沖縄自治研究会

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憲法95条に基づく沖縄自治州基本法 質疑


 質問より、意見として聞いてもらったほうがいいと思います。まず、沖縄の歴史的、文化的なものに基づいてこの道州制を考えていこうと、基本的に把握しています。しかし、沖縄の歴史を明治維新後見たときでも、明治政府は沖縄を植民地として扱った。これは事実が証明しておりますから言いません。それを引き継いだ形で現在の沖縄米軍の集中、あるいはアメリカ軍支配があったというふうに理解しております。

 それはさかのぼれば1609年の薩摩支配から始まっておりますので、それをはね返していくチャンスに、この道州制をすべきだというふうに、基本的に僕は認識をしております。そうしますと、かつての琉球王国、僕は沖縄の場合、もっとさかのぼって考えておりますけれども、直近の近代的な歴史というと、琉球王国の藩では奄美大島まで含んでおります。琉球孤という枠の中で、この道州制を生かしていく沖縄の将来のために、こういう発想がちょっと見受けられないので、ここは少し僕の考え方と違うなということが1つあります。

 それで、沖縄では明治の太田朝敷さんが「くしゃみをすることまで大和を見習いなさい」と。それを体系化したものとして、伊波普猷さんが日琉球同祖論を打ち上げて、沖縄みずから本土への同化を求めていった。古い過程の中で西銘順治、前の知事が「ヤマトンチュになりたくてなりきれない心」と言った、その矛盾の中に我々は生きてきた。この矛盾を克服しない限り、沖縄の将来というのは制度をいじるだけでは僕はできていかないだろうと、こう思いますけれども、そのへんについてはどうでしょうか。以上です。


○司会(仲地博氏)  2点だったでしょうか。奄美を含まないのか、その発想があったのかということと、それから沖縄の歴史を踏まえて西銘順治元知事の「沖縄の心とはヤマトンチュになろうとしてなりきれない心」、この矛盾の克服なくして新しい沖縄州はできないのではないかという意見であり、また、壇上、あるいはフロアの皆さんに対するご質問だと思います。

 これについてはフロアからのご意見を求めたいと思います。

 江上さん、どうでしょうかね。西銘さんの発言に対する考え方は。西銘さんのヤマトンチュになろうとしてなりきれない心と、これを克服することなくして新しい沖縄の自治州構想は描けないのではないかと大村さんは問うていますが。


○江上能義氏  沖縄に25年いましたけれども、ヤマトンチュの私には重たい質問で、真正面から答えることはちょっと……


○司会(仲地博氏) 江上さんがヤマトンチュというのは忘れていました。


○江上能義氏  ああ、そうですか。それはありがとうございます。

 でも、いま言及された西銘知事のあの言葉には、私も非常に強い印象を受けました。いろんな考え方と立場があっても、沖縄の人々の多くは心の奥底でそうした気持ちをもっておられるのだな、と思い知らされました。私はその逆の立場で沖縄で長年、暮らしたのですが・・・、そういう矛盾や葛藤の中で生きていくというのはやはり、たやすいことではないと思います。全然、答えになっていないのですが、私は1977年に、復帰して5年目に初めて、沖縄にやってきました。そのときに、東京では、もう復帰して5年もなるから沖縄は本土並みになっているはずだ、全然日本と変わらないよ、ということを言われて、当時、いまの首里城の場所にあった琉球大学に何の考えもなしに私は赴任したんですけれども、沖縄に来てみて愕然としました。というのは、東京の人々が言っていた見方とは全然違って、沖縄は全く本土並みになっていなかったからです。

