じゅなのらくがきちょー

じゅなのこと




樹采(じゅな)は、2004年3月1日。

13時07分に生まれました。

体重2610g。身長49cmの小さな女の子。




母乳の飲みが悪く、

お腹が空いて自分から泣いて起きる、

そんなことが無かった…。

とにかくよく眠る。

可愛い可愛い眠りでした。




生まれて初めて樹采の顔を見せてもらったとき…

『やけに目が吊り上って、鼻の低い子だなぁ~』。

そう思った。




でもそれらは、その後の結果に繋がったのでした…




1ヶ月検診のとき、

顔つきから判断して、「ダウン症かもしれない」。

そう先生に言われました。

そのときに、採血をして検査をしてもらうことに…




検査結果が出るのは1ヵ月後。




その間、ネットで”ダウン症”の事を調べ、

特徴に当てはまってるところがあると落ち込み…

違ってるところがあると、『きっと間違いだ♪』

そんな感じで1ヶ月を過ごしました。




検査結果はご両親一緒に、と。




目の前に置かれた、樹采の染色体の検査結果の写真。



21番目の染色体が3本並んでた…。

通常は2本。

今でもその時のことはハッキリ憶えてる。

先生にどんな事を言われたのかも。

その見せられた染色体の写真は、

今でも目に焼きついてて忘れられない。




なんか…

全ての夢がガラガラと崩れ落ちていくような感じだった。




”この子は、パパやママも解らないかもしれない”

”言葉も、もしかしたら話せないかもしれない”

”パパやママの言うことが、理解できないかもしれない”

”こんなに可愛いのに、恋愛も結婚もできないの?”




そんな、

この先の不安でいっぱいだった。




先生の話を聞きながら、

とにかく無言でうなずくだけ。

必死で涙をこらえるのに精一杯だったから。




病院を出て、

車に乗った途端、こらえていたものがプツッと切れ…

家までの帰り道、

パパとずっと手を繋ぎながらずっとずっと泣いてた。




”ダウン症のこの子を可愛いと思えない”

そういうんぢゃなくて、その逆。

『なんでこんな可愛い娘が、世間で障がいって言われる

ダウン症ぢゃなきゃいけなかったの?』って。

悲しいっていうより、

悔しくて悔しくてしょうがなかった。




その日は、4月29日。

GWに入ったばっかりの日。

2004年のGWは、

一生、忘れることができないくらい辛いGWだったな…。

それは、

言葉でも文字でもとても言い表せないくらい。




でも、

ダウン症だったとしても、

今、目の前にいる樹采はホントに可愛いくて。

誕生してきてくれたことを喜んであげなきゃ、

樹采が生まれてきた意味が無い。




それに、

どうせ子育てするなら、

ずっとずっと悲しんでるより、

楽しんで笑顔で子育てしなきゃって思うようになった。

3歳までに、

いっぱい楽しいことを経験させてあげると、

ポジティブな明るい子になるらしいから。




今は、樹采のいない生活は考えられない。

樹采は樹采。

無事に生まれてくれて、

ホントにホントに良かったって思う。




一日一日を大切に思えるようになったのも、

命の尊さを改めて考えさせてくれたのも、

当たり前のことが、単に当たり前ぢゃなく、

本当はすごく幸せなことなんだって教えてくれたのも樹采。

ささいな事がなんでもなく通り過ぎてた。

でも、

そんなささいな事にも幸せを感じるられるようになった。

色んなことに、

心から感謝できるようになったのも、樹采のお陰。




樹采がダウン症で生まれて来たから。




樹采の笑顔とやんちゃな行動は、

私達をいつも癒してくれる。

ゆっくりだけど…

のんびりだけど…

確実に成長していってくれてる樹采。

とてもとても愛しく思う。




樹采のなでてくれるその手は、

ホントに優しくて温かい。




パパもママも、

少しずつ、少しずつ強くなるね。

樹采のこと、ちゃんと守れるように…。




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