならなくてはダメだったのですね。ホ・オポノポノを始めた日の夕方、子どもを連れていつものスーパーに行ったとき、出会う人すべてを抱きしめたくなってしまいました。「あ~みんな自分なんだ~すごいな~!」って感じで。他人の嫌な部分も、素敵な部分も、この世界の醜さも、素晴らしさも、全部自分の内側にあったんだ。私はずっと十数年間、自分の想いを観るということを続けてきたし、「ありがとうございます」も事あるごとに言い続けてきて、自分の内面は静かになり、想いに振り回されることは少なくなったけど、何故か自分の見る世界は平和にはならなかった。なんか、どこかで「仕方ないのかな~」と思いつつ、なにかスッキリとしないものを抱えていたのですが、ホ・オポノポノを知って「そうだったのか!!!」と全ての謎が解けてしまいました。「内も外もない」「目に入るもの全ては自分であり鏡である」今まで何度も聞いてきて、頭では分かったつもりになっていたこの言葉。やっと本当に分かり始めた気がします。「ありがとう」「ごめんなさい」「どうぞゆるしてください」「愛しています」シンプルだけど、とても大切な自分を愛すること・・・。これからずっと、続けていきたいと思います。
2008年09月09日
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これは、私が今日知人に宛てて書いたメールです。かなり過激な内容ですが 、どうしても載せたくなってしまったので勇気を持って公開します。ここには私が本当に伝えていきたいことが書いてあると思います。○○さんが何を始めようとしているのかは分かりませんが、ひとつだけ伝えたかったのは、「本当に好きなことをして欲しい」ということです。経済のためや、~しなければいけないから、~をしたくないから、と始めるのではなく、本当に心の底からしたいことをして欲しいと思います。たぶんそうしないと本当に幸せにはなれないでしょう。それは上昇するのではなく、横に動く(環境をすり替える)だけで実際には苦しいもの、嫌なものは自分の中に残り、同じ事を繰り返すことになるからです。 見たくない想い、見落とした想いは必ずまた現れるような現象(現実)が目の前に現れます。○○さんの見ている私の姿が正にそうでしょう。同じサイクルを繰り返すというやつです。 自分は最近になってこのことに気がつきました。どんな想いが自分の現実を作ってきたのかを・・・。 だから今は、想いを見ています、だから「ホ・オポノポノ」も見つけたのだと思います。 私は私の本当にしたいことをして生きていきたい。そして家族も一緒に幸せになっていきたい。 今までは頭の中の理想像であったものを、実際にこの現実に現さないといけないと思っています。 自分たちが作りたい場所とは、「そこに来た人が、何かに気がつき、幸せになって帰れる場所」です。人は幸せな思いになると、他の人にも幸せをおすそ分けしたくなりますよね?そうやって来た人が自分の住む場所でみんなに幸せを分けたら、少しずつかもしれないけれど、幸せがどんどん広がっていくと思いませんか?色々な人々(国籍、年齢、性別を問わず)が気楽に来られて、リラックスして過ごして(みんなで何かを創造したり、それぞれがこれからの地球について話し合ったりなど)、本当にそんな場所を作っていきたいと思います。 今の物質、経済重視の社会で、これからもずっと地球上の人々が幸せになれると思いますか?今だって勝つもの、負けるもの、富むもの、貧しいものに分かれて本当は幸せなんて、ないのかもしれません。 ジョセリーノの今月の予言の地震が仮に的中したとして、○○に起こって日本の○○には起きなかったとします。それは、良かったことなのでしょうか?自分の所に起こらなかったから良かったことになるのですか?○○の人たちが、沢山亡くなったとしても?自分たちさえ良ければいいのでしょうか?・・・それがこの社会を作っている、根底にある想いなのではないのですか?戦争には敵と味方がいて、でも戦場を離れれば、ただの父親であり、誰かの息子であって、みんな家族がいたりして、その家族と楽しく語り合いながら夕食を食べている・・・そういう想像は出来ませんか?遠い国の災害も、戦争も、飢餓も、全部本当に自分とは全く関係ないと言えるのでしょうか?○○さんは地球が生きていると感じたことはありますか?空は、海は、地球のどこにも繋がっていると感じたことはありませんか? どうして、地震が○○に起きればいいなんて思えるのか、私には不思議でした。 本当は、起きないのが一番良いことだと思いませんか? どうして地震などの災害が起きるのか考えたことがありますか?どうして預言者が予言を語るのか分かりますか? 