 米軍基地がたくさんあって、本当に基地の島としての厳しい状況があって私は驚きました。そして沖縄を基地の島のままに放置している日本政府は非常に無責任だと思ったんです。なぜそうなったんだろうかということを沖縄で暮らしながらその後、いろいろと考えました、今でも明確な回答は見い出せていないのですけれども、私が注目したのは、復帰のときに沖縄内外で沖縄自治州論の主張があったということです。だがそうした主張は少数意見でした。やはり本土並み復帰ということが前面に出て、基地問題が焦点だったということもありますけれども、本土並み、つまり県として復帰するというのが大前提であって、結局、日本の政治機構下の3割自治の中に組み込まれることになった。その結果、沖縄は自治権とか主体性を失っていったというところに、ひとつの大きな原因があるのではないでしょうか。復帰の時点で、沖縄は県ではなくて、自治州などのような工夫された制度が沖縄側から提示されていたら、復帰して30年以上も経つのに、このように基地の島の風景が復帰前とほとんど変わらないような状況には、なっていなかったんではないかという気がします。仲地先生の質問に対する答えになっていなくてすみません。


○司会(仲地博氏)  お答えしにくかった面もあったかと思います。

 時間は限られていますけど、この問題は本質的な問題を含んでいるように思われますので、もうお一方、今度はウチナーンチュを代表しまして、島袋さんに感想、ご意見、3分ぐらいでお願いします。

 この点については比屋根さんのご意見もお聞きしたいところですが、もう島袋さんで打ち止めにしておきましょう。


○島袋純氏  島袋です。私の場合は、次の発表の中で沖縄の人々、ピープルの自己決定権ということで、みずから我々がどういう人々であって、どういう政治的な権限を持つべきなのか、持ち得るのかということについて明記しています。

 これについては、次の発表のときでやっていきたいとは思うんですが、基本的に自分たちはウチナーンチュ、自分たち独自の立場であるということを認識して、それでさらに制度を構築しないと、沖縄の場合は自治権についていろんな法制というものができにくいだろうと、できないだろうと。しかも、それをやったほうがいいだろうというような発想が基本的にあります。

 ですから、次の時間にちょっとそれについてはまたさらに詳しく話したいと思います。


○司会(仲地博氏)  はい、ありがとうございます。
 今、手が挙がったご3名の方に発言をしていただきますが、3分ずつぐらいでお願いします。
 まず、比屋根先生のほうから。


○フロア(比屋根氏)  先ほどは壇上からのご指名でありますから、私は今、本論のことを話したいというのが、これが本論なんですけれども、私はこういう会が公に大学の研究者を含めてできるようになったというのが、非常にある種の感慨があるんです。江上先生が先ほど言われていましたように。

 ですから、申し上げたいことは、まずこの場所にはいろんな実践的な思いや、独立論に対する思考や、そういうさまざまな沖縄の今の思想空間が凝縮されていると思うんです。ただいまのご意見なども、私はそういうふうに思いますけれども、ただ、まず当面我々が考えたいのは、こういうデザインなり構想をきっちり打ち出して、そこから議論を始めて
みようじゃないかというのが、私はこの会の趣旨ではないかと思いますので、この会のこうした試みを今後何度も何度も繰り返していただいて、僕はもう4時過ぎには出なければいけませんから、佐藤さんと島袋さんのとても興味深いお話は聞けませんので申し上げたいんですけれども、私はこの時期の関係で、今大学で講義をしているのは、住民提起の憲法構想の問題なんです、実は。

 高良さんや、次の佐藤、島袋、日本連邦論とも関係して、私がもうちょっと皆さんに原点に返って歴史の問題を勉強していただきたいのは、植木枝盛の日本国憲法案というのがご存じのようにあります。これは要するに、そういう徹底した自治論と国と、そういう関係等々について非常に細かい規定があって、おそらく抵抗権の問題もこの規定が初めてではないかと、日本ではですね。

 そういうようなことを考えてみて、ようやくこういうような議論が新しい州、自治体外交権や州条例や、さまざまなそういうようなことが議論できたことを、私は非常にある種の感銘をもって、ぜひこの会合が今後こういう提起を続けていただきたいと、そういう希望であります。以上です。


○司会(仲地博氏)  励まし、ありがとうございました。
 それではさっき手を挙げたお二方、どうぞ。


○フロア(平良長政氏)  県会議員の平良長政といいます。
 2つばかり質問したいと思いますが、まず市町村長により構成される上院とか、もういろんなすばらしい考えのもとで、こういう案が出たことを大変喜んでおります。

