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沖縄自治研究会
痛みを伴う改革の政治過程 質疑
じゃ、質問をそのままざっくばらんに受け付けたいと思いますが、マイクを通してもらわないといけないことがあって、マイクを使いますので、質問お願いします。
じゃ、僕から口火を切っていいですかね。
対抗情報源というのは、ひとつ、NPOとか、NGOとかであれば、これは基本的にどっちかというと、アウトサイダー、外にいるわけですね、権力の機構の中で。それで、石原慎太郎の例も言ったんですが、それはアウトサイダーではあるんだけど、権力というのは、上位規範みたいな位置づけなわけですよね。
それから、宇井純先生の場合は、NPO、NGOの役割に近いようなアウトサイダー、要するに下というか、市民の側なわけですね。この対抗情報源というものが機能するときに、これは必ず専門知識が、特に委員会という方式の中に入らないといけないとか、あるいは業務委託を請け負う、NPO、NGO、あるいは役場と密接な関係を持つNGO、NPOじゃないと持てないのか。宇井純先生は、実際に沖縄県の中では委員会に傍聴していって、一生懸命発言しても、結局はアウトサイダーとして何も改革部に、傍聴していって、意見を言っているのに無視され続けていたという具体的な事例があるわけですよね。
ですから、情報公開されているので中に入ろうと思えば入れるのに、わざと委員会の日程を教えないとか、いろんなことをされて、入れなかったという具体的な事実があるわけですね。ですから、本当にそういったアウトサイダーが中に入るときは、やっぱりどうしても政府なり、自治体なりでの公的な認知というのが必要になるのかどうなのか、この点についてはどうですか。
○宗前清貞 まず、インか、アウトかということの区別はポリシー・コミュニティー(政策共同体)の内か外かで決めています。
もう少し言い方を変えていうと、医療みたいな内外での知識バリアが高い領域では、医療の内側にいる人というのは、政府にいるか、普通の診療所で働いているかという違いはあっても、自分たちは医療のプロフェッショナルであるという意味での一体感は非常に強いわけですよね。と同時に、医者でないとわからないことというのはやっぱり幾つかあるわけです。
病気の見立てというのはもちろんそうなんですが、そうではなくて、病院経営の実態とか、医者は高給だ、高給だと言われているけど、そうでもないんだよとか、そんなことも含めて、実はここで言うプロフェッショナルというのは、単にお金を稼いでいるプロだという意味のプロではなくて、専門知識を要求とされて、なおかつその検証は他者にはできないという意味で、この言葉を使っています。
牧師さんとか弁護士、もちろん医者もそうです。つまり弁護士のよしあし、医者のよしあし、それから宗教家のよしあしというのは、同じ宗教家、同じ弁護士、同じ医師でないと、厳密なところは判定できないわけです。
そういう意味でプロフェッショナルの内側にいる人が、まずインということで、その外側にいるのがアウトということになります。
それと、ここで提起している話というのは、従来言われているのとは違う目線で見たとしても、なお沖縄の自治というのは大変危機的だねという話につながっていく一つの枠組みを提示しているわけですね。だから、もし純さんが今言ったように、インサイダーではあるんだけれども批判的な精神をもって現状を厳しく指摘するということがあったにもかかわらず、参加の機会が与えられていないとすると、僕が今ここで提示した枠組みから見ても、それは相当ガバナンスを損なっているという話です。そんなことは今さらわかっているとか、今さらよくないという基準をもう1個つくったことに何の意味があるかと言われればごもっともなのですが、実証研究の延長線上で考えてもなお沖縄の自治というのは厳しい、と言いたかったわけですね。
それから3番目としては、それはそれとして具体的にどうすれば改善の方向につながっていくかということだと思うんですが、一つは、ちょっと精神論になってしまうんですが、間口を広げておくということが大事なんだろうと思います。ただ、プロフェッショナル組織というのは、あえて外側に出ていって、なおかつ継続的にその努力を惜しまないというのはなかなか大変ですよね。
だから、対抗的情報源が必要だと言っておきながら、それをなぜ改革のコアにしなかったかというと、それは過去の歴史から、プロフェッションの自発的努力に頼ろうとしてもそれはうまくいかないんだということがわかっていたからです。
というか、ではそれを制度的に義務づけてしまえばどうだろうか。はっきり言えば、それで飯が食っていけるような仕組みにしたらどうなるかというふうに考えたときに、最後の制度的保障への道筋の中で言ったように、必ず、官庁が発表するものには、2つの対立する意見をくっつけて、エンドースしなくてはいけない、それには相応の報酬を払いなさいよとすればどうだろう。そうすると、NPO、NGOというのはそれを受託して、それで、飯を食っていけるか、少なくとも飯を食っていけなくてもいいから、実費ぐらいは賄えるだろう。非政府部門の公的活動を保障する金をそういうふうに支出するのは、これはガバナビリティーとか、ガバメントそのものを保障するためにとても大事な費用で、民主主義のコストだと思うので、そういうふうにお金を使えばいいのにと思っていたので指摘してみたのです。
○質問者(島袋純) 今ので、最後ので非常によくわかりました。要するに、ガバナンスモデルというものを強化することによって、沖縄自治権では統制モデル的な制度が中心になったんですけれども、制度論に反映させていくと、そういうことですよね。
○宗前清貞 もちろん制度論なしでいいわけではありませんね。それはそれで大切です。
○質問者(島袋純) はい、わかりました。
じゃ、ほかにちょっと学術的な業界用語で、これも専門知識の情報源になってしまう部分があるんですけれども。
○宗前清貞 ちょっと、たまには僕も本当は研究者なんですということを示して、見栄を張ってしまいました。
○質問者(江上能義) 南部病院、私も南部に住んでいましたし、現在も住んでいて、非常に近いところにありますので、興味深い話をありがとうございました。
内側から見られたということで、私はちょっと離れていて、南部病院の廃止がいつごろ決まったんですか。
○宗前清貞 幹事会で決定されたのが9月。それから委員会で議論されて公表されたのがことしの1月です。
○質問者(江上能義) 去年からことしにかけてですね。いなかったのでよく知らないんですけれども、十分、宗前さんの話を把握しているとは言い難いんですけれども、要するに幹事会というのと、それから審議会があって、審議会ではどうもあまり専門的な議論がなされないで、やっぱり赤字と、地域は切り捨てかというような議論の中で決まったというような感じですよね。
それで、今さっき宗前さんが、廃止というものを先駆けて言ったと、それは非常に勇気の要ることだったというようなことですけれども、それはどの場で言われて、なぜ宗前さんは南部病院の廃止に踏み切る発言をしたのか。それに対するその場での反応はどうだったのか、それをお聞かせ願いたい。
○宗前清貞 まず、幹事会と委員会の議論の度合いがどのぐらい違ったかというのを示すために数字を挙げますと、幹事会は全部で11回、プラス、フリーセッションが2回、プラス、視察が6回という形で、かなり濃い議論をしていたわけですね。委員会は全部で4回しか開かれておりません。
ですから、時間だけで比較しても相当違いがありますし、それと、10回を6カ月で開くということは、2週間に1回顔を合わせているわけですから、どうしても密接になってきますよね。相手が何を考えているかということはだんだんわかってくる中で、コンセンサスに基づいた上で議論が可能になるというのがあると思うんですが、やっぱり1カ月半とか、2カ月に1回ぐらいの会議ということになると、どうしても言いたいことだけ言うと、しかし基本的には幹事会の上げてきた報告は追認であるということになりがちなんだろうということも、推測としては成り立ちます。
それで、私が南部病院の廃止を示唆する表現を使ったのは、多分真ん中あたり、5回目か6回目だったと思うんですが、それは状況的にはどういう状況だったかというと、各病院の現状と課題について、一応の把握が終わって、それでは全体としてはどういう方向でいくかというのを、フリーに議論していきましょうというふうになったときに、おおむね次のようなことを言いました。議事録によれば、「7つの病院の中で最も存続に疑問があるのは南部病院である」という言い方をしたわけです。つまり廃止せよとは言っていないんですが、現状ではその設立というか、存続の意義がよくわからないということですね。
