2011年02月28日
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辻潤の本の編集に 三浦義一センセイが参加しているのが 疑問でしたが 単に 飲み友達だった面もあるようですが 委員の顔ぶれをみると パンとペン 社会主義社 堺利彦と売文社の闘い 黒岩比佐子著 講談社の中に かなりでている人が多いんですね

どこまで進展するか はかり知られぬ深さと広さを持つ赤色ギャング一味の行動はその後 今泉 石井等の取り調べによってさらに新事実が提供された 即ちこの一派は資金獲得の一策として兜町その他の株式街まで 魔手を伸ばしかねてシンパで株式街に出入りする男に2千余円を交付し東株その他を買わせた事実ありこれはまんまと失敗したが さらに一時は右翼団体内に積極的にフラクションを植え付けようとしたこともわかった その橋渡しとして選ばれたのはさる4月9日突如として赤坂区表町2ー16虎屋菓子店黒川光景氏方の煙突男を操り虎屋を恐喝せんとした黒幕の人物渋谷区大和田町63大亜義盟主元政友会代議士三浦数郎氏長男義一で 同人はすでに石井の関係から準党員に抱き込まれており 元密輸団の手先となった例の伊藤定一も党員として加盟していた そしてこれから糸をたぐって右翼の某有力団体内に支部の設置を図っていたが極左極右の接近を企てていたのが特に注目される なおこれがためには相当巨額の資金をばらまいたものと見られこれまで現れたものの他に有力なシンパが伏在する見込みでさらに追究中である
10月24日付き 東京朝日新聞
 戦後の黒幕三浦義一の若き日の姿である 三浦義一は 事業第二部から白羽の矢をたてられて 一時期準党員扱いだった
昭和史最大のスパイM 小林竣一 鈴木隆一著 wac

編注 あくまでも個人的な付き合いのようにみえるんですが 義一先生の周囲を見ると 左右入り交じった人たちがいたようです 戦前においては   いわゆる右翼人と左翼人をいったり きたりの人がたくさんいたようで


 http://webcatplus.nii.ac.jp/webcatplus/details/creator/2515601.html
当観無常
三浦義一著

昭和16
當観無常
三浦義一著
聖紀書房
1931
編注
http://www.bunshun.co.jp/yonda/maestro/maestro.htm
本書で驚かされたのは、中川さんのお祖父(じい)さんが日共草創期の有力党員、藤岡淳吉で、彼が戦時期に聖紀書房の経営に関係したという余談風のくだりだ。聖紀書房といえば、東条内閣時代に、反東条の書、石原莞爾の『国防政治論』を世に送った出版社ではないか。中川さんには、是非お祖父さんの伝記も書いてほしい。

編注 
この時点では 藤岡は共産党員ではないようですが 全体の人脈のなかでみるととても面白いものがあります

仏国陪審に於ける発問の方式とその判例

司法省調査課
昭和2
編注 三浦先生は 外国語が得意ではないという証言はありますが
できないということではないようです 親父が法律顧問だったということかもしれませんが ほんとかなという気がしますが いろんなヤバイ文献も読めたということのようです

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E7%95%A0%E7%B4%A0%E4%B9%8B




一方で、大正11年12月には、東京帝大教授の上杉慎吉と経綸学盟の締結し、同12年に極右と称された大化会の顧問となった。この大化会の援助を受け、再び高畠門下を動員して『週刊日本』(週刊新聞。11号で廃刊)の発刊を行い、国家社会主義の宣伝に勉めた。この後、『資本論』(大鐙閣版)翻訳の完成前後から、大化会との関係が薄まると、再び高畠門下を動員して第1次『急進』(大正13~14年)、第3次『局外』(同14年~15年)などの小雑誌を発刊し、何度も主義の宣伝に勉めている。この間、『資本論』の翻訳者として、またユニークな社会評論家として高畠の名は世の中に知られるようになってはいたが、自身の主張する国家社会主義そのものは普及することなく、相継いで創刊した雑誌はすべて短命のうちに廃刊のやむなきに至っている。
編注 この高畠の同窓が 血盟団の井上和尚で 義一センセイが 和尚の晩年の生計の面倒を見ています

