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~続き~ 僕はその《フルーツ皿》をも習得したく、 ホステス店に修業に突撃した。 もちろんメインは《ホステス攻略法の習得》ではあったが‥。 通常《高級店》と呼ばれる飲み屋‥ 《クラブ》と名のつくとこがほとんどがそうだろう。 僕はそんな高級店とそうじゃない店の差は、 『調理専属の一流シェフがいるかいないか』だと思っている。 いや《一流》とまでは難しいか‥ それでも某の《専門分野》‥ フレンチやイタリアンなどの修業経験が無ければ、 《シェフ》とは呼びがたい。 おそらくメディアに取り上げれてきた《ホストクラブ》は、 そんな専属シェフが常勤していることだろう。 あれは《大都会・東京》であるからして、 少し異次元的ではあるが‥ しかし地方都市とて水商売への《基本姿勢》は変わりない。 スタッフの質・教育などは当たり前。 セットやボトルの値段はあって無いようなものだ。 内装や装飾品、調度品の類いは、 初期投資・設備投資の範疇(はんちゅう)である。 はっきり言ってその程度の店ならどこにでもある。 しかし《本物のシェフを雇うだけの人件費》‥ これを惜しげもなく使える店は紛れもない《高級店》だと思う。 つまり‥ お客の目に触れることのない厨房裏にも、 《経費がかけられるかどうか》だ。 僕が経営者なら《本物シェフの人件費》で、 一人でも多く《商品》を入れたい。 『シェフを雇うくらいなら自分で料理をする』 でも逆にこれは今の時代なら相応かもしれないが‥。 だが、お客に《VIP》が多ければ、 当然そんな方々は口も肥えている。 付き出し一つ、生半可な味付けでは通用しない。 もちろん《賞(め)でる》盛り付けテクニックがなければ、 お客に高級感は与えられない。 って言うか、自分が何が言いたいのかわからない! またわからなくなってしまった… とりあえず戻ろう。 なにせ、僕が夢見ていたものは、 《一夜の夢‥笑いを売る店》だった。 だから高級感など求めちゃいない。 フルーツ皿は自己満足‥ただの《マニアの領域》だ。 あいつと一緒に僕は《お客の笑顔》‥ お客さんの笑い声が絶えない店を持ちたかった。 だからホステス店修業は、そのための《努力》でもあった。 あいつに肩を並べ、やつと一緒にまた弾けたかった‥。 ところで、僕はそこ‥ ホステス店でも《教育》を受けた。 『商品(ホステス)には手を付けてはならない。』と。 確かに理屈はわかるが‥ 僕の《母ガモ》は、ホストの《師》だ。 しかもここを通過すれば、 また《ホスト修業》に戻るつもりである。 そのまた先には僕とあいつの《夢列車》がある‥ 《虎穴に入らずんば虎児を得ず》‥ チーフやメンバーさんとして会話し、 たまに愚痴を聞く程度では彼女達の本音は見抜けない。 《掟やぶり》は百も承知で少々は… だが、現場の生の声には恐ろしいものもあった。 皆さん、《飲み屋伝票》はご存知だろうか? 《ご存知》と言うより、見たことはあるだろうか? 無い方がほとんどだと思う‥ こいつは強烈だ。 書くと怒られかもしれないが‥書いちゃえ。 伝票の《お名前欄》に名前だけ書かれた伝票などは滅多に存在し無い。 《名前だけ》の伝票は、よほどの常連客か上客‥ もしくは誰もが知ってるお客くらいだ。 いやそれでも《愛称》としてのニックネームを書かれている場合はあるか‥ 客席番号とは別に、 新規客なら《一見(いちげん)》とか‥ たいていの伝票には《ニックネーム》が書かれてある。 営業時間内に店の関係者の誰が見てもわかるよう、 また経営者が後日に見てもどのお客かを判別できるように、だ。 だいたいその《ニックネーム》‥ 中でも愛称とは別の中傷を含むものは、 閉店後の彼女達の愚痴や、 お客待ちの待機時間の《井戸端会議》で決定される。 それが伝票に反映されるかどうかは経営者次第だが‥ 僕は自分の飲みに行った店の何軒かで、 その伝票を見せてもらったことがある。 やはり《うどん屋》と書かれているものが多かったが、 《石田》という姓だけではどこの石田かはわからないのも事実だ。 お客の《同姓》はよくあることだが、 キープボトルが探し出されるまでに時間がかかる方は要注意だ。 『伝票を見せてくれ』とは客からは言いにくいだろうが‥ まぁ見ない方が《身のため》だと思う。 紳士的に飲まれている身元のはっきりした方なら、 《名前+企業名》が書かれてあるだろう。 しかし、セクハラまがいに飲んでる方は《要注意》! 名前も書かれずに《エロだこ・チカン・おさわり》などなど‥ 伝票に行動が示されてある場合もしばしばだ。 あっそれと! そんな方の中に一目で『人工品』とわかる物体を頭にお召しの方は、 かなりのハイアベレージで《人工》を意味するカタカナ二文字を書かれてあります! ホステスに悪態・セクハラ発言などで憤慨させた場合はもれなく100%確定です! お心当たりのある方は、 次回からそのお召し物は 自宅に置いて行かれたほうが無難かと‥ すいません‥失礼いたしました。 これらの話しは、 《お客様を大切にしていないB級店》での話しであります。 飲み屋全体の話では無い。 経営者の人格と、 スタッフ教育のしっかりしたお店では、 このような粗悪な行為は行われていないだろう。 それは《店の品位》と《飲食料金》は一概には正比例しないということでもある。 お会計が高いから《高級店》と呼ぶわけではない。 そこに経営者の細やかな目配りや気配り、 それが店の表裏の隅々まで行き届いているか否か‥ そんな姿勢が《店の品格の差》となって表れると僕は考えている‥。 西暦2000年前後から、 どの業界にも厳しい不況風が吹いている‥ 今や《風雪混じり》とさえ感じるこの景気の低迷‥ どちらの経営者様にも今一度原点にお帰りいただき、 時代にそぐう知恵をもってこの時代を切り抜けていただきたい‥ と、《石田純ぺー・40歳》 原点にも返れず、時代にもそぐわなかった、 この《敗者》の僕が生意気申し上げております‥ ニッ(⌒‐⌒)V で、ここからは数少ない《夜の蝶達とのラブロマンス》や、 それらの修業過程での奇特な出来事、 それに僕が実際に体験し見聞きした範囲ではあるが、 《芸能やホストの舞台裏》を暴露しながら、 物語を進めて行きたいと考えてます。 少々《小爆笑》から遠ざかるかもしれませんが‥ あっ、 高松南地区の《石田純ぺーをボケさせる会》、 会長のM野さ~ん! 最近、《小爆笑》が少なくてすいません‥ 《純ぺーワールド》展開を常に心がけてはいるんですが‥ 記憶の糸をたどる作業に手を取られ、 なかなかに余裕が持てなくて‥ まぁ懲りず応援してください! ところどころではありますが《小爆笑》を盛り込みながら、 《純ぺーワールド》を確立する構えでございます! 読者の皆々様方にもこれからも引き続き、 よろしくお引き立てのほどを御願い申し上げたく‥ 存じて上げておりますうぉっしゅ(`Х´) ~続く~
September 30, 2008
いきなりいきます! 《大阪・お水時代》‥ 僕とケンチャン‥ 二人にとっては《運命的》とも言える出会いではあったが、 また《神様のいたずら》が起き、 彼は瞬(またた)く間に僕の前から去った‥。 《No.1》を失った店の勢いはみるみるうちに衰え、 彼の後を追うかのようにマスター‥ 師も店を上がることになる。 僕‥ 直接の因果関係の無い僕が、 ケンチャンと同じアクションを起こすのは《ただのクーデターに他ならない》と、 師は最後も僕に《夜の街のルール》の一つ‥ 《退店1ヶ月前告知》 それを己の引き際に重ねて僕に教えて下さった。 こうして僕の《夜王への道》は一旦の幕を閉じた‥ だが《最強の相方・ケンチャン》‥ 彼と夢見た《二人の店》を実現せんがため、 僕はまた新たな修業に出た。 それは中途半端に終わった《自分のキャラクター作り》‥ 《完全なるお笑いキャラ》を完成させるための《旅》でもあった‥。 ここでまず、皆さんにお断りしておきたい。 ここからの物語には《回想》と《憶測》、 そして僕の《水商売論》が絡んでくる。 なにぶん20年近く前の《夜の街》‥ バブル経済の影響で今とは景気も違ったが、 近頃のようにメディア露出ができるほど、 《ホスト》がまだ世間に理解されていない頃‥ これらの《物語》はそんな時代の話だ。 ただ‥ 《お酒売り、金をもらい、夢を見せる》という水商売の本質は、 『飲み屋が接客業の看板を掲げた古の頃から変わっていないんじゃないか?』 と僕は考えている。 《賛否両論》もあれば《暴露手記》と捉える方もおられるだろう‥ だが僕はあえて書きたい‥ ただの《わがまま》です。 お許しくだされ‥ では遠慮なく! 僕は再度《夜王》を極めんがため、 新天地に修業場所を求めた。 まず最初に選んだのが《ホステス主体の店》‥ いわゆる《スナック・ラウンジ》といった類いの店だ。 ここで僕がどうしても越えられなかった壁‥ 《ホステス完全攻略》の必勝法を習得したかった。 《蛇の道は蛇》‥ ホステス店での修業は、 『回り道になるんじゃ‥?』 という不安はあったが、 彼女達が客として立ち寄った店で見せる《愚痴や本音》だけでは、 そのまた向こう側の実態まではつかめない。 そうして僕は短い修業期間も含めると三軒の店で、 ホステス店の勉強をさせてもらった。 修業先には、 『スナックではワンパンチ足りないし、 クラブでは敷居が高そう‥』ということで、 《ラウンジ》と呼ばれる準高級店を選んだ。 僕が回り道覚悟で《ラウンジ》修業を始めたのは、 同時進行で《飲み屋料理》を覚えたかったからだ。 飲み屋料理とは‥ 《付きだし》や《つまみ菓子》とは別の、 《オプションメニュー》のことだ。 軽食の類い‥ 代表的なところで言えば《炒飯》や《ピザ》など‥ おそらく《B級店》では出前かレトルト食品を使うことが多いだろう。 だかその程度のものはおよびじゃない。 僕にはどうしても極めたかったものがある。 それが‥ 《フルーツ盛り合わせ皿》だ! こいつを初めて見た時の感動は今も忘れられない‥ 今時は《バイキング形式》の飲食店でも普通に見かける光景だが、 当時の僕はかなりのカルチャーショックを受けた‥ 『なんて美しい見た目、なんて食べやすいカットなんだ‥』と‥ 初めて会った時のあいつは、 細かくクラッシュされたアイス身にまとい‥ みずみずしいフルーツ達と共にキラキラと‥ まばゆいばかりに輝いていた… その《フルーツ皿》のリンクを所狭しと舞う妖精達‥ そう、鮮度の高い《高級フルーツ群》だ‥ 例えば《リンゴ》‥ フルーツパフェではたまに見かけるカット技術だが、 当時の僕にはそれがまるで、 伸ばした南京玉簾(なんきんたますだれ)の様に見えた‥ その何重にも薄くV字カットされ、 釣竿のごとく斜め上方へとスライドされた《リンゴ果肉》に、 『果たして一枚づつ食えばいいのか、 それとも二~三枚まとめて食えばいいのか‥』 と、不覚にも《リンゴ》の食べ方ごときに迷ってしまったほどだった‥。 ヒロイン役の《パイナポォ~》などは見るやいなや、 『おいおい、俺はパイナポォ~は《輪切り》しか見たことねぇぞ! 皮と葉っぱまで付いてるじゃねぇか!』 と、感動と魅惑の《甘い尿漏れ》さえ誘(いざな)われたほどだ‥。 パイナップルは皮付き丸ごとを四分の一に縦カットされ、 芯を柱に《カヌー》に見立てた小舟を作ってあった‥ 《一口サイズ》に切り分けられた果肉は不規則ながらも整然とした並びで、 そのカヌーの船内に積み込まれていた‥ しかも主役の《メロン》に至っては、 完全に《豪華客船》の装いをほどこされていたし、 フルーツ皿手前の野原では《イチゴ》がお花畑を演じていた‥ 圧巻は《キゥウイー》だ! 皮付き半分を横切りしたものだが、 中身をくり貫いて皮の中に戻してある‥ しかも上から見るとピザのように八面にカットされていた! 『いったいこの包丁さばき、 そしてこの演出はなんなんだ‥』 僕は我が目を疑った‥ 《イチゴ》のお花畑の横に、 半分にカットされ切り株の様に並べられた《キウィー》‥ 空中へと伸ばされて《リンゴ》の舳先は、 まるで《天国への階段》‥ そして氷河の海に浮かんだ《メロン&パイン》‥ 《ブドウ》は‥ 彼らだけはどこから見ても原型のままだったが、 それでもそのすべてのコラボは実に幻想的だった… それはまるで、 《フルーツ達が奏でる丘と海のハーモニー》‥ そこに降り注ぐクラッシュアイスの《オーロラシャワー》‥ 美しすぎた‥ 『俺もいつかあれを創ってみたい‥』 そんな風に憧れたもんだ‥ そうして始まった《ホステス店・武者修行》‥ そこにはまた新たなる刺客の罠が待ち受けて‥ いなかった。 とりま楽しかった。 ただでホステスと話しはできるわぁ~、 たまにゃ~《チラッ》とホステスさん達のパン‥ って、おい! それは《オマケ》‥ 神様のくれたご褒美だ。 メインディッシュではない! 戻ろう‥ ~10にどつく~
September 29, 2008
P.S コメントへのお返事です‥ 《俺と妹》さん‥ 昨日もコメント、ありがとうございます☆ 《俺と妹さん》のコメントを読むたびに‥ 『あぁもう閉店して1ヶ月近くなるんだなぁ‥』 と、またあのラストデー《8/31》のことを思い出し‥ 僕の《ロクブマタンキ←》から熱いものが込み上げてきます‥ …。 って、おいっ! んなわけないやろ! コメじゃなく、エロ小説の広告やがなっ\(゜O゜; えぇ~‥君ぃっ! エロスは《ねっとり》じゃなく、 《サクサクッ!》と爽やかに書かなきゃ~‥ ねっ(^.^)b さぁ~てとっ、それではいきます! 聞いてください‥ 《大阪・お水時代》 《最強夜王・ケンチャン》とタッグを組んだ僕は、 昼も夜も彼とべったりの蜜月状態となった‥ しかし彼のようなタイプを《早熟》と呼ぶのだろうか‥ 小学生の頃から単車を乗り回し、 類いまれなる身体能力とボスの器量でヤンチャをしてきた彼は、 何があっても怯むことも無ければ誰かに従うこともしない。 唯一《師》であるマスターには従ったが、 どちらかといえばマスターの方がケンチャンを‥ 師が弟子である彼の才能と器量に惚れている感があった。 とにかくハチャメチャだった。 彼との面白エピソードも山ほどあるので、 物語の中で書ける範囲は書いてみたい。 もし彼がこのブログを見たとしても、 昔を思い出して大笑いをするだけだろう‥ そんなある日のことだ‥ 当時ホストの必需品であった《セカンドバッグ》を、 電車内に置き忘れて下車した彼は、 ホームを出発して走り始めた電車に窓から飛び乗り、 電車を止めたことがある。 僕は彼の姿にホームで大爆笑していた‥ 夜の街では大人ぶって気取っていた彼だが、 当時僕が18歳で彼はまだ17歳。 一歩店の外へ出て二人っきりになると、 やはり素顔はヤンチャな少年だった。 その電車を止めた時も駅員がすっ飛んで来たが、 大人の理屈でもまったく相手にしない。 以前ミナミの《動く蟹看板》の店のトイレで財布を無くした時も、 『ワレんとこは便所でクソするんに金がいるんかぁーっ!!』 と無茶苦茶な文句を言った男だ。 セカンドバッグを置き忘れたことを盾に、 駅員相手に一歩たりとて引きはしないない。 今の時代なら損害賠償が発生するんじゃなかろうか‥ そのくらいハラハラドキドキの毎日だったが、 僕はそれが楽しくてしかたなかった‥ あんなに楽しくて破天荒な日々はもう二度と無いだろう‥ 僕らは昼間は寝る時間も惜しんで遊びまくり、 夜は夜で蝶の様に舞いまくった。 ほとんど毎日のように、まだ人気の少ない朝のうちにミナミへと出た。 次から次へと手を変え品を変え、 そして出勤時間まで遊んびまくった。 僕は豚小屋アパートへほとんど帰らなかったんじゃないかなぁ‥ そのあたりの記憶がほとんどない。 風呂や洗濯はどうしていたんだろう‥? 本当に全然といっていいほど覚えていない。 というか、そんな些細なことはまったく思い出せない。 でもその中で一つだけ‥ 覚えているエピソードがある。 確か一度だけ彼がアパートに遊びに来た。 僕は知らないうちに寝てしまい、 目覚めると彼はいつの間にか帰っていた。 起きた僕は出かけようとしたが靴が一足もない‥ 僕の住んでいた豚舎は部屋から出るとコンクリ打ちっぱなしの冷たい廊下。 それもかなり広めで、 おそらくそのアパートの家畜舎時代の名残だろう‥ 掃除や飼料を与えるといった作業に適したスペースがあり、 皆ドアを出たすぐのところに簡易式の下駄箱を置いていた。 めんどくさがりの僕は特に邪魔にはならないので、 ドアのそば靴を並べていただけだった‥ 『犬にでもくわえていかれたんやろか‥ どないしょ‥? 出かけられへんがな‥』 そんなことを考えながら買い出しにも行けない僕は、 小腹が減ったので柿を食おうとした。 《柿》はおかんが高松から送ってくれたものだ。 親戚の多い《石田家》は、 法事のたびにお供え物がたくさん集まる。 それをおかんが仏前から直送便で僕に送ってくることがあった。 その宅配荷物の中には、 蓮の花が描かれた《のし紙》がついたままのお供え物もあった。 『薄気味悪いなぁ‥こんな紙くらいのけとけよ‥』 などとつぶやきながらその《のし》をはがしたことが何度もあった。 その時も秋だった‥ 《秋》は人間にとって印象深い季節なのかな‥ だからその《柿》のことだけは、はっきり覚えている。 滅多にアパートに帰らない僕は、 実家から送られてきた柿を冷蔵庫で保存していた。 その柿を取り出そうと冷蔵庫を開けると‥ さっき無くなっていた靴が全部冷蔵庫に入っていた! しかもキンキンに冷えた目覚まし時計もあった‥ 部屋には僕だけしかいなかったが、一人で大笑いをしてしまった。 ケンチャン‥奴の仕業だ。 いつからかわからないが、 奴は僕を時々《おっさん》と呼ぶようになっていた。 とにかく僕にだけは茶目っ気たっぷりな男だった‥ 通勤に時間のかかる僕が中型二輪を買った時も、 彼は『ヘルメット、俺がプレゼントしたるよ!』と、 原付バイク用の白いヘルメットを持ってきた。 ブラックメタリックでレーサータイプの単車に、 風よけシールドも無い通称《ママヘル》が合うはずもない‥ 『こんなもん、ノーヘル扱いやがな!』 ってツッコミを入れると彼は、 《しばらく待ってくれと‥》 今度は中型二輪用のフルフェイスのヘルメットを持ってきた。 《真っ赤》なヘルメットだった。 だがどう見ても塗装がおかしい… そこで奴に尋ねると、 『元は黒やってんけどな、赤にスプレーしたったんや。』と‥ 問い詰めると《パクり物》だとか‥ 《黒のマシンに赤のヘルメット》‥ しかもパクり‥ でも僕も『足だし、まぁいいか~』てな調子だ。 もちろん僕の単車のタンデムシートは奴の指定席! 奴もアゴヒモを切ってパクったメットを被り、 東奔西走、縦横無尽に二人は大阪の街を駆け抜けた‥ とにかく楽しかった‥ 悪さをしても、飯を食っても酒を飲んでも、 もちろん仕事をしてても… 僕はその頃《お笑いキャラ》が定着しつつあった。 とはいえ、田舎育ちの18歳‥ まだまだ未熟者でケンチャンあっての僕だった。 実は入店当初、マスターから僕への《最大の教え》があった。 マスターの口から《これぞホスト心得!》的な直接の言葉は無かったが、 僕はずっとその教えを守ってきた。 それは《お客と寝てはならない!》という内容のものだった。 《金品を要求してもいけない》とも教えられた。 このホスト業界‥ やはり最初は、そんな甘い考えで入店して来る者が後を絶たない。 僕もその一人であったことは否定はしない。 だがヒナ鳥への《スリコミ》のようなもので、 初めて見聞きしたものが《正しいことなんだ》と教えられると、 そうだと思い込んでしまう。 僕にとって《夜の街の師》であるマスターは、 生まれたばかりのヒナの前を歩く《母ガモ》の様なものであった。 師の《教え》をかたくなに信じこみ守り通した。 僕は典型的な《いじられキャラ》で、 可愛がって下さったのは《年上》のみ。 当時18歳の僕だから、 お酒を売る店としての《お客の年代》を考えれば当たり前なのだが、 《ケンチャン》‥ 彼と比較すれば圧倒的に《年配からの支持》が高かった。 逆に彼は圧倒的に若い層‥ 年配層から嫌われていたわけでは無いが、 二十歳代のホステス系からの人気は半端では無かった。 まぁ《No.1》だから当然だが、 お客同士のバッティングなど‥ 僕がヒヤッとすることも多かった。 僕は《師の教え》通り、 店内で《蝶のように舞う》だけであったが、 彼はお客を店外で蜂のように挿(さ)すこともあったようだ‥ でも‥いくら《師》の教えとはいえ、 仕方が無かったんじゃないかなぁ‥ 数字を‥《売り上げ》を上げていくには、 お客が切れたのでは勝負にならない。 《色恋》で迫られたら限界はあるだろう‥ ましてお客が自分好みのタイプならなおさらだろう… 僕もこの問題には矛盾を感じた時期はあった。 事実、そんなシーンに直面したことがないわけじゃないが、 元来モテるタイプでもないし、彼ほど深く考える必要は無かった。 そんなある日、ついに二人に転機が訪れた‥ 僕が入店して半年くらいか‥寒い時期だった。 その店にはマスターとは別に、もう一人の《マスター》がいた。 その店は《現場マスター》と《フロントマスター》の共同経営だった。 詳しくはわからないが、 《ケンチャンはギャラ》 《師は経営方針》で、 もう一人のフロントマスターとトラブルになった。 ケンチャンは《辞める》と言ってきかなかった‥ 奴は言い出したら人の話しなど聞くタイプではない。 どうも何年か前からすでに確執はあったようだが‥ 現場にいないフロントが《師》の方針を否定したことが許せなかったようだ。 決断は早かった‥ 最後に『いつか二人で店を持とうな‥』 との言葉を僕に残し、 三日と待たずに彼は店を上がった‥ そして愛弟子を失った《師》も‥ 僕もこの《師》とともにその店を上がった。 この後、 志し半ばで散った《夜王の道》を極めるため、 僕の《変態魂》はますます燃え上がり、 再び修行の旅へと出る‥ 一重にケンチャン、 彼との《いつか二人で店を持つ》 この夢を実現させるために… ~頭突く~
September 28, 2008
P.S 《楽天ブログ》をお持ちの訪問者(って言うんですか?)の皆さんへ‥ いつも《足跡》をありがとうございます☆ ようやく僕もほんの少しだけ《ブログ専門用語》が理解できるようになりましたf(^^;) が、この業界のマナー的なことはまだまだで‥ かつ《モバイラー》の僕ゆえ、 訪問先に《足跡》は残ってないものと思います‥m(__;)m しかしあまり《自分の世界》に籠るのも頭打ちを生むだけなので、 足跡を見つけたら必ず閲覧し勉強させてもらってます。 コメントやメッセージを送らせて頂いたこともありますが、 僕はこの通りの《空気の読めない天然》‥ ゆえに『あまりに《場違いスパーク》なメッセージになるのは如何なものか‥』 との判断から《閲覧のみ》とさせていただいております。 だからぁ‥ この場を借りちゃってぇ‥ ホントマジ感謝のぉ‥ ガチでまさかのご挨拶‥ させてもらいますうぉっしゅっ(`Х´) 《JAIGO》 すいません‥ このネタやれやれって言う人がいるもんですから‥f(^^;) 訪問者の皆さん、いつもありがとうございます☆ じゃ~いきます! 《大阪・お水時代》でヨロシクうぉっしゅっ(`Х´) あまり正確には覚えてないのだが‥ 夜の街で《週二》のバイトから《レギュラー》に昇格したのは、 バンド解散よりは前かもしれない。 どちらにせよ、まだ夜の街では真っ赤な顔して立ってるのがやっとの《ポスト》‥ 関西弁もままならず、トークも未熟な四国の山猿‥ 駆け出しホストの僕に《師》の教えはまだまだ難しかった‥。 そんな中‥ 師よりも身近なホストの中に尊敬できる先輩が出来た。 彼は《二つのキャラ》をあわせ持つ、 その店きって人気者‥押しも押されぬ《No.1》。 まぁとにかくカッコいい! 映画化された当時流行りの刑事ドラマ、 そのダブルキャスト《芝田恭平&男役ひろし》‥ この二人を足して2で割ったような、 危険な香りの漂う男の色気を持っていた。 しかも長身、スーツも似合う。 いかにも身体能力の高そうな体の造りは、 男の僕から見ても惚れ惚れするくらいであった。 彼はそんな《危険な男》とは別の、 超の付く《お笑いキャラ》まで持っていた。 おまけに笑顔が素敵だ! その笑い声の屈託の無さは少年のようでもあった。 そんな二面性‥ 二枚目と三枚目の《両極のギャップ》を持つ彼に、 魅せられないなら客の方がおかしい。 当然、マスターの愛弟子であったが歌はやはり師にはかなわない。 だが彼には必殺技の《モノマネ》があった。 シャープで端整な顔立ちの彼が、 モノマネ界の大御所《ケロッコ》さながらに表情を崩し、 一つの曲の中に7人のモノマネ入れた《虹色メドレー》は、 その曲が終わるまでは他のホストは誰一人とて‥ いや、お客にさえ喋る者がいなかった。 『なんておもろいんや‥』 僕は《自分もあんな風になりたい》 と羨望ともとれる眼差しで、 彼の立ち振舞いをいつも見ていた‥ しかも‥ 今になって思えば彼は根っからの《ボスの器量》 当然店の中でもリーダー格で、 営業時間が終わっても彼の周りにはスタッフの輪があった。 その店にホストは何人在籍していただろうか‥ なんせ出入りの激しい業界だったから、 はっきり覚えていないのだが、 名前が思い出せるのが4~5名‥ だからおそらく10人前後だと思う。 閉店後の彼は物腰は柔らかかったが、 スタッフの輪が煩(わずら)わしかったのだろうか‥ 営業中に見せる笑顔などはまったく無く、 とてもクールで、 その覚めたような瞳はいつもどこか遠くを見ていた‥。 ところで僕はというと‥ 相も変わらず『だけん、だけん』の連発‥ 何度練習しても『せやから』がすんなり出てこない。 おまけに彼の輪にも入れず浮いた存在。 ついでにお客もつかずヘルプオンリー‥ ニューボトル間近の一気コールに呼ばれてマーライオン(※)。 トイレまで持たずに吐くこともあれば、 ボックス席で座ったまま吐いたこともあった‥ (マーライオン‥ ※シンガポールの象徴的立像。 口からいつも水を吐き出している様から、 上体を起こしたまま吐くのは《マーライオン》 また、寝たまま吐くのは《クジラ》《噴水》などと呼ばれていた。) そしてとどめに僕は痛烈なお客のダメ出しに合う‥ 『あんたな、全然色気ないねん‥ だから《男》として見れんのや。』と‥ 《色気で駄目なら技で勝負!》と鼻息荒げてみたものの‥ 身長165センチの僕。 ジルバにマンボにチークなど‥当時はダンスは必須科目。 しかし女子の履く《ハイヒール》‥ こいつの踵(かかと)は僕にとってはでかい《壁》だった。 ヒールを履けば僕が小さくなることなど日常茶飯事。 当然ダンスも逃げ腰になる‥ されば最後の切り札は《歌》か‥ でもこれに至ってはご存知の通り‥ お門違いの復讐を誓って飛び込んだはずの《夜の街》ではあったが‥ あまりの自分の適性の無さに、 『辞めようかなぁ‥』 などとを考え始めていた‥ そんな時、例のNo.1の彼が僕に声をかけてきた。 『Jちゃん、営業やけど一緒に飲みに行かへんか?』 僕のその店での源氏名は当時『J』 今の『純』は二軒目の修行先で頂いた源氏名だ。 当時彼は僕を《Jちゃん》と呼んでくれていた。 そして彼の名は‥ ここからは仮に《ケンチャン》としておこう‥ 『辞めたいって思ってることに気づいたのかな‥?』 と思わせるほど絶妙なタイミングで、 ケンチャンが営業の誘いをかけてくれた。 やはり営業先でも彼はモテモテだった。 ローカル店とはいえ、大阪は人口密度が違う。 自分の店にNo.1ホストが飲みに来たのだから、 当然ホステスは大喜び! しかしケンチャンは冷静だった。 ボックスへと誘うホステスをそつなくあしらい、 『カウンターでかまへんよ』と‥ しかも他の客に気を使って早い時間帯での営業。 やることなすことが憎い! そして営業先を後にした僕らは出勤前に食事をした。 そこで‥ 『Jちゃん、店辞めたいんやろ?表情に出とんで‥』 彼は僕の胸の内を見透かしていた‥ 『いやぁ‥ケンチャンさん‥ 自分、この仕事向いてないと思うんですよ‥』 僕はNo.1として光輝く彼に恐れ多さを感じ、 《ケンチャン》の後に《さん》をつけて呼んでいた。 そしてその時彼はこう言った‥ 『Jちゃん、ケンチャンの後に《さん》付けせんでええよ。 俺、Jちゃんより年下やで。』 『えぇっ!はあぁっ!?』 《度肝を抜かれる》とはこのことである‥ 《年の頃なら23~4》 僕の目から見た彼の推定年齢がこれだ。 No.1夜王の色気とオーラ放つケンチャン、 それが僕より年下だと‥ 僕にはどこか《彼には兄的な存在であって欲しい》 そんな願望があったのかもしれない‥ 続けて彼は、 『言葉も普通に喋ってや。気ぃ使わんでええよ。』と‥ そこから僕達二人は、 入店時間も忘れて語り合った‥ さも昔からの友達であったかのように… 今から約23年前、 《サーティン・ボーイ》というテレビドラマがあった。 13歳の少年が盗んだか何かで手にした大金で、 飲み屋から風俗までを豪遊したという実話を元にしたドラマだ。 しかし彼の《衝撃告白》は、 そのドラマをも上回っていた‥ 彼は複雑な家庭環境に存在した。 そのことが影響してか、 彼は小学校もろくに行っていないと。 当然、中学校へは行くどころか、 年を17歳だとごまかして、14歳でホストになったと‥ 彼のその告白は僕にはまったく信じられない世界であったが、 その生き証人が目の前の彼なのだから信じる以外にない‥ この時僕は《前頭葉を金属バットでフルスイング》されたような、 かつて味わったことのない衝撃を受けた‥ 彼が誰にも語らなかった《過去》‥ その《真実》を語ってくれたたその日を境に、 僕らは‥特に僕は一気にスパークした! 時に僕が兄で、時には彼が兄‥ そしてまたある時は良きライバルでもあり、 仕事を離れれば心を許し合える親友にもなった‥ 初めて僕が大阪人に‥ 関西人に受け入れてもらえたことが嬉しくてしかたなかった‥ そしてその時、彼が僕にくれた 『Jちゃんはそのままでおったらええねん。 恥ずかしがらんとお笑いキャラをとことん極めたらええがな。 大阪弁なんか無理することあらへんで。』‥ この言葉が僕を一気に《夜王道》へと導いた! 手前味噌ながら、他のホスト連中の知らない彼と僕との暗黙の絆は、 《彼がボケたら僕がツッコみ、 僕がボケたら彼がツッコむ》‥ 他の誰かでは真似できない、二人の絶妙なコンビネーションを生み出した。 彼によって消えかけていた《お水魂》に火が付いた僕は、 ここから快進撃を始めることになるのだが‥ そのすぐ先にはまた新たな落とし穴が待ち受けていた‥ これを《運命のイタズラ》と呼ぶのだろうか‥ だが確実に‥ ここから僕の《波乱万丈、異端道》は始まりを迎え、 そのプレリュードが奏でられ始めることになるのではあった… いやホント、 ガチでまさかのまた続くうぉっしゅ(`Х´) てかもうマジで《JAIGO》、 やめていい‥(^Х^;? 明日は更新できないかもしれないので、 今日のうちに‥ おやすみなさい‥ 皆さん、良き週末を(^.^)b
