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※BGMと共にお楽しみください。「黒執事」の二次小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。シエルが両性具有です、苦手な方はご注意ください。「え、お義父様が?」「仕事も軌道に乗って来たところですし、この際空気が良い所へ暮らしたらどうか、と言われまして。」突然ユリウスから英国行きを告げられ、シエルは激しく動揺した。「どうして、英国に?」「わたし達の実父が、今になってわたしに会いたいと言って来たのですよ。何でも、跡継ぎが居なくなったからだとか・・勝手な人ですよね。母を孕ませ、母ごとわたし達を捨てた癖に・・」シエルは黙って、ユリウスの話を聞いていた。もしかしたら、ユリウスを別れられるかもしれない。「シエル、あなた、もしかして自分は英国には行かないと思っているんじゃありませんか?」「え?」「実父に、あなたの事を手紙で書きました。そしたら、是非あなたに会いたいという返事が来ましてね。あなたも、わたしと一緒に英国に来て貰いますよ、シエル。だってわたし達は・・」夫婦ですからね。ユリウスの言葉に、シエルは打ちのめされた。彼は、シエルの腕を掴むと、己の方へと抱き寄せた。「シエル、あなたのその瞳に、わたし“だけ”を映せばいいのですよ。」「僕は・・」「わたしと別れるなんて言ったら、あなたを殺してわたしも死にますからね。」ユリウスは、シエルの首を絞め、シエルが咳込んだのを見て、そっと両手をシエルの首から放した。「明日は早いのでもう寝ます。お休みなさい、シエル。」「お休みなさい・・」ユリウスが寝室へと下がっていったのを確かめた後、シエルは物音を立てずに貴重品が入った鞄を掴んで家から出た。外は雨が降り始めていたが、シエルは一刻も早くこの家から離れたかったので、濡れるのも構わずにセバスチャンが渡してくれたメモを頼りに、彼の家へと向かった。そこは、歓楽街の中にあった。軽快なジャズの音色と、男女の楽し気な笑い声が風に乗って時折聞こえて来た。擦れ違う女達は皆色とりどりのワンピースを着て、高らかにハイヒールの音を響かせ、米兵と腕を組んで笑っていた。同じ日本だというのに、この街だけが別世界のようで、シエルは頭がクラクラして来た。「あんた、見ない顔ねぇ。それにそのカッコ、いいところの学生さんか、奥様でしょ?」急に肩を背後から叩かれ、シエルが振り向くと、そこには炎のような鮮やかな赤毛をなびかせた男が立っていた。シエルが警戒して鞄を握り締めていると、男はシエルの手からセバスチャンのメモをひったくるかのように奪った。「返せ!」「あんた、セバスチャンの知り合い?じゃ、あたしについて来なさい、セバスチャンの所へ連れて行ってあげるわ。」そう言ってニィッと笑う男の姿は、昔シエルが読んだ『不思議の国のアリス』に出て来るチェシャ猫を彷彿とさせた。「セバスチャン~、会いに来たわよ~!」「うるさいと思ったら、またあなたですか。今度は何です?」「もう、相変わらずつれないわぁ。でもそんなところが、素・敵!」赤毛の男と共に、『パピヨン』の二階にある部屋へと入ったシエルは、ふんどし姿のセバスチャンと目が合い、恥ずかしさの余り俯いてしまった。「ちょっとぉセバスチャン、レディ達の前では服位着なさいよ~!」「余りにも暑過ぎてつい・・今、着替えますね。」セバスチャンがそう言ってシエル達に背を向けると、シエルが床に倒れる音がした。「シエル、しっかりして下さい!」土砂降りの雨に打たれ、シエルは風邪をひいて七日も寝込んでしまった。―坊ちゃん、お粥をどうぞ。「ん・・」「シエル、何か食べますか?」セバスチャンの問いに、シエルは静かに頷いた。「そうですか、ユリウスがそんな事を・・」シエルは、セバスチャンが作ってくれた卵粥を食べながら、ユリウスと話した事をセバスチャンにも話した。「あいつともう一緒に暮らしたくない。」「シエル・・」「あいつは、常軌を逸している・・」シエルはそう言うと、俯いた。そんなシエルの様子を見たセバスチャンは、シエルを家に残し、ユリウスと話し合う事を決めた。「珍しいな、兄さんがわたしに会いに来るなんて。」ユリウスはそう言うと、蕎麦屋の屋台に座っていたセバスチャンを見て、彼の隣に座った。「シエルを、うちで預かっています。」「ふふ、やはりそうだと思った。シエルを早く迎えに行ってあげないと・・」「シエルは、あなたとは一緒に暮らしたくないそうです。」自分と瓜二つの顔をした弟は、暗く淀んだ目で自分を見つめた。「兄さん、あなたはさぞや満足なのでしょうね。わたしから全てを奪って。」「ユリウス、あなた、変わりましたね。」「わたしは元々こういう人間ですよ。兄さんにはわからないでしょうね、同じ顔でありながら、いつも事あるごとに周りから比較されてきたわたしの気持ちなんて!」ユリウスはそうセバスチャンに怒鳴ると、傍に置いてあったものを薙ぎ払った。「ユリウス・・」「わたしはねぇ兄さん、あなたから大切なものをいつか奪ってやると決めたんですよ。」狂ったように笑ったユリウスは、そう言ってセバスチャンを見た。「ね、兄さん、あの子をわたしに下さいよ。いいでしょう?」「シエルは、誰の物でもありません。」セバスチャンは、自分の蕎麦の代金だけを払うと、ユリウスに背を向けてシエルが待つ家へと戻った。「お帰り、セバスチャン。」「まだ寝ていなさい、シエル。」シエルは、苦しそうに咳込みながら布団の中へと戻っていった。「ユリウスの事はわたしに任せて、あなたは風邪を治す事だけに専念なさい。」「わかった・・」セバスチャンの懸命な看病で、シエルは風邪から回復した。「良かった、もう大丈夫そうですね。」「あぁ、お前のお蔭だ。それよりも、もうすぐ縁日があるみたいだな。」「ええ。戦争の間は禁止されていたようですが、行きたいですか?」「行きたい・・」「ハァ~イセバスチャン、遊びに来たわよ!」「グレルさん、丁度いい所に。わたしとシエルの浴衣を仕立てて貰いたいのですが・・」「そんな事ならお安い御用よ~」数日後、戦争中は禁止されていた縁日が、近くの神社で再開され、多くの人で賑わっていた。その中に、一組の男女の姿があった。蒼みがかったダークシルバーの髪と、紫と蒼い瞳をしたシエルは、この日の為に仕立てて貰った藍色の浴衣を着ていた。「良く似合っていますよ、シエル。」「ありがとう。」「髪が少し寂しいですね、これを。」セバスチャンはそう言うと、シエルの髪に血珊瑚の簪を挿した。「何処でこれを?」「そんな事を聞くのは野暮ですよ。」「はは、そうだな。」そんな事を笑い合っている二人の背後に、刃物を持ったユリウスが気配を殺して忍び寄って来た。(兄さん、あなたはここで死すべき人だ。シエルはわたしだけのもの。だから・・)にほんブログ村二次小説ランキング
2025年08月31日
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今回も人間ドラマに溢れた作品でした。 ラストシーンが切なかったです。
2025年08月31日
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素材は、てんぱる様からお借りしました。「黒執事」の二次小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。※シエルが女装しています、苦手な方はご注意ください。男性妊娠要素あり、苦手な方はご注意ください。東宮殿の火事から三月が経った。ヒョンジャの消息は、依然不明のままだ。その火事は、ヒョンジャを恨む何者かが放火したのではないか、という噂が王宮中に広がっていた。そんな中、シエルはセバスチャンの宮殿で伽耶琴を弾いていた。ヒョンジャから受けた暴行の傷が漸く癒え、暫く休んでいた舞の練習も再開できるようになった。「元気そうですね、シエル。」「セバスチャン・・」数日王宮を留守にしていたセバスチャンの顔を見ると、シエルは花が綻ぶかのような笑顔を彼に見せた。「今まで何処に行っていた?」「ちょっと野暮用で、出掛けていました。それよりもシエル、体調の方はどうですか?」「大分良くなった。」「それにしても、今年の夏の暑さは異常ですね。」「あぁ・・」夏を迎えてから、一度も雨が降らず、干ばつで作物は枯れ、人々は飢えと渇きに苦しんでいた。セバスチャンの宮殿は緑豊かな所にあるので余り暑くないが、それでも時折吹いて来る熱風に晒され、ジワリと汗が流れる事があり、それがシエルにとっては嫌で堪らなかった。「水浴びでも、しませんか?最近いい場所を知っているのですよ。」「悪くないな。」その水浴び場―湖は、都から少し離れた所にあった。「気持ち良いな。」日除けの編み笠を脱ぎ、結んでいた髪を解いていたシエルは、誰かの視線を感じて振り向いたが、そこには誰も居なかった。「シエル、どうかしましたか?」「いや、何でもない。」服を脱ぎ裸となったシエルが湖の中に入ると、ひんやりとした水に全身を包まれ、シエルはその気持ちよさの余り、目を閉じた。「気持ちいいでしょう。」「あぁ。」同じ頃、湖の近くで狩りをしていたある両班の青年が、獲物の鹿を追って湖へと向かうと、そこには一人の天女の姿があった。その天女は蒼みがかった銀色の髪をしていて、肌は雪のように白かった。(美しい・・)青年が暫く天女の美しさに見惚れていると、その天女は紫と蒼の瞳で自分を見つめて来た。「若様~」遠くから使用人の声が聞こえ、青年は天女に背を向けて湖から去っていった。(何だったんだ、あいつ・・)シエルがそろそろ湖から上がろうとした時、セバスチャンに背後から突然抱き締められた。「おい、何を・・んっ!」振り向きざまにシエルはセバスチャンに唇を塞がれ、そのまま彼に抱かれた。「すいません、あなたが色っぽくてつい・・」「誰かに見られていたらどうするつもりだ?」「大丈夫、誰にも見られていませんよ。」「お前なぁ・・」王宮への帰り道、シエルは馬上で揺られながらそう言って呆れ顔でセバスチャンを見た。「シエル、あの男から何かされましたか?」「あの男は、無理矢理僕を抱いた。」そう言った時、シエルの脳裏にヒョンジャに軟禁されている間の記憶が甦り、シエルは思わず吐きそうになったが、それをぐっと堪えた。「無理に言わなくてもいいのですよ。」「わかった・・」二人が王宮に戻ると、大妃付きの女官達が数人、彼らの元へとやって来た。「大妃様がお呼びです。」「大妃様が?」二人が大妃の宮殿へと向かうと、そこには数人の男達の姿があった。「セバスチャン、来たか。」「大妃様、何かご用ですか?」「立ち話をするのも何だから、そこへ座れ。」「は、はぁ・・」セバスチャンとシエルは居心地の悪さを感じながらも、数人の男達の隣に座った。「それで、お話とは何でしょうか?」「済まないが、二人共この者らと共に雨乞いの儀式をしてくれぬか?」「は?」「そなたも、この干ばつで民が苦しんでおるのを知っておろう?」「はい・・」「この者達は神官達でな、妾が雨乞いの儀式の為に呼んだのだ。やってくれるな?」そう言って大妃は、笑った。どうしてこんな事に―神官達によって薄化粧を施され、シエルは鏡台に映る己の顔を見ながらそう思った。「どうして、化粧をする必要があるんだ?」「儀式の為に必要なのですよ。