スターリンの子供たち Stalin’s Children:Three Generations of Love and War
『スターリンの子供たち』という邦題を見ると勘違いしそうですが、これはスターリンを父に持つ子供たちの話ではありません。原題がそうなっているから(Stalin’s Children:Three Generations of Love and War)直訳としてそのまま取られており、実際このタイトルの方が人目を惹くのだが、内容との齟齬が生じる点についてはどうかと思われます。 さて、それでは本作が誰の話かというと、著者の祖父から父、そして著者に至るまでの家族三代を主人公としたノンフィクションであり、惹句“ロシア版『ワイルド・スワン』”もここから来ています。ではなぜ“スターリンの子供たち”なのかというと、著者の祖父がスターリン粛清時代の最中の人であり、彼の娘であり、著者の母親となる女性もまた、ソ連の独裁者の影響を多大に受けているからです。 権力というものはまことに恐ろしい。それに寄り添っている間は何でも手に入り、何でも受け入れられるが、ひとたび背けばたちまち牙を剥いて襲いかかる。実はそれは、共産主義国であっても、赤狩りで荒れた資本主義国アメリカであっても同じこと。一家の大黒柱である父親(著者の祖父)を奪われ、一家散り散りになった母と姉妹は過酷な人生を歩む。その傷が心身ともにどのように刻まれたかが前半のクライマックスであり、中盤~後半では、妹娘のリュドミラ(著者の母)が成長し、ロシアに魅せられた英国人の父と出会い、艱難辛苦を乗り越えて共に暮らすまでが描かれる。鉄のカーテンありし頃の共産主義国の女性と結婚するまでの経緯は、その件だけで十分ドラマティックだ。各章とも著者が取材をした現代の部分が冒頭に現れ、それから過去へと遡ってゆく。全くの素人が描いたのではなく、『ニューズウィーク』モスクワ支局長でもある著者は、自身の歴史を極めて客観的に描いており、好感が持てる。引用される手紙も気恥かしいものはなく、中でもリュドミラの真摯な思いには心打たれるものがありました。 冷戦という時代自体を知らない世代が増えて行く中で、是非読み継いでゆきたい書のひとつです。