September 27, 2008
実は僕はお酒が弱いんです。 ただ好きなだけ。 でも《逃げの手段》としても飲んでいるかな‥ この《お水》辺りから、 記憶の《点》が《線》に繋がらないことが増えてくる‥ 前後関係やエピソードに虚(うつ)ろなものがやたらと多い。 この頃から夜な夜な《一気飲み》だの《チャンポン》だのと、 《正体無くしてなんぼ》の営業を重ねてきた。 《吐けば吐くほど強くなる》‥ そんな迷信を信じ込み、 吐いては記憶を失い続ける毎日‥ でも思い出せるだけ思い出して書いてみます‥ では聞いて下さい‥ 《大阪・お水時代》‥ はぁ~りきって、どおぞ~‥ 大阪に渡って数ヶ月‥ 『だから』の讃岐弁である《だけん》という言葉を、 ことあるごとに連発してきた僕は、 どこに行っても《地方出身》がすぐにバレた。 それは《偏見》‥とまでは言わないが、 バンド仲間しかり‥ 先輩ホストしかり、酔客しかり‥ 僕にはいつも《どこか冷たい風》が吹いていた‥ そんなある日、僕とバンドメンバーの一人との間に亀裂が入った。 元々は些細なことだったと思う‥ 体脂肪率の高そうな彼の容姿が、 当時のファンタジー映画かなにかの《珍獣キャラクター》に似ていた。 それを仲間の一人が指摘した。 僕も常々『似てるなぁ‥』と思っていたので、 その時はつい大笑いをしてしまった‥ それは《厳正なる静けさの中での屁》のようなもの‥ 《耐えねばならぬ》と思えば思うほど、 たまらず笑ってしまう心理だ。 彼はそのことに、ひどくプライドを傷つけられたようだった‥ その怒りの矛先はよそ者の僕に向けられた。 彼は上から目線で僕に『歌詞とメロディを変えろ!』と詰め寄ってきた‥ 結成時からのメンバーでない僕は、 バンド内での発言力はすこぶる弱かった。 しかもまったく音楽センス無し‥ 楽器でもできるなら配置替えも可能だったろうが、 せいぜいピアニカくらいか‥ カラオケ必需のカスタネットもタンバリンも、 《ハードロック》の舞台には無用であった‥ 彼もスタジオ代ばかりがかさみ、 まともに歌詞さえ付けられない僕に業を煮やしたのだろう‥ そこにはどこか《冷たい風》に後押しされた、 彼の《僕を見下ろした態度》が同席していた‥ 僕もやるだけはやったつもりだ‥ でも相も変わらずパクりだった‥ このあたりから少しずつ、 自分に音楽センスが無いことに気付いてきていた‥ そんな中、先輩バンドのメジャーデビューが決まった! 弟分の僕たちは大阪の老舗ライブハウス《七鳴館》に集まった。 その一件以来、 メンバーと顔を合わせるのは気まずい僕ではあったが‥ そこには複数の《メジャー寸前》のバンドが集結していた。 たぶん先輩バンドの《祝賀ライブ》として集まったたのだと思う。 当時のマイナーシーン(アマチュア)としては、 そうそうたる顔ぶれだった。 そのライブのスペシャルゲストとして、 まだデビュー間もない頃の《バッテン》‥ 美形のカリスマアーティスト《KIYOSHI》率いる、 現《バッテン-日本》の初代ベーシストが来ていた! 確かデビューから数年後、 音楽性の違いからとかで《バッテン》から離脱し、 渡米した《太字》さん‥ 僕は確執の憂鬱(ゆううつ)とお手伝いを忘れ、 そんなサプライズに沸く会場で女性客と一体になり、 お姉キャラで人気の男性漫画家風味で『キャーキャー』と黄色い歓声を上げた‥ アホです‥。 そして関係者の特権でサインを頂こうと楽屋に突撃したが、 その時はすでに混雑を避けるため裏口から出た後だった‥残念。 しかし僕はそこで‥ 楽屋で見てはいけないものを見てしまった‥ 《次なるメジャー》の他のバンドメンバーから、 引き抜きの話しを持ちかけられる僕らのバンドメンバーの姿を‥ 彼はギター担当だった。 僕とはわりと仲が良かった彼は、それを《いの一番》で僕に相談くれた。 どこへ行っても浮いた存在の僕には、 大阪人の彼からの相談はとても嬉しかった‥ たがその《引き抜き話》を、 少し興奮気味に頬を紅潮させて話す彼の《どや顔》‥ そいつが少し気にはなった‥ 確か…今から10年程前か‥ 高松のボーリング場のジュークボックスに、 その引き抜きの話しをしたバンドの曲をたまたま見つけた。 『あっ、メジャーデビューしたんや‥』 と少しの懐かしさと感傷が甦(よみがえ)り、 さっそくコインを投入してみた‥ 相変わらずのメロディライン‥ 刻むビートもあの頃のまま‥ 正真正銘の《ヘビー・メタル》であった… だが、そのプロモーションビデオの映像からは、 あの時のギターの彼かどうかは確認できなかった‥ その曲を聴きながら、 『成功してればいいが‥』などと考えていた‥ そのギターの彼も、ある意味バンド内では浮いた存在だった‥ あの《バッテン-日本のリーダーKIYOSHI》に、 負けず劣らずの飛び抜けた美形であった。 ゆえにそのビィジュアルからも成功の要素は十分にあった‥ 今はもう連絡さえとることはできないが… そうしてギターの彼が離脱した我らが《タメ年バンド》は、 まもなく自然消滅的解散を迎えた‥ 内心ホッとした自分もいたが、 この日をもって僕は《バンドデビュー》の夢にも終りを告げた‥ だが《懲りない男》 石田純ぺー・18才! 『バンドが駄目なら今度はピンだ!』 次は路線を変えた。 『音楽センスが無いことは認めるが、自分で曲を作らなければいい。 今度は歌唱力で勝負や!』‥てな調子だ。 そんなある日、 僕は夜の街の《師》マスターから、 『会わせたい人がいるから店に来ないか』とお誘いを受けた。 夜の華やかさとは掛け離れた昼間の店内‥ その静かで薄暗い店のステージに、 僕はその《プロシンガー》の唄を聞いた‥ 『演歌というよりはムード歌謡か‥』 《揺れる女心》を描いたその曲は、 今も僕の《カラオケ十八番》として大切にとってある‥ そしてその方の歌が始まり、僕は魅せられてしまった‥ エコーは切り、マイクさえ不用と感じるほどの声量‥ その何の誤魔化しもない甘く透き通った声‥ 今まで何百回と唄ってきたであろう《自身の代表曲》でありながら、 うっすらと目に涙さえ浮かべるほどの感情移入‥ それが僕が初めてお会いした《歌のプロフェッショナル》であった。 音楽も芸術‥センスの世界である。 今の僕は《センス》は《生まれながらの才能》だと考えている。 努力とはその才能を研磨するための手段であって、 例えば僕がいくら陸上競技で努力しても、 黒人アスリートの《才能》を打ち破ることはあり得ない。 それは音楽の世界でも同じだろう。 顔は整形によって自分好みに美しく整えることは可能であるが、 手術によって声を自分好みに変えたという話は聞いたことがない。 おそらく不可能なのであろうが、 その《声質》こそが生まれ持っての才能‥ シンガーとしての《センス》だと思っている。 ここまでの《無駄な努力》‥ と言えば聞こえがいいが、 僕のやってきた《パフォーマンス追求》は《芸術》では無かった。 そして《歌唱力》‥肝心要の《声質》は、 努力で才能を補えないことをその時悟った‥ あの時感じた『バットで頭を殴られたような衝撃』は、 今でも忘れられない‥。 そしてあれほどの才能を持つその《プロシンガー》の方が、 何ゆえに《大ブレイク》できなかったのか‥ そこには《運》‥ でもたったこの一文字では表現できないほど、 実は複雑に絡み合い‥ そしておどろおどろした芸能界の裏事情もこの時初めて知った‥ もちろん《大ブレイク》にはタイミングもある。 《同じ声質・同じ音楽性》は、同じ時代には必要とされない。 いわゆる《ブーム》‥時代背景でもあるか‥ その方には、そんな《運》が‥ つまるとこその方はすべてを克服するだけの《強運》を、 持ち合わせてはいなかったのだろう‥ ましてやそれ以前に《才能》のない僕‥ 僕はその日を境に、完全に《音楽》への未練‥ 正確には《芸能界》への夢は100%断ち切った。 そしてそれは同時に《夜王》としての階段を駆け上がる決意表明でもあった。 《半ば復讐まじり‥半ばやけくそ‥》 そんな気持ちで始まった《夜王への道》ではあったが、 まもなく僕の中の《変態魂》はスパークすることになる。 『絶対一等賞を獲ってやる!』 その誓いを胸に、 身も心も夜の街にどっぷりと漬け込んだのだった‥ ~完~ P.S 『~完~』は冗談です(^O^) いや、たまには『~続く~』以外のエンディングにしたかったのと、 読者さんに『おいおい!今から《お水》やろ!』 と、ツッコミを入れてもらいたくて‥ヾ(^O^; また六千超えたので、続きは次回にしますm(__;)m まんきっちゃん(^^ゞ いつもSunkus☆ いやマジぃ‥ 今日から俺ぇ‥ ガチでネーミング‥ 純ぺーからまさかの《JAIGO》でよろしくうぉっしゅ! (`X´) ホントわぁ‥ 恥ずかし~ねん(≧。≦;) じゃっまた(^.^)b
September 26, 2008
P.S すいません‥ また更新記録、止まってしまいました… 恥ずかしながら‥ 先日、ちょっと飛ばし過ぎた後遺症で携帯恐怖症気配気味です‥(-_-;) きっとパソコンならもっと時間を有効に使えるのでしょうが‥ って愚痴ってる場合じゃないか! 頑張ります! えっとまず‥ 《まんきっちゃん》! 毎度応援ありがとう☆ まんきっちゃんの言う通り、 皆それぞれに違うと思うんよね‥ 人それぞれに《恋愛観》も《情》も違う。 人に対しての接し方も、 《上から見下ろすような態度》もあれば、 《下から物を言う謙虚な姿勢》の人もいる。 僕の中には《謙虚な姿勢》であり続けたい自分もいるけど、 あまり謙虚過ぎても、 『かえっていやらしく感じさせてしまうかな‥』 と、迷っている自分もいる‥ 昔から《親しき仲にも礼儀あり》とは言うけれど、 『特に年下の方々への《です・ます》は、 逆に相手さんに気をつかわせてしまうんじゃないか?』 とも考えてしまう‥ いくつになっても僕には《人付き合い》は難しく感じ、 なかなか上手くいかないんですわ‥。 やはりそれが《トップの器量では無い》 それに通じているんでしょう‥ まぁまたこのあたりは、 まんきっちゃんとの《接点》からも、 おおいに勉強させてもらうつもりやけん、 これからも気長によろしくね(^.^)b そして《自由研究》あらため、 《自由行動》さん! 君が《組織の枠組み》に順応しようとするのは無理がある! それは僕が《何とかなるさ!》のアバウト主義を捨て去るのと同じだ‥ まさにそれは《違和感》‥ あなたには生涯《自由人》として、 《自由行動》を極めていだだきたい‥ そして《エアはったんじ》あらため、 《どぜうすくい》の奥義も習得して欲しい☆ 二年後の夏の《本番徳島・阿波おどり》で踊り手達の列に混じり、 一人《どぜうすくい》を踊る君に期待する‥ ちなみに僕は《ロケンロ~ラッ!》は封印しました。 最近のお気に入りは、 しっとり聞かせれる《大人のため》のバラード‥ 《大きなのっぽの古時計・ミッドナイトバージョン》だ‥ この曲には実は《三番》もあるのだが、 それはまたいつか機会があればお聞かせしよう‥ GOOD LUCK!(^.-)b えぇ~‥何の前フリもありませんが、 それでは聞いて下さい‥ 《大阪・お水時代》‥ 石田純ぺー・18歳の夏、 やっとの思いで《一発直感》探り当てた《ホスト》‥ しかし《ホストクラブ》と呼ぶには、 その店の《ローカル立地》も相まって、 若干おこがましい店ではあった。 でもしか~しっ! 僕はそこで素晴らしい《師》や、 素敵な《仲間》と巡り合うことになる‥ 《師》とはその店のトップ、 つまりマスターである。 マスターに関しても、 あまり詳しくは書けないが‥ とにかく《歌》も《トーク》も超一流! そのマスターの教えは僕の《お水トーク》‥ 今の《純ぺー・ワールド》の原点でもある。 当時マスターは40歳代後半くらいか‥ カラオケの無い時代からのいわゆる《叩き上げ》で、 僕に《ホスト》そのものより《夜の街で生きる》こと‥ それすなわち、 エンターテイナーとしての《いろは》‥ そいつを叩き込んで下さった。 僕はバンド活動との両立を目指し、 当初《週二》程度の出勤で《お水街道》を歩み始めた。 でも僕の考えは甘かった‥ まずその第一関門は《大阪弁》! とっさの時には方言が出てしまう‥ お酒が入ると特に《讃岐弁丸出し》になることがしょっちゅう‥ いまだに僕が標準語に近い言葉で喋るのは、 《あかん・ねん》の関西特有のイントネーションに、 なかなか馴染めなかったその頃の習慣が残っているからだ。 マスター曰(いわ)く、 『お客様との会話は基本的には《です・ます》。 《ご来店時》と《お帰りの際》の前後のそれは鉄則。』と。 そしてトークの展開としては、 『お客様とは一定の距離を保ちながら、 いやらしく無い程度に《です・ます》と、 ざっくばらんな《関西弁》を使い分ける。』とも‥ さらに極めつけはこれだ! 『《10》の会話の内、 《笑い・7》・《真剣な話・3》のメリハリを付ける。 笑いのネタはお客様に、 《そのネタ話しが嘘か真実なのかがわからないこと!》』 これこそが《究極のエンターテイメント》‥ 聴かせる《一夜の夢》だと教えて下さった。 しかし今思い出してもマスターのトークは《一級品》だった‥ マスターがお客席に付き、そのトーク‥ 《ワンナイト・ドリーム》が始まると、 僕は仕事を忘れて聞き入ることが度々あった‥ だがそのマスター、 けっして《男前》でもスタイルがいいわけでもない。 ただ《身なり》だけは 、いつも《ビシッ!》と決めていた。 さすが《プロフェッショナル》といった演出と接客技術であった‥ 僕はいつからか、 『俺もあんな風になりたい‥』と思うようになっていた。 そのマスターとの初対面‥ 《募集を見ました》の電話をかけたのち、 マスターは面接を兼ねて《お水未経験》の僕に夜の街を体感させようと、 営業時間中に呼び出され、 カウンターに座らされた。 僕はカウンターの中からのマスターの問いへの返答と、 《ミュージシャン》としての夢を語り、 その経費を捻出するためのアルバイト希望であることを伝えた。 するとマスターは、 『ミュージシャンを目指しているのなら、歌を聞かせてくれ』と‥ 《夜王のオーラを放つホスト達》、 そして《美しく着飾った女性客》の前で、 田舎者のこの僕が歌を披露することなどは、 とても恥ずかし行為と感じたが、 『これも面接の一環』と自分に言い聞かせ、 店内の片隅に作られた低いステージに上がった。 誰の曲だったか‥そこまではっきり覚えていないが、 《歌がヘビーに下手》なことにまだ気づかぬ僕は、 場違いなロック系の歌を選び、 しかも振り付けで唄ったような記憶がうっすらと残っている‥ そうして《お義理》の拍手を皆からいただき、 すっかりご満悦の僕はマスターの待つカウンターへと戻り、 そこでマスターから《採用》の言葉と、 『なかなかやるやないか!』のお世辞をいただき、 有頂天で店を後にした。 が、その時はまだ、 お門違いの《世の女性達への復讐》の炎を燃やす僕に、 夜の街‥《ホスト》の現実が厳しいことは、 まったく感じとれていなかった。 そして自分がこの後、 足先から頭の先までどっぷり《お水》に浸かること‥ そんなことなどまったくもって予想だにしていなかった‥ それは数ヶ月後のある日、 マスターの友人のある《プロシンガー》との出会いよってもたらされた‥ 数ヶ月後の《バンド解散後》のことであるのだが‥ まぁしかし恥ずかしい‥ 今思い出しても顔から火が出そうだ。 親父譲りの《天然》が、 あんなところで炸裂するとは‥ 『お前、アホやろ?』 勤め始めて先輩ホストに言われた言葉だ‥ その時の僕の空気の読めない《大熱唱》と、 小ぶりながらも場違いな《ステージパフォーマンス》は、 先輩ホスト達の目には《大馬鹿野郎》に写っていたらしい‥ そんな僕の《天然ぶり》が影響してか、 いつの間にか僕は《お笑いキャラ》‥ 《ボケキャラのいじられ役》として夜の街で舞うことになる‥ ちょうどその頃の《バンド活動は?》というと‥ 我々《同級生バンド》に一つの転機が訪れた。 根っから大阪っ子の彼らには、 地元《先輩バンドマン》もかなり多く、 間もなくメジャーデビューを控えた《ある先輩バンド》の《アマチュア最後のステージ》‥ そのお手伝いに駆け付けたライブ会場で、 僕らの《転機》は生まれた。 だぁーっ! また予定文字数をスペシャルオーバーしてしまった‥ 次の更新は《バンド電撃解散》から始めよう‥ では皆さん、今日も一日頑張って下さい(^^ゞ ~続く~
September 25, 2008
P.S おぉっ! 獅子丸師匠、お久しぶりぶり~(^^ゞ てか《朝一野郎二人組》だとか、 《朝一男前》とか名乗ってたハンドルネームが、 いつの間にか《朝一・獅子丸》の源氏名に‥ なんかそれを胸張って名乗る獅子丸師匠に、 思わず笑ってしまった(^O^; ありがとう、獅子丸師匠! 今日はモチベーションが低かったが、 更新する意欲が湧いて来ました! ってことで‥ほな、いきます! 《続・大阪時代》! 聞いて下さい… きっと読者の皆さんの中には、 《恋はした》と《好きにはならない》の違いを、 矛盾として捉えてる方もいらっしゃるだろう‥ 今さらながら僕の《恋愛観》を一つ‥ 《恋》は‥ 可愛いと思う気持ち、美しいと認める気持ち‥ 異性に対してだけではない。 それが芸術作品であっても、 ペットであっても使う場合がある。 僕にとって《好き》は感情移入で、 《恋》は視覚的な興味と解釈している。 ハマヤ楽器の美人講師よろしく、 美しいものは美しいと認める。 事実僕は、子犬のようにシッポを振って‥ あっいや、シッポが無いので●ンポを振って講師に馴つていった。 ちょうどその頃から《驚きの失禁》だけでなく、 子犬のような《喜びの尿漏れ》‥ 通称《うれション》を発症し始めたのだが‥。 まぁまた長くなるので《うれション》話はやめにします。 つまるとこ‥ 美しいものは美しいと認めはしたが、 《好き》とはまた別次元の感情であった‥ ただ《恋》は興味だけ‥ 今もそれだけのような気がしてます‥。 あまり長くなると何が言いたいのかわからなくり、 また脱線するのでこのあたりにて‥。 では気を取り直して‥ 《大阪・ミナミ》に拠点を置くロックバンドに在籍した僕は、 この頃《夜の街》へも進出する。 当時はまだ《求人雑誌》が有料だった。 ようやく《コンビニ》がポツポツと出来始めた時代だ。 バンド活動はなかなかにお金がかかる。 ボーカル担当の僕は、 楽器は必要では無かったが、 ローカル地域からミナミへの交通費やスタジオ使用料などなど、 それだけでも経費はかなり必要だった。 そこに《お門違いの復讐劇》が重なり、 夜の街での週二程度のバイトは《渡りに船》であった。 だが《ホスト》の社会的地位は、 当時はまだかなり低く、 同業の《ホステス》から敬遠されることもしばしばであった。 小心者の僕にはホストは《アングラな世界》に映っていた‥ だがしかし、本懐の《復讐》もある‥ 警戒心を抱きながらも、 何週かに渡って求人雑誌を購入はしたが、 なかなかそれらしい募集‥ 僕の《一発直感》が唸るような店は、 まだ見つからないままであった‥ そんな中、ある日キラリと光る《スタッフ募集》が目に留まった! 不思議な店名の前についたキャッチコピー、 《ショーパブ》であったか《ショーハウス》だったか‥ 忘れはしたが、ちょっと面白そうで触手が動いた。 そして見掛けないスタッフの《店内ポジション》‥ 確か《なんとかボーイ》‥ これも記憶が曖昧(あいまい)だ‥ しかし、だ‥ なんせ男子としては時給が破格値だった! 確か時給は《1500円》を超えていたと思う‥ 僕はその高時給に目がくらみ、即その店に電話をかけた! ♪プルルルッ~、プルルルッ~‥カチャッ! 『はぁ~いもしもし、ありがとうございまぁ~す! 《マティーのベヨネーズ》でごさいまぁ~す♪』 ……。 《なんじゃ、こりゃ‥!?》 僕は何も話さず慌てて電話切った。 女っぽい喋り方だが、 どっからどう聞いてもおっさんの声だ‥間違いない。 んんっ‥? 最後の店名を名乗るくだりなど、 昭和を代表するご長寿アニメ《アワビさん》そっくり‥ そのアニメのエンディング、 次週の番組予告の決めゼリフの《アワビでございまぁ~す♪》 このイントネーションに瓜二つ! しかし何度考えても意味がわからない‥ 『ぬぬっ‥おぬし何者だ?』などと聞けばよかったか‥ まぁしかし四国の田舎地区から出てきたばかりの18歳、 ましてや当時は《水商売》への偏見も強く、 まわりに相談できる相手もいない。 知らない世間を、 自分の持てる知識で考えてはみたが、 その時の僕に、 《ショーパブ=ゲイバー》が結びつくわけがない。 《いったいあの店はなんなんだ‥ ホストの類いでは無いのだろうか‥?》 そんな不安と疑念を抱きながらも、 《高時給&復讐心》を捨てら切れない僕は、 再度その店に電話をかけた‥ その時の胸の高鳴りは、 今でもはっきり覚えている… ♪プルルル~カチャッ! また『はぁ~いもしもし‥』の同じフレーズ、 同じイントネーションで始まった‥ 一瞬《切ろうかな‥》とは思ったが、 そこは勇気を振り絞って《求人募集を見た》と伝えた。 するとどうだ‥ さっきまでの《優しいお姉さん》言葉が突然、 《おっさん丸出しの上から目線》言葉に豹変した‥ 『なんやバイト募集かっ! ふぅ~ん、求人見たんやなぁ‥ ほなこのまま』 ガチャッ! プゥプゥプゥプゥ… 今度は《おっさん言葉》に変わるやいなや、 ビビってすかさず電話を切った! 僕は震えていた‥ 受話器を置いた後も震えは止まらなかった… 推薦入試時のパンチ親父以来の《ディープインパクト》‥ お約束の尿は漏れるどころか、 恐れをなした亀は頭部を殻(皮)の中へと引っ込めてしまった‥ 後で知ったのだが、やはりそこは《ゲイバー》だった‥ ママはタレントとしても活躍する《超有名店》であった‥ 《ゲイボーイ》… 《ニューハーフ》とも呼ばれる‥ 当時は確かに《ミスター・レディー》と呼ばれ、 一世は風靡した。 だが僕のまわりにそんな人は居なければ、 会ったことも見たことも無い‥ 数年後、 僕が勤めた《ゲイバー》で、 お姉さん(先輩ゲイボーイ)からこんな話しを聞いた‥ 『昔は《オカマ!》とののしられ、 石を投げられたり、 棒を持って追いかけ回されたりしたのよ‥ 怖くって怖くって‥ 必死で走って逃げたんだから‥』と‥ おそらく今から30年以上も前の話しだろうが、 その当時は今ほど《異端》に属するものは、 まだ認められていなかったのだろう‥ ましてや僕は田舎育ちの鼻垂れ坊主、 そんな世界と接点があろうはずもない‥。 まさに《未知との遭遇》‥ そんな刺激的な毎日だった。 僕はその時一つの学習をした。 《ショー》と名の付く店には、 男女国籍を問わず《ダンサー》が存在すると‥ 『やはりここは時給より、 復讐に徹するべきだ‥』 そう腹をくくり、 《ホスト》と名の付く店の募集を何週間か待った‥ 確かにそれまでにもいくつかホストは掲載されてはいたが、 敷居の高げな店名と、 詳しく書かれてない給与に怪しさを覚え、 何軒かを見送った。 そうして待った‥ そしてある日、 ついにつかまえた‥ 僕の《一発直感》を痺れさせる店を‥ そんな店についに巡り逢ったのだ! この後、その店の面接を受けた僕は、 そこでの《人との出会い》を発端に、 数奇な運命をたどり始める‥ そうして僕の《異端の宿命》は、 この時を境に一気に開花へと唸りを上げ始める! 次回、僕のミュージシャンの夢は《電撃崩壊》し、 新たな野望へと突き進むことになる‥ さぁここからが大変だ‥ 書けない内容が多すぎる‥ でも《一歩一歩慎重に》頑張りますんで、 続けて応援下さい! よろしくお願いしまぁ~す♪ フンガッ、フンッフンッフッ!