さぁ、これをお召しになって下さいませ。」そう言って神官達がシエルに渡したのは、白いチョゴリと水色のチマだった。「白じゃないのか。」「いいえ、シエル様は主役ですから。」「主役?」「さぁ、お時間ですよ。」賑やかな太鼓や銅鑼の音が会場内に鳴り響く中、シエルとセバスチャンは並んで会場に入った。「新郎新婦の入場じゃ!」「お待ちください、大妃様!雨乞いの儀式ではなかったのですか!?」「セバスチャン、妾は“雨乞いの儀式を兼ねた祝言”とあの時言った筈だが?」「っ・・」やられた、と、セバスチャンは思った。王妃とヒョンジャという目障りな存在が居なくなった今、大妃はセバスチャンこそが次期国王に相応しいのだと、周囲に示したくて、今回の事を謀ったのであろう。「セバスチャン・・」ふとセバスチャンが隣に立つシエルの方を見ると、彼は不安そうな目で自分を見ていた。「シエル、祝言を挙げましょう。」「え・・」「恐らく、あなたがわたしの妃となれば、王宮内であなたに手出しをする輩はいないでしょう。」「え、もしかして・・」「シエル、決めるのはあなたです。」シエルはそっと、自分に向かって差し出されたセバスチャンの手を握り締めた。シエルとセバスチャンの祝言と、雨乞いの儀式は滞りなく終わり、あとは賑やかな宴が開かれた。―おい、あれが・・―あの、悪女の・・―隣に居るのは、世子様の側室だった者・・ヒソヒソと四方八方から聞こえてくる両班達の囁き声に、シエルは思わず俯いた。「胸を張れ。」「大妃様・・」「そなたは、妾の孫嫁で、次期国王の妃じゃ。いつも堂々としておれ。」「はい・・」宴が終わり、セバスチャンとシエルは輿に乗せられ、見慣れぬ宮殿へと連れて行かれた。「ここは?」「今日からそなた達が暮らす宮殿だ。」セバスチャン達が暮らしていた宮殿とは違い、朱塗りの宮殿の柱や扉の漆喰が真新しく、夏の陽光を受けて美しく輝いていた。二人が中に入ると、美しい家具や調度品が飾られていた。「新婚のそなた達が暮らすのには、あの宮殿は古過ぎるのでな。」「ありがたき幸せにございます、大妃様。」大妃達が宮殿から去ると、シエルとセバスチャンとの間に重苦しい空気が漂った。これまでシエルは、セバスチャンを自分の“保護者”として見ていたが、“夫”として意識した事はなかった。だが祝言を挙げた今となっては、シエルは急に“夫”としてセバスチャンを意識してしまい、気まずかった。「シエル、あなたに触れても?」「え・・」セバスチャンは人差し指を己の口元に押し当てると、そっとその人差し指を閉ざした窓の方へと向けた。「外に数人、大妃様付きの女官達が居ます。恐らく、わたし達の新婚初夜を見届けようという大妃様の命を受けたのでしょう。」「あ・・」セバスチャンは、次期国王となる身。それ故、“跡継ぎが成せる身かどうか”を、大妃は気にしているのだろう。「何とか誤魔化せないか?」「無理ですね。大妃様は嘘がお嫌いな方です。」セバスチャンは、シエルの夜着の胸紐を解いた。「全てをわたしに委ねて・・」「ん・・」セバスチャンに唇を塞がれ、口内を嬲られた後、シエルは身体が炎に包まれたかのように熱くなった。「何か、変・・」「大丈夫ですよ。」セバスチャンがシエルの下肢に触れると、そこは蜜が溢れていた。「さぁ、わたしの手で、思う存分啼きなさい。」二人が“夫婦”としての契りを交わした翌日、シエルの元に一人の両班が訪れた。「お前は・・」「憶えていて下さったのですね、嬉しいです!」その両班は、そう叫ぶとセバスチャンの眼前でシエルを抱き締めた。にほんブログ村二次小説ランキング
2025年08月30日
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表紙素材は、このはな様からお借りしました。「黒執事」の二次小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。シエルが両性具有です、苦手な方はご注意ください。「黒田さ~ん、郵便です。」「はい。」シエルが女学校から帰ると、郵便配達夫から手紙を受け取った。その手紙は、自分宛のものだった。『シエル、お元気ですか?シベリアでは日々寒さが厳しくなり、冬の星空を見上げながらあなたの事を想います。どうか一日でも、早くあなたの元へと帰れる日が来ますように、あなたの愛するセバスチャンより。』(セバスチャンが・・生きていた・・)シエルは震える手でセバスチャンの手紙を自分の机の中にある寄木細工の箱の中に入れると、首に提げている懐中時計を握り締めた。「只今戻りました。」「お帰りなさい。」そう言って玄関先で自分を出迎えたシエルの様子が少しおかしい事に、ユリウスは気づいた。「何か、あったのですか?」「何でもない。」シエルはそう言って自室に入ると、中から鍵を掛けた。そして、セバスチャンへの返事を手紙に書き始めた。『セバスチャン、お前が生きている事を知って驚いた。ユリウスから、お前は死んだと言われたから。お前を駅で見送ったあの日から、一度もお前の事を忘れた事はない。だから、早く僕の元へ帰って来い。』『シエル、わたしもあなたに会いたいです。わたしがあなたの元へ帰るその日まで、元気でいて下さい。』シエルは、セバスチャンからの手紙を宝物のように寄木細工の箱にしまい、幾度も繰り返し読んではセバスチャンと再会できる日を、指折り数えて待っていた。そんなシエルの様子を、ユリウスは苦々しく見ていた。「シエル、兄さんと文通しているのでしょう?」「どうして、それを・・」「知っているのか、ですって?あなたが考える事など、全てお見通しなのですよ。」女学校からシエルが帰ると、ユリウスがセバスチャンの手紙を持っていた。「あなたは、わたしの妻なのですよ。あなたが他の男と不義密通をしているなど、耐えられません!」「不義密通なんて、相手はセバスチャンだぞ!?」「だからです!わたしは、兄さんをあなたに奪われたくない!」ユリウスはそう叫ぶと、シエルを畳の上に押し倒した。「嫌だ、離せっ!」ユリウスは乱暴にシエルのブラウスを引き裂いた。そして、シエルが首に提げている金の懐中時計を鎖ごと引きちぎった。シエルは、金の懐中時計を握り締め、ユリウスを突き飛ばすと、自室に逃げ込んで泣いた。その夜、シエルは高熱を出した。「シエル、大丈夫ですか?」「セバスチャン・・」「水を、持って来ますね。」シエルは、熱にうなされながらも、只管セバスチャンの名を呼んでいた。(あなたは、決してわたしのものにはならないのですね、シエル。)「あぁ、やっと・・」引き揚げ船の中で、セバスチャンは遥か彼方に見える祖国を見つめていた。シベリアで過ごした数年間は、只管シエルと再会出来る日を思って耐えていた。(シエル、漸くあなたと会える・・)セバスチャン達を乗せた引き揚げ船が舞鶴の港に着くと、船内から歓声が上がった。セバスチャンはゆっくりと引き揚げ船から降りると、祖国に戻って来た安堵感と喜びから、涙が止まらなかった。―セバスチャン・・何処からか、自分を呼ぶ声が聞こえて来た。空耳かと思っていたら、遠くから自分に駆け寄って来る少女の姿に、セバスチャンは気づいた。その少女は、シエルだった。「セバスチャン、やっと会えた!」「シエル!」セバスチャンは、シエルの華奢な身体を力いっぱい抱き締めた。「本当に、お前なんだな!」「ええ、本物ですよ。あなたのセバスチャンです。」セバスチャンは、そっとシエルの頬を撫でた。「少し、痩せましたか?あなたは元々食が細いから・・」「おい、再会した途端に小言か?相変わらず、うるさいな、お前は!」シエルはそう言うと、セバスチャンにそっぽを向いた。「シエル・・」「わざわざ舞鶴まで来るんじゃなかった!」シエルがセバスチャンに背を向けて歩き出そうとした時、シエルの腹が大きな音を出した。「まずは、腹ごしらえでもしましょうか?」「あぁ。」セバスチャンとシエルは、舞鶴港の近くにある食堂で食事を取った。「セバスチャン、シベリアに居た頃は、どんな食事をしていたんだ?」「黒パンの切れ端と、カーシャというお粥に野菜が入っただけの、このかけそばだけよりも粗末な食事でした。そんな食事を与えられ、毎日零度三十度の中、重労働を課せられました。今、こうして生きて帰って来られたのは、あなたのお蔭なんですよ、シエル。」「僕の、お蔭?」「ええ。あなたとまた会いたいという、その想いだけでわたしは生きてきました。」「そうか。」食堂を出た後、二人は旅館へと入った。三年分の垢を風呂で流したセバスチャンが旅館の部屋へと入ると、そこには鏡台の前で髪を梳いているシエルの姿があった。その姿が妙に色っぽくて、セバスチャンは思わずシエルを背後から抱き締めた。「セバスチャン、どうした?」「あなたを、抱きたくなりました。」「セバスチャン・・」シエルは、自分を見つめるセバスチャンの紅茶色の瞳が欲望の炎を宿している事に気づいた。「嫌ですか?」「嫌じゃ・・ない。」シエルは頬を赤く染めた後、俯いた。「優しくしますね・・」シエルの長い髪をサラリと梳いた後、セバスチャンはシエルの唇を塞いだ。「セバスチャン・・」シエルは、セバスチャンの腕の中で何度も蕩けた後、彼の腕に抱かれたまま眠った。「このままずっとここにいたい・・」「シエル・・」「ユリウスと別れて、お前と一緒になりたい。」そう言ったシエルの色違いの瞳は、涙に濡れていた。「ユリウスと、何かあったのですか?」「言いたくない・・」旅館には数日泊まった後、セバスチャンとシエルは汽車で東京へと戻った。「ここに、暫く住んでいます。辛い時は、いつでもいらっしゃい。」「わかった・・」駅の前でセバスチャンと別れる時、名残惜しそうにシエルは繋いでいた彼の手を離した。「ただいま。」「お帰りなさい、シエル。」シエルが帰宅し、玄関の扉を閉めた後、台所からユリウスが出て来た。「夕飯にしましょう。」「わかった・・」「シエル、兄さんと会えましたか?」「あぁ、元気そうだった。」「それは、良かったですね。」ユリウスは、そう言って笑った。その笑みが、シエルには恐ろしかった。にほんブログ村二次小説ランキング
2025年08月29日
