2009年06月28日
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http://blog.goo.ne.jp/sasakawaryouichi/e/e3d0579b323c6fcd2d24e97817f725c5
昭和61年、笹川良一率いる競艇界の総意で設立された笹川平和財団の会長に就任した。同財団は、800億円の基金を持つ日本最大級の財団法人である。 設立当時世界では強すぎる日本経済が問題視されていた頃。笹川の「笹川平和財団が民間の立場から国際協力・国際理解を推進することが日本の国際貢献に資することである」との考えに賛同した田淵は、理事長の河合三良(元・国際開発センター会長)とともに事業を積極的に進めた。現在も民間財団ならではのユニークな活動を行っている。平成3年損失補てん問題や暴力団との取引が発覚し、国会で証人喚問を受けた田淵は、責任を取って野村證券の会長職を辞任し相談役に退き、経団連副会長を辞任。平成7年再び取締役に就任したが、総会屋への利益供与が発覚し、すべての役職から退いたが、笹川平和財団の会長には留まっていた。失意のどん底に沈む田淵に対する笹川陽平(当時日本財団理事長)の配慮があったのかもしれない。

http://pepecastor.blogspot.com/2008/03/blog-post_27.html
ところでこの事件審理中、フィリップ・ロンドー将軍のメモに、ジャック・シラクが日本に隠し銀行口座を持っていて70億円の預金があったということが記録されていたのです。ただならぬ金額です。このことは国家保安委員会でロンドーの前任者たちによって1996年に既に確認していて、国家に大不安をもたらす可能性があるとして、大統領の意志と関係を持たずに調査が続けられていたのです。東京相和銀行という二流の銀行で、なおかつ暴力団界との関係も取りざたされる不透明な金融機関に、シラクはなぜ銀行口座を持っていたのか、そのオーナー長田庄一とシラクの関係は何か、またその70億円という金はどこから来たのか、というのを2年間にわたって追跡調査した二人のジャーナリスト、ニコラ・ボーとオリヴィエ・トセールの調査報告書がこの本です。
 未来においてフランスの大統領になるとは多くの人々が予想していなかった、70年代の保守ド・ゴール派のタカ派政治家だったシラクが、日本と急に親密な関係を持ち始め、今日まで五十数回にわたって日本との往復を繰返し、類い稀な親日家となった真の理由は何だったのでしょうか。その文化が好き、相撲観戦が好き、というだけではないことは確かでしょう。本書は76年にジスカール大統領と袂を分ち首相を辞任し、次期大統領になる野望に燃えてパリ市長となった頃から、シラク流の不透明なやり方で、パリ市公営事業の入札などで入ってくる裏金と、シラクに未来を託す日本の黒幕の後押しによって、シラクが急速に勢力を伸ばす過程も描いています。日本の黒幕は既に70年代から、日本の特定の利益のために働いてくれる都合のよい未来の大物としてシラクに接近していた、というのがこの本の前半部です。
 いろいろな名前が出てきます。シラクに親しい日本女性たちも登場します。N画廊のマダム、女優S、セラピーアーチストCなど写真入りで出ています。長田庄一の持つ淡島のホテル、その豪華クルーザー("東相2世"という名前が見えます。東相とは東京相和銀行でしょうか)の舳先に立つシラクの写真なども見えます。そういう週刊誌ネタ的な部分はさておいて、なぜシラクが日本に70億円もの銀行口座を持つに至ったのか、その金はどこから来たのか、という最も重要なポイントに、この著者たちは笹川財団の名前を持ってきます。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%95%B7%E7%94%B0%E5%BA%84%E4%B8%80#.E7.AC.AC.E4.BA.8C.E5.9C.B0.E9.8A.80.E3.81.AE.E3.83.88.E3.83.83.E3.83.97.E3.83.90.E3.83.B3.E3.82.AF
長田の出身地山梨県は、かつて東武鉄道の根津嘉一郎、若尾銀行・東京電灯の若尾逸平、山一證券の小池国三など、財界において俗に甲州財閥と呼ばれる一派を形成しており、長田もこうした地縁を最大限に利用した。また、池田勇人元首相ら政治家の知遇を得て、中央政界や大蔵省などにも強い繋がりを持ったことで業容が拡大した。

http://www.rondan.co.jp/html/news/souwa/index.html


http://ae.kotoeri.biz/
「失われた十年」の最後の年、
東京相和と東邦生命が相次いで経営破綻しました。この東京相和銀行をメインバンクに、
東邦生命を運用資金借入のお得意先として 密な関係を築いていた企業、それがアエルです。当時はまだ日立信販でした。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%A0_(%E4%BC%81%E6%A5%AD)
アエルなど中小の消費者金融業者へ事業資金(貸付金)の融資を行う卸金融業「後楽園ファイナンス(登記上はフアイナンス)」を有し、多角面な経営を行っていた。
しかし2006年7月中間期連結決算で、金融事業が貸金業の環境変化による貸倒引当金等の損失計上が引き金となり過去最大の赤字を計上したことから、リゾート事業はモルガン・スタンレー系のセントレジャー・グループへ売却。
金融事業については後楽園ファイナンス子会社の「サイエンスファクタリング」「理想ゴルフサービス」を東京ドームが特別清算し、ファイナンス社はローンスターへバルク売りと噂される程の安価(500億円)で売却された。その後、2007年度連結決算で736億円の特別損失が発生している。


http://d.hatena.ne.jp/keyword/%CA%DD%BA%E4%C0%BF
後楽園スタヂアム(現・東京ドーム)社長。
1910年10月28日生まれ、中国・旧満州遼陽出身。

1978年社長に就任。
1980年日本ボクシングコミッションコミッショナー就任。
1984年、創立50周年記念事業として屋根付き球場建設を発表。1988年に東京ドームを完成させた。
1996年6月14日逝去。同年、日本野球殿堂より特別表彰を受ける。

http://shika.b1net.com/committee/general_affairs/020927.html



http://aishoren.exblog.jp/3461127/
同刊行会     人間田辺宗英     後楽園スタヂアム S44.3.20 334P B6H HBI函
http://webcatplus-equal.nii.ac.jp/libportal/DocDetail?hdn_if_lang=jpn&txt_docid=NCID:BA33051543
 後楽園の社長で、かつて銀座の鍋町ビル三階に田辺事務所を開き、右翼活動に専念した人物(117P)である。この事務所に報国新聞社もあった。
あとがきに、かつてご協力なされた御芳名に、血盟団の佐郷屋留雄や、稲川会系・大行社の清水行之助(日本社会党の結成資金を提供、石原慎太郎の中後期にかけての裏方もおこなった)の名があがっており、人脈の一端が伺い知れる。正力松太郎のそつない序文には
<その五尺の痩身にみなぎるものこれすべて"侠気"といってよく、まさに「男の中の男」ともいうべき人物であった>と譚を述べる。つまり田辺ルートの任侠の力も借りた、ということである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E3%83%89%E3%83%BC%E3%83%A0_(%E4%BC%81%E6%A5%AD)
元々後楽園球場建設のために設立された会社である。後楽園球場ならびに東京ドームは現在に至るまでプロ野球球団読売ジャイアンツの本拠地として定着しているが、同球団親会社である読売新聞グループ本社との直接の資本関係は無い(資本・融資関係では第一勧銀グループ・みずほグループに所属)。
ただし読売新聞グループ本社系列の株式会社よみうりランドの大株主であり、札幌後楽園に宿泊すると無料で翌朝読売新聞が配られる(※東京ドームホテルでは朝刊紙を選択できる)など同グループと緩やかな関係はある。また、よみうりランド同様、多くの公営競技場や場外発売施設を関係を持っているが、これはかつて後楽園競輪場を運営していたことからの流れによるものである。

https://www.fujisan.co.jp/zasshi-kensaku.asp?sid=159505&q=%91%E5%98a%90M%97p
ノンバンクの大和信用と後楽園フアイナンスを介した迂回融資という形で提供された。大和信用の大株主は後楽園フアイナンスで、いずれも保坂氏の影響下にあった。その保坂氏と、資金の供給元だった第一勧業銀行

http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/archives/50289741.html
調べてみたところ、白洲次郎の長男の白洲春正氏が、
下記の財団の役員になっています。川喜多記念映画文化財団(財団法人)同財団の役員構成 役員構成は、ご覧の通りテレビ業界方面では日本テレビ色が強い。

http://www.producer.or.jp/kaiho/kaiho-2008/2008-04.html
  フランス滞在中は、 当時、 ヨーロッパで最も著名な映画学校に留学していた高野悦子さん (現・岩波ホール総支配人)。 前年、 イヴ・シャンピ監督と結婚して、 パリに新居を構える岸恵子さん。 文部省給費留学生の奥山長春さん。 東和映画パリ支局長の白洲春正氏。 といった凄い方たちが、 右も左も分らない私たちを応援して下さった。


なぜか マスコミ嫌いの元社長がパリにいた時期に戻ります
そういえば ジローさんもよみうりランドには縁はありました







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最終更新日  2009年06月28日 21時20分21秒
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Re:  
k_guncontrol さん
この辺りでしょうかねー。