September 23, 2008
P.S 《インボ》さん‥遅くなりましたf(^^;) ハンドルネームを見て腰を抜かしそうになりましたが、 よく見ると《ポ》じゃなく《ボ》だったので、 ホッとしました‥d(^^;) 今日また皆さんからのメッセージを読み返していて、 胸が痛くなっちゃいました‥。 マニアなまでに通って下さったご贔屓さんに、 インボさんのようなご新規さん‥ 皆さんと一緒に《讃岐麺道》追究のため、 まだまだ頑張りたかっんですけどね‥ 力尽きちゃいました‥ すいません…m(__;)m でも今は《復活》意欲満々です! そんな皆さん‥ 新たにマニアとして、 名を連ね始めていただきかけてたインボさんに、 《飽和状態ではあるけれど、 まだまだうどん屋は健在だな!》と、 パワーアップにての復活を誓わさせて頂きました☆ 今度は極めます! 必ずあの地に舞い戻り、 一等賞を目指しますんでp(^-^)q 待っちょって下さいね! あっ、その前に‥ 《最後の晩餐》で再度お会いしたいですね↑ ぜひともよろしくお願いしますです(^.^)b それと‥後一つだけこの場を借りて、 コメンテーターさんに謝罪を‥ヾ(^Q^; 《きみどり》さん、 ラストデーは店外にての愛想無し、 失礼いたしました‥m(__;)m 僕はてっきり《手袋職人》さんの奥さんやと思い込んでたんですf(^^;) ご来店の際も手袋職人さんとほぼ同時、 お帰りの際もほんの少しの時間差で出て来られて‥ だから《よそさんの奥さんに話しかけるのは、 あまり褒められたことじゃないしな‥》と‥ 僕の意味不明な『歩いて来られたんですか?』 の質問もそのためで‥ 後日手袋職人さんと会った日に、 その《誤解話し》で大笑いしました(^0_0^) もし《最後の晩餐》に来られるようなら、 是非おいでて下さい☆ そのお話し、お聞かせします(^.^)b あっ、これ《大阪時代》はやめて《外伝》にしますd(^^;) 皆さん、元気にされてるのかな‥? メッセージは書いてませんが、 図書館の皆さん‥ ほんま大事にしてもらいましたからね‥ 毎日のように見えられる方もたくさんいらっしゃって‥ ほんまに永らくありがとうございました‥m(__)m それから《N塚》の皆さん‥ ご近所のよしみで古参の御贔屓さんが多くて‥ 現場の都合で《お久しぶり》になることも多かったですが、 近隣の時は《いつものオーダー》で応援してもらいましたよね☆ ほんまありがとうございましたm(__)m んでもって《インテリジェントパーク》界隈にお勤めの皆さん‥ お昼時はわざわざにお車でのお越し、 ありがとうございました☆ 会社名を書いて良いのかどうか判断がつきかねてますが‥ うん、決めた! これから物語の前かラストに、 時々《伏せ字》でメッセージを書いていきます! 《最後のご挨拶》や《メッセージ》を送れてないお客さんが、 まだまだたくさんいらっしゃいますしね! そうしますわ! 思いつきだらけの好き勝手ですが、 なにとぞその無礼、 お許し下さい‥ まぁこの《いい加減男》、 《出たとこ勝負のアバウト主義》ですからね(^.^)b 今日はこれにておやすみなさい☆ 明日は祭日なので、 更新量産できるかな‥ では皆さん、良き祝日を~♪
September 22, 2008
先日、孝太郎と話してて《あること》に気づきました。 僕にはどうも《天然ボケ》の要素があるようです‥ のちほど《はったんじ落城 本編》で登場する、 親父こと《いしだ☆ひろ》 実はこの人は《超天然》なんですわ‥ 例えば‥ 昔の話しですが、台風時に増水した川の水に、 『田んぼの稲が心配やから見てくるわ!』 って勝手口から出た瞬間、すぐの裏の用水路に落ち込んだりとか‥ 親父は笑いを取ろうとしてないのに、 自然に《笑いの神》が舞い降りるんですよ‥ そしてそれを毒舌《その妻おかん》がツッコミ入れると。 そんな逸話は山ほどあります。 僕はずっと《親父似》じゃなく、 《毒舌おかん似》やと思って生きてきました‥ でも孝太郎と二人で僕の半生を分析した結果、 《その波乱万丈は親父の天然遺伝子が原因じゃないのか!?》 ってとこにたどり着いたんです。 あの推薦入試の《パンチ親父殺人事件》でもそうです‥ 行く先々で《波乱》が起き、 その時その時は僕も必死なんですが、 結果的には《笑いの神・降臨》みたいになって、 それをまた《自分で自分にツッコミ入れる》と‥ それの繰り返しの人生のような気がします。 僕はここから《無職執筆活動》約二年(の予定)、 そしてまたまた50歳までの《波乱万丈の10年》 が始まろうとしています。 《いかなる苦境(天然)も、 笑い(毒舌ツッコミ)に変えて、 皆さんに小爆笑を提供する》 これはもしかするとあの両親から授かった僕の《宿命》‥ 生まれ出でた日に決められていた《使命》なのかもしれません‥ その《己がこの世に生を受けた意味》をつきとめるべく、 これからも《波乱の異端街道》を歩み続けます‥ 何とぞ今後も末永く応援ください。 では《大阪時代・続編》です。 聞いてください‥ 《ハマヤ楽器》の美人講師の《ムンクの叫び》を目の当たりにした僕は、 ボーカル教室から《電撃引退》した。 しかし《ロケン・ローラ~ッ!》としての、 飽くなき《メジャーの舞台》への夢は、 依然見続けていた‥。 その頃僕は、高松に置き忘れた感情‥ 《愛》という情に翻弄され続けていた… 当時僕は、 講義にこそ出てはいなかったが 大学の内外は問わず飲み会だけは‥ 通称《合同コンパ》にだけは参加した。 同期には、かの有名な《マザコン狂言師・元泉和弥》の妻、 今は離婚危機の姉さん女房《あの・はき》もいた。 確か彼女も《元・ミスキャンパス》 そんな《ミスキャンパス》エントリー陣の飲み会にも参加させて頂いた。 当時まだタレントではなかった《あの・はき》ちゃん。 故にあやふやな記憶ではあるが、 たぶんご一緒させて頂いたことがあるような気がする。 だが、どんなに《合コン》に参加しても‥ いかなる女子とまぐわっても‥あっいや失敬! いかなる女子と交わっても、 《シャボンの憂鬱》‥ 高松残留思念からは逃れられなかった‥ ある日の夕方、 沈む夕陽に憂鬱が止まらない僕は、 シャボンに電話をかけた‥ でも、つながらない‥ 夜まで何度もかけた‥ だが取り次ぎさえしてもらえない‥ 《もう一度だけ話したい‥》 居ても立ってもいられなくなった僕は、 真夜中の阪神高速を一路《神戸・青木》に向かって車をぶっ飛ばした‥ 当時はまだ瀬戸大橋は無く、 帰讃には新幹線経由で瀬戸の船旅‥ 片道約六時間を要した。 《朝まで待っては居られない‥》 車を持たない僕は愚図る先輩を説き伏せて、 24時間発着便のある《青木港のフェリー乗り場》に送ってもらったのだ。 高松に着いたのは朝だった‥ 僕は彼女の退社時刻をひたすら待った‥ ある種《情熱的》‥ でも今の時代なら、ただの《ストーカー行為》‥ だがその当時、そんな言葉はまだ無かった‥ 翌日だったか、何日か待ったかは覚えてないが、 やっとのことで彼女にお目通りが叶った。 僕は心の中を全部彼女に吐露した‥ 今になって考えれば、 彼女の向こう側には《新たな恋》が存在したのだろう‥ そんなことは《おくび》にも出さなかった‥ 内容までは書けないが、 大人のあの人から未練がましい僕に、 《最後のきつ~い一発!》‥ ガキんちょの僕は開いた口が塞(ふさ)がらなかった‥ 大阪に舞い戻った僕は、 その日を境に《女への復讐の鬼》と化した‥ 己の所業は棚に上げ、 その時のあの人の言葉に優しさを汲み取れなかった僕‥ 石田純ぺー18歳、 《若輩者》のある夏の日の不埒な誓いであった‥ …。 ちょっと失礼っ! 腹が減ったのでカップ麺を食ってきます。 15分ほどお待ち下さい‥ ゴホッゴホン! えぇ~‥失礼しました! では気を取り直して再開します‥ (お門違いの復讐を誓った僕は‥) そうして間もなく《夜王》を目指して夜の街の門を叩き、 僕の《お水珍道中》は始まりを迎える。 その頃だ‥ 《ミナミ》が活動拠点の、まだ《産まれて間もないロックバンド》に、 ひょんなことからボーカルとして迎えて入れられた。 そのバンドは僕と同い年ばかりのメンバー構成で、 やはり彼らもメジャーシーンを夢見ていた。 しかしさすがは大阪! 同い年と言えどレベルが高い! ギターのテクニックもドラムのビートも、 何もかも違った‥ 演奏曲もすべてオリジナル! まだ歌詞のないオリジナル曲の演奏収録のテープを渡され、 《歌詞とメロディーをつけろ》と‥ しかし苦痛だった‥ いくら曲を聞いても歌詞など浮かんで来やしない。 何事も形から入る僕は、 その《ステージパフォーマンスの華やかさ》‥ それだけしか追いかけていなかったのだ。 だがまだそのことに気づかぬ僕は、 歌詞はいろんな曲から少しずつ、 そしてメロディーは昔聞いた歌謡曲のパクり‥ ♪ 《どしゃ降りの真夜中のハィウェイ‥ 乾いた風を切り裂いて‥ 傘もささずにレッゴ~‥》 こんな雰囲気のめちゃくちゃな歌詞しかつけられなかった。 雨の日の風など乾いちゃいないし、 高速道路は歩行者禁止だ。 しかも《キー》はまったく合ってない。 その時あたりから、 薄々自分の《音楽センスの無さ》は感じ始めてはいたが、 認めたくない自分もいた。 《きっと彼らとは音楽性が違うんだな‥》 そんな現実逃避も試みた。 そうした中、 ミュージシャンとしての《メジャーデビュー》と、 お門違いの《女子への復讐》の両立を果たさんがため、 週二日程度の勤務で《夜の街》への第一歩を踏み出した僕‥ 次回はその回想を中心にお届けしよう‥ ~続く~
September 22, 2008
この頃、時を同じくして僕は《夜の街》にも進出する。 が、その前に… その時の僕は高松に置き忘れたものがあり、 その心残りにずっと苦しんでいた‥ 《なんでや‥?》 いくら遊んでも、他事をしても気が晴れない‥ 一人になると考え込む ‥ それが夜ともなると胸の痛みが倍増した‥ 眠れない… これまでの僕は、 わりとライトに女子とは接して来たつもりだ。 それは今も変わりないと思う。 それに《移り気》なはずの自分‥ こんなふざけた男なのに、 その時ばかりはどうもおかしかった‥ 実は高松を離れる前に、 一つの別れがあった‥ 先方さんの立場もあるので、 あまり詳しくは書けないが、 少し年の離れた大人な方だった‥ あの頃は‥高松で居た頃は、 《女性に翻弄される》こと‥ それが悔しかった‥ それもまた今も変わり無い。 だがそれは後になって考えると、 自分の感情をコントロールできなかっただけなのだが‥ その時は理由もわからずに他に逃避した‥ 《女を好きになっている自分》‥ それを認めたくなくて、 《女子に翻弄されている自分》‥ その苛立ちを隠すために自分を誤魔化し続けた‥ 僕にはトラウマがあった。 中学一年の時から、 《失恋街道まっしぐら》を突っ走って来た僕は、 《二度と女なんか好きになるもんか!》 そんな決め事をしていた‥。 でもこの世には《男と女》の二種類しか存在しない。 口をきかずに生涯過ごすことも難しい。 《でも相手を好きにならなければ済む話》だ。 頑(かたく)ななまでのその誓いに、 女子とは軽いノリで微妙な距離を保ってきた。 が、その人は違った‥ こんないい加減な鼻たれ坊主にも、 一生懸命《情》を注いでくれた‥ 僕も《人の子》‥ しかも《弱冠17歳》‥ いくら頑なな決め事があるとはいえ、 少しずつ‥ その決め事が崩れかけていた‥ その時初めて感じた《不可解な感情》‥ 自分の気づかないうちに《誓い》は破れ、 完全に人を《愛》してしまっていたのだ‥ 僕は涙を見せるのも嫌いだ。 人前で凹んだ顔を見せることも。 今回の倒産劇‥《廃業》に際しても、 強いて言えば、孝太郎くらいか‥ あいつは四六時中一緒に居たから、 僕のそんな姿も何度かは見てはいるだろう。 だが、ここ一番‥ 人前に出られないほどのぐだぐだな時は、 『今日は外してくれ‥』と、 《お人払い》をしてきた。 恥ずかしながらこの数年、 何度も《死》を意識してきた‥ が、人前に出ると《のほほん》と‥ 《へらへら》と笑っている。 恐らく僕の本気印の《涙や憂鬱(ゆううつ)》を知る者は、 この世には存在すまい‥。 そんな強がりが、 時にあらぬ方向へ飛び火してしまう‥ 僕は根っからの《小心者》‥ だから仕方が無いと思う‥ さっ、ごちゃごちゃ言ってないでいきまっす! 《大阪時代・ロックンロール編》 『どうも高音域の声が出ない‥』 その問題を克服するため、 僕は大阪・ミナミの、 《ハマヤ楽器》のボーカル教室に入会した。 さすが日本を代表する楽器メーカー、 ミナミのビルも大きかったが、 講師のお姉さんは、ずば抜けて美しかった! 週に二度ほどの《レッスン》‥ 確か授業に数回は出たと思う。 だが、僕は最後の日のシーンしか覚えていない‥ 前面が鏡バリの防音設備の整った部屋が、 僕のシャウト(叫び)の練習場所だった。 最後の日‥その日僕は遅刻をしたんだと思う‥ 僕がそのスタジオに着き、 入り口の丸い窓ガラスから中を覗くと、 たぶん10人くらいか‥ もっと居たかもしれないが、 その生徒達が皆、鏡に向かって発生練習をしていた。 講師のお姉さんの、 『あ・え・い・う・え・お・あ・お‥はいっ!』 の掛け声に生徒の皆が続く‥ ちょうどその時、僕はスタジオの中へと入った。 『あ・え・い・う・え・お・あ・おっ!』 その生徒達の発声練習を目の当たりにした僕は、 《貴様ら、なんだその顔は‥!》と、 思わず心の中で叫んだ! 必死に発生練習をする生徒達の口の動きと表情に、 驚きと戦慄(せんりつ)が走った‥ あの表情はなんて言うんだ‥ 《ウィーン少年少女合唱団》か‥? それとも《ハムレット》か‥ まさに《オペラ座の怪人》揃い踏み! 僕にはあの口の開け方は恥ずかし過ぎて、 とてもこなせるレッスンじゃなかった‥ 物陰に隠れるかのように、 僕は生徒の塊の後ろの方に陣取った。 先ほど入って来た時にチラッと見た、 美人講師の笑顔がまぶしかった‥ 『石田君、貴方には才能があるわ‥ 間違いなく10年に一人の逸材よ。 先生の目に狂いは無いと思うの‥ ねぇ、今夜先生の家に来ない? 貴方にだけ個人的に高音域の出し方を、 教えて‥あ・げ・るっ♪』 『せっ、先生‥ 本当にいいんすか‥!?』 『何を遠慮してるの? さっ、上がって。 訪ねて来る人もいないしね‥ 独り暮らしってけっこう淋しく感じるものよ。 あっ、散らかってるけど気にしないで。』 『いえ、全然綺麗っす! それに‥先生の香りが‥』 『もぉ‥このお馬鹿さん! ませたこと言ってないで‥ さっ、レッスン始めるわよ。』 『せっ、先生‥ ぼっ、僕‥ソプラノ域の声が出なくて‥』 『ソプラノは‥ 先生でも難しいわ‥。 ほら先生、少し声がハスキーでしょ。 だから学生の時もテノールと間違われたくらい‥ あはっ、女なのにテノールっておかしいでしょ‥ でも一つだけ‥ ソプラノを出すコツがあるの‥』 『せっ、先生! そっ、そのコツってなんですか!?』 『その方法は‥ 先生の秘密のスイッチ。 そのスイッチを押せば‥ ハイトーンのソプラノが‥』 『ふんがぁーっ!! ぼぼぼっ、僕がそのスイッチを‥ 押しちゃったりしちゃったりしても、 いいですかぁぁーっ!!』 《石田君‥石田君っ? もしも~しっ! い、し、だ、くんっ!》 僕は白昼夢を見ていた‥ その美人講師の《前へ》と促(うなが)す声に、 我に返った‥ 僕は腐っても《ロケン・ローラ~ッ!》‥ その音楽性違いから歌劇並みの発生練習の恥ずかしさに、 声にならない声で口をパクパクさせていただけだった‥ 僕は前に呼び出され、 先生の正面に立たされた‥ しかし何度見ても可愛い‥ まだウブな僕には、 真っ直ぐに先生の目を見ることはできなかった‥ 《今から私の発声に続け》と‥ そうして始まった衆人監視の《プライベート・レッスン》‥ 『あ・え・い・う・え・お・あ・お‥はいっ!』‥ がっ、『でっ、出たぁ~オペラ座の怪人!‥ 貴様もかぁぁーっ!!』 《百年の恋も覚める》とはこのことか‥ そうしてその日を最後にその《ボーカル教室》に、 《FA宣言》の届けを出し、 僕は自由契約となった‥ しかし石田純ぺー・18歳、 まだまだミュージシャンへの飽くなき夢は続いた‥ そして次週、 《夜の街》の門を叩いた僕に、 恐怖の罠が待ち受けていたのであった‥ ~続く~
September 21, 2008
《大阪時代・突入》‥ ここまで色々書いたけど、 おかんの知らないことばかりだし‥ ここから先も見たらびっくりするやろなぁ‥ まぁしかしこの男、 いい加減なもんですわ。 とりあえず‥ おかん、そして先生方を始めとする当時の皆さん、 でもって未来の後輩さん達、 ほんまにごめんね~‥ ここからもっと《コア》な内容に‥ 《異端》の核心に迫るけど、 お許しくだされ、皆々様… さぁ~行きます! 《大阪時代》突入~‥ ここまで書いてきたことは、 ほんとは大したことじゃない‥ 《落ちこぼれの進学》と、 《ジキル&ハイドな高校生》 この二つを楽しんで頂だいただけだ。 しかしここからは《変態本領発揮!》‥ あっいや《異端開花》を理解して読んでもらえばと‥ 半ば《フィクションじゃなかろうか‥》‥ そのよう解釈いただければ幸いかと‥ そのように考えてます‥ とにかく放送禁止なエピソードばかりなので、 その《禁止ワード・禁止ネタ》の網をかいくぐって、 進めていきます! 一つ違えば《一発敗退》‥ そんな危険をはらんだ《大阪時代》です‥ 聞いて下さい… 《大阪時代》‥ 昭和63年春、 二度目の入試でリベンジを果たした僕は、 《某阪芸術大学》に晴れて籍を置いた‥ でも《入学した》とは敢えて書かない。 なぜなら‥ ここで再度《恋愛》だ… こいつが関連してくる。 僕はたくさん《恋》をした‥ それは《消えては返すシャボン玉》‥ でもその中に、 たった一つだけ‥ 《割れないシャボン》が存在した‥ 旅立ち前に感じた《違和感》‥ 僕は知らぬ間に‥ 人を愛してしまっていた… しかし《人を愛する意味》を‥ その言葉の意味に気づいたのは、 もう少し後になってからのことだった‥ まず入学前に大阪に乗り込んだ僕、 親父こと《いしだ☆ひろ》、 そして《その妻おかん》の御一行様は、 僕の在学中の住みかとなる《下宿先》を探した。 初めての《一人暮らし》ということで、 どちらかといえば僕よりも引率の二人の方がテンパっていた。 テンパり過ぎた二人は、 《お家賃月々12000円》の破格値アパートをチョイスした。 あまりの安さはその建物の築年数‥ そのお化け屋敷さながらの《激安アパート》に、 僕は住まわされることとなった‥ 《何事も形から入る僕》 ではあったが、親の支援に逆らえまい。 泣く泣く現地を見に行って、今度は僕がテンパった! 『なんじゃこりゃ~‥』 大家は大阪南部に広大な田畑を持つ専業農家。 どっからどう見てもその築年数、 《おおよそ半世紀は経過してるんじゃなかろうか‥》 といった趣(おもむき)のそのアパートは、 以前は牧畜も営み、 《その家畜舎を改築したんじゃなかろうか‥》 という風情まで醸(かも)し出していた‥。 恐る恐るその薄暗い建物の中に入って二度びっくり! まさに独居房‥ いや《強制収容所》と呼ぶがふさわしいか‥ 築数十年とおぼしきその物件、 床にはフローリングもカーペットもなく、 六畳あるかないかの間取りの中央には、 無造作に《入院患者用の緑のパイプベッド》が置かれてあった‥ 『マジかよ‥』 僕はその時あることを初めて知った! 豚が横たわるのにも苦労しそうなその部屋に、 僕が感じた強烈な圧迫感‥ それは‥ 僕は《閉所恐怖症》だったのだ! 18年もの長きに渡って好き勝手に生きてきたが、 まったく知らなかった‥ まったくもって気づいてなかったのだ‥ その時僕の目の前には、 《いかにも狭苦しそうに 横たわって、 子豚に母乳を与える母豚》‥ その姿がフラッシュバックしていた‥ 『間違い‥ここは元・豚小屋だ!』 それは自信というより確信だった‥ しかも当然その安さ、 風呂もトイレも共同だ。 部屋数は20は越えていただろう‥ 最低20は下宿するそのアパートに、 《和式便器一つ》と《家庭用の浴槽一個》は無茶だろ‥ 『こんなとこに閉じ込められたら窒息しそうだ‥』 そうは思ったが‥ そこは耐えるしかなかった‥ 『仕方ない‥親の金だ‥。』 こうして住まいは決まった。 はっきり言って、 《あの設備、この狭さで12000円は高い》と思ったが、 『まぁメジャーデビューまでのわずかな期間だ‥ 我慢するしかないべ。』 と、耐えることにした。 そうして入居と入学手続きを終えた僕の、 《とんでも大学生活》はスタートした。 四月前か‥忘れたが、 《ガイダンス》とか呼ばれる授業選択があった。 そこもはっきりしないのだが、 確か《授業プログラム》は自分で組んで、 学校に提出するのだ。 そうして講義の日程が決まる。 僕はその《授業プログラム》を一回生の時点で組んでなかったのだ。 つまり《受ける授業がない!》 入学直後に《留年確定》だった‥ それでも数回は講義に出た。 同じアパートに、同じ学部の同期がいた。 他の同期にどんなやつが居るのか知りたくて、 そいつの講義に二度ほど付いて行ったことがある。 各生徒の名前を呼び、 出席を取るのがその大学の慣(なら)わしらしい。 そいつの紹介で何人かと外でも会話する程度にはなった。 確か数度目の別の講義に付いて行った時、 例の出席点呼が始まった。 その時そばに居た他の生徒に 『あれれ‥? 君、今名前を呼ばれなかったよね‥? ぬぬっ‥おぬし、何者だ??』 などと不思議がられてからは、 二度と講義に付いて行ってない。 さすが芸術大学! その手の《不思議君》も多かった‥ 不思議君に不思議がられて気分を害した僕は、 たまに学校食堂へ飯を食いに行くだけとなった。 後は同じアパートの同期の仲間達と、 夜な夜な麻雀にいそしみ、 昼は昼で《銀玉投資家》として活躍していた。 しかし僕の夢‥ ミュージシャンとして《メジャーデビュー》に向けて、 それは確実に‥ そして一歩づつ‥ 階段を登って行った‥ 僕はミナミの《某(なにがし)筋》の、 ハマヤとかハヤマとかいう楽器店のビルにあった、 《ボーカルスクール》に通い始めたのだ! 講師は美しい女の先生だった‥ 年の頃なら23~4、 音大卒か元ビジュアルアイドルかといった雰囲気の、 せくすぅい~レイディー‥ 受付で会ったのか、 授業風景を見学したのかは覚えてないが、 なんせその先生に歌を‥ 歌や色々なことを教えて頂きたくて、 一発入会サインをした。 だがまだその時点でも、 歌がヘビーメタルに下手なことに気づいてなかったのだ‥ この後、 己が才能の驚愕(きょうがく)の事実を目の当たりにすることとなる‥ そして自分の中に芽生えていたものが、 なんだったのかも‥ まもなく知ることになる… ~続く~
