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徒然なる追憶の枝葉
1. Ghostly Field Club
白崎 博人 (しらさき ひろと)
周囲の性質や気を読む程度の能力。親類皆無。天涯孤独。
宇佐見 蓮子 (うさみ れんこ)
星から時間を、月から居場所を知る程度の能力。好奇心旺盛。秘封倶楽部の実質的リーダー。
1. Ghostly Field Club
カラーン、リン、リン
ホーシ、ツクツク、ホーク、ツクツク……
風鈴の涼しげな音と、暑苦しげな蝉の鳴き声で、気分的温度は、現実の温度とプラスマイナスゼロだ。
そんなことを寝起き頭で考えながら迎えた残暑の朝。
気温が上がるまで寝続けていたせいで、背中には汗がびっしょり。
言うまでもなく、気分は最悪である。
手探りで布団のそばに散乱している雑多なものの中から、右手で団扇を探し出して、体に扇ぐ。生ぬるい風が、左手でつまみあげた寝巻きの襟から、胸へと流れていく。気持ち悪いが、しないよりましだった。
そうやってしばらくだらだらとして血圧を上げた後、むっくりと起き上がる。夏休み最後の朝は、いつもと変わらない、ただただ平凡なものにすぎなかった。
東京の夏は、年々暑くなってる気がする。記憶に温感は残らないから、感じるだけかもしれない。天気予報なんてまともに見ないから、裏づけのしようもない。まあ、そもそも興味がない。
台所にて、手馴れた手つきでフライパンの中の卵を熱していく。外周の固形化してきたところからかき回して、内側にまんべんなく転がしていく。それを何度か繰り返して出来上がり。月面ツアーが催される時代、こんな時代遅れなキッチンで、こんな時代遅れなことをやっている高校生なんて、俺くらいのものだろうな。
出来た卵焼きを置いた小さな食卓には、既にご飯と味噌汁(インスタントだが)が用意してある。ここ一週間くらい、朝は全く同じ、このメニューである。
団扇をその辺りに放り捨て、食べ始めた。
時計を見る。9時17分。午前中にある友達との待ち合わせをしているが、この時間なら十分ゆっくり出来るだろう。そう思って、朝ごはんはあえてゆっくりと食べた。量が少ない分、よく噛んで満腹中枢を満たさねばなるまい。
15分かけて丁寧に平らげて、食器を流しに放置。服に着替える。あんまり遠出するとは聞いていないので、軽装でいいんだろうか。あいつと共に行動するときは、一泊二泊の旅になるようなことも多い。まあ、明日から二学期が始まるのだし、いくらあいつでも初日から学校を放り出すようなことはしないだろう。……そう思ってから、自分の考えに自信が持てなくなってきたところが怖い。
ともかく、家を出た。家に面する通りの先がゆらゆらと揺れているさまを見て、元々なかったやる気が更に削がれる。家の中に引き返しそうになるが、あいつとの約束でも、一応は約束だ。無理やりボロの日本家屋から足を踏み出して、あいつとの集合場所である最寄の駅へと向かった。
駅を中心として、放射状に広がる小さな繁華街。よくある街の形式といえる。その例に漏れず、集合場所となっている駅の周りも、さまざまな雑居ビルが乱立している。その中を抜けて、駅の改札口の前で立ち止まった。時計の示すところは、10時21分。集合時間は6分前だったはずだが、それらしき姿は見当たらない。まあ、いつものことだ。本当に。
それから更に一分経って、人ごみの中から、ようやく見慣れた姿の「あいつ」が姿を現した。
「ごきげんよう。博人。調子は?」
「良くも悪くもないと思う」
自分より一回り背の小さい少女――宇佐見蓮子が姿を現した。青みがかったYシャツと、目立たない紅色のネクタイに、黒の帽子とプリーツスカート。右肩からは大きなショルダーバッグ。彼女はこのスタイルを気に入っているらしく、いつもこうである。
「今日は7分遅刻」
「正確には7分18秒ね」
「遅れた奴が待ってた奴より遅刻した時間に詳しくてどうすんだよ……」
