JEWEL

JEWEL

愛の華 1





“ねぇ、大人になったら、結婚してくれる?“

それは、幼き頃に交わした、他愛のない約束。

“あぁ、勿論さ。”

あの頃は、幸せだった。
優しい両親と、わがままで可愛い妹。
そして、愛する幼馴染。
そんな幸せが、いつまでも続くと思っていた。
“あの日”が、来るまでは。
「お父さん、お母さん!」
炎によって焼かれた邸の中で、両親は息絶えていた。
「こりゃ上玉だ、双子以上の価値があるぞ!」
誰か、助けて・・
誰か・・
幼子の願いは届かず、“彼”は闇の中へと消えた。
「漸く会えたな、麗しの黒鳥。」
絶望、怒り、死に塗れた中に生きていた“彼”を見つけたのは、リッツォリ家当主・アルフレッドだった。
アルフレッドは、“彼”に己の全てを―処世術、社交術、そして裏社会の全てを叩き込んだ。
「さぁ、お前の望みを言え。」
「復讐したい・・僕の幸せを奪った奴らに、同じ苦しみを・・僕以上の苦しみを与えてやる!」
「そうか。」
アルフレッドは、“彼”の艶やかな黒髪を優しく指で梳いた。
「お前は美しい。その望み、わたしが叶えてやろう。だがその代わりに、わたしの為に全てを捧げよ。」
「はい、ご主人様。」
「今日からわたしの事は、お父様と呼べ。」
「お父様。」

スペイン・セビリア。

フラメンコ=ギターの音色と共に、舞台で踊り子達がパーティーを盛り上げる中、一人の女がアントニオの前に現れた。
『もう来ないのかと思ったよ。』
『あら、わたしをお捨てになったのかと思いましたわ。』
女は、そう言うとアントニオにしなだれかかった。
『どうした?』
『あなたの事を想っただけで、躰が疼いてしまって・・』
『可愛い奴め。おいで、ベッドでたっぷりと可愛がってやろう。』
アントニオの寝室に入った女は、寝台の上に彼を押し倒した。
『ふふ、積極的だな。』
アントニオはそう言うと、起き上がって女を己の方へと抱き寄せた。
その直後、彼は女に首の骨を折られ、絶命した。
パーティーの喧騒の中、女は静かに闇の中へと消えていった。
『奴は始末しました。』
『そうか。』
『それは?』
『次の標的だ。アントニオと違って用心深いから、気をつけろよ。』
『わかった。』
女は乱暴に吸っていた煙草の吸い殻をハイヒールで踏み消すと、愛車に乗り込んで姿を消した。
「おい、あれが?ボスの・・」
「あぁ、“死の黒鳥”ね。何でも、人身売買組織の闇オークションで落札して、ボス自ら育てたとか。」
「アジア人にしては、色が白いし、不思議な色の瞳をしているよな?」
「日本人と英国人との混血なんだと。まぁ、深く関わらない方が良いぜ?」
「そうだな。」

オーストリア・ウィーン、オペラ座。

その日は、パリ・オペラ座のバレエ団の『白鳥の湖』の夜公演が行われていた。
女は、すぐさま標的を見つけた。
シンシャナ国第二王子・アブサム。
褐色の肌と亜麻色の髪、そして紫の瞳を持った彼の周りには、数人の護衛が付き従っていた。
(ガードが堅そうだな。ここは、偶然を装って近づいた方が無難か。)
そんな事を女が考えていると、一人の少女が舞台上に現れた。
白磁のような肌、輝く美しい金髪、そして血の如く美しい上質な紅玉を思わせるかのような真紅の瞳。
(火月・・)
脳裏に、幼い頃“彼女”が自分に熱く夢を語ってくれた姿がよみがえった。
『僕、大きくなったら、バレリーナになって世界中で活躍するんだ!』
(夢を、叶えたんだな・・)
もう少し彼女が舞う白鳥を見ていたかったが、自分には“仕事”がある。
(忘れろ・・もう全ては過去、終わった事だ。)
女は俯いていた顔を上げると、蠱惑的な笑みを浮かべながら、ゆっくりとアブサムの方へと近づいていった。
「火月!」
「先生!」
火月が楽屋で化粧を落としていると、控え目なノックの音と共に彼女の婚約者・土御門有匡が入って来た。
「夢を叶えたんだな、おめでとう!」
「ありがとうございます、先生!」

(ごめんなさい、先生・・あなたはずっと僕に優しくしてくれるけれど、僕はもう気づいてしまったんだ。貴方が、僕の大好きな“先生”じゃないことに。)

火月が大好きだった“先生”は、あの日、炎の中で死んだのだ。

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: