2010年05月20日
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http://www.jodojo.com/jpsensei.html

西岡師匠神道夢想流杖道経歴?

大正13年(1924)東京に生まれる
昭和13年(1938)神道夢想流杖術師範、清水隆次克泰
先生の門弟として渋谷頭山道場、「天行会道場」に入門
昭和16年(1941)神道夢想流杖の「奥入り証」を授与さる。
昭和18年(1943)神道夢想流杖の「初目録」を授与さる。
昭和41年(1966)神道夢想流杖の「後目録」を授与さる。
昭和47年(1972)神道夢想流杖の「免許」の巻物一巻を清


http://www32.ocn.ne.jp/~wrestling/es-s18-mizu.htm
私とレスリング部
水木 泰
 個人的なことですが、昭和十二年の東京府下の中学(旧制)柔道大会で、私の中学が準決勝迄勝ち進んだからだと思いますが、塾を受験するに当たり、どういう経緯か知りませんが、当時の塾の柔道部のマネージャーの方より、十三年二月十一日(当時の紀元節)に他の志願者と共に体格検査するからと案内を受けました。ところがあ、当時は高等学校を志望しておりまして、日が重なって片方しか受験できませんでした。当時の東京の中学生としては、たとえ都落ちしても旧制高等学校への憧れは強く、父母とも口論の末、塾への入学が決った次第です。当初柔道部に入部しようと思っておりましたが、学校を代表する選手になりたいというわけで、蝮谷の道場を覗いてみたところ、先輩同輩を含めて、大館、赤塚、羽鳥、藤川、飛田、山崎、下野川等諸兄の稽古をみて、之は話にならないと、ギブアップした次第です。特に藤川君は亡父の中学の後輩の関係上、中学の会報に赤塚さんとの決戦の模様が常に載っており、印象深いものがありました。
 さて私とレスリングの関係ですが、之はもう菊間さんを除いて語ることは出来ません。昭和十三年の夏休み、当時新大阪ホテルに滞在していた父を訪ねるべく、当時の東海道線の「つばめ」の車中で同席したのが縁であります。菊間先輩は日本代表の一員として、関西で行われた日独対抗試合に出る為に乗車していたわけです。当時の先輩の出立ちは、白絣に袴で、私に「君すまぬが席を変ってくれないか、彼等煙草が嫌いなんだ」と、そこから二人の会話が始まったわけです。当時私は、「風間」「菊間」という名前は知っておりましたが、レスリングが具体的にどんなものか、又体育会の組織がどうなっているかも知らないまま、菊間さんの話術にひっかかって、体重別ということに魅力を感じレスリング部に入部した次第です。九月から稽古開始ということなので道場なるところに行ってみると、そこは右翼の大立物、頭山満翁の御子息秀三先生がやっておられる、渋谷の天行会の道場にまるめたマットを拡げてやるというわけで、実際のところガッカリしたものです。当時の私は体育会でないから道場は持てない位までは判ったが、何故天行会でということは最後まで菊間さんに質問しませんでした。わかったのはきわめて近年のことで、同じゴルフクラブの仲間の頭山乙次郎さんが秀三先生の末弟で、或る時期菊間さんと同じクラスだったことを乙次郎先輩に聞き、天行会の世話になった経緯を知った次第で、私には或る面で物事を穿鑿しないというか、納得出来ない事も自分さえ我慢すればよい事なら避けて通る性格があるのだという事を五十年近くなって確かめた次第です。

http://www32.ocn.ne.jp/~wrestling/ayumi.html

慶応義塾の歴史
7年
大日本アマチュアレスリング協会が結成され、塾からも慶應レスリング有志会の名で五島三雄、安東喜四夫が出席した。
9年
早春の頃、菊間寅雄レスリング部創設を決意。

11月5日三田レスリング倶楽部設立。会長濱田恒一。
クラブ練習場を早稲田大學道場から三田公道会道場に移す。
慶応義塾日吉キャンパス開校
10年
2月10日ベルリンオリンピック第一次候補選抜大会に菊間寅雄、北原俊、熊倉正彌出場。

5月12日菊間寅雄欧州派遣団に加わり神戸を出帆。9月5日帰朝。
10月東京三大学(慶早明)リーグ戦はじまる。
12月練習場を恵比寿駅近くの光風会道場に移す。
11年
10月専修が加盟、四大学リーグになる。
10月にクラブ練習場を渋谷常盤松町の天行会道場に移す。
12年
7月アメリカチーム来日、日米対抗戦に菊間寅雄、武田道明出場。

http://nodai.cc-town.net/club/modules/club/clubsingle.php?id=5
東京農業大学空手部は、昭和10年5月5日、太田千秋・木原秀二郎先輩等を中心にして結成された『東京農業大学空手同好会』から始まっているものであります。
この空手同好会は、発足半才を経た10月25日、その名称を『東京農業大学・空手研究会』と改め、当時の常盤松校舎裏門に位置していた『頭山秀三道場』において稽古を行っておりました。
その後、部員の増加に伴って、『東京農業大学・体育連合会』への入会運動が活発に展開され、昭和13年9月に至りまして、ようやく、昭和14年4月1日から、空手部を正会員として迎え入れることが正式に決定されたのであります。

頭山秀三が組織した 右翼団体の天行会と 言われますが 武道の道場の面もあり この天行会の系譜に 殉国青年隊があります 児玉センセイの独立青年社は この道場に 居候している集団のような気もします






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最終更新日  2010年05月20日 22時44分28秒
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julian さん
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