September 20, 2008
《大阪時代・突入》‥ その物語を前にして、 僕は一つ忘れ物をしている‥ 先に僕は自分を《浮気症》と書いた‥ だが本来は《浮気性》と書く。 それは意図して書いた。 なぜなら僕はそんなに器用じゃなく、 浮気な性質は持ち合わせていない。 消えては返すシャボンのように、 いつも《恋》は割れた‥ 割られて跡形もなく消え去った‥ 失恋ばかりの青春時代であった… 一つの恋が終わり、 そしてまた次の恋をした‥ ただそれを繰り返してただけ‥ 人間には《嫉妬心》という感情がある。 僕はこれが大嫌いだ。 嫉妬するのもされるのも。 僕の中ではそれが人として最も《醜い感情》だと信じて疑わない。 誰になんと言われようがそれは絶対に譲らない! 僕は成功者を見てもひがむことはない。 お金にも物にも執着がないから。 億万長者を見ても、 『すごいなぁ!きっとビジネスに才能があるんだろう!』 とは思う。 でも羨ましいとは思わない。 高級車を乗った人を見ても、 『すごい性能やなぁ‥ どうせ乗るならやはり高級車か。 確かにかっこいい!』 とは思う。 だが、自分が乗るなら雨風しのげりゃなんでもいい。 お金や成功に《嫉妬心》は皆無だ。 だが、たった二つ‥ 《嫉妬心》を抱く対象物がある。 一つは《自由》だ。 社会の枠組みにも俗世にもとらわれず、 自由奔放に生きる《自由人》‥ そんな姿を見れば、 《俺もあぁなりたい》 と羨ましく思う。 だから事実そんな生き方を目指している。 でも《妬み》の域には達していない。 考え方を変え、プライドを棄てれば、 誰の手にもすぐ届くから。 しかし最後の一つは厄介だ‥ それは《恋愛感情における嫉妬心》‥ いわゆる《焼きもち》だ。 小学生の低学年のあたりか‥ 《嫉妬・妬み》の他を羨ましいと思う気持ちに、 嫌悪感で吐き気を催した‥それが最初だ。 子供の頃は比較的《感情》を表に出すもので、 僕の所有物に同年代の子供達が、 《いいなぁ‥》とか《羨ましいなぁ‥》 と言う言葉を投げかけられたことがある。 僕も他に対してそんな感情を持ったこともある。 とても気持ちの悪い感情だった‥ それは言葉に表現のしようがない。 そんな晴れない気持ちに煩わしさを感じ、 いつからか封じ込めた。 簡単だ‥それは所詮《物欲》の範疇。 興味を捨てればなんでもない。 だが問題は《恋愛》だ‥ 対象物は物ではなく、 人間‥《異性》 恐らく《種の保存》の本能から枝分かれした感情だと思う‥ だから抑制するのはとても難しい。 相手に対して《独占欲》に《顕示欲》‥ 極みは《性欲》までついてまわり、 それは《束縛》と化す‥。 こよなく自由を愛する僕だ‥ 自分に対しての《束縛》は苦痛以外の何物でもない。 だが自分はどうだ? 相手を束縛しなかったか? 嫉妬心はいだかなかったか?? 若き日の僕はその感情を、 時折出してしまった‥ 醜い‥実に醜い‥ 幼き日に封じ込めたはずの感情も、 本能にさいなまれた色恋の舞台では、 隠しきることができなかった‥ 回りくどいね‥ ここも単刀直入に書こう。 要は《自分は嫉妬されることは苦痛なのに、 相手にはその感情を出してしまった》と。 その感情の封じ込め方がわからなくて、 気持ちを分散させる方法しかとれなかったと‥ それが結果的に《浮気症》を引き起こしたと‥ 《人を愛する》という意味‥ それに気づいてしまったから‥ 《愛》とは‥ それは相手を思いやる気持ち‥ 自分の中に芽生える《嫉妬心》との闘いでもある‥ だが若き日の自分‥ いや、未だ四十路の僕でも‥ まだこなせていない‥ そんな自分がみっともなくて、 他に気持ちを分散させてしまう‥ それが《浮気症》‥ けっして根っからの《浮気性》ではない‥ 手前味噌ながら、 僕は《一途》だ‥ ただ不器用なだけだ‥ すいません‥ 僕の《恋愛観》、 思いの丈をつづってみました。 ここから入る《大阪時代・お水編》には、 どうしてもこの《恋愛観》が必要なんです。 ご理解下さい。 そしてその後、 究極の《異端道》に突入するのですが、 そのカミングアウトをすべきか否か‥ 今はまだ思案中です。 ここまでもそうだったんですが、 大阪時代はとにかく書けない話が多くって‥ 《どれなら書いても許されるのか‥?》を模索中です‥ もちろん《流れに任せて出たとこ勝負!》は慣行します。 『どんな事件も‥どんなスキャンダルも、 《純ぺーワールド》を駆使して、 面白おかしく展開してやろうじゃないの!』 と、意気込んではおります! トークシーンなどの《小爆笑》な誇大表現は別にして、 全て実話に基づいた回想録ですから、 何が飛び出しても《ドン引き》はしないで下さいね‥ヾ(^Q^; ここは《外伝》としてペンを‥ 指を置きます。 P.S 《虎の穴EXP》さん☆ めちゃくちゃ遅くなってしまいました‥ すいませんf(^-^; 最後は僕のほんのちょっとの判断ミスで、 目の前で握手できんかったですね‥ 無茶苦茶後悔しとります‥ あの日のガラス越しの声援、 胸に突き刺さりました‥ 前日まで躊躇していた《タイガーマスク》‥ あの声援がきっかけで決心がつきましたから‥ 《素顔のままじゃ、泣いてしまうかもしれんな‥》 ってですね。 ほんまにありがとうでした(^^ゞ 是非とも《最後の晩餐》、 ちょこっと覗いて下さい! 会社、近いんすから皆さんで帰りにでも☆ 美味いおでんを用意しときますぜ(^_-) あの時できなかった握手もありますし(^.^)b それじゃくれぐれも事故には気をつけて、 頑張って下さい(^o^) 長らくの応援、ありがとうございましたm(__)m じゃ~次から《大阪時代》の本編に突入します☆ またまた長くなりそうですが‥ 我慢して下さいm(__)m 今日は台風の影響で、 少し予定が変わったから、 二つくらいは更新できるかな‥
September 19, 2008
今日の午後からまた忙しい毎日になるので、 いけるとこまで突っ走ります! 《kmorita》さん、応援ありがとうです! こちらにいますか? 今日か明日に会社に伺います☆ 腹が減って腹が減って‥ お茶は持参しますんで、鰻重がカツ丼よろしくです! 特上四人前! 僕と家族の分です。 一個はそこで食べます! ちなみに孝太郎はバナナが好物なんですが、 僕らが訪社の際は《玉ねぎ》を与えて下さい! 皮を剥いてる間は大人しいので邪魔になりませんから… なんっつて(^.^)b さぁ~て、もういっちょいきます! なんとしてもこの更新で《高校卒業》しちゃいますんで、 長くなっても辛抱下さい☆ 《高校卒業》‥ このところ《異端》という言葉を使ってない‥ なぜなら僕自身は《異端児》より、 《変質者》という表現が適切だと思っているから‥ しかしのっけから、 《石田純ぺー・変質者伝説》 というタイトルはどうだ? こんな汚れた俺にも、親や兄弟がいる‥ 読む側も、よこしまな期待でこっそり読むることになるだろう‥ 俺が一番危惧しているのは《無職旅》の途中、 『石を投げられたり、通報されたりはしないだろうか‥』 ということだ‥ 本当はありのまま《変質者伝説》と書きたい‥ 日没間際の瀬戸内海で、 夕陽に向かって叫びたい‥ 『俺は変態だぁぁーっ!!』と‥ きっとすっきりするだろう‥ が、ここからは敢えて、 《異端児》という言葉を使っていこうと思う‥ ご理解いただきたい‥。 気を取り直して‥ さっいきます! 卒業後の進路として選択した、 《某阪芸術大学》‥ ここの文学部を進学先に選んだ僕は、 早速受験資料を取り寄せた。 時は秋口‥おそらく10月に入っていただろう‥ その試験日程の初回受験日に、 11月初めに行われる《推薦入試》という項目を発見した。 まだ創立四年目の新設校、 前年に一期生が巣立ったばかりで、 他大学へも《推薦枠は無い》との話だった‥。 僕はまた小さな《企て》を起こした。 僕は《元生徒会長》、 この肩書きを利することはできないものかと考えた‥ 確かそんな話を担任にしたと持ち掛けたと思う‥。 《11月中に進路が決まってしまえば、 後は学校なんか行くもんか! 遊んでやる‥ 遊んで遊んで遊びまくってやる… 見てろ‥ハハハハハッ~!》 まったく不埒(ふらち)な男だ‥ そうして某かのお墨を付けてもらったような気がする‥。 試験の日程は確か二日間。 《受験滞在》と称して、 一週間の公休を申請して怒られたことは覚えている。 そして受験日が迫り、 僕は高松の地を後にした。 小学校の修学旅行以来の《大阪》だった‥ 確かその修学旅行で大阪城に行った‥ 僕はお土産に《木刀》を買おうとして、担任に怒られた‥ ふてくされた僕は大阪土産を買わなかった。 代わりに、京都への移動の新幹線内で、 ウォータークーラー側にあった、 《粉薬の袋のような紙コップ》をどっさり持ち帰った‥ それを大阪土産にしたのだ。 あの時以来の新幹線だった‥ 車窓から見える街並みが、《大都会・大阪》を予感させ、 《石田の家から離れられる‥ 今度こそ真の自由だ!》 の心境に胸がうち震えた‥。 大阪に到着した僕はまず、 駅構内のトイレで吐いた。 今でこそ船の揺れさえ心地良く感じるようになったが、 当時はまだ子供の頃からの《乗り物酔い》を克服できてなかったのだ。 そこからどうやって過ごしたかはわからないが、 たぶん前日か二日前の大阪入り‥ 僕は自分の面の割れてないその街で、 思いっきり《デビルウィング》を伸ばした! 場所は大阪《天王寺》、 路面電車の走る下町情緒溢れたその街で、 僕は《銀玉遊技場》に入った。 当時学生で資本金の少なかった僕は、 高松では少額投資で資産を増やせる、 《普通》を打っていた。 が、ここは《阿倍野区天王寺》! 難波・梅田とまではいかなくとも、 向こうにくらべりゃ大都会! しかも親が多めに持たせてくれた旅費がある。 ここで資産を増やさない手はない! 僕は一発逆転《熱狂》と呼ばれるカタカナ商品をチョイスした! が、ご存知の通り高校生で少額資本しか持たない僕は、 高松では《熱狂》に一度か二度しか投資したことがない。 また各遊技場によってかなり《システム》が違った時代だ。 今のように平均的なシステムでは無かった‥ 『まぁ考えても仕方が無い。 わからなきゃ店員さんに聞けばいいか‥』 そんな軽いノリで《熱狂》を打ち始めた‥ するとビギナーズラック的なものか、 すぐ《大熱狂》し始めた。 『うぉ~っ、俺は天才かもしれん!』 そんなことを考えながら嬉々として興じていた‥ そしてワンクール終了した。 が、まだ《太鼓》は回っていた‥ 『さっ、決済するか!』 と立ち上がろうとした時、 またまた《大熱狂》が始まった! いわゆる《留年》‥ カタカナ隠語に直せばわかるはずだ! 『おぉっ!もしかしたら、これで生計を立てられるかもしれんぞ!』 僕は小躍りしながら着席し直した。 『やべっ!プラスチックの貯金箱が満タンだ!』 そう思い店員を呼ぼうとした瞬間、 後ろから怒号が響いた! 『われ、なにさらしとんじゃーっ! 手ぇ、離さんかい!!』 部室での先輩以上のどでかい声に、 またまたびっくらこいてしまった! その中年店員の顔がまた怖い‥ しかもプロの《パンチパーマー》であった‥ とても普通の人には見えない‥ ビビった僕は固まってしまい、手が離れない‥ お約束通りの尿漏れはすでに起こして後だ‥ しかもその時は、水不足も一発解消の《過去最高雨量》を記録した… 確か店員に手をはたかれたと思う‥ たぶん《決済》はしてもらったが、あまり覚えていない‥ 都会の恐ろしさを痛感した僕は、 複雑な思いを抱きながら、すごすごと宿に向かった‥ そして、その時の複雑な心境が苛立ち化し始めながらも、 推薦入試初日の日程は終えた‥ やはり何度考えても腹が立つ‥ 『俺、客やん‥ なんであんな言われ方されないかんのや‥』 ムカついて眠れなかった‥ 『よしっ!明日リベンジや! 今度はこっちからあのおっさんの揚げ足救ってぎゃふんと言わしてやる!』 僕は翌日の試験日程はすっぽかし、 刺し違える覚悟でその遊技場へと向かった! ところが‥だ。 大都会・天王寺には遊技場がたくさんある‥ まして土地勘も無い‥ 何軒かまわったが、どこだったかわからない‥ 『ここだったような気がするが‥ でもパンチ親父がいない‥』 《放浪癖》のある僕‥ 結構歩いたような気もするし‥ 結局、どこだったかわからなかった‥ 悔し紛れに、 『あんな態度やけん、首になったんやろ! ハハハッ!!』 そんなことを思った記憶がある‥ 『試験も飛ばしてしもたし‥ ここはいっちょ資本の増産に励みますか!』 てな案配で、その日僕は投資家となった。 ところが!だ‥ やっちまった‥ 資本が減り始めてムキになり、 少しのジャリ銭を残して全部いっちまった‥ 幸い宿と帰りの切符は問題無かったが、 飯も食えなきゃ、大阪駅まで行く金も無い‥ しかも投資にいそしんで試験をすっぽかしている‥ 『金は落としたことにしよう‥ でも試験のことは、なんて言い訳すりゃいいんだ‥』 『風邪は月並みだ‥ あっ、そうだ! こっち(大阪)で変わった物を食って、 腹を壊したことにしよう‥ それなら高熱が出て動けなかったことにできる!』 まさに言い訳をさせたらプロだ‥ 《言い訳》で飯が食えるかもしれん! その時はまだそのテクニックが、 ホストで通用することは知るよしも無かったが、 ひょんなとこで人の才能ってのは開花するもんだ‥ 結局残ったジャリ銭で実家に電話をかけ、 大阪の親戚にお金を貸してもらい事なきを得た。 せっかくのお墨を付けてもらった《推薦入試》も、 当たり前に見事不合格であったが、 2月の一般入試でリベンジを果たした。 しかし…あの《パンチ親父》のおかげで回り道をしてしまった‥ もう一度、あの親父に会いたい‥ 確かに、あの時はムカついて眠れなかったが、 今度は会えたら礼を言いたい‥ もしあのパンチ親父さんがいなければ、 今の《僕》は《僕》でなかったかもしれないから… ありがとう、パンチ親父さん‥ 二十数年の時を経て、 あなたに今‥ あらためて感謝の意を‥ つくづく僕は《幸せ者》やと思います‥ こうしてまたまたなんとかかんとか、 《無事卒業》と《見事進学》を果たした僕。 昭和63年春、 生まれ故郷の高松を後にして、 《大学進学》を名目にした波乱の大阪時代に突入するのである‥ しかしこの時はまだ、 《波乱万丈の異端児伝説》 が始まろうとしていることなど、 知るよしも無かった… P.S やったぁぁーっ!! 《とりまノルマ》達成~! \(⌒Q⌒)/ 皆さん、愛想無しにてすいません‥m(__;)m 今日からまた少し忙しくなりそうなので、 これからの更新はぼつぼつに‥ が、内容の《濃いぃ~》ものに仕上げていきます☆ まだ八月中のコメントに、 お返事できてない方々もいらっしやいますしね(^^;) ここからは、ぼちぼちになっちゃうんですが、 なるべく誤字脱字と、 言い回しのおかしくないように見直しもしていきます! 雑な作品にお付き合い頂き、ほんとうにありがとうございました(^。^)b またここからも応援して下さい☆ ☆☆☆☆☆よろしくお願いいたしま~す☆☆☆☆☆
September 18, 2008
《大学進学》‥ 《ミュージシャン》‥ 自分にその才能など無いことに、 まだ気づいてなかった当時の僕は、 その《夢》を追うために、 またまた姑息な手段を使って《東京》か《大阪》‥ そんな夢に手が届きそうな街を目指して、 踏み台としての大学進学を目論んでいた‥。 僕は《大学図鑑》を何度も繰り返し見た‥ 必須科目の少ない大学は、かなりあった。 が、僕の《一発直感・第六感》を唸らせるような大学は、 まだ見つからないままであった‥ そこには少しの《見栄》が同居していた‥ 正確に言えば、まだ《日本男児の心得》が‥ 《大和魂》が芽生えて無かったのだ‥ 『もしミュージシャンで食えなければ‥』 その時の保険のために、 少しでも就職に有利な大学を探していた‥。 ここまで何度も何度も《一発逆転・乗るか反るかの大博打》に、 その時までの勝負をすべてかけてきた僕だが、 それがこと、将来のこととなると… いささか小心者を露呈する形となった‥。 今ならわかるが、当時は気づいてなかったそれ‥ 今の僕には一つのジンクスとして確立された《左脳による計画》は、 何度も何度も繰り返し見たはずの、 大学図鑑が誘いない続けた《宿命》を見落としていたのだ‥。 進路決定を控えた秋口、 文系クラスにいた僕は、 《論文》とかなんとかいう授業で、ある論文を書いた。 忘れもしない‥ お題は『礼儀』だ! 普段は授業中もヘラヘラしている僕。 『どうせ不動の42番、 たがだか授業ごときに頑張ったところで、 今さらたかが知れている。』 当然、真面目に論文など書いたことは無い。 でもその時だけは‥ そのお題に苛立ちを覚え、ムキになって書いた。 《トラウマ》だ‥ 父方祖母‥僕は物心がついた頃から、 同居のばぁさんにかなり厳しく躾られてきた。 箸の持ち方に始まり、言葉づかいや礼儀作法‥ 果てはサウスポーまで矯正された。 ここ数年前に知ったのだが、 なにやら医学的見地から 《先天性の利き腕は矯正してはならない》とかなんとか‥ そんな論文が学会で発表されたとかしないとか‥ どうも無理矢理の矯正は、なにか反動が出るらしい‥。 言われてみれば思い当たる節はたくさんある。 僕の極端な方向オンチと機械オンチもそれが原因だろう。 理由は書けば長くなるのでやめておく。 戻ろう‥ ことあるごとに《石田本家の長男》を押し付けられてきた僕は、 礼儀も厳しく躾られた。 今になれば感謝しているが、 当時は煩わしく、いつからかトラウマ化していた。 その《礼儀》と言う言葉に過剰な反応を見せた僕は、 ここまでの鬱憤を文章にした。 評価など考えちゃいない。 ただただ苛ついてムキになって書いただけだ。 が、担当教諭から思いもよらぬ評価を受けた。 『作家を目指してみてはどうか?』と言う言葉だった‥ 派手好きな僕には地味な印象のその業界に、 今後のビジョンまでは浮かばなかったが、 なにかその言葉に引っ掛かるものが残った。 『文系なら苦手でもないし、そっち系なら教員免許も取れるんじゃないかな‥』 の、左脳の判断に基づき、 僕は《教職過程》のプログラムを持つ大学を、 条件の一つに加えた‥ しかし厚かましい‥ 我ながら大地を揺るがすほどに厚かましいと思う‥ 書いてて気づいたが、 中学生の頃からびりっけつ街道まっしぐらのこの俺が、 《かの成績・かの素行》で教師だと‥ なんてど厚かましいことを考えていたんだ‥ 今思えば、万に一つも教師にならなくて良かったと思う‥ 僕が父兄なら自分の子供は転校させるだろう‥ 《変態》が感染しても困る‥ まぁでも《教師》は、 夢というより《保険》の範疇(はんちゅう)ではあるし‥ 第一、おそらく教員採用試験に受からなかっただろう‥ 必殺技の《答え丸暗記》や、 姑息な手段‥伝家の宝刀 ♪恋のか~らくりぃ~、 くぅ~そ芝居~‥ の《くそ芝居》は通用しなかっただろうし‥ とにかくあの時は《らしく》なかったと思う‥ 《出たとこ勝負の、なんとかなるさ!》が座右の銘、 《アバウト主義》が真骨頂の僕だ。 そんな僕が将来を計り、 石橋を叩いて渡ろうとしてたなんて… それぞまさしく《誤算》だ‥ そうして図鑑をめくるうち‥ついに発見した! 《某阪芸術大学》だった! さすが《未来のアーティスト》を募る大学だ。 まず試験が《実技と論文と面接》中心‥ 一つ目の条件クリアー! 次に《大阪》に位置する‥二つ目クリアー! 三つ目は‥最悪の時は、 《某阪大学 芸術学部》と名乗ろう‥ 知らない人には《国公立大学》に聞こえるだろうし‥ これなら《教員採用試験》もスルーパス‥ いや、キラーパスだっ!! 自分で書いてて意味がわからないが‥ まぁそこんとこ、ニュアンス的によろしく! そして当然、教職過程のプログラムもあった‥ 完璧だ! 何度も何度も見たはずの《大学図鑑》であったが、 絵や書道などの《芸術》分野が、 抜きん出て駄目な僕には、 その大学の上に乗った《芸術》という冠が邪魔で、 募集要項など一度も見ていなかったのだ。 僕はあの《論文》の先生に感謝した‥ 《作家》という言葉に暗いイメージばかりを先行させた僕に、 その時《一発直感》は機能しなかったように思うが、 『確か昔‥ずっと子供の頃にも他の誰かに、 同じ台詞を言われたことがあったよなぁ‥』 と、 そんな朧気(おぼろげ)な記憶を呼び覚ましてくれたから‥ ありがとう《F田先生》‥ もう何十年も会ってはいないが、 わりと実家が近所なので、 頭文字くらいは出しても怒りはしないだろう‥ そうして僕はまたまた、まさにこの時期、 進路を決定したのである。 そこには《波乱万丈》‥今後の人生を決定付ける、 《運命のいたずら》が待ち構えることなど知るよしもなかった… P.S またまた長くなったので、 三つに分けるです‥ (-.-メy-~ すぐ更新します(`´) なぜイラついてるかって? まだノルマがこなせてないから! 予定文字数をオーバーしまくってるから! ほな!
