凍えたココロ

凍えたココロ

Ripples ~細波~



エアコンの無い部屋で 女は

堪らず冷蔵庫を開け ペットボトルに口をつけ

ミネラルウォーターを 飲み干す

耳を澄ますと 小さな波音が聞こえる。




さざなみ・・・





此処は海に近い 小さなボロアパート

2畳余りの台所に 6畳の部屋だけ

女は軽装を身に纏い 扉を開けて

外に飛び出て 走った。






目の前に広がる 海 海 海

月の光は 少し眩しい 満月

砂浜に降り立ち 細波を眺める

少し湿った潮風が 頬を撫でる




押しては引いていく 波 波

部屋を出る前に 手にしたビールの

プルタブを思い切り引き ぐっと飲む

喉に 胸に 染み渡るビールの炭酸






茹だるような部屋の暑さから解放され

女の心も解放され 服を脱ぎ

走って波の中へ 飛び込む

月光に 跳ねる 海水 泡 泡 泡

此処は誰も来ない 穴場

惜しげも無い姿になった女は

奔放に 水泳で鍛えた身体で

沖に向かって 心地良く 泳いでいく

其処には あの暑さなんて もう無い






我慢などせずこうすればよかったんだわ






一心不乱に さざなみを掻き分け沖へ向かう

女は本気で イルカに逢うつもりである






泳ぎ疲れ 身体を自由にして 天を仰ぐ姿勢で

ぷか ぷか ぷか 浮かぶだけ

女が 服を脱ぎ捨てた場所から 軽く

100mは 離れているであろうか

月を仰ぎ見て あの人を思う

去年の今頃 この海に沈み 未だ上がってこない

あの人の亡骸を






女が この海の見えるアパートへ

引っ越してきたのも その為である




「偶には会えるかも知れない」




と あの時の様に 茹だる暑さの続く日は

軽装で走って この海に来る






私は此処にいる

そしてあなたを思い出す

私と死んでもいいと 言ってくれたあなたを

その前にたった一人で 逝ってしまったあなたを






得意のクロールで浜辺に戻り

女は服を身に付ける

此処は誰も来ない 海 海 海

足から血が流れているのは

海底の 尖った岩を 踏んだから

気にせず女は スニーカーを引っ掛け

家路に戻る






またこの暑さがきたら

女は いつも あの海で 泳いでいる事であろう

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