2009年03月01日
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http://www.suikei.co.jp/topics/2006/0904.htm
[辛口提言]水産業よ、使命感を取り戻せ!
   久野修慈・塩水港精糖会長に聞く 
 塩水港精糖の会長であり、精糖工業会の会長、和菓子振興会の会長 も兼任し、いわば日本の砂糖業界のドンと称される久野修慈氏。
元は大洋漁業の専務を務め、「水産界の政治部長」と呼ばれた人物。
このほど、長年の功績がたたえられ、農林水産省から旭日中綬章を授与された久野氏に、古巣の水産業界に向けて少し外側からみた忠告とともに、思い出を交えて語ってもらった。
-白洲次郎の秘書として-
  図らずも勲章をいただいて、周りに押されるように記念の会を開いた。これからは恩返しと考えて、ボランティア精神を発揮したいと思っている。記念の会で白洲次郎さんの本を引き出物としたが、大洋漁業時代に社外取締役(相談役)に就任した白洲さんの秘書をした思い出は強烈だ。
  昭和40年半ばのそのころ、大洋は赤字決算で大変だった。開銀のアドバイスもあって白洲さんがお目付け役として大洋に来ることになり、中部謙吉社長も白洲さんならということだったと思う。白洲さんの要望は秘書をつけてくれということで、5人の候補の中でなぜか私が選ばれた。白洲さんに「私は何をするのか」と聞いたら、同族会社はとかく風通しが悪いから「お前は会社を辞めたと思え。それで会社中の問題点を聞き出してもってこい」ということだった。「それを役員会にかけて会社を正す」と言うのだ。

  確かに謙吉社長はワンマンだったし、社内に100の問題があっても、そのうち謙吉社長の耳に届くのは二、三あったかどうか。
  そんなわけで、その時からいろいろな人の嫌われ役というかうるさ型の役回りをしてきた。いろいろあって、そのあとも知りすぎているから煙たがられるのだろう。しかし、ちゃんと本当のことを具申するご意見番がいないと、会社はなかなかうまくいかないことだけは確かだ。

白洲次郎の秘書をやり 野球に絡むと 水産業界の政治部長になるという噺 藤木幸太郎の息子は 横浜スタジアムの取締役にはいっていたよなー





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最終更新日  2009年03月01日 13時36分51秒
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http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/ さん
なるほど開発銀行が絡んでましたか。
開銀が監視しなければならないほど、
水産会社というのは昭和40年代においても
大きな存在だったわけですね。 (2009年03月01日 17時06分26秒)

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