希望の綴り

小学2年生


環境的には、変化が無く 娘の学校への行き方も1年生の時と変わらない日々を過ごしていた。

私も娘の事が心配だったし 6年間のうちに一度は役員をやらないといけない決まり(?)が有るので、この年に娘の学年の役員をやった。
遠足も付き添い(毎年父兄が2名程付き添う事になっている)で一緒に行った。

相変わらず母子分離は出来ない状態の娘。
この年の夏休みに次男がお腹にいる事がわかった(*^。^*)
私は、望んでいた赤ちゃん!!
しかし、旦那には、「産むのか?」と言われ又夫婦仲は険悪なムードになった。「○○(娘)が、こんな状態でもう一人増えて大丈夫なのか?」というのが、旦那の意見だったが・・・・!!「赤ちゃんが生まれる事によって良い影響もあるのでは無いか?」と私は、反論した。

私は、子育ての講演会やら色々と出掛けて行った様な気がする。
そんな時、当時の適応教室(現在のサポートセンター)の室長の先生の講演会が、あった。
友達から評判の良い先生で、話をすると安心出来たよ!という事を聞いていたのでぜひ話を聞いて貰いたいと思っていた。
運良く 講演会の後 話をする時間を設けて貰えた。

その時に、「母子登校をしては、どうか?」と言われた。
私もその方が良いかな?と思い
早速次の日から担任の先生に話をして母子登校が始まった。
私が勝手に相談に行った事は、担任の先生には不満があった感じだったし、母子登校も担任は、やって欲しい事では、無かった感じだった。
しかし、そこは賢くて切り替えが早い先生だと思った。
すぐに、私の要求を受け入れてくれた。

でも一緒に行く私の居場所が無い学校だった。
私の方が教室で一緒に居るのが辛くなった。
娘に「保健室に行く?」と言ってしまった。
娘は、保健室は{体の具合が悪い子が行く所}という固定観念があった様で、不思議そうな顔をしていた。
「教室に入れない子が行っても良い所だよ」と言ったら
「そうしたい」と娘も言った。
これも担任は、不満な感じだったが、やはりすぐに要求を受け入れてくれた。それから母子での保健室登校が始まった。
私もお腹も大きくなっていくし 母子登校は、決して楽ではなかった。

そんな時、保健室登校をしている仲間のおかあさんから箱庭療法をしている方を紹介して頂いた。
毎週1回のペースで行っていた。
最初娘は、敬遠してなかなかやらなかったが、一緒に行っている長男がやるのを見て やり始まった。

娘は、まず置きたい物を最初に全て選んで それから砂の中に置き始めていた。 
箱庭の先生の話だと だいたい娘の年代は、置きながら次は、何を置こうかな?と選びながら置くらしい??
娘の様な置き方をした子は、高校生では見た事があるけど この年代では初めてだと言われた。
この箱庭も 車で往復1時間あまりの場所にあって
私のお腹が張ってしまうので 途中で行かなくなってしまった。

箱庭の先生には、せっかく心を開き始まった時に それを整理つけないで止めてしまったから・・・不登校が長引いてしまったかな?と後で言われたが。
私も一緒に箱庭をした事が有った。
親子で一緒にやった事例は、少ないと言う事で 
後に箱庭の大元で先生が、発表(?)した事があり、その時は大元のお偉い先生方に 子供では無く 親(私の事)をカウンセリングするべきだったとレッドカードを出されたと 電話を下さった事があった。

娘が、私から離れるきっかけは、私の体が悲鳴をあげた事だった。
その時期は、インフルエンザが流行っており、保健室にいるとうつると言う事で 保健室登校の子は、会議室が居場所になっていた。
その日は、私は体がだるく 会議室で机に伏せていた。
その様子を見て娘は、「帰っていいよ」と言ってくれた。
それから私がいなくても学校へ居られる様になった。

一人で学校に居られる様になって少ししてから
私は、切迫早産で入院となった。そのままお産となったので 2週間位の入院だった。
その期間 お義母さんに娘と長男の面倒をお願いした。
長男は、色々文句を言うが、娘は学校へも行くし、いたっておりこうだと お義母さんが、話をしていた。
娘は、この時も我慢していたのかもしれない?

次男のお産の日
たまたま日曜日で 娘は病院に来た。
最初は、長男も一緒に来たが 旦那と一緒に帰って行った。
午後は、仕事に行くからその帰りに寄るという事で 娘は私の側に居た。
その日は、36週が過ぎたからと言う事で 
点滴をとったら すぐに陣痛らしきものがきた。
長男も36週で産んで 発達の事で色々心配をしたので、私はまだ産みたくなかった。再度点滴をお願いしたが・・・
(そういえばこの時、看護婦さんに どうしたいの?と怒られた記憶が・・・ それって私が決める事ではないのでは?医者が決める事じゃないの?と疑問に思った)
点滴の針を入れる場所を看護婦さんが探せず・・・
産んじゃいますか?という事になった。(記憶があいまいだが、確かそうだったはず?)
私は、破水するまでは、微弱陣痛であまり痛みは無い人
娘と夕飯を一緒に食べている時(最後のデザート1個を食べようとした時)
破水した。
そのまま痛みが強くなり、ナースコールも押せない状況!!
娘にナースコールを押して貰った。
いや~娘が居てくれて本当に助かった。
その後15分(やはり記憶があいまいだが こんなものだった様な気がする)あまりで次男は、誕生した。
家族の中で最初に次男に対面した娘・・・

旦那へ次男誕生の電話も娘がした。
何度電話しても 携帯を別な場所に置いていたらしく通じなくて(*_*)
それでも一生懸命電話していた娘・・・!!
しっかり者の娘だった。
次男の誕生と一緒に2年生も終わった。


2005年10月12日

小学3年生 へ続く

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