*いちごひめ*

*いちごひめ*

塚不二(♀)小説    春日桜子様



大事な言葉




 不二は白いTシャツに制服のスカートという姿でテニスコートの周りを走っていた。
 その表情は珍しく不機嫌だった。
 普段の彼女は温厚な優しい笑みを崩さない。
 身近な人間に吐き出す言葉は猛毒だが、容姿のかわいさとその笑顔で彼女は校内で高い人気を誇っている。
 その不二が『グラウンド20周』を男子テニス部部長の手塚に言い渡された。
 現在8周目。
 「なんだって僕が手塚の命令で走らなきゃならないのかな」
 呟く声にも怒りが滲んでいる。
 彼女は本来女子テニス部の副部長である。
 だが練習中に手首を痛め、将来を考え完治するまでは
 絶対に練習に参加させないと、顧問の竜崎に言い渡された。
 「そんなのつまらない」
 駄々を捏ねる不二に彼女は、大所帯の男子テニス部のマネージャーをさせることにした。
 乾がいるので必要ないように思われるが、彼にも練習があるため完全に部内をサポートできているわけではない。
 後輩の育成など課題は山積みだ。
 不二も暇を持て余すよりもマネージャーをすることを選んだ。
 その彼女が走っている。
 マネージャーの仕事ではない。
 彼女はただ教えていただけなのだ。
 レギュラーが来る前のコートで1年にサーブの練習をさせていた。
 レシーブの練習も同時に行うため、反対のコートには2年を付かせていた。それはいつものことだった。
 違ったのは、彼女が1年のラケットを借りて教えていたことくらいだ。
 着替える前の手塚に見つかったのは、30球を数えたころだった。
 制服のまま手塚はコートに入ってきた。
 「何をしている?」
 その声だけで後輩たちは動きを止めた。
 不二は首を傾げた。手塚が怒っていることに気付いたからだ。
 「サーブを教えてるだけだけど?」
 「…手首はどうした?」
 「……なんともないよ。30球程度だし、痛くないから大丈夫だよ」
 ひらひらと手首を振ってみせる。
 「体力を持て余してるのか?」
 「そうだね。じっとしてるのに飽きちゃったかな?」
 「そうか」
 手塚は不二からラケットを取り上げた。
 「20周」
 「は?何それ…?なんで?」
 「体力が余ってるなら使ってこい」
 「ちょっと…横暴だよ!!」
 背後で後輩たちが項垂れていた。
 (それを面と向かって言えるのは不二センパイだけです…)
 何か問題を起こすと間違いなく言い渡されるランニング。
 それに正当性を感じながらも、周回の多さに不平を言いたくなる時がある。だが、今まで文句を言った者はいない。
 さらに増やされるからだ。
 「僕マネージャーだよ?」
 「もう5周プラスされたいのか?」
 「…職権乱用だよ…」
 「つべこべ言わずに行け」
 不二はきつく睨みつけると、黙ってコートを出た。