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表紙素材は、このはな様からお借りしました。「黒執事」の二次小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。シエルが両性具有です、苦手な方はご注意ください。―坊ちゃん、起きてください。闇の彼方から、誰かが呼ぶ声がした。ゆっくりとシエルが目を開けると、そこにはセバスチャンと瓜二つの顔をした男が立っていた。(セバスチャン・・)―お寝坊さんですね、あなたは。男はそう言って笑うと、そっとシエルの髪を優しく梳いた。鳥のさえずりを聞きながらシエルが目を覚ました時、シエルは夢の中で泣いていた事に気づいた。「おはようございます、シエル。」「おはよう。」ユリウスは、シエルの頬に残る涙の痕に目ざとく気づいた。「おはよう、シエルさん。朝から悪いのだけれど、お米の配給に行ってくれないかしら?」「わかりました・・」朝食(芋一本)を食べた後、シエルは米が配給される場所へと向かうと、そこには早朝だというのに多くの人が並んでいた。かじかむ手を擦りながら、シエルは家族の人数分のコメを貰う事が出来た。「ただいま帰りました。」「ご苦労様。」配給された米をシエルが台所に置いていると、外から玄関の扉を激しく叩く音がした。「ごめんください、消火訓練が始まりますよ!」「はい・・」空襲が激しくなり、シエル達が住む深川では、連日休む事なく消火訓練が行われていた。消火訓練が終わったら、本土決戦に向けての竹槍訓練、その訓練が終わったら只管防空壕を掘る作業。休む暇がない一日が終わり、漸く寝床に就けると思ったら空襲警報で叩き起こされた。「シエル、熱がありますね。」「これ位、大丈夫だ。」そうユリウスの前では虚勢を張っていたシエルだったが、病弱な上に喘息の持病が悪化してしまい、夜中に発作を起こすことが増えていった。喘息の発作に苦しんでいる間、シエルはセバスチャンから渡された金の懐中時計を握り締め、只管耐えるしかなかった。(セバスチャン、会いたい・・)満州では、セバスチャンが美しい星を眺めながら、ランプの仄かな灯りを頼りに、シエルへの手紙を書いていた。『シエル、元気にしていますか?今年の冬は寒いので、あなたがお風邪を召されていないか心配です。どうか、わたしが戻るまでお元気で。あなたのセバスチャンより。』セバスチャンは手紙を書き終え、溜息を吐いた。戦況は日を追うごとに悪化し、一人、また一人と同じ釜の飯を食べていた戦友達が彼岸へと旅立っていく。もしかしたら・・と、時折セバスチャンはよからぬ事を考えてしまう。しかし、シエルと交わした約束を思い出し、セバスチャンは恐怖と不安で萎えそうになる足を何とか奮い立たせて来た。(シエル、絶対に、あなたの元に帰ります。だから、あなたも元気でいてください。)シエルと別れ際に交換した互いの髪を入れたロケットを握り締めながら、セバスチャンは眠った。1945(昭和20)年3月9日、未明。けたたましく鳴る空襲警報で叩き起こされたシエルは、防空頭巾を被り、貴重品を詰めたリュックを背負い、家から出て防空壕の中へと飛び込んだ。「シエル、無事ですか!?」「あぁ、無事だ!」シエルとユリウスは命からがら家から飛び出して助かったが、足が不自由な文乃を助けようとした菊は炎に焼かれ、二人共死んだ。「何も、残りませんでしたね。」「あぁ。」銀座の家は無事だったが、空襲が激しくなり安全ではないと思った尚弥は、茨城の親戚宅へと疎開する事に決めた。農村部に疎開したところで満足に食べる物がある訳ではなく、シエル達は常に飢えと戦っていた。そんな中、シエルはユリウスの様子が少しおかしい事に気づいた。夜中にブツブツと独り言を言ったり、廊下を行ったり来たりしていた。戦争の所為で精神的におかしくなってしまったのか―シエルはそう思いながら風呂に入っていると、突然風呂にユリウスが入って来た。「何してる、早く出て行け!」「わたし達は夫婦になったんですよ、シエル。夫婦の“営み”とやらをそろそろしませんか?」「やめろ、近づくな!」シエルはユリウスの頬を打ったが、ユリウスはシエルの小ぶりな乳房をわし掴みにした。シエルが悲鳴を上げると、ユリウスは満足したかのようにシエルから離れた。「これで終わりだと思わないで下さいね?」その日の夜、シエルが寝ていると、ユリウスが布団の中に潜り込んできた。「やめろ、離せ!」「大人しくしなさい!」「セバスチャン、助け・・」「あなたも、兄の事ばかり想っているのですね。同じ顔をしていても、いつも彼ばかり注目される!」ユリウスは激昂し、シエルの首を絞めた。「ここであなたを手にかければ、兄は悲しむでしょうね。そして、兄は初めてわたしを見てくれる!」シエルは己の首を絞めているユリウスが、泣いている事に気づいた。この感情を、自分は知っている―シエルはそう思いながら、気を失った。1945(昭和20)年8月15日。長い悪夢のような戦争が終わり、セバスチャンは漸く日本に、シエルの元に帰れると思っていた。しかし、現実は甘くなかった。セバスチャン達の部隊は、武装解除後、シベリアにある俘虜強制収容所、ラーゲリへと連行された。9月初旬だというのに、シベリア奥地にあるそのラーゲリでは粉雪が舞っていた。セバスチャン達は粗末な寝台が置かれた小屋へまとめて入れられ、わずかな食糧を与えられ、鉄道敷設などの重労働を課せられていた。飢えと寒さ、重労働で次々と人が死んでいった。そんな中でも、セバスチャンはシエルへの手紙を書いていた。『シエル、お元気ですか?こちらは冬の訪れが早く、少し驚いています。早く、あなたに会いたい。』セバスチャンがシベリアでシエルを想っている頃、シエルは戦争の間休学していた女学校に復学していた。「行ってきます。」「行ってらっしゃい、シエル。」シエルを玄関先で見送ったユリウスは、郵便配達夫からシエル宛の手紙を受け取った。ユリウスがその手紙に目を通すと、それはシベリアの強制収容所に居るセバスチャンからのものだった。(兄さんが、生きている・・)漸く、シエルを手に入れようとしているのに、セバスチャンが生きていたシエルが知ったら自分が困る事になる。「兄さん、シエルはもう、わたしの妻なのですよ。だから、諦めてください。」ユリウスはそう言うと、セバスチャンの手紙を竈の中へと投げ入れた。「さようなら、兄さん・・」クックッと笑うユリウスの声が、台所に不気味に響いた。にほんブログ村二次小説ランキング
2025年08月28日
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表紙素材は、装丁カフェからお借りしました。「相棒」「天官賜福」「火宵の月」二次小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。「いやぁ、本当は我が家へお呼びしたかったのですが、色々と立て込んでおりましてね。ですからこうして、行きつけのホテルのティールームに招待したのですよ。」「は、はぁ・・」「何でも好きな物を注文してくださいね。」尊は恐る恐るメニュー表を見ると、コーヒー一杯だけで三千円もしたので、そっとメニュー表を閉じた。「君、何も頼まないのですか?」「ええ、今持ち合わせがなくて・・」「そうですか。では僕は、このアフタヌーンティーセットを。」「では、お言葉に甘えて。」「えっ!」数分後、有仁は美味しそうに右京と紅茶を飲みながら談笑していた。「そうですか、奥様とは英国で知り合われたのですね。」「彼女とは、ロイヤルアスコットで会ってね。彼女の美しい赤毛が太陽の光を受けて美しく輝くさまは、未だに忘れられないよ。」有仁はそう言って溜息を吐いた後、紅茶を一口飲んだ。「有匡さんのお母様・・あなたの奥様は、もしかして英国人ですか?」「ええ。彼女・・スウリヤには許婚が居たのですが、その許婚を振ってわたしと結婚したのですよ。」有仁はニコニコと笑いながら、愛妻・スウリヤの写真を右京達に見せた。その写真は結婚式の時の写真で、スウリヤは有仁の隣で碧い瞳を輝かせていた。「有匡さんの瞳の色は、お母様に似たのですね。」「ええ。碧みがかった黒い瞳の所為で、有匡は色々と苦しんできました。英国の上流階級では、白人がその人口を殆ど占めていて、わたし達のような東洋系は少数派でして・・」「ええ、存じておりますよ、僕も一時期、英国で暮らしていましたからねぇ。」「有匡は、親のわたしと同じ法曹界の道に入りました。検事として辣腕をふるっていましたが、三年前の事件を機に法曹界から去り、今は旅館を経営しています。まぁ、環境を思い切り変えた方が、あの子にとって良かったのでしょう。」「そうでしょうね。有匡さんには、ごきょうだいはいらっしゃいますか?」「ええ、妹が一人。何の因果なのかわかりませんが、息子の商売敵の男と結婚し、一時の母となりました。まぁ、今娘はロンドンでファッションデザイナーとして活躍しています。」「そうですか。色々と聞いてしまって申し訳ありません。」「いいえ、こうして色々と話せて楽しかったです。神戸さん、杉下さんとばかりお話してしまって、申し訳ありませんでした。」「大丈夫です、気にしていませんから。」「では僕達は、これで。今日はお会いできて嬉しかったです。」「今度は、我が家へ招待致します。」「その時は、是非伺います。」ホテルのティールームの前で有仁と別れた右京達は、そのまま警視庁へと戻った。「暇か!?」「角田さん、どうしました?何やら嬉しそうですね?」「いやぁ~、長年追っていた麻薬の密売組織を一網打尽にしてさぁ~、今夜はお祝いですよ、お祝い!」「それは良かったですね。」尊はそう言うと、自分の机の上に鞄を置いた。急に眠気が襲ってきて、彼は思わず来客用のソファに横たわって眠ってしまった。「あいつ、どうしたんだ?」「お昼を食べ過ぎた所為でしょうね。ホテルのアフタヌーンティーセットは、かなりハイカロリーでしたから、血糖値が上がったのでしょう。」「ホテルのアフタヌーンティーかぁ、優雅だね。」同じ頃、ホテルから土御門家本家へと戻った有仁は、火月の祖父・ハロルドとダイニングルームで会っていた。『このようなものしか出せずに申し訳ありません。』有仁がそう言ってハロルドの前に出したのは、虎屋の羊羹だった。『こちらこそ急に伺ったのに、わたしの大好物を用意して下さってありがとうございます。』ハロルドはそう言って虎屋の羊羹を一口食べた。『わたしがこうして伺ったのは、孫娘の事です。』『火月さんの事で、何か?』『実は・・』ハロルドは、最近火月の存在を知った彼女の父方の従兄が、火月の写真を見ただけで一目惚れしてしまったのだという。『困りましたね。火月さんには、この事を話しましたか?』『はい。彼女からは、従兄に既婚者であることを伝えて欲しいと言われまして・・彼女と会った後、彼にはそう伝えたのですが、諦めてくれなくて・・』『そうですか、彼は今、何処に?』『東京に居ると思います。しかし、彼の事ですから、鎌倉に居るのかもしれません。』ハロルドはそう言うと、日本茶を一口飲んだ。鎌倉では、花城と謝憐がデートを楽しんでいた。「鎌倉に来て良かったね、兄さん。」「そうだね。」二人は色々と買い物をした後、タクシーで火宵グランドホテルへと戻ろうとしたが、二人の前に一台の黒いアルファードが急停車し、中から黒服姿の数人の男達が出て来た。「捜しましたよ、若様。」黒服の男達の中でも一際長身の男が二人の前に現れ、花城から謝憐を引き離そうとしていた。「嫌だ、離して!」「兄さん、兄さん~!」抵抗も虚しく、黒服の男達によって謝憐は花城と引き離されてしまった。謝憐と男達を乗せた黒いアルファードは鎌倉を離れ、東京へと向かった。そして、黒いアルファードは高級住宅街の一角にある、広大な屋敷の前に停まった。「ちゃんと、連れて来たか?」「はい、若様をお連れしました。」左右を黒服の男達に固められ、謝憐が彼らと共に屋敷の中に入ると、渋面を浮かべた男が廊下の奥から現れた。「兄さん・・」「お前達、わたしはこいつと話がある。」「わかりました。」黒服の男達は謝憐と男に向かって一礼すると、そのまま屋敷から出て行った。「来い。」「兄さん・・」有無を言わさず男に腕を掴まれ、彼の部屋へと連れて来られた謝憐は、怒りに萌える男の瞳に気づいた。「もうあいつとは会うなと言っただろう!」「兄さん、わたしは・・」「あいつは、俺達の敵だ!それなのに、お前はどうして・・」「三郎の事を愛しているんだ!」そう言った謝憐が兄の顔を見ると、彼の碧い瞳が怒りの炎を宿している事に気づいた。「謝憐、あいつと俺達は住む世界が違う!