September 18, 2008
まずP.S‥ 最初に《自由行動》さん‥ 君は知りすぎている‥ 皆まで申すな(^!^;) そして《bongridlack》さん! そない慌てんでいいっすから‥ 今日も意味不明な独り言、thanks☆ 八兵衛さ~ん、毎度おおきに~(^.^)b すいません… 《敗者進行中》ならびに、 《子供のいない》僕が、 勢い余って生意気書いてしまいました‥m(__;)m ささっ、気を取り直して! 《高校卒業》‥ まぁ~とにかく、ろくでもない学生代表だった。 学校では、それなりに取り繕ってた。 でも一歩外へ出ると豹変した。 当時の僕は、わりと老け顔だったが、 掟やぶりの夜遊びなどなど‥ そのためにパーマをあて、二十歳そこそこに見えるよう努力していた。 当然校則違反だが、 いかなる苦境も天から女神が舞い降りて、 楽園行きの切符をくれた。 これはやはりいくらなんでも書けないわ! そこは想像にお任せする。 そして‥やはりそこは避けては通れないか… 学生時代ならではの《恋愛》だ‥ なぜならこの先には、 大阪お水時代が待ち受けている‥ ただ、この手の話題に僕はここまで一切触れていない。 以前書いた通り、 《先方さんに迷惑がかかるから‥》と。 綺麗事を言うつもりはない! 事実、未来の後輩達にも‥先生や先輩達にも、 もしかしたら僕のカミングアウトは迷惑をかけることになるかもしれないのだから‥。 でも敢えて書こう‥ 僕はたくさん恋をした‥ でもフラレてばかりの少年時代であった‥。 まぁそのあたりは今も昔もさほど変わりはないが。 中学一年生から始まった《失恋オンマイロード》‥ それは自分では気づかぬうちに、 《トラウマ》へと変わりはじめていた‥ だがまだ当時、僕はそれに気づいて無かったようだ‥ 《消えてはまた返すシャボンのような恋》‥ 美しい表現に聞こえるが、ただ単に気が多かったのだろう‥ 簡単に言えば《浮気症》だ。 《♪ここかと思えばま~たまたあちら 浮気な人ね~‥》 ふとこんなメロディーが頭の中を流れた‥ 今は無き《桃色淑女》というカタカナユニット二人組のヒット曲だ。 勢いで替え歌を作ろうかと思ったが、 お若い読者さんは原曲は知らないだろうし‥ それにまた長くなるしね‥やめときます。 しかし自分で口ずさんでおきながら、 《イラッ!》っとしてしまった。 《浮気な人》呼ばわりされるのは心外だ! 遺憾の意を表明する! 己の名誉のために、 己がプライドのために、 ここは自己弁護をしておこう! 浮気などしていない‥ 全部《本気》だった!! なんつって‥くだらない。 当時は《恋》はしたが、 まだ《愛》の意味は理解できてなかったと思う。 まぁとりあえず《恋バナ》は置いといて、 もっと前に進もう‥ 高校卒業を控えた三年の夏あたりから、 《卒業後》を考え始めなければならなかった。 三年時の成績は43人中42位。 43位に《不動明王》がいた。 当時の僕の大親友であった。 彼は事情があって試験を二回、受けられていない。 だから実質のびりっけつは僕。 今度は《大学》だ‥そう簡単にはいかない! 当然、進学する気は無かった。 が、また出たぁ~‥ 僕の母《その妻おかん》の涙~涙~の、くそ芝居。 そこに今度は父《いしだ☆ひろ》もブッキング‥ 《進学》か《フリーター》かで押し問答の日々。 最後は必殺の《本家長男・心得》をまたまた持ち出され、 面倒くさくなった僕は、 『はいはい、わかりましたぁ~』 てな調子ですわ。 実はその頃の僕は、 今の孝太郎と同じで芸能界‥ 恥ずかしながら《ミュージシャン》を目指していた。 バンドを解雇された後も、 自分が《歌が下手だ》ということに気づいてなかったのだ‥ こういうのをなんて言うんだ‥? 《下手の横好き》や《知らぬが仏》の類いじゃない。 なんか的を得た面白い表現があるのだが、出てこない‥ また思い出したら書こう。 僕は《フリーターをしながらメジャーデビューを目指す》という主張は曲げ、 とりあえず親父&おかんの《進学後ならバンドでも何でもしてもよい》 という提案に乗った。 そうしてまた大学進学を目指して、 《怒涛の受験勉強》を始めようとした! が…今度は範囲が広すぎて、どうすることも出来ない! しかもすでに夏休みは終わりかけていた‥。 僕はまた姑息な方法に出た。 大学の《図鑑》みたいなのがある。 そこには《試験の必須科目》が書いてある。 当時、東京六大学のある一校の夜間部は、 その入試の必須科目がたった二つ! 確か文学部で‥国語と英語だけだったかな‥ 忘れてしまったが。 そんな大学もあるにはあった。 それも視野に入れながらの作戦として、 《まずターゲットを絞る》‥ 条件はまず《試験科目が少ない》こと、 それから《東京か大阪にある大学》 最後に《怪しくないこと》‥ この三つ。 最後の《怪しくない》とは、 由緒ある女子大には、カタカナネームがついてるところもある。 女子大についてはあまり詳しくはないが、 《聖(セント)ルイス女子大学》とか、 《ノストラダムス女子学院大学》とか‥ そこなら伝統も格式も偏差値も高く、 信用もあるだろうから卒業後はおそらく安泰だ。 だが、共学でカタカナはどう見ても怪しい‥ 忘れはしたが、当時はそんなネーミングの大学が幾つか存在した。 今もあるかも知れないが、とにかく《意味不明》だった。 先の女子大なら《カトリック系》というのがなんとなくわかる。 いかにも《お嬢様》といった風情だ。 しかし新進気鋭で共学、 しかも《ローカル地名+カタカナ言葉》大学はいただけない。 《その地域の草野球チームが大学に昇格した》 そんな不可解なネーミングの大学に、 『卒業生の未来はあるのだろうか‥』と、 大挙いとまなく押し寄せたであろう志願者達の行く末を案じ、 眠れぬ夜をいくつ過ごしてきたことか‥ まぁ大きなお世話だろうが‥。 そうして僕はその諸条件が書かれた《大学図鑑》をめくるうち、 今後の人生を決定づける《運命的な出会い》をすることになる‥ P.S 字数が増えたので二つに分けるだけです(-。-)y-~ すぐ更新します( ̄^ ̄)
September 17, 2008
《高校卒業》‥ そこに至るまでの物語りには、 少し《述懐》と《回想》が多様されることになると思う‥ 何分二十数年前のことだ ‥ 僕もまわりにも若気の至りもあれば、 思いだし切れない記憶もある。 その辺りはご了承頂きたい‥。 あらためて《高校卒業》‥ しかし小さいながらも波乱に富んだ数年であった。 未だに意味の理解できない不思議な現象もたくさんあった‥ 《天国と地獄》に《紆余曲折》‥ そして《七転八倒》から《一発逆転》‥ 僕の半生はこれの繰り返しであった‥ 書き終えてから思い出したのだが、 立候補はやはり自らの意志では無かったと思う。 確か例の前説の彼が言い出しっぺだ‥ 『そうなりゃ円満退部。 俺も生徒会に引っ張ってくれ。』と。 その冷やかしに僕の《一発直感》は反応し、 留年寸前の僕が暴挙に出たのだ。 まさにこの頃から《アバウト主義》‥ 何も考えずにその場その場の直感に従う時は、 何でもすこぶるうまくいった。 が、用意周到・計画的に根回しした日にゃ、 ことごとく失敗を繰り返してきた‥ 《先輩への最後のご挨拶》がそうだ‥ 緻密に計算し、その計画通りに動こうとしたがばかりに裏目に出てしまった‥ 彼の円満退部を叶えることは出来なかったし、 危なく僕も《二足のわらじ》で今まで以上の負担を背負うとこだった‥ しかしあの時の部室は怖かったなぁ‥ 薄暗い部室で沸き起こったシュプレヒコールは、 《まさに今から貿易船を襲撃せん!》とする海賊達の出陣式を彷彿とさせた‥ 近頃流行ったハリウッドの海賊映画に、 僕はあの時の先輩方の姿がオーバーラップした‥ 今になってみればいい思いでだが‥ そして、晴れて自由の身となった僕は、 大海原に放たれたイルカのように自由奔放に泳ぎまくった。 考えてみれば一年とちょっとの徴兵のような部活動と、 その前半年間の軟禁状態のような受験勉強‥ おおよそ一年八か月を、 《野に臥す龍》が如く耐え忍んできた僕は、 やりたい放題の好き勝手を連続した‥ よくあれで退学にならなかったものだと、 今更ながらに思う‥。 《時効》と言うにはおこがましいが、 せめて現行犯じゃないのだから、 許してもらおう‥ 生徒会長就任後、 僕は今まで我慢をしてきたことをすべて敢行した。 とにかく自分の時間の持てない生活だった‥ 往復約三時間の通学に部活動、 本当に《帰って寝るだけ》の生活だった。 生徒会もそれはそれで忙しかったが、日曜日の活動はまずない。 そして事務と会議中心の放課後に、逆に僕は体力を持て余した。 まずは《立ち技格闘技》の門を叩き、次にバンド活動も始めた。 バンドは例のロックンローラーの彼の姿に憧れてだ。 この二つにはどっぷり嵌まった。 とにかく小柄な僕、まず強くなりたかった。 連日連夜、胴着に着替えて川の縁に立ち、 《蹴り・突き》の練習に明け暮れた。 はた目に見ればただの変質者だったであろう‥ 僕は昔からそうなのだが、何かに没頭しだすと回りが見えなくなることがある‥ それは《凝り性》の次元では無く、 《変質者》の域に達すると自分では分析している‥ いわゆる《マニア》だ。 しかもカルト的な‥。 例えば《水商売を極めん!》とするならば、 ゲイでも身売りでもなんでもこなしてしまう。 苦痛など微塵もない。 こと《うどん》に関しては‥作業場ではなく一つの部屋で、 《生地や団子達と寝食を共にする》という生活を何ヵ月も続けた‥ 今になって考えると、気持ちの悪い話‥ まさにただの変態だ。 だからバンド活動も社会人のリーダーが率いる 《ヘビーメタル》と呼ばれるジャンルのバンドに属した。 僕が加入した時には、 すでに結成されて何年か経過していたので、 地元ではそこそこ名前が通っていた。 どこでどうなったのかは覚えてないが、 彼らのオーディションを受け、 《ボーカリスト》として正式にメンバーに加えてもらった。 またまた凝り性の僕は当時としては派手なパフォーマンスを演出した。 が、一年くらいか‥忘れてしまったが、ある日《首》になった。 その時は知らなかったと言うか‥気付かなかったのだが、 僕は歌がヘビーに下手だったようだ。 まったく気づいてなかった‥。 活動としては、この二つ。 まだ退学にほど遠い。 問題なのは《土・日》の二日間だ。 とにかく遊びまくった‥ 土曜の夜といえば、お約束の《踊る・飲む》! これも敢えて詳しくは書かないが、最終電車に乗れないこともしばしばあった。 そしてその遊興費欲しさに《打ち》にも行った。 わりと《博才》はあったようだ。 それで飯を食った時代もある。 学校帰りにバッジを外せばサラリーマン。 当時の学生服は《詰め襟》の固定概念が、 店員さんにも疑惑を抱かせなかったのだろう。 本当に何も考えてなかった。 中にはその《踊る・飲む・ 打つ》の発覚で退学になった生徒もいたが、 運良く卒業まで続いた。 《吸う》は‥人に物を教える立場の方が、 子供達にはそんな姿を見せてはいけないだろう‥ 大人の真似をしたがるのが《子供》だ。 《吸っていたかどうか》は書かないが‥ 疑惑の域で中学の時に先生にしばかれたこともある‥ まぁあの頃は《はしか》にかかっていたから‥。 でも今の時代はいったいどうなんだ‥? 学校が悪い、先生が悪いと言うけれど、 親の出来の方が大したことは無いんじゃないか? 先生方もひ弱になりすぎたとは思うが、 《愛のムチ》という名の牙を抜かれた教育現場に、 子供達の道徳を育む力はもうない‥ 僕らの子供の時は、しょっちゅうひっぱたかれてもんだ‥ 先生自らが憎まれ役を買って出て、 子供達の団結の矛先になってくれただろう? 思い出してご覧よ‥ どこの学校にも竹刀を持った生徒指導がいただろ? 何が悲しくて生徒から恨まれなきゃならない? そんな仏頂面の先生の笑顔も見たこともあるだろう‥ 鬼軍曹も《人の子》‥ 恨まれ役を買って出るってことは、 半端な気持ちでできることじゃないはずだ‥ まぁ皆が皆とは言わないが、 そんな先生達がいた時代だったからこそ‥ イジメも今よりぐっと少なかったよなぁ‥。 でも今の時代、 《聖職》と《性食》を履き違えたり、 《公僕》が《倒木》のように使えなくなってるのも確かだ‥。 皆、同じことを思ってるはずだ‥ 何が悪いんだ‥? 政治か?それとも時代か?? 俺にはわからん‥ 《親を敬い、礼儀を重んじ、助け合い、そして人の痛みを知る》‥ 世の中《金・金・金》ばかりで、 そんな教育ができる先輩が少なくなったこと‥ そんな思想を《化石》呼ばわりする連中が増えたこと‥ それが一番の原因じゃないのかな‥ わからんけど‥ わからんけど、大人の我々の《エゴ》が、 今の子供達を歪めてるんじゃないだろうか‥ だぁ~…またやっちまった‥ スパークしてるのは孝太郎じゃなく、 俺の頭の方かもね‥f(^Q^; 次、必ず大阪時代に突入します☆ 待ってにてゃ~(^0_0^)/
September 17, 2008
《生徒会長就任》‥ またまた一か八かの大博打に《一発逆転・円満退部》の勝負をかけた僕。 見事その勝負に勝ち、 《晴れて自由の身》を勝ち取った… と思っていたが、そこには予想外の展開が待ち受けていた‥ 僕の進学した高校は三年前に出来たばかりの新設校。 1日も早く校風を、伝統を作らんがために、 《部活動所属》が半ば義務化していた。 今の母校の後輩たちの活躍ぶりを見れば、 その当時からの学校方針が伺い知れる。 《スポーツ奨励》‥ 確かその当時、そんな話しを先生から聞いたような聞いてないような‥ そこは忘れてしまった。 ただ県内初の制服を纏(まと)った、開校わずか三年目の高校だ。 ことあるごとに《校風作り》《伝統作り》の言葉が先生方から出ていたのは記憶に残っている。 僕は生徒会長就任後、 再度《円満退部》をかけ、またまたまた大博打‥ というより小さな《賭け》に出た。 ところでまず‥ 再度なぜ僕がそこまで《円満退部にこだわったか》を説明しておこう。 僕の母校は《辺境地》にあり、小高い山の中腹に位置している。 おそらく海抜5000メートルはあろうか‥ 学校敷地内は異常に酸素が薄く、 酸欠で失神したまま歩く者や、 授業を聞きながら意識を失う者が続出した。 まさに《デスノート》‥ 校舎内の壁や床は、そんな生徒達の嘔吐物や垂れ流された糞尿で、 新設校ながらすでに《地獄絵巻》と化していた‥。 …。 与太だ‥ごめん。 気を取り直して… いわゆる《山手》にあった。 だから敷地がやたらと広く、 サッカー部には公式サイズのグラウンドが用意されていた。 その広いグラウンドを利しての《※インターバル走》や、 雨でグラウンドが使えない時は、その立地を利用した練習‥ 山での《走り込み》が待ち構えていた。 ※インターバル走‥50メートルほどの走り込みの繰り返しで、 片道を全速力、折り返しをランニング‥これを何本も往復する。 かなりハードだった‥ サッカーは瞬発力勝負は一瞬、 それよりも小一時間走り続けられる《スタミナ》の方が重要視される。 僕は後者‥元来の虚弱体質で《スタミナ勝負》に弱い。 プラス、朝のラッシュ時間帯の電車通学は揺れの中での立ちっぱなし。 学校の最寄り駅で降り、またそこから15分ほど山手に向かって上り坂。 わりと緩めとはいえ、朝のうちにクタクタだ。 そんな中での部活動。 他の同級のサッカー部員の八割以上も、 一度や二度は《辞めたい》を口にしたほど練習が厳しい。 だから、この《肉体疲労》と《虚弱体質》を併せ持つ僕が、 辞めようと思わないわけがない。 でも退部を望んでいたのは僕だけではなかった‥ 事実、一年間で退部者は10人以上はいたと思う。 皆、《裏門登下校》の憂き目にあっていた。 だから、例え《生徒会長就任》をもってしても、 サッカー部を退部することは、 《裏切り者》呼ばわりされないとも限らない。 実は例の食堂で僕をはやしたてた級友の中に、 サッカー部員が一人いた。 彼も円満退部を強く望んでいた一人だ。 彼はこの度の僕の企(くわだ)てを一部始終知っている。 その時、僕の心にある不安が芽生えた‥ 《あいつは全てを知っている‥ 万に一つでもあいつが俺の企てを誰かに喋ったら‥ その時は‥その時は… 奴を消すしかないっ!》 いつしかその不安は殺意へと変わっていった… そこで僕はまずホームセンターへ行き、そこでサバイバルナイ… …。 もうごめん! 次から真面目に書くけん‥ 気を取り直して‥ 彼も円満退部を強く願う一人だった。 実は彼と僕との間には一つの約束事があった。 《僕が生徒会長に就任した暁には、彼を執行部に招き入れる。 そうすれば彼も晴れて円満退部。 その願い、叶えてくれるなら応援演説の舞台に立とう》 という密約だった。 僕はその約束を果たさんがため、 彼と共にステージに上がった。 ステージ上ではロックンローラーの彼の影に隠れてしまったが、 前説としては充分な役割を果たした。 僕は自分と、そんな彼の円満退部もかけ、小さな《賭け》を試みた。 それは‥まず《部活動と生徒会の両立》という心にも無い直訴を、 僕が生徒会顧問の先生に持ちかけるというものだった。 伝統の無い新設校での生徒会の役割は、かなり重要なものであった。 体育祭から文化祭、朝礼から壮行会までと、 ほとんどの学校行事を取り仕切った。 計画書作成からポスターやパンフレット作りなど、ほとんど遊んでられる時間は無かった。 当選直後、生徒会顧問の先生から、 『君にはサッカー部は退部してもらうよ』と、 あの夢にまで見た《解放》を宣告されていた。 万が一その宣告が無く、退部は難しくても、 『少なくとも週に何度かは《公務》という名目で部活動を休めるはず』 という確信もあった。 予想通り、両立の申し出には生徒会顧問から《つばめ返し》を食らった。 僕は彼が『例え執行部入りでも両立は認められない』という確信をそこで得た。 そうして『執行部に彼を招き入れれば‥』の計画を実行に移す時がきた。 まず僕は、サッカー部の顧問に《最後のご挨拶》にあがった。 そこでも『サッカーと生徒会の両立は難しいから‥』 とのお言葉を戴いた。 ちょっぴり後ろめたさで心が痛んだ‥ が、やっとの思いで手に入れた《自由》だ。 手放すわけにはいかない。 僕は振り返らずに前に進んだ。 そして最後にサッカー部の部室に向かった。 『この最後の難関を乗り越えれば、あいつも俺も晴れて《自由の身》だ‥』 その約束を果たすべく、小さな賭け‥ 《くそ芝居》に打って出た。 放課後の練習前の部室で、主将を含めた先輩方に最後のご挨拶‥ その中で僕は、 『両部の顧問からともに《サッカーと生徒会の両立は認めない》発言があった』 ことを伝え、最後に《小さな賭け》を口にした。 『○○は執行部に入ることになってるんですが、 おそらく彼も《強制退部命令》が出ると思います‥ 本当は僕もあいつもサッカーを続けたいんですが‥』 と。 僕は《やった~言い切ったーっ!これで俺もあいつも円満退部や!!》 と心の中でガッツポーズを作り、 一礼をして部室を出ようとした‥ その時! 先輩の一人が叫んだ! 『そんなにサッカーを愛する、お前や○○を辞めさせはしない! 断固抗議する! 今日から練習はボイコットや! みんなぁぁーっ! 石田と○○のためにストライキに入ろうぞっ!!』 《なんてこった‥》 僕はその先輩のどでかい声に驚き立ったまま腰を抜かし、 予想だにしなかった発言に本気で失禁してしまった‥ 大誤算であった‥ 僕の《最後のご挨拶》が原因で僕達二人の円満退部どころか、 この新設校の《学校方針》に対してクーデターが起ころうとしていたのだ‥ 僕の制服のズボン‥ まだ真新しいグレーのスラックスの股ぐらは、 漏れた尿で色が変わり、ほのかに湯気が立ち上がっていた‥ 僕は今でもそうだが、 昔から先輩や年上の方とはすぐに仲良くなれる‥ 不思議といまだに上からは可愛がってもらっている。 が、同期生や後輩のような年下方面の人達になかなか馴染めない‥ この年になっても今一つ理解のできない現象だ‥ きっと《経営者失格》‥ 《トップの器量では無い》に相通ずるものなのであろう‥ 結果的にクーデターやストライキには至らなかったが、 実際に先輩達が顧問に《直談判》に行って下さった‥ そして生徒会長の大役を背負うことになった僕の退部は必然となったが、 応援演説の彼は執行部入りを認められなかった‥ 後に彼も退部届けを出し、晴れて自由の身となるのだが、 やはり正門をくぐる彼の姿を二度と見ることは無かった‥ 今になって考えると、申し訳ないことをしたと思う‥ でもきっと彼も先輩達も先生方も‥ もう笑って許してくれるだろう‥ 二十数年の時を経て、あの時の《罪》を確実に笑って許してもらうためにも、 僕は《お笑い執筆》のアーティストとして、 なんとしても一旗揚げねばなるまい‥ でも一人だけ円満退部を勝ち取り、皆を欺いた僕の口からは、 《時効》という言葉は出されまい‥ つくづく思う‥ 僕はたくさんの《罪》を背負って生きている‥ それでも今なお《罪》は量産中だ‥ きっと人は誰しもが、 罪深い生き物なんだろう‥ P.S 《少年期の回想》は、 一気に突き抜けようとしてたんですが、 あえて少し回り道をしてみました(^-^) やっぱり字数が増えてしまいますね‥ ほんの少しでも与太が入ると‥(^^;) 昨日まではかなりストレスが溜まってたんですが、 少しの与太でスカッとしました☆ 次の更新でようやく大阪に‥ 行けると思います(^^; コメンテーターの皆さ~ん、 愛想無しにてすいません‥m(__;)m 昨日の夕方あたりから《携帯恐怖症》になってました‥ ノルマ達成ばかり追いかけてたもんで‥ごめん(~~;) コメ返です‥ まず、Sonさん! お久しぶり(^^ゞ 元気してましたか? コメントありがとうです☆ >若輩者なので‥ 充分、それで答えになってますよ(^.^)b 答えは《過払い請求・ゴー!》ってことですね。 大人ぶれば《もう終わったこと》‥ でも《素》で考えれば、目には目を‥ 僕が自分を若輩と意識したのは、 《やられたことはやり返す》‥これ。 《いきがること、ええ格好しぃをすること》‥これも‥ 今まだ完成もされてない自分に浸るなってことですわ‥ まだ何も片付いてないし、 まだサポーターの誰にも返済はできてないわけだから‥ だからそれも解決しなきゃならないってこと。 すべてをクリアーしてから、後で思うこと‥ 《終わったことだ》ってことはね! 僕はここから債務処理だけじゃなく、 サポーターへの返済にも《鬼》になるけん‥ 《借金返済の鬼》にね☆ 綺麗事はすべてを解決してから言うわ‥ その方が人間らしいし、俺らしいと思う(^^)v Sonさん、ありがとね☆ 最後の晩餐、待ってるわ‥でも無理がかからんようにね(^^ゞ また応援よろしく(^.^)b 次いで《朝一・獅‥(省略) 最後に《自由行動》さ~ん☆ 元気でやってますか(^^ゞ てか、 >私の友達が純ぺーさんと同じ高校で‥ なら全部知っとるやん! ここには書けない余分なことまで知っとんかもね‥ でも喋ったら消すよ‥ 《削除》って(~o~) 後輩達や当時の関係者のためにさらっと流してください、さらっと‥ そこんとこヨロヨロッ(^_-)b また近いうちに会社に突撃しま~す\(^o^)/ さぁ~てとっ、都合でこのままもういっちょいきます! 一応、おやすみで~す★
September 16, 2008
駄目だ‥ ストレスが溜まり過ぎている… この2~3日、落城後編を書き始めてから、 真面目な話しばかり書いている‥ 笑いたい‥ヘラヘラと笑いながら書きたい‥ 僕はこのブログを始めるにあたり、 一つの決め事をしていた‥ 《自分が楽しくなけりゃ、読む人も楽しめないはずだ‥ だから自分が書きたいと思うことを書こう》と‥ ところが自分で課せたノルマ‥ この連休中にせめて大阪時代、 あわよくば開業前まで進もうというノルマに、 与太を書く余裕はなかった‥ それが強烈なストレスになったのだろう‥ 風呂に入ってみたがイマイチ落ち着かない… こんな時‥《朝一・獅子丸》師匠がいてくれたら、 いじってストレス発散をするのだが‥ 肝心要の時には姿を表さない、まったく空気の読めない男だ‥ いや、彼を責めるのはお門違いか‥ 獅子丸師匠も忙しいのだろう‥ ご乱心召されて収穫前の稲を刈り取ったか‥ それとも《一人・二人羽織り、秋祭りバージョン》の練習にいそしんでるのか‥ はたまたマネージャーと二人でTシャツの仕入れ代金の出稼ぎに行ったのやら‥ まぁいい‥ 腹が減ったらそのうち帰って来るだろう… さぁ~てとっ、気を取り直して行ってみょ~かっ! 《生徒会長立候補》‥ 僕は《円満退部》を賭け、 またまた一か八かの大博打に打って出た! 勝てば《円満退部》、 負ければ部活継続の上に、《落選会長》のレッテルのオマケ付きだ! 今まで以上に、部での活動も肩身が狭くなるだろう‥ しかしどう考えてもこれしか方法はない! 僕はその日のうちに生徒会室に乗り込み、立候補に名乗りを上げた! しかし勝算は‥ほとんど無かった‥。 僕が通った高校は、若干辺境地にできた新設校。 その界隈の中学生が市内の高校に通うには遠いため、優先的に入れると噂されたほどだ。 だから成績上位クラスにはかなりのエリートもいた。 しかも他の立候補者の中には初代生徒会からの生え抜きの生徒もいたし、 彼らには先生のお墨まで付いていた‥ はっきりいって不利だった‥ でもこれっきゃない! やって駄目なら納得だ! 後のことは考えるだけ無駄‥まっなんとかなるさ! やるだけやろうと考えた。 とにかく目立つしかない! 《派手な立候補者、派手な推薦人》 それ以外に打つ手無し! 僕はアマチュアロックバンドのボーカルとして、 校外で活躍していた友達に応援要請を頼んだ。 後に彼は退学届けを提出し、メジャーデビューを目指して、 単身東京へと旅立って行くことになるのだが‥ さすが応援演説もハードだった! ライブさながらのMCだった! 彼の体育館ステージ上からのシャウト(叫び)は、 教員や一期生の先輩方からもブーイングが出たほどだった! はっきり言って、他の候補者達の演説とは比べ物にならなかった! 後はそれが吉と出るか、凶と出るか‥ やるだけのことはやった‥ 本当は何をどうすればいいのかはわからなかったのだが、 その時の僕に‥僕らに出来る最高のパフォーマンスであった‥ 後は‥果報は寝てまつしかない‥ その日の夜のことは覚えてはいないが、 たぶん眠れなかったんじゃないだろうか‥ 一夜明け、運命の朝を迎えた。 僕はその開票結果が張り出された掲示板を一人で見た記憶がある‥ おそらく小心者の僕のことだから、 他の生徒達より一足早く登校したのだろう‥ そして掲示板を見に行ったんだと思う… そこには立候補者の名前が太いマジックで並んで書かれてあった‥ 一人の候補者の名前の上に白とピンクのティッシュで作られた花が、 飾り付けられてあった‥ その掲示板に向かって一歩‥また一歩と歩を進め、 その花飾りの下に自分の名前を発見した僕は、 拳を天に突き上げた! 『勝ったぁぁーっ!! これで晴れて自由の身だ~‥』 断トツのぶっちぎりでの当選だった! 一重にMCの彼のおかげであった‥ そして、僕をそそのかしてくれた友人達にも感謝した‥ しかし僕は当選そのものよりも、《円満退部》を勝ちとったことが嬉しかった‥ そりゃそうだろ‥ 元々の動機が不純なのだから‥ てな具合で、僕の波乱人生‥ 《異端ロード》は頭角を表し始める。 つい一年前まで高校へもいけなかった僕が、 姑息な手段で進学し、不純な動機で生徒会って‥ しかも相も変わらず成績はびりっけつ。 しかも任期中の二年の時は、一年間ずっ~と45人中不動の45番! 他の44人のクラスメートは僕を、 《不動明王》と呼び、敬(うやま)い崇(あが)め続けたんだから‥ そして次回、一気に卒業に向かって階段をかけのぼることとなる! P.S すいません… ちと限界です‥ また明日(~~;)/~
September 15, 2008
《高校入学》‥ はからずも高校に進学出来た僕。 その僕を待っていたのは、 帰宅部禁止の《強制部活動入部》の拷問であった‥ 後輩達の名誉の為に、学校名は書けないが、 バッジを外せばサラリーマン化する新設二年目の高校であった。 それは校風を確立するための一つの手段であったそうだ。 確か受験の面接時の個人情報の資料が、 強制的に入部先を決定付けたような気がする。 面接時のいくつかの質問中に《入学後に希望する部活動》等々‥ 根掘り葉掘り聞かれた記憶がある。 月並みな質問ばかりだった‥ 確か一番最初に《入学後の抱負は?》と問われ、 僕は《木綿より絹ごしが好きです!》と答えた。 するとその質問を投げかけた面接官は、 『そりゃ~君、抱負やなくて豆腐やないか!』とツッコミをくれ、 その場にいた他のオーディエンスの先生方は一斉にパイプいすから転げ落ちた…嘘だ。 うぬぬぬっ…笑いを書きたくてたまらない‥ しかしここは我慢だ! こんなとこで道草を食ってたんじゃ、 《はったんじ 落城》はいつまで経っても完結しない! 気を取り直して‥ 《面接時》‥ 僕は《サッカー部に入りたい》と答えた。 事実、小学生の時にサッカーをやっていた。 あまりに病弱で神経質、 かつ偏食家でガリガリの僕の健やかな発育を願って、親が通わせてくれた。 お陰で僕は相変わらず小柄ではあったが、しっかりやんちゃ坊主へと変貌を遂げた。 が、そのやんちゃな勢いで中学に入っりあの通りだったので、 サッカーとはほとんど縁が切れていた。 それを《サッカー部に入りたい》などと、 はっきり言って受験に受からんが為の口から出任せであった。 が、見事にその出任せは叶えられた‥。 辛かった‥電車で繁華街を経由したいがために、 自宅からはひどく遠方の高校を選んでしまったからだ‥。 本当は放課後、繁華街で遊びたかった‥ だが、その夢は脆くも崩れ去った…。 断腸の思いで入部したサッカー部、 中でも特に早朝練習が苦痛だった‥ 通学に片道約一時間半の時間を要する僕は、 朝6時集合の早朝練習に参加するには始発でも間に合わなかったのだ‥ 顧問は精神論を説く、昔気質の体育の先生だった‥ 言い訳などまったくと言っていいほど通用せず、 始発に乗っても間に合わない由も聞き入れては貰えなかった‥ もちろん、放課後の練習など苦痛以外の何物でもない! 通算三年のブランク明けの猛練習と、 毎日の往復約三時間の電車の旅は、 元来、虚弱体質の僕には疲労ばかりが蓄積していった‥ 『辞めたい‥』 そんな思いを日々強めながら、それでも抗えない僕に千載一遇のチャンスが巡ってきた! ある日、級友達と食堂で昼飯を食っていた‥ そこへ校内放送‥ 『生徒会長に立候補する生徒は‥』 のアナウンスが流れてきた‥ 僕は呟いた‥ 『生徒会長になったらサッカー部を円満退部できるかのぉ‥』 事実、サッカー部のグラウンドは正門すぐ横にあり、 通学・帰宅の生徒達の様子は一目瞭然。 すでに何人かは退部者が出たが、 彼らの登下校は《裏門》というのが定説になっていた‥ 退部者は登下校時に、その正門を抜けようものなら現役部員達に白い目で見られ、 《裏切り者!》と、後ろからだけでなく正面から指差された… いわゆる《裏切りの代償》ではある‥ が、その言葉をトラウマとして抱える僕は、 心の苦痛より肉体の疲労を選ぶことに長く甘んじてきた‥ そんな時に舞い降りた女神であった! 愚痴のつもりの冗談まじりで口にした《生徒会長 立候補》‥ 一緒にいた級友達は口々に、 『お前が出るなら推そう!』 『行け!人間魚雷!』 『お前ならやれる!』 等々…。 はっきり言って彼らも冷やかし以外の何物でも無かっただろうが、 僕はこの立候補に、 《一発逆転円満退部》の一か八かの勝負を賭けた! もう誰にも《裏切り者》などと言わさない‥ 固い決意を胸に、僕は自分にある呪文を言い聞かせた‥ 『お前は《虎》になるのだっ!』 時を経て二十数年後の八月末日、 かくして僕は《虎》になった‥ 《虎》になってうどんを打ち、危なく命を落とすとこであった‥ 駄目だ‥ 与太が書きたくて書きたくて物語に集中できない… ちょっと気分転換に二日ぶりの風呂に入ってきます‥ 皆さん、しばしごめんなさい‥m(__)m
September 15, 2008
《新たな矛盾》‥ またそんな厄介物が生まれた‥ 債務処理の副産物といったとこか‥ 僕は前にこんなことを書いている。 《金利も返済方法もわかって借りた金。 今さら過払いだの返してくれだの言うつもりはない‥》 《今世で落としていかなきゃならない禊がある。 過去の罪‥十字架を背負って生きている‥》 《僕を信じてバックアップしてきてくれた仲間がいる。 今度は彼らに一円でも‥一日でも早く返さなきゃならい‥》と。 大まかに書けばこの三点。 債務をめぐる僕のエゴイズムでもある‥。 債務処理を進めて行く中で、僕はある扉をこじ開けた。 要は《金融業を営む企業のシステム》を知ったということだ。 だが考えてみれば簡単なことでまある‥ 僕も端から彼らがサラリーマンだということはわかっている。 僕は気づかぬうちにまた同じ過ちを‥ 新たな《十字架》を背負いかけていた…。 単刀直入に書こう‥つまりこうだ。 僕は廃業決意後、 電話催促の一番激しいグレーゾーンを、処理ターゲットの先鋒として選んだ。 選ぶというよりは必然的か‥ 放って置いても向こうから仕掛けてくる。 そんなやりとりも八月末日以降、一気に加速した‥ 『催促係のオペレーターじゃ話しにならない、上につなげ』と。 僕の仕事は飲食業、まして《セルフスタイルのうどん屋》だ。 お昼時一瞬の忙しさは半端じゃない。 これまで何度もその時間帯に取り立てコールされた‥。 嫌がらせともとれる、その所作‥ それへの鬱憤(うっぷん)を晴らすがごとく、 僕も大阪仕込みの河内弁で応戦してきた‥八月末日までは。 九月に入り僕は一気に勝負をかけた! 当然、その時の復讐含みの嫌がらせをふんだんに盛り込んで‥ 僕は相当、意地が悪い。 内容はここには書かない‥というか、 ここに書ける内容ではない。 書けば春風のように爽やかな僕のイメージが崩れてしまう‥なんつって。 まぁ鼻くそ食って脱糞する男だ。 爽やかなイメージなど微塵もない。 書ける範囲内の鬼畜の所業を書こう‥ 先方さんの出す和解案二つ… つまりどちかを選択して欲しいと。 過払い請求をかけるか、差し引きチャラにするか‥だ。 僕はどちらも嫌だと答えた。 そして全額払いたいが無職で金は無いとも‥事実だ。 おまけにむこう10年働くつもりも無いと付け加えた。 これもあながち嘘でもない。 そして最後に馬鹿げた支払い方法を提示した。 オプションでこれまた無理難題を上積みした。 《全額きっちり払いたいのでお願いしますぅ~》と‥ しかし自分が今やっている行為が何なのかを、 《落城・後編》を書いていてる途中に‥ 過去に自分が受けた屈辱を回想していた時に、それに気付いた‥ これはただのイジメだと…。 社訓に従わざるを得ないサラリーマンの彼らに、 己がストレスをぶち当て、発散していたのだ‥ その因果は、また自分が背負う十字架になるとも気付かずに‥ 石田純ぺー40歳、まだまだ未熟者‥ この放浪の旅を終え帰って来たら、大人になろう… しかしまだ迷っている‥ 『端からわかって借りた金、チャラでいいじゃないか‥』と、 『返って来る金があるのなら、一円でも協力者への返済にあてろよ‥』 やはり圧倒的に後者なのか‥ 今なお僕の乙女心は、揺れ動き続けている‥ 皆さんならどうされますか…?
