Innerview-インナービュー 内側から見た世界

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学んでいくこと


ときに試みがあなたを誤りや間違いに導いたとしても、それだけの価値はある。―なぜなら人は過ちを通してのみ学ぶからだ。他に学ぶ方法はない。安全に学ぶ方法はない。学びはこの危険な道を通してのみやってくる。あなたは試み、実験してみなくてはならない。いつも覚えていなさい。何であれあなたのしていることは間違っているかもしれない。―そこに何の保証もない。
どうして新しいものが保証できよう。親はここにいない。先生はここにいない。聖職者はここにいない。いわゆるあなたの指導者もここにいない。ここであなたは、とても新しい状況に独りでいる。あなたはどうしてよいかわからない。あなたは自分でどんな問題にも取り組んだことがないようだ。

これがトーマス・ハンナが「ヒューマノイド(人間ロボット)の状態」と呼ぶものだ。ごく稀にしか、この世界に人間を見つけることはできない。人間と呼ばれている人たちはヒューマノイドだ。ヒューマノイドとは自分で意志することを許されず、不具にされ、麻痺して、いつも誰かが命令してくれるのを探している人のことだ。
ヒューマノイドはいつも誰か暴君を求めている。彼らは何をすべきで、何をすべきではないのかを言ってくれる暴君を必要としている。彼らはいつも指導者を探している。彼らはいつも考えることの責任を投げ出せる隷属状態を求めている。ヒューマノイドにとって、考えることは重荷だ。それは喜びではない。それによって鼓舞されない。彼は心配になる。何も決断できない。間違うのではないかと恐れている。
ヒューマノイドとは本当には大人になってない人のことだ。世界中にそうした人たちがあふれている。ヒューマノイドだ。誰も本当に成人しているわけではない。誰もが父親像を求めている。

自分の足で立ちなさい。それに瞑想しなさい。誰もあなたに命令する人はいない。すべての責任をあなたの肩に担いなさい。それが大人であるという意味だ。「私は責任を取る。この体験に入っていく。間違った方向へ行くかもしれないことを完全に知りながら、あるいは正しい方向へ行くかも知れない。―誰にわかる?」それはいつも不確実だ。

そしてヒューマノイドはとても不確実を恐れる。彼は保証を必要とする。いつも誰かにそうだと言ってほしい。そして彼は愚かしい極端な行動に走る。どうしたらいいのか、どうしてはいけないのかを決めるのにタロット・カードに相談する。あるいは占星術師や手相見のところへ行く。とにかく自分のかわりに誰かに決めてほしがる。彼は誰かに責任を預けたい。―何か間違いがあれば、いつもこう言うことができる。「しょうがないじゃないか?タロット占い師が悪いんだ。しょうがないじゃないか?手相見が馬鹿なんだ。」
あなたは自分の人生の責任を誰かに取ってもらいたがる。それでどうやって成長していくというのか?どうやって自由になろうというのか?あなたは檻に閉じ込められたままだ。

このヒューマノイドの状態を捨てなさい。それを落とす唯一の方法は自分で意志しはじめることだ。自分で決定しはじめることだ。そしていつでも何か間違いをしたら、その責任を取ることだ。間違いを犯すことに何も悪いことはない。間違うことによってのみ、何が正しいのかを知ることができる。偽りを知ることで、真実を知ることができる。何度も何度も堕ちることで、いかに堕ちないかを知る。何度も何度も道に迷うことで、再び迷わないように見分けられる。他に方法はない。

OSHO:Philosophia Perennis

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