災害は人の意識が起こすのです。人の傲慢(地球上のもの全ては繋がっている=ワンネスを忘れる)が引き起こすのです。預言者は、みんながそのことに気がつくように伝えているのです。だから、当たらないのは本当は良いことなのです。 現在は色々なスピリチュアル関係の方たちが、様々なところで災害を防ごうと祈りを捧げています。ばかげた事だ!と思うかも知れませんが、言葉には力があります(言霊です)祈りにも力があります。 もしも、予言が外れたとしたらそういう方達が働きかけたり、人間の意識が変わったということなのです。本当はとてもよい事なのです。 本当に考えなくてはいけないのは、何故地震が○○地方に起きると予言されているのか?ではないのでしょうか? 災害がもしも起こったとしたら、今の物質重視の生活を見直しなさいという、地球からのメッセージなのです。 雨や雷が多かったのも、地球が地上に溜まった人間の傲慢な想いを洗い流してくれているのです。 夢物語の大うそつきな作り話だと思いますか? 私は逆に○○さんに問いたいです。 今の社会をどうしていけば、地球上の人々がみんな幸せになれると思いますか?本当に大切なのは、こういうことをみんなで真剣に考えていくことではないのでしょうか?みんなで、勝った負けたなんて競争したり、比べあったり、足の引っ張り合いをしている場合ではないのではないでしょうか? 自分の知ったことではない!そういって知らん顔しますか?他の国の戦争も、飢餓も、災害も本当に自分には関係ないと言い切れますか? 飢餓で苦しむ子どもに、食料を送ったとしても、それは一時しのぎにしかならない。根本的に何かが変わらないといけないと思いませんか?まさか今だに政治家が何かをしてくれるなんて思っているのですか? どうしてセロはテレビでマジックを見せるのでしょうか?新たな可能性をみんなに実際に見せてくれているのではないのでしょうか?彼のはマジックではなく、トリックもなく、実際にああいうことが起こっているのだと思います。彼の想いが現実化しているのです。人間の想いには不可能はないということ、逆を返せば、良い方にも悪い方にも転がるということです。 人間の想いが悪い方に傾いたのが、今の社会を作った原因だと思いませんか? 実際は、こういった二元論さえも超えていくのが、宇宙意識なのですが・・・。 人はただ生まれて、死んでいくだけの存在なのでしょうか?本当にそんなちっぽけな存在なのでしょうか? 江原さんは一生懸命、輪廻転生を伝えています。そこがスピリチュアルの始まりだからです。とても大切なことです。 世界中の主要な宗教は、真実を改ざんして隠してしまいました。 救世主はどこにもいません。誰も助けには来ません・・・。救世主に祈っても何も変わりません。 自分達が世界を変えていくしかないのです。 ○○さんは、私が先ほど送ったメールの内容を、良いことだし実践すべきことだと言ってくれましたよね?では、分かっているのに何故実践しないのですか? 確かに自分はまだまだ出来ていません。でも、私が出来ているか否かにかかわらず、今すぐにでも日常の中で始めて欲しいと思います。 誰誰が出来ていないからやらない!じゃ、いつまでも何も変わらないと思いませんか? それが自分達が未来に対して出来ることなのではないのでしょうか? これは本当に本当に心からのお願いです。本当に大切なことなのです。 私のことは確かに出来ていないことだらけですので、どう思われても、言われても構いません。でも、とにかく、もしも実践すべきことだと少しでも思ってくれるのであれば、少しずつでもいいから考えて実践して欲しいと思います。 愛とは本来、普遍的なものです。 巷に溢れているような、安っぽいものではないのです。 失うものでも、得るものでもなく、最初からずっとそこに存在しているものなのです。 私達がこの地球に生まれたのは、物質世界を暇つぶしに生きるためではないのです。 先住民族は、大地と過去の記憶を守り伝承してきました。でも、ただみんなが先住民族のように生きるのは違うのだと思います。 この物質偏重社会を生きて、その中で宇宙意識と愛に気がついていく。つまりは、天(宇宙)と地(過去からの知恵)を繋いでいくのが自分達の仕事なのだと思います。 たぶん○○さんは、現在の社会の中に本当にやりたいことを見出すことは出来ないでしょう。なぜならこの社会の仕組みは、もう死にゆくものだからです・・・。 善悪判断の二元性の世界は滅び行く運命なのです。二元性とは有限なものだからです。本来は有限ではなく無限∞なのです。 有限だという想いが、不安と恐怖を生み、病を生み、老いを作り、死を作る。 