10月のバラ 【15】





marukun&mie3


アレキサンドリアは地中海の花嫁





 街の全てが静寂に包まれ、太古の深い海でたゆたっているクラゲのようだった。
二人はそれぞれのー余韻ーに浸っていたのか、闇に紛れていくように無口に戻った。  
祝祭の余韻に浸りながら道行くと、やがて通りはTの字に交差した所に行き着き、どちらを選択するかを、またいつものように迫られるのだった。現実はキツイわ。
「たぶんこっち」言うや否や、                       
「あっ、人がこっちに来るよ。聞いて見ようよ、聞いてみようよ」と、せかす妻。
聞いてみようよ、じゃなくて、聞いてみてよ、のくせに。           
聞くのも、選択気力も、虚脱感で萎えていたが、しかたなく前者を選択した。  
たまたま通りかかった男に、すれ違う手前で息殺して声かけようとしたら、   
「どこへいくのか?道に迷ったのか?」と先に声かけられた。         
暗くて顔ははっきりとわからなかったが、初老の男は山高帽を被っており紳士然とした身なりだった。ホッとした。                      
「オベロイホテルへ行きたいんですが」                   
「ああ、それならこの道を真っ直ぐ行き、しばらくするとたどり着けるよ」   
彼はエジプト人ではないぞと思えるくらい流暢な英語で教えてくれた。     
お礼を行って去ろうとする私たちは彼に呼び止められた。           
「もしよかったら」間を於かず彼は一気にまくし立てた。エジプシャンに変身だ。
「明日、サッカラやメンフィスの砂漠への一日ツアーはどうだい?オベロイに泊まっているんだろう?7時に迎えに行くよ。4WDでな、日本製だよ。どうだい?いいかい。ワンダフル、ベリィナイス間違いなしよ。絶対お得だよ、いいね?よし決めた!」  
「あのー、残念だけど明日の早朝私たちはギリシアへ向かわねばならない。今晩でエジプトにいるは最後なんだ。ほんと残念(嘘)だけど」           
「エジプト最後の日」と告げられた彼は急にしゃっくりが出始めたかのようにびっくりして慌ててまた紳士に戻り、帽子に手をかけて丁重に謝り去っていった。  
エジプト最後の日---自分で唱えながら何故か実感がなかった。       
二人は山高帽に教えられた通りを左へ曲がり、ますます無言で歩いた。     
今、紳士に出会って、「今晩の出来事」、最中は気づかなかったことを思い巡らした。 
ナズラット・サマーン村の中を馬に乗りまた自分の足で歩き見た住宅のどれをとってもそこの住民たちが決して裕福といえるような経済状態ではないことを示唆して
いた。  
それなのに、この国で過ごした一週間何度も声かけられた挨拶がわりのような文
句、---「バクシーシ(恵んで)」と声かける者が一人もいなかった---ことに。                                   
爽やかな一陣の風が吹いた---舟を漕ぐ、 テーイップの子分たちの顔が蘇る--- 
いつも素敵な風に包まれていた。魅惑のハーモニーの出会いと別れとともに----。  





空2



 カイロのラムセス中央駅で、ルクソール行きのワゴン・リー社の寝台列車を待つ間のひととき--たまたま同じテーブルに居合わせたミスル社のヤスルにそっくりなのだけどヤスルとは別人のガイドとコムオンボの衣料商人にアラビア語を教えてもらったり、お互いの身の上話をしたりして楽しい一時を過ごした。      
打ち解けた私たちの友情にと、キオスクで紅茶を4つ求めて彼らに勧めた。   
私がヤスルに教えてもらったティーバックの紐をスプーンに巻きつけて絞り漉す姿を見て彼らは目を丸くした。                        
「君はエジプト人だったのか?」と二人におどけられた。           
指輪をなくして意気消沈していた私は一時の友情と、プラットホームにひんやりとした風が吹き梢がざわめくのを、                      
「ブリースイズナイス」とある単行本で知った言葉を口にした。








 アブシンベル行きはハプニング続きだった。飛行機の変更、その飛行機はこない、乗り込んだ飛行機は別の航空会社だった、帰りはカイロ行きの飛行機が出な
い・・・・。 
むちゃくちゃだったが、むちゃくちゃ楽しかった。              




予定外にまたアスワンへ戻ってきた。
エジプト・エアーの人たちと南アフリカ老人クラブと唯一の現地人と私たちを乗せたバスは砂漠を抜けバスマホテルへ滑り込んだ。   
「フライトは8時の予定だから7時に迎えにくる」南アフリカの心やさしいおじさんと別れて、私たちとターバンを巻いた商人三人のみが置いてけぼりとなった。 
今日一日食事をとってない。
「 今、 食事はできるか?」閑散としたレストランで尋ねると、喜んでとばかりにオープンテラスへ案内された。二人はそれぞれ肉と魚を注文した。しばらくして供されたのは私が頼んだのは2皿とも魚で妻のは2皿とも肉だったことに腹を抱えて笑った。
ヌビアとアラブの混血のチーフとウェイターへ、        
「今度アスワンに来たら、絶対ここに泊まるから」と伝えて間もなく黄昏たカタラクト(狭い流れ)の向こうの丘からコーランの朗唱が流れはじめた。爽やかな風とともに。 








アレキサンドリア郊外を海沿いに走り、宮殿近くの海水浴場で地中海の風にあたった。 
ミスル社のアルバイトガイド、カイロ大学生のオーラはフランス語のガイドを伴っていたが、なんと二人とも海を見るのが初めてと言う。私たち以上に海にはしゃいでいた。 
オーラはリビア国境に近い砂漠の中のオアシスの出身だという。村の名は初めて聞く。 
持参していた地図で彼女に「村はどこ?」と聞くが、「わからない」と困惑する。
パーキングエリアの売店で彼女に買ってあげた飲料水はたまたまダイエット・コーラであった。
彼女は、ぼそっと、「ダイエット?必要ないのに」彼女は潮風に吹き飛ばされそうなくらいほっそりしていた。
地中海の風が彼女のスカートにいたずらした---。                                          
アレキサンドリアとは地中海の花嫁


---しかし、さわやかな風が私たちを包んでいるばかりではなかった----。



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