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2016.01.08
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カテゴリ: 邦書



 元プロドラマーという著者の経歴が反映されている。


粗筋

九重山の山中で、吉木という人物の死体が発見される。山や昆虫に詳しいという理由で、昆虫巡査こと向坊一美が捜査に借り出される。死体は、貴重な蝶の越冬卵を手にしていた。
 向坊は、越冬卵は高価で取引されており、密猟の対象となる事がある、と何気無く口走る。
 それを聞いた捜査責任者は、吉木は越冬卵を密猟中に滑落し、死んだ、と判断。要するに、事件性は無く、単なる事故死として、捜査を打ち切った。
 向坊は、吉木が密猟者扱いされる事に納得がいかなかったが、自身の発言がきっかけであった事もあり、それ以上追求しなかった。
 数ヵ月後。
 人気ロック歌手の久我卓馬が、公演直後に機材を積んだ11tトラック7台と共に姿を消す。世間は当然ながら大騒ぎし、警察は大捜査を開始。向坊も借り出される。
 懸命の捜査にも拘わらず、警察は久我の足取りを全く掴めないでいた。久我自ら姿を消したのか、もしくは何者かに拉致されたのかも不明だった。
 そんな頃、向坊は手紙を受け取っていた事を思い出す。吉木が越冬卵の密猟をしていたとは考えられない、何かの間違いだ、事故死も有り得ない、殺人だ、と訴える内容だった。
 向坊は手紙の差出人を訪ねる。吉木が発起人となった蝶の愛好家サークルの一員だった。愛好家サークルには、どうやら久我もメンバーらしかった。
 向坊は、吉木の身辺を改めて調査。
 吉木は、死の直前、広大な土地を相続していた。自然を愛する彼は、自然を守る為に土地を所有し続けるつもりだったが、ある建設業者がその土地を狙っていた。前の所有者は、土地を建設業者に売却する方向で合意していたのだが、急死。相続人の吉木に対し、建設業者は前の所有者の規模通り売るよう迫っていたが、吉木は拒否していたのだ。
 蝶の愛好家サークルは、事件の背景には建設業者が絡んでいると睨み、探偵を雇って調査していたが、その探偵は何故かダム建設の為廃村となった地区で、重症を負った状態で発見されていた。
 向坊は、建設業者の背景を調べる。建設業者には、彼が幾度も対峙してきたヤクザ羽生田が絡んでいた。事件は、かなり危険なものになってきた、と向坊は悟った。
 向坊は、ダム建設で廃村となった地域に向かう。
 そこで、久我を発見。彼は、自身の行動が吉木を死に追いやった事を悔やみ、その事実を世間に訴える計画の一環として、雲隠れしたのだった。
 警察は、失踪した11トントラック7台が一同に移動している、と読んでいた。が、久我は下積み時代に運送会社で働いていて、その運送会社に頼んで同様のトラックを全国に動員。7台のトラックは、それらに紛れて分散して移動。だから見付からなかっただけだった。
 重症を負った探偵は、当初は蝶の愛好家サークルの為に調査を進めていたが、背景に建設業者や、久我の失踪が絡んでいると知ると、建設業者側に寝返り、建設業者の為に久我を追うようになった。久我と接触する直前、久我を匿っていた仲間に呼び出され、重症を負わされたのだった。
 向坊と久我に対し、羽生田が手下を放ち、襲い掛かるが、二人は仲間の助けを借りて廃村から脱出。
 久我は、建設業者の不正を公にする為、コンサートを開催。ラストで、所属事務所の社長が計画に加わっていた事を観客の前で明かした。
 この告発により、建設業者や、羽生田の手下が芋づる的に検挙される。吉木の死も実は殺人であった事が漸く明らかになった。しかし、羽生田本人はトカゲの尻尾切りで難を逃れる。