本当は無限だと知ったら、今ある恐怖や不安から生まれたものは全て存在しなくなるでしょう。 スピリチュアルとは本来、遠い世界の話でも、夢物語の話でもありません。 昔から語られているような、ごくごく当たり前のことです。 そしてそれは、この世界で実践しなければ何も変わらないものなのです。 ただ、今の社会ではまだまだ実践するのに勇気がいることもあります。 でも、勇気を持って実践しなくてはいけないのです。 誰かがそれをしなければ、変わらないからです。 自分だけ始めても仕方がない?そんなことは決してないのです。 百匹目のサル現象は知っていますよね? もしも、自分が地球の、宇宙の未来に対して何かをしたいと思うのであれば、今すぐ始めてください。 未来のために、自分のために・・・。 長いメールを最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
2008年09月06日
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ホ・オポノポノについて色々検索をしていたら、このような記事を見つけました。一年ほど前のものなので、知っている方も多いと思いますが、本当にいま世界に必要なのは、これなのでは?と思いましたので、掲載させていただきます。・・・ちなみに私はこれを読んで、感動して泣いてしまいました。私が探していたものです。素晴らしいの一言です・・・。 ジョー・ヴィターレ www.mrfire.com 二年前に、ハワイに住む一人のセラピストの話を聞いた。 その人は触法精神障害者(訳注:刑法罰に問われたものの、 精神障害を理由に不起訴、減刑、あるいは無罪となった人のこと) の病棟に収容されていた人たち全員を、 誰一人診察することなく癒したそうだ。 その心理学者は患者のカルテを読み、 自分がどのようにして その人の病気を創りだしたのかを理解するために、 自分の内側を見たのだそうだ。 彼が自分自身を改善するにつれて、患者も改善したという。 最初にこの話を聞いたとき、都市伝説だと思った。 自分自身を癒すことによって 他の誰かを癒すなんてことがどうやってできるだろう? 最高の自己改善の達人であったとしても、 どうやって触法精神障害者を癒すことができるだろう? 私には理解できなかった。 論理的な話ではなかったので私は受け入れなかった。 しかし、一年後に同じ話をまた聞くことになった。 セラピストはホ・オポノポノという ハワイの癒しのプロセスを使ったのだという。 初めて聞くものだったが、忘れることができなかった。 もしその話が本当なら、 私はもっと知らなければならなかった。 私は「完全な責任」とは、 私の言動に対する責任は私にあるという意味だと 前々から理解していた。 その向こうのことは、自分の管理を離れていると。 ほとんどの人たちは完全な責任というものを そのように考えているのではないかと思う。 私たちは自分の行いに対して責任があるのであって、 他の人の行いに対してではない。 精神病の人々を癒したハワイのセラピストは、 私に完全な責任についての 進化した新しい観点を教えてくれることになった。 彼の名はイハレアカラ ヒュー レン 博士。 私たちは最初の電話でたぶん一時間は話しただろう。 彼にセラピストとしての仕事の全貌を 語ってくれるようお願いした。 彼はハワイ州立病院で4年間働いたことを話してくれた。 触法精神障害者を収容していた病棟は危険なところで、 心理学者は月単位でやめていき、 職員はよく病欠の電話をかけてきて、 やめていく人もいたそうだ。 人々がその病棟内を歩くときには、 患者に攻撃されないように壁に背中をくっつけて通ったらしい。 それは生活するにも働くにも訪ねるにも 心地よい場所ではなかった。 レン博士は一度も患者を診なかったのだそうだ。 彼は診療室を持って 患者らのファイルに目を通すことには合意した。 それらのファイルを見ながら、彼は自分自身に働きかけた。 彼が自分自身に働きかけるにつれて、 患者に癒しが起きはじめた。 「2、3月後には、以前は手足を縛られていた患者たちが、 自由に歩くことを許可されていました」と彼は言った。 「多量の投薬が必要だった人たちは、 投薬をやめつつありました。 そして退院の見込みのなかった人たちが 退院していったのです。」 私は畏敬の念に打たれた。 「それだけではありません」彼は続けた。 「職員が仕事に来ることを楽しみ始めたのです。 常習的欠勤や退職は消え去りました。 患者は退院していくし、 職員全員が仕事に来るようになったので、 最後には必要以上の人数の職員が残りました。 現在、その病棟は閉鎖されています。」 