「だって、空を見れば分かるもの」
もはや定型となったやり取りが続く。傍から見れば、駅でデートの待ち合わせでじゃれあっているカップルにしか見えないだろう。
現実には違うのだが。
俺――白崎博人と、この宇佐見蓮子という女は、実は、ただの人間ではない。まあ、そう言っても、大した人間でもないのだが。
何が常人と違うのか。
簡単に言うと、世間一般で言われる超能力や、霊能力といったものを持っているのだ。……といっても、少年向けアニメのように激しいバトルを繰り広げるわけではないし、することもできない。何か意味があって与えられた力でもなければ、実用的な力とも限らない。本当に、なんで自分がこんなもの、と思えるような超能力だ。
多くはないが、世界にはそういう人間がいくらかいる。蓮子と俺は、幸か不幸か、それらの仲間であった。
蓮子は、星空を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで現在地を把握する能力。
俺は、付近に流れる霊気や妖気といったものを読む能力。
俺と蓮子は、そういう力を持っている。そして、霊能者同士として、オカルトサークル「秘封倶楽部」をしがなく続けているのだった。
「秘封倶楽部」は、世間一般から見れば、常識を逸した活動をする気味の悪いオカルトサークルである。だが、オカルトサークルの中で見る限りでは、よくある集団だった。
それでも、他のサークルからはまともな活動をしない不良サークルと思われているようだ。他では真面目に超常現象を解き明かそうとか陰陽道を研究したりしている一方、秘封倶楽部は蓮子の一存にて方針が右往左往し、面白半分にそういうものに手を出して、結果が出れば大成功、というような活動の仕方がほとんどである。言ってしまえば蓮子の暇つぶし、娯楽の一環にすぎない。
これが不良霊能者サークルだと疎まれるゆえんであることは、言うまでもない。
だがこの話は、全て蓮子からの受け売りである。実際のところ俺は、霊能があるからといって彼女に振り回されているだけで――蓮子と共に行動することはまんざらでもないが――秘封倶楽部が外からどう思われているのかとか、そういったことにはあまり興味がない。
あってもどうこうという話でもないし。
集合の後、蓮子に連れられて、駅前の路地の奥にある小さな喫茶店に入った。蓮子は秘封倶楽部の活動を行う際、事前の予定を立てたり、考察を行うために、この店をよく使う。店全体が古びたアンティークショップのような雰囲気だ。調度品の数々は、そのそれぞれがとても凝ったデザインの代物で、西洋風を感じさせる。それらは店内の雰囲気を出すためだけに作られた模造品ではない。みな、遠い昔に遠い土地で作られ、何人もの所有者の手を渡り、ここに流れ着いてきた品々だ。店のオーナーのこだわりが感じられる。
作られてから長い間経ったものには、相応の年季が入る。俺の能力はそういった「ものが得た経験」に反応することも多いし、店のアンティーク品の中には、あからさまに妖気や怨念が漂ういわくつきの品もある。いかにも蓮子の好みそうな店だし、実際本人も気に入っているようだが、そういう理由があるため、俺はなんとなく落ち着かなくて、居心地が悪かった。
蓮子が近くのブースに入ったので、俺も続く。使い込まれた木のテーブルと2つの椅子があり、俺たちは、それぞれに腰を下ろした。やってきた顔なじみの店員に、俺がアイスティー、蓮子が紅茶と、いつものメニューを頼む。
「今日はどんな用なんだ?」
この店に入るということは、霊能関係の話であることは間違いない。俺の言葉に反応して、蓮子はショルダーバッグの中に手を突っ込みながら答える。「知り合いのサークルからもらったんだけど」
一枚の写真がテーブルの中央に置かれた。夜中の写真だ。月明かりがあるためか、それなりに鮮明に景色が写っている。光源のない状態で綺麗な写真を撮るのは、このご時世でも難しいのだ。
「結界の境目を写したものらしいわ。分かる?」