それに、あいつの一族は今までどんな事をしてきたか・・」「あの一族と三郎は関係ない。」謝憐の兄・和成は謝憐と花城の交際に反対していた。その理由は、花城の家が自分達と敵対している反社会組織、所謂ヤクザだからだ。謝憐と和成の家は代々警察一家で、和成も昨年警察庁にキャリア組として入庁し、辣腕をふるっている。謝憐も大学卒業後に警察学校に入学するのだろうと、周囲は勝手に思い込んでいたが、それに反して謝憐は大学在学中に英国へ留学してしまい、あろう事かそこで花城と恋人同士になってしまった。「お前の事を甘やかしてきたツケが回って来たな。」和成は大きな溜息を吐いた後、庭を見渡せる窓の前に置かれている椅子の上に座った。「兄さん?」「スマホを渡せ、謝憐。」「え?」「これ以上わたしを怒らせるな。」謝憐は兄に怯えながら、彼にスマートフォンを渡した。「これは暫く預かっておく。」「兄さん・・」「お前は自分の部屋で頭を冷やしていろ。」「わかったよ、兄さん・・」これ以上兄と話しても無駄だとわかったので、謝憐は眉を落としながら兄の部屋から出て、自分の部屋へと向かった。ドアを開けて中に入ると、荷物を中にしまっているスーツケースがベッドの近くに置かれてあった。謝憐は何もする気が起きず、そのままベッドの上で横になった。「会いたいよ、三郎・・」枕に顔をうずめると、謝憐はそう呟いて涙を流した。「ふぅ、疲れたぁ・・」「火月ちゃん、お疲れ様~」その日の夜、火月が仕事の疲れを温泉で癒していると、そこへ種香と小里が入って来た。「事件も解決したし、この盆休みが終わったら、ゆっくりできるわね。」「うん。」「どうしたの火月ちゃん、浮かない顔をしているわね?」「何か悩み事があるなら、あたし達に話して!」「実は・・」火月が二人に自分が抱えているトラブルを話すと、二人は少し唸った後、火月にこう言った。「その事、殿にも話したの?」「ううん、心配かけさせたくなくて、話してない。」「話した方がいいわよ!」「そうよ、黙っていたら状況が悪化するかもしれないじゃない!」「わかった、話してみる。」にほんブログ村二次小説ランキング
2025年08月26日
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最初の1ページ目から面白くて、最後のページまで一気に読んでしまいました。猫猫の性格がサバサバしていて、女特有のねちねちとした陰湿なところがなくていいですね。花街という、人の裏表がある場所で育ったからか、観察眼がいいですね。アニメは観ましたが、原作小説を読むのは初めてなので、少しずつ読んでいこうと思います。
2025年08月24日
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お中元のお菓子詰め合わせが届きました。色とりどりのクッキーが美味しかったです。
2025年08月24日
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表紙素材は、装丁カフェからお借りしました。「相棒」「名探偵コナン」「火宵の月」の二次創作小説です。作者様・出版社様・出演者様とは一切関係ありません。二次創作・BLが嫌いな方は閲覧なさらないでください。被害女性の身元は、すぐに判明した。「女性の氏名は、山城百合。21歳で、都内の私立大学に通う4年生。死因は絞殺による窒息死。」「窒息死?じゃぁあの獣のような噛み痕は一体・・」「恐らく、この事件は一連の事件の犯人とは別だと?」尊がそう言った後、右京は紅茶を一口飲んでこう言った。「山城百合さんが一連の三件の被害者達と違う所は、彼女の遺体の近くに紙人形が落ちていません。それに、被害者の遺留品に、このようなものがありました。」右京が尊に見せたのは、被害者の名刺だった。そこには、銀座の高級クラブの名前が印刷されていた。「“クラブ・ジュリー”・・もしかして、被害者は銀座でホステスのアルバイトを?」「詳しく調べた方がよさそうですね。」「ええ。」右京と尊は、被害者・山城百合がアルバイトしていた銀座の高級クラブ・ジュリーへと向かった。「あら、百合ちゃんじゃない!」「百合さんを、ご存知なのですか?」「ええ、百合ちゃんは、色々と“訳あり”の子でしたから。」クラブ・ジュリーのママ、千秋は、そう言った後気まずそうに目を伏せた。「“訳あり”とは?」「申し訳ありません・・わたしの口からは、とても・・」「わかりました、ではこれで失礼致します。」右京と尊は、千秋から何も聞き出せずにクラブ・ジュリーを後にした。「あのママさん、何かを隠しているようですね。」「そうですね。しかし、彼女達が簡単に口を割ってくれるとは思いませんよ、どうするんです?」「どうしましょうかねぇ・・」「それを僕に聞かれても・・」尊がそう言って溜息を吐いた時、角田が特命係の部屋に入って来た。「よっ、暇か!?」「おはようございます。」「あ~、最近色々立て込んじゃってさぁ・・家に帰ったらカミさんに帰りが遅いって怒られるんだよ。」「色々立て込んでいるとは?」「いやぁ、最近銀座のクラブで違法薬物の取引があるって聞いてさぁ、ガサ入れに行ったけど何もなかったんだよなぁ。」「へぇ~」「そこで何だけどさぁ、神戸、そのクラブへ潜入捜査をしてくれないか?」「え!?」角田の言葉に尊は思わず飲んでいた炭酸水を噴き出しそうになった。「何で僕が?」「だってさぁ~、ウチはいかつい野郎の集まりばっかで、女装なんてしたら高級クラブどころかお化け屋敷になっちまうよ~、頼むよ~!」「そう言われても、僕きっとそのクラブのママに顔を憶えられちゃったかも・・あ、ちなみにそのガサ入れしようとした高級クラブは?」「クラブ・ジュリーだよ。」「やっぱり。」尊は、そう言った後溜息を吐いた。「ん?何か問題でもある?」「実は、先程ある殺人事件の被害者・山城百合さんのアルバイト先を訪問しましてね・・」「あ~、そこがクラブ・ジュリーだった訳ね。」「僕はママと面識があり、女装してもすぐにバレちまうという訳か。」「はい、そういう事で協力出来ません・・」「そうかぁ~、困ったなぁ・・」角田がそう言って頭をボリボリと掻いていると、特命係の部屋に有匡が入って来た。「神戸さん、杉下さん、おはようございます。」「おや有匡さん、おはようございます。今日はどのようなご用件でこちらに?」「実は、幸子さんから差し入れをこちらに届けてくれるようお願いされたので、こちらに伺いました。あの、神戸さん、こちらの方は?」有匡は焼き菓子の詰め合わせが入った紙袋を机の上に置くと、角田の方を見た。「有匡さんと角田さんとは、お互い初対面でしたね。角田さん、こちらは訳あってカンベ君と一緒に暮らしている土御門有匡さんです。有匡さん、こちらは組織犯罪対策五課の、角田さんです。おや、どうされましたか?」有匡をじっと見ていた角田は、右京に肩を叩かれて慌てて我に返った。「いやぁ、凄い美人さんだなぁと思って。神戸も有匡さんも、美人過ぎて同じ男だとは思えないなぁ。」愛用のパンダマグカップをクルクルと回しながら、角田はそう言った後尊と有匡を交互に見た。そして、彼は何かを閃いたかのように大声でこう叫んだ。「そうだ、この手があったか!」「え?」「有匡さん、だっけ?突然で悪いんだけど、高級クラブに潜入してくれないかな?」「ちょっと、それは出来ませんよ。有匡さんは民間人ですよ!」「え~、じゃぁどうするんだよ~!」角田はそう叫ぶと、両手で頭を抱えた。「一人だと怪しまれますが、二人なら怪しまれないでしょうね。それに、連絡役も必要ですし。」「右京さん?」「神戸君、ここはひとつ、事件と角田さんの為にも一肌脱いで貰えませんかねぇ?」「俺からも頼むよ~!」「あ~もう、わかりましたよ、やればいいんでしょう、やれば!」こうして、尊は有匡と共に高級クラブ・ジュリーに潜入捜査をする事になってしまった。「あ~、もぅ~、何であんな事言っちゃったのかなぁ~!」その日の夜、尊は自宅があるマンションの最上階の部屋でワイングラスを片手にそんな事をボヤキながらソファに横たわっていた。「神戸さん、飲み過ぎですよ。」「だってさぁ~、こんなの飲まなきゃやってらんないよ~!」尊がそう言いながら新しいワインのボトルを開けようとした時、インターフォンが鳴った。(誰だよ、こんな時間に・・)無視しようとしたが、インターフォンがしつこく鳴り続けているので、尊は舌打ちしながらインターフォンの画面を見た。するとそこには、彼にとって一番会いたくない人物が映っていた。「げっ」『神戸、居るんだろう?』このまま突っ立っても無駄なので、尊は春樹を部屋の中に入れた。「どうしたんですか、大河内さん?こんな時間に僕の所に来るなんて珍しいですね?」眉間に皺を寄せた春樹を前に、尊はわざと明るく振る舞いながらそう言って笑ったが、春樹の方は渋面を浮かべたままだった。「あ、あのぅ・・」「角田課長から、お前が有匡さんと高級クラブへ潜入捜査をさせるという話を聞いた。」「あ~」それで怒ってんのかぁ、と、尊は顔を引きつらせた。「それで?反対する為にわざわざこんな時間に来たと?」「いや、その逆だ。」「へ?」春樹の言葉に驚く尊の肩越しに、春樹は有匡に一礼した後、こう言った。「有匡さん、民間人のあなたを潜入捜査に巻き込むような事をしてしまって申し訳ない。」「いいえ、お気になさらず。それよりも大河内さん、折角いらっしゃったのですから、何か作りましょうか?」「大丈夫です。それよりも神戸の世話をしてやってください。」「僕、子供じゃないんですから~」「お前はわたしが放っておくと、酒浸りになるだろうが。」「う・・」春樹に痛い所を突かれ、尊は黙り込むしかなかった。「有匡さん、どうか神戸の事をよろしくお願いします。」「わかりました。」「では、わたしはこれで。」数日後、尊と有匡は高級クラブ・ジュリーへ潜入捜査をする事になった。「ウチは万年人手不足だから、美人が二人も来てくれて嬉しいわぁ~」「ありがとうございます~」尊と有匡は幸子の協力もあってか、完璧な女装で高級クラブ・ジュリーの従業員控室で、ママの千秋から褒められて、少しひいていた。「じゃぁ、今日が初日だけど、二人共しっかりね!」「はぁ~い。」潜入捜査初日、尊と有匡はある男に目をつけた。その男は、山城百合の客だった杉山だった。杉山は、大手財閥の御曹司であり、百合と同じ大学に通っていた。「薫子ちゃん、椿ちゃん、ご指名よ。」「薫子です。」「椿です。」「一度やってみたかったんだよね~、両手に花!」「あらぁ、上手いですね~」「もっとお話ししたいです。」杉山を上機嫌にさせた尊は、彼から情報を引き出した。それは、百合が違法薬物の取引に関わっていた事だった。「でかした、二人共ありがとう~!」「いえいえ、後でちゃんとお礼はして貰いますよ~」「流石、ちゃっかりしてるね~」尊と有匡は、杉山からもっと情報を引き出そうとして、彼主催のゴルフコンペに出席する事になったので、その練習の為にゴルフ練習場へ暫く通う事となった。そこで、思わぬ人物と二人は出会った。にほんブログ村二次小説ランキング
2025年08月23日
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真秀と佐保彦の運命の行方が気になりますね。あと数ヶ月で完結を迎えるなんて惜しいし、もっともっと続きを読みたいです!