その根拠は、まず第一に受診動向です。離島とかということでない限り、1つの市の市民が、ほぼその病院の患者のすべてであるという場合には、それは県が関与するべき事業なのかというと、甚だ疑問だと思ったわけです。しかも、その前提条件として、糸満の側は救急病院を存続させろと言っている割には、糸満市自体は救急診療所を閉院してしまったということがあった。自治の権利には当然、自治体のすべき努力はすべてしてなお補完されたい、とあるべきだと私は思いましたから、そしてその一次医療と言われる初期医療に関しては、地方自治体であるところの市町村が一義的な努力をしなければならないと思っていましたのでそのような意見を申し上げました。
財政的に厳しすぎてできないところもありますよ。しかし、離島とかそのぐらいになってはじめて厳しいと言えるのであって、糸満市レベルで厳しい厳しいと言っていたら、それはどこだって厳しいわけですから、市町村立病院というのは成立しなくなってしまうわけですね。そういう点からいって、まず平等でないという点が1つ。
それから、関係者の話を総合していくと、1つの病院として南部病院が存続しなとしても南部地域全体の医療環境が悪化した、つまり県が県土の一部である南部地域に対する保健責任を放棄したことになるかと言えば、どう考えてもならないなと。
例えば、329沿いにはハートライフ病院があったり、沖赤があったり、その他もろもろの市中病院が十分充実しております。仮に北部病院を廃止するという意見があったら、僕は反対したでしょう。北部の場合は代替医療機関がないので経営状態の悪化が廃止につながる直接の要因にはなりえないというふうに思ったと思うんですが、南部の場合は、少なくとも数字にあらわれているものから考えると、それは廃止されて当然であると考えているわけです。
その意見に対しては、「まあ、そうだね」という反応が幹事全員の反応でした。「えっ、そんなこと言うんですか」ということではなくて、「それは言ってほしかったけど、なかなか同業者としては言いにくい」といったことですね。もう一つ、子供病院を含めた新那覇病院をつくるに際して、現行の体制でいくと、病院管理局の定数が決まっているわけですね。だから、どこかの病院をリストラして、そこの定員というのを新しい病院に振り分けないと、難治疾患を中心とした高度多機能病院の対応ができないということを意味していたので、安次嶺先生とか稲福先生たちは、リストラによって浮いた要員をほかの病院に振り向けるというためにも、リストラは必要であるという趣旨のことをおっしゃいました。
そのときに一番傷のなさそうな地域の病院であるところの南部病院がなくなるのは、これはやむを得まいというふうには考えていたようですね。
○質問者(江上能義) ありがとうございました。よく説明わかりました。でも、そういう説明が南部の人たちの住民に十分に説明されたか……。
○宗前清貞 それはちょっとわからないです。今度は、広報と納得の過程ということになっていくと思うんですが、実はそのとき、私はこういうふうに考えていました。多分、これはすぐに反対がくるだろうと。反対がきていく中で、できれば、じゃ、南部の医療のあり方というのはどうあるべきで、それに対する負担のあり方はどうあるべきかというのを、もう1回考えてくれればいいんじゃないか。
しかも、実際には糸満市以外の人にとって、果たして南部病院はそんなに必要な病院かというふうに考えていくと、反対運動をするときに、見捨てるなという気持ちがあるのはまず間違いないだろうけれども、実際に、じゃあ、佐敷の人とか南風原の人たちは南部病院に行っているかといったら、行かないわけですよね。人口比率から見ても、明らかに不均衡な患者しか南部病院には行っていない。そこらの人たちはやっぱり違う病院に行ってしまうわけですよ。
つまり、交通アクセスの観点から彼らは病院を選択しているのであって、南部にあるから南部病院に行くというわけではない。もちろん心強いのはあるでしょうね。1つの地域に1つの大きい病院があるというのはね。あるとは思うんですけれども、安全弁としての病院機能を言い出すとキリがないので、むしろ反対運動が起きて、その中で真摯に県の側と反対運動の側が向き合えば一番よかったんじゃないかと思っています。
だからその意味では、今まさに説明をお互いにしつつある過程なのかもしれませんね。ただ、私自身を含めた反省点として、もうちょっと選択肢を幾つか出しておいたほうがよかったんじゃないか。だから、その意味でいうと、従来の審議会方式の、1つ結論を出して、それを提案する、諮問するという、実は諮問と称しつつ、それは県の意思だったりするんですけれども、というのは、住民にとってみると、これしかないんだから、おまえら従えというふうに言われているように思えて、嫌かもしれません。