解説

 著者の趣味や経歴が存分に反映された小説。
 ただ、「活かされた」とは言い難い。

 昆虫巡査こと向坊が登場するとあって、昆虫に関する情報が随所に散りばめられているが、昆虫そのものが事件の鍵を握っていた、というまでにはいかず(第1作では、昆虫がまさに事件の鍵を握っていたらしい)、昆虫情報が盛り込まれていなくても充分成立するストーリーになっている。

 本作の最大の謎は、人気ロック歌手がどうやって11トントラック7台と共に失踪したのだ、というものだったが、真相は単純過ぎて(分散し、他のトラックに紛れただけ)、肩透かしを食らった気分。
 監視カメラやETCが無かった時代だったからこそ成立するトリックで、現在だったらたちまち発覚してしまう。
 現在を舞台にしていると臭わせながら、本作が発表された時代と現在の技術水準のギャップを読者側で考慮しなければならない、という点では、最早本格推理小説として成立していない。

 キャラも、魅力に乏しい。
 主人公の向坊は、元々警察組織のエリートコースを進んでいたが、ある件をきっかけに失望し、エリートコースから身を引き、地方警察の巡査に留まっている、という設定。
 著者は自身が創造した主人公が物凄く優秀で、作中に登場する他の人物も主人公が物凄く優秀であるかの様に接するが、読者にはその優秀さが伝わってこない。
 自身の都合でエリートコースから離脱した割には、未練たらたらの言動が目に付き、好感が持てないのである。
 エリートコースとは無縁の、田舎生まれの田舎育ちの、田舎の派出所の冴えない容貌のお巡りさんが、田舎にいるからこそ活きる知識を駆使してエリート気取り共を出し抜いて難事件を鮮やかに解決、という設定に出来なかったのか。

 ストーリ展開も、よく分からない部分が多い。

 ・・・・・・事故死と思われていた死が、実は殺人で、それに伴って人気ロック歌手が失踪。それらの事件の裏には、ゴルフ場開発を手掛ける建設業者が絡んでいて、更にその背景には主人公と幾度も対決してきたヤクザがいた・・・・・・。

 ・・・・・・要約すると有り得そうな展開だが、地方警察の一巡査に過ぎない主人公に、007のブロフェルドの様な宿敵(陰謀を実行に移そうとするが、主人公に阻止される。主人公に後一歩のところまで追い詰められるが、トカゲの尻尾切りで辛うじて逃れ、次回作でまた登場)がいる、というのはやり過ぎ。
 推理小説(のつもり)なら、真犯人が1冊ごとに捕まって裁きを受ける様にした方がすっきりすると思う。

 著者が元ミュージシャンという事もあり、本作にはロック歌手が登場し、音楽活動が重要な鍵を握る展開になっている。
 音楽にも興味がある読者なら、「音楽と推理小説の融合!」というのは喜ばしいのかも知れない。が、音楽に特段興味が無い読者からすると、命を狙われている筈のロック歌手が警察に出向いて保護を求めるよりライブを開催する事に執拗にこだわり、警察もそれを後押しするストーリー展開や、上手いのか下手なのか分からない歌詞を文中に挿入する作風は、理解し難い。

 どんな読者に狙いを定めているのかも分かり辛い。
 本格推理小説にしては、推理の部分が殆ど無く、物足りない。
 環境保護を訴える社会派小説にしては、訴えの内容に新鮮味が無い。
 音楽を絡めているが、音の出ない本で歌詞を挿入したところで、あまり意味が無い。
 ヤクザを絡ませてアクションシーンを盛り込んでいるが、これも場違いな感が否めない。

 ロック歌手やヤクザの部分を省いて、「単なる密猟者の事故死と思われていた件は、実はゴルフ場開発を巡る陰謀だった」というストーリーにしていた方が、シンプルでリアリティがあるものになっていたと思われる。
 かなり月並みの、著者の経歴が全く活きない小説になってしまうけれども。
 月並みの小説になるのは嫌だからこそロック歌手やヤクザの部分を盛り込んだのかも知れないが、それだったらもう少し上手いやり方がなかったのか、と思ってしまう。


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Last updated  2016.02.05 22:05:06
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