 質問の第1ですが、1つは財政の問題ですが、こちらに4で財政とありま
すが、いつだか独立論について、居酒屋で独立しようとずっと飲みながらやるけれども、翌日は酔いが醒めるとともにぱっと忘れているというのは、やはりこれは居酒屋独立論ではないかと揶揄されましたが、そういう財政的な基盤とか、そういうのがないからではないかというふうに聞いたことがありますが、その中でどうしてもよくわからない、例えば、一括交付金の交付とか、沖縄独自の財政基金とか、例えば、中央の政府が基地を沖縄に押しつけている、そういう中では、やはり沖縄をそういう自治州みたいな形にはさせたくない、あるいは財源も渡したくない、その中で支配しようというふうにあると思うんですが、そのへんでどういうふうにして沖縄が自治州として独立できるか、そういう財政基盤を持ち得るかという、そういう議論がどのようになされたかというのを聞きたいと思うんですが、島袋純先生がスコットランドの研究をなさっていて、いわゆる現在ブレア政権なんかで10%ですか、イギリス本国の10%一括、スコットランドにあげて、そこでスコットランド議会で決めていくという、そういう話もあったんですが、その財源のことを、どういうふうにして、例えば、税源委譲させてやるかとか、一括どれぐらいしてやるのかということをお聞かせください。

 それからもう1つは、例えば大分県の前の平松知事が、やっぱり九州は全部1つでくくろうというところに、安保という言葉もやっぱり出ていて、基地もやはり沖縄は離したくない、九州全部でまとめていこうということがあると思いますが、道州制との関係ですね。例えば、これは自治労が前にやったいろんな提案もあるわけですが、うまくいかなったという時代背景がありましたが、今は道州制の議論があるので、道州制の1つとして、沖縄が九州と一緒ではなくて、やはり沖縄の自治をという場合、沖縄が独自の州になりたいという議論についてもその内容を教えていただきたいと思います。
○司会(仲地博氏)  もうお一方、手を挙げた方はどなたでしたでしょうか。すみません、前の方はもう勘弁してください。後ろ、手を挙げた方。残り時間が大変少なくなっておりますので、3分程度で。


○フロア(比嘉氏)  比嘉と申します。
 自治には住民の意思というものが必要不可欠だと思いますが、現状を見てみると、これからの将来を担っていく若者の政治離れ、いわゆる政治への無関心が少々目立ってきています。これについてどうお考えでしょうか。いくら制度をつくっても、機能しなければ意味をなさないのではないでしょうか。

 私の意見ですが、私はこの自治は教育がとても必要だと思います。私と同世代の中には、私はウチナーンチュだからという誇りを持っている人がとても少なくて、大人の人が何とかしてくれるだろうという人がとても多く見受けられます。学校では日本史を教えるが、琉球史、沖縄史の歴史については一切教えられていません。そういうのをなしに、私はウチナーンチュだ、ただ沖縄に住んでいるからウチナーンチュだという考えしか持てない若者が増えていると思います。

 だから、教育をまずは改革というか、教育に沖縄らしさというものを取り入れていくことにおいて、自治というものは実現するのではないでしょうか。


○司会(仲地博氏)  はい、ありがとうございます。
 どうぞ、手を挙げた前の方、いいですか。2分ほどでお願いします。


○フロア(玉城氏)  玉城と申します。
 西銘知事のほうのお話で、日本人になりきれないウチナーンチュという話がありましたけれども、基本的に私もウチナーンチュですけども、他力本願で財政を握られ、実権を握られ、そういう実権を握られた中において、仕方なしに日本化していくという、同化していくという、そういう政策がずっととられてきていると。今回、憲法を含めて自分たちで実権を握ろうじゃないかという、そういう主張が非常に明確になされている。これは非常に僕はすばらしくて、大いに参考にしたいと思っております。