September 15, 2008
AM5:05‥ たった今も無理矢理《続編》を書こうとしていた‥ 『せめて大阪時代まで突き抜けなければ小爆笑は展開できない‥ 少年時代で《純ぺーワールド》を展開してたんじゃ、 落城完結までに半年はかかりそうだ‥ 駄目だ、急がなきゃ…』と‥ でもどうしても二つ‥ 忘れ物をしたような気分と、わだかまりとですっきりしない… まだ迷いはある‥ 『書いて良いのか悪いのか‥』 その判断はついていない… でも気持ちよく前に進めないのなら、 そんな話しも書いた方が、次に指も走るというもんだろう‥ よし、決めたっ! なら、書こう‥ 《ちょっといい話》と《新たな矛盾》 聞いて下さい‥ 昨日、こんなことがあった。 お昼前、携帯電話が鳴った‥ 見知らぬ電話番号からだった‥ 債務処理真っ只中の僕。 例え一歩でも決着に向けて前進したい時だ。 だから迷わずとった‥ 『もしもし○○やが、どうしたんや? 店(練場)、閉めたんか!? 今店に行って来たとこなんやが、なんか張り紙をしとったなぁ‥ 大丈夫か‥?』 久しぶりの声だった‥ 《練場》開業にも尽力頂いた恩人のお一人で、 僕の親父と同年代の方からの電話であった。 ご存知の通り、僕は大の機械音痴。 以前、携帯電話をいじっててデータが全部消えてしまった‥。 だからこの二年ほど連絡をとって無い人の番号は、 メモリーにない‥。 そんな事情も含め、簡単に廃業のいきさつや現状、 そして僕の今後の身の振り方を話し終えて電話を切った。 その方とは知り合って八年を超えたあたりか‥ 土日といえば、ご家族の方々から県外在住の息子さんまでもお連れいただき、 川部本店時代から応援してきて下さった。 当時は関係者としてご協力頂いたが、 今は一線を退かれ、ご自営をされている。 まもなく初老と呼ばれる年代の方だが、見た目もハートもお若い。 僕の負債額と同等の資金を借り入れて、 新たな事業を展開される、野心家でアクティブな方だ。 電話切った後、僕は自らに課せたノルマ‥ 《連休中にうどん屋開業に至るまでを更新》 その執筆モードに入ろうとしていた‥ その時、再度その方から電話が鳴った。 《近くまで行くから会えないか》と‥ 『よほど心配なさってるんだとな‥』思いながら、チラッと時計を見た。 時刻はお昼12時前‥さっきカップ麺を食ったばかりの僕は、 《食事の誘いじゃないけりゃいいが‥》 と微かな不安を抱きながら、その方の到着を待った‥。 30分ほど後‥ウチの近所で落ち合い、その方の車に乗り込んだ。 昼前に《練場》へ行っては下さったが、うどんを食すことはできてないその方。 しかも12時半過ぎ‥ 僕は昼御飯の誘いがあればなんて答えるべきかを気にかけながら、 これまでの経緯を詳しくかつ完結に、機関銃の如く喋りまくった。 そうしてその話しは一段落を終え、回想含みの談笑へと会話は流れていった‥ そんな会話の最後に、これからの二年ほどの時間を東京発の旅物語を書きながら、 《お笑い執筆作家》という奇特な芸術家を目指したいと‥ そんな夢を語り、固い握手を交わし僕は車から降りようとした… その時! その方はふいに手提げバッグを持ち、中から封筒を取り出した! 銀行の薄い封筒だった‥中の雉が透けて見えていた‥ それを髪でもかきあげるかのような自然な仕草で僕に差し出し、 こんな風におっしゃった‥ 『お前さんのことだから、なんとかやってるだろう‥ 失礼な振る舞いになるかもしれん。 でもこんな時だろ‥お金はあっても困るもんじゃない。 たいした額でもないし、何かの足しに使ってくれないか。』 いいや、たいした厚みを見てとった‥ こんな世知辛いご時世、その方の事業とて順風満帆とは言い難い。 涙が出るほど嬉しかった‥でもそのお気持ちだけで充分であった‥。 僕は丁重に断りを述べ、辞退を申し出た。 が、この方はそれを許さなかった‥ 『なら、貸そう。 それなら文句はあるまい。 わしはお前さんの男気に惚れたんや‥その職人の腕が大好きで通ったんや。 お前さんなら絶対に息を吹き返すと見込んで、これは出世払いで貸す。 なら受け取れるだろ。 さっ、持って行ってくれ。』 この方も数少ない平成の武士(もののふ)のお一人‥ そんな方の奏でる浪花節に、もう抗う余地は残されてはいなかった‥ 僕は人に世話になるのが苦手だ‥ 借りを作れば恩義ができる‥ でもそれを主張し続けたら、時に誰かに恥をかかせることもある。 僕はその時、言葉にできない気持ち‥ 感動に似て、しかし質を異にする不思議な気分を味わいながら、 その封筒を頂戴した‥ 遠い昔の記憶の中に存在する、このご時世には不似合いなの人の温もり‥ 《昼御飯のお誘いでは‥》などと、 馬鹿げた妄想を巡らせた自分がとても恥ずかしかった‥ ありがとうございます! しかと受け取りました! その武士魂‥お気持ちを預かります! この封筒‥まずはおかんに預け、 有事の際の懐刀として旅立ちの日に帯同させます。 昨日うちにおかんに伝え、皆が心震えた旨をここに記しおきます‥ ほんとうにお気遣い、ありがとうございました‥ ○○さん、待ってて下さい☆ 絶対向こうで一旗上げて、 《凱旋帰讃》遂げてみせますんでp(^-^)q 帰って来たら届けに参ります‥ 今度は僕の《活ける浪花節》を… P.S 《ちょっといい話》‥ これを書くことに、なにが迷いだったのかがわかりました☆ 書いてて気付きました(^.^)b 人さんの情に触れて沸き上がるもの‥ 《抑え切れないほどのモチベーションの昂り》 これを表現しないことの方が逆にストレスになるってことを‥ 黙ってることがストレスになるんだなと‥ わりと僕は感情表現が下手なもんすからσ(^_^;) 次、もういっちょ外伝‥ お許しを…m(__)m
September 15, 2008
《中学三年の進路相談》‥ 中学卒業後の進路として、騎手と芸人の二択を選出した僕は、 おかんに明治生まれの頑固爺の元に連れ去られ、説教を受けた‥ 天竺から持ち帰ったような《ありがたぁ~いお説教》だった‥ (爺さん、すまん!) しかし弱冠15才の僕。 今以上にふざけた少年時代であったし、 ここまでのビハインドはそう簡単には埋まらない。 夏休みを終わるあたりまで勉強はしなかった‥。 そんなある日、住んでる地域の違う幼なじみ逹に会った。 皆同じ受験生‥ おかんに、そんな集まりの場に連れ出されたのだ。 何かが変わった! 今もそれが何なのかは、わからない‥ その時、僕の心の中に一つの思想が生まれた。 それは今なお僕の生き方、座右の銘の一つでもある。 《やって駄目なら納得だ!まっなんとかなるさ!》‥こいつだ! 九月に入ってから‥まさにこの時期、 僕は《怒涛の受験勉強》を開始した! これを書いていいのか悪いのかわからない。 そんな時期のお子さんを持つ読者の方もいらっしゃるだろう。 また、その手段が今の時代に通用するかどうかはわからないし、 よしんばその手段にて進学したとしても、 早い時期から《煉瓦を積み上げる》ような土台しっかりの勉強をしてきた者と、 僕のように受験のためだけに《ブロックを乗せただけ》の付け焼き刃では、 高校入学後が運命の分かれ道‥ まったくと言っていいほど勉強に付いて行けなかったのだから‥。 でも敢えてその方法を書いてみよう。 僕は勉強を《校外模試》一本に絞った。 過去10年分の入試問題を香川県のみならず、 いろんな地域から取り寄せてもらった。 そして答えの丸暗記を始めたのだ。 国語は元々苦手では無かった。 中でも、ややこしい古文や文法は飛ばして、テキストに出てる漢字だけを覚えにかかった。 後…理科・社会。 これぞ暗記のみ! 他府県の《高校入試問題》を見ていくうち、 すべてパターン化されてることに気付いた。 確かにすべて《10年分》、莫大と呼べる量ではあったが、 丸暗記の効率化を図るため《答え合わせ》とは真逆の、 《答えを暗記して、その問題を覚える》方法を取った。 問題を解いてるのでは時間が無い! そうしていくうち、理科・社会は入試によく出る《問題》が重なり始め、傾向がつかめた。 算数は《某文式》という塾に半年ほど通った。 元々算数は苦手だ。 《この塾に通って駄目なら仕方なし》 そう割り切って頼りきった。 実際、算数に暗記できるものは少ない。 しかし‥あの塾は素晴らしい! 他に学習塾は数あれど、全国にフランチャイズ化してるだけのことはある。 ほんとか嘘かは知らないが、蛇のような名前の将棋名人があの塾出身なのはどこか頷ける。 そうして授業も聞かず《暗記一筋》半年間、 相変わらず学校成績は後ろから数えた方が断トツで早かったが、 校外模試だけは前から数えることができた。 それでも並大抵の努力では無かった。 1日のうち20時間近くを暗記に充てた。 何度も何度も繰り返し繰り返し暗記した‥ 《答えを見ては問題を合わせる》 この単純作業を延々と‥ ただ心配なのは通信簿‥相も変わらず学期ごとの試験では高校進学は圏外だった。 まぁ仕方がない。 元々は進路も無かったのだから‥と。 しかも《過去の入試問題の答え丸暗記》など、まさに一か八かの大博打! それが出なけりゃ一発敗退‥ なら割り切ってゴーだ! そうして受験に挑んだ。 結果は…受かってしまった‥ 『こんなやり方で受かった俺のために、落ちた一人がいる‥』 罪悪感すら覚えた‥。 それでも九割以上は嬉しかった‥ でも泣きはしなかった‥ さぁ~てな具合で高校入学までたどり着いたどぉ~! 次の更新で大阪時代まで飛んで行けるかぁーっ!? わからんけど‥f(^Q^; P.S 《まーさん》‥ ラストは息子さん逹もお連れ頂いて、ありがとうございました(^^ゞ 実は…僕はまーさんに謝らなければならないことがあります‥。 確か廃業の数日前、まーさんと初めて直接話しましたよね‥ でも、まーさんの素性を知ったのはコメントにて… 僕はずっとまーさんを《税○署員》やと思い込んでたんですよヾ(^Q^; まーさんも古くからの…どっぷり古参のお客さん。 でもどっから見ても公務員タイプ。 営業マンに見えないのに変幻自在に現れる。 三年くらい前ですかね…ある日、本店の助っ人に出た僕は、 昨日は練場においでてた、まーさんを発見! しかも時間帯は11時過ぎ‥ その時僕はまーさんの神出鬼没ぶりに、 『やはり、お上の手の者!』と、確信を持ってしまったんですv(^o^;) 外でご挨拶を差し上げた時に自宅が本店に近いこと、 仕事の関係で林界隈を訪れることを聞いて、 『あれれ‥じゃ~違うんかな??』と‥ 僕も黙ってりゃいいものを、ついつい正直に‥σ(^^; ほんま、ごめんなさいですぅ~m(__;)m まーさんみたいな仏さんのような笑顔の公僕の方は、 滅多にいませんもんね‥ほんと失礼しました(^人^) まーさんも是非《闇鍋パーティー》いかがですか? まーさんや息子さん逹が食べる量の《おでん》は、ばっちり作っときますんで(^.-)b ぜひまた会いたいですね~会って笑い話しでお詫びしたいっす(*^^*) 都合が合えば是非☆ 長らくのご愛顧、ほんとうにありがとうございました(^O^)/ で…《朔》改めRJ! まずはコメントありがとう☆ この《朔》ってのは例の源氏名か? まぁ今が一番楽しい時やと思うけん、 法律だけは守って遊んでくれだ(^.^)b でもな、親は立てる時には立てなあかんで! いろいろ複雑やとは思うけど、RJのパパさんとも仲がええけんね~俺(^_-) また遊びにおいで☆ ほいじゃね(^^ゞ 親指がそろそろヤバいっす‥ 今日はこれが最後かも。 残り一泊二日の祝日を、ゆっくりのんびり楽しんで下さい♪ では一応、おやすみなさい(^o^)/~
September 14, 2008
書き始めて思ふ‥ 僕の《異端》は、おかんが発端じゃないのかと… この僕の《生い立ち》を綴った落城までに至る物語は、 どちらかといえば、おかんの《やばい母ちゃん》ぶりが主役かもしれない… ~続き~ 幼少の頃の僕は、とにかく神経質で、 偏食の激しい病弱な子供であった。 そしてすぐ泣いた… でも今、何があっても泣こうとしない‥ 例えそれが身内の葬儀であっても、 例えそれが今回の《廃業》での皆さんから熱いメッセージに、 心が震えたとしても‥ 哀しみにも感動にも涙を見せようとしないのは、 どこかそんな《泣き虫》であった頃がトラウマなのかもしれない… しかし、小学二年まで続いた《哺乳瓶》での栄養補給も、 ある日を境に《ピタリ!》と止まった。 おかんが個人面談の時に担任に告げ口したのだ! 先生に笑われ、恥ずかしかった‥ それをきっかけに《哺乳瓶》を捨てた…。 僕はあの先生に感謝している。 あの時先生が笑わなければ、 恐らく僕は今でも哺乳瓶をくわえて《うどん》を打っていたに違いない。 ありがとう、先生‥ あまりあの頃と頭の中身は変わってないが、 哺乳瓶を捨てることができたおかげで、 せめてもの《四十路》の面目だけは保つことができました‥ ほんとうにありがとうございました‥。 こうして晴れて人並みの小学生へと進化した僕は、 その後も可もなく不可もなくの児童を演じ、 中学校に進学することとなる。 《中学三年生》 この義務教育終了間際‥ 《将来や就職を意識し始める》この頃から、 僕の人生の歯車が狂い始め‥ 僕の《異端ロード》は始まったように思う‥ 中学に進んだ僕は《やんちゃ》に興味を持ち始める。 今を去ること二十数年前‥中学生による《校内暴力全盛期》の後半頃が、 僕の《中学校入学》当時だ。 いわゆる《はしか》のようなもので、 あの年代‥思春期の子供逹の中には《やんちゃ》掛かる者がわりと多かった時代だ。 最初は興味を持ち、そんな仲間逹や先輩方と共に遊んでいた。 が、さしあたってグレる理由のない僕に《やんちゃ道》は縁遠くなり‥ 僕自ら先輩宅に伺い《絶縁》を申し出た。 先輩は『わかったよ。』と微笑んで答えて下さった‥ ほんとうに優しい先輩だった‥。 兄のいない僕には《兄ちゃん》のような存在で、 頼りがいのある格好いい人だった‥ 今でも話す機会があるのなら、会って話したいなと思うほど‥。 しかし同級の仲間逹は違った‥ 《裏切り者》のレッテルを貼られ、イジメも受けた‥ でも恨んじゃいない。 そこで僕は一つ目の《世間》を知ったから‥ 仲間逹を裏切ったのは僕だから‥ みんなから《裏切りとはなんぞや》を教えてもらったから… だから僕は今、みんなに感謝している。 時は流れ、中学三年の一学期‥ 同級生逹は先生方の繰り出す《内申書》という印籠におののき、 大人しさを増していった‥ 学年全体が《お受験ムード》に包まれ、 《やんちゃ道》と《進学派》は完全に別れた。 恐らく95%以上が《進学派》だったと想像される‥ 《やんちゃ道》のみんなは登校さえしなくなった。 第一回の進路相談で僕は、 《吉本芸人》と《競馬騎手》の二つを、おかんと担任に申告した。 正直なとこ、中二の途中まで遊んでばかりの僕は、 進学できる高校が無かったのだ。 成績も学年で後ろから20番目あたりまでをウロウロ‥ しかも三百人近い三年団の中でだ。 夏休み前には担任から、 『今の模試の点数では進学先は‥』 と、サジを投げられていた。 学年団主任からも度々発せられた、 『今から頑張ったところで間に合わない』の発言に、 就職とは言わないが、せめて騎手学校か芸人養成所へと進路を希望した。 おかんは泣いた‥ 泣いて母方祖父の元に連れ行かれた‥。 《母方祖父》‥ はったんじ練場の土地の、初代大家だ。 明治生まれの《侍》のようなじいさんで、 僕には幼少の頃から厳しかった。 たぶん《待望の初孫》だったからであろう。 あの《林地区界隈》ではその昔、 《村会議員》をしていたそうだ。 《練場》建設の際は、地元の方々にほんとうによくして戴いた。 その中のある長老からの言葉に、 《元々はこの界隈のドン》と祖父の昔話を聞いた。 じいさんの威光に甘え、地元の皆様方には迷惑をかけてきてしまった‥ 《排水の汚臭》だ。 近々‥《練場跡地》の今後の方向性が出たら、 ご挨拶に伺おうと思ってる。 また、少し話しが横道に反れてしまった‥ まぁいつものことだが…。 そろそろ字数が四千を超えるので、 続きは次の更新にて‥ 《小爆笑》がなくて、ごめんなさいf(^^;) P.S 《T-unsou》さん、及び仲間逹の皆さん! 長らくありがとうございました☆ 僕はいつも思ってたんですが、T社の皆さんの結束力というか‥ 皆さん、ほんまに仲がお良ろしくて、僕はいつも不思議に思ってました。 『いったい誰がまとめ役なんだ‥?』と。 わりと《一匹狼ロード》的な、頑固な人が多い世界でしょ。 密かに《リーダー》を探してたんですが、 上から物を言ってる雰囲気の人もいないし、 とにかく皆さん、よく笑ってる。 僕はお顔を存じ上げないので、 お越し頂いたことはあるかもしれませんが、 一度《T社》の社長さんにお会いして、話を聞いてみたかったですね‥ 《企業トップの心得》みたいなものを‥。 たぶん相当器の大きい方なんやと思います。 あっそや! つい4~5日前、T社の皆さんと夕方すれ違った時に、 箱形軽トラから必死で手を振ったんですが、 気付いて頂けたでしょうか‥(^-^;)? また必ず帰っては参りますが、 是非ともその前に‥ 《最後の晩餐》をちょこっとでも覗いて下さい☆ 握手できてない方々もいらっしゃいますしね‥ 心残りっす‥。 仕事帰りにちょこっとだけでも‥ よろしくです(^.^)b ほんまに長らくありがとうございました\(^o^)/ 《桃子》さんへ☆ 高校一年の時、 授業を休んでまで握手会に行こうとしたほど、 大の《菊池桃○》ファンだった僕。 お名前を見ただけで《鳩》が出そうになりました‥ って、意味がわからんですよねヾ(^^;) 甘酸っぱい《青春時代》の思い出が、 脳裏を駆け巡りました☆ まだ若き日の僕が《純粋》だった頃ですね‥ でもこの《うどん道》と出会い、それを続けて来たこと、 そして、こんなにもたくさんの方々に応援頂き、 皆さんの記憶に留めて頂いてること‥ この二つは、あの青春時代さながらの《純粋な自分》を呼び起こしてくれました(^-^) 《桃子》さん、おおきに☆ んでもって《応援》ありがとうございました(^^ゞ 数少ない《はったんじマニア・Lady's》のお一方なので、 会えば必ずお顔を存じ上げてると思います(^.^)b いかんせん、ラストデーは《生命の危険》と闘いながらのパフォーマンス‥ 朦朧とする意識の中での営業でしたので、 記憶がおぼろげで‥ごめんなさい m(__;)m 《最後の晩餐》、お子さんと一緒に来て頂けると嬉しいですね‥ 子供逹のために新たなパフォー… おぉーっと!喋ってしまうとこでしたがなヾ(^Q^; もし都合が合えばぜひぜひお待ちしております☆ ほんとうにありがとうございました(^^ゞ またいつか帰って参ります… よっしゃーっ!! この勢いでどんどん更新するでえぇ~…ぇぇ~‥ぇ‥ Zzz~…
September 14, 2008
今朝も例のごとく5時前から目覚めていた‥ あっ、皆さん! おはようございます(^^ゞ 素敵な連休をお過ごしでしょうか? 僕はこの連休うちに、少しでも完結に向かって歩を進めようと、 《執筆の鬼》体制に入っておりますp(^-^)q 今朝も5時過ぎから《後編3》を書きためました。 が、まだ完成にいたってないので、 ここで《外伝》を‥ 《外伝》といっても、今の僕の心境を語る程度ですが… 僕は気持ちを《執筆モード》に切り替えるのに、 必ず過去の自分の投稿作品を読むようにしてるんです。 特に日中、債務処理で《戦闘モード》に入った日は、 なかなか切り替えが出来ないんです‥(^^; 深夜から朝方にかけての更新が多いのもそのためで、 《一旦眠ってその前の出来事を忘れて》から執筆活動に入る、と。 起きてからは頭が働き始めるまで少し時間がかかりますが、 イライラは比較的少ないもんなんです。 今朝も起きて昨日の作品を読んでました‥ 《誤字脱字はないか‥》 《言い回しにおかしいところはないか‥》 《ここはこういう風に書いた方が面白かったよなぁ‥》とか‥ 新しいホームページ(?)での、 《はったんじ落城物語》の構成を考えながら、読み返しててふと‥ ふと恥ずかしくなってしまいました‥ 『子供ん時に鼻くそを食ってたのと、店の廃業に何の関係があるんや‥!?』と‥ 『そんなカミングアウトやいらんのと違うん?』と… ((((((((^^;) 顔から火が出るほど恥ずかしくなったんですが、 書いてしまったもの仕方がないし、 せめても読者の方々の中に半分くらいはそんな記憶が‥ 鼻くそを食った過去があると信じて割り切りました。 ここからは勢いでのカミングアウトは極力減らし、 《慎重に》かつ《哀愁の中に漂う爽やかさ》を全面に押し出し、 小爆笑な《純ぺーワールド》展開に邁進(まいしん)したいと思ってますp(^-^)q それから《最後の晩餐》の件なんですが、 読者さんの中には《内輪の宴》と思い込んでらっしゃる方もおられるようですね! 違いますから‥ 《コメンテーターさんと純ぺーの飲み会》じゃありませんよヾ(^Q^; コメント欄に登場する常連の面々は、 皆、最後の晩餐の《裏方スタッフ》ですから(^.^)b コメンテーター以外の《はったんじのお客さん》だった皆さんにお越し頂いて、 最後のお別れをしたいかなと‥ まだ確定ではありませんが近い将来、 《はったんじ練場》のプレハブ建物は取り壊されるかもしれません。 僕はまたあの界隈に帰って来るつもりです☆ でももうあの場所へは帰ることはできません‥ だから《最後の晩餐》をもってして、皆さんの記憶の中に 『昔、ここには《はったんじ》ってうどん屋があったこと‥』 それが留まればいいなと‥ そう考えてます(^_-)b なんだか湿っぽくなっちゃったので、 恒例の《コメントへのお返事》にいっちゃいますかぁ~\(^Q^)/ P.S 《L2000》君☆ 僕には君が誰か一発でわかったよ(^.^)b わりと家が店の近所だったっけ‥? 数年前、中学生から高校生になった君とはよく店で話したよなぁ‥(^-^) 卒業後、職場が遠かったのかしばらく君の姿を見かけなくなった‥ 2年近くなるか‥ その歳月を経て、君が突然ウチの店に立ち寄ったのが数ヶ月前‥ もう僕が《廃業》を決意した後だった… 不思議なもんやねぇ‥ 君と軽く会話を交わしただけなのに、 何かを感じとったのかい‥? それからまた君は頻繁に訪れるようになり、 そして《廃業》を知り、こうやってコメントまで寄せてくれた‥ ありがとう‥ 君とはこの先またどこかで某(なにがし)かの《縁》があるのかもしれんね‥ また帰って来るけんね! それまでブログで応援よろしくやでっ(^.^)b 今度会う日の君は《嫁さん》を連れてるかもしれんね‥ 《シバ》さん‥ すいません… 最後の最後に《味わって食べていただいた》うどん、 僕のうどん屋人生最高最大の、 《渾身の作品》にはなりませんでした‥ ほんとすいません… なんだかあの日は‥ ラストデーは舞い上がってしまっちゃって‥ 《本末転倒》のパフォーマンスばかりが先行した1日でした…m(__;)m 《四十年以上の讃岐人》を演じて来られたってことは、 かなりお口の方も肥えてらっしゃるとお見受け致しました‥ 今度帰って来た時は、 その《シバ》さんさえも唸らせる作品を提供できるよう、 牙を研ぎ続けながらの旅にしようと思ってます(^^ゞ その日まで《はったんじ落城》、 さして次の予定作品《無職はつらいよ》、 お暇な時に覗いて応援し続けてやって下さい☆ 今後ともよろしくお願いいたしますm(__)m あっまたコメント下さいねっ(^.^)b まだまだお返事できてないコメンテーターさん、 少しづつ追っかけてますんで気長にすいません(^.^)b いやぁ~例の《朝一・獅子丸》師匠の野郎が、 空気が読めずにコメントをバンバン寄越して来やがるんすよぉ~‥ 今後おそらくこのコメント欄は、 その獅子丸師匠とのコンビネーション(獅子丸いじり)が多用されると思います☆ 腐った卵や小石、ヌンチャクなどをお持ちになって、お読み下さい(^.^)b ではまた後ほど(^O^)/~
September 14, 2008
