奔るジャッドンたのうえ、追っかけ帳

奔るジャッドンたのうえ、追っかけ帳

「農業振興会議日報」 


 過日、泊まり込みで農村振興委員会が、S町のリゾートホテルで開催された。委員32名中、3分の1が県の農政部と
農業の指導機関のメンバー技術指導員である。

 さらに3分の一が農業関係者および農協関係者、最後の3分の1が学識者、その大半が農業経済、農業化学専門の
大学教授、それにシンクタンク、地域活性化の指導者である。学識者の委員が16期連続のN先生と私を除いて入れ
替わっていた。

 これまで、県の一方的な話を聞く形が多く、私がそれに反発し、噛み付くこともあった。

今年こそ首だと覚悟。それで今日まで居残り。何せ丸1日(6H計算)束縛されて、1Hあたり2270円のお手当て、農業
好き、農業を愛していなければ、金が縁お別れ、また暇でなければ引き受ける人はいない。  農業関係者は別にして
他の委員は発言すれば損というわけではないだろうが、まず職員関係以外,発言なしだ。

 ところが今年は違った。「専門家を集めておいて、官僚が一方的に収束しょうという態度に付いては、昨年改めて欲し
いと改善の申し入れしている。なのに今年も同じこと」と言おうと思い、私が手を上げたら、一瞬早くY先生(K大教授農
業教育専攻、40代後半ぐらいか)が、立ち上がり、同様にの趣旨の発言。それも最初から喧嘩ごし、私よりすごい剣幕
である。

 やあぁ、うれしかった。次に私が発言し、数人の委員(皆、今年任命された大学の先生ばかりでであったのは少し残念
だったが)からも触発されての発言あって、官は内心、カンカンであったに違いない。

 よいしょ、ではいけないし、黙っていても変わらないということだが、発言したから、変わるものという期待を持ちすぎて
もいけない。まず来年も替わらないであろう。なぜか,官僚は委員会の役割を,民に問うたという場として捉えているか
らだ。要するに私達の役割は,民間の意見を聞いたというアリバイに過ぎない。政治家が使う、ガス抜き。そういったこ
とは民間にもあるぞ。

 組織は、とかく仲良し会になったとき、危ない。諫言者を常に、そばにおき、絶えず波風を興すよう最初から組み込ん
でおくことは良きリーダーの務めである。

 商国最後の王、受王は自らが有能であるがゆえに、諫言の多い箕子を退け、甘言をたれる妲己という美人ギャルを
寵愛し,結局超老舗の国をつぶしてしまった。

 倒したのは周公、のちの文王である。彼の右腕が、買人(今の商店主)からスカウトした望(大公望、斉伯),その左腕
がもともと対立関係にあった召の国の召伯である。自社の社員だけを念頭において適材適所という無能な経営者と違
って,広く天下から人材を求め,適所に据えたのである。ここに、実に多くの教訓を学ぶことができる。

 会が、終わり、懇親会に移った。Y先生に「素晴らしいご意見、感激しました。よくいってくださいました」と御礼とよいし
ょを兼ねていったら、「とんでもない。単に気が短いだけです」。気が短いのも才能。

 この県で、たしか女性では農業経営士1号の、Hさんが隣の席だった。というのはウソ。私が狙って隣に座ったのであ
る。 毎年彼女の人柄と話を聞くのが愉しみなのである。

 会では、「昨年、夫をくどいて、農業法人にして、夫が社長、私も月給もらえることになった。24年前、婚姻届に判をつ
いてくれ、と私に頭を下げた夫が、私に月給払うという書類になかなか判こついてくれず逃回った。それで離婚届かこ
の書類のどっちかに判をつけとおどし,4ケ月後しぶしぶ判こついてくれた。

 24年かけて農家の嫁が自立できた、と嬉しかった。働いたら金が入る、ということがこんな感動で、嬉しいものだとは
思わなかった。 さらに嬉しいことに、親は何も言わないのにあれほど百姓をいやがっていた長男が、大学を中退して
後を継ぐといってくれた。多分19歳の次男も跡をつぐだろう。最近の彼の目の輝きから、それがわかる」

まあこんな内容の話を淡々とされた。

 私達、みな脱帽、シュンである。 現場に立つものの発言の重みは、現場を持たない青白い肌をした私達や碩学の
大学の先生が何百人束になろうとかなわない。

 日に焼けた顔、荒れた手足の彼女の美しさは、ハワイや湘南のビーチで肌をやいたギャルなど、絶対にかなわないと
本当に思った。   

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