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大悟の妹☆@ Re:(σ・∀・)σゲッツ!!(07/14) “大悟”ですけどねー(  ̄▽ ̄)
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2007年01月07日
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虫かごは、宗矩の指図で、その夜から七郎の部屋の縁先に据えられた。そしてその虫籠をめぐって世にも不思議な戦いの生活が、しばらく道三河岸の柳生屋敷へ展開されることになった。

昼間は相変わらず、武芸の稽古を乞いに来る旗本や大名の子弟が多い。それらの指導にはもっぱら弥三とこれも国許からやって来た野殿杢之助(のどのもくのすけ)があたり、出仕して行く宗矩の供は佐野主馬、服部丑之助はしばらく七郎と共に鈴虫係であった。

日が暮れる。夕餉(ゆうげ)が済む。弥五も丑之助も七郎も主馬も混じって杢之助を師として四書の素読(そどく)が一刻あまり.....書院の灯が消えてゆくのを待ちかねたように鈴虫がリ、リリーンと澄んだ声で鳴き始める。

あの強情な七郎が、この鈴虫を、本当に母の化身と信じているのかどうか?それは誰にもわからない。

しかし、虫籠が居間の縁に置かれてからは、七郎は、それが母ではない、とも言わなかった。

素読が済むと、
「丑之助、来い!」

七郎が先に立ち、丑之助はうやうやしく盆に餌(えさ)を乗せてそれに従う。餌は、薄く切って竹串に刺した胡瓜と饅頭の皮。七郎はそれを受け取ると、籠の底に敷いた赤土まじりの砂に竹串を突き立て、まずほどよいしめりをくれて座り直す。



ときどき七郎が虫籠に挨拶を忘れると、丑之助はおだやかにそれを責めた。

「七郎さま、今宵はまだ母上にご挨拶をなさりませぬ」

七郎は舌打ちして口惜しがった。
「たわけめ、母上は、まだああして、リンリンと歌ってござるわ」

「ほう、すると母上は今、女性(にょしょう)ではありませぬので」
「な、なんだと!?」

「丑之助は鳴く方は雄(おす).....と、伺っておりますが」
「だまれッ!母上はかくべつじゃ。母上は、雌(めす)でも歌う!おお歌うとも」

「さようで、ござりましょうな。この鈴虫のことを、禁裏では鳴り虫と申すそうで」
「それが、どうしたのだッ」

「大和の鳴り虫と申して、毎年百匹ずつを禁裏へ献上申し上げる。すると禁裏ではこれを摂関五家へ何匹ずつか籠に入れてお分けなさるご習慣とか」



「すると、七郎さまも、これからずっと不寝番をなさりまするか」
「当然のことを訊くなッ」

「ご孝心、恐れ入りました」

こうして秋は深まり、月は冴え、鈴虫の音はいよいよ澄む。いや虫の音以上に七郎の負け嫌いが際立った。

ひと晩中、鳴き続ける虫のそばで夜を明かすと、早暁から父の目の前で稽古なのだ。相手は主馬であったり、丑之助であったり、時には弥三であったり、杢之助であったりする。



見かねておさめが口を出すと、そのときだけは、弥三は眼を怒らせて叱りつけた。

「お殿さまの命令じゃぞ。ついでのことに弥五も寝かすな。これが柳生の人間の研(と)ぎ方じゃぞ」

みんなよってたかって砥石(といし)になる。荒砥(あらど)から仕上げ砥まで、砥石をそろえて研ぎあげねば、本当の人間の切れ味は出てこない。

「若をな、みんなで眠らせぬ工夫をしているのだ。わかったか.....」

念を押したあとで、弥三は口へ指をあて、改めて「シーッ」と言った。

その弥三の「シーッ」の意味は、間もなくおさめにもよくわかった。

研ぐと言えば聞こえはよいが、寄ってたかっていじめぬく.....

夜は丑之助の番であった。朝になると父と主馬が待ち構え、昼は弥五と杢之助で痛め続ける。

そしてよく見ていると、丑之助には適当に昼寝の余暇を与えていながら、七郎にはその隙を与えない。

(.....もしも弥五がこのような眼に遭わされたら.....)