「ほう、どれどれ」
俺の能力は、周囲の霊気や妖気を読む能力だが、正確には、対象の物体の周りにあるそういった気から、その対象の性質や歴史を、おぼろげながら感じ取ることも出来るのである。たとえば、対象が今自分のいる土地だった場合。その土地で何か特別なことが起きたか、そこがどういう土地か、何か霊感に触れるものがここしばらくの間に通ったか、または今現在いるか、などということが読み取れる。読めるもの・感じるものの性質や具体性などはさまざまだが、読み取ろうと念じると、漠然と心の中に浮かんでくるのだ。写真の場合、映された景色の土地柄を読むことが出来たりする。
手にとって、まじまじと見つめてみる。奥深い森の中、アングルは少しだけ空に向いていて、星々がたくさん輝いている。普通に見るとそれだけだ。
だが。
軽く目を閉じて、心の中で念じてから、再び見てみる。すると、景色のある一定の奥行き以降が、明らかに「異質」だった。これが結界の境目というやつだろう。
正確に表現すると、撮影したこちら側が普通の土地であるのに対し、その奥行き――境目以降の土地は、こちら側の土地の性質に、何か別の大きな性質が付加されている。
普通、土地には、土地が土地であるための、いわば基幹ともいえる性質というのがある。これはその性質上、どの土地でも元々あるものだから、特におかしなものではない。いわくつきと言われる土地とか墓地というのは、その基幹的性質に、いわくだとか墓という性質が付加されるのである。だが、それはあくまで付加的要素にすぎない。土地の大本は、基幹的性質なのだ。
だが、この境目以降の土地は、付加的要素というにはあまりにも大きな性質が、基幹的性質の上にかぶさっている感じだ。その存在感は、基幹的性質に匹敵する。というか、もはや対等ともいえる。だが、更にその要素がどういった性質のものかまでは、写真ではさすがに分からない。また、純粋な霊気や妖気といったものも感じられた。しかしこれらも、普通の土地よりはるかに強い。
今まで秘封倶楽部での活動を長らくやってきたが、こんな場所は見たことがなかった。
その旨を丁寧に解説してやると、蓮子は即答した。
「実際にそこに行ってみましょう」
言うと思った。
「いいんだが、いつものおちゃらけ結界暴きのノリで行くと、大変なことになるかもしれないぞ。ものがものだから」
「なら、慎重に調査すればいいだけのことじゃない? まあ、現実にはそう簡単にいかないけどね。この写真の撮られた場所は、写真の提供者が教えてくれたから、あとは現地で探索するだけよ」
「まあ、確かにこれだけ異質だと、興味が湧かないこともないな」
「でしょう? この結界、半径十数キロくらいの円を描くように張られているらしいわ。一部では前から何かの霊的要所だって言われてたみたい」
「へえ」霊的要所、か。「情報網の広い蓮子が、今更そんな重要なことの探索に乗り出すなんて、珍しくないか? いつもサークルの間で新しい霊所の話が出ると、真っ先に飛びつこうとするのに」
「褒められてるのかそうでないのかよく分からないけど、今回に限って、貴方の出した統計学的予測に反した、というだけの話ね」
「……その通りだな。で、本題に戻るが、いつ行くんだ?」
「んー」蓮子が唸る。「明日から学校だから、そうね……来週の休日を丸々使うとか」
「俺の貴重な睡眠時間が……」
「割と遠出になるから、行きの電車で眠れると思うよ。悪くないと思うけど」
確かにそうだが……と反論しようとして、蓮子を見る。嬉々とした表情で、俺を見ている。実に愉快そうだ。この顔を見ると、どんなことを言われても断れなくなる。
「まあ、別にいい。特に異論はない」
「じゃあ、決定ね。詳しい予定とかは追って報告させてもらうわ」
蓮子がすっと立ち上がる。
すっかりアイスティーの氷は溶けてなくなり、紅茶は冷めてしまっていた。
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