そうだとすると、僕は3案ぐらい、この場合だったらこう、この場合だっ
たらこう、この場合だったらこういう負担がある、どうしますか、と。ほかもあるけれども、一応3つのぐらいの可能性に集約してみたよというような議論のほうが、住民に対して、実はこれは決まったことだから従えと言っているのではなくて、どうすればいいか一緒に考えてほしいんだ、というメッセージは、より伝わったでしょうね。
○質問者(照屋勉) どうもありがとうございました。
南部病院も実際あった時には、自治体も負担金を出していたんですよね。
私もでも、南部病院の場合は、与那原からだれが行くのかなとは思っていたので、ただ、今、新聞紙上からすると、その赤字ということだけが前面に出てきて、そうすると、議会なんかでも存続を求める議決なんかはやっているわけですよね。うちでもやっているんですけど。
だから、今、宗前先生がおっしゃったような内容がわかれば、絶対に廃止という話も納得すると思うんですよ。ですから、先ほど先生がおっしゃっていた、まず情報を住民に対して、その辺がうまく全然できていなかったな、でも住民に説明してもなかなか難しいという点もあったかと思うんですが、一つ聞きたいんですけど、これはもう廃止は決定。新市長はまた何か存続に向けてというような話をやっていますよね。これはもう決定で……
○宗前清貞 先に答えを言いますと、わからないです。つまり、これはもはや行政マターではなくて、政治マターだと思うんですよ。例えば、撤回ということはあり得るかもしれないけれども、今の流れを見ていると、県サイドが割とビジネスライクにというか、淡々とやっているんですよね。
病院管理局としては、風圧は全部覚悟しているけれども、あとは理解を得るために頑張りますみたいなことは言っていて、そこにはあらゆる可能性は考えて妥協もあり得るという感じはないんですよね。
だけども、と同時に、何が何でも押し通すぞという意思も感じられない。それは、知事が全然出てこないでしょう、このケースに関して。改革派の件だったら必ず知事が出てきますね、こういう場合には。たとえどういう結論だったとしても、自分が全責任を負うという意味で。
そうなってくると、本当は常識からいうと政治レベルで解決しないとどうにもならない問題なのにもかかわらず、政治、つまり副知事を含めて、知事、副知事レベルがこの問題を最重要課題とは全然認識していなんじゃないかという印象は受けています。だから、ひっくり返らないんですね。
政治の話になると、ひっくり返ることはあると思うんですよ。着地点を見つけて。だけど、片や(県)行政、片や(南部地域の)政治でしょう。南部のほうは政治として問題を認識しているわけですよ。だけど、片や行政マンオンリーの対応をしているから、彼らが大胆なひっくり返しなんかできっこないじゃないですか。小心とかそういうことではなくて、行政マンのロジックからすると、1回出た結論を無理やりひっくり返すというのは、これは自分たちにはできないと。これはオヤジたち(政治家)がやることであるというふうに考えるわけですよね。
だから、そこは食い違いを見せてしまっていて、ちょっと膠着状態になっているのかもしれませんね。ただ、一刻も早く閉鎖しないと何か悪いことが起きてしまうという状況ではないと思うんですよ。つまり、表面上の赤字が増えていくだけであって、別に患者さんを診ることができるわけだから、長続きする分には別にいいわけで、その意味でいうと、決定がおくれることによって生じるデメリットを、だれも実は考えなくて済むということがあるのかもしれない。
ただ、「だれがかかりに行くのかな」と先ほど出たように、僕はもともとこの問題は、割とシンプルな話だと思うんですよね。だからウチからは誰も行かないよ、というふうに思っている人たちは、なんで金まで負担しなくちゃいけないのと意見があるだろう。もちろん、福祉の問題というのは支え合いだから、「いや、おれは病気にかからないから健康保険は入らなくていい」というわけじゃないというのは、片やあるんだけれども、もともと県立病院というのは補完制の原理から考えると、市町村単独ではその病院はもてないから県でつくってねというのが本筋だと思うんですね。
例えば、与那原町立病院をつくってもいいかもしれない。でも、南部病院その他ほど大きな病院にはならないだろう。そうすると、中途半端な規模の病院になるぐらいならこれはまさに広域行政でやったほうがいいということだったはずなんですよね。
