2007年04月26日
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右翼といっても 霞を食っていきているわけではありません。どこからか飯のタネがでてくるから うごけるわけです。さて 三浦義一の場合はどこからかを考えてみました

財界の総意で 権力が移行した時代

福本 かって財界には司令部というものがあった。司令部は、まず小林中 日本開発銀行総裁  それから桜田武 永野重雄 水野成夫 今里広記 ここまでが幹部です。その下に見習士官として 五島昇 鹿内信隆 それから信越化学の小坂徳三郎がいあたわけです。これが 当時の財界主流と言われた人たちで、その コバチュウ グループの上に 宮島清次郎 日
清紡の桜田武のところの会長がいて これが吉田茂と結びついていた
だから 吉田と宮島が結びつき 吉田から分かれた 佐藤 池田と このコバチュウ グループが ぴったり 呼吸があった。この連中が財界の司令部で その連中が 差配をして 経団連 日経連 それから商工会議所 経済同友会といった場所に 全部 フラクションを送っていたわけです。財界のケルンが各団体に フラクションを送って 各団体に 自分たちの意向を反映させて それを財界の総意という点で 政府との交渉に使っていた。
表舞台裏舞台 福本邦雄回顧録 講談社より

宮島清次郎 根津財閥系の 日清紡の会長で 吉田茂の東大時代からの親友

小林中 根津の初代のひきで 富国生命へ入社

http://72.14.235.104/search?q=cache:NYy0HvV09g8J:csx.jp/~gabana/dnisi/dnisi2001-05.htm+%E6%A0%B9%E6%B4%A5%E3%80%80%E5%90%89%E7%94%B0%E8%8C%82&hl=ja&ct=clnk&cd=8&gl=jp&ie=UTF-8



下山事件 最後の証言にでてくる 矢板玄も栃木の出で 一族が 根津財閥の 東武鉄道に関係するわけで

三浦義一の 場合の接点は 吉田茂の娘が嫁入りしていた麻生財閥のとの 九州水力電気を通した縁ではないかと?


彼らが 吉田茂を なぜ 支持するのかが なんとなく伺えます。








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最終更新日  2007年04月26日 22時45分07秒
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