上記中、ここに注意
「通産省は,両社の責任者をよんで協議を開き,その結果 日本鋼管 が日本側の唯一
の窓口として(略)BOFの導入が認められることになった」

これもどうせ絡んでるんでしょうねえS氏が。
(2011年06月12日 19時22分09秒)
2011年06月12日
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http://www.lib.kobe-u.ac.jp/das/jsp/ja/ContentViewM.jsp?METAID=00214637&TYPE=IMAGE_FILE&POS=1

新聞記事文庫 工業(09-025)
台湾日日新報 1938.11.20(昭和13)
資本金三千万円の台湾重工業計画
中南支南洋より原鉱輸入 鉄鋼五十万瓲其他を製造
広東攻略を契機として経済南進の拠点である台湾にその豊富なる電源を利して大工業を興し中南支南洋より原料を輸入加工して島内の自給自足は勿論進んで中南支南洋の広大な市場に販路を開かんとの計画は島内企業家中にもあり又内地の企業家も色々と計画を進め、農業台湾は今や工業台湾へ力強く躍進を始めた観があるが、既報の如くその一つとして東京の小宮山商店常務取締役小宮山英蔵氏が中南支仏印等より屑鉄、鉄及び非鉄金属鉱石を輸入、之を原料として製鉄、製鋼及び各種金属の精錬、之に付帯する加工等を包含する総合的重工業『台湾重工業株式会社』の創立を計画中である小宮山氏は同店の取締役で日本鉄屑統制株式会社の顧問弁護士岡野伊三雄氏を伴い過般来台島内各地を調査企業について関係各方面と折衝中であるが、この程定款、事業計画書も出来たので府商工課に提出諒解を求めつつある、仄聞するに同会社は資本金三千万円二分一払込本社を台北に置き工場は島内適宜の場所を選ぶか地理的関係上高雄が有力視されている、事業計画は左の如く四期に別れて居り十四年三月に建設に取掛り十七年五月完成の予定で完成の暁は年□五十万瓲の鉄鋼を初め各種金属を製造圧延鋼、合金、造船、副産物として硫安、タール、ベンゾール、硫酸等をも製造の予定である

この当時 まだ二十代なので 社長は親父のようで 英蔵が常務のようです どこまで本気だったか たぶん経済封鎖と開戦でおじゃんになった噺だとおもいますが 戦前の小宮山英蔵という方はおもった以上の大物のようです





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最終更新日  2011年06月12日 07時09分30秒
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屑鉄は雑多な塵ではない、という話  
k_guncontrol さん
それなりのルートがあろうと思われます。

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1319156003
Q:戦前日本はアメリカからくず鉄買ってましたが何のくず鉄が多かったのでしょうか

A:この屑鉄というのは、通関・産業上の分類ですので、ごみとして回収されたものと
必ずしもイコールではありません。

極端な例えをすれば、売れ残りの新品のコピー紙でも、コピー用紙として使用せずに
廃棄されれば、燃えるゴミ(資源ごみ)になるようなものでしょうか。

また、屑鉄としても量的には建築廃材、船舶・橋梁や鉄道の解体材料が多いようですが、
品質調整用として輸入する屑鉄は、
 ・鋼材の廃棄物
  (傷がついたり、曲がったりして出荷できないもの、サイズを揃えた際の切れ端)
 ・造船所や工場での廃材(サイズ調整時の切れ端)
 ・軍用の特殊鋼の余り(戦艦の装甲板や主砲の廃棄分)
など品質が保証されたものを別枠で輸入しています。
  (2011年06月12日 18時12分41秒)

Re:  
k_guncontrol さん
http://logsoku.com/thread/hobby10.2ch.net/army/1199976744/

輸入屑鉄の意味勘違いしてる奴多すぎ。
あれは「屑みたいな品質の鉄」じゃないぞ。

924 : 名無し三等兵 : 2008/07/29(火) 22:53:47 ID:??? [953回発言]
>>921
そうだよな、輸入品目っつーか関税の関係でスクラップ=屑鉄になってしまうんだが、
内容に幅があるよな。 下手に品質の悪いコークス&鉄鉱石で作るよりも、戦艦の
装甲板や大砲の削りカスなんかをスクラップとして投入した方が品質が安定化する
んだよな。

932 : 名無し三等兵 : 2008/07/30(水) 10:57:38 ID:BeRxDBvf [1回発言]
戦前の日本は米国から屑鉄を輸入してるって、あの屑鉄は完全に廃棄された鉄では
無いぞ。 旧兵器の解体鉄から新圧延板にワザと傷を入れたりカットして名目上、
屑鉄とした物まで様様。 関税の関係上だよ。 1990年代まで(注:1940年代の誤記か)
新品の鉄を始め生活物資など色々と一部をカットしたりワザと傷を付け、 日本まで輸入
してたんだし。 全部、税の対策。
  (2011年06月12日 18時25分16秒)