それから、中部病院が持っている第三次救急の救命も含めた高度な医療というのは、これは県に1個あればいいだろうと。例えば、琉大病院と中部とそれから新那覇と、この3カ所ぐらいで充分じゃないのということですよね。
石垣とかには要らないのとか、宮古に要らないのと言われれば、いや、それはあったほうがいいけれども、ちょっとそれは支えきれないという話にあるでしょうね。だから、もちろん我利我利亡者じゃだめなんだけれども、基本的に自分たちにとって必要かどうかといったら、そんな必要じゃないなと思ったら要らないと言えばいいのに、それとは別の次元で議会が存続決議案を出したりするというのは、あんまり健全ではないと思うんですね。
○質問者(島袋純) そんなに時間がないですが、まだありますかね。
なければ、ひとつだけ。ちょっと県の、これからの県レベルの政治行政制度を考えていく上で、ひとつ重要な点があると僕は思うんですけれども、先ほど言った政策コミュニティーの問題で、これは公立病院の問題で、繰出の基準が明らかではない。交付税、交付金の問題で、基本的に県に大きな裁量がある分野ですよね。しかも、全国いろんな画一的な基準があり得ないと。
ところが、同じ政策コミュニティーでも、建設技官がかかわるような、要するに、沖縄振興開発計画みたいな、この政策コミュニティーというのは、この基準が、これは公立病院は、繰出とか、繰入とか、そういった基準ではないですけど、箱物の建設とか道路の建設に関して、基準が全国でゼネコンが支配していて、厳しく厳格にあると。
しかも、政策法について極めて排他的、機関独自の世界、それで、同じ例えば海を扱うとしても、埋立屋が、土建屋が考える、あるいは技官が考える海と、それから宇井純先生が考える海は全然違うわけですよね。
だから、同じ委員会でも全く使う言葉、思考の体系から何から何まで違うということで、それは排除されていくと思うんですけれども、こういった閉鎖的な、今まで言えばガバメントの、一番端的に権力の中枢を、日本の支えてきたような、今まではシステムじゃないかなと思うんですけれども、それが医療の場合は、ガバナン・スモデルということで、これは新たに提示して、それでwithin-outsiderというのは存在し得るということで、新しく政策が刷新していく一つの例示だというふうに思えたんですけれども、実をいうと、土建屋、あるいは建設技官の支配している沖縄振興開発の公共事業の分野にでも、本当はこれをこういった何かしらの新たな刷新を打ち込んでいかないといけないと。
それがもしかしたら県レベルに、今後の沖縄県レベルに必要な改革になると思うんですよ。それについてはどういう道筋があり得るのかなということをちょっと一つ。
○宗前清貞 そうだなと思いながら聞いていたんですけれども、時間もないので、非常に漫画的に言いますと、外国人を入れればいいんじゃないですかね。外国の専門家を入れるという、そうすると、日本の土建行政に染まっていないし、特に北欧とか、オランダとかあの辺の人たちで、環境工学をやっている人たちが入ってくれば、全く違った観点から、しかも「おまえの言っている海って何だ」とか、「おまえの言っている永久構築物というのは何のことを言っているんだ、それは鉄筋コンクリートのことを言っているんじゃないの」とかというようなことスッキリする。外圧を使うというのは一番効きますよ。
医療の場合は、やっぱり人の命にかかわるので、どこかにお医者さんの良心を信じている部分があるんですけれども、土建屋さんの場合は確信犯なので、本当にそれが正しいと思って行動しているわけですよ。悪いとわかっていないわけですね。だから、本来的な意味で確信犯だと思うから、それに対してはさらなる確信犯をぶつけるしかないと。
○島袋純 じゃあ、エンドースメントの最終的な、エンドースメントの手続きを、行政主導で一つしか出さないというのを、二重三重に出せるようなシステムを整えていけば、そこに例えば、外国からの環境工学の人とかを入れていくという、そういう発想でいいんですか。
○宗前清貞 そうですね。
○質問者(徳田博人) 1点だけいいですか。1点だけ、もう1点だけ。すみません、何か。
非常にいろいろ学ばせていただきましたけれども、1点だけ質問ですけれども、先ほどの島袋先生が言った、さっきの海、同じ人でも海をどう描いているのかで全然求めてくるものとか、思考が違うということの関係でいうと、1点だけ確認なんですけれども、審議会ですか、幹事会の中で海に関する共通認識がとられたのかどうかという手続きですね。