ここで私は問わなければ気がすまなかった。 「それらの人々に変化をもたらすような何を、 あなたは自分自身の中で行っていたのですか?」 「私は彼らを創りだした自分の中の部分(パート)を 癒していただけです」と彼は言いました。 私には分からなかった。 レン博士は説明した。 あなたの人生への完全な責任とは、 あなたの人生の中の全てが―― 単にそれがあなたの人生に存在しているというだけの理由で― ―あなたの責任なのだと。 文字どおりの意味で、全世界があなたの創造なのだと。 ヒャー。これはなかなか納得できるものではない。 自分の言動が自分の責任だということと、 私の人生におけるあらゆる人の言動の責任が 私にあるというのは全く別の話ではないか。 それにもかかわらず、実際のところは、 もしあなたが自分の人生の全責任を負うならば、 あなたが見たり、聞いたり、触れたり、 その他どんな方法であれ、 あなたが経験する全てがあなたの責任なのだ。 それはあなたの人生の中にあるのだから。 これはつまり、テロリストの活動、大統領、経済― ―あなたが経験していて好きではないこと― ―を癒すのは、あなた次第だということである。 言ってみれば、それらは存在してはいないのだ。 あなたの内面からの投影である以外には。 問題は彼らに関するものではなく、 あなたに関するものであり、 それを変えるには、 あなたはあなたを変えなくてはいけないのだ。 このことは把握するのも難しく、 ましてやそれを受け入れて実際に生きることは もっと難しいとわかっている。 非難のほうが、完全な責任よりもはるかに簡単である。 しかし、レン博士と話すにつれて私は気づき始めた。 彼にとっての癒し、 そしてホオポノポノにおける癒しとは、 あなた自身を愛することなのだと。 あなたが自分の人生を改善したければ、 あなたは自分の人生を癒さなければならない。 もしあなたが誰かを癒したければ ―たとえそれが精神障害を持った犯罪者であっても― あなたはそれを、自分自身を癒すことによって行うのだ。 どのようにして自分自身を癒すことに取り組んでいたのかと 私はレン博士にたずねた。 患者のカルテを見ていたときに、 彼は具体的には何をしていたのだろう? . 「私はただ『ごめんなさい(I'm sorry)』と 『愛しています(I love you)』を 何度も何度も言い続けていただけです」と彼は話した。 That's it? それだけ? That's it. それだけ。 あなた自身を愛することが、 あなた自身を好転させる最も素晴らしい方法であり、 あなた自身を好転させるにつれて、 あなたはあなたの世界を好転させるということが判明した。 これがどのように機能するかの簡単な例をあげてみよう。 ある日、誰かが私を不愉快にさせるメールを送ってきた。 過去そういう時には、 私は自分に感情的な反応を引き起こすものについてワークしたり、 あるいは意地悪なメッセージを送ってきた人に 理を説こうとすることで処理したものだった。 今回私はレン博士のメソッドを試すことにした。 私は「ごめんなさい」と「愛しています」を 声に出さずに言い続けた。 特定の誰かに向かって言ったわけではなかった。 私はただ愛の精神を呼び起こし、 この外側の状況を創り出した 自分の中を癒そうとしただけだった。 一時間もしないうちに同じ人からメールが来た。 彼はさっきのメッセージについて謝罪していた。 私は謝ってもらうために 外側に何も働きかけをしていないことを覚えておいてほしい。 私は返事すら書いていなかったのだ。 にもかかわらず、 「愛しています」と言うことで、 私はどういうわけか彼を創り出していた 自分の内側を癒すことができた。 その後、私はレン博士が開いた ホ・オポノポノのワークショップに参加した。 彼は今では70歳で、 優しい祖父のようなシャーマンと見なされていて、 少々引きこもりがちである。 彼は私の著書『The Attractor Factor』をほめてくれた。 私が自分を向上させるにつれて、 私の本の波動が上がり、 人々が本を読むときに皆それを感じるだろうと彼は語った。 要するに、私が向上すると、私の読者も向上するということだ。 すでに売られて外に出ている本については どうなんですか?と私はたずねた。 「それらの本は外にあるのではないよ。」 彼が持つ神秘の知恵に私はとても驚いた。 「未だにあなたの中にあるんだ」 In short, there is no out there. つまり、外なんてないということだ。 この高度な技術を、 それが値する深さとともに説明しようとしたら、 本が一冊書けるだろう。 