 それから、教育の話を今先ほどの方がしましたので、私自身も教育に関係しておりますので少し述べますと、やはり皇民化教育と言いますか、そういう部分が非常にまだきいている。私はそんなに若くないんですけれども、もっと年配の方というのは、もう天皇の名前をずらっと述べられるぐらい、昔の教育勅語の話も全部入っていますし、そのへんは非常にマインドコントロールは行き渡っている。やはり主体をもった自治、主体をもった沖縄のほうにしていただきたい。そのためのアクションプログラムを、ついでに理念とアクションプログラムをぜひ提示していただきたいと、そういうふうに考えております。どうもありがとうございました。


○司会(仲地博氏)  ただいまのご3名とも、大変重要な問題を提起されたと思います。

 沖縄が自治州になるにしても財政的基盤をどう確立するか、どの程度の議論がなされたのかという疑問の提起。

 それから、政治的な無関心層が多い。いくら制度をつくっても政治的無関心だったら、これは絵に描いた餅で、教育が重要ではないかというご指摘。

 そして3番目が、そのために主体性をもった人間を育てるアクションプログラムまで考えないといけないのではないかというご指摘でした。

 以上の3名のご発言に対して、高良さんと照屋さんのご意見をそれぞれ3分ずつお聞きしたいと思います。


○照屋寛之氏  政治の無関心をどうするかということですが、政治に関心があれば自治も育ちやすいわけですね。ところが残念ながら、政治にはあまり関心を示さないわけですね。これは昨今の全国的な投票率を見てもわかるように、投票率は下がる一方なんですね。一時期は、今から6年前の参議院でしたかね、45%まで投票率が下がったこともあります。まさしくこれは議会制度が維持できなくなるぐらいの投票率まで下がったこともありますね、これは別に若者だけではなくて、大人も政治に関心が薄いのではないかということになるわけですけれども、ご質問のほうは、特に若者に、若者の政治への無関心を教育との関連でのご質問だと思うので、そこに絞って話をしたいんですが、私は教育、私も大学の教員として教育にかかわっておりますけれども、私はこの投票率が低い、若者が政治に関心が薄いというのは、1つにはやはり小・中・高における教育に、私は問題があるんじゃないかなと思うんですね。

 例えば、県議選挙、参議院選挙、衆議院選挙、市長選挙が行われていても、社会科の授業でこれを取り上げるのかなというと、全く取り上げないわけですね。普通どおりの社会科の授業が行われるわけですね。理科の時間に実験があるならば、社会科の時間にはこのような政治のことが起こった場合は、それを教材として教員が「今は市長選挙が行われている、皆さんはどうですか、一緒に考えてみよう」とか、というふうなことでやれば、私は政治に関心を持つだろうと思うわけです。高校生だってそうですね。高校生というのはもうすぐ有権者になるんですけれども、なかなか政治への関心は薄いですね。

 そして、また学校教育というのは、どっちかというと政治を嫌ったんですね。政治ほど大事なものはないのに、政治を非常に避けてきたわけですね。中立という美名のもとに隠れて、政治を我々は避けてきた。そこに私は若者の政治的な無関心をつくった1つの大きな要因があるんじゃないかなと思いますね。それで20歳になった途端に、皆さん投票所に行きましょうと言ったって、もうだめなんですね。無関心になった時点から、皆さんどうぞと「投票所へ」と言われたって、これは投票所に向かえなくなってしまっているわけですよ。特に、私は日本はこの点が強いんじゃないかなと思いますよ。高校生が選挙運動を手伝うことも政治への関心を高めるためにはいい方法だと思いますがね。例えば、選挙事務所での宛名書き、切手はり、看板作りなどに参加させたり、或いは投票所での手伝いや開票所での手伝いなどをさせたら政治、選挙への関心も高まるのではないでしょうか。


○司会(仲地博氏)  照屋さん、簡潔に。


○照屋寛之氏  このように選挙運動を手伝うというふうな、いわば社会風土を醸成していくことも大切ですね。アメリカでは高校生が選挙事務所へ行って手伝って、ポスター張り、ビラ配り、いろんなことをやって、これも単位として認めましょうという州もあるみたいなんですね。そういうふうなことであれば、若者ももっともっと政治に目を向けるのではないかなという感じがいたします。