2025年08月22日
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表紙素材は、このはな様からお借りしました。「黒執事」の二次小説です。平井摩利先生の「火宵の月」パラレルです。原作とは若干設定が違っています。作者様・出版社様とは一切関係ありません。シエルが両性具有です、苦手な方はご注意ください。―今月に入って三人目だぞ?―陰陽師達は何をしているんだ?鶴岡八幡宮の境内では、焼け焦げた数人の遺体を前に、野次馬達と武士達がそんな事を話していると、そこへセバスチャンがやって来た。「退け。」「な・・」「やめろ、あいつに下手に関わったらロクな事がないぞ。」セバスチャンは祭文を唱えた後、焼死体の前に手をかざした。すると、彼の脳裏にある映像が流れて来た。海岸で刃を交える、元国の兵士と思しき男達と、武士達。そして、噎せ返るほどの金木犀の香り。(何だ、これは・・)「セバスチャン、来たのか!」「執権様、何故こちらに?」「いや、お前を捜していたのだ。」「わたくしを、ですか?」「あぁ。」執権が自分に何の用なのだろう―セバスチャンがそう思いながら鶴岡八幡宮を後にすると、執権の館へと向かった。「セバスチャン様、こちらへ。」「はい・・」セバスチャンが執権の元へと向かうと、そこには一人の少年の姿があった。「セバスチャン、紹介しよう、わたしの息子の、時行だ。時行、こいつはわたしの部下の、セバスチャンだ。」「時行です、初めまして!」「は、はじめまして・・」執権・北条高時の息子でありながら、息子の時行は高時に余り似ていなかった。「執権様、わたしに頼みというのはなんでしょうか?」「実はな、時行を生き霊から守って欲しいのだ。」「生き霊、と申しますと?」「それがな・・」高時はセバスチャンに、時行の周辺で奇妙な事が起きている事を話した。寝具や夜着に汚物がつけられていたり、時行の部屋の近くに呪詛の道具を置かれていたりという出来事があったという。「時行は、わたしが側室に産ませた子でな。あの子の母親は、身分が低くて、いじめられて・・」「そうですか。つまり、時行様のお命を狙う者がこの館の中に居ると執権様はお考えなのですね?」「話が早くて助かる。お前をここへ呼んだのは、時行を預かって欲しいのだ。」「は?」それはまさに、青天の霹靂のようなものだった。「執権様、それは・・」「では、頼んだぞ。」セバスチャンに拒否権はなかった。「殿、帰りが遅いわねぇ、どうしたのかしら?」「さぁね・・」セバスチャンの式神達がそんな事を話していると、屋敷の外から馬のいななきが聞こえて来た。「お帰りなさいませ、殿。」「あら、その子は・・」「色々と事情があって、この子を暫くうちで預かる事になりました。」「え~!」式神達は、突然現れた時行の姿を見て、揃って悲鳴を上げた。「何だ、そいつは?」「“そいつ”ではありませんよ、時行様です。」「時行です、よろしくお願い致します。これからお世話になります。」「あぁ、よろしく・・」こうして、時行とセバスチャン達との、奇妙な同居生活が始まった。「これからどうなるのかしらね?」「さぁね・・」式神達がそんな事を話していると、セバスチャンが仏頂面を浮かべているシエルを見て溜息を吐いていた。「僕があの子供と同じ部屋で寝ろというのか!?冗談じゃない!」「そういうあなたも実年齢はともかく、見た目は余り時行様と変わらないでしょう。」「そ、それはそうだが・・」「時行様のお命を、何者かが狙っているのです。」「所謂、“お家騒動”か。」「まぁ、時行様が執権様の館に居ない事を敵に気づかせない為に、時行様の式神を館に置いてきました。」「そこまでする必要があるのか?」「ええ。」その日の夜、シエルは時行と同じ部屋で寝る事になった。「シエル殿は、セバスチャンとはどのような関係なのだ?」「は?」突然時行からそんな事を尋ねられ、シエルは虚を突かれたような表情を浮かべた後、思わず時行の顔を見た。「セバスチャンとは・・幼馴染のようなものだ。それよりも、お前の母親はどんな人だったんだ?」「母上は、とてもやさしい人だった。だから、わたしを置いて里に下がってしまったのは・・」「済まない、辛い事を思い出させてしまったな。」「いや、いいのだ。母上とは、時折文のやり取りをしているから、寂しくはない。」「そうか・・」シエルの両親は、シエルが幼い頃に亡くなったので、シエルには両親の記憶がない。だから、実母の事を話す時行を、少し羨ましいと思ってしまった。「おやすみ。」「おやすみ。」シエルと時行が眠ったのを確認したセバスチャンは、執権の館に残した式神からの報告を待っていた。暫く待っていると、御簾が微かに風で揺れ、それと共に一羽の鳥が入って来た。その鳥は、そっとセバスチャンの肩にとまった。“セバスチャン様。”「向こうの様子はどうでした?」“特に何も動きはありませんでした。しかし、気になる事がありまして・・”「気になる事、ですか?」“はい。時行様の母君に関して、妙な噂が・・”「噂?」セバスチャンがそう言った時、屋敷の外で何者かの気配を感じた。“セバスチャン様?”「暫く、この部屋に居て下さい。」“わかりました。”式神を部屋に残し、セバスチャンはシエルと時行の部屋へと向かった。二人は、静かに眠っていた。セバスチャンは部屋の四隅に魔除けの札を貼り、部屋から出た。(さて、どうなる事やら・・)セバスチャンが自室に戻り、式神の報告を聞いていると、外から獣のような唸り声が聞こえ、シエル達の部屋を何者かが徘徊している気配がした。暫くすると、その気配は消えていった。“セバスチャン様・・”「恐らく、敵は次の手を考えるでしょうね。」(暫く静観するとしましょう・・)同じ頃、山奥にある洞窟の中では、一人の女が髪を振り乱しながら呪詛の言葉を吐いた。「おのれ、あの陰陽師めぇ~!」女は鋭い爪で地面をガリガリと削りながら、呪詛の言葉を吐いた。「なに、それはまことか!?」「はい。」「おのれ、あの陰陽師め、忌々しい・・」「お方様・・」「次の手を考えるよう、あの者に伝えよ。」「おはようございます。」「おはよう。」「その様子だと、二人共よく眠れたようですね?」「あぁ・・」セバスチャンは、シエルと時行に変わった様子がない事を確かめた後、安堵の溜息を吐いた。(暫く、屋敷の周りの結界を強化しましょうかね・・)「セバスチャン、どうかしたのか?」「いいえ、何でもありませんよ。」セバスチャンが出勤した後、シエルと時行はセバスチャンの式神達の“着せ替え人形”となった。「キャ~、似合うわ、二人共!」「こっちの方も似合いそうよ!」キャッキャッとはしゃぎながら二人の衣装を選んでいた式神達は、突然何かを感じ取ったようで、その動きを止めた。「あ、招ばれた。」「招ばれたって、誰にだ?」「セバスチャン様に決まっているでしょう。今日はお早いお帰りのようね。」「シエルちゃんが気になったのかしら?」「そうかもしれないわね!」式神達がそう言いながら衣装部屋から出て行く姿をシエルと時行は見送った。「いつも二人は、あんな感じなのか?」「あぁ、あんな感じだ。」「それにしても、シエル殿は瞳の色が左右違うのだな?」「生まれつきだ。その所為で、いじめられて来たが、負けなかった。」幼い頃から左右の瞳の色が違う事で、周りから気味悪がられたり、いじめられたりしたが、唯一のその瞳を、“美しい”と言ってくれたのは、セバスチャンだけだった。「それにしても、二人共戻って来るのが遅いな、一体どうしたんだ?」「さぁ・・」暫くすると、式神達が何やら慌てた様子でシエルと時行の元へと戻って来た。「どうした、何があったんだ!?」「さっき、殿の式神から、あなた達を安全な場所に避難するよう命じられたから、今すぐ殿のお部屋へ避難して!」「わ、わかった・・」訳がわからず、シエルと時行がセバスチャンの部屋へと避難した後、外から獣の唸り声のようなものが聞こえて来た。「何だ!?」暫く時行とシエルが部屋の隅で息を潜めていると、外から聞こえていた獣の唸り声は次第に女の声へと変わっていった。―憎い、許さぬ・・女の声は、徐々に二人の方へと近づいてくるような気配を感じた。「またあなたですか、しつこいですね。」―許さぬ、許さぬ!「うるさい!」セバスチャンの声と同時に、女の悲鳴が闇の中に響き渡った。「二人共、もう部屋から出ても大丈夫ですよ。」「あぁ・・」シエルが部屋から出ると、庭にはセバスチャン以外、誰も居なかった。「一体何があったんだ?」「あなた達が気にするような事ではありませんよ。」にほんブログ村二次小説ランキング
2025年08月18日
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ミス·マープル作品を久しぶりに読みましたが、やはり面白いですね。これからもどんどん読んでいこうと思います。
2025年08月18日
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カリン·・スローター作品は、容赦ない残酷描写が描かれますが、それが主人公達の絆の強さを際立たせるスパイスとなっています。一気読みするほど面白かったです。
2025年08月14日
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「黒執事」二次小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。捏造設定あり、年齢操作あり、死ネタありです。苦手な方はご注意ください。「何、してるんだ?」青年はシエルの問いには一切答えず、己の血で赤く濡れた掌をシエルの前に差し出した。「わたしの血を飲んで下さい。」「嫌だ、近寄るなっ!」シエルがそう叫んだ時、翼手の唸り声が聞こえ、翼手が理科室の中へと入って来た。「詳しく説明している暇はありません。」青年はシエルの上に覆い被さると、彼の唇を塞いだ。「ん・・」喉を鳴らし、彼の血を飲んだシエルの脳裏には様々な映像が浮かんでは消えていった。―シエル。笑顔を浮かべながら、自分に向かって手を差し伸べる青年の名を、シエルは知っていた。「セバスチャン・・」「嗚呼、漸くわたしの名を呼んでくれたのですね。」その頃、豊がシエルを迎えに学校へ向かうと、そこは漆黒の闇に包まれていた。「シエル、何処だ~!」懐中電灯を手に彼が校内を歩いていると、理科室の方から物音がした。「シエル!?」豊が持っている懐中電灯の光が、シエルの上に覆い被さっている青年の姿を照らした。「坊ちゃん、戦って。」シエルはセバスチャンから日本刀を受け取ると、その鯉口を切った。そして、その刃で翼手の首を刎ねた。真紅の雨が、シエルの白い肌を濡らした。「シエル、その血、どうしたんだよ!?」「え・・」我に返ったシエルは、自分が翼手の返り血に塗れている事に気づき、悲鳴を上げて気絶した。「シエル、しっかりしろ!」「坊ちゃん、あなたはまだ、覚醒めていらっしゃらないのですね・・」青年―セバスチャンは少し悲しそうな顔をした後、気絶したシエルの髪を優しく梳いて、闇の中へと消えていった。「ふぅん、そう。もう下がってもいいよ。」「しかし・・」「小生の言う事が聞けないのかい?」「す、すいませんっ!」白衣の研究員が慌てて研究室から出て行った拍子にドアが揺れ、その振動で傍に置いていたフラスコが倒れそうになり、銀髪の男は慌ててそれを自分の手元に引き寄せた。「まったく、ドタバタと品のない動きをする輩が多いねぇ。」男はそう呟くと、フラスコの中にあったコーヒーを愛用のティーカップに注いだ。「ウェッジウッドのティーカップには紅茶が一番似合いそうだけれど、コーヒーにも合うねぇ。」ヒッヒッ、と、独特の男の笑い声が響く研究室の前を、数人の研究員達が足早に通り過ぎていった。―なぁ、あの人って、少し変わっているよな?―あぁ。何でも、会長のお気に入りだとか。―まぁ、関わらない方がいいな。「さてと、貴重な実験体を失ったから、“これ”でまた色々とやらないとね。」男は首に提げているロケットを開き、一枚の写真を見つめた。そこには、二人の少年達が写っていた。ブルネットの髪に、宝石のように美しい蒼い瞳を持った彼らは、まるで鏡に映ったかのように、瓜二つの顔をしていた。「後少し・・後少しで、君の望みが叶うよ。」男がそう呟いてロケットを閉めた後、研究室のドアを何者かがノックした。「主任、会長がお呼びです。」「わかった、すぐ行くよ。」男は、銀髪をなびかせ、白衣の裾を翻しながら研究室から出て行った。熱い。身体が、熱い―「う・・」「シエル、気がついたか!?」「ここは・・」シエルが目を開けると、そこは病院と思しき白い天井が広がっていた。「病院だ。血だらけになったお前を豊が病院へ連れて来たんだ。」繁はそう言うと、シエルの顔を見て安堵の表情を浮かべた。「軽い貧血だけで済んでよかった。現場は・・」「親父、もう帰ろう。シエル、しっかり休めよ。」何かを言おうとした繁の肩をそっと叩いた後、豊はシエルにそう言って繁と共に病院を後にした。「親父、“あの事”は言わなくていいのか?」「あぁ。まだあいつに、“あの事”を話すのは早過ぎる。」そう言った繁の顔は、暗く沈んでいた。二人が病院に来る前、店に一人の男性が訪れた。この酷暑の中でも黒いスーツ姿のその男性は、ジェイムズと名乗った。