ふさまろにっき

ふさまろにっき

人生のどん底。 ①




初めは、義母やその子供達に、なんとか歩み寄ろうと頑張ってみました。
でも、もの心つく前から母がいない私にとって、どうやって接していいのか、どんな事を話していいのか分かりませんでした。
義母の方はというと、私が邪魔なようでした。
私さえいなければうまくいくのにという感じでした。


父は父で、義母とその息子2人(私の6歳下と7歳下)を連れて色んなところへ遊びに連れて行ったりしていました。
休みの日ごとに、海へ行ったり山へ行ったり、買い物へ行ったり・・・。
私は、誘われもせず、『行ってくる』と声を掛けてさえもらえず夜まで一人ぼっちという事が何度もありました。
勿論、私の朝、昼、晩のご飯の用意もなしです。
帰ってきた父に文句を言うと、『どうせ誘ってもお前は来ないだろう?』と。
家の中で、私一人孤立していました。


ご飯、トイレ、お風呂。
それ以外は自分の部屋から出なくなりました。
会話も、必要最低限の報告のみでした。


私が中学1年の春、義母は女の子を出産しました。
すると、以前にもまして私の居場所はなくなりました。
赤ちゃんに私が触れようとすれば、あからさまに嫌な顔をする。
義弟たちには『お姉ちゃんと口をきくな』と言う。
私が学校から帰ってきたのを知ってか知らずか、友達に電話で私のことを『あんな子いなきゃいいのに!でも、旦那の子だから仕方がない。ご飯作って、洗濯してやってればそれでいいのよ』と、大声で話している。


その頃、父は仕事で月の半分程家を留守にする事が多かった。
父がいない時は、義母たちもいないことが多かった。
自分の実家へ帰っていたのだ。
勿論、私のご飯はない。
たった5000円の1ヶ月のお小遣いでパンなどを買って食べていた。
父がいないときの義母は鬼のようだった。
義母が実家からもってきたトースターでパンを焼いていると、『勝手に使わないでよ!』と言い、コンセントを抜いて持っていったり、私がまだお風呂に入ってないのにお湯を抜いたり。


そして、この頃から父の暴力が始まった。


義母とのケンカはいつも私のことが原因だった。
そして、私を殴る。
『お前が素直じゃないからだ。お前がおかあさんって呼んで仲良くしようとしないから、家族がうまくいかないんだ。お前がいなけりゃうまくいくんだ』と。
おまけに、『お前の母親と結婚したのがそもそもの間違いだった。お前がいなけりゃ俺はもっと違う人生を歩めたし、お前がいなけりゃあんな子持ちと無理して再婚する事もなかったんだ。お前のせいで俺の人生はメチャクチャだ!』と言われた。


父が私を殴ってる時の義母の顔は一生忘れない。
ニヤニヤと笑いながら嬉しそうにこっちを見ている。
ニヤニヤと笑いながら『もう、許してあげれば~?』と心にもないことを父に言う。
悔しかった。腹立たしかった。
何度も死んでしまいたいと思った。


そして、中学2年生になる前の春休み。
突然、義母が『あんたに1年間だけお父さんを返してやるよ!』と言い、実家へ帰っていきました。
その日から1年間、父との2人暮らしが始まりました。
やっと嫌な思いから解放される・・・とホッとしました。


でも、そこからまた新たな地獄の始まりだったのです。



続きます・・・


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