2012.03.05
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毎年のことであるが渓流解禁日はどきどきする。山女は放流物であるが、ワクワクしてしまう。しかし渓流釣りは楽しいのだが、いつの頃か発症した花粉症に悩まされるようになってしまった。春は一番ウキウキするシーズンなのに憂鬱な気分になってしまう。杉花粉の怖さは半端じゃない。鼻と目のずるずるは不快そのもの。マスクをつけて竿を振るのであるが、めがねが吐く息でしょっちゅう曇ってしまう。まるで霧がかかっている状態で釣りをしているようなもんだ。曇ったメガネで、竿に当たりを感じ取り座頭一のように居合い抜きをするのはやはり釣趣に欠ける。

今年購入したダイワのEPテクニカルチューン-抜調子 
は5.5⇒6.0M、ズーム。138グラムと非常に軽い。赤のデザインも素敵だ。20センチ以上の山女がかかると本当に胴までよく曲がる。
竿は手の一貫だ。どうせ釣りをするなら感度のいい竿に限る。諭吉はたくさん出てゆくが道具は生活を気持ちよく過ごすために作られた。釣り道具も同じ。よい竿で釣れば気持ちの良さは倍増する。

掛かりが浅いとタモに収める手前でポッチャン!!!
「クソー、ばれた!この野郎!」連続すると負のアドレナリンが電流として脳に流れ汚い言葉に変換される。釣れると当然最高の賛辞の言葉に変換される。人間の本性が釣れた、バレタで端的に表現される。
魚体として美しいとは思えないマスもよく掛かる。しかし引き味は面白い。25センチ程度の大きさになると本当によく引く。0.3号のハリスで抜くのはちょっと怖いので竿を寝かせて引き寄せで取り込む。
引けば泳がせ、ゆっくり手前に寄せて取り込む。竿の曲がり具合もスリリングである。取り込むまでの過程が実に楽しい。

解禁日は祭りのようなものでいいポイントには竿と竿が密集している。従って仕掛けがオマツリすることもある。気分よく釣りをするためには「すいません、ごめんなさい」のかけ声が必要だ。しかし一言も言わず仕掛けをブチッと切ってしまうならず者もいる。この輩には本当に頭にくる。言いたくないけど団塊の世代に多いんだ。この手の輩が。日本の高度成長を成し遂げた。だから上から目線でいいんだという発想があるのかな?


多摩川近辺に住むようになってから27年程の年月が過ぎた。気のせいかも知れないが年寄りの釣り人が多くなったように思う。私も55歳で若い方ではないが70歳を過ぎたと思われる釣り人をよく見かける。

  • 多摩川のヤマメ.JPG
  • 秋川のヤマメ.JPG


3/4〔日〕多摩川の解禁日は吐く息も白くなるほどサブかったので活性も今一つでポイントによって釣果に相当さがあった。
12匹程釣って納竿とした。これを塩焼きにして、熱燗でキュっとやったら最高。
下段は秋川の解禁日に釣った山女。多摩川の放流ものの方が型はよい。

釣りの楽しみは釣った魚を食べるということにある。古い人間かも知れないがアメリカ式のキャッチ&リリースはどうも性に合わない。食べるということは残酷な行為だ。残酷だからこそ魚を愛する心も生まれる。食べて供養する。弱肉強食の循環。釣りの起承転結の結は美味しく食べる。骨となった魚に合掌。






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最終更新日  2012.03.06 10:35:53
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