「あの子の様子はどうだ?」「シエルは・・あの子はまだ本当の事を知らない。」「そうか。」ジェイムズはそう言った後、渋面を浮かべた。「あの子の片割れが、覚醒めの時を迎えようとしている。」「その前に、シエルをあんたらに引き渡せと?」「親父、シエルは一体何者なんだ?」「豊、お前も聞いていたのか・・なら、仕方無い。」繁はふぅっと大きな息を吐いた後、豊に静かに、シエルについて話した。彼は100年以上前に存在していた、吸血鬼の王族の末裔である事、そして“女王”である事を。「よくわかんねぇな・・」「俺達は、“女王”を守る組織として、もう一人の“女王”とその勢力と戦って来た。だから、シエルは・・」「シエルを、今あんたらの元に引き渡す事は出来ん!」繁は、そう叫ぶとテーブルを拳で叩いた。「いいだろう。暫くお前達の“家族ごっこ”に付き合ってやる。だが、一週間後に答えを出せ。」「わかった。」「忘れるなよ、一週間後だ。」ジェイムズとの話し合いは、重苦しい空気を纏い、残したまま終わった。「親父・・」「シエルに会いに行こう。」「わかった・・」病室のベッドの上で目覚めたシエルの姿を見た繁は、安堵と困惑がないまぜになった表情を浮かべていた。「親父、これからどうするんだ?」「それは、まだ決めていない。シエルには落ち着いたら俺の方から話す。」「わかった・・」シエルは病院で一晩点滴を受けた後、退院した。「シエル、今日は話したい事があるから、学校が終わったらすぐに帰って来なさい。」「は、はい・・」“運命の日”の朝、シエルは繁からそう言われた後学校へと向かった。「おはよ~!」「おはよう。」「シエル、怪我大丈夫だった?」「うん?あぁ・・」シエルは、“怪我をして入院していた”事になっていたので、その“設定”を慌てて思い出し、クラスメイトからそう話しかけられ時に思わずそう答えてしまった。「それにしても、金城先生が“あんな事”になったなんて信じられないよ。」「そ、そうだな・・」“あの夜”から一週間後、翼手に殺された金城先生は、“不慮の事故死”となっていた。(あの化物は一体、何だったんだ?どうして、僕は奴らに狙われたんだ?)そんな事を思いながら、シエルは放課後まで上の空で過ごした。「シエル、また明日~!」「あぁ。」校門の前で友人と別れ、シエルがいつものように国際通りを歩いていると、何処からかチェロの音色が聞こえて来た。花壇の方へと向かうと、そこにはチェロを弾いているセバスチャンの姿があった。「セバスチャン・・」「また、会えましたね、坊ちゃん。」そう言ったセバスチャンの右手には、包帯が巻かれていた。「それは、あの時の・・」「傷はもう治っていますよ。」セバスチャンは右手の包帯を外し、シエルに右手の傷を見せた。そこには、何も残っていなかった。「なぁ、どうしてあの化物は僕を・・」「あなたの血は、とても貴重だからです。」「貴重?どういう意味だ?」「それは・・」セバスチャンが次の言葉を継ごうとした時、けたたましい警察のサイレンが向こうから聞こえて来た。(何だ?)シエルは妙な胸騒ぎを覚え、セバスチャンに背を向けて一目散に店へと向かった。すると店の前には数台のパトカーと、救急車が一台停まっていた。「繁さん、どうして・・」担架に乗せられ、救急車へと運ばれようとしている繁の姿を見たシエルが彼の元へと駆け寄ろうとしたが、突然背後から誰かに口を塞がれ、人気のない場所へと連れ込まれた。「やっと会えたね、“伯爵”。」美しい銀髪をなびかせ、黄緑色の瞳で自分を見つめる男を、シエルは怖いと思った。「お前は、誰だ?」「酷いなぁ、小生の事を忘れてしまったのかい?」男はシエルの反応を見てそう言った後、悲しそうな顔をした。その時、一本のステーキナイフが、男の顔の近くの地面に突き刺さった。「わたしの坊ちゃんに触れないで頂けますか?」「おやおや執事君、久しぶりだねぇ。」「その汚い手を坊ちゃんから離しなさい!」「おやおや、独占欲が強いのは相変わらずだねぇ。」銀髪の男はそう言ってくすくすと笑うと、シエルから離れた。「また会おう、“伯爵”。」「坊ちゃん、あなたの養父が何者かに襲われ、重傷を負いました。」「え?豊さんは?」「彼は無事です。わたしが病院まで送ります。」セバスチャンはそう言うと、シエルを横抱きにして突然走り始めた。「シエル、無事だったんだな、良かった!」「豊さん、繁さんは・・」「親父はさっき手術が終わってICUに入ったけど・・まだ意識が戻らない。」「そんな・・」「俺が親父に付き添うから、シエルは店に戻って親父の着替えを持って来てくれ。」「わかりました。」にほんブログ村二次小説ランキング
2025年08月05日
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夏休み効果なのかわかりませんが、ここ1週間くらいブログのアクセス数が増えました。これからもマイペースで更新頑張ります。
2025年08月04日
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濃厚で芳醇な、まるで口の中で溶けるバターのような物語でした。夢中になって読みました。
2025年08月02日
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児童書にしてはもったいないくらいの、重厚な歴史ロマン小説でした。最初から最後まで、物語に没入することができました。
2025年08月01日
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表紙素材は、ねつこ様からお借りしました。「FLESH&BLOOD」二次小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。海斗が両性具有です、苦手な方はご注意ください。二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。「そう、取り逃がしたのね。」「後少しでしたが、サンティリャーナが・・」「サンティリャーナ?今、サンティリャーナといった?」「はい・・ご存知なのですか?」「知っているも何も、サンティリャーナといえばこの国には知らない者は居ない程の大貴族よ。」「何故、そのような方が・・」「少し厄介な事になりそうね。」 ラウルはそう呟くと、爪を噛んだ。「ラウル様?」「ヤンをここへ呼びなさい。」「はい・・」 女官が部屋から下がった後、アリシアが彼女と入れ違いに部屋へ入って来た。「ラウル様、大変ですわ!」「まぁ、そんなに慌ててどうなさったの?」「“あいつ”が来るわ!」「“あいつ”?」「見つけたぞ、アリシア!」 アリシアがラウルの背に隠れた直後、一人の男が部屋に入って来た。「どなた?勝手に人の部屋に入って来るなんて、無作法な方ね。」「うるせぇ、女!」 男はそう言ってナイフを取り出すと、ラウルに突進した。 だが、ラウルは素早く男を投げ飛ばして気絶させた。「大丈夫でしたか?」「ありがとうございます・・」「強くおなりなさい、アリシア様。」「わかりました!」 その日からアリシアは、ラウルに指導されながら護身術を身につけた。「ラウル様は何故、強いのですか?」「わたしは、家族から疎まれていたの。だから、必死で護身術を学んだわ。」 ラウルはそう言いながら、子供の頃の事を思い出していた。「出て行け、お前なんて私の娘じゃない!」「お母様、ごめんなさい!お願いだから中に入れて!」 土砂降りの雨の中、ラウルは些細な事で母親の怒りを買い、屋敷から締め出された。 ラウルは、両親と兄、姉の五人家族だった。 優秀な兄や姉と比べて、ラウルは病弱で勉強も運動も駄目だった。 その所為で、両親や兄達から蔑ろにされて来た。 ラウルは、家族から蔑ろにされて来たのは、自分の所為だと思い込んでいた。 しかし、彼らは自分達のストレスをラウルにぶつけているだけだった。 その事を知ったラウルは、強くなろうと決めた。 護身術の教師から、“教える事は何もない”と褒められるまで、ラウルは護身術にのめり込んだ。「わたしの場合は、“誰よりも強くなりたい”―その一心で強くなったの。自分を変えられるのは、環境でも人でもない、自分自身よ。」「はい・・」 ラウルに指導され、アリシアは強くなった。「あなたには、教える事は何もないわ。」「ありがとうございます、ラウル様。」「護身術の授業は終わったけれど、まだまだあなたには色々と教えなければならない事がありますわね。」 ラウルはそう言うと、アリシアを抱き締めながら口端を上げて笑った。(この娘をこれからどう利用しようかしら・・) そんな仄暗いラウルの企みなど知らず、アリシアはラウルに懐いていった。 一方、賊に命を狙われている海斗とビセンテは、ボルト村を離れ、森の中で野営していた。「カイト様、寒くないですか?」「うん・・」 海斗が、ビセンテが張ってくれた天幕の中に入ると、そこは暖かくて居心地が良かった。 長距離を移動した所為か、海斗はそのまま眠りの海の中へと沈んでいった。―カイト・・ 何処かで、自分を呼ぶ声がする。―きっと、俺達は・・「カイト、起きろ!」「ん・・」 海斗が恐る恐る目を開けると、そこには自分の手を握るビセンテの姿があった。「どうしたの?」「ここを離れる事になりました。」「わかった・・」 海斗とビセンテは森から離れ、川へと向かった。「この川は海へと繋がっています。」「海へ・・」「さぁ、参りましょう。」 ボートに乗り込んだビセンテは、そう言って岸に居る海斗に向かって手を伸ばした。 その手を、海斗はしっかりと握り締めた。 森に囲まれた川をビセンテと共にボートで下っていると、海斗は水面に“何か”の影を見たような気がした。(気の所為かな?)「どうかされましたか?」「ううん・・」「この川には、魔物が棲んでいたそうです。」「へぇ・・じゃぁ、さっき俺が見た影は・・」「大丈夫です。何があってもカイト様はわたしがお守りしますから。」「そう・・」 二人がボートで森を抜けると、やがて彼らの前には美しい海が広がっていた。 潮風に頬を撫でられながら海斗が目を閉じていると、突然ボートが大きく揺れた。「クソ、見つかったか!」「どうかしたの?」「カイト様、どうやらわたし達は“追手”に見つかってしまったようです。」「“追手”?」 海斗がそう言った時、水面に大きな影が現れた。「見つけたぁ~」 何処か間延びした声と共に、水面から一匹の人魚が顔を出した。 金と銀の瞳を輝かせながら、その人魚は口を大きく開け、鋭い歯をまるで威嚇するかのように海斗に見せつけた。「ねぇ~、こいつ喰っていいの?」「やめろ、勝手な事をするな。」「え~」 オッドアイの人魚を窘めたのは、赤髪の人魚だった。「“あの方”の元へ連れて行くと、約束しただろう、リーネ。」「チェッ、わかったよ。」 オッドアイの人魚は舌打ちすると、海斗の髪を掴んで彼女を水中へと引き摺り込もうとしたが、海斗は首に提げていた護身用の短剣を抜くと、躊躇いなくその刃先を髪に当てた。「カイト様・・」「俺は死んだという事にして。」「へぇ~、自分が取引できると思っているの?取引をしたいのなら、対価を貰わないとね。」「対価は、俺の髪。」「この髪、高く売れそうだし、わかった、取引成立ね。」「リーネ!」「じゃあ、またねぇ。」 二匹の人魚は、海斗達の前から去っていった。「よろしいのですか、人魚達にあんな・・」「いいんだ。自分の髪を差し出せば、彼らの雇い主の元に・・」「上手くいくといいのですが・・」「大丈夫、人魚は必ず約束を守るから。」「まるで、人魚を知っているかのようなお言葉ですね。」「昔、王宮の図書館で人魚の本を読んだんだ。」「そう、ですか・・」 ビセンテは海斗の話を聞いてそうは言ったが、納得していないような顔をしていた。 海斗は、ジェフリーにも、誰にも話していない“約束”があった。 それは、海斗が人魚だという事。―ねぇお父様、どうしてわたしは誰にも似ていないの? 幼い頃、いつものように父の膝上に座りながら、海斗はそう彼に尋ねた。 すると、彼は少し渋面を浮かべた後、海斗にこう告げた。「カイト、お前は人魚なんだよ。」「人魚?」「そうだ、お前は人魚なんだ。カイト、この事は誰にも話してはいけないよ。」「どうして?」「それは・・」 父は、海斗が何故人魚でありながら人間として生きているのかを、最期まで教えてくれなかった。「カイト様?」「何でもない、少し疲れただけ。」 海斗はそう言うと、目を閉じた。「娘はどうしたの?」「これしか、持ってこられなかった。」 海斗を襲った人魚は、そう言うとラウルに海斗の髪を手渡した。「そう。これは、ご褒美よ。」「ありがとうございます。」 金貨が詰まった袋を半ばひったくるようにラウルから受け取ったオッドアイの人魚は、そのまま海の中へと消えていった。「まさか、ラウル様が人魚とお知り合いだったとは知りませんでしたわ。」「彼らは、利用価値がある。アリシア様、海を見るのは初めてでしょう?」「はい。」「狭い世界から抜け出して、広い世界を知ればあなたは強くなれる。」 ラウルはそう言うと、アリシアの肩を抱いた。「ここに、カイトが居るのか?」「あぁ。数日前、この村の教会で行われたバザーで、前王妃のティアラを海斗が購入したらしい。そして、あいつも・・」「あいつ?」「カイトが結婚する筈だったサンティリャーナ侯爵のご子息だ。」「教会に行ってみよう、何か手掛かりが掴めるかもしれん。」「あぁ。」 ジェフリー達がボルト村の教会へと向かうと、そこでは村人の葬儀が行われていた。「ようこそいらっしゃいました。」「すいません、葬儀の最中だというのに・・亡くなられたのは、どなたです?」「村の外れに住んでいた、ハンクとレイチェルという親子です。賊に殺され、一緒に暮らしていた娘も行方知れずになりました。」「親子と一緒に暮らしていた娘は、どんな容姿をしていましたか?」「燃えるような、美しい赤毛の娘でした。」「赤毛の、娘・・」 ジェフリーの脳裏に、自分に微笑んでいる海斗の姿が浮かんだ。 海斗は、確かにこの村に居たのだ。 そして―(あと一歩だというのに・・) もっと早く、この村に来ていたら。 もっと・・「ジェフリー。」「カイトはもう、ここには居ない。行くぞ。」「何処へ?」「海へ。」 カイトは、海に居る。 ジェフリーはその直感を信じ、川をボートで下り海へと向かった。 グローリア号へと向かったジェフリーは、そこで水夫長のルーファスと一人の青年が揉めている事に気づいた。「おかしら、お帰りなさい!」「ルーファス、そいつは?」「こいつ、いきなり水夫見習いにして欲しいとか言いやがって・・」「ふぅん、お前、名は?」「リーネ!」にほんブログ村二次小説ランキング