編注 北原龍雄
売文社と同時期に黒龍会に関係したりとか 共産党に参加するも 党費を使い込んだりとか 中国に渡って 特務機関を開いたりとか
福田狂二と組んで 雑誌をだしたりとか
 当然 義一センセイとも付き合いがあった方です

http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=10065429&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=JA
(一)本年四月下旬以来六月下旬までの間数回に亘り「尊皇討奸の檄」「獄中手記」「公武合体の大陰謀」等と題し二・二六事件等の内容を曲庇し事件関係者を有利ならしめん事を策し或は重臣首脳部等を誹謗攻撃し以て軍秩を紊乱し又は治安を妨害せんとする悪質の不穏文書を秘密裏に出版頒布せるものあり、憲兵隊は警察側と協力、徹底的捜査の結果七月上旬確証を得て容疑者約六十名を東京憲兵隊において検挙、爾来鋭意取調中のところ事実明白となれるを以て八月二十三日別記十九名を不穏文書臨時取締法違反として東京刑事地方裁判所検事局に事件送致をなしたり
事件の概要(二)其概要左の如し

1、牛込区南榎町七四 岩田富美夫(四七)
 牛込区市ヶ谷谷町五五 三浦義一(四〇)
 牛込区矢来町一〇六 吉田彦太郎(二五)
等は現軍首脳部が二月事件の全責任を北、西田等に転嫁せんとなしあるものと臆断し国民与論の喚起を策せんとし共謀して磯部の獄中手記と称する不穏文書を複製し一月ごろより三月ごろに亘る間に於て各方面に手交配布したり

編注 岩田が大化会の会長 義一センセイが副会長 彦ちゃんが若頭

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9A%81%E6%B0%91%E4%BC%9A
早稲田大学学生であった高津正道は、学生団体・民人同盟会を結成した後、同じ早大生の高瀬清とともに、「社会運動の研究と普及・啓蒙、争議の応援、闘士の養成」を目的として1920年5月、暁民会を結成した。翌1921年1月に「アナ・ボル提携」を掲げて『労働運動』(第2次)が創刊されると、高津はこれにも参加し、大杉栄とともに同誌の中心となっていたアメリカ帰りの社会主義運動家である近藤栄蔵に接近した。同年3月頃、近藤らによって日本共産党暫定執行委員会が結成されると、暁民会はこれに組織として参加した。
[編集] 活動
同年4月、コミンテルンとの連絡のため上海に渡航した近藤はコミンテルンから党結成資金として6500円を受領するも、帰途「下関遊興事件」で検挙されて拘禁、所持金の出所を探知される失態を演じた。その後近藤は共産党暫定執行委員会において正式な共産党結党を準備していた堺利彦に資金の提供を持ちかけたが拒否されたため、高津らに共産党結成を提案した。8月頃に大学当局によって、民人同盟会が解散させられると、会員たちは「日本共産党」を称して活動しはじめた。
高津ら暁民会有志に仲宗根源和ら無産社の有志を加えた人々は、コミンテルン資金の一部を使って宣伝ビラを作成し東京・大阪・京都・神戸など各地に配布、11月には東京での陸軍大演習に向けて各地に分宿中の将兵宛に「(日本)共産党本部」名義で「上官に叛け」などの印刷物を送付した。近藤はこれらを「共産党結成」として上海のコミンテルン・ビューローに誇大に報告、さらに資金を要請した。
[編集] 暁民共産党事件
しかし11月25日に近藤が逮捕、12月1日には関係者40名が一斉検挙された(暁民共産党事件 / 軍隊赤化事件)。近藤・高津・仲宗根らは、8月20日の協議により「暁民共産党」を結成したものと当局によって決めつけられ(実際には結成はされていなかったとの説が有力である)、被検挙者中15名が出版法および治安警察法の違反容疑で起訴され、1922年4月25日、近藤の禁錮10ヵ月の他、高津・仲宗根ら合計8名の禁錮・罰金の判決が下った(それ以外は無罪)。この事件によって暁民会は壊滅したが、そのメンバーの大半は同年7月の日本共産党「創立大会」に参加したため、暁民会(もしくは「暁民共産党」グループ)は第一次日本共産党の源流の一つと見なされている。


http://www.kaibido.jp/bunyoku/shinsaku/hirata1.html
社会主義秘密結社党員近藤栄蔵、高津正道、小野兼七郎、荒井淳一郎、大島義晴、平田晋作、仲宗根源和、川崎悦行、山上正義、浦田武男、寺田鼎、武良二、藤岡淳吉、堺真柄、仲宗根さだよ、高津たよの十六名に係る出版法並に治安警察法違反の控訴公判が、廿五日午前十時から控訴院刑事三部の大法廷で立石裁判長、清水検事係、布施、山崎、今村、梅原等の弁護士立会で開廷。