《石田純ぺー・異端開花前夜》 とにもかくにも石田本家の跡取りに生まれた馬鹿一代‥ その幼稚園時代‥ もう今から30年以上前の話だが、 お恥ずかしい話し‥僕はとにかく《鼻くそ大好きっ子》であった。 今でこそ、そんな子供は見かけなくなったが、 僕らの子供の頃は《青バナ》を垂らした子供が普通にいた。 ある種《青バナ》を垂らすことが一つのスティタス、 トレンドと言っても過言では無い時代だった。 その頃から僕の《神経質》はメキメキと頭角を表す‥ 生まれた当初は大きい方であったが、 幼稚園に入る前あたりから偏食のすごい子供になっていた。 とにかく《肉・魚》はまったく食べられない。 牛でも鶏でも魚でも、一度現物‥生体を見たら食べようとしない。 基本、食べる物は大好物の《ご飯》と芋類の甘辛煮、 野菜はきゅうりのみ。 後はお菓子類‥ だから、ほとんど栄養失調状態の子供であったが、 その僕を小学二年生まで支え続けた蛋白源は‥ 鼻くそと、これまた恥ずかしながら《M永の粉ミルク》‥ もちろん哺乳瓶で飲んでいた‥(実話) キャッ(/▽\;) だからとにかく食べれない。 給食にハンバーグが出たらお昼寝もせずに泣いていたし、 温野菜は口に入れただけで吐いていた‥ 見兼ねた保育士の計らいで、いつからか僕だけが《お弁当持ち》になったような記憶がある。 それでも食べるものがない。 おかんも呆れて登園前の僕に尋ねたらしい‥ 《何が食べたいのか》と。 僕は《ホットケーキ》と答えたそうだ。 そのシーンは覚えていないが、 給食時間のことは今でもはっきり覚えている‥ 弁当箱のフタを開けると、ご飯の上にホットケーキが乗っていた‥。 幼な心に《大好きなホットケーキが、大好きなご飯の上に乗っている♪》 喜び勇んでホットケーキにご飯添え、頬張った‥ そしてほんの一時の至極の時間… 噛み終え飲み込んだ直後、すぐに吐いた。 そして泣いた‥ 確か早引きをしたように記憶している。 おかんへ‥ 今だから言う‥。 例えば《チョコ味》‥ 例えば《イチゴジャムロール》… せめて色んな味のホットケーキのみの詰め合わせ弁当なら、 幼き俺も納得しただろう‥ 大人になった今の俺は、 鼈(すっぽん)でも食べれるほどの美食家に育った‥ さしあたり好き嫌いは無い。 が、そんな俺にも嫌いな取り合わせはある‥ 豚唐は好き、きゅうりも好き、パイナポォ~も好き‥ が、酢豚皿でハーモナイズされた《ぬくいきゅうり》と《中華あん掛けパイナポォ~》はキモいんだよぉ~っ! だが、それでも商品として成り立ってるだろぉ… しかしな…どこの世界に《ご飯の上にホットケーキ》がトッピングされた丼物があるんやぁぁ~っ! あの日以来、俺はホットケーキを口にしちゃいねぇんだよぉぉーっ!! わかるか、おかん‥ これをトラウマって言うんだよ… こうして僕は異端手前の《神経質》を発揮し始め、 そしておかんは《ヤバい母ちゃん》の本領を発揮し始める‥ それから数年後‥ 僕は桜の花咲く小学校の校門を、 哺乳瓶をくわえたままくぐることとなる‥ 漫画みたいな話しだが、残念ながら全て事実だ… まだほんの《エピソード1》‥ まだまだ真実は続く… P.S まんきっつぁん、お久しぶりぶり☆ 元気しよんな? 手伝ってよ~《最後の晩餐》☆ また引き続き応援よろよろ(^.^)b 朝一獅子丸さん! Tシャツ仕入れ責任者、頼んます! 《現金仕入れ》になるけど、余ったらマネージャーさんと二人で売り歩いて下さい! 以上! そして遅ればせながら… 《タバサ》さん! 説明無くともわかっておりやす(^^ゞ タバっさん家の《新築祝い》、 『近いうちに祝い持って寄りますわ!』と言いながら、 行けんかったんもこんな状態だったわけで… まぁいっつも僕がヘラヘラしてるんで、 『お金が無いんすよ~』が、冗談に聞こえてたんやと思いますわ! 旅立ち前には家に寄ります☆ 基本《托鉢(たくはつ)》魂ですわ。 気持ちだけでいいっす‥ 心付けだけで…ニッ( ̄▽ ̄) 《生うどん20玉》さん☆ 長らく応援下さってありがとうございました(^.^)b 僕のうどんを《大好き》といって、遠路はるばるから節目節目にご注文頂いた《近しいところ》さんはお元気でしょうか? 急な展開ですし、もううどんは作れませんが、 もし可能なら《最後の晩餐》に近しいところさんとご一緒にいかがでしょうか? 当日は、期待の新人《朝一・獅子丸師匠》の、 伝統芸能《二人羽織・秋祭りバージョン》という、 くだらないアトラクションもご用意させて頂いてます。 ぜひとも腐った卵や小石を持って応援にかけつけてやって下さい(^^ゞ 《こば》さん☆ すいません‥こばさんのような《新・はったんじマニア》な方々が増え始めた矢先の廃業… めちゃ心苦しく思ってます(-_-;) ぶっちゃけたとこ、僕が《うどん屋》の醍醐味を知ったのは朝うどんを始めてからなんです‥ あの頃(一年八ヶ月前)は、お昼ご飯に来られるお客さんの中には、 《職場の関係上、仕方無し》で来られるお客さんもいらっしゃるわけで、 どこかあの界隈で《覇を争う》ことに冷ややかな自分と、 《ウチは常連さんの店》というプライドを持つ自分がいました。 その思考を打ち砕いて下さったのが、《朝のマニアな方々》‥ 家でも食える朝飯を‥ 食わずに昼までの慣習を‥ コンビニでも済ませる朝御飯を… あえて《はったんじ朝うどん》にお越し頂いて‥ 僕の中で、うどん‥麺作りに対する姿勢を一変させてくれたのが、 朝のマニアな皆さんやったんですよヾ(^^; これまた情緒に富んだ素晴らしい表情をされるお客さんが、 人間味溢れる時間帯にお越し頂いて… そんな中、新しい朝うどんマニアな方々が一人、また一人と‥ 心残りが倍増したのもそんな皆さんの引く後ろ髪‥ 帰って来ますんで‥絶対にあの界隈に! ぜひとも《晩餐》にお越し頂いて、今一度パワーを与えてやって下さい‥ そして必ずハンドルネームにて声をおかけ下さい… こばさん☆ 待ってますよ(^.^)b この三連休、ほとんど用事は無いはずなので、 急ピッチで《後編》、更新しようと思ってます! 連休が明けるとまた始まりますからね…。 《できるだけ》頑張りますp(^-^)q では一応、おやすみなさい\(^^)/
September 13, 2008
はったんじ落城・後編‥ それを書き始めるにあたって色々と悩んできたんですが… ここはやはり得意の《出たとこ勝負!》に徹することに決めました☆ 『どうしても必要であれば大昔のカミングアウトもする。 必要でなければさらりと流す。』 まっ‥書いてるうちに、なんとかなるさ!と(^.^)b それじゃ~とりまえず、 行ってみょ~かぁ~っ!! 平成二十年八月末日、 《はったんじ 練場》閉店をもって、我が《うどん屋人生》は幕を下ろした。 その歴史の始まりは、 平成九年十一月まで遡(さかのぼ)る。 だが、もっと昔‥ C級ホスト上がりの僕が、何ゆえ《讃岐郷土麺》の道に入ることに至ったか‥ そして石田家本家に由来する《はったんじ》の店名エピソード‥ そんな大昔にまで遡(さかのぼ)らなければ、 《はったんじ 落城》は完成しまい‥ そのように考えている… 《石田 純ぺー‥本名:和伸》 昭和43年、 父《いしだ☆ひろ》 母《その妻おかん》 の長男として、この世に生を受けた。 『オギャ~ッ!』と生まれたその時に、 うどんの茹で汁産湯に使い、 するりと産婆の手を抜け、 三歩歩いて天を指差し、 こう言ったという‥ 『一日、一麺~っ!(^o^)/』 《うどん職人》 石田純ぺー・40歳、 不器用なまでにこの道一筋40年の大ベテランである‥ って、それは嘘だ。 話を戻そう… 僕の誕生‥それは、 石田家祖父母にも、母方祖父母にとっても、 《待望の初孫》誕生だったそうだ。 そうした《本家長男》の期待を受けながらも、 《可もなく、不可もなく》の幼少期を経て小学生時代を過ごし、 その後《波瀾万丈の人生》の幕開けとなる中学・高校時代へと突入する。 ここで一つ目の述懐だ‥ 僕が初めて《はったんじ》という言葉を耳にしたのは、 確か小学校低学年の頃だと思う‥。 町内の長老から《はったんじの孫》と指された。 どうも石田方祖父が当時の《はったんじ》の当代だったようで、 正しくは《八反地》と書くらしい。 八反地の由来には様々な説があるが、 その由来を説く逸話に共通するのは、 『その昔、この川部界隈に膨大な土地を所有した八軒の《名主衆の内の一家》の末裔(まつえい)』 というのが、今の《石田本家》‥僕の実家という話しで、 その当時は地名として呼ばれたらしい。 他の《七・名主衆》は皆《八反地》から去り、 残ったのが《石田》だけだと‥ そうしていつからか地名としてではなく、 《石田》の代名詞‥呼称として使われるようになったとも‥。 古(いにしえ)の世の真実は僕にはわからない。 が、今唯一言える真実は‥ 《八反地》の末裔にこんな馬鹿が出たと‥ 石田本家の長男坊に《異端》が生まれたと‥ 昭和43年冬、そんな事実が誕生したことだけが唯一の真実だ‥ 《石田純ぺー・異端児伝説》の始まりである… その後、11年の歳月を経て‥ またもう一つの真実が生まれた… 前人未踏の大川郡の山中で 何の因果か《猿》が産まれた‥ 《立花孝太郎・スパークするチョンマゲ猿》! って、まぁどっちでもいいか… この真実よりも下品な事実に最大の賛辞を送ろう‥ めでたしぃ~めでたし… ~続く~ P.S いやぁ~長らくすいません‥f(^Q^; もう迷っていても仕方ないかなってことで、 ここからは流れに任せて書いてみょうと思います☆ そろそろ《債務処理》もかなり前進し、 スーパーハードな毎日が展開されてます! この分だと予定より早い決着になるかもしれませんが、 まだ油断は禁物ですからね‥ とにかく頑張ります(^^ゞ kmoritaさん、ありがとうございます(^.^)b 明日《新ブログ》と《闇鍋》の打ち合わせを兼ねて、 会社訪問していいですか? あっ、明日は土曜日か‥ 休みですかね? ちょうど今日の21時前に、《朝一っちゃん》から電話がありました。 僕は深夜のブログ作成のために仮眠をとってたんですが、 その電話で起こされました‥ 以下、その時の会話です。 朝一『毎度ぉ~(^o^)/』 僕 『誰ですか‥こんな時間に…』 (空気読めよ!寝てたっちゅうの!) 朝一『朝一、朝一っ! 男前の方や(^.^)』 僕 『あぁ‥久しぶりですね‥』 (いったいどのへんが男前やねん!つむじのあたりか?) 朝一『例の最後の晩餐の件で電話したんやけどな、 ○日と○日、それから… は、予定が入っとるけんいかんのや(^^;』 僕 『あっそうなんですかぁ~』 (ブログのコメントに書いてたがな!知っとるっちゅうの!) 朝一『いやな、地元の秋祭りで獅子舞いの練習があるんや~! 今年は獅子の頭(の使い手)やけんなぁ、外せんのや~(^0_0^)』 僕 『あぁ、そんな時期ですねぇ‥』 (獅子の頭って…見たまんまやん!中に入る必要ないだろ!) 朝一『でな、後の日程もあるけん先に聞いとこうと思って電話したんや。』 僕 『いや、まだkmoritaさんと話してないんで何とも言えんのですが、 できたら土曜か日曜の夕方4時くらいから8時くらいまででやりたいかなと… 廃業を知らんかったお客さんもまだおられるみたいですし、 そんなお客さんにもちょこっとでも顔出して欲しいっすから。 《一杯だけでも乾杯して》みたいな感じで‥ あっ、朝一っちゃん! 当日のアトラクションでいっちょ《獅子舞い》を頼んますわ~! 首から布をぶら下げとったら、 充分絵になりますから構える必要ないですよ!』 朝一『もう頼むわ~、冗談やめてや~ヾ(^^;』 …。 冗談ではない‥ ブログに書いて全国発信! とぉぉーっ!! ププッ(^ρ^) こうしてまた一人の男の人生が変わった… ニッψ(`▽´) そんな感じで現場チームは進行中です☆ スタッフルームのkmoritaさぁ~ん! 後ヨロシク~o(^Q^o) それでは皆さん、 良い週末を~(^o^ゞ おやすみです☆〃
September 12, 2008
ついにブログ作成専用携帯電話(ドコモ)が壊れてしまいました! 毎日毎晩、馬車馬のようにこき使ってきたあいつ‥ だからいつか、この日がくることはわかっていました‥。 ほんとうにごめんよ‥ マイ・スィー・ハー… そんなに君が傷ついていたなんて‥ ユア・ブロークン・ハー… 読者の皆さん、 そしてまだお返事をお送りできてないコメンテーター&コメント常連の方々。 ここに《私事》を持ち込んで申し訳ありませんが‥ 今夜はあいつのために鎮魂歌を‥ レクイエムを唄わせて下さい… それでは、リクエストにお応えしまして‥ 《大きなのっぽの古時計》 ~平井ケ●バージョンの曲にのせて‥~ ♪(一番) ナショナ~ルのドコモの古携帯~ お純~さんの~ドコモ~‥ 毎晩いつも、ブログしていた~ ご自慢のド~コモさ~‥ 創刊号~の、つづった朝に~ 替えた~ばかりの電池ぃ~‥ 今は、もぉ、動かない~ お純~さんの~ドコモ~ 毎晩休まずにカチカチカチカチ、 お純さんと一緒にカチカチカチカチ、 今は、もぉ、動かない~‥ お純~さんの~、ドコモ~‥ ♪(二番) な~んでも知ってる古時計~ おじいさんの時計~‥ 綺麗~な花~嫁やってきた~ その時は鳩が出た~‥ 天国にのぉ~ぼるおばぁさん、 おじいさんの鳩で~‥ 今は、もぉ、動かない~ おじいさんのコドモ~‥ 毎晩休まずにチクタクチクタク おじいさんがおばぁさんにチクタクチクタク 今は、もぉ、動かない~~‥ おじいさんのコドモ~… アリーナ、Thank you~! あ・り・が・とぉ~(^O^)/ でも、良い子のみんなは唄っちゃダメだぞぉ(^_-)b ってことで、本日予定の更新内容が変わってしまいました(^-^; この携帯(Pシリーズ)に慣れるまでには、 少し時間がかかるかもしれないですが、 ぼちぼちと更新していきますので今後ともよろしくお願いします☆ それでは皆さん、明日もお仕事頑張って下さい(^^ゞ P.S 《レオ》さん‥ >あと2日しかこのうどんは食べれんのや‥ ってことは、2連チャンでお越し頂いたんですね‥ ありがとうございました… あれからもう10日も経つんですね‥ なんだかめっちゃ胸が痛いです…(T_T) レオさんも《はったんじ再建》を応援して下さるお一人‥ しかも《一杯2000円》でもと… その2000円、今の僕には喉から手が出るほど欲しい… 《赤いきつね》か《どぜう》なら明日にでも用意できます。 ただし三分ほどお待ちいただかなければなりませんが‥ なんてですね(^-^) しかし、ハンドルネーム《レオ》さんですか‥ まったくどの方なのか想像がつきません(~_~;) 東京出発までにはもう一度御贔屓下さった皆さんとも‥ 特にコメントを寄せて下さった方々とは会ってみたいですね☆ 会ってもう一度握手をしたいです☆☆ ほんとうにそんな機会が作れるといいんですが‥ あっ!近いうちに一度、 コメントマニアの《朝一っつぁん'S》に相談してみます(^^ゞ 彼らならひょっとするとひょっとするかも↑ もし実現したら‥ 《うどんはぬるめ》さんも是非! これまた僕はどの方かもうひとつピンと来ないんですが(すいません‥)、 孝太郎は《うどんはぬるめ》さんのことを知ってるそうです‥(^-^; もちろん僕も会えば必ずお顔は存じ上げてると思いますよ(^-^) でもその前に、あいつから《お客さんのこと》の説明を受けるのがムカつくんですけどね。 今度あの野郎が自慢げに、 『○○さんはあの人ですよ』的発言をした時は、 野郎の鼻に《飛び膝蹴り》を入れることに決めてるんです‥ 鼻っぱしらをへし折ってやろうとですね(-.-)y-~ ところで、ぬるめさんの旅はゴールにたどり着きましたか? 朝うどんを展開する店は少ないですからね‥ まだかもしれませんね(^-^) 必ず帰って来ますんで、それまでの《止まり木》ってことでよろしくお願いしますね(^o^ゞ ほんとにありがとうございました☆ 閉店から時間が経つにつれ‥ 皆さんからのコメントを読むにつれ‥ 懐かしくなり‥ 胸が痛くなりますね… やっぱり僕にとっては10年の歴史は軽くないですね‥ おやすみなさい‥
September 10, 2008
今日は朝から首と頭が重く、酒も飲んで無いのに少々吐き気が‥ 今まだセンベイ布団の中で横たわってブログを書いています。 カーテンの裾(すそ)から入り込む光りは、いつもよりは薄暗く‥ 今日の空模様は《曇り》かなと… えっと~昨日、このブログを新しい展開に変更することがほぼ決定しました☆ 内容ではありません。 運営方針‥ホームページの移動と有料化方面に関してです。 はったんじ練場の古くからのお客さんであり、 ネット界では《蛇の道の蛇》である‥って、言葉が悪いかな(^o^; ウェブデザインのプロ中のプロ、kmorita氏率いる 《ゴーフィールド》社に、 今後の僕のブログの《管理・サポート》クルーをお願いすることに致しました(^.^)b かつての《クルー陣》との溝も埋まり、前向きな話し合い‥ 《僕の将来を見つめた》話し合いを持って、円満解散という形に相成りました☆ 前クルー陣との話し合いの中で、 《有料化や無職旅の追跡は、今のクルー陣の機能では限界がある》ことが解散に至る最要因でした。 ぶっかけさんや、ブログデビューオヤジのおやっさんには余計な気苦労をおかけしましたし、 以前には不細工な内輪揉めも露呈して読者の皆様に不快な思いをさせてしまったこと、 深く反省し、この場を借りて謝罪致します‥ 皆さん、ほんとうに… ごめんくさい‥ ニッΨ(`∀´) さぁ~、ゴフィー社のみんなの力添えを受けた石田純ぺー・弱冠四十歳、 《鬼に肉棒!》、 まさに水を得た魚だぁぁーっ!! これからはコメントへのお返事しかり、 《はったんじ落城・完結編》しかり、 普段の日記にもガンガンに《純ぺー・ワールド》を盛り込んで飛ばして行きたいと思ってます! ゴフィー社の《kmorita》さん、ありがとうです(^.^)b 『例え一円でも借金返済はしなければならない‥ が、はったんじのお客さんの読者さんに、これ以上の施(ほどこ)しを受けるわけにはいかない…』 この《壁》を、あなたの提案のお陰で《有料化》せずに打ち破ることができました! これからもバリバリと無理難題を持ちかけると思いますが、一つよろしくお願いします(^.^)b そして《自由行動》さん! あっ、じゃなくて…《自由研究》さん☆ 第一回全国《エアはったんじ》大会の初代チャンピオン(参加者約一名)あなたの功績は大きい(^O^)/ あなたのお陰で《ゴフィー社》とのパイプが出来ました♪ どうもありがとうです(^.^)b 次のオリンピックでは《どぜうすくい(安木節)》が‥ あっいや失礼! あなたの編み出した《エアはったんじ》が、 《五輪正式種目》に選考されるとかされないとか‥そんな噂も耳にしました! なんとしても僕が帰って来るまで‥第二・第三大会でもチャンピオンのベルトを守り続けていてください! 日々、社内でも《どぜうすくい》の鍛練を‥ プッ(~ρ~) そして♪スタッフ~‥の皆さん☆ 昨日、びっくりしました! てっきり《大学生姉妹》だと思い込んでたお二人や、 はったんじのむさ苦しいプレハブ店内に《花》を添えてくれていた、 《美人麺通グループ》の皆さんまでが、 ゴフィー社のスタッフだったとは‥ ヾ(^Q^; 長らく応援下さって、ありがとうでした(^^ゞ またまたお世話に‥厄介になりますが、 これからも‥そこんとこヨロシクです(^.^)b 最後に《Μぶっちゃん》! ありがとうね‥ って、なにがありがたいねん?? 僕はΜぶっちゃん、君がお客で店に来たのを見たことが無い! よくも冒頭に『ありがとうね』なんてフレーズを出させやがって‥ もったいないと言うか‥なんや野良犬にでも噛み付かれた気分や! 近いうちに診断書持って行くけん、話し合おう! 大事なんは《誠意》やで! お金でない! そなん言う人に限ってお金が欲しいんやけどな(^.^)b ってことで、Μぶっちゃんも《いじられキャラ》決定☆ 楽しみが増えたでぇ~‥ Ψ(`∀´#) それではスタッフの皆さん、午後もお仕事頑張って下さい(^.^)b P.S 近々、ホームページ(?)のお引っ越しになると思います。 またプロの方々に聞いて告知させてもらいますんで、これからもよろしくお願い致しますm(__)m それと、有料化はありませんので! ただ、物語だけを抜粋して読みやすくした《無料の携帯小説》を別所帯に作ることになると思います。 《時間足らず》と《睡魔》で手抜きした物語を手直しし、 《はったんじ》開業から落城までを、一つの流れにしてまとめようと思ってます☆ 今後とも応援のほど、よろしくお願い致します(^.^)b それでは皆さん、後半も頑張って下さい(^^ゞ
September 9, 2008
何から書こう‥ あっ、先に皆さんにお断りしておきたいことがある… 《はったんじ落城・後編》は、本筋から言えばその物語が前編になる‥ 僕のうどん屋人生のスタートは《川部本店開業》だからだ。 今、僕は迷っている‥ この物語‥後編を書き始めるなら、また避けては通れない《R指定》が鎌首をもたげる‥。 そこには《はったんじ開業》に至るまでの経緯‥ 僕の《流転の過去》がどうしても必要だからだ‥。 さもなくば、この物語はリアリズムから逸脱する危険性が多分に含まれる…。 そのカミングアウトをすべきか否か‥ 僕の過去を知るわずかなところからは、 《十中八九》止められてきた‥。 もう少し時間をいただきたい‥ 特にはったんじのお客様経由の読者の方々にはとても申し訳ないのですが、 今しばらく、お時間をいただきたく思っております‥。 今は《債務処理》がめまぐるしく動き始め、 日々、頭の中を数字と策略が駆け巡り、 ブログ更新や落城後編、それと先ほどの《カミングアウト》の部分の構成を考える精神的余裕と時間がありません‥。 いつも勝手ばかりでまことに恐縮ではありますが、 何とぞご理解のほど、よろしくお願い致します。 m(__)m そしてもう一つ、お断りを兼ねた近況報告です。 《レッドゾーン》及び、 《グレーゾーン》の債務に関してですが、 日々、かなり前向きな話し合いが行われ始めました。 ようやく重かった扉も開き始め、誠意のある対応を頂けるところまでこぎつけました。 まだ2~3、未発展の案件もありますが、 まもなくその扉も開くことと思われます。 本来ならその《手段・経緯》も記すべく始めたこのブログではありますが、 先方さんにも立場もあり、充分な誠意も頂きました。 しかるに、それをこの場で得意気にさらすのはいかがなものかと‥ 僕の人としての‥ 僕の中の《良心の呵責》がそれを許さないので、 ここは《内訳暴露》は一つお許し頂きたく存じ上げます‥。 ただヒントだけは‥ まずは《誠意》! これに勝る攻略法なし。 金利も返済方法も端から納得づく借りた金ですから、 《まずはやるだけやる》! 僕は店を2店舗、犠牲にしましたから。 その結果、お客さんにも迷惑をかけ‥ 廃業という《裏切り行為》に至ってしまいました… そして、それで駄目になったら、 次に《話し合う》! でも法の力を借りずして、その扉を開くまでには、 《レッドゾーン》数ヶ月、 《グレーゾーン》で約半年の月日を要しました。 確かに一筋縄の道のりではありませんでした‥。 道中、こちらの先方さんへの対応の中で、 『お上からお縄を頂戴するかも‥』と、ヒヤッとしたこともありましたし‥ 逆に『狙われるかな‥』と不安を抱いたこともありました。 ですが、ようやく‥(^-^) 当然、駆け引きも必要ですが、 《粘り》と《誠意》‥ 大切な心がけです。 まだ若干残っているものもありますし、 特に大口系はこれからです。 ここから《2年間の無職生活》‥ この歳月をかけて必ず決着をつけます。 銀行系の債権を買う者の中には《非道》な取り立てをする輩も存在すると聞きました‥ でも望むところです(^.^)b あなた方の《取り立て技術》が勝つか、 僕の知恵と経験、そして粘りが勝つか‥ 楽しみです(^^ゞ しかも僕には最強の武器である《ブログ》と、 それを《応援してくださる方々》という最大の味方を得ました☆ 僕にはもう失うもの‥ 収入も資産も信用もありません。 《企業名・個人名を晒して全国発信!》 名誉毀損で損害請求されることも、 狙われることも気にしてません。 《窮鼠(きゅうそ)猫を噛む》‥ まんまです(^.^)b もちろんそれも、 《わかって借りた金》‥誠意は見せます。 願わくば《和解》‥ それを望んでますよ‥。 P.S 《コロッケ好き》さん☆ お返事、遅くなりまして‥すいませんですf(^o^; ずっと応援下さってたんですね‥ ありがとうございました! m(__)m 孝太郎にコロッケ好きさんと思しき方の認識を尋ねたところ、 『たぶんあの方やと思います』との返答。 朝の接客をメインでこなしてきたあいつには、わかっているようです。 すいません‥ 僕はもう一つコロッケ好きさんがどの方なのかを認識できていません‥ 厳密に言えば、孝太郎のたどたどしい日本語では意味がわからないのです‥ 孝 『時々、早朝営業に見えらるウキキなウキィーッです‥』 僕 『下がってよい‥』 《見てくれ》こそは、すっかり文明人と化した孝太郎ではあるが、 まだ頭の働ききらない早朝は、時々あの頃の面影がちらほらと見てとれる‥ これは人づてに聞いた話しだが、 9年ほど前の彼は大川群の山中で‥ 猿の群れの中にいた… 野を駆け、木々の間をめぐり、 群れのNo.2として仲間の猿達を牽引してきた‥ 人間による森林伐採と、地球温暖化による環境破壊で、 山には食料が減り‥ 次第に彼らは人里に出没し始めた… ゴミを漁り、畑の作物を荒らすようになった彼らはついに‥ 無責任に餌を与えようとする観光客にまで襲いかかったのだ! 当時の地元回覧板には、 『巨大猿、出現!』の見出しが踊り、 その悪業と‥特にその獣の悪臭は、 地元の人々を恐怖の坩堝(るつぼ)へと陥れた… そうその巨大猿こそが彼‥ 孝太郎だったのだ… ほどなくして彼は《地元猟友会》の皆さんの手によって麻酔弾を打ち込まれ、 動物園に引き取られることとなる‥ そうして僕と出会い、現在に至った‥。 これはあくまで風の噂である。 人づてに聞いた‥ 彼がまだ猿であった頃の話しだ… って、また余計な話しが長くなってしまいました(^o^; コロッケ好きさん、 ほんとうはコロッケも手作りにしたかったんですが、 ぎりぎりのスタッフ数にはコロッケ作りの手間が、 そこまでの余裕がなく‥ 《少しでも揚げ立ちの天ぷら・揚げ物を目指す》ことが精一杯でした‥。 次の《新生・はったんじ》では、そこまでこだわれたらいいですね☆ 必ず帰って参ります! その日まで変わらず応援して下さい(^^ゞ ありがとうございました‥ (^.^)b またお一方さんにしか《コメント返し》、 書けませんでした(^o^; 少しづつですが追い付いて行きますんで、気長によろしくお願いします☆ それでは皆さん、 今日も1日頑張って下さ~い♪ ニンニン(^_-)/~
