2005年11月21日
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岩手県に伝わる民間信仰(みんかんしんこう)のなかで、オシラサマと並ぶ代表的なものに「まいりのほとけ」と呼ばれるものがあります。まいりのほとけは、旧暦10月の決められた日《先祖の命日などを移した日》に、掛け軸(かけじく)などをまつる家やお堂に親族や近所の人たちが集まっておまいりするものです。岩手県内の各地で見られる信仰ですが、特に県の中南部の紫波(しわ)、稗貫(ひえぬき)、和賀(わが)、江刺(えさし)によく伝わっています。呼び方も、まいりのほとけの他に、地方によって十月ぼとけ・カバカワサマ・タイシサマ・オヒラサマなどいくつかあります。拝み日には、上の写真のようにおまいりする親類や近所の人たちが賽銭(さいせん)や米一升などをもって集まり、念仏を唱えたり食事を共にしたりします。帰りにはお供え物のダンゴやまんじゅう、お菓子などがお返しとして配られます。まいりのほとけについてはまだよくわからないことが多いですが、庶民の間にまだ菩提寺(ぼだいじ)が無かった昔、亡くなった人があれば枕元にこの掛け軸をかけて、皆で極楽往生(ごくらくおうじょう)を祈ったと考えられています。おまいりする仏の姿は展示している掛け図のような画像)や木像で、その多くは阿弥陀如来(あみだにょらい)や聖徳 太子像(しょうとくたいしぞう)です。この他には、善導大師(ぜんどうだいし)・地蔵菩薩(じぞうぼさつ)・不動明王(ふどうみょうおう)・釈迦涅槃図(しゃか ねはんず)などの仏画や「 南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ) 」などと書かれた名号(図1参照)なども多く残されています。特に聖徳太子は、父である用明天皇(ようめいてんのう)を看病したり(孝養太子像=こうようたいしぞう、図2参照)、黒い馬に乗って3日の間に富士山に登って長野県の善光寺(ぜんこうじ)にお参りして帰ってきたり(黒駒太子像=くろこまたいしぞう)、様々なお姿で数多く登場します。
このことから、まいりのほとけは、聖徳太子を信仰していた親鸞(しんらん)を開祖とする浄土真宗(じょうどしんしゅう)が東北地方に広がったことと関係があると考えられています。岩手県に浄土真宗を広めたのは是信房(ぜしんぼう)ですが、その布教のために移り住んだ紫波、稗貫、和賀、の地域には「まいりのほとけ」を所蔵(しょぞう)する家がたくさんあります。由来や呼び名、おまいりの日や方法などはその家や地方によってすこしずつ異なりますが、信仰は代々うけつがれ今日に伝えられています。

http://www.city.mizusawa.iwate.jp/htm/roman/mr10101.html
かくし念仏(ねんぶつ)・まいりの仏(ほとけ)
かくし念仏 暗闇の密室で、ひたすら「タスケータマエ、タスケータマエ」と、単純な言葉に抑揚をつけながら、合掌して唱え続ける「おとりあげ」と称する行事がある。公の場であったとしたら、たぶんにその異様な光景に驚かぬ者は少なくあるまい。