○司会(仲地博氏)  高良さん、2分で。私たちが話しすぎると、次の連邦制の議論がそれだけ時間が短くなりますので、簡潔にお願いします。


○高良鉄美氏  このグループのもともとの考え方というのは、いろんな人権と自治と自立、やっぱりこういうものはすべて共通した土壌の中にあるんじゃないかということが議論されてきたわけです。したがって、その自立の中には財政的なものも当然あるし、地方自治、それから教育、あるいは文化、そういったことも含めていろんな議論をしたんですが、先ほどの、やはり居酒屋独立論という域からは、厳しく見ると出ていなかったのかもしれない観は確かにあります。

 ただ、スコットランドの話が出ましたが、この財政部門はスコットランドモデルを基本にしています。そして、まず憲法の中で一番重要なことは、なぜ地方自治を入れたかということになるんですが、国の姿勢というのは、地方ができないことをなるべくサポートしようという根本的なものが、今あるのかどうかというのが問題だと思います。そういった意味で、いろんな例が出ますけれども、まさに日本の中の常識と思っているのが常識じゃない部分というのがかなりあります。

 憲法の中でも、そういう我々が憲法の中でと思っている範囲というのは、実は我々はほんのわずかなところを見て憲法の範囲と思っているんですね。この小さな範囲の中で動いては現在の自治とか、既成の制度ができあがっているわけで、実はもっと大きな範囲があるということです。特に沖縄からは既成の自治によって見えなくなっている本当の範囲の自治を示すという役割というのがあるでしょうし、きょう集まってくださった皆さんの、これから一緒につくりあげていく機運というのが、まさに沖縄からの発信ということになるでしょう。G1グループで中部病院の話を宗前さんがしていましたが、かりゆしウエアの話を私はすると、なぜ……


○司会(仲地博氏)  もうかりゆしウエアの話はやめて……。


○高良鉄美氏  ということで、もう言いたいことはわかると思いますが、これは常識ではなかったかということになりますと、そうでもないということですね。

 本当にそういう発想の中でどんどん広げていけることを、1つの指針と言いますか、そういう点でちょっとまとめにはなっていませんが、ぜひこれからの研究会に顔を出していただけると、また細かい点までわかってくると思いますので、よろしくお願いします。(かりゆしウェアのいいたかったこと。かりゆしウェア、沖縄のアロハシャツのようなものですが、十年前は、沖縄でも議会や県庁の職場に開襟のアロハシャツのようなもので出勤、登場するのはもってのほかと、きびしく批判をされ、圧力がかかりました。今はどうでしょう!まったく言語道断であったものが、実際の必要性と合理性の前にその制限根拠を失って行ったのです。厚い背広やネクタイで、汗だくになって、あるいはクーラーを強めて、まったく不合理な職員の仕事効率、税金の使い方だったわけです。憲法がより快適により効率的な税金の使い方を禁止していたのですか?よく考えて見ましょう、ということなんです。)


○司会(仲地博氏)  どうもありがとうございました。
 私どもの会の財政の都合で、5時きっちりに終わらなければならないということになっておりますので、私の総括は30秒で行います。

 生煮えの議論を提示すると冒頭言いましたけれども、照屋さんが生煮えどころか、材料を集めた段階だということでした。そのとおりであります。集め損ねた材料もあるし、不要な材料も多分入っているのだろうと思います。しかし比屋根さんが、それでもなお、こういうことをすることの意義があると言ってくださいましたことにを大変心強く思います。

 ご質問をされた方、ご意見を述べた方ももっと言いたかったと、手を途中まで挙げた方もいらっしゃいました。申しわけありません。議論全体、生煮え感ですけれども、生煮えであるがゆえに、次回への期待も高まるのかなと、そんなふうな印象を持ちまして、このG2グループの報告を終わります。以上です。


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