 不二が走っている間に、レギュラーは集合していた。
 今日はランキング戦とあって、皆自分の準備に専念している。
 (対戦表準備しないと…)
 最後の周回を終わらせ、不二は用意された長テーブルの前で足を止めた。
 怒りに任せて早いペースで走ったため、呼吸がかなり乱れていた。汗がシャツを濡らして気持ちが悪い。
 タオルで汗を拭きながら、不二はテーブルに寄りかかった。
 対戦者名が記入されたスコア表をクリップボードにセットする。各コートで記録をするためだ。
 それをコートの各ベンチに置いていく。
 まさしくマネージャーの仕事である。
 あとは対戦結果を聞いて対戦表に記入をするだけだ。
 不二はテーブルと共に用意されたパイプ椅子に腰掛けた。
 「…見てるだけか…」
 頬杖をついてコート内を見つめる。
 面白くないことこの上ない。
 手首はまったく痛まない。体調は万全だ。それなのに練習に参加することを禁じられている。
 不満が募るばかりだ。
 すでに1ヶ月マネージャーをやっている。
 そろそろ復帰させてくれても良いはずだ。…病院の承諾は受けていないが。
 (病院も大げさだよね。…本人が痛くないって言ってるのに…)
 試合が進み、順調に対戦表は埋まっていく。
 対戦状況を聞きに来る人間の対応に追われ、試合を見る暇もなく時間は過ぎていく。
 聞きに来るのは部員だけではない。フェンスの周りには、他の部のユニフォーム姿や制服姿の野次馬が群がっている。
 テニス部のランキング戦は校内の名物みたいなものだ。
 男女テニス部ともレギュラーの容姿に定評があるだけに、興味が沸くのだろう。
   テニス部主催で賭けが行われているのも、原因の一つだ。1口100円という安さがうけている。
 見学が多いことに配慮してか、いつからか掲示板が設置されるようになった。
 今不二の背後に立っている。
 掲示板は、ベニヤ板の簡単な作りで、両端の角材をブロックに突き立てただけのものだ。
 それに対戦表を貼り出している。
 出しているにも関わらず、問い合わせが多い。
 内心うんざりしながらも、これもマネージャーの仕事である以上、にっこり笑って応えるしかなかった。
 試合を消化した手塚が近づいてくる。
 「Aブロックは終了だ。他のブロックはどうなってる?」
 クリップボードを不二に差し出した。
 「見ればわかるよ」
 不機嫌に掲示板を指して、不二はスコア表を受け取った。
 「…上着はどうした?」
 汗を掻いた後は、身体を冷やさないようにするのが鉄則だ。故障をしたくなければ。
 「持ってきてないよ。運動するとは思ってなかったからね」
 「手首の筋が断裂しかけてるのにサーブなんかするからだ」
 「僕の身体のことだよ。きちんと手加減してるよ。保護者でもないのに小言言うのは止めて欲しいね」
 ビキ…
 見ていた部員たちは聞こえるはずのない音を聞いた気がした。
 「心配して言ってるんだ」
 「いつから君はそんなに器用な人間になったの?他人のことより自分の肘を心配したら?」
 すでに2人の周りに人はいない。
 険悪な雰囲気を感じ取って逃げ出している。
 「自分の実体験による忠告だ」
 「…嫌な切り札を使うね…」
 手塚が左肘の故障でテニスが出来なかったときを知っている不二には、それを言われると切り返す言葉がなくなるのだ。
 不二の顔から不機嫌という表情が消えた。
 次の段階に進んだのだ。
 不機嫌という言葉では言い表せないほどの険悪な雰囲気が無表情に宿る。  「どうにかしておくれ…」
 遠巻きに見守っていた顧問の竜崎が大石に救いを求める。
 大石は俯いて首を横に振った。
 すでにBブロックの最終戦を残して試合は終わっている。が、誰もスコア表をマネージャーに持って行こうとはしなかった。
 「まあ…2人が喧嘩するのはよくあることだし…」
 すぐに仲直りしますよ。 そう言いかけた大石の耳を手塚の怒鳴り声が貫通した。
 「どうしてテーピングすらしてないんだ!」
 「利き腕だよ?あんなのしてたら授業なんて受けられないよ!」
 「それだけ酷いって事に自覚はないのか?」
 「病院からは順調だって言われてるよ!なんで僕が君から説教食らわなきゃならないのかって言ってるんだよ!」
 「順調とは言われても治ったとは言われてないだろう!」
 「…う…君にしては鋭いね…」
 珍しく不二が怯む。
 「そろそろ終わりそうですね」
 大石が疲れた表情で言うと、同じような表情をした竜崎が頷いた。
 僅かに身を引いた不二を手塚は畳み込んだ。
 「完治する前に無理をして二度とテニスが出来なくなってもいいのか?そうでなければおとなしくしていろ」
 「…君に言われるとむかつくからイヤなんだ」
 「そんなことぐらいで無茶をするな。恨み言は完治してから聞く」
 「僕しつこいよ?」
 「…知ってる。身体が冷えると筋が痛むはずだ。ミーティングをしている間に着替えて、テープを用意していろ」
 「…今回は君に譲るけど…次はこうは行かないからね」
 不二は悔しさをこめて呟くと、手塚から渡されたクリップボードを彼に叩きつけるように押し返した。
 周囲からは安堵のため息が零れた。中には汗を拭う者すらいる。
 「…早く完治してくれないと…心臓に悪いよ…」
 竜崎は胸を押さえた。
 大石は言葉もなく胃を押さえていた。