 宗教集団が権力と結びついているうちは、為政者にとっても好都合ではあるのだが、時には反体制の強大なエネルギーとなれば、権力の危機となる。地下に潜ったものは別として、表向きキリシタン弾圧をなし遂げた幕藩体制にとって、「隠し念仏」もまた厄介な宗教集団と見ていた。
 後藤寿庵の地であるためか、とかく隠れキリシタンなどと混同されがちであるが、誤解をおそれずに云えば、「隠し念仏」は仏教の範疇(はんちゅう)以外のなにものでもないのである。 「隠し念仏」の定義は難しく、その発祥や伝播についても諸説がある。東北の民間仏教が、浄土の念仏ではなく、真宗の念仏であったと、柳田国男は見ているが、高橋梵仙(ぼんせん)によれば、浄土真宗の転化したもので、窮極の目的は真言秘密の念仏による即身成仏であるとしている。 だが、おおよそのところは、真言の秘密念仏と真宗念仏が習合し、鎌倉時代に生まれた親鸞(しんらん)の他力本願浄土真宗が、中興の蓮如(れんにょ)に至って、いわゆる本願寺の「表法」ではなく、在家の中に「内法」として江戸中期に、この地域へ伝わってきたとされている。「隠し念仏」が「御内法」と別称される所以である。 浄土真宗は、江戸時代に国内の50%を組織するに至ったといわれているが、肥大化した教団は堕落や不信を募らせた。その反動からか内法「隠し念仏」は急速に広まり、多くの分派をも生んでいった。 ついに「隠し念仏」は邪教、あるいは「犬切支丹」などと呼ばれ、表法の浄土真宗からも敵視された。京都の鍵屋(かぎや)五兵衛からの伝播者と伝えられ、留守家中の士であった山崎杢左衛門(もくざえもん)も熱心な信者であったところから、宝暦4年(1754)に水沢の郊外小山崎において磔刑(はりつけ)に処されたのである。 驚くべきことに、「隠し念仏」に対する偏見と弾圧は、反社会的で風紀さえも乱すいかがわしい集団として、200年近く、昭和初期まで続いたのである。 18世紀に入ると、儒教の全盛期に入り仏教は停滞気味となる。そんな中でも「隠し念仏」は根強く持続してきた。それ故の派閥争いや分派活動も盛んになり、この信仰の起源についても、各派によって異なり、その根源を親鸞、是信房、蓮如、京都の鍵屋などとしているのである。 「隠し念仏」の分布は、水沢を中心とした岩手県南に、最も色濃く流入し布衍(ふえん)してきた。やがて岩手県のほぼ全域、宮城県の北部と広まり、派によっては北海道、福島県にも及ぶといわれている。 一般的な儀式は、子どもが生まれて間もなく行われるいわば洗礼のような「おもとずけ」、小学校の入学前後あたりに「おとりあげ」で即身成仏の儀式があり、定例的な年中行事の法会、死者が出た場合の「お念仏」などが行われる。これらの儀式は大導師、善知識、脇役、御用人などと派によって呼び名は違うが、それぞれの役目が組織的に運営する。 それにしても「隠し念仏」という特性は、解明困難であることが多すぎる。しかし、衰退しつつはあるものの、土着の庶民信仰として、今もなお生き続けている。まいりの仏 黒駒太子、阿弥陀如来、六字名号などの掛軸や像を前に、同族縁者などが集まって拝む。旧暦10月(是信坊の命日10月14日説)に供養されることが多く、「十月ほとけ」とも呼ばれ、岩手特有の民間信仰とされているが、その分布は「隠し念仏」と同じく、県内全域にあるものの、北上川中流域の紫波、稗貫、和賀、江刺などが特に多く、遠野や気仙地域でも盛んである。 発祥については定かではなく、室町末期、奥州地方の豪族たちが、やっと祈願寺や菩提寺を持つようになったが、民間では寺僧の引導仏としたと『みちのくの庶民信仰』の中で及川大溪は記している。菩提寺を持たなかった庶民は、墓所に「まいりの仏」を持って行って拝み、やがてそれが縁者近隣によって、旧家やお堂などで飲食を共にしながら、土俗的な結縁社会を形成していったものである。


現在の山伏の儀礼には、シャマニズム的な要素が見られるが、多くは形骸化してしまって、シャーマン的行いは少なくなり、伝統伝承にそった儀式儀礼を形式的に行っているのが大半である。修験に見られるシャマニズムの構造は、脱魂(他界遍歴・操作)、憑依(憑ける・落とす)などがある。脱魂はトランス(恍惚)状態に置いて他界を飛翔したりすることであり、役行者が五色の雲に乗って空を飛ぶなどはこれに当たる。憑依は守護神霊などを他者に憑依させたり、障礙の原因になる邪神邪霊を一度巫女などに憑依させ、その正体を暴き調伏し障害を落とすことなどをする。 現在組織として確立している修験山伏の伝統的な修行は、山形の羽黒、その手向の正善院で行われている。関西では吉野の東南院等で行われている。この峰入り修行は擬死再生の儀礼である。山中を経巡り、人の一生を演じ、小木と言う小枝を自分の骨に見立て、自分で自分の葬式を行う。これを逆修葬礼と言う。これは葬式・受胎・胎児・出産を疑似体験し、それと同時に仏教の輪廻をも体験し、人間とは何かを自問自答することでもある。この山中を跋渉する形態は、近世後半には「十三参り」などと称して、男子の通過儀礼として各地で盛んに行われた。この通過儀礼を担っていた修験山伏は、表向きでは解散させられていたが、それにめげず細々と伝統を守ってきた所もあった。戦後の教育の場やメディアを通した知識階級のプロパガンダによって、古い物や伝統的なことは軍国主義の同類、古い因習のごとく扱われ、その結果戦後急速に精神的民俗遺産も有形遺産も放逐されてしまった。昨今凶悪化に歯止めが掛からなくなって行く少年犯罪も、戦後知識階級により倫理を阻害した、「権利・自由」を強調してプロパガンダされたことが、要因の一つであったと思う。 最近分別ある中高年者が「峰入り」修行に参加し、アイデンティティの模索を、修験山伏の修行の中から見いだそうとする人が増えてきた、時代の転換期に来て、ようやく「温故知新」を噛みしめる時が来たようだ。






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最終更新日  2005年11月21日 23時37分35秒
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