Re:  
k_guncontrol さん
933 : 名無し三等兵 : 2008/07/30(水) 11:40:13 ID:??? [953回発言]
要するに、「鉄」と呼ばれるものの生産について分かっちゃいないんだろうな。
簡単に言うと、今の製鉄所では鉄鉱石から「銑鉄」を作り、銑鉄から「鋼」を作ってる。
「銑鋼一貫生産」という言葉もあるけど、製造に関してこの二つは完全に別物だ。

で、日本は、基本的に戦後までこの銑鋼一貫生産による鋼の大量生産ができなかったん
だな。 要するに、戦前日本はまともな鋼の国内製造能力を持ってなかったわけだ。
まあ、これは日本が使っていた中国産の鉄鉱石に原因があったんだが。。。
ちょっと語弊があるかもしれんが、日本で製造できた銑鉄は、鍛鋼には不向きで
軟鋼にしか使えないものだった。 これを解決する技術は当時欧米にもなく、日本も独力
で開発できなかった。

で、当時の日本が鋼を生産する時は、仕方なく銑鉄と「屑鉄」を外国から買い、溶かし
て混ぜて作ってた訳だ。 製鉄所が聞いてあきれる、単なる転炉屋だ。戦前日本の鋼生産
の致命的欠陥だな。 日本の鉄は生産量だけでなく、質でも話にならなかったんだ。
  (2011年06月12日 18時26分45秒)

Re:  
k_guncontrol さん
938 : 名無し三等兵 : 2008/07/30(水) 16:43:14 ID:??? [953回発言]
>>932
戦前の屑鉄はアメリカから輸入した解体するための旧型船舶だよ。 兵器じゃない。
旧型とは言え一応船舶だから、日本にそのまま航海してきて、日本で解体して屑鉄にしてた。

939 : 名無し三等兵 : 2008/07/30(水) 16:46:58 ID:??? [953回発言]
>>934
サルファクラックは溶接に関するものだから同列には扱えないけど、 鉄鉱石が含有する
リンや硫黄分が原因だから、そういう意味では同じだね。 大冶とかの鉄鉱石はそういう
不純物が多かったから、戦前の鋼は結構ひどい品質。
http://www-it.jwes.or.jp/qa/details.jsp?pg_no=0040010280

銑鉄の生産量が隘路になってて、大量生産に対応出来てないんだよ。

940 : 名無し三等兵 : 2008/07/30(水) 20:34:45 ID:??? [953回発言]
>>938
あれ?船体解体が主流になったのは戦後じゃなかったっけ?
日本の船舶解体は、解体用船体の輸入じゃなくて、中古船を輸入して使って、ボロに
なったヤツを始めて解体したように記憶しているけどな。 確か、優秀船舶助成の関係で
中古船の輸入自体がひどく制限されていたと思ったけどな

>>934
満州の鉄鉱石(大冶)のが硫黄分が多いから、海南島やマレーの鉄鉱石に手を伸ばし
たんじゃなかったっけ?
   (2011年06月12日 18時28分13秒)

Re:  
k_guncontrol さん
昭和23年の調査資料
http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaa194901/b0040.html
(製鉄業界の)労働生産性低下の要因がもつとも集中的に現われているのは前述のように操業度の著しい低下である。(略)稼働工場は五〇%をやや超える程度に過ぎない。
また稼働中の工場においても休止設備が多く,(略)賠償管理の要員を配置し,再開準備
を豫想する修理保全のための人員が必要な関係上,これが最大の労働生産性低下の要因
になつている。

従つて,昨年二月からはじまつた海南島の鉄鉱石輸入,二二年一二月以降における燃焼
効率の高い重油や石炭の輸入等に伴う生産資材の供給円滑化とともに,労務者の増加率
はわずか二四%なるに拘らず,その生産額は三倍以上に昇り,労働生産性は生産量の増加
率と比例して着実な上昇を示しているのである。
(略)
労働生産性低下の第二の要因は原材料の不足とその質の低下である。鉄鉱石の移輸入量
の総消費量に対する比率は第三表
http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaa194901/img/tb1.3.11.gif
の示す如く戰前においては八〇%を超え,これに銑鉄及び屑鉄の輸入量を合計すれば,
鉄鋼業は殆どその原料の大部分を国外に仰いでいたわけであつた。他方国内産及び在庫
中の鉱石の品質はきわめて悪く,その数字は前掲安本実態調査中のA工場の調査(第四表)
http://wwwhakusyo.mhlw.go.jp/wpdocs/hpaa194901/img/tb1.4.12.gif
が示す如くである。
  (2011年06月12日 18時43分41秒)

Re:  
k_guncontrol さん


良い原料さえ入手できればものになる(永野重雄)、という見方は、
なるほどこの時期では両者拮抗するなあ、ということ。

その後、技術はどこから導入されたか。アメリカ主導ではなく、ヨーロッパより
導入している。(米国も同様にヨーロッパの技術を導入している)。
また、昭和30年初頭まで、鉄鉱石の輸入ではなく、屑鉄と銑鉄がメインの製鋼原料
であることはちょっと意外。

