はったんじ 純ぺーのブログ

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September 20, 2008
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ここまで色々書いたけど、
おかんの知らないことばかりだし‥
ここから先も見たらびっくりするやろなぁ‥

まぁしかしこの男、
いい加減なもんですわ。

とりあえず‥
おかん、そして先生方を始めとする当時の皆さん、
でもって未来の後輩さん達、


ここからもっと《コア》な内容に‥
《異端》の核心に迫るけど、
お許しくだされ、皆々様…



さぁ~行きます!

《大阪時代》突入~‥


ここまで書いてきたことは、
ほんとは大したことじゃない‥

《落ちこぼれの進学》と、
《ジキル&ハイドな高校生》
この二つを楽しんで頂だいただけだ。

しかしここからは《変態本領発揮!》‥


半ば《フィクションじゃなかろうか‥》‥
そのよう解釈いただければ幸いかと‥

そのように考えてます‥


とにかく放送禁止なエピソードばかりなので、
その《禁止ワード・禁止ネタ》の網をかいくぐって、


一つ違えば《一発敗退》‥
そんな危険をはらんだ《大阪時代》です‥
聞いて下さい…



《大阪時代》‥

昭和63年春、
二度目の入試でリベンジを果たした僕は、
《某阪芸術大学》に晴れて籍を置いた‥

でも《入学した》とは敢えて書かない。

なぜなら‥

ここで再度《恋愛》だ…
こいつが関連してくる。

僕はたくさん《恋》をした‥

それは《消えては返すシャボン玉》‥

でもその中に、
たった一つだけ‥
《割れないシャボン》が存在した‥


旅立ち前に感じた《違和感》‥

僕は知らぬ間に‥
人を愛してしまっていた…

しかし《人を愛する意味》を‥
その言葉の意味に気づいたのは、
もう少し後になってからのことだった‥



まず入学前に大阪に乗り込んだ僕、
親父こと《いしだ☆ひろ》、
そして《その妻おかん》の御一行様は、
僕の在学中の住みかとなる《下宿先》を探した。

初めての《一人暮らし》ということで、
どちらかといえば僕よりも引率の二人の方がテンパっていた。

テンパり過ぎた二人は、
《お家賃月々12000円》の破格値アパートをチョイスした。

あまりの安さはその建物の築年数‥
そのお化け屋敷さながらの《激安アパート》に、
僕は住まわされることとなった‥

《何事も形から入る僕》
ではあったが、親の支援に逆らえまい。

泣く泣く現地を見に行って、今度は僕がテンパった!

『なんじゃこりゃ~‥』

大家は大阪南部に広大な田畑を持つ専業農家。

どっからどう見てもその築年数、
《おおよそ半世紀は経過してるんじゃなかろうか‥》
といった趣(おもむき)のそのアパートは、

以前は牧畜も営み、
《その家畜舎を改築したんじゃなかろうか‥》
という風情まで醸(かも)し出していた‥。

恐る恐るその薄暗い建物の中に入って二度びっくり!

まさに独居房‥
いや《強制収容所》と呼ぶがふさわしいか‥

築数十年とおぼしきその物件、
床にはフローリングもカーペットもなく、
六畳あるかないかの間取りの中央には、
無造作に《入院患者用の緑のパイプベッド》が置かれてあった‥

『マジかよ‥』

僕はその時あることを初めて知った!

豚が横たわるのにも苦労しそうなその部屋に、
僕が感じた強烈な圧迫感‥

それは‥
僕は《閉所恐怖症》だったのだ!

18年もの長きに渡って好き勝手に生きてきたが、
まったく知らなかった‥
まったくもって気づいてなかったのだ‥

その時僕の目の前には、
《いかにも狭苦しそうに
横たわって、
子豚に母乳を与える母豚》‥
その姿がフラッシュバックしていた‥

『間違い‥ここは元・豚小屋だ!』

それは自信というより確信だった‥


しかも当然その安さ、
風呂もトイレも共同だ。

部屋数は20は越えていただろう‥
最低20は下宿するそのアパートに、
《和式便器一つ》と《家庭用の浴槽一個》は無茶だろ‥

『こんなとこに閉じ込められたら窒息しそうだ‥』

そうは思ったが‥

そこは耐えるしかなかった‥
『仕方ない‥親の金だ‥。』


こうして住まいは決まった。

はっきり言って、
《あの設備、この狭さで12000円は高い》と思ったが、

『まぁメジャーデビューまでのわずかな期間だ‥
我慢するしかないべ。』
と、耐えることにした。


そうして入居と入学手続きを終えた僕の、
《とんでも大学生活》はスタートした。


四月前か‥忘れたが、
《ガイダンス》とか呼ばれる授業選択があった。

そこもはっきりしないのだが、
確か《授業プログラム》は自分で組んで、
学校に提出するのだ。

そうして講義の日程が決まる。

僕はその《授業プログラム》を一回生の時点で組んでなかったのだ。

つまり《受ける授業がない!》

入学直後に《留年確定》だった‥

それでも数回は講義に出た。

同じアパートに、同じ学部の同期がいた。

他の同期にどんなやつが居るのか知りたくて、
そいつの講義に二度ほど付いて行ったことがある。

各生徒の名前を呼び、
出席を取るのがその大学の慣(なら)わしらしい。

そいつの紹介で何人かと外でも会話する程度にはなった。

確か数度目の別の講義に付いて行った時、
例の出席点呼が始まった。

その時そばに居た他の生徒に
『あれれ‥?
君、今名前を呼ばれなかったよね‥?
ぬぬっ‥おぬし、何者だ??』
などと不思議がられてからは、
二度と講義に付いて行ってない。

さすが芸術大学!

その手の《不思議君》も多かった‥

不思議君に不思議がられて気分を害した僕は、
たまに学校食堂へ飯を食いに行くだけとなった。


後は同じアパートの同期の仲間達と、
夜な夜な麻雀にいそしみ、
昼は昼で《銀玉投資家》として活躍していた。

しかし僕の夢‥
ミュージシャンとして《メジャーデビュー》に向けて、
それは確実に‥
そして一歩づつ‥
階段を登って行った‥

僕はミナミの《某(なにがし)筋》の、
ハマヤとかハヤマとかいう楽器店のビルにあった、
《ボーカルスクール》に通い始めたのだ!

講師は美しい女の先生だった‥

年の頃なら23~4、
音大卒か元ビジュアルアイドルかといった雰囲気の、
せくすぅい~レイディー‥

受付で会ったのか、
授業風景を見学したのかは覚えてないが、

なんせその先生に歌を‥
歌や色々なことを教えて頂きたくて、
一発入会サインをした。

だがまだその時点でも、
歌がヘビーメタルに下手なことに気づいてなかったのだ‥



この後、
己が才能の驚愕(きょうがく)の事実を目の当たりにすることとなる‥


そして自分の中に芽生えていたものが、
なんだったのかも‥

まもなく知ることになる…


~続く~





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Last updated  September 20, 2008 01:48:07 PM


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