 誰もいなくなった部室で2人は向き合って座っていた。
 「痛むだろう」
 手塚が不二の手首を持ち上げる。
 不二は顔をそらして答えない。
 実は少し前からずきずきと痛み始めていた。
 その手首にテープが巻かれていく。
 「今日はきちんと湿布をして寝るんだな」
 テープをカットして止めるとテーピングは完了だ。
 固定された手首を不二は見つめた。
 「…保護者以上に過保護だよね」
 「甘やかしてるつもりはない」
 「そうかな?…僕がマネージャーになってから君の小言が増えた気がするんだけど?」
 まず初日にスカートの丈が短すぎると言われた。当然喧嘩になった…。
 続いて無防備過ぎると丸1時間説教された。これは不二に問題があったので大人しく黙って聞いた。
 男子部よりも女子部のほうが練習が早く終わるため、不二は帰りの着替えは男子の部室を借りていた。そのとき鍵を締め忘れた…。
 入ってきた部員は大喜びだが、手塚の怒りも大きかった。
 それ以外にもいろいろ注意された。
 心配性にも程がある。
 「…誰が言わせてるんだ?」
 「言わせたいわけじゃないよ。君が粗探しするかのように言ってくるから…」
 「男子部にいる間は注意しろと言っているのに聞かないからだ」
 「神経質になりすぎだよ」
 「…なりたくてなったわけじゃない」
 不二が部室の鍵を締め忘れるまでは、手塚も言いたいことを我慢していたのだ。
 あの時は怒りで目の前が真っ暗になったのを覚えている。
 それ以後、我慢することを止めた。
 今日のこともそうだ。手首の件も問題だが、それ以上にミニスカートで肢体を伸ばすサーブを、
 男の前で打ってみせる神経に危うさを感じずにはいられない。
 「僕のせいになるの?」
 不二は唇を尖らせて講義した。
 彼女はまったく気に留めていないようだが、それが手塚の心配を誘うのだ。
 「俺のせいでもいいから、早く完治してくれ」
 ため息混じりに本音が零れる。
 女子部で練習しているのなら、目の届くところにいないので心配のタネをまかれることはない。
 「…なんか気に触るんだよね…」
 「なにがだ?」
 「君が素直じゃないこと」
 わけがわからないと、手塚は頭を振った。
 だいぶ疲れているようだ。
 「少しは嫉妬した?」
 手塚は呆れたように不二を見つめた。
 「そのために仕組んだわけじゃないだろな?」
 「そんなことのために着替えを見せるほど愚かじゃないよ。喧嘩だってしたくないのに。
  …少しは僕のこと好きなのかなって…ちょっと思っただけ」
 「付き合ってるのに今更何を言ってるんだ」
 恐ろしく信じられないことだが、この2人は付き合っている。本人から聞いたレギュラーたちでさえ、未だに信じていない事実だ。
 2人が付き合っているような素振りは、まったくといっていいほど見当たらない。時々一緒に帰る程度だ。
 「だって君の小言は一般的な常識を教えることばかりで、君の感情なんてほとんど含まれてないよ。
 保護者みたいだっていうのはそういうこと。君の言ってることが正しいのはわかるけど、不安にさせるのも確かだよ」
 「小言を多くさせたのはお前だ。自覚しろ」
 手塚はテニスバッグを肩にかけて、不二に立ち上がるよう促した。
 通学用の薄いバッグを持って、彼の後ろについて部室を出ると、外は薄暗くなっていた。
 寒さに身震いした不二は少し驚いて笑顔を取り戻した。
 左手に感じる手塚の手の温もりが嬉しかった。
 「ねえ、手塚?」
 不二は左手に力を込めて、彼を見上げた。
 「僕のこと好き?」





 END



 ☆姫玲くぐな様へ☆

 16000HITのキリリクです。
 『不二がマネージャー設定』…なかなかおいしいネタでした。
 ごちそうさまでした★
 今度は臨時じゃないマネージャー設定で書きたいですね!!
 …ええといかがでしたでしょうか?
 これからもお付き合いくださいませ★

 2003.10.20 春日桜子
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 桜子さまvvありがとうございました♪
 マネージャー不二(萌)
 手塚は本当に不二を心配してましたね!!
 心配したり嫉妬したりと・・・
 素敵でした★
 桜子さまのサイトにはリンクから行けます

 2003.11.8 姫玲


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