ありがとうのホームページです

ありがとうのホームページです

7 トルストイの身に起こったこと

レーウィンの身に起こったこと


 トルストイを語るとき、(実際はほとんど理解できないでいるのですが)アンナ・カレーニナのこの部分は忘れてはいけないような、大切なところだと思っています。


《この、百姓とも共通の、おれに霊の平安を与えてくれる唯一の喜ばしい知識は、一体どこからやって来るのだろう?どこから、おれはそれを手に入れたんだろう?》
《キリスト教徒として、神の観念の中で育てられ、キリスト教が与える精神的幸福でその生涯を満たし、その幸福にどっぷり漬かって生きて来たおれ、そのおれが、まるで子供のようにその幸福を理解せず、それを破壊しようとしている。つまり、自分のよって生きる基盤を破壊しようとしている。ところが、自分の人生に重大な危機が訪れるや否や、ちょうど飢えや寒さに苦しむ子供のように、神々にすがろうとする。そのくせ、いたずらをして母親から叱られる子供たちほどにも、豊かさにおごって、まるで子供っぽい狂気の沙汰を反省しようとしないのだ》

《そうだ、おれがそれを知っているのは、理性によって知っているのではなく、おれに与えられたもの、啓示されたものであって、おれはそれを心によって、教会の主要な教えに対する信仰によって知っているわけだ》

《教会?教会!》レーウィンはこう呟くと、ごろりと寝返りを打ち、肩肘をついて、遥か対岸から川岸へ近づいて来る家畜の群れを眺めた。
《それにしても、おれは教会の教えを全部信ずることができるであろうか?》と彼は、自分自身を試すかのように、現在の彼の平安をみだす可能性のある事柄を、いろいろ思い浮かべてみた。彼は教会の教えの中でも、一番奇怪に感ぜられ、彼の心を惑わしていた二、三の教えをわざわざ思い出した。《創造?しかし、おれは何によって存在を証明しようとしてきたか?存在自体によってか?それでは結局、説明にならないのではないか?

それに悪魔とか罪とか。一体、何でもって悪を説明したらいい?それに贖罪とは…》《しかし、おれは結局、自分がみんなと一緒に告げられたこと以外には、全然何もわからないのだ》

 彼には今や、教会の信条の中には一カ条も、一番大事な神への信仰、人間の唯一の使命である善への信仰を破壊するようなものはないような気がした。
 教会のあらゆる信条の根底に、私欲のではなく、真実への奉仕を捉えることができた。そして、どの信条もそれを破壊しないばかりでなく、むしろ絶えず地上に地上に現れている重要な奇蹟の完成のために、必要欠くべからざるものであった。その奇蹟とは、ほかでもない、何人にとっても、種々さまざまな無数の人々と、つまり賢者や神がかりとも、子供や老人とも、百姓とも、リウォフとも、キティとも、乞食とも、王さまとも、どんな人間とでも一緒に、疑いもなく同一のことを理解し、われわれが生きるに値する唯一のもの、われわれが尊重する唯一のものである霊生活を築いていくことが可能だ、ということなのである。

 彼は仰向けに寝ころびながら、雲一つない高い空を眺めた。《これが無限の空間であって、決して丸天井ではないことを、おれが知らないだろうか?しかし、おれがどんなに目を細め、視線を凝らしてみても、やっぱりそれは、丸い有限なものとしか見えはしない。そして、知識としては、それが無限の空間であることが分かっていても、それを一つの画然たる青天井と見るおれも疑いもなく正しいし、もっと光を見ようと視線を緊張させる時のおれよりもずっと正しいくらいだ》

 レーウィンはもう考えることをやめてしまい、ただ何かを嬉しそうに」熱心に語り合っている内心の声に、耳を傾けるようにした。
《これこそ信仰というものではないか》夢ではないか、といった気持で彼はそう思った。《神ヤ、ナンジニ感謝ス》彼はこみ上げる慟哭を抑え、両眼にあふれる涙を手で拭いながら、そう唱えた。

                             北御門二郎 訳『アンナ・カレーニナ』より




© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: