2010年04月21日
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永井龍男が社長の菊池寛に辞表を提出したのは 敗戦の年の暮のことであったが その数日後 同じ鎌倉に住む年来の友人 小林秀雄がふらりと永井の許へやってきた 小林は永井の退社する気持ちなどにまったく関与せず 一緒に新聞をやらないかと誘った
小林の話ではこれまで右翼の児玉誉士夫が経営していたやまと新聞が売りに出され それを譲り受けたある人物が 戦争中に上海で知り合った小林に傾倒し その線で新聞の編集を一切合切任された ついては永井に文藝春秋のときの顔を利かして 営業面の面倒を見て貰えないか という相談であった 小林との関係で 同じ鎌倉組の林房雄 今日出海 それに漫画家の横山隆一 清水昆 田河水泡らも 参画する という 彼らの失業対策対策をかねている趣きもあった 永井も退職後の先行きを考えない訳ではなかったので 渡りに船と身柄を小林に預けることにした

大村彦次郎 文壇栄華物語 ちくま文庫

編注
永井龍男 この人が編集者だったときに 朝日のサツ回りから 拾い上げたのが サンカ小説の三角寛ですが 下記に注目
http://d.hatena.ne.jp/jyunku/20060515/p1


永井の親分が菊池寛ですが 戦時中に 永田雅一に御輿として 大映の社長にかつぎあがられており 児玉と永田と そして菊池との関係から 
永井の行動を考えてみるのも興味深いです

小林秀雄 たしか雑誌の正論を 鹿内信隆につくらせたのも この人です  右翼系に強いという面がなぜか 文学者としてのこの人が語られる場合にはスルーされるのは ちょっと残念



林房雄 新夕刊の副社長として入社するも 本業の為に 永井と交代 この人の親分だったのが 作家にして政治家にして株屋の 小泉三甲です 








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最終更新日  2010年04月21日 23時05分25秒
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k_guncontrol さん
“それを譲り受けたある人物”って義一先生でしょうか。 (2010年04月26日 04時31分55秒)

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