September 7, 2008
って、もう《こんにちは》の時間帯ですねヾ(^o^; 昨夜から風雲急な話しで実家につめてます。 まもなく《第二次・親族会議》ですv(^-^) まもなく実家‥《生家》が吹っ飛びますんで、 『それをどうするか‥』って内容です。 昨日は《もう一つ》ブログ更新できるかなと思ってましたが、流れが変わっちゃいました‥ ごめんなさい。m(__)m 今日は廃業後、初めての日曜になるんですね‥ 朝‥朝…?朝‥なんでしたっけ‥えぇ~と‥ まぁハンドルネームは忘れちゃいましたが、 《朝一なんとか》って人が厚かましくもコメントを送って来やがったので、 今日が初日曜だということに気付きました☆ 《朝一なんとか》さん、 コメントあり‥(以下、略) チョビ髭親父さん、 チョビ髭親父さんも元気そうでなによりです(^^ゞ ラストデーにブログと盛り上げて下さって、 ほんとうにありがとうございます☆ あっ、お嬢も新学期が始まりましたね~! 真っ黒に日焼けしたお嬢の笑顔、僕は生涯忘れないと思いますよ‥ ママさんにもよろしくお伝え下さい(^.^)b それと《★★★》さん‥ お気遣い、ありがとうございました(^-^) いったいどなたなんだ‥ と、気になって気になって仕方ないんですが、 深追いするのはやめときます‥ 僕の《コメント占い》、まったく当たりませんから‥ (^o^; これからも応援よろしくです! (^.^)b まんきっつぁん、 おやっさん、 毎度ありがとうございます☆ 違った面で忙しくなってきてるのですが、 なんとか元気にやってますんで~(^.^)b さぁ~てとっ、ちょっくら弾(はじ)けてみますわ~☆ 皆さんも良いサンデーナイトをお過ごし下さい♪ ではまた(^^ゞ
September 7, 2008
《風雲、急》を告げる展開が起こり始め、バッタバタしだしました彡彡 まぁ善しも悪しも‥どちらにせよ避けては通れ無い《道》なので、遅かれ早かれってとこです。 (^.^)b しかし8月中より《執筆活動》にあてる時間が厳しくなりましたね‥(^o^; なので今日はコメンテーター最新人の、 《フジコさん》へのお返事で、締めさせて頂きます‥ m(__)m フジコさんにも、そんな悲しい出来事が起こってたんですか‥ それは‥《失恋》と呼ぶには軽すぎて、 《破局》と言うには‥ 今はまだ重すぎますよね… はったんじを応援してきて下さったフジコさん‥ そんなあなたに僕にできるのは‥ 《小爆笑》(^.^)b いやぁ~彼氏さんとのこととが、《はったんじ廃業》と同時期だっただなんて‥ しかもウチのうどんを食べた後に‥ って、俺達どんだけ下●チンやね~んっ♪ (^Q^)人(^Q^)/ 特に孝太郎~、お前~♪ (^σ^σ m(‥)m てか、今やから言うんですが‥ あの日(8/31)昼過ぎに倒れかけまして‥ 実は僕、仕事を放棄しようとしてたんですよ‥ ((((((-_-;) 以下はラストデー、練り場内での出来事です… 僕 『孝太郎‥俺、これはラストまで持たんわ‥』 孝 『どうしたんすか?』 僕 『あかん‥フラフラする…』 頭に血が鬱積(うっせき)したような‥ そんな妙な感覚に襲われ‥ 薄れゆく意識の中、僕は孝太郎に《練り場》の奥でそうつぶやいた‥ 孝 『たぶん覆面のせいですよ! 熱中症と同じ状態になってるんでしょっ!』 僕は朦朧(もうろう)とする意識の中、自分が朝から覆面を被りっぱなしだったことにようやく気づいた‥ 僕 『ほっ‥ほんまや!』 僕は慌ててあごヒモを解(ほど)き、覆面を脱ぎ捨てた! 孝 『純さんっ! 頭から湯気が出てますよ!』 僕 『マジっ!?どおりで熱いと思ったんや‥』 僕は練り場内の流し台に完全に煮立った頭(こうべ)を垂れ、 一気に冷水をぶっかけた‥ 僕 『ぷふぁ~‥生き返った~‥けど‥』 水を被った程度ではすぐに回復はしない。 そして僕はその場に座り込み、残り数十分の‥ 最後の仕事を放棄しかけていた‥ が‥ 《いいやダメだ‥ ここでテン・カウントを獲られるわけにはいかない‥ 客席ではケン太や‥施設の子供達が、俺を応援してくれている‥》 そんな思い‥その使命感にマスクを取り、 《職人復活》へと立ち上がった! 僕 『うわぁ~っ!マスク、ザブザブやがなぁ~‥ しかもクッサ~!』 朝な夕なに涼しくなったとはいえ、まだまだ残暑厳しい八月末日‥ しかもほとんど風を通すことのできない《練り場》内は、日中の室内温度が50度を超す。 その環境下で、指折り数えてざっと7時間‥ それだけ長時間にわたり被り続けたら、 昨夜買ったばかりのマスクも、そりゃ~柑橘系のオイニー(匂い)がするはずだ‥ 僕はそんな柑橘マスクを被るか被るまいかを迷い、 その答えを孝太郎に求めた‥ 僕 『もう1時15分やけんなぁ‥ もうマスク被らんでもええかいの…』 こんなところで‥ 最後の最後に熱中症で… 志し半ばにして命を落とすわけにはいかない‥ 孝 『そうすね‥ 《命あっての物真似》ですからねぇ‥』 ちょんまげ馬鹿はそう答えた‥ あいつもかなりスパークしていた… 僕 『アホっ! それを言うなら、命あっての《物種(ものだね)》や! 《命あっての物真似》ってお前‥ そんなことをよそで言うなよ! 恥かくぞ!!』 即、ブログに書いて全国発信! プッ‥(~ρ~) 僕 『どうしょうか‥ あとちょっと(の時間)やし頑張るべきか… でもこのマスク‥オイニー、サイクーやしなぁ~…』 その時、俺の迷いを吹き飛ばすあの曲が、 頭の中にこだました! ♪(旧タイガーマスクの主題歌の二番に乗せて) ♪釣り銭~、足りない~‥ はっ~た~んじぃ~‥ 朝一~、諭吉にぃ~‥ 釣り、こ~ま~るぅ~‥ スタッフ一同かき集め~ なんとか漱石四千円~ ゆけ~、ゆけ~‥ ミニィ~、スト~ップ~‥ 両替た~の~め~♪ ご清聴、ありがとうございました~ \(^_^ )( ^_^)/ というわけで、なんとかかんとかタイガーマスクで閉店まで完走いたしました☆ でも裏側ではそんな物語が起きてたんです‥ あっ!良い子のみんなは真似しちゃダメだぞっ! (^o^; フジコさん‥ あなたも次のステージに向かって《ゴー》ですね☆ (^^ゞ 僕も頑張ります!o(^-^)o 前を向いて歩いてりゃ、 またいいことあるさ~☆ フジコさんにも、 Good Luck! 祈っときます(^.^)b P.S 昨日もまた叱咤激励をいただきました(^-^) 『ブログ更新を義務と思う必要はない。 でも更新が無ければ心配もする。 ハンデがハンデだけに。 だから一言だけでいい‥ 《すいませ~ん、時間が無くて‥》 それで充分‥ みな、わかってくれるはずだから‥』と‥ お言葉に甘えて、そうさせて頂こうと思って書き始めたんですが‥ いざ始めると、指が妥協を許さない‥ ちょっと字数と時間がかかってしまいました(^o^; コメントを下さった皆さん、 コメントの欄のカウントもチェックしておいて下さいね☆ 増えてたら僕の《コメント返し》かもしれませんので(^.^)b 《miniくっぱ》さんもありがとうございました☆ お返事、コメント欄に書いてます(^^ゞ しかしさすがお洒落な方‥ハンドルネームもセンスがいいですね(^.^)b これからもよろしくお願いします☆ では今日は更新の方、 もういっちょ頑張ってみます! 皆さんもお仕事頑張って下さい。 (^-^)/~
September 5, 2008
おはようございます(^^ゞ 今、AM3:47‥ 店も無いのに目覚める時間は相変わらずです‥ (^.^; 宵の口(よいのくち)の、第一次睡魔が襲ってくる時間帯(20時頃)を、 耐えて起きとくようにすれば、生活リズムは変えられるはずなんですが、 ここまでの疲れと少しの空虚感‥ それとほんの少しの燃え尽き感が余計に睡魔を誘い、まだまだ《新リズム構築》には時間がかかりそうです… 《少しの空虚感》‥ いつからか公の債権者からの電話が激減しました。 『もしかしたら、このブログを見ているんじゃ‥』と思うくらい‥ もちろん端からそれも踏まえて書いてはいるんですが‥ Ψ(`∀´#) 《ペンは剣よりも強し》 妙なリアクションを起こすなら、企業名・個人名晒して全国発信じゃ~! \(^O^)/ 以前にも書いたんですが、 《してもらったことは返します。でもやられたことは忘れません。絶対お返しします‥ププッ(~ρ~)》 けっこうかなり、僕は意地悪だ‥プッ(~ρ~) あっまた怒られるかな‥ ((((((((^Q^;) すいません‥またまた話しが横道にf(^o^; それらの激減が《少しの空虚感》を生み出してたんです‥ 今回の廃業にあたって、ここからは、 まず《完全復活》‥その復活劇を皆さんにお見せしたい。 それから《債務処理》‥蟻が巨象に挑む姿を見ていただきたい‥ まだ確信には至らないが、自信はある。 《たかだか一億。だから破産も自殺も逃亡も必要なし》と(^.^)b しかしこの電話の鳴らない静けさ‥ 訴訟体制突入の可能性も充分にありますし、すでに2~3の訴状は届いています(^-^) 『望むところや(^.^)b この無職で資産(車さえ)無しこの俺や。 なんぼでも受けて立つで。 ただ一言だけ言うとくわ‥ 破産もせん、払う意思もあるけんな‥ だから話し合いのテーブルには着きなはれや(^^ゞ なんでもかんでも《法的措置》は御社の経費の無駄遣い‥ 君ら《取り立て部隊》の職務怠慢や。 《闇専従職員》とあんま変わらんで~(^σ^σ でも誠意をもって対応してくる先には、俺も誠意で持って返します(^-^) 勘違いせんといてな‥ 丸ごと手のひらを返してるわけじゃないで‥ やれるだけのことはやって、俺はすべてを‥ 事業も社会的信用もすべて無くした結果やけん。 ここから先は優先順位が違うんや‥ 今日まで我慢してきてもらったバックアッパーの仲間達が優先や(^.^)b』 このくらいならお叱りは受けんかな‥(^o^;? さぁ~てとっ、昨日は僕のファイティングスピリッツに火をつけるような無神経な催促の電話が一発入って、 ちょっとだけ目が覚めました‥ Thanks!(^.^)b 今日から気合いを入れて片付けと出発準備にかかりますわ! p(^^)q 今日は比較的過ごしやすいお天気やと思いますんで、 皆さんもお仕事頑張って下さい(^^ゞ P.S~コメントへのお返事です~ 《女の子三人のパパ》さん☆ 遅くなりました(^o^; 僕はパパさんと、その前にコメントを頂いてた 《女の子三人づれ》さんが同一人物なのかどうかで様子を見てたんですよ‥ コメントからだけだと未だにわからんのですがf(^o^; まぁでもパパさんの正体がわかったんですっきりしました(^^ゞ お若いパパさんで‥ママさんも美しい☆ 『これぞマイホームパパ』って雰囲気ですね(^.^)b パパさんとは職場関係での縁ですから根深いものがありますね‥ パパさん所属の《D社》の皆さんには、ほんま可愛いがっていただきましたから‥ほんとありがとうございましたm(__)m あの《お人柄が顔に出てる監督(責任者?)さん》ご一行様と、 廃業10日ほど前に話すことができたんです。 お昼時の来店でしたが、ギリギリ車に乗る前につかまえることができてですね‥ そしたら監督さんが、 『閉めるまで毎日来るでぇ~p(^O^)』って言ってくれて‥めちゃくちゃ嬉しかったですよ(T_T) 現場であちこち行ったら、その先々でお昼を食べるでしょ‥ 当然、口も肥えとると思うんですよ。 それにこの界隈は《うどん屋激戦区》! にも関わらず、ウチを贔屓(ひいき)にしてもろて‥ ほんま幸せもんやったですよ‥。 しかもパパさんにはファミリーで休みの日にも‥ 嬉しかったですよね、ほんまに‥ 最後の方でもまだ顔を見れてなかったんで、 『現場が遠いんやろなぁ‥』と思って気になってたんですよ‥ 監督さんが来てくれた時には、 『あっ、これで皆さんにも伝わるやろ!』と正直ホッとしましたし、 パパさんに寄ってもらった時は胸をなでおろしましたよ‥。 最後の最後で《ニット帽の監督さん(?)》に寄ってもらって、うどんが残って無かったのが心残りでしたが‥ でもそれでも店を覗いていただいたことが嬉しかったです‥。 D社の皆さん、パパさん、そしてファミリーのレィディー'S、 ほんとうにありがとうございました! \(^O^)/ またいつか必ずあの界隈に帰って来ますんで、くれぐれもお体には‥特に怪我にはお気をつけて頑張って下さい☆ その日まで‥ Good Luck!(^.^)b 《なかなかい》さん! ブログ見ましたよ(^^ゞ プロフィールも拝見しました☆ バリンバリンのキャリアウーマンじゃないですかぁ~ビックリ! w(°0°)w しかも『こんな綺麗な人、おったかなぁ~‥』って‥ あっ、僕はモバイラーなんで、プロフの写真はスイカの種くらいの大きさで‥ お顔が確認できなかったんですが‥(^o^; でも《頑張ってる人》はオーラが違います↑ 近いうちにブログの方にお邪魔しに行きますよ(^.^)b 応援、ありがとうございました\(^O^)/ 《TAKESHI》さんへ☆ 僕はてっきりタケシさんを大学生やと思ってました(^o^; こないだ話しができて、驚きの連続! タケシさんの年格好や雰囲気からだと、どちらかと言えば‥ 《うどん》より《パスタ》、 《社会人》というより《学生》、 《夫》というより《彼氏》‥ 意外性の塊やったですねぇ‥ビックリw(°0°)w 確かご両親もお連れいただいたこともあって、 その時は、県外から訪れた親御さんに《セルフの讃岐うどん文化》を教えてるものやと思ってました‥お恥ずかしい(^o^; また御結婚されてたとは‥まだまだ彼氏・彼女で充分通るほど糠(ぬか)味噌臭さのない御カップルで☆ 奥方のゆで玉子のようなプリップリのお肌が若さを一際感じさせました(^-^) 何よりも《香川県人》感の無さ‥ そんなタケシさんが贔屓してくれてるというギャップ感が、僕の中で印象となって強く残ってたんですよね‥ ほんとうにありがとうでした(^.^)b また必ず帰って来ますんで、今度はベイビィ~も一緒に《新生・はったんじ》にレッツらゴ~!でよろしくです(^^ゞ お幸せに‥ Good Luck!(^.^)b えっと‥時々コメント欄に僕も乱入してる時がありますんで、コメンテーターさんはチェックしといて下さいね☆ けっこういじったりしますんで‥また一つ僕の楽しみができたぞ… Ψ(`∀´) それではまた夜に‥微妙ですが… (^^)/~
September 4, 2008
おはようございます‥ ついにブログ更新、途絶えました‥(^o^; 昨日まで『なにがなんでも1日1更新!』の目標を掲げ、 仕事との両立で頑張って参りましたが‥ 《石田純ぺー・40歳》 中身は子供でも寄る年波には勝てず、少々ダウン気味‥。 昨夜、挨拶まわりもかねての出先で、近いところに食事を馳走になりました☆ しばしの歓談‥その後、 『今日のブログを更新せねば!』と鬼神の如くが形相で帰途につき、 勇み足にて午後九時前には帰って参りました! 『さぁ~てとっ、今日は何から書こう‥』 と携帯を握るやいなや、知らぬ間に爆睡Zzz~‥ トホホッ‥ 情けない‥よりも悔しいかな…(-_-;) しかし悩みもあるんです‥ 《はったんじ落城》も書きたい‥ おもしろおかしい《純ぺーワールド》を展開したい‥ それから、コメンテーターさんとのキャッチボールもしたい‥ 正確には《コメンテーターいじり》をしたいかな‥ ヒヒッΨ(`∀´) 他には、政治経済なんかもシリアスを交えながら、ぶったぎりたい‥ まぁこれは《はったんじ落城》の中でも少しはできるかな‥ あと、ファンの高齢化で下火の《競輪》もおもしろおかしく書いてみたい‥ 日本のお家芸人気の底上げをしてみたい‥ と、まぁ贅沢な悩みなんですが‥ 書きたいことが多すぎて間に合わない、みたいな‥ f(^o^; でもね‥ 皆さんからのコメントを読んでると不思議ですわ… 僕はお客さんからお代を頂いてるんで、 《確かなものを、より安く》って極々当たり前の考えと、 自分の作品(麺)の出来具合に対する自己満足‥ ナルチシズムに浸りたいがために頑張ってきただけで、 それなのにこれほど応援のコメントを頂けることが、不思議で不思議でしかたないんです‥。 もちろん《借金返済》のために仕事をしてきた部分もありますが、 後になって読み返してみると、なんだか目頭が熱くなってきてしもて‥ ほんまに心の底から純粋に 『ありがとう‥』って‥ そんな気分です‥(T_T) えっと‥《はったんじ落城・外伝》として、 現況報告を少しだけしておきます。 まず、《はったんじ練場》物件跡地ですね。 これは近日中に大家サイドと話し合いが持たれることになりました。 《取り壊すのか、そのまま他方面で利用するのか‥》から始まって、 たくさんの課題が残ってます。 ほんとはいつか僕があの土地を買いたかったんですが、今となってはそれも‥ですし、 あのまま放置するわけにもいきませんから、少し結論までは時間がかかりそうです。 それから《債務に関して》ですが、 納品代金の未払金(約600万円)と、個人間の貸借はだいたい方向性が決まりました。 しかし‥ほんとうに取引業者の皆さん方にはお世話になりました‥ ありがとうございました。 m(__)m 中でも、坂本のおやっさん! 坂本のおやっさんに実名公表の了解は得てませんが、出演交渉したところで、おやっさんの性格なら恥ずかしがって辞退されることと思います。 誹謗中傷の類いではありませんから、敢えて‥ 『坂本のおやっさん、 10年から余っての納品、ほんとうにありがとうございました。 おやっさんには、一年半以上を未払いで納品して頂いた計算になります‥。 それでも只の一度も催促するでもなく、取り引きを断るでもなく、 いつも変わらない笑顔で朝一番の納品の日々‥ おやっさんのその《野武士》そのものの《人となり》には、生涯返すことのできない恩義を感じております‥。 近いうちに僕の打ち出した支払いの方向性を持って寄せていただきます。 ほんまに10年間、ありがとうございました! この場を借りてご挨拶を‥。』 僕はお客さんにも恵まれたと思います。 取り引き業者の方々にも‥ そんな皆さんのお力添えがあって、一昨日まで頑張ることができました☆ 幸せやと思うとりますよ‥ほんまに‥。 また帰って来たいです‥いや、帰って来ないかんでしょ! また舞い戻って《はったんじ再建》 そしてつつがなしに取り引きを展開していくことこそが、業者さん達への恩返しにもなるんですよね‥ もちろん応援して下さった皆さんにもね! ほんの少ししか《はったんじ》を味わうことができなかった方々のためにも必ず再建してみせます! d(^_-)-☆ 待ってて下さい☆ それと‥おそらく気になる方も多いと思われる 《他の債権部門》 『これの処理をどう始めるか‥』で少し迷いがあったのですが、 これは先方からの連絡があるまでほっときます(^-^) 申し訳ないけれども、こっちから出向いたり電話したりするのは経費がもったいない‥ (^o^; なんてったって《無職》ですから☆ 《借りる時の恵比寿顔、返す時の閻魔(えんま)顔》を地で行こうってわけじゃないんですが、 『破産宣告するわけじゃないんだから、ちょっと待ちなはれ!』と。 それでも払えと食い下がるなら、 『鬼にでも蛇にでもなりまっせ!』と‥ これもパクリですが、でもそんな気持ち(^.^)b 必ず完全復活を遂げて、払いますんで‥ 今は無職の《寝てる子》を起こさんで下さい☆ もう生涯、金融機関も高利も使いません‥あっいや、 使えませんので‥(^-^)v そういった状況です☆ 物語も進めたいんですが、キャッチボールもしたい‥ だからブログはその日の気分でお許し下さい(^.^)b できれば《1日2更新》 そうすれば問題無いんですけどね‥ 少し生活サイクルが《新リズム》に慣れるまで、お時間を下さいm(__)m またできれば今夜更新します☆ 物語になるかキャッチボールになるか‥ それでは皆さん、後半もお仕事頑張って下さい! (^-^)/~
September 3, 2008
僕、決めましたよ! これでようやくペンをとることが‥ ブログ更新をすることができました。 《お客様へのご挨拶》‥ お礼文なんかじゃ書ききれない‥ 言葉でさえも伝えきれない‥ 感謝だとか御礼だとか、そんな次元は遥かに超えて、 こんな半端職人の《はったんじ麺》に応援下さった皆さんの気持ちが、 消えかけ、折れてた僕の魂に新たな使命を吹き込んで下さったと‥ その思いで充満しています(^.^)b はったんじのお客さん、 そして関係者の皆さん、 ほんとうにありがとうございました! 僕は次は《執筆アート》の世界で一等賞を目指します! この《サンメッセ界隈激戦区》で一等賞を獲れたんですから‥ 次も獲れるはず(^.^)b 僕はこの廃業を、皆さんのお力添えで 《一等賞》の花道を飾らせていただいたと思ってるんです‥ 僕は端(はな)から、 1日の売上高や回転数、来客数でライバル店達と競い合おうとは思ってませんでした。 《物見遊山の観光客や一見さん》 そんなお客さんを呼び込むことより、 《うどんを食むなら、はったんじ》 《はったんじにあらずんば、讃岐うどんにあらず》 お客さんにこう言わさしめることこそが、僕のプライド‥一等賞の証でした。 《リピーターさんの総数こそが》、と‥ しかしこの度の廃業によって、 僕のそんなプライドが、いかにつまらぬものだったかを気付かされました‥ 僕の知らないところで、 《店とお客》の垣根など、とっくの昔に飛び超えて、 すっかり皆さんの《生活の一部》に溶けこんでいたたんだなと‥ 恥ずかしい次第です‥ ほんとうに… そこで決めました! というより、決りました! 僕の《無職の旅》のゴールは‥ 西日本縦断の旅の最終地点は《高松》! 一年か‥いや、二年先にはなるでしょう。 必ず《完全復活》‥ 《執筆アート》で一等賞を獲って、 《はったんじ再建》を目指します! 銀行・信販の融資は難しくなる僕には《物理的》なハンデもあれば、 《経営者失格》の器量不足もあります。 でも《はったんじ麺・出汁》は応援下さった皆さんの《文化》として継承していきたい‥ 《新生はったんじ》では、麺も出汁も《作品》として、 一切の妥協を許さぬ《究極の一杯》として創り上げたい‥ いかなる形になろうとも、皆さんに《吹き込んで頂いた魂》はこの先も生き続け、 進化して戻って参ります! その日まで‥ これからも応援、よろしくお願い致します(^.^)b しばらく《うどん》はお届けすることはできませんが、 今度は笑いを‥《活字でとる笑い》をお届けして、 皆さんの《生活の一部》に溶け込んでいけることを願ってます☆ 見よって下さい(*^_^*) 雑草となって蘇(よみがえ)りますけん‥ その雑草が皆さんの生活の中で《良薬》になれるよう、 《純ペーワールド》頑張りますよ! p(^Q^)q あっ、もし有料になっても応援してね‥ テヘッヾ(^o^; たぶん月額《そのまま大》くらいですから‥ デヘッヾ(^Q^; それでは《はったんじ》 しばらく休暇に入ります(^^ゞ リニューアルオープン予定日、ならびに場所はまだ未定ですが、 願わくばまたあの《サンメッセ界隈》に帰ってきたいですね‥ でしょ(^.^)b ほんまにほんまにありがとうございましたm(__)m 僕らが帰って来るまで、よそのうどん屋で浮気をしてもいいですが、 でも本気になったら駄目ですよ‥ (*^_^*) ってことで、また会える日を楽しみにしてます‥ その日まで、 GOOD LUCK! (^.-)b-☆ P.S たくさんのコメント、ありがとうございました☆ コメントってムチャ嬉しいんですよね~(^-^) また少しづつですが、なるべく新人さん方面からお返事書いていきます(^.^)b 常連さんは後回しになっても我慢して下さい(^σ^σ それとラストラン期間中、たくさんの差し入れありがとうございました! \(^O^)/ 《朝一野郎二人組》さんをはじめ‥ あっいや、あのお二人には何も差し入れてもらってませんでした! な~んてですねぇ‥ Ψ(`∀´) てか、ほんまはここにお名前を書き記したいのですが‥ 敢えて控えさして頂きます(^.^)b たくさんにありがとうございました☆ さぁ~てとっ! 昨日は1日ゴロゴロしたんで、今日から片付け・整理体制に入ります(^^ゞ 旅の支度もせんといかんですからね~(^.^)b それでは皆さんもお仕事頑張って下さい☆ また《ブログ更新》にてお会いしましょう(^-^)/~
September 1, 2008
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