あえて言うなら、 あなたがあなたの人生の中の どんなものでも改善したいのなら、 見るべき場所はただひとつ、 あなたの中である、ということだ。 "When you look, do it with love." 「あなたが見る時は、愛をもって見るように」 ジョー・ヴィターレ/レン博士の共著「ZERO LIMITS」より抜粋。 (日本語訳は「あんりゅう」さんの訳を元にしました) Copyright © 2005 by Joe Vitale. All rights reserved. You may forward this in its entirety to anyone you wish. (著作権はジョー・ヴィターレに帰属します。 誰とでもこの文書を共有して下さって結構です。著者ジョー・ヴィターレ)
2008年09月05日
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話は昨年の10月までさかのぼりますが、東京の新小岩にある「セッションルーム・サハスラーラ」で、坂田由利子さんに、オーラリーデイングを受けました。坂田さんのオーラリーデイング能力は、日本でトップクラスと称されるほどの評判で、わざわざ長野県から乳飲み子(当時生後3ヶ月)を連れて家族で出かけて行きました。 まずは、子どもたちからリーデイング開始。長男、長女ともにクリスタルチルドレンで、イルカが一頭ずつ付いていることが判明。でも、長男はもじもじと恥ずかしがってしまい、わずか10分弱で終了となってしまいました^^; それから主人が見てもらい、いよいよ私の番になりました。ドキドキ・・・。 坂:「縄文時代にシャーマンであったことが今回の人生に関係していますね。」私:え?!縄文?!「?!そうですか・・・。では今回は私は地球で何をすることになっているのでしょうか?」坂:「場所・・・パワースポットのような、ヒーリングスポットのような場所を作らされますね。」私:「え!そうなんですか?実はずっと以前からそういったものを作りたいと思っていたのですが、では、それでいいのですね?」坂:「そのようですね。以前は場所を守っていたようですが、今回は守りながら、そこに場所を作っていくようですね。」私:「そうですか。あとは何かありますか?」坂:「えっと、あとは天と地をつなぐ役目。あとは宇宙の歌を歌うということです。」私:「はい・・・。」・・・あとは、アトランティス時代から私たち家族は一緒にいたこと。私のその他の過去世は、エジプト、中国、江戸時代、そして昭和の第二次世界大戦の広島原爆で亡くなっているということ。出身星はプレアデスで、オーラの色は金色ということなどでした。 アトランティスとエジプトの過去世については、以前に自分でビジョンを受け取っていたので、あ~やっぱりそうかという感じでしたし、広島原爆についても、小学校の頃から第二次世界大戦にまつわる書物を読んで自分なりに調べたり、原爆の写真集を食い入るように見たりといった行動をしていたので、納得な感じでした。 場所についても、10数年前からいつか「そこを訪れた人々が、癒されたり、スピリチュアル的な気づきを得られるような場所」を作りたいという、思いがずっとありましたので、わあ!本当に作ることが出来るんだ~♪という感じでした。ただ、縄文についてだけは???で、なんで今縄文なんだろう~???と、ずっと不思議でした。それがようやく最近になって、繋がってきました・・・。 今年の7月の終わりに、自宅で主人よりアクシオトーナルアラインメントを受けていた時に、「長野県で水色の屋根の家を探しなさい」と突然メッセージを受け取りました。そのあと、「戸隠」と直感で浮かびましたので、早速「戸隠神社」に行ってみることにしました。戸隠神社には「奥社」「九頭龍社」「中社」「火之御子社」「宝光社」の5箇所があるのですが、とりあえず全部回ることにしました。最初に一番上にある、「奥社」「九頭龍社」から参拝することにしました。参拝の帰りに随神門を出た辺りで、それまでの澄んだようなあの神社特有の空気が一変して、下界(?)特有の空気に変わりました。私:「あ、今空気が変わったね。」主人:「うん、変わった。」私:「もう一回、隋神門の中まで戻ろう。」主人:「そうしよう。」私たちはもう一度、隋神門の向こうに戻り、再び門をくぐりさっきの空気が変わった場所まで戻ってきました。その時、私の胸の辺りから水色の宝珠のような物が出てきて(ビジョンではっきりと)、それから、自分たちの隋神門を背にした目の前の参道に、水のようなエネルギーが流れていくのが見えました。主人も同時に同じものを見ていたようで、「あ、今、水が流れたね!」と言いました。