2009年12月14日
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児玉機関が好成績をあげたのが昭和十八年の末までであった 翌十九年に入ると 物資は集まってもそれを内地まで運ぶ手段がない 十九年の末から二十年のはじめにかけては 更に岩田が協力する 児玉機関には一億七千万円くらの手持ち資金があそんでいたという
日本の地下人脈 岩川隆著

終戦の時点での児玉機関の財務試算表の総額を見て驚いた 円の下の銭の単位を含めて 実に13けたの数字が並んでいる
447億1476万3516円42銭
現在の価値にすると 兆の単位になるのではないか 児玉機関はそれほど巨額の金を動かし 大規模な軍需物資買い付け工作を行っていたのだ
繰越金だけでも15億1039万6421円42銭とされている
昭和十八年 十九年の時点でも多額の剰余金を出しており その金で日本国内の鉱山にも投資していた
京都府船井郡などにタングステン鉱山 島根県や福岡県のモリブデン鉱山 山梨県のタングステン鉱山 滋賀県のホタル石 鉛鉱山
さらに 漁船や農場 各種の不動産を所有していた

CICが 児玉が蓄積した資金は 三十億から五十億円と推定した 他のアメリカ文書には三十五億円との試算も見られる
秘密のファイル 春名幹男著

1 インフラで物の値段があがっており 日本円の価値が中国での通貨価値がさがっていたのが この時期の大陸での状況なのですが どうして剰余金がでたんでしょうか 阿片の利用は本当になかったのか

2 剰余金を様々な事業にまわしているが これがどういうわけか 後に 児玉系企業になっており 鉱山を別企業に貸して金を取っていたのが ロッキード事件発覚の際に 申告していないのが ばれて大問題になった

3 鉱山を誰から入手したかが わからなかったが 果たして適切な形での入手だったのか 児玉が個人的に  鉱山の売り手からリベートを入手していないか 他の事業の状況はどうだったのか





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最終更新日  2009年12月14日 23時05分07秒
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Re:  
k_guncontrol さん
というか、ちゃんと財務諸表があるものなんですね。
銀座に看板だしていたりとか、組織も規模が大きくなると
形を整えないと身動きが取れなくなるんでしょうね、 (2009年12月16日 18時19分50秒)

Re:児玉誉士夫とは何者であったか十七 児玉資金はダイヤだけじゃない(09/12)  
タッキー さん
俺、ちょっと辞表書いてくる(笑)
http://twwitta.net/u1/ia4ufyt
(2009年12月19日 22時59分43秒)

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