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November 30, 2005
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テーマ: 回想(14)
カテゴリ: 思い出
最近、


「柿の思い出は二つありますが、
コメントでは書き切れないので
いつかブログに書きたいです」

とコメントに書いたら、
読みたいとことのかさんが返事を書いて下さったので
今日は柿の実の思い出を書いてみようと思いました。







●柿の実の思い出●






私が高校1年の秋まで過ごしていた家は
農村地帯にありました。

と言っても、
そこは細い道の両側に家がびっしり立ち並んでいました。

うちとうちの北隣りの床屋さん、
うちの西北向かいの知彦君ちとミエコんち、
その北側の魚屋さん以外は殆ど農家でした。


私は小学校に入るまで母の実家にいたので
その地区では新参者でした。

何故か近所には私と同じ年の子供が沢山いました。

南隣りのカズちゃん。

西北向かいの知彦君とその隣りのミエコ。

北に5軒隣りにタカちゃん。
その斜め向かいには男子がいて
その隣りにはミユキちゃん。

ごく近所でも私を含めて9人も同い年の子がいました。


女子でいつも遊んだのは
カズちゃん・私・タキちゃん・ミエコ・タカちゃん
の5人でした。

そしてそこのボスがミエコでした。


ミエコは頭と口の回転が早い子でした。
それでボーっとしていた私とタキちゃんは
ちょっとした事で意地悪をされました。

ですから一緒に遊ばないで家で一人遊びをよくやりました。


タキちゃんはちょっと変わったところがある子でした。

(私には言われたくないかもしれません(- -ヾ)