<small> <a href=" http://www.shirakami.or.jp/~trptyk/sesou/sesou13.html" ; target="_blank"> http://www.shirakami.or.jp/~trptyk/sesou/sesou13.html< ;/a></small>
特に長田一族の“最後の悪あがき”となった東京相和銀行の増資の際、
日立信販が“還流増資”に協力していたことも明らかになった。
(略)
アエルの場合、株式公開へは向かわず、東京相和銀行、東邦生命からの借入金は、
資産担保証券(ABS)とか、クレジットリンク債の発行などによって埋めて合わせてきたとされる。
もちろん後で見るように、ほかにもさまざまな資金調達を行っていたようだ。
(略)
アエルは、債券市場以外では、どこから資金を調達していたのか。
(略)
アエルへの融資元で上記の中ではダントツの90億円の貸付を行っている東京ドームの場合。
東京ドームは膨大な借入金の圧縮に取り組んでいる会社である。


http://www.asyura2.com/sora/bd3/msg/536.html
(東京相和銀行は)経営再建策で実施した第三者割当増資の際、
引受先に購入資金をう回融資していたことが十四日、関係者の証言で分かった。
(略)
不正還流は「見せ金増資」と呼ばれ、実質的オーナーの長田(おさだ)庄一前会長(七七)らの
承認で行われたとされる。
--------------------------

そういえばABSが専門の脱サラ作家がいましたねー。
あの人ならいい手を知っているのではないかと。
(2009年06月28日 22時53分39秒)

こんなのありました  
http://blog.livedoor.jp/k_guncontrol/ さん
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/091/0350/09104180350012a.html
○竹内(猛)委員 こういう帝国ホテルあるいは後楽園などに国有財産(注:国有地)を
長く貸し付けるという意義はどこにあるのですか。
そういうのは、買い取るものは買い取らせるなり、返してもらうものは返してもらうようにしなければ、
ああいう営利を目的としているところに――そのほかにもまだいっぱいありますよ。
そういうところに国有財産が堂々と使われていて、そうして多くの人々はそんなことは知らないで
宿泊をする、あるいは野球を見に行ったり遊んでみたり、こういうことは不当じゃないですか。
どうですか。
(2009年06月30日 21時12分03秒)

Re:  
k_guncontrol さん
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/061/0001/06105300001041a.html
一例をあげますならば、帝国ホテルのごときは一坪当たり評価額が二千五十万円でありますにも
かかわらず、これの貸し付け料は年に一坪一万円でありまして、しかも、昭和七十二年まで、すなわち、
三十年間有効というような実例を示されたのであります。 (2009年06月30日 21時19分28秒)

Re:  
k_guncontrol さん
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/116/1410/11611291410007c.html
この近くでは例えば帝国ホテルの一カ月の借地料は本年度は一万三千六十三円、
そして後楽園の遊園地一カ月一坪当たり三千四百八十二円、目黒の雅叙園一カ月当たり千四十円、
昭和電工六百二十一円、帝蚕倉庫二千二円、イワオ工業七百十一円、
このような東京周辺の借地料であります。
これらの借地料に関する算定基準に関して最初に伺いたいと思いますが、
どのような基準に基づいて算定がなされているのでしょうか。
(2009年06月30日 21時22分17秒)

Re:  
k_guncontrol さん
http://www.teisansoko.co.jp/recluit.htm
帝蚕倉庫株式会社
前身=帝国蚕糸株式会社
第一次世界大戦の頃に、生糸の価格低迷をおさえ、
価格が安定したときにそれを売り渡すことを目的に、
国が設立。 (2009年06月30日 21時25分52秒)

Re:  
k_guncontrol さん
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/142/1767/14205291767007a.html
次に国有地。大蔵大臣、目黒に雅叙園というのがあるんです、目黒雅叙園。
これは戦前から都内有数の結婚式場。館内に細川家が集めた美術工芸品がたくさんあって、
昭和竜宮殿と呼ばれている。 これはちょっとわからないことがあるんですよ。
これは先代の細川力蔵さんが亡くなったときに遺族の方が相続税が払えなかったんですよ。
それで、これは物納したんです。今では大蔵省の所有になっている、六千坪。知っていましたか。
要するに、借地なんですよ、目黒雅叙園というのは。国から借りているんです。
借り物に八百五十億も金をかけて建物を増築しているんです。こういうこといいんですか。

もし、当たり前に雅叙園の所有が続いていて、固定資産税を払うとすれば二億九千万円かかるんだ、
地価税と都市計画税も入れて。そうすると、この差額というのは利益供与になっているんだ、
大蔵省からの雅叙園に対する。 (2009年06月30日 21時42分12秒)

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