不思議なことに、それまでは隋神門の中と外では空気が全く違っていたのが、水が流れたあとは隋神門の中と変わらない空気に変わりました。その後、「中社」「火之御子社」「宝光社」と参拝し、さて暗くなるしそろそろ帰ろうということになったのですが、どうしてももう一度「奥社」「九頭龍社」に行きたくなり、引き返し、日が暮れそうな中を家族で参拝に行きました。参拝が終わり、戻ろうとした時に、現在は老朽化してよく分からなかったのですが、「九頭龍社」の屋根の色は元々水色だと気がつきました。「水色の屋根の家」は「九頭龍社」のことだったのです!これにはびっくりしました。そして「あ~水色の屋根の家の意味も分かったし、良かった」と思いながらまた、参道を来た道の通りに戻る中、突然縄文時代の衣装を着た自分の過去世(?)が一緒に歩いているのを感じ、日もほとんど暮れて薄暗い参道が、自分が歩いたところから明るくなっていくように見えました。車での帰り道主人と「場所を作る、約束の地は戸隠なのか?」と話しながら帰りました。このことがある前は、2人とも八ヶ岳が好きなので、「八ヶ岳の辺りで出来ればいいね~。」と言っていたので、2人とも少々困惑気味でした。それから一ヶ月ほど特に何もなく過ごしていたのですが、最近ある方のブログで「縄文の女神の瀬織津姫が復活しようとしている」と目に入ってきました。しかも、瀬織津姫は水に関係する神様ということを知り、「ひょえ~!!」となってしまいました。このことで、私たちの中では「縄文時代~現在の場所を作る」という事が一気に繋がったように感じました。私にとっての縄文時代のイメージや知識は、教科書で習った位の縄文土器などの知識しかなかったのですが、戸隠で会った縄文時代の過去世から感じたのは、縄文時代はとても知的で洗練された文明というイメージでした。そして、場所作りには、縄文時代の過去世を完全に思い出す必要があるという事も、最近では気がつきはじめました。あと、書き忘れましたが、昨年のオーラリーデイングで私の後ろには沢山の人々が見えると言われました。坂田さん曰く、「後ろの方々は、色々とメッセージを伝えたがっていますね、急ぎのメッセージもあるようですが、今はお子さんも小さいですので、待ってもらっていいと思います。」との事で、私自身も実際、育児に忙しい日々を送っていましたので、待ってもらうことにしました。でも、当時3ヶ月だった娘も1歳2ヶ月になり、そろそろメッセージを受け取る時期かな~と思っています。いよいよ場所作りが始動し始めるのかと、ドキドキしながら過ごす日々です。
2008年09月04日
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なんなんだ、このブログのタイトルは?!って感じですが。私は本気です 今まで、宇宙人の自分を隠して生きてきましたが、もう限界・・・苦しくなってしまったので、これからは、宇宙人として自由にあるがままに生きていきたいと思います。え~宇宙人ってなんなのよ!って感じですので、とりあえず私の現段階で思う「宇宙人として生きること」を書いてみたいと思います。 1.地球と地球上に存在する、すべての存在を愛する。 2.この宇宙に存在する、すべての存在を愛する。 3.「私」でなく、つねに「私たち」として考え、行動する。 4.ハートの中心から湧き上がってきた、直感にしたがって行動する。 5.何かを選択する時は、つねに「私たち」(地球を含めた、宇宙全体)が一番幸せになると思われることを選択する。 6.自分はすべてと繋がっているのだと、意識しながら生きる。 7.つねに純粋な子どもの心で感じ、見て、行動する。(地球上の大人としての常識は、とりあえず置いておく) 8.つねに自分の今この瞬間の行動は、未来にどのような影響を与えているのかに気がつき続ける。 9.自分がつねに子どもたちのお手本であることを意識して、語り、行動する。 10.自分たちは永遠の中に生きていることを自覚して生きる。 11.地球の集合意識ではなく、宇宙意識に合せて、日々を生きる。 ・・・と、まだまだ色々ありそうですが、とりあえずはこんな感じでしょうか。 当たり前のようでいて、実際にいざ実行するとなると以外に難しい数々・・・。でも、難しいと理解しているのは、あくまでも自分のエゴ(精神体)であることをお忘れなく。もうそろそろ、周囲から変人だと批判されようとも、このように生きることが大切な時期に来ていると思いませんか?ライトワーカーやワンダラーの皆様いかがでしょうか?
2008年09月03日
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