タキちゃんの家の前は
50cmほどの高さの太い石が組んで
北側に6メートルほど、
南側に12メートルほど囲んでありました。

低い石垣なので隠す物では無く、
敷地を示すものだったと思います。


うちの敷地の出入口の門の調度向かい側が
タキちゃんちの北の石垣側になっていました。

ですからうちの敷地を出なくても
タキちゃんちの石垣が見えました。


ミエコにいたぶられる事が多かったタキちゃんは
その石垣の上に座って、
よく足の垢こすりをしていました。

タキちゃんはよく転ぶ子で、
膝小僧はいつもかさぶただらけでした。

そのかさぶた剥がしもしていました。


一番記憶に濃いのは、
その北の低い石垣と家の間に
一本の柿の木が生えていたのですが、

これが珍しくも甘いゴマ柿だったのです。
ゴマ柿は焼酎で漬けなくても、
そのまま食べられる甘い柿です。
近所では他にありませんでした。

ですから秋になると男の子たちが
この甘い柿を狙って長い棒を手にやって来るのでした。

何しろおやつなんか貰えない時代でしたから
甘い柿がなっていたら、
男の子が狙わない訳がないんです。

それで3~4人の男子が柿を取ろうとしていると
タキちゃんが「うちの柿を取るな!」と叫びつつ

長い長い物干し竿を振り回して、
男子達に立ち向かって来るのです。

その懸命で必死のタキちゃんの顔が
とても記憶に残っています。


タキちゃんのお父さんは、
私がオタフク風邪で学校を休んでいる時に
病気で亡くなりました。

多分、小学1年生の頃だと思います。

タキちゃんの家はお祖父ちゃんもいませんでした。
だからお母さん、お祖母ちゃん、お姉ちゃんとタキちゃん
の女性だけの4人家族でいつも必死で過ごしていました。

ですからタキちゃんは自分の家の柿を
自分が守らなければ、
と思っていたんでしょうね。


私はその様子を自分の家の玄関近くから見ていました。
どうして助けてあげなかったんでしょうね。




タキちゃんとはクラスの女ボスと共に闘ったという
特別な記憶もあるのに、
あんまり親しくなかったんです。


この事件は小学5~6年生の頃の事です。
クラスの女ボスのフキちゃんはお金持ちのお嬢さんでした。

人に命令するのに慣れていたらしくて、
私たちに色々命令していました。

何故かクミちゃんという子が
フキちゃんから嫌われていました。

小柄で、お目目と髪の毛がくりくりの
可愛くておとなしい子でした。


当時の田舎の子供はみんなおとなしかったのです。
特別な子以外は
誰も自分の考えなんか口に出来ませんでした。

それでフキちゃんに「クミちゃんの頭を叩け」
なんて命令を受けても逆らえずに従っていました。

クラスの女子が全員クミちゃんの前に
順番に一列に並んで頭を叩いて行くのです。

皆いやいやなので強くは叩きませんが
悲しそうな顔をしたクミちゃんは反抗も出来ず
じっと座って耐えていました。

他に悪口を言え、
というのもありました。


人から命令されて行動するのは
とても惨めです。

自尊心が失われます。


私はボーっとしている子供だったのですが
段々耐えられなくなって、
とうとう担任の先生に相談しました。

担任のサトー先生(20代後半・男性)は
「自分たちの事は自分たちで解決しろ」と言いました。

サトー先生は元々は中学にいたので
小学生の指導が苦手だったんだと思います。


困り果てた私は、
また我慢してクミちゃんをいじめるフキちゃんに
加担する生活に戻りました。

でも、とうとうある日我慢できなくなりました。

それは図画工作の時間でした。
外でスケッチをしていました。


私は意を決してフキちゃんに立ち向かいました。

「フキちゃんは悪い人だ」と言いました。

フキちゃんは怒ってクラスの女子を全員周りに呼びました。
フキちゃんは女子に聞きました。
「MYが私を悪いと言っている。みんなはどう思う?」

みんな怯えていました。
誰も逆らえませんでした。

一番の仲良しのミチコさんも
いじめられる中心にいたクミちゃんさえ
私の周りに立って言いました。

「フキちゃんは悪くない。MYちゃんが悪い」

「ほら見ろ。私は悪くない」
とフキちゃんは宣言しました。

勿論孤立と恐怖心とで参ってしまった私は
おいおいと泣きながら、
それでもまだ言い募りました。

「フキちゃんが悪い!」

すると不器用で転んでばかりいる、
垢こすりの得意なタキちゃんが加勢してくれたのです!

「MYちゃんは悪くない。フキちゃんが悪いんだ」

勿論タキちゃんも泣いていました。
恐かったのです。とっても。

わんわん泣きながら、
私とタキちゃんは「フキちゃんが悪い」と
言い続けました。

昔の朴とつな子供ですから、
上手に言う事が出来なかったんです。

するとフキちゃんも泣き出しました。
「私は悪くない」
と言いながら泣き出しました。

フキちゃんとタキちゃんと私の3人は
座って画板を膝の上に置いたまま泣いていました。

その周りには恐怖で固まった
クラスの女子が立って黙って取り囲んでいました。


なんとも異様な光景だったと思います。

男子は近付きませんでした。
女子の闘いでした。


その後の細かい展開は忘れてしまったのですが、
なんとフキちゃんが豹変しました。

穏かな人になったのです。

それまでフキちゃんは人から注意をされた事が
なかったのだそうです。

それでショックを受けて泣いたようでした。
そして初めて彼女は己の行いを客観的に見て
反省したようで、変わったのです。


それからのフキちゃんは普通の女の子になりました。

私はフキちゃんの家の人が悪いんだと思いました。
良い事と悪い事を教えなかった親が
いけなかったのだと思いました。

それ以後、
しばらく私はフキちゃんと仲良くなりました。

でも、たった一人加勢してくれたタキちゃんとは
その後もなんと言う事はなかったのです。


きっとタキちゃんは
正義感から立ち上がってくれたのだと思います。

なのに当時の私はその事を
あまり認識していなかったようです。

以前の生活にもどっただけでした。
女子のいじめはなくなって平和になりました。

(でも男子との闘いがのこっていましたが)


タキちゃんにお礼を言っておけば良かったと思いました。
一言も言ってませんでした。

私は高校1年で引越してしまい、
タキちゃんは二十歳頃に病気で亡くなってしまったそうなので
ろくに話もしていませんでした。

一度もキチンと話した事がありませんでした。
遊びはしましたが、話しをしませんでした。

残念です。
どんな人だったのだろうか、と
今頃とても気になりました。


クラスでたった一人だけ加勢してくれた
西向かいの同級生。

何故加勢してくれたのかも聞きませんでした。
子供ってそのまま受け入れるんですね。

不思議にも思いませんでした。



それで私は柿の実を見ると
男子からゴマ柿を守って闘っていたタキちゃんを思い出し、

ついで小学5,6年の頃にクラスの女ボスと
泣きながら2人だけで闘った事を思い出すのでした。


不器用なタキちゃんは近所の花嫁さんが
嫁入りの行事をするのに見とれていて、
花嫁さんがタクシーに乗り込む時にドアに手を掛けていて
自動ドアが閉まった時に一緒に手を挟み、
手を血まみれにして泣気ながら医者に連れて行かれた、
という記憶もあります。




そんな不器用なタキちゃんの柿の実の思い出です。






もう一つは長くなったので明日書きます。









●那須高原のイラストのような雲●


27日の那須高原の夕方には
イラストみたいなくっきりした雲が出ていました。

那須高原の雲・1

那須高原の雲・3


まるでディズニーアニメも雲のようでした。

那須高原の雲・2









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Last updated  November 30, 2005 10:33:09 AM
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