編注 藤岡の名前に注目


http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/ContentViewServlet?METAID=10056974&TYPE=HTML_FILE&POS=1&LANG=JA
社会主義者及び無政府主義者の大陰謀事件が発覚し今朝一斉に大検挙の行われる事は朝刊既報の通りだが警視庁の守屋特別高等課長、山田同係長、武藤外事係長、西仲間労働係長、立山内鮮係長、有松智能犯係長其他の幹部及び右各課の刑事は予定の通り今朝五時を期して警視庁三階の大広間に集合しなお之に日比谷警察署の高等係りも参加して同勢二百名先ず夫れ夫れ手配して協議の上午前六時七名宛を一隊として百四十名先ず二十台の自動車に分乗して同庁の表裏両面から各方面に出動し一味の寝込を襲い斯くて七時近くになるや堺利彦氏を始め石川哲二、茂木久平、和田久太郎、高津正道、近藤憲二、中曾根源和、伊藤野枝等の頭株を続々検挙し来り午前七時二隊として数十名の刑事は更に十台の自動車に分乗して出動した、聞く処によれば今回検挙の原因は非常な大陰謀の発覚によるもので東京の一味は勿論、全国の主義者悉く検挙し尽されん形勢で警視庁の緊張は実に近来になり光景である=号外再録
編注 茂木の名前に注目

http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?LANG=JA&METAID=00484787&POS=1&TYPE=IMAGE_FILE
財界攪乱を企てて中曾根氏検挙さる
同時に倒閣も図る 某銀行取締役へ金を要求
既報、原宿署で探知した某大銀行恐喝と財界攪乱の陰謀事件については去る十七日から同署特高係刑事の総動員により八方に捜査の手をひろげ主犯の検挙に努めていたが十八日午後四時ごろ一名の紳士風の男を神田方面より引致、加藤同署長自ら取調べに著手した結果、有力なる確証を得たものの如く件の紳士を同署に留置し十九日午前九時より東京地方裁判所検事局より市原検事が同署に出張取調べに著手し事件は重大化した模様で、取調べ中の紳士は神田区連雀町一八印刷業第一社緒方肇こと中曾根源和(三八)で同人は堺利彦氏の有力なる輩下として知られ第二次共産党事件に連座して検挙されたことがあり妻女かま(三四)も共産党の婦人闘士として知られている、事件の内容はまだ極秘とされているが十数日前○○銀行常務取締役○○○氏に対し莫大な金円を要求、万一それに応ぜざる場合は云々の恐喝をしたといわれそれを機会に財界を攪乱して現内閣の倒壊を計らんとした模様である、なお某銀行関係者はこの問題について語る
 あの事件は三年ばかり前、銀行や会社荒しの前科十犯ももある山下某が策動して私の方に脱税があるといってパンフレットなどを作り各所へ配布しましたが既に事件も解決して山下某は刑務所へ行きました、今度の中曾根某は山下の作ったパンフレットを基礎にして七月初めころ頭取や副頭取に脱税云々の手紙を二、三回寄してすぐ回答しろといって来たがこちらでは問題にしていなかった、ところがかれは回答のないのは脱税を是認したことだろうといって再び同じようなパンフレットを作ろうとしたので警察の手に捕まったのでしょう
編注 貧すればなんとやら







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最終更新日  2012年04月10日 09時57分40秒
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Re:  
k_guncontrol さん
増田宗太郎に心酔し福沢諭吉を尊敬する三浦義一
http://d.hatena.ne.jp/josaiya/20110221/1298297826

福沢先生も大分の人なんですね。 (2011年03月02日 00時18分23秒)

Re:  
k_guncontrol さん
「悪政・銃声・乱世」の朗読CD作るとしたらCVは(豊崎さん以外で)誰が良いと思いますか。 (2011年03月06日 00時01分22秒)

Re[1]:(02/28)  
くれど  さん
k_guncontrolさん
>「悪政・銃声・乱世」の朗読CD作るとしたらCVは(豊崎さん以外で)誰が良いと思いますか。
-----

納谷悟朗さんですかね 銭形警部の真面目さがあるんとおもうんですよ 児玉センセイには
義一センセイは若本さんで 短歌の朗読をあの調子で

(2011年03月06日 01時06分42秒)

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