そう思うと、おさめはじっとしていられなくなってきた。

何が苦しいと言って眠らせられないことほど苦しいことはない。

「.....鈴虫まではわかるぞえ。若が強情張ったからじゃ。だがな、十一や二のものを眠らせずに折檻(せっかん)して、ポキリと折ったら何とする気じゃ」

「ええッ、また口を出す.....」

弥三は舌打ちして、
「若はな、ちゃんと眠っている。案ずるな」

「はて、いつ、どこでじゃ?あの血走った眼を見るがよい。体の伸びまで止まったようじゃ」

「心配なら、風呂場と厠(かわや)をのぞいてみよ。人間本当に眠くなれば、話ながら、眼を開いて眠れるものじゃ」

弥三に言われて、おさめはまず風呂場から覗いて見ずにはいられなかった。

なるほどそこに微かに眠る場所がなくはなかった。洗い場に胡座して、垢掻(あかか)きながら鼾(いびき)をかいている。厠でも同じであった。

「若よ。おさめが張り番しているほどに、しばらく眠りなさるがよいぞえ」

たまりかねて声をかけると、しかし、それはわざわざ起すことになった。

「余計なこと!七郎は武士じゃ。厠や風呂場で眠るものか」
肩を怒らせて出て来てしまうのだから泣きたくなる。

(.....いったい、いつまで、この気詰まりが続くのやら.....)

鈴虫の餌が、胡瓜からかぼちゃになった。胡瓜はもう末枯(すが)れてしまったのだ。

おさめはこの方も気になりだした。

どんなに大切にしたところで、虫がそのまま冬を越すものではない。殿様は、それをどう考えておいでなのか?

もはや、七郎は完全に意地の鬼になっている。むろん長い夜を虫の側で眠り通してゆくうちには、そこにも眠りの場はあろう。

それにしても母の化身と信じている虫が死んでしもうて、そのまま納まるはずはない。

宗矩は?と、見ていると、毎朝籠に頭を下げて澄まして出仕して行くのだ。

朝晩の空気が次第に冷えを増して来た。

(.....もしかすると、宗矩さまは、妾腹の子左門の方が愛おしく、七郎はすでに関心の外に遠ざけられているのでは.....?)

おさめがそう思うほど、七郎には淡々とした距離をおいているかに見える。

それは、初霜がおりたかと思われる寒さの襟元を刺す朝だった。

おさめが庭に出てみると、すでに宗矩は竹刀を取って丑之助と向かい合っていた。

七郎はまだ厠から出てこない。あるいは眠っているのでは.....と、おさめは思った。

「先生、若のことですが.....」
と、丑之助が言った。

「今のままでは、倒れはすまいかと存じますが」

おさめはドキリとした。丑之助の眼にも、やはりそう見えたのだ、と思うと、一度に胸が詰まって来た。

しかし、宗矩の答えは以前淡々としていて取り付くしまもない。

「さ、一本稽古をつけてやろう。なに、案ずるな。生あるものは一度は死ぬ。手心せずに叩いてよいぞ」

そうなると、丑之助もまた一つの懐疑(かいぎ)にとらわれる。

(.....父が子を鍛えると言うのは一つの仮説にすぎず、実は、個我と個我とのはげしい憎悪のぶつけ合いに過ぎないのではあるまいか?)

(.....愛情の何かくれて、父は子を許さず、子もまた父を許さない。その残酷さが実は人間の宿命なのでは.....?)

その日も、あまりの強情さに、丑之助は七郎を揶揄(やゆ)していった。

「.....七郎さま、そろそろ厠に行きませぬか」

すると、七郎は、荒々しく竹刀を投げ出してわめいた。
「眠くば寝て来い。性度なしめ!」

こうしてその夜も二人は、むっつりと鈴虫の通夜(つうや)に入った。近頃では丑之助も座ったまま半分以上は眠ってゆける。いつか得も言われぬ明け方の仮睡の甘味さに、とろとろと夢幻をひたしている時に、

「あッ」

と、鋭い悲鳴を聞いて眼を開いた。

すでに夜は明けかけて、身をかがめた七郎が、わなわなと震えながら籠の中をのぞき込んでいる。

「みよ丑之助!虫が、虫を喰っている.....餌があるのにそれを喰わずに.....あ、十二匹いたのが七匹になってしもうた!」

丑之助もびっくりして籠の中をのぞき込んだ。

彼もまた、鈴虫の雌が受胎すると、頭からむしゃむしゃと雄を喰ってゆく習慣は知らなかったのだ.....

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参考 山岡荘八・柳生宗矩第3巻/人間曼荼羅・いのちの本質より

つづく

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*この書き込みは営利目的としておりません。
個人的かつ純粋に一人でも多くの方に購読していただきたく
参考・ご紹介させていただきました。m(__)mペコリ





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Last updated  2007年01月07日 12時39分52秒
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