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August 18, 2006
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カテゴリ: 娘の不登校
●娘の不登校生活が始まりました・2●


記憶がかなり定かじゃ無くなって来たので
かなりはしょって書くかもしれません。


ようやく
2月10日に書いた日記 の続きを書こうと思います。

(それまでの経緯は「娘の不登校の発端について
娘の不登校生活が始まりました・1 」をご覧下さい)









2003年の5月から6月に掛けて三週間、
娘と一緒に登校した後

娘は体調不良を訴えるようになり
家にいるようになりました。



その頃の娘の体調は
アトピー性皮膚炎が悪化して

肘や膝や首の他に



車に乗ると酔うようになりました。

その前までは
走る車の中で本を読めるくらいに
三半規管は丈夫でした。


人の多い所に行くと



寝るまで
何時間も掛かるようになりました。

ですから寝付くのは遅い時間で、
起きるのも昼近くになりました。

頭やお腹が痛いと
言いました。

ですから全体的に
元気がありませんでした。



私は無い知恵を絞って
考えました。

とにかく身体的に悪い所があるかどうかを
掛かり付けのドクターに
見てもらおうと思いました。

ドクターは悪い所は無いので
精神的な問題だろうと言いました。


次に近くの心療内科に行きました。

すると小学5年は小さ過ぎるからと
ある小児精神科を紹介されました。


小児精神科では事情を話して
安定剤をもらいました。

カウンセリングなどは
ありませんでした。

ただ薬をもらうだけでした。



そこでまた考えて
小学校から貰った資料の中に

不登校の相談をする所が
書いてあった事を思い出しました。


沢山書いてあって
どこに相談して良いのか分からないので

とりあえず不登校○○○○
と言う所に電話をしました。


事情を話すと
直接私や子供と会って話をしてはどうか?

と勧められたので、
娘を連れて出掛けて行きました。



2度ほど二人一緒に話をしました。

と言っても娘は人見知りが激しいので
話しをしていたのは私だけです。


その後は娘と私は別々に話をしました。

後で聞くと
娘はどうも箱庭療法をしていたようです。


私は専門家のカウンセラーではない人に
1時間話をしました。

いつもうんうんと聞いて下さるのですが
愚痴を言っているだけの気がしました。

話ても何も得る所がないので
ただ行ったと言う満足感だけでした。



そうしているうちに小学校の校長先生から
教育事務所主催の不登校の親の会
「わかばの会」に出席を勧められました。

不登校児を持つ親が集まって
どんな話をすると言うのだろうかと

正直な話、
全く期待しないで出掛けました。

一度は行ってみようと言う
簡単な思いだけでした。


それはうちから車で5分ほどで行ける
とても近い所での集まりでした。

しかも連絡しなくても
当日参加しても良いと言う
実に私向きでした。

私は急に体調が悪くなる時があるので
約束事は不安なのです。


「わかばの会」は
カウンセラーのI先生が中心になって

話し合いや講和がある
理性的な集まりでした。

ただの愚痴の会じゃないかと思っていたので
とても驚きました。


脳の仕組みによる
物事の把握の仕方や

表現の仕方や整理の仕方なども
話しがありました。


親が話をするとI先生が
それを整理整頓して行くのです。

そこには感傷的なものはなく
理路整然としていて

私向きの納得の行くカウンセラーだ
と言う事をはっきりと理解しました。


人間の心にとって大事な核を
大事にする方だ、

とも思いました。

人間として素適な方だ、
とも思いました。

こんな方なら話が出来るかもしれない
とも思いました。


それで、
教育事務所で個別のカウンセリングも行っている

と知って
すぐに申し込みました。


予約制でしたので
随分先まで埋まっていました。


今思えばそれがあったために
今があると思います。

このI先生との出会いがなければ
あの後我が家はどうなっていたやら
恐ろしいです。



何しろその頃は
クラスの皆があの担任に耐えているのに

どうしてうちの子だけが耐えられないのだろう?
と、
それしか考えていませんでした。

どうしたら学校へ行けるようになるんだろうか?
と、
そう言う目の前の事しか考えていませんでした。



夫は時々娘が家にいる事に気付くと
「どうして学校に行かないんだ!」
「我儘だ!!さっさと行きなさい!!」

と怒鳴るだけでしたので
私は夫からも
娘を守らなければなりませんでした。



私自身はと言えば
学校に通って授業や掃除に参加したり

先生に会いに行ったり
病院に通ったりと

普通の人がしない事をしなければならず
体が丈夫じゃないので
色んな事がひどく応えてくたびれていました。


そしていつも胸が苦しくて悲しくて
うつ状態が続いていました。

それまでも長い間神経内科から
坑うつ剤と安定剤を貰って飲んでいたのですが、

その頃は体調が安定していたので
朝に坑うつ剤、
夜に安定剤を飲んでいたのを

朝夜にどちらも飲むようにしました。



私が何故坑うつ剤と安定剤を飲んでいたのか
と言うと

私自身が子供時代から
沢山の問題を抱えていたのですが

結婚生活で
我慢に我慢を重ねた生活をしているうちに

すっかり寝たきりになった時期があり
それがようやく良くなって来た所だったのです。


15年ほど前から
沢山の病院で診て貰っても
原因や治療法が分らず

ただただ安定剤を飲みつつ
遠い整形外科に通ってマッサージや
背骨の矯正をしたり、

朝鮮人参の漢方薬を飲み、
沢山のサプリメントを飲み、

総合可視光線で一日何時間も
治療をすると言う事を

何年も続けて
ようやく起きていられるように
なって来た所でした。


それが
I先生とのカウンセリングで
その理由や情況まで理解出来るようになりました。







つづく。






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Last updated  August 18, 2006 11:41:47 AM
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