2025年08月01日
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表紙素材は、ねつこ様からお借りしました。「FLESH&BLOOD」二次小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。海斗が両性具有です、苦手な方はご注意ください。二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。「聖女様、大変です!」「どうしたの、そんなに騒いで?」「あの娘が、消えました!」「見つけ次第、始末なさい。」「はい・・」 侍女が下がった後、アリシアは溜息を吐いた。「聖女様も、お忙しいのですね。」「ええ、毎日忙しくて休む暇がありませんの。なのでラウル様、事前にご連絡して下されば助かるのですが・・」「あら、申し訳ありませんでした。次からは気を付けますわ。」(どうせ、口先だけでしょう。この人、信用出来ないわ。)「アリシア様も、“あの娘”を捜していらっしゃるのでしょう?」「“あの娘”?」「ユリアス皇国皇女・カイト様ですわ。貧しい農村育ちのアリシア様はご存知ないかもしれませんが、カイト様が生きていらっしゃると、面倒な事に巻き込まれてしまうのでは?」「どういう意味ですの、それ?」「あなたには、一番教えておきたい事がありますの。カイト様がもし生きていたら、王権派が革命の女神として彼女を祀り上げ、目障りなあの連中を叩き潰す事でしょう。」「あぁ、国王一家を処刑したあの連中・・革命家と名乗っている奴等ね。あの人達、頭がおかしいわ。」「そう、頭がおかしい人間が一人で支離滅裂な事を嘆いても、誰も相手にしてくれない。でも、それが集団なら?彼らは、国王一家を処刑するだけはなく、王権派の貴族達を次々と処刑しているわ。この国は今、滅びようとしている。この国を救う為に、わたくし達、手を組まない事?」「まぁ、わたしはあなたの事が嫌いなのに、何故そんな提案をなさるの?」「あなたは、金持ちになりたいのでしょう?ならば、この国の王になった方がいいわ。その為には、後ろ盾が必要よ。」「この国の王に、わたしが・・」「生まれた環境で全てが決まるなんて、馬鹿げているわ。金持ちになるのなら、国の頂点に立てばいい。」アリシアを利用するだけ利用して、彼女が国王となったあかつきには、彼女を殺して自分が王位に就こうと企んでいた。「わかったわ。」「これから、宜しくね。」「ええ。」 アリシアは、ラウルの狡猾な企みを知らずに、彼女と手を組んでしまった。(さて、この小娘をどう利用かしら?考えるだけで、楽しいわ!) 一方、ボルト村に暮らす親子に保護された海斗は、村で家畜の世話をしながら少しずつ健康を取り戻していった。「カイト、ご飯が出来たわよ!」「今行きます!」 海斗はブラックベリーを摘み終えると、家の中へと入った。「まぁ、沢山とれたのね。後でジャムにしましょう。」「はい。」 ハンクの母・レイチェルは、海斗に家事全般を教えてくれた。(俺の母さんとは、大違いだ。あの人はいつも、怒ってばかりだった。) 海斗の記憶の中に居る母は、いつも自分に怒ってばかりだった。―あの子に礼儀作法を教えるのは無駄よ。―王妃様、カイト様は花嫁学校に入学されたら落ち着かれますわ。―駄目よ、あの子は。 ある日、遠乗りから帰った海斗は、偶々王妃と女官の会話を聞いてしまった。―あの子を、孤児院から引き取るのではなかったわ。 その時、自分が王妃と血が繋がっていない事を知ってしまった海斗は、自室に数日間引き籠もってしまった。 王妃が、いつも自分に冷たいのは、自分が実の子ではないからだ。(じゃぁ、俺の本当の親は何処に居るんだ?) そんな事を思いながら、海斗はレイチェルと共にブラックベリージャムを作っていた。「どうしたの?」「何でもないです。昔の事を少し思い出してしまって・・」「そう。あなたを助けた時、このペンダントが、川の近くに落ちていたの。あなたの物じゃないかしら?」そう言ってレイチェルは、ハンカチに包まれたペリドットのペンダントを海斗に手渡した。“カイト。” 海斗の脳裏に、美しい金髪を靡かせた“誰か”の顔が浮かんだ。 あと少しで思い出せるのに、“誰か”の顔が鮮明になろうとしている時、海斗は酷い頭痛に襲われ、その場に蹲った。「どうしたの?」「頭が・・」「また、“発作”が起きたのね?部屋で休んで。」「すいません、ご迷惑ばかりお掛けしてしまって・・」「いいのよ。具合が悪い時は無理しないで休みなさい。」「はい・・」 海斗は台所から出て、部屋に入るとベッドに横になった。 少し頭痛が治まり、彼女が部屋を見渡すと、ベッドの横には可愛いテディベアが置かれていた。 その右足の裏には、『エリザ、5歳の誕生日おめでとう。』と刺繍されていた。「レイチェルさん・・」「もう、大丈夫なの?」「はい。レイチェルさん、今俺が使っていた部屋には、昔誰か居たのですか?」「ええ。娘が居たの、生きていれば丁度あなたと同じ年位になっていたかしらね。」 レイチェルは針仕事をしながら、海斗にエリザの話をした。 エリザは美しい赤毛をしていて、よく笑う明るい娘だった。 だが、彼女は疫病に倒れ、5歳でこの世から去ってしまった。「ハンクに抱かれたあなたを見た時、わたしはあの子が帰って来たと思ってしまったの。」「レイチェルさん・・」「あなたさえ良ければ、ずっとここに居て欲しいけれど、それはわたしのわがままよね、ごめんなさい。」 レイチェルは溜息を吐くと、針仕事の手を止めた。「これは?」「今度のバザーで出すタペストリーなの。」「うわぁ、綺麗・・」 海斗は、美しい刺繍が施されたタペストリーを見て、思わず溜息を吐いた。「そうだ、今度の日曜、教会のバザーにあなたもいらっしゃいよ。こんな山奥に引き籠もって暮らしているよりも、人と会った方が気晴らしになるわよ。」「わかりました。」 日曜日、海斗はレイチェル達と共に村の教会のバザーにやって来た。 そこには、様々な物が売られていた。 海斗が一際目を奪われたのは、サファイアとルビーのティアラだった。「これは・・」「あぁ、これは王妃様のティアラさ。」「おいくらですか?」「そうだなぁ・・3ポンドでどうだい?」「3ポンド・・」 今の海斗にとって、それは途轍もない大金だった。 諦めようとしたその時、海斗の隣に立っていた男が、ティアラの代金を払った。「毎度あり!」「あの、いいんですか?」「いいんだ。このティアラは、お前のものだからな。」 そう言った男は、翠の瞳で優しく海斗を見つめた。「カイト、こんな所に居たのか、帰るぞ!」「うん。」(カイト・・カイトだと!?) 教会から去っていく海斗の姿を見た男は、彼女の名を聞いた途端、堪らず彼女の後を追った。「待ってくれ!」「え?」 海斗は突然謎の男に腕を掴まれ、その痛みで顔を顰めた。「何ですか?」「やはり、あなた様は、カイト様ですね!わたしです、結婚式にあなたに逃げられた花婿です!」「あ・・」 男の言葉を聞いて、海斗は彼が誰なのかを思い出した。 艶やかな黒髪をオールバックにし、美しい翠の瞳で自分を見つめてくれたサンティリャーナ子爵の息子。「ヴィンセント・・」「生きてらしたのですね、良かった!」「あなたは、どうしてここへ?」「カイト、こちらの方は、あなたのお知り合いなの?」「はい。」「ここは人目があるから、わたし達の家で話しましょうか?」「はい・・」 教会を後にした海斗と、彼女の夫になる筈だった男・ビセンテは、レイチェル達の家へと向かった。「俺は、小麦粉を買って来るよ。」「わたしは今から、鶏小屋に行って来るわ。」 レイチェルとハンクが気を利かせて海斗とビセンテを二人きりにさせてくれた後、海斗はビセンテと向かい合う形で椅子に座った。「無事で良かった。国王一家が処刑されたと知って、わたしはあなたが亡くなったと思い、気が狂いそうになりました。ですが、生きていて良かったです。」「ヴィンセント・・」「今まで何処で何をしていたのですか?」「実は・・」 海斗は、謎の男達に追われている事をビセンテに話した。「そうですか。ラウル=デ=トレドという女はご存知ですか?」「いいえ。」 海斗は、レイチェルが淹れてくれたカモミールティーを一口飲むと、目を閉じた。「どうかされたのですか?」「ごめんなさい、何かを思い出そうとすると、頭痛がして・・」「これをどうぞ。ある薬に効く解毒剤です。」「ありがとう・・」 海斗はビセンテの手から薬が入った小瓶を受け取り、その中に入っていた液体をカモミールティーに注いで飲んだ。 すると、今まで自分の脳裏に浮かんでいた“誰か”の顔が、鮮明になって来た。「ジェフリー・・」「カイト様・・」 ビセンテは、海斗の手を握った。「わたしでは、駄目なのですか?」「え・・」「わたしは、あの海賊よりもあなたを幸せに出来る自信があります!」「急にそんな事を言われても・・」 海斗がビセンテの言葉を聞いて戸惑っていると、鶏小屋の方からレイチェルの悲鳴が聞こえた。「レイチェルさん、どうしたの!?」「カイト、逃げて!」 レイチェルがそう叫んだ瞬間、彼女の背後に立っていた賊が彼女の頸動脈に短剣を突き立て、それを躊躇いなく引き抜いた。鮮血が飛び散り、絶命したレイチェルを目の当たりにした海斗は我を失い、テーブルの上に置いてあったパン切り包丁で賊の喉笛を切り裂いた。(あの素早くて正確な突きは・・)「母さん、しっかりして、母さん!」「ハンクさん・・」 レイチェルの遺体を抱き締めながら嗚咽するハンクの額を、賊の仲間が撃ち抜いた。「見つけたぞ、赤毛だ!」「殺せ!」 ビセンテは電光石火の如く腰に帯びていた長剣を抜くと、それで賊達を殺した。「ここに居ては危険です!」 彼は海斗の手を取ると、惨劇の舞台と化した家を後にした。にほんブログ村二次小説ランキング
2025年08月01日