戦後日本における技術導入と普及:鉄鋼業における BOF の受容
http://www.tku.ac.jp/kiyou/contents/economics/253/12_nakamura.pdf
戦後日本の技術導入の中でも,鉄鋼業における BOF(Basic Oxygen Furnace の略。
純酸素上吹き転炉,LD 転炉などともよばれる。1950年代初頭オーストリアで開発)の
導入は,その導入の形態やその後の技術改良の進展,そして何より短期間のうちに世界
最大の鉄鋼輸出国へと変貌を遂げたその発展の様子から,最も成功した例の一つに挙げられる。

特に導入の早かった日本企業においては,技術者の BOF に対する理解や,その情報が
経営首脳陣に伝達されるような組織内関係,および商社や取引先を含めた「組織集団」
の技術力に優れていたことを論じている。
(2011年06月12日 19時12分11秒)

Re:  
k_guncontrol さん
(つづき-1)
また後藤(1993)では,政府(特に通産省)による技術導入の規制が果たした役割が
強調される。当時の日本では,海外からの技術導入は,外資法および外為法の下で厳し
い規制を受けていた。個々の技術導入案件は政府によって審査されるため,政府は技術
導入のプロセスにさまざまな形で介入することができた。

関口(1986)によれば,「日本企業の技術輸入競争によって輸入の条件が不利化するのを防止し,外国企業が不等な制限を課すのを防止するために」 個別の案件を審査する
過程で,当事者である企業の行動に介入するというのが,1950 年代における日本の
技術導入政策の基本方針であった。
(2011年06月12日 19時13分13秒)

Re:  
k_guncontrol さん
(つづき-2)
BOF に関しては,日本鋼管と八幡製鉄の2社が,ほぼ同じ時期に技術導入契約を結ぼ
うとしていた。しかし両社が契約締結を争うことによって導入条件が厳しくなるのを
恐れた通産省は,両社の責任者をよんで協議を開き,その結果日本鋼管が日本側の唯一
の窓口としてオーストリアの Alpine 社(BOF を開発した企業の一つ)との契約交渉
に当たり,八幡製鉄をはじめ国内の他の鉄鋼メーカーにサブライセンスする形で BOF
の導入が認められることになった。こうした政策判断が功を奏し,日本に有利な契約を
結ぶことができたと言われている。

この点についてはリン(1986)も言及している。BOF を導入するために,日本企業は
結果的に(サブ・ライセンス制により) 生産 1 トン当たり僅か 0.36 セント程度の
対価を支払っただけであったのに対して,アメリカの企業は 1 トン当たり 15 ~ 25
セントのライセンス料を負担したと述べている。
(2011年06月12日 19時15分28秒)

Re:  
k_guncontrol さん
(つづき-3)
(1950年代の前半には鉄鋼業は国内の基幹産業となり),鉄鋼業の生産能力は向上した
が,鉄鋼業が発展するためにはもう一つ解決しなければならない問題があった。
資源の確保である。 鋼材の主原料の一つは鉄屑であるが,戦災によって一時的に増加
していた鉄屑は,1950 年代にはいると不足しがちになってきた。鋼材として生産され
たものが鉄屑として回収されるには,20 ~ 25 年程度かかるとされる。

戦争の影響で生産が落ち込んでいた日本の鉄鋼業にとっては,生産を拡大していく上で
必要な鉄屑を,国内で確保することは当面困難であった。そのため,日本の鉄屑価格
は諸外国よりも平均して4割から5割程度高く,殊に鉄鋼生産が大きく増加する時期に
は高騰し,鉄鋼業の発展にとって大きな障害となっていた。国内で十分な鉄屑が確保
できないとなると,いきおい輸入に依存しなければならなくなる。

しかし,欧米諸国でも鉄鋼増産の動きが盛んになったことから輸入も容易ではなく,
1956 年にはアメリカの鉄鋼業界が鉄屑の輸出制限を要求したため,翌年富士製鉄の
永野重雄社長らが「鉄屑使節団」として訪米し,輸出承認のための運動を行っている。

日本の鉄鋼業が増大する需要に応えるためには,鉄屑への依存度を下げる必要があった。
鉄屑と並ぶ鋼材の主原料は銑鉄である。銑鉄は,鉄鉱石を高炉において精錬することで
生産される。1950 年代に入ると,新たな輸入先が登場したことから鉄鉱石の品質が
戦前よりも向上した。さらに原料の処理方法など,銑鉄を生産する技術面での進歩も
あって,銑鉄の安定供給が可能になってきた。このため,日本の鉄鋼業が発展するため
には高炉を充実させて銑鉄の供給量を増やし,銑鉄を鋼材の主原料とする方向で転換
することが望ましいという考え方が広まった。
(2011年06月12日 19時16分43秒)

Re:  
k_guncontrol さん

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