すなわち、多分、一つのポイントは何かというと、最終的には問題の立て方が、幹事会と委員会で違っていたということですよね。一つは、医療、どういう医療が望ましいのかという観点から議論を組み立てるのと、財政的な観点から議論を組み立てるのとで、結論は同じであったとしても、今後に生きてくる政策とか、蓄積とか、それが異なってくるだろうということで、そうすると、もう一つ、同じように経済的な観点から、あるいは財政的な観点とは別に、どのような医療が望ましいのかという観点であったとしても、まさにどのような医療でも、地域地域によって、ミニマムスタンダードみたいなものがあるのかという議論がなされたのかどうかということだと思うんですよ。
多分、地域によっていろいろ財政状況によって違っていたとしても、最低限これだけは沖縄県として守らなければいけないと。離島であったとしても、ここにないと最低限の生命は守られなくて、他の都道府県にいろいろ説明しても恥をかいてしまうから、最低限のアカウンタビリティーは必要だろうと。そういうモデルとなるスタンダード、最低限のミニマムスタンダードとしてのあるべき医療についての議論がなされていなかった場合には、少しこれは議論としては危険かなと。
他府県との比較も含めてなんですけれども、あるいは宗前先生の話ですと、データとか、対抗的情報とか、そういう情報なんかでしても、あるべき姿からどう描くかによって評価も全然違ってくるはずですから、ここの議論がどう展開されたのかをもう少し詳しくお話ししていただければと思います。
○宗前清貞 ごく簡潔に言いますと、実態としてはそういう意識はなくはなかったけれども、ソモソモ論にはなかなか踏み込めなかったというのがありました。具体的に何かをよりどころにしないと議論が進まないから、現行の厚生労働省が提供している、その医療供給のモデルを前提にしようということです。つまり、一次医療については市町村でやると。それから二次医療については県の出先の病院でやると。つまり、医療圏ごとに分けて、そこの中には1個中核的な病院が二次医療については、例えば重篤な患者ですよね、二次医療については責任を持つと。それから三次医療については、100万人に1個程度の三次医療機関。
沖縄でいうと、医学部附属病院と、それから中部病院。つまり、救命救急を扱う高度な医療機関ということなんですが、それは沖縄の場合は幸い2つあるけれども、おおむね100万人に1個であるというふうに厚生省は言っていて、そのとおりに医療報酬というか、医療経済を彼らは設計しているはずだから、あるいは医療経済から逆算して100万人に1個程度であると言っているので、一応それは最低限守ろうと。
つまり、それはどちらかというと、ガバナンスというよりも、コンプライアンスなんですね。法令は守らないといけないと。この手の改革提言はしばしば現行法令をすっ飛ばすことがあるので、法令はやっぱり守らないといけないでしょうと決めた。だから、国が提供している最低基準だけは守ろうよというのはあったわけですね。
ただ、国の最低限基準では足りないというのは、離島県である本県の場合はあり得るねということはあって、だから、宮古と八重山は圏域としては5万人レベルの小さな医療圏で、本島の場合は3つにしか分かれていないんですね。那覇を含めた、南部、中部、北部と。その3つの医療圏並みの地域完結型を宮古・八重山にも保障せよと結論づけたのです。その地域の中で二次医療までは全部受けられるというシステムは保障しなければならないというのもコンセンサスにはなっていました。
八重山と宮古といっても、実は八重山と宮古は医療状況が全然違うんですよ、同じ離島なのに。宮古は診療所が多い、だから、病診連携というのができるわけです。逆にいうと、病院に来なくていい患者は診療所に回っている。ところが、八重山はクリニックが非常に少ないので、病院がオーバーワークになってしまうんですね。
あの大きな病院に、普通の風邪っぴきの患者が来るわけです。そうすると、ドクターがヘロヘロになってしまうんですね。だから、八重山に関しては何か別の、例えばクリニック開設をプロモートするような手立てが必要なんじゃないかということは余談として出ていました。議論の回数が増えてくると、ある程度のコンセンサスはやっぱりできると思いましたよ。
○ どうもありがとうございました。
(拍 手)
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