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表紙素材は、ねつこ様からお借りしました。「FLESH&BLOOD」二次小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。海斗が両性具有です、苦手な方はご注意ください。二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。「この処刑は中止だ!」 獄吏の声を聞いた人々は、一斉に騒ぎ始めた。―ありえない!―この女の首を刎ねる所が見たかったのに!「静粛に!」 処刑広場から馬車に乗せられ、女は牢獄へと戻された。「一体、何が起こったの?」「国王一家が処刑されました。」「では、わたくしは自由の身という事?」 太陽の光を受け、女の淡褐色の瞳が黄金色に輝いた。「ええ、そうなりますね。」「神に感謝を!」 女はそう叫ぶと、わざとらしく胸の前で十字を切った。 数時間後、彼女は自由の身になった。 迎えの馬車に乗り、彼女はある場所へと向かった。 そこは、彼女が生まれ育った家だった。「あなたは・・」「あの人に伝えなさい、わたしは地獄から舞い戻ったと。」 慌てふためるメイドを玄関ホールに残すと、彼女は居間に入った。「お、お前・・」「処刑された筈・・」「いいえ、わたしは戻って来ました。」 女はそう言うと、怒りで顔を染める男を見た。「疲れたので、部屋で休ませて頂きます。」「勝手にしろ!」 居間から出て、女は二階の自室に入った。「ラウル様、お茶が入りました。」「ありがとう。」「これから、どうなさいますか?」「それをわたしに聞くの?わたしは、これから何をするのかわかっている癖に。」「では、これで失礼します。」 メイドがラウルの部屋から出ると、一人の男に声を掛けられた。「彼女、部屋に居るかい?」「はい。ラウル様に何かご用ですか?」「いや、聞いただけだ。」「はぁ・・」(変な人ね。)「カイト様のご容態は?」「落ち着いておられます。しかし、ひとつだけ問題があります。」「問題だと?」「はい。どうやらカイト様は、厄介な薬を飲まされたようです。」「厄介な薬?」「はい。それは、飲んだ者の記憶の一部をなくすものだそうです。」「カイト様の記憶は、戻るのか?」「それは、わかりません。」「そうか・・」 マリウスは、海斗の記憶が戻るまで、自分の命を代えても彼女を守ろうと誓った。 その日の夜、海斗は寝返りを打ちながら悪夢にうなされていた。「カイト様、どうかなさいましたか?」「大丈夫・・」「また、あの夢を見たのですね?」「何で、俺ばっかりこんな夢を見るんだろう?」「何か大切な事を忘れていらっしゃるのでは?きっと悪夢は、その事を思い出す為の儀式なのでしょう。さぁ、ゆっくりお休みなさいませ。」「うん・・」 海斗の寝室を後にしたメイドのヘレナは、階下から変な物音がしている事に気づいた。(何かしら?) ヘレナがそんな事を思いながら物音がする厨房の扉を開けようとした時、彼女はナイフを首に突き立てられ、絶命した。(うるさいな・・) 急に外が騒がしくなり、海斗が寝室から出ると、マリウスが彼女に向かって何かを叫んでいた。「お逃げ下さい!」 マリウスは、賊に首をナイフで掻き切られ、絶命した。「ひぃっ!」「居たぞ!」「捕えろ!」 海斗は頭から毛布を被せられ、簀巻きにされて馬車の荷台へと放り込まれた。「やはり、あの方の予言は当たったな。」「あぁ。」「聖女様の元へ、彼女をお連れしろ。」 激しく揺れる馬車の中で、海斗は男達の会話に時折出て来る“聖女様”が気になった。 一体、“聖女様”は何者なのだろうか―海斗はそう思いながらも、深い眠りの底へと落ちていった。「そう、始末したのね。」 ラウルは自分が雇った男達から自分宛に届いた手紙に目を通した後、それを暖炉の中へと投げ捨てた。「ラウル様・・」「教会へ行くわ。支度を手伝って。」「はい・・」あの赤毛の皇女が生きているとわかれば、厄介事に巻き込まれてしまう事は火を見るよりも明らかだった。(早く、あの娘を始末しなければ。) ラウルは、鏡の前で己の姿を見た。 わざわざパリから取り寄せただけあって、喪服は今流行りの、華美ではないが気品に満ちたデザインだった。(さて、宝石はどうしようか・・) 王都から少し離れた所に、その聖堂はあった。「聖女様!」「聖女様がいらっしゃったぞ!」 人々は、銀髪をなびかせた少女が聖堂の前に現れると、歓喜の声を次々と上げた。「ありがたや、ありがたや。」「聖女様のお陰で、この国は安泰じゃ。」 人々がそう話す声を聞きながら、銀髪の少女―アリシアは悦に入っていた。(漸く、この時が来た!) 何も無い寒村に生まれ、日々家畜の世話と年老いた祖父母の世話に明け暮れていた貧しい生活から抜け出せたのは、村に疫病が発生し、その特効薬を作り出した時だった。 その薬で、祖父母をはじめ村人達の命を救ったアリシアは、聖女として崇められる存在となった。 だが、それだけで満足するアリシアではなかった。(わたしは、金持ちになるの!)「聖女様、お客様です。」「通して。」「失礼致します、聖女様。」「ラウル様、処刑されたのではなかったの?」「いいえ、わたくしを善良なる神がお救いしてくださったのです。」「まぁ・・」 アリシアは、柳眉を微かに歪めたが、軽く咳払いをした後笑顔を浮かべた。「ラウル様、二人きりの女子会でもいかがです?色々と、積もる話をしたいですし。」「ええ。」 紅茶を飲みながら、アリシアはラウルが耳につけている黒曜石の耳飾りに気づいた。「素敵な耳飾りですね。」「まぁ、ありがとう。本当は、ダイヤモンドをつけたかったのだけれど、家族が許してくれなくてね。」「どうして?」「だって、わたしは死んだ身ですもの。」「そう・・」 アリシアは、長方形の箱をラウルに手渡した。「これは?」「わたくしからの、贈り物ですわ。」ラウルが箱を開けると、そこにはダイヤモンドの耳飾りと首飾りが入っていた。「ありがたく、頂きますわ。」「喜んで下さって、嬉しいわ。」 二人だけの女子会は、和やかな雰囲気で終わった。「では、また。」「ええ。」 ラウルが部屋から出た後、アリシアは大きな溜息を吐いて長椅子の上に腰を下ろした。「疲れた。」「あの耳飾りと首飾り、ラウル様に差し上げてよろしかったのですか?」「えぇ。あれには、強力な呪いが掛かっているのよ。」「呪い、ですか?」「それを身に着けた者が死ぬ呪いよ。」「まぁ・・」「さてと、少し休むわ。」「わかりました。」 アリシアの侍女・メアリーは、寝室に入っていく主の姿を見送った。(さてと、わたしも少し休もうかしら。) メアリーは主の部屋から出た後、少し休んだら職探しをしようと決めた。 一方、海斗を拉致した男達は、王都へと向かっていた。「聖女様は、本当に俺達を雇ってくれると思うのか?」「何だ、いきなり。大丈夫、心配すんなって!」「だがなぁ・・」 男達はそんな事を話していると、海斗は彼らに見つからぬよう、夜の森の中へと消えていった。 暫くしたら、彼らは自分が居ない事に気づくだろう。 その前に、遠くまで逃げなければ―海斗がそんな事を思いながら走っていると、彼女は小石に躓き、そのまま川へと転落してしまった。 激流に流されながら、海斗は必死に息をしようと激しく川の中で藻掻いた。 その時、誰かが自分を岸まで引き上げてくれた。「おい、大丈夫か?」「う・・」(ジェフリー・・) 海斗は、見知らぬ男の腕の中で恋人の事を想いながら意識を失った。 その一時間前、ハンクは水を汲みに川へ来ていた。 木桶を水で満たした後、彼が村へと戻ろうとした時、上流から一人の娘が流れて来ている事に気づいた。 ハンクは咄嗟に娘の長い赤毛を掴み、その華奢な身体ごと彼女を岸まで引き上げた。「おい、大丈夫か!?」 娘は自分の言葉に反応したが、その後意識を失った。 このまま彼女を置いておく訳にはいかない―ハンクは娘を背負うと、村へと向かった。「ハンク、お帰り。その子はどうしたんだい?」「川の上流から流れて来たんだ。母さん、何か温かい物を作ってくれない?」「丁度、玉葱のスープがあるわ。ハンク、エリザの部屋にその子を寝かせなさい。」「うん、わかった。」 海斗が逃げた事を知った男達は怒り狂ったが、彼らは海斗が川に身を投げたのだろうと思い、王都へと向かった。「ん・・」「気が付いたかい?ここは、ボルト村だ。君が川の上流から流れて来たから、僕が家まで運んだんだ。」「ありがとう・・ございます。」「君、お腹空いてない?母さんが台所で玉葱のスープを作っているから、食べるといいよ。」「わかった・・」 海斗はベッドから起き上がろうとしたが、身体が鉛のように重くて、動かなかった。にほんブログ村二次小説ランキング
2025年08月01日
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表紙素材は、ねつこ様からお借りしました。「FLESH&BLOOD」二次小説です。作者様・出版社様とは一切関係ありません。海斗が両性具有です、苦手な方はご注意ください。二次創作・BLが苦手な方はご注意ください。「カイト様、どちらにいらっしゃいますか~!」「カイト様~!」 その日、海斗は遠乗りをしていた。「カイト、こんな所に居たのか。」「ジェフリー・・」海斗が王宮へと戻ろうとした時、森の脇道から白馬に跨った彼女の恋人・ジェフリーがやって来た。「結婚式を放り出した花嫁なんて、聞いた事なんてないぞ。」「俺は、あなた以外の人と結婚したくないの。」「そうか。」 この日、海斗は親が決めた男と結婚する事になっていたが、海斗はそれを拒否した。 ジェフリーとは、海斗が幼少の頃に知り合い、結婚の約束をした仲だった。 しかし、二人の結婚を海斗の両親は許さなかった。 何故なら、ジェフリーの母親が魔女だからだ。「もう、王宮に戻った方が良い。」「ねぇ、今度はいつ会える?」「それはわからないな。最近、仕事が忙しいから。」「そう・・」 ジェフリーは、私掠船乗り―所謂海賊をしていた。「そんなに悲しそうな顔をするな。すぐに帰って来るから。」「うん・・」 ジェフリーと王宮の近くで別れると、海斗は王宮の隠し通路から自室に入ると、そこには海斗の母・エリーゼの姿があった。「また、あの男と会っていたの?」「お母様・・」「暫く、部屋で大人しくしていなさい、いいわね?」「はい・・」 エリーゼは海斗の部屋から出ると、ある場所へと向かった。 そこは、彼女の“研究室”だった。「王妃様・・」「“例の物”は出来た?」「はい、こちらに。」 白い布で口元を覆った王妃の部下は、そう言うとエリーゼに、“ある物”を手渡した。「そう。」“ある物”とは、飲んだ者の記憶の一部を失くすという薬だった。「これを、どなたに飲ませるのですか?」「それは、あなたが知らなくてもいい事よ。」「はい・・」 エリーゼ王妃は、薬が入った壜を持ち、“研究室”を後にした。(あの子の為に、あの海賊は消さなければ。) そんな王妃の思いを知る由もなく、海斗はジェフリーを見送りに、港へと来ていた。「ジェフリー!」「カイト、来てくれたのか。」「うん。」「これを、お前に。」「ありがとう、大切にする!」 ジェフリーの船が出航した後、海斗は彼から贈られたペリドットのペンダントを握り締めた。「カイト様、お帰りなさいませ。」「ただいま。」「王妃様がお呼びですよ。」「わかった。」 海斗がエリーゼ王妃の部屋のドアをノックすると、中から悲鳴が聞こえて来た。「お母様!?」 エリーゼは、血溜りの中で倒れていた。「逃げなさい・・」「しっかりして、お母様!」 海斗がエリーゼに駆け寄ろうとした時、彼女は何者かに後頭部を殴られ、気絶した。「顔は見られていないだろうな?」「あぁ。」 エリーゼを殺害し、海斗を殴った賊達は、気絶した海斗を抱え、王宮を出た。 王宮の中庭には、死体の山が築かれていた。「可哀想に、目が覚めたらもうお姫様じゃなくなっているなんてな。」「あぁ・・」「どうした?俺達は、敵を倒したんだぞ、そんな浮かない顔をするな。」 仲間の男にそう言われても、ユリウスは自分達がやっている事が、“革命”ではないと、思うようになった。「ん・・」 海斗が目を開けると、そこは母の寝室ではなく、見慣れない小屋の中だった。(ここは、何処?) 海斗が辺りを見渡すと、小屋の中には数人の男達の姿があった。 その中の一人と、彼女は目が合ってしまった。「どうする、顔を見られちまった!」「そう騒ぐな、いい物がある。」 そう言ってもう一人の男が服の中から取り出したのは、緑の液体が入っている壜だった。「それは?」「王妃の寝室で見つけた。何でも、飲んだ者の記憶の一部を消す薬らしい。」「へぇ・・」「娘を押さえろ。」「嫌だ!」 男達に押さえつけられ、海斗はエリーゼ王妃が作った薬を飲まされ、意識を失った。「こいつをどうする?」「何処かの娼館へ売り飛ばしてやろう。」「それはいいな。」 男達はそう言った後、海斗を馬車に乗せ、小屋から去った。 同じ頃、ジェフリーは長い航海を終え、母国の港へと帰って来た。 しかし―「何だと、国王一家が処刑された!?」「あぁ。王都の近くに住んでいた俺のダチが言うには、陛下や王妃様だけではなく、7歳の王子まで皆殺しにされたそうだよ。」「カイト皇女様は!?」「行方知れずだそうだ。」(カイト・・) ジェフリーは血眼になって海斗を捜したが、国王一家が処刑されて5年経っても、彼女の消息を掴む事は出来なかった。 そんな中、ジェフリーはある噂を聞いた。 それは、処刑を免れた皇女が、娼館で働いているというものだった。 噂の真相を確める為、ジェフリーは皇女が居るという娼館へと向かった。「いらっしゃい!あら船長、お久し振りですわね。今夜はどの娘をご所望で?」 娼館の女将・エミリーはそう言ってジェフリーを出迎えた。「ここにカイトという赤毛の娘は居るか?」「えぇ、居ましたけど・・昨日、貴族の旦那に引き取られました。」「どこの旦那だ?」「それは、誰にも話すなと言われまして・・」「クソ!」 怒りの余り、ジェフリーは壁を殴った。(カイト・・)「気が付いたかね?」「あの、ここは・・」「美しい赤毛だ。」王政派の貴族はそう言った後、海斗の赤毛を撫でた。「安心しておくれ。ここに居れば、君は安全だ。」 貴族はヤギのような顎鬚を指先で弄り、海斗にマリウスと名乗った。「カイト様、お食事を持って参りました。」「ありがとう・・」 虚ろな瞳で部屋の外を窓から見つめている海斗の脳裏に、突如恐ろしい光景が浮かんで来た。“逃げなさい・・” 血溜りの中で呻く女性を助けようとした海斗だったが、その前に女性の胸に賊が刃を突き立てた。「嫌ぁ~!」「カイト様、落ち着いて下さい!」 突然暴れ出した海斗をマリウスは落ち着かせようとしたが、やがて彼女は床に倒れたまま、意識を失った。「旦那様、どうかなさいましたか?」「医者を呼んで来い!」「はい。」 マリウスの屋敷から遠く離れた沿岸部の街にある広場で、ある女が今まさに処刑される所だった。 だが、彼女の首に斧が振り落とされる寸前に、予想外の出来事